Soranoha

生活の貧しさ

せいかつのまずしさ

岸田 国士

紀元節の朝、一映画女優の実演とやらを観るために、多数の見物が丸之内の某劇場に押しかけ、蜿蜒長蛇の列をつくるだけならまだしも、その余りが道路を埋め、百名の警官が整理に当つたが、群衆はその制止をきかず、混乱の極、怪我人まで出してつひに退散を命ぜられたといふ馬鹿馬鹿しい話が伝へられた。

私はその現状を目撃したわけではないが、聞くところによると、群衆の七割が男、その半数は学生であつたとのこと、それについて意見を求められたから、日頃考へてゐることを率直にいふが、この事件は、たまたま現代日本文化の病根を拡大してみせたものであつて、いろいろな角度からこれを分析批評することはできるけれども、一言にしてこれを尽せば、「生活の貧しさ」そのものゝ現れなのである。

どんな魅力のある女優にせよ、その舞台に接しようとする欲求が、尋常な形で示されてゐないこと、つまり、醜いなにものかを露出してゐることを自分自身気づかないといふところに、これらの群衆一人一人の「嗜み」のなさがうかがはれるばかりではない。評判になつたものなら、是が非でも話の種に観ておかねばならぬといふやうな心理が、いかにゆとりのないものであるかを考へると、それらの人々の日常生活がおよそ察せられるやうに思ふ。

すなはちさういふ人々に限つてものゝ価値判断があやふやで、精神的にまつたく空虚な、従つて、ほかに心を愉しませるすべのない生活を送つてゐるに違ひないのである。

時局がら不謹慎だといふ見方は別として、私は、偶然、その劇場に集つた人々だけを責める気はしない。現代日本人の大部分が、いま、さういふ傾向をたどりつつあるのであつて、私はむしろ、これについて教育家と為政者の猛省を促したいと思ふものである。

底本 / Source edition

底本:「岸田國士全集25」岩波書店
1991(平成3)年8月8日発行
底本の親本:「朝日新聞」
1941(昭和16)年2月13日
初出:「朝日新聞」
1941(昭和16)年2月13日
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2010年1月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/044666_001154/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/044666_001154/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/044666_001154/

岸田 国士「生活の貧しさ」(新字旧仮名)、底本『岸田國士全集25』岩波書店、1991年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 044666_001154, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite