Soranoha

海野十三氏の弁

うんのじゅうざしのべん

海野 十三

「お道樂」の話ですか、それは困りましたね、私は酒もやらないしこの二三年からだの調子をわるくしてゐるので、たまに三軒茶屋あたりを散歩してくる位のところですから、人樣のやうな派手な「お道樂」はありませんね。

電氣ですか、あれはいまでは「お道樂」のやうになつてゐますが、これは專攻した學問で、これでも私は理學士なのです。

佐野昌一の本名で「おはなし電氣學」なんて、素人向の電氣學の入門書を出したり、ご存じのやうに丘丘十郎のペンネームで、科學小説を書いたりしてゐます。

これは「お道樂」以上の自慢話になるのですが、ごらんなさい、この家は停電されても心配ない上に、いつ泥君が現れても平氣でゐられるやうな裝置が、すつかり出來てゐるでせう。自慢はそればかりではありませんよ、これは「寶石」の讀者にも感謝して頂きたい、といふわけは、停電で夜仕事が出來ず困り拔いてゐた横溝正史君に、私が發明(少し大きすぎますかね)した電燈裝置を送つてあげて喜ばれたことがあります。ちやうど「本陣殺人事件」の解決篇が、この燈下で書かれたことは、自慢になるでせう、ハツハハハ。

書道ですか、あれは「お道樂」ではありませんよ。中學三年の頃からはじめたのですが、眞面目に書道の先生になるつもりでした。その動機も充分あるのです。私の書く探偵小説中の殺人動機よりもたしかな位です。

中學生の私は、ある日、お爺さんに呼びよせられましてね、お前の祖先は書道の神とされてゐる有名な菅原道眞公だから、その子孫たるお前が字のへたなわけがないと、妙な論理から押しつけられて、毎日お手本と睨めつこをすることになつたわけです。

海ならばたたへる水の底までも清き心は月ぞ照さん……といふやうな道眞公の和歌まで暗記したものです。

その後、日下部先生の門に入つて「𢌞腕流」を學び、どうやら人樣にもお見せできるやうに上達しました。

書道は、何といつても中國が本場ですよ。小さな子供まで日本人の大人以上に達筆なのには驚かされますね。

探偵小説のやうな荒つぽい人殺しの話などを書いてゐる私などには、その合間々々に「書道」を學ぶことは、別天地に遊ぶ鶴の如く心の澄みわたるのを感じます。

去年あたりから、書道の他流試合を横溝君とやることになり、何度も書を送るのですが、無手勝流といふわけか、一度も横溝君の方から送つて來ないのには困つたものですよ。何れ上京したらトツチメてやりませう。

『別冊宝石』昭和二十三年七月号

底本 / Source edition

底本:「海野十三メモリアル・ブック」海野十三の会
2000(平成12)年5月17日第1刷発行
初出:「別冊宝石」
1948(昭和23)年7月5日発行
入力:田中哲郎
校正:土屋隆
2005年5月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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海野 十三「海野十三氏の弁──探偵作家お道楽帳・その五」(旧字旧仮名)、底本『海野十三メモリアル・ブック』海野十三の会、2000年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 043761_000160, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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