１

（水戸の武士早川弥五郎が、清国<ruby><rb>上海</rb><rt>シャンハイ</rt></ruby>へ漂流し、十数年間上海に居り、故郷の友人吉田惣蔵へ、数回長い消息をした。その消息を現代文に書きかえ、敷衍し潤色したものがこの作である。――作者附記）

友よ、今日は「鴉片を喫む美少年」の事について消息しよう。

鴉片戦争も<ruby><rb>酣</rb><rt>たけなわ</rt></ruby>となった。清廷の<ruby><rb>譎詐</rb><rt>きっさ</rt></ruby>と偽瞞とは、云う迄もなくよくないが、英国のやり口もよくないよ。

いや英国のやり口の方が、遥かにもっとよくないのだ。

何しろ今度の戦争の原因が、清国の国禁を英国商人が破り、広東で数万函の鴉片を輸入し――しかも堂々たる密輸入をしたのを、硬骨蛮勇の<ruby><rb>両広</rb><rt>りょうこう</rt></ruby>総督、<ruby><rb>林則徐</rb><rt>りんそくじょ</rt></ruby>が怒って英国領事、エリオットをはじめとして英国人の多数を、打尽して獄に投じたことなのだからね。

が、まあそんなことはどうでもよいとして「鴉片を喫む美少年」の話をしよう。

僕といえども鴉片を喫むのだ。他に楽しみがないのだからね。日本を離れて八年になる。△△三年×月□□日、釣りに品川沖へ出て行って、意外の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しけ</span>にぶつかって、舟が流れて外海へ出、一日漂流したところを、外国通いの外国船に救われ、その船が上海へ寄港した時、その船から下ろされて、そのまま今日に及んだんだからね。今の境遇では日本の国へ、いつ帰れるとも<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>らない。藩籍からも除かれたそうだし、何か国禁でも犯したかのように、幕府の有司などは誤解していると、君からの手紙にあったので、せっかく日本へ帰ったところで、面白いことがないばかりか、冷遇されるだろうから、帰国しようと思っていないのさ。

しかし一日として日本のことを、思わない日はないのだよ。勿論妻も子供もないから、君侯のことや朋輩のことや――わけても君、吉田惣蔵君のことを、何事につけても思い出すのだがね。

<ruby><rb>黄浦</rb><rt>ホアンプー</rt></ruby>河の岸に<ruby><rb>楊柳</rb><rt>ようりゅう</rt></ruby>の花が咲いて散って空に飜えり、旗亭や茶館や画舫などへ、鵞毛のように降りかかる季節、四五月の季節が来ようものなら、わけても日本がなつかしくなるよ。

楊柳の花！　楊柳の花！

友よ、友よ、楊柳の花のよさは、何と云ったらよいだろう！

詩人李白が<ruby><rb>詠</rb><rt>うた</rt></ruby>ったっけ。――

<ruby><rb>楊花落尽子規啼</rb><rt>ようかおちつくしてしきなく</rt></ruby>。

<ruby><rb>聞道竜標過五渓</rb><rt>きくならくりゅうひょうごけいをすぐと</rt></ruby>。

<ruby><rb>我寄愁心与明月</rb><rt>われしゅうしんをよせてめいげつにあたう</rt></ruby>。

<ruby><rb>随風直到夜郎西</rb><rt>かぜにしたがってただちにやろうのにしにいたる</rt></ruby>。

詩人王維も詠ったっけ。――

<ruby><rb>花外江頭坐不帰</rb><rt>かがいこうとうざしてかえらず</rt></ruby>。

<ruby><rb>水晶宮殿転霏微</rb><rt>すいしょうきゅうでんうたたひび</rt></ruby>。

<ruby><rb>桃花細逐楊花落</rb><rt>とうかこまかにようかをおっておつ</rt></ruby>。

<ruby><rb>黄鳥時兼白鳥飛</rb><rt>こうちょうときにははくちょうをかねてとぶ</rt></ruby>。

が、今は楊柳の花が、僕の心を感傷的にする、そういう季節ではないのだよ。しかし僕の語ろうとする「鴉片を喫む美少年」の物語の、主人公の美少年と逢ったのは、その今年の楊柳の花が、咲き揃っている季節だった。

その夜僕は上海城内の、行きつけの鴉片窟「金花酔楼」へ、一人でこっそり入って行った。

その家は<ruby><rb>外観</rb><rt>みかけ</rt></ruby>は薬種屋なのだ。

しかしその家の門口をくぐり、ちょっと店員に眼くばせをして、裏木戸から中庭へ出ようものなら、もう鴉片窟の<ruby><rb>俤</rb><rt>おもかげ</rt></ruby>が、眼前に展開されるのさ。

闇黒の中に石の階段が、斜めに空に延びていて、その外れに廊下があり、廊下の片側全体が、喫煙室と酒場と娯楽室、そういうものになっていて、酒場からは酔っ払った男女の声が、罵るように聞こえてき、娯楽室からは胡弓の音や、笛の音などが聞こえて来るのさ。

僕は度々来て慣れているので、すぐに石の階段を上り、酒場の入口を素通りし、娯楽室の楽器の音を聞き流し、喫煙室へ入って行った。

度々来て鴉片を<ruby><rb>喫</rb><rt>の</rt></ruby>む僕にとっては、悪臭と煙と人<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いきれ</span>と暗い火影と濁った空気と、幽鬼じみて見える鴉片常用者と、不潔な寝台と淫蕩な枕と、青い焔を立てている、<ruby><rb>煙燈</rb><rt>エント</rt></ruby>の火がむしろ懐かしく、微笑をさえもするのだが、そうでない君のような人間が、突然こんな部屋へやって来たら、その陰惨とした光景に、きっと眼を蔽うことだろうよ。

２

僕は入口で金を払い、中へ入って一つの寝台へ上った。そうしてすぐ横<ruby><rb>仆</rb><rt>た</rt></ruby>わり、先ず<ruby><rb>煙燈</rb><rt>エント</rt></ruby>へ火を点じ、それから<ruby><rb>煙千子</rb><rt>エンチェンズ</rt></ruby>を取り上げた。それから<ruby><rb>煙筒</rb><rt>エンコ</rt></ruby>に入れている液へ――つまり一回分の鴉片液なのだが、その中へ煙千子を入れ、鴉片液を煙千子の先へ着け、それを煙燈の火にかざした。つまり鴉片を煉り出したのだ。

寝台は二人寝になっているのだ。寝台の三方は板壁で、一方だけが開いていて、そこには<ruby><rb>垂布</rb><rt>たれぎぬ</rt></ruby>がかけてあるのだ。すなわち一つの独立した、小さい部屋を形成しているのさ。

隣りの部屋も、その隣りの部屋も、その隣りの部屋もそうなっているのさ。

どの部屋も客で一杯らしかった。

何という奇怪なことなんだろう！

政府が鴉片を輸入させまいとして――すなわち支那の人間に、鴉片を喫煙させまいとして、ほとんど一国の運命を賭して、世界の強大国<ruby><rb>英吉利</rb><rt>イギリス</rt></ruby>を相手に、大戦争をしているのに、肝心の支那の人間は、風馬牛視して鴉片を喫っている。鴉片窟はここばかりにあるのでなく、上海だけにも数十軒あり、その他上流や中流の家には、その設備が出来ているのだよ。

そんなにも鴉片は美味なものなのか？　勿論！　しかしそれについては、僕は何事も云うまいと思う。僕が故国へ帰って行かない理由の、その半分はこの国に居れば、鴉片を喫うことが出来るけれど、日本へ帰ったら喫うことが出来ない。――と云うことにあるということだけを、書き記すだけに止めて置こう。

やっと鴉片を煉り終えて、煙斗へ詰めてしまった時、一人の少年が垂布をかかげて、僕の部屋へ入って来た。

僕の部屋と云ったところでこの部屋へは、誰であろうともう一人だけは、自由に入ることが出来るのさ。

で、その少年はこんな場合の、習慣としている挨拶の、

「<ruby><rb>大人</rb><rt>たいじん</rt></ruby>、私もお仲間になります」

こういう意味の挨拶をして、同じ寝台の向こう側に寝、ゆっくりと鴉片を煉り出したものだ。

僕はすっかり驚いてしまった。

と云うのはその少年の顔と四肢とが、――つまり容貌と、<ruby><rb>姿勢</rb><rt>すがた</rt></ruby>とが、余りに整って美しかったからさ。

友よ、全くこの国には、人間界の生き物というより、天界の神童と云ったような、美にして気高い少年が、往々にしてあるのだよ。

勿論同じように素晴らしい天界の天女と云ったような、美にして気高い少女もあるがね。

僕は無駄な形容なんか、この際使おうとは思わない。

僕はただこう云おう。――

「僕は同性恋愛者ではない。しかし実のところその時ばかりは、その少年を見た時ばかりは、忽然としてかなり烈しい、同性恋愛者になってしまった程、その少年は美しく、そうして魅惑的で肉感的だった」と。

その少年がそれだったのだ。この物語の主人公だったのだ。

名は？　さよう、<ruby><rb>宋思芳</rb><rt>そうしはん</rt></ruby>と云ったよ。

（云う迄もなく後から聞いたんだがね）

宋思芳は鴉片を煉り出した。

ところがどうだろう、その煉り方だが、問題にもならず下手なのさ。

君には当然解るまいと思うが、鴉片の煉り方はむずかしく、上手に煉ると飴のようになるが、下手に煉るとバサバサして、それこそ苔のようになってしまって、鴉片の性質を失ってしまい、そうして煙斗へ詰めることが出来ず、従って喫うことが出来ないのだ。

少年の煉り方がそうだったのさ。で、幾度煉り直しても、苔のようになってしまったのさ。

僕は思わず吹き出してしまった。

僕はまだ鴉片を喫っていなかった。喫うのを忘れてその少年の美と、その美しい少年の、不器用極まる鴉片の煉り方とに、先刻から見入って居ったのさ。

「僕、煉ってあげましょうか」

とうとう僕はこう云った。

「有難う、どうぞお願いします」

そう云った少年の声の美しさ、そう云った少年の声の優しさ、又もや僕は<ruby><rb>恍惚</rb><rt>うっとり</rt></ruby>としてしまった。

僕はそれからその少年のために、鴉片を煉りながら話しかけた。

３

「これ迄喫ったことはないのですか？」

「鴉片を喫うのは今日がはじめてです」

「なるほどそれでは煉れないはずだ。……がそれなら鴉片なんか喫わない方がいいのですがね」

「こんな大戦争を起こす程にも、みんな喫いたがる鴉片なのですから、私も喫いたいと思いましてね」

「そう、誰もがそう云ったような、誘惑を感じて喫いはじめ、喫ってその味を知ったが最後、みすみす廃人となるのを承知で、死ぬまで喫うのが鴉片ですよ。……全く御国の人達と来ては、鴉片中毒患者ばかりです」

「御国の人？　御国の人ですって？　……では<ruby><rb>貴郎</rb><rt>あなた</rt></ruby>は外人なのですか？」

（しまった！）と僕は思ったよ。

とうとう化けの皮を現わしてしまった。

友よ！　僕はね、八年もの間、この支那の国に住んでいるので、言葉も風俗も何も彼も、すっかり支那人になりきることが出来、誰にも滅多に疑われなかったのに、自分からこの日は底を割ってしまい「お国の人」なんて云ってしまったのさ。

これには自分ながら愛想を尽かしたが、たとい身分を<ruby><rb>宣</rb><rt>なの</rt></ruby>ったところで、害になることもなかったので、

「実は僕は日本人なのです」

こう云ってから漂流したことや、ずっとそのまま支那にとどまり、支那人生活をしていることなどを、すっかり<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あけすけ</span>に話したものさ。

「日本の武士？」と宋思芳は、ひどく好奇心に煽られたように云い、それからそれといろいろのことを――日本の武士は任侠的で、人に頼まれるとどんなことでも、引き受けるというが本当かとか、日本の武士は剣道に達していて、強いというが本当かとか、そんなことを質問した。

で、僕はみんな本当だと、そう云って宋思芳に答えてやった。

宋思芳はひどく考え込んだが、

「英国のやり口をどう思いますか？」と訊いた。

「勿論正当のやり口ではないね」

こう僕は答えてやった。

「グレーという英国人をご存じですか？」

「司令官ゴフの甥にあたる、参謀長のグレーのことなら、戦争以来耳にしています」

「大変もない怪物でしてね、あの男一人を殺しさえしたら、こう迄も清国は負けないのですよ。大胆で勇敢で智謀があって、まだ壮年で好色淫蕩で、女惚れさえするのです。でもエリオットとは仲が悪いのです」

そう宋思芳少年は云った。

「エリオットはどっちのエリオットなのです？」

そう僕は訊いて見た。

「水師提督の方のエリオットです」

水師提督エリオットは、この上海の英国領事の、もう一人のエリオットの親戚なのだが、鴉片戦争が始まるや否や、印度及び喜望峰の兵、一万五千人を引率し、軍艦二十六隻をひきい、大砲百四十門を携え、<ruby><rb>定海</rb><rt>じょうかい</rt></ruby>湾、<ruby><rb>舟山</rb><rt>しゅうさん</rt></ruby>島、<ruby><rb>乍浦</rb><rt>チャプー</rt></ruby>、<ruby><rb>寧波</rb><rt>ニンポー</rt></ruby>等を占領し、更に司令官ゴフと計り、海陸共同して進撃し、<ruby><rb>呉淞</rb><rt>ウースン</rt></ruby>を取り、上海を奪い、その上海を根拠とし、揚子江を堂々溯り、<ruby><rb>鎮江</rb><rt>チンチャン</rt></ruby>を略せんとしている人間なのさ。

グレーというのは英軍切っての、謂うところの花形で、毀誉褒貶いろいろあるが、人物であることは疑いなく、この男の参謀戦略によって、英軍は連戦連勝し、清国は連戦連敗しているのさ。

僕達二人は鴉片を喫わず、永いことそんなような話をした。

その翌夜も翌々夜も、僕達二人は同じ鴉片窟で逢った。

宋思芳はだんだん鴉片を煉るに慣れ、追々鴉片の醍醐の味に、<ruby><rb>沈湎</rb><rt>ちんめん</rt></ruby>するように思われた。

僕はしばしば宋思芳に向かって、どういう素性の人間なのか、どこにどんな家に住んでいるのか、家族にどういう人達があるかと、そんなことを訊いて見たが、彼はいつもうまく逃げて、話をしようとはしなかった。

ところが次第に変な調子になった。

と言うのは宋思芳が僕に対して、思慕の情愛を示し出したのさ。

女が男を恋するような情を。

僕は同性恋愛者ではない。が、宋思芳が前に云った通りの、世にも珍しい美少年だったので、そういう彼のそういう情愛が、僕には不自然に感ぜられなかった。

４

さて、それから一月ほど経った。にわかに宋思芳少年が、鴉片窟へ姿を見せなくなった。すると僕は恋しい女と、不意に別れたそれのような、寂寥と悲哀と嫉妬さえも、強く心に燃えるようになった。

（いつか俺もあの女を――女のようなあの美少年を、恋していたものと思われる。）

そう僕はつくづく感じた。

そういう心を慰めるため、僕は旅へ出ることにした。

（揚子江でも溯ってみよう！）

で僕は出発した。もう楊花は散り尽くしてしまい、梨の花が河の岸あたりに、少し黄味を帯びた白い色に、――それも日本の梨の花のような、あんな淡薄な色でなく、あんな薄手の姿でなく、モクモクと盛り上り団々と群れて、咲いているのを散見しながら、岸に添って僕達の船は上った。<ruby><rb>戎克</rb><rt>ジャンク</rt></ruby>、筏、帆をかけた筏――その筏の上で豚を飼い、野菜を作り、子供を産むと、そう云われている筏船などが、僕達の船の<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>を通った。

今にも鎮江が陥落しそうだとか、北京の清帝が蒙塵するらしいとか、戦争の噂は船中にあっても聞こえ、その噂はいつも支那側にとって、面白くないものだった。

船は<ruby><rb>江陰</rb><rt>チャンイン</rt></ruby>で碇泊した。で、僕は上陸した。江陰にも英国兵が駐屯していて、戦争気分が漲っていたが、昔から風光明媚として、謡われるところだけに、家の<ruby><rb>構造</rb><rt>つくり</rt></ruby>、庭園の布置に、僕を喜ばせるものがあり、終日町や郊外を、飽かず僕は見て廻った。夕方まで見て廻った。船は三日程碇泊するので、今夜は陸の旅館へ泊まろう、こう僕は最初からきめていた。

で、気持のよい旅館を探そう、こう思って町の方へ足を向けた。その時洋犬と支那美人とを連れた、中年の英国の将校が、僕を背後から追い越した。

「あ」と僕は思わず声を立てた。

と云うのは支那美人が宋思芳と、非常に顔が似ていたからであった。

すると支那美人も僕の顔を見たが、思い<ruby><rb>做</rb><rt>な</rt></ruby>しか表情を変え、驚きと懐しさを現わしたようであった。

しかしその儘歩み去ってしまった。

友よ、こんな際、その支那美人の後を、僕がどこまでも<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つけて</span>行ったところで、不都合だとは云わないだろうね。

僕はその後を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つけて</span>行ったのだよ。

と、その一行は町の入口の、かなり立派な屋敷へ入った。

屋敷の門際に英国の兵士が、銃を担いで立っていたので、僕はその一人に訊いてみた。

「今行った将校は<ruby><rb>誰人</rb><rt>どなた</rt></ruby>ですか？」と。

「参謀長グレー閣下」

「ご一緒のご婦人は奥様ですか？」

「奥様ではない、愛人だよ」

英国兵などは気散じなもので、微笑しながらそう教えてくれた。

僕はその夜町の中央の、××亭という旅館へ泊まったが、どうにも眠ることが出来なかった。

そこで町を<ruby><rb>彷徨</rb><rt>さまよ</rt></ruby>った。

もう明け方に近い頃で、月が町の家並の彼方、平野の涯へ落ちかかっていた。

と、不意に道の角を廻り、この辺りに珍しい二頭立の、立派な馬車が現われたが、その上に海軍の将校服をつけた、半白の髪をした英国人と、支那少年とが同乗していた。

僕は以前上海の地で、英国の水師提督エリオットを、一二度見かけたことがあって、容貌風采を知っていたので、馬車中の老将校がエリオットであることを、僕は早くも見て取ることが出来た。

娼公、俳優とでも云いたいような、艶かしい装いをした支那少年は？　エリオットと同乗していた支那少年は？　友よそれこそ宋思芳だったのだ！

その証拠にはその少年は、僕を見かけると微笑して、軽く<ruby><rb>一揖</rb><rt>いちゆう</rt></ruby>したのだからね。

では先刻の支那美人は！　グレーと同伴していた支那美人は？

<ruby><rb>解</rb><rt>わか</rt></ruby>らない！　解らない！　解らない！

僕は上海へ帰って来た。

鎮江は容易に陥落しなかった。

いろいろの噂が伝わった。鎮江は揚子江の咽喉で、地勢は雄勝で且つ奇絶、<ruby><rb>頗</rb><rt>すこぶ</rt></ruby>る天険に富んでいる。そこへ清軍の精鋭が集まり、死守しているのでさすがの英軍も、陥落させることが出来ないのだと、そういう人間があるかと思うと、水師提督のエリオットが健康を害し、かつ頭を悪くして、昔日の俤がなくなったので、それが士気に影響して、鎮江が陥落しないのだと、そんなように云う人間もあった。しかし参謀長のグレーの方は、益々壮健で頭脳も明晰だから、早晩彼の策戦で、鎮江は陥落するだろうと、そんなように云う人間もあった。

さて僕だが上海へ帰るや、例によって例の如く、鴉片窟や私娼窟へ入り浸って、その日その日をくらしたものさ。

そこで君は不思議に思うだろうね、僕という人間が生活基礎を、どういうものに置いていて、そんな耽溺的生活に、毎日耽ることが出来るのかと？

５

それについてはいずれ語ろう。

そう、いずれ語るとしよう。が、今はそんなことより、その後僕が遭遇した、世にも奇怪な出来事について、消息する方がいいようだ。

友よ、それから一カ月経った。

その時僕の家の玄関に、厠で使う紙の面に、

「明後日迎いに参る<ruby><rb>可</rb><rt>べ</rt></ruby>く候」

こういう意味の文字が書かれてあり、心臓に<ruby><rb>征矢</rb><rt>そや</rt></ruby>を突き刺した絵が、赤い色で描かれたものが、針によって止められていた。

これには説明がいるようだから、一つ説明することにする。

上海には上流の女ばかりによって、形成されている秘密倶楽部がある。

「<ruby><rb>加華荘舎</rb><rt>かかそうしゃ</rt></ruby>」と云われている。

その目的とするところは、性の享楽ということなのだ。

で、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">これと</span>目星をつけた、美男の住んでいる家の玄関へ、今云ったような張り紙をし、それから<ruby><rb>轎</rb><rt>かご</rt></ruby>で迎いに来るのだ。

男は絶対に拒絶することが出来ない。もし拒絶しようものなら、その男一人ばかりでなく、その男の一家一族までが、ひどい惨害に遭うのだからね。

この国における女の勢力！　それは到底日本の比でなく、全く恐ろしい程なのだ。今日ばかりではなく事実この国の――支那の、ずっと昔からの、習慣であるということが出来る。則天武后だの<ruby><rb>呂后</rb><rt>ろごう</rt></ruby>だの、<ruby><rb>褒似</rb><rt>ほうじ</rt></ruby>だの<ruby><rb>妲妃</rb><rt>だっき</rt></ruby>だのというような、女傑や<ruby><rb>妖姫</rb><rt>ようき</rt></ruby>の歴史を見れば、すぐ頷かれることだからね。

しかしそれにしても僕のようなものへ、白羽の矢を立てて召そうとは、<ruby><rb>尠</rb><rt>すくな</rt></ruby>くも僕にとっては以外だったよ。

と云って何も僕という人間が、醜男だったからと云うのではない。自画自賛で恐縮だが、僕という人間は君も知っている通り、かなりの好男子であるはずだからね。

僕の云うのはそう云う意味からではなく「<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">僕のような生活を生活</span>している者に、そんな招待をするなんて、何て冒険的な女達だろう」――つまりこういう意味なのだ。

僕のような生活を生活している者？　<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のような生活</span>とはどんな生活なのか？　おそらく君は知りたいだろうね。よろしい云おう、その<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に云おう。

とにかくこうして当日となり、その日が暮れて夜となり、その夜が更けて深夜となった。桂華徳街の百○参号、そこが僕の家なのだが、果たしてその処へ一挺の<ruby><rb>轎</rb><rt>かご</rt></ruby>が、数人の者によって担い込まれた。

僕は新しい<ruby><rb>衫</rb><rt>さん</rt></ruby>を着け、そうして新しい<ruby><rb>袴</rb><rt>こ</rt></ruby>を穿いて、懐中に短刀――<ruby><rb>鎧通</rb><rt>よろいどおし</rt></ruby>さ、<ruby><rb>兼定</rb><rt>かねさだ</rt></ruby>鍛えの業物だ、そいつを呑んで轎に乗った。

（淫婦どもめ、思い知るがいい！）

こういう心持を持ちながら、轎に乗ったというものさ。

さて轎は道を走った。その道筋を細描写しても、君には面白くあるまいと思う。で、一切はぶくことにする。

轎は目的の館へ着いた。

そこが「加華荘舎」の在場所なのさ。僕は一室に通された。

ここで僕はこの館の<ruby><rb>構造</rb><rt>つくり</rt></ruby>を、ほんの簡単にお知らせしよう。

階段があると思ってくれたまえ。そうだ一筋の階段が。その階段を上り切った所に、一つの小広い部屋があり、その部屋から無数に細い廊下が、四方に通っているのだよ。そうしてその廊下の行き止まりに、一つずつ小さな婦人部屋があり、そこに会員達がいるのだそうだ。又、階段を下り切った所に、同じく小広い部屋があり、その部屋から今度は一筋の廊下が、一方の方へ通じて居り、その行き止まりに風呂場がある。そうしてその風呂場の一方の壁に、秘密の<ruby><rb>扉</rb><rt>ドア</rt></ruby>が出来て居り、そこを出ると廊下となる。この廊下は充分長く、そうして風呂場と平行していて、そうして左右に部屋があるのだ。そうだ、いくつかの寝室が。会員の数だけの寝室が。

で、召されたミメヨキ男は、先ず風呂に入れられて、すっかり体を洗われて、一つの寝室へ寝かされるのだ。と、互いに籤引きをして、真先に当選した会員の女が、これも最初風呂へ入り、体を洗いお化粧をし、それから男の寝ている部屋へ、導かれて侵入する。

もうその後は書く必要はあるまい。

さて、すっかり陶酔してしまうと、又女は風呂へ入り、綺麗に汗と<ruby><rb>膏</rb><rt>あぶら</rt></ruby>とを落とす。そうして自分の部屋へ引き上げて行く。と今度は男の方が、風呂へ入れられて洗われる。それから別の寝室へ送られ、二番目の女を迎えることになる。こういうことが繰り返され、二日でも三日でも五日でも十日でも、男の精力のつづく中は、女達の欲望の消えない中は、無限に繰り返されて行くのだよ。

友よ、そういう加華荘舎へ、僕は招待にあずかったのだ。そうして今云った手順を経て、一つの寝室へ通された。その寝室には寝台があり、寝台には鴉片の装置があり、酒を飲むようにもなっていた。ほのかな<ruby><rb>燈火</rb><rt>あかり</rt></ruby>もともされていた。僕は寝台に横になり、

（来やがれ、淫婦ども？）と思っていた。

とうとう女はやって来た。

外から部屋の錠を外し、内へ入ると錠をかい、平然として近寄って来た。彼女等はすっかり慣れているのだ。男が女を弄ぶことに、すっかり慣れているように、彼女等は男を弄ぶことに、これまたすっかり慣れているのだ。

僕はかづいていた<ruby><rb>衾</rb><rt>ふすま</rt></ruby>の中で、鎧通の柄を握り――殺そうなどとは夢にも思わず、傷付けようなどとも夢にも思わず、せいぜいのところひっこ抜いて、<ruby><rb>嚇</rb><rt>おど</rt></ruby>してやろうと考えていた。と、衾が捲くられた。つまり女が捲くったのだ。で、僕は女の顔を見た。

「あ」と僕は思わず云った。

その女が彼女だったからだ。江陰の郊外でグレーと一緒に、散策していた支那美人――宋思芳と似ている支那美人だったからだ。

僕は鎧通を手から放した。

そうして寝台の一方を開けた。彼女が寄り添って寝られるように。

で彼女は僕の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>へ寝た。

そうして二人は陶酔してしまった。

満足して彼女が立ち去る時、彼女は僕へ囁いた。

「他の女へ貴郎をお渡しするのは、私大変厭なんですけれど、少なくももう一人の女へだけは、貴郎をお貸ししなければならないのです」と。

僕はそれから風呂へ入れられ、別の寝室へ案内された。

扉をあけて中へ入った途端、しかし意外の光景を見た。まぎれもない宋思芳少年が、一人の外人に咽喉を抑えられ、寝台の上へ捻じ<ruby><rb>仆</rb><rt>たお</rt></ruby>され、圧殺されようとしているのだ。

「タ、助けて！」と息も絶え絶えに、その宋思芳が僕へ云った。

で、僕はほとんど夢中で、その外人へ飛びかかり、持っていた鎧通で一えぐりした。外人――それはグレーだったが、もろくもそのまま死んでしまった。

友よ、グレーの血に染まった、醜悪な死骸を寝台の側へ置いて、僕と宋思芳とが寝台の上で、再度の陶酔に耽ったことを――再度というのは宋思芳と、先刻の支那美人とが文字通り、同一人だからそういうのだが――友よ、咎めてくれたもうな。こんなことは<ruby><rb>青幇</rb><rt>チンパン</rt></ruby>に嘱している、僕という人間には普通のことだし、又、<ruby><rb>紅幇</rb><rt>ホンパン</rt></ruby>に嘱している、宋思芳にとっても茶飯事なのだからね。

今日も例の鴉片窟「金華酔楼」で恋人同士として、僕は彼女――彼と云ってもいい。彼女は今日も男装であり、男装の方が似合うのだから。――その宋思芳と逢って来た。鴉片を喫って恍惚として、無我の境地で抱擁し合う、この極度の快感は、日本にいる誰も知らないだろうよ。

だが彼は――いやいや彼女は……そうだやっぱり僕としては、彼女と云った方がいいようだ。で、彼女は、何者なのか？　事実彼女はその昔は、良家の娘だったということだ。が、今はこの国における、二つの大きな秘密結社――殺人、人買い、掠奪、密輸入、あらゆる悪行をやりながら、不断の貧民の味方として、かつ貧民の防禦団体として、根本においては祖国愛主義の、<ruby><rb>青幇</rb><rt>チンパン</rt></ruby>、<ruby><rb>紅幇</rb><rt>ホンパン</rt></ruby>という秘密結社の、その紅幇に嘱している、女班の<ruby><rb>利者</rb><rt>きけもの</rt></ruby>の一人なのだ。

そうして僕は青幇会員で、この会員であるがために、生活することが出来ているのだよ。

今日彼女は僕に云ったっけ。――

「<ruby><rb>妾</rb><rt>わたし</rt></ruby>、グレーとエリオットとの二人へ、女装をしたり男装をしたりして、自由に体を任かせたのも、紅幇の頭から命ぜられたのではなく、自分から進んでやったのよ。そうやって二人を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">だいなし</span>にして、殺してやろうと思ったからだわ。でもとうとうエリオットの方は、妾から鴉片を進めたのに乗って、鴉片を喫い出したので頭を悪くし、昔の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あいつ</span>じゃアなくなったし、グレーの方はあんな具合に、<ruby><rb>貴郎</rb><rt>あなた</rt></ruby>に殺して貰ったし、妾の目的は遂げられたってものよ。……これじゃアなかなか鎮江は、英軍の手には落ちないわね。……二人の大将が駄目になったんですもの」

「それにしてもどうしてグレーって男が、あんな所へやって来たんだい？」

「妾からやっぱり、呼んだからよ。例の厠の紙を使って。<ruby><rb>好奇</rb><rt>ものずき</rt></ruby>に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あいつ</span>やって来たのさ。毛唐って奴、好色だからねえ……ところが現われた女ってのが、自分だけの情婦だと自惚れていた、妾だったので嫉妬して、私の咽喉を締めたんだわ」

「じゃア僕を<ruby><rb>招</rb><rt>よ</rt></ruby>んだのは、グレーの奴を殺させるため、……ただ、それだけのためだったんだね」

「それもあったわ、でももう一つ、妾あんたが好きだったからよ」

――それなら<ruby><rb>可</rb><rt>い</rt></ruby>いと僕は思ったよ。

友よ、これでお<ruby><rb>終</rb><rt>しま</rt></ruby>いだ。

<ruby><rb>古人</rb><rt>こじん</rt></ruby>燭をとって夜遊ぶさ。<ruby><rb>今人</rb><rt>こんじん</rt></ruby>の僕はこんな遊びをしている。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あくどい</span>、刺戟の強い、殺人淫楽的の遊びを！

しかもそれが生活でもあるのさ。

さようなら、さよなら。