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        <title type="main" xml:lang="ja">科学的新聞記者</title>
        <title type="reading" xml:lang="ja-Hira">かがくてきしんぶんきしゃ</title>
        <author><persName xml:lang="ja"><surname>桐生</surname><forename>悠々</forename><idno type="aozora-person-id">000535</idno></persName><persName xml:lang="ja-Hira"><surname>きりゅう</surname><forename>ゆうゆう</forename></persName><persName xml:lang="ja-Latn"><surname>Kiryu</surname><forename>Yuyu</forename></persName></author>
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        <bibl><title>畜生道の地球</title><publisher>中公文庫、中央公論社</publisher><date>1989（平成元）年10月10日</date><note type="input-edition">1989（平成元）年10月10日</note><note type="proof-edition">1989（平成元）年10月10日</note></bibl>
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      <refsDecl xml:id="source-spans"><p>A note of type source-span has an xml:id of the form source-START-END, giving the extent in UTF-8 bytes of the decoded primary text identified in sourceDesc. <ptr target="https://w3id.org/soranoha/ns/tei"/></p></refsDecl>
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      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-358-1422">人はこの語の意味する明瞭なる理念を知るものは稀であるが、屡宇宙という語を口にする。だが、宇宙に関する近代的理念は思ったよりも空漠である。この空漠性は最近の世紀に於ける包括的思索が欠けているからである。その原因は、統一された中世紀の文明崩壊に次いで、極度の個人主義が跋扈したからである。紀元後千三百年頃には、人は明に、また大に信じて、彼の宇宙に関する理念を語り得た。その後、知識は駸々乎として長大足の進歩を示し、宇宙に関する中世紀の理念は不完全となり、当時の包括的思索も終に信ぜられざるに至った。人は細密なる特殊事項を研究することに一変し、ヴェサリウス、ガリレオ及びギルバート等が、初めて近代的なる科学的方法を以て、特性的なる論文を発表しつつあった。そしてここ四百年間は、一般性から特殊性への一反動があった。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-1422-3484">文明が長足の進歩を遂げ、社会の機構が急遽に変化しつつあるので、包括的なる宇宙の理念を考えることは、今困難である。近時の歴史はこの反動が極端となったことを示しているようである。今や到るところに於て、人は特殊性に没頭して、一般性を忘却ししかも、かかる態度を示すことを以て、賢明のしるしともしている。生物学の意見を述べる物理学者は小犯罪を犯すものと見られ、賢明に芸術を研究する実業家の商業的敏捷性もまた疑われつつある。人は人類の利益のために働くよりも寧ろ彼等みずからの、またその国家の利益を専門として考えているので、大戦争が頻々として起る。ここ四百年間の人の努力は専門化の一競争に狭められ、典型者は唯それ彼の仕事にのみ熱中して、間接に関係ある殆ど一切の他のものに無智である。四百年前には専門化という新観念は神聖であって、これに次いだ世紀の驚異的なる運動と企画とを発見したほどの輝しい光を発していた。そして包括性という旧観念は漸次に衰退して、専門化によって得られた並立しない知識の堆積中にうずもれている。科学も、産業も、スポーツも、いずれも燦然として光を放っているが、役には立たない。人は今宇宙を見んとする慣習を再学しなければならない。材料は中世紀と比較にならないほど豊富であって、驚くべき視覚を鼓吹するこの慣習が再来すれば、産業界及び政治界に於ける近代の乱雑なる情勢は忍ぶべからざる空虚なものとなり、人は科学的理論に於けるが如く、社会の機構に於て、優雅性を必要とするだろう。宇宙が明瞭に見られるならば、社会もまた明瞭に見られ、そしてその不健全性も明となって、排除されるだろう。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-3484-4812">だから、科学的新聞という技術が必要である。かかる技術はまだ存在していないけれども、その性質の如何なるものなるかを知って置く必要がある。科学的新聞の機能は最近の科学的研究の雰囲気と事実とを民衆に知らしむるにある。就中その雰囲気を知らしむることが、重要なる役割である。事実の正確は願わしいものであるけれども、雰囲気の正確に比すれば、さほど重要なるものではない。現在の科学的新聞は主として彼等のポケットマネーを得んとする科学者によって、または研究に没頭するには余りに年取った科学者によって行われている。従って彼等の仕事は離ればなれであって、先ず彼等の動機にもとづくスタイルに欠点があり、次に、墓場に近づいているものを感動せしむる精神的なるデコンセントレーションがある。これらの典型的なる科学的新聞記者は彼等の仕事を娯楽と宗教との用語で考えているけれど、本来の技術としては、科学的新聞は社会的なるものである。それは産業に科学を応用することによって創造された文明の機構に必要なるささえである。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-4812-5864">科学の雰囲気が一般的に理解されなければ、近代の社会は崩壊する。将来の社会は恐らくば科学の各分派に於ける雰囲気と、主要なる事実を簡単に示し、そして記者の意見に拘泥しない非個人的新聞を必要とするだろう。科学者に接触したものは、如何なる者でも、最近の科学的仕事の一般的説明が、如何に屡研究者の態度ではなくて、如何に事実を与うるにあることを知るだろう。例えば、今日の学理的物理学の指導者は、約三十歳の人であり、その思想は約五十歳またはもっと年取った人々によって拡張されたものであって、これらの広く読まれた説明は若い創造的思想家の心理を示していない。ハイゼンベルクとディラークとの革命的にして、困苦な、輝かしい報知は神秘主義を産まない。それは創造的なものが非創造的なものに対して刺戟を与えたための成長である。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-5864-6954">神秘主義は理解し能わざる者の産物であり、理会の代用品であり、哲学のマルガリンである。科学的新聞記者の態度は創造的労作者のそれを学び、これらの労作者が考えまた行うところのものを報告しなければならない。彼は科学的権威者が彼等みずからの研究分派の事実については正しいことを仮定しなければならない。彼は活力論者が如何に有名なる経験的生物学者であっても、彼等が名誉をかち得た実験室内では、機械学者として厳重にこれを観察しなければならない。文明はこれを実行する者の全注意を要求する科学的新聞の確立を必要とする。本来の科学的新聞記者は全力を挙げてその技術を行わねばならない。然るとき社会は永続的なる非個人的説明から、現在の社会問題を解決する必要なる態度を学び、そのユーモアまたは精神を粉飾せんとした離ればなれの書を嘲笑するに至るだろう。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-6954-8081">宇宙を語り、そしてこれを伝えるには、固よりかかる科学的新聞記者たることを必要とする。だが、世俗的なる普通の新聞記者も、将来に於ては、これと同様科学的であらねばならない。現在の枢軸国家及び民主主義的国家に於ける新聞を見るに、いずれもその民族または国家の特殊性に自己陶酔的なる、離ればなれの御託を述べているに過ぎず、世界的なる、また人類全体の安寧幸福に関する一般的の抱負をこれから聞くことを得ない。事実を事実として報告しないほどだから、文明の雰囲気を語らんとするものは、一人もいない。特に我国の新聞記者に至っては、科学的知識に全然無智であるためか、神秘主義に終始して、国難を救わんとしている。ハイゼンベルクやディラークの如き革命的にして、困苦な、輝かしい記者は一人もいない。唯非創造的なる政府及び民衆を刺戟した偽の成長を見て、これに満足せんとしている。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)">われらは固より日に新にして、日に日にまた新ならんとしつつある今日の社会に於て、素朴なる昔時の新聞記者たらんことを欲せず、またそれが許されないことを知る。だが、その「無冠の帝王」説を回顧するときは、記者自身大なる誇を感ぜざるを得ない。ヴィクトル・ユーゴの「剣筆を殺さずてば、筆剣を殺さん」と言った語に、若い血を躍らせる。かかる時代は再現しないだろうけれども、昔恋しさの感に堪えない。降って「社会の反射鏡」説に至り、新聞はここに一の技術となったけれども、この機能を保存すればわれらはなお新聞記者を尊重する。だが、この頃の新聞に至っては、徹底的でなければなるべく多く社会を反射せしめず、というよりも、全然社会を無視して、時の政府の反射鏡たらんとしている。輿論を代表せずして、政府の提灯を持っているだけである。そして彼等は矛盾極まる統制の名の下に、これを彼等の職域奉公と心得ている。</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-9247-9840">今日の新聞は全然その存在理由を失いつつある。従って人はこれを無くもがなのものとしているけれども、他に代ってその機能を果たすものなきが故に、彼等は已むを得ずなおこれを購読しつつある。偶Ｈ・Ｇ・ウェルズの如き、公民としてかかる新聞を購読するは義務に反するが故に、そのボイコットを示唆するものがあっても、他にこれに代わるものがなければ、不用の物も有用化されつつあるのが、今日のだらしない状態である。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)">将来の新聞は科学的でなくてはならない。現在に於て、全くその態度を一変しても、決して早くはあるまい。ローゼンベルヒの「二十世紀の神話」こうした空虚の思想に魅せられて、昭和の科学的時代を神秘化せんとするに至っては、沙汰の限である。神秘主義は理解し能わざる者の産物であり、理会の代用品であり哲学のマルガリンである。いずれにしても、本物ではなく贋物である。</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-10367-10889">将来の（現在でも決して早くはない）新聞記者は創造的作者であらねばならない。六十歳の、またこれよりも、もっと年取ったものの言に聴いて、神秘主義を尊奉するに至っては、その存在理由を失うのは明である。見よ、彼等は既にその存在理由を失わんとしつつある。試みに街頭に出て、民衆の言うところを聞け、彼等は殆んど挙げて今日の新聞紙を無用視しつつあるではないか。</seg><seg type="layout" source="#source-10889-10946" rend="chitsuki align(right) offset-from-end(1)" snh:layout-kind="chitsuki" snh:layout-params="align=right;offset-from-end=1"><seg source="#source-10919-10946">（昭和十六年九月）</seg></seg></p>
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        <note type="transcriber-note" source="#source-11157-11469"><seg type="source-line">入力：門田裕志</seg><lb/><seg type="source-line">校正：Juki</seg><lb/><seg type="source-line">2005年6月10日作成</seg><lb/><seg type="source-line">青空文庫作成ファイル：</seg><lb/><seg type="source-line">このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫（http://www.aozora.gr.jp/）で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。</seg></note>
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