Soranoha

事変記念日

じへんきねんび

岸田 国士

事変は遂にまる二年続いた。まだ何時終るかわからぬ。次ぎ次ぎに新しい事態が発生する。予期したところとは云へ、国民はその都度、別に顔色を変へない。なんとかうまく行くものと思つてゐる。何か目に見えない力に頼りきつてゐる風である。

由来、日本国民はさういふ訓育を受けて来てゐる。今日まではそれで押し通して来た。が、一方で、頻りに警告が発せられてゐる。国民はもつと緊張せねばならぬ、時局に応はしい生活をせねばならぬと、政府は宣伝これ努めてゐる。そこで国民は、どうすれば真に「戦場に在る」如くその日その日を送り得るかについて考へる。

しなければならぬと思ひながら、それが実際には不可能だといふことぐらゐ意気を沮喪させるものはない。銃後の国民の大多数は、砲煙の下に身命をさらす同胞の偉大な業績に感激しつゝ、なほかつ、凡庸な市民の日常生活を、その哀歓と共に営まねばならぬとは、なんといふ宿命であらう。

われわれは祖国の安危を前に如何なる困苦欠乏にも堪へ得るであらう。われわれの勇気は何人かの号令によつて倍加されるのではない。しかし、国民がその覚悟をこれ以上なんらかの形で表はす必要があるとすれば、それは区々たる私生活の面に於いてではない。民衆の一人一人が進んでその余力を公けの場所に集め、これをある目的のために組織づけることが第一である。この機運を促進せしめるものは、為政者の情熱と、新鮮な表現に外ならぬ。(「東京朝日新聞」昭和十四年七月七日)

底本 / Source edition

底本:「岸田國士全集24」岩波書店
1991(平成3)年3月8日発行
底本の親本:「現代風俗」弘文堂書房
1940(昭和15)年7月25日発行
初出:「東京朝日新聞」
1939(昭和14)年7月7日
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年7月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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岸田 国士「事変記念日」(新字旧仮名)、底本『岸田國士全集24』岩波書店、1991年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 044632_001154, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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