星

太陽の下に新しきことなしとは古人の道破した言葉である。しかし新しいことのないのは独り太陽の下ばかりではない。

天文学者の説によれば、ヘラクレス星群を発した光は我我の地球へ達するのに三万六千年を要するさうである。が、ヘラクレス星群と<ruby><rb>雖</rb><rt>いへど</rt></ruby>も、永久に輝いてゐることは出来ない。何時か一度は冷灰のやうに、美しい光を失つてしまふ。のみならず死は何処へ行つても常に生を孕んでゐる。光を失つたヘラクレス星群も無辺の天をさまよふ内に、都合の好い機会を得さへすれば、一団の星雲と変化するであらう。さうすれば又新しい星は続々と其処に生まれるのである。

宇宙の大に比べれば、太陽も一点の燐火に過ぎない。<ruby><rb>況</rb><rt>いはん</rt></ruby>や我我の地球をやである。しかし遠い宇宙の極、銀河のほとりに起つてゐることも、実はこの泥団の上に起つてゐることと変りはない。生死は運動の方則のもとに、絶えず循環してゐるのである。

さう云ふことを考へると、天上に散在する無数の星にも多少の同情を禁じ得ない。いや、明滅する星の光は我我と同じ感情を表はしてゐるやうにも思はれるのである。この点でも詩人は何ものよりも先に高々と真理をうたひ上げた。

<ruby><rb>真砂</rb><rt>まさご</rt></ruby>なす数なき星のその中に吾に向ひて光る星あり

しかし星も我我のやうに流転を<ruby><rb>閲</rb><rt>けみ</rt></ruby>すると云ふことは――<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>退屈でないことはあるまい。

鼻

クレオパトラの鼻が曲つてゐたとすれば、世界の歴史はその為に一変してゐたかも知れないとは名高いパスカルの警句である。しかし恋人と云ふものは<ruby><rb>滅多</rb><rt>めつた</rt></ruby>に実相を見るものではない。いや、我我の<ruby><rb>自己欺瞞</rb><rt>じこぎまん</rt></ruby>は一たび恋愛に陥つたが最後、最も完全に行はれるのである。

アントニイもさう云ふ例に洩れず、クレオパトラの鼻が曲つてゐたとすれば、努めてそれを見まいとしたであらう。又見ずにはゐられない場合もその短所を補ふべき何か他の長所を探したであらう。何か他の長所と云へば、天下に我我の恋人位、無数の長所を具へた女性は一人もゐないのに相違ない。アントニイもきつと我我同様、クレオパトラの眼とか唇とかに、あり余る償ひを見出したであらう。その上又例の「彼女の心」！　実際我我の愛する女性は古往今来飽き飽きする程、素ばらしい心の持ち主である。のみならず彼女の服装とか、或は彼女の財産とか、或は又彼女の社会的地位とか、――それらも長所にならないことはない。更に甚しい場合を挙げれば、以前或名士に愛されたと云ふ事実<ruby><rb>乃至</rb><rt>ないし</rt></ruby>風評さへ、長所の一つに数へられるのである。しかもあのクレオパトラは<ruby><rb>豪奢</rb><rt>がうしや</rt></ruby>と神秘とに充ち満ちたエヂプトの最後の女王ではないか？　香の煙の立ち昇る中に、冠の珠玉でも光らせながら、蓮の花か何か<ruby><rb>弄</rb><rt>もてあそ</rt></ruby>んでゐれば、多少の鼻の曲りなどは何人の眼にも触れなかつたであらう。況やアントニイの眼をやである。

かう云ふ我我の自己欺瞞はひとり恋愛に限つたことではない。我我は多少の相違さへ除けば、大抵我我の欲するままに、いろいろ実相を塗り変へてゐる。たとえば歯科医の看板にしても、それが我我の眼にはひるのは看板の存在そのものよりも、看板のあることを欲する心、――牽いては我我の歯痛ではないか？　勿論我我の歯痛などは世界の歴史には没交渉であらう。しかしかう云ふ自己欺瞞は民心を知りたがる政治家にも、敵状を知りたがる軍人にも、或は又財況を知りたがる実業家にも同じやうにきつと起るのである。わたしはこれを修正すべき理智の存在を否みはしない。同時に又百般の人事を<ruby><rb>統</rb><rt>す</rt></ruby>べる「偶然」の存在も認めるものである。が、あらゆる熱情は理性の存在を忘れ易い。「偶然」は云はば神意である。すると我我の自己欺瞞は世界の歴史を左右すべき、最も永久な力かも知れない。

つまり二千余年の歴史は<ruby><rb>眇</rb><rt>べう</rt></ruby>たる一クレオパトラの鼻の如何に<ruby><rb>依</rb><rt>よ</rt></ruby>つたのではない。<ruby><rb>寧</rb><rt>むし</rt></ruby>ろ地上に遍満した我我の<ruby><rb>愚昧</rb><rt>ぐまい</rt></ruby>に依つたのである。哂ふべき、――しかし壮厳な我我の愚昧に依つたのである。

修身

道徳は便宜の異名である。「左側通行」と似たものである。

×

道徳の与へたる恩恵は時間と労力との節約である。道徳の与へる損害は完全なる良心の<ruby><rb>麻痺</rb><rt>まひ</rt></ruby>である。

×

<ruby><rb>妄</rb><rt>みだり</rt></ruby>に道徳に反するものは経済の念に乏しいものである。妄に道徳に屈するものは臆病ものか怠けものである。

×

我我を支配する道徳は資本主義に毒された封建時代の道徳である。我我は<ruby><rb>殆</rb><rt>ほとん</rt></ruby>ど損害の外に、何の恩恵にも浴してゐない。

×

強者は道徳を<ruby><rb>蹂躙</rb><rt>じうりん</rt></ruby>するであらう。弱者は又道徳に愛撫されるであらう。道徳の迫害を受けるものは常に強弱の中間者である。

×

道徳は常に古着である。

×

良心は我我の口髭のやうに年齢と共に生ずるものではない。我我は良心を得る為にも若干の訓練を要するのである。

×

一国民の九割強は一生良心を持たぬものである。

×

我我の悲劇は年少の為、或は訓練の足りない為、まだ良心を捉へ得ぬ前に、<ruby><rb>破廉恥漢</rb><rt>はれんちかん</rt></ruby>の非難を受けることである。

我我の喜劇は年少の為、或は訓練の足りない為、破廉恥漢の非難を受けた後に、やつと良心を捉へることである。

×

良心は厳粛なる趣味である。

×

良心は道徳を造るかも知れぬ。しかし道徳は未だ嘗て、良心の良の字も造つたことはない。

×

良心もあらゆる趣味のやうに、病的なる愛好者を持つてゐる。さう云ふ愛好者は十中八九、聡明なる貴族か富豪かである。

好悪

わたしは古い酒を愛するやうに、古い快楽説を愛するものである。我我の行為を決するものは善でもなければ悪でもない。唯我我の好悪である。或は我我の快不快である。さうとしかわたしには考へられない。

ではなぜ我我は極寒の天にも、<ruby><rb>将</rb><rt>まさ</rt></ruby>に溺れんとする幼児を見る時、進んで水に入るのであるか？　救ふことを快とするからである。では水に入る不快を避け、幼児を救ふ快を取るのは何の尺度に依つたのであらう？　より大きい快を選んだのである。しかし肉体的快不快と精神的快不快とは同一の尺度に依らぬ筈である。いや、この二つの快不快は全然相容れぬものではない。寧ろ<ruby><rb>鹹水</rb><rt>かんすゐ</rt></ruby>と淡水とのように、一つに融け合つてゐるものである。現に精神的教養を受けない京阪辺の紳士諸君はすつぽんの汁を<ruby><rb>啜</rb><rt>すす</rt></ruby>つた後、<ruby><rb>鰻</rb><rt>うなぎ</rt></ruby>を<ruby><rb>菜</rb><rt>さい</rt></ruby>に飯を食ふさへ、無上の快に数へてゐるではないか？　且又水や寒気などにも肉体的享楽の存することは寒中水泳の示すところである。（なほこの間の消息を疑ふものはマソヒズムの場合を考へるが好い。あの呪ふべきマソヒズムはかう云ふ肉体的快不快の外見上の倒錯に常習的傾向の加はつたものである。わたしの信ずるところによれば、或は柱頭の苦行を喜び、或は<ruby><rb>火裏</rb><rt>くわり</rt></ruby>の殉教を愛した基督教の聖人たちは大抵マソヒズムに<ruby><rb>罹</rb><rt>かか</rt></ruby>つてゐたらしい。）

我我の行為を決するものは昔の<ruby><rb>希臘</rb><rt>ギリシヤ</rt></ruby>人の云つた通り、好悪の外にないのである。我我は人生の泉から、最大の味を汲み取らねばならぬ。『パリサイの徒の如く、悲しき面もちをなすこと<ruby><rb>勿</rb><rt>なか</rt></ruby>れ。』耶蘇さへ既にさう云つたではないか。賢人とは<ruby><rb>畢竟</rb><rt>ひつきやう</rt></ruby><ruby><rb>荊蕀</rb><rt>けいきよく</rt></ruby>の路にも、薔薇の花を咲かせるもののことである。

侏儒の祈り

わたしはこの<ruby><rb>綵衣</rb><rt>さいい</rt></ruby>を纏ひ、この<ruby><rb>筋斗</rb><rt>きんと</rt></ruby>の戯を献じ、この太平を楽しんでゐれば不足のない侏儒でございます。どうかわたしの願ひをおかなへ下さいまし。

どうか一粒の米すらない程、貧乏にして下さいますな。どうか又<ruby><rb>熊掌</rb><rt>いうしやう</rt></ruby>にさへ飽き足りる程、富裕にもして下さいますな。

どうか<ruby><rb>採桑</rb><rt>さいさう</rt></ruby>の農婦すら嫌ふやうにして下さいますな。どうか又後宮の麗人さへ愛するやうにもして下さいますな。

どうか<ruby><rb>菽麦</rb><rt>しゆくばく</rt></ruby>すら弁ぜぬ程、愚昧にして下さいますな。どうか又雲気さへ察する程、聡明にもして下さいますな。

とりわけどうか勇ましい英雄にして下さいますな。わたしは現に時とすると、<ruby><rb>攀</rb><rt>よ</rt></ruby>ぢ難い峰の頂を窮め、越え難い海の浪を渡り――云はば不可能を可能にする夢を見ることがございます。さう云ふ夢を見てゐる時程、空恐しいことはございません。わたしは龍と闘ふやうに、この夢と闘ふのに苦しんで居ります。どうか英雄とならぬやうに――英雄の志を起さぬやうに力のないわたしをお守り下さいまし。

わたしはこの<ruby><rb>春酒</rb><rt>しゆんしゆ</rt></ruby>に酔ひ、この<ruby><rb>金縷</rb><rt>きんる</rt></ruby>の歌を誦し、この好日を喜んでゐれば不足のない侏儒でございます。

神秘主義

神秘主義は文明の為に衰退し去るものではない。寧ろ文明は神秘主義に長足の進歩を与へるものである。

古人は我我人間の先祖はアダムであると信じてゐた。と云ふ意味は創世記を信じてゐたと云ふことである。今人は既に中学生さへ、猿であると信じてゐる。と云ふ意味はダアウインの著書を信じてゐると云ふことである。つまり書物を信ずることは今人も古人も変りはない。その上古人は少くとも創世記に目を曝らしてゐた。今人は少数の専門家を除き、ダアウインの著書も読まぬ癖に、<ruby><rb>恬然</rb><rt>てんぜん</rt></ruby>とその説を信じてゐる。猿を先祖とすることはエホバの息吹きのかかつた土、――アダムを先祖とすることよりも、光彩に富んだ信念ではない。しかも今人は<ruby><rb>悉</rb><rt>ことごとく</rt></ruby>かう云ふ信念に安んじてゐる。

これは進化論ばかりではない。地球は円いと云ふことさへ、ほんたうに知つてゐるものは少数である。大多数は何時か教へられたやうに、円いと一図に信じてゐるのに過ぎない。なぜ円いかと問ひつめて見れば、上愚は総理大臣から下愚は腰弁に至る迄、説明の出来ないことは事実である。

次ぎにもう一つ例を挙げれば、今人は誰も古人のやうに幽霊の実在を信ずるものはない。しかし幽霊を見たと云ふ話は<ruby><rb>未</rb><rt>いまだ</rt></ruby>に時々伝へられる。ではなぜその話を信じないのか？　幽霊などを見る者は迷信に<ruby><rb>囚</rb><rt>とら</rt></ruby>はれて居るからである。ではなぜ迷信に捉はれてゐるのか？　幽霊などを見るからである。かう云ふ今人の論法は勿論所謂循環論法に過ぎない。

況や更にこみ入つた問題は全然信念の上に立脚してゐる。我我は理性に耳を借さない。いや、理性を超越した何物かのみに耳を借すのである。何物かに、――わたしは「何物か」と云ふ以前に、ふさはしい名前さへ発見出来ない。もし強いて名づけるとすれば、薔薇とか魚とか蝋燭とか、象徴を用ふるばかりである。たとえば我我の帽子でも好い。我我は羽根のついた帽子をかぶらず、ソフトや中折をかぶるやうに、祖先の猿だつたことを信じ、幽霊の実在しないことを信じ、地球の円いことを信じてゐる。もし嘘と思ふ人は日本に於けるアインシユタイン博士、或はその相対性原理の歓迎されたことを考へるが好い。あれは神秘主義の祭である。不可解なる荘厳の儀式である。何の為に熱狂したのかは「改造」社主の山本氏さへ知らない。

すると偉大なる神秘主義者はスウエデンボルグだのベエメだのではない。実は我我文明の民である。同時に又我我の信念も三越の飾り窓と選ぶところはない。我我の信念を支配するものは常に捉へ難い流行である。或は神意に似た好悪である。実際又西施や龍陽君の祖先もやはり猿だつたと考へることは多少の満足を与へないでもない。

自由意志と宿命と

兎に角宿命を信ずれば、罪悪なるものの存在しない為に懲罰と云ふ意味も失はれるから、罪人に対する我我の態度は寛大になるのに相違ない。同時に又自由意志を信ずれば責任の観念を生ずる為に、良心の麻痺を免れるから、我我自身に対する我我の態度は厳粛になるのに相違ない。ではいづれに従はうとするのか？

わたしは恬然と答へたい。半ばは自由意志を信じ、半ばは宿命を信ずべきである。或は半ばは自由意志を疑ひ、半ばは宿命を疑ふべきである。なぜと云へば我我は我我に負はされた宿命により、我我の妻を<ruby><rb>娶</rb><rt>めと</rt></ruby>つたではないか？　同時に又我我は我我に恵まれた自由意志により、必しも妻の注文通り、羽織や帯を買つてやらぬではないか？

自由意志と宿命とに関らず、神と悪魔、美と醜、勇敢と<ruby><rb>怯懦</rb><rt>けふだ</rt></ruby>、理性と信仰、――その他あらゆる天秤の両端にはかう云ふ態度をとるべきである。古人はこの態度を中庸と呼んだ。中庸とは英吉利語の good sense である。わたしの信ずるところによれば、グツドセンスを待たない限り、如何なる幸福も得ることは出来ない。もしそれでも得られるとすれば、炎天に炭火を擁したり、大寒に<ruby><rb>団扇</rb><rt>うちは</rt></ruby>を<ruby><rb>揮</rb><rt>ふる</rt></ruby>つたりする我慢の幸福ばかりである。

小児

軍人は小児に近いものである。英雄らしい身振を喜んだり、所謂光栄を好んだりするのは今更此処に云ふ必要はない。機械的訓練を貴んだり、動物的勇気を重んじたりするのも小学校にのみ見得る現象である。<ruby><rb>殺戮</rb><rt>さつりく</rt></ruby>を何とも思はぬなどは一層小児と選ぶところはない。殊に小児と似てゐるのは<ruby><rb>喇叭</rb><rt>らつぱ</rt></ruby>や軍歌に鼓舞されれば、何の為に戦ふかも問はず、<ruby><rb>欣然</rb><rt>きんぜん</rt></ruby>と敵に当ることである。

この故に軍人の誇りとするものは必ず小児の玩具に似てゐる。<ruby><rb>緋縅</rb><rt>ひをどし</rt></ruby>の鎧や<ruby><rb>鍬形</rb><rt>くはがた</rt></ruby>の<ruby><rb>兜</rb><rt>かぶと</rt></ruby>は成人の趣味にかなつた者ではない。勲章も――わたしには実際不思議である。なぜ軍人は酒にも酔はずに、勲章を下げて歩かれるのであらう？

武器

正義は武器に似たものである。武器は金を出しさへすれば、敵にも味方にも買はれるであらう。正義も理窟をつけさへすれば、敵にも味方にも買はれるものである。古来「正義の敵」と云ふ名は砲弾のやうに投げかはされた。しかし修辞につりこまれなければ、どちらがほんとうの「正義の敵」だか、<ruby><rb>滅多</rb><rt>めつた</rt></ruby>に判然したためしはない。

日本人の労働者は単に日本人と生まれたが故に、パナマから退去を命ぜられた。これは正義に反してゐる。<ruby><rb>亜米利加</rb><rt>アメリカ</rt></ruby>は新聞紙の伝へる通り、「正義の敵」と云はなければならぬ。しかし支那人の労働者も単に支那人と生まれたが故に、千住から退去を命ぜられた。これも正義に反してゐる。日本は新聞紙の伝へる通り、――いや、日本は二千年来、常に「正義の味方」である。正義はまだ日本の利害と一度も矛盾はしなかつたらしい。

武器それ自身は恐れるに足りない。恐れるのは武人の伎倆である。正義それ自身も恐れるに足りない。恐れるのは煽動家の雄弁である。武后は人天を顧みず、冷然と正義を蹂躪した。しかし徐敬業の乱に当り、<ruby><rb>駱賓王</rb><rt>らくひんわう</rt></ruby>の檄を読んだ時には色を失ふことを免れなかつた。「<ruby><rb>一抔土未乾</rb><rt>いつぽうのどいまだかわかず</rt></ruby><ruby><rb>六尺孤安在</rb><rt>ろくしやくのこいづくにかある</rt></ruby>」の双句は天成のデマゴオクを待たない限り、発し得ない名言だつたからである。

わたしは歴史を翻へす度に、遊就館を想ふことを禁じ得ない。過去の廊下には薄暗い中にさまざまの正義が陳列してある。青龍刀に似てゐるのは儒教の教へる正義であらう。騎士の槍に似てゐるのは基督教の教へる正義であらう。此処に太い棍棒がある。これは社会主義者の正義であらう。<ruby><rb>彼処</rb><rt>かしこ</rt></ruby>に房のついた長剣がある。あれは国家主義者の正義であらう。わたしはさう云ふ武器を見ながら、幾多の戦ひを想像し、をのづから<ruby><rb>心悸</rb><rt>しんき</rt></ruby>の高まることがある。しかしまだ幸か不幸か、わたし自身その武器の一つを執りたいと思つた記憶はない。

尊王

十七世紀の<ruby><rb>仏蘭西</rb><rt>フランス</rt></ruby>の話である。或日 Duc de Bourgogne が Abbé Choisy にこんなことを尋ねた。シヤルル六世は気違ひだつた。その意味を<ruby><rb>婉曲</rb><rt>ゑんきよく</rt></ruby>に伝へる為には、何と云へば好いのであらう？　アベは言下に返答した。「わたしならば唯かう申します。シヤルル六世は気違ひだつたと。」アベ・シヨアズイはこの答を一生の冒険の中に数へ、後のちまでも自慢にしてゐたさうである。

十七世紀の仏蘭西はかう云ふ逸話の残つてゐる程、尊王の精神に富んでゐたと云ふ。しかし二十世紀の日本も尊王の精神に富んでゐることは当時の仏蘭西に劣らなさうである。まことに、――<ruby><rb>欣幸</rb><rt>きんかう</rt></ruby>の至りに堪へない。

創作

芸術家は何時も意識的に彼の作品を作るのかも知れない。しかし作品そのものを見れば、作品の美醜の一半は芸術家の意識を超越した神秘の世界に存してゐる。一半？、或は大半と云つても好い。

我我は妙に問ふに落ちず、語るに落ちるものである。我我の魂はをのづから作品に露るることを免れない。一刀一拝した古人の用意はこの無意識の境に対する畏怖を語つてはゐないであらうか？

創作は常に冒険である。所詮は人力を尽した後、天命に委かせるより仕方はない。

<ruby><rb>少時学語苦難円</rb><rt>せうじごをまなんでゑんなりがたきをくるしむ</rt></ruby>　<ruby><rb>唯道工夫半未全</rb><rt>ただいふくふうなかばいまだまつたからずと</rt></ruby>　<ruby><rb>到老始知非力取</rb><rt>らうにいたつてはじめてしるりよくしゆにあらざるを</rt></ruby>　<ruby><rb>三分人事七分天</rb><rt>さんぶのじんじ　しちぶのてん</rt></ruby>

<ruby><rb>趙甌北</rb><rt>てうおうほく</rt></ruby>の「論詩」の七絶はこの間の消息を伝へたものであらう。芸術は妙に底の知れない凄みを帯びてゐるものである。我我も金を欲しがらなければ、又名聞を好まなければ、最後に殆ど病的な創作熱に苦しまなければ、この無気味な芸術などと格闘する勇気は起らなかつたかも知れない。わたしは正直に創作だけは少くともこの二三年来、<ruby><rb>菲才</rb><rt>ひさい</rt></ruby>その任に非ずとあきらめてゐる。

鑑賞

芸術の鑑賞は芸術家自身と鑑賞家との協力である。云はば鑑賞家は一つの作品を課題に彼自身の創作を試みるのに過ぎない。この故に如何なる時代にも名声を失はない作品は必ず種々の鑑賞を可能にする特色を具へてゐる。しかし種々の鑑賞を可能にすると云ふ意味はアナトオル・フランスの云ふやうに、何処か曖昧に出来てゐる為、どう云ふ解釈を加へるもたやすいと云ふ意味ではあるまい。寧ろ<ruby><rb>廬山</rb><rt>ろざん</rt></ruby>の峰々のやうに、種々の立ち場から鑑賞され得る多面性を具へてゐるのであらう。

古典

古典の作者の幸福なる所以は<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>彼等の死んでゐることである。

又

我我の――或は諸君の幸福なる所以も兎に角彼等の死んでゐることである。

幻滅した芸術家

或一群の芸術家は幻滅の世界に住してゐる。彼等は愛を信じない。良心なるものをも信じない。唯昔の苦行者のやうに<ruby><rb>無何有</rb><rt>むかう</rt></ruby>の砂漠を家としてゐる。その点は成程気の毒かも知れない。しかし美しい蜃気楼は砂漠の天にのみ生ずるものである。百般の人事に幻滅した彼等も大抵芸術には幻滅してゐない。いや、芸術と云ひさへすれば、常人の知らない金色の夢は<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち空中に出現するのである。彼等も実は思ひの外、幸福な瞬間を持たぬ訳ではない。

告白

完全に自己を告白することは何人にも出来ることではない。同時に又自己を告白せずには如何なる表現も出来るものではない。

ルツソオは告白を好んだ人である。しかし赤裸々の彼自身は懺悔録の中にも発見出来ない。メリメは告白を嫌つた人である。しかし「コロンバ」は隠約の間に彼自身を語つてはゐないであらうか？　所詮告白文学とその他の文学との境界線は見かけほどはつきりはしてゐないのである。

人生

――石黒定一君に――

もし游泳を学ばないものに泳げと命ずるものがあれば、何人も無理だと思ふであらう。もし又ランニングを学ばないものに駈けろと命ずるものがあれば、やはり理不尽だと思はざるを得ない。しかし我我は生まれた時から、かう云ふ莫迦げた命令を負はされてゐるのも同じことである。

我我は母の胎内にゐた時、人生に処する道を学んだであらうか？　しかも胎内を離れるが早いか、兎に角大きい競技場に似た人生の中に踏み入るのである。勿論游泳を学ばないものは満足に泳げる理窟はない。同様にランニングを学ばないものは大抵人後に落ちさうである。すると我我も<ruby><rb>創痍</rb><rt>さうい</rt></ruby>を負はずに人生の競技場を出られる筈はない。

成程世人は云ふかも知れない。「学人の跡を見るが好い。あそこに君たちの手本がある」と。しかし百の游泳者や千のランナアを眺めたにしろ、忽ち游泳を覚えたり、ランニングに通じたりするものではない。のみならずその游泳者は<ruby><rb>悉</rb><rt>ことごとく</rt></ruby>水を飲んでをり、その又ランナアは一人残らず競技場の土にまみれてゐる。見給へ、世界の名選手さへ大抵は得意の微笑のかげに渋面を隠してゐるではないか？

人生は狂人の主催に成つたオリムピツク大会に似たものである。我我は人生と闘ひながら、人生と闘ふことを学ばねばならぬ。かう云ふゲエムの莫迦々々しさに憤慨を禁じ得ないものはさつさと<ruby><rb>埒外</rb><rt>らちぐわい</rt></ruby>に歩み去るが好い。自殺も亦確かに一便法である。しかし人生の競技場に踏み止まりたいと思ふものは創痍を恐れずに闘はなければならぬ。四つん這ひになつたランナアは滑稽であると共に悲惨である。水を呑んだ游泳者も涙と笑とを催させるであらう。我我は彼等と同じやうに、人生の悲喜劇を演ずるものである。創痍を蒙るのはやむを得ない。が、その創痍に堪へる為には、――世人は何と云ふかも知れない。わたしは常に同情と<ruby><rb>諧謔</rb><rt>かいぎやく</rt></ruby>とを持ちたいと思つてゐる。

又

人生は一箱のマツチに似てゐる。重大に扱ふのは莫迦々々しい。重大に扱はなければ危険である。

又

人生は落丁の多い書物に似てゐる。一部を成すとは称し難い。しかし兎に角一部を成してゐる。

或自警団員の言葉

さあ、自警の部署に就かう。今夜は星も木木の梢に涼しい光を放つてゐる。微風もそろそろ通ひ出したらしい。さあ、この籐の長椅子に寝ころび、この一本のマニラに火をつけ、夜もすがら気楽に警戒しよう。もし喉の渇いた時には水筒のウイスキイを傾ければ好い。幸ひまだポケツトにはチヨコレエトの棒も残つてゐる。

聴き給へ、高い木木の梢に何か寝鳥の騒いでゐるのを。鳥は今度の大地震にも困ると云ふことを知らないであらう。しかし我我人間は衣食住の便宜を失つた為にあらゆる苦痛を味はつてゐる。いや、衣食住どころではない。一杯のシトロンの飲めぬ為にも少からぬ不自由を忍んでゐる。人間と云ふ二足の獣は何と云ふ情けない動物であらう。我我は文明を失つたが最後、それこそ風前の燈火のやうに<ruby><rb>覚束</rb><rt>おぼつか</rt></ruby>ない命を守らなければならぬ。見給へ。鳥はもう静かに寝入つてゐる。羽根蒲団や枕を知らぬ鳥は！

鳥はもう静かに寝入つてゐる。夢も我我より安らかであらう。鳥は現在にのみ生きるものである。しかし我我人間は過去や未来にも生きなければならぬ。と云ふ意味は悔恨や憂慮の苦痛をも嘗めなければならぬ。殊に今度の大地震はどの位我我の未来の上へ寂しい暗黒を投げかけたであらう。東京を焼かれた我我は今日の餓に苦しみ<ruby><rb>乍</rb><rt>なが</rt></ruby>ら、明日の餓にも苦しんでゐる。鳥は幸ひにこの苦痛を知らぬ、いや、鳥に限つたことではない。三世の苦痛を知るものは我我人間のあるばかりである。

小泉八雲は人間よりも蝶になりたいと云つたさうである。蝶――と云へばあの蟻を見給へ。もし幸福と云ふことを苦痛の少ないことのみとすれば、蟻も亦我我よりは幸福であらう。けれども我我人間は蟻の知らぬ快楽をも心得てゐる。蟻は破産や失恋の為に自殺をする患はないかも知れぬ。が、我我と同じやうに楽しい希望を持ち得るであらうか？　僕は未だに覚えてゐる。月明りの仄めいた洛陽の廃都に、李太白の詩の一行さへ知らぬ無数の蟻の群を憐んだことを！

しかしシヨオペンハウエルは、――まあ、哲学はやめにし給へ。我我は兎に角あそこへ来た蟻と大差のないことだけは確かである。もしそれだけでも確かだとすれば、人間らしい感情の全部は一層大切にしなければならぬ。自然は唯冷然と我我の苦痛を眺めてゐる。我我は互に憐まなければならぬ。況や殺戮を喜ぶなどは、――尤も相手を絞め殺すことは議論に勝つよりも手軽である。

我我は互に憐まなければならぬ。シヨオペンハウエルの厭世観の我我に与へた教訓もかう云ふことではなかつたであらうか？

夜はもう十二時を過ぎたらしい。星も相不変頭の上に涼しい光を放つてゐる。さあ、君はウイスキイを傾け給へ。僕は長椅子に寝ころんだままチヨコレエトの棒でも<ruby><rb>囓</rb><rt>かぢ</rt></ruby>ることにしよう。

地上楽園

地上楽園の光景は<ruby><rb>屡</rb><rt>しばしば</rt></ruby>詩歌にもうたはれてゐる。が、わたしはまだ残念ながら、さう云ふ詩人の地上楽園に住みたいと思つた覚えはない。基督教徒の地上楽園は畢竟退屈なるパノラマである。黄老の学者の地上楽園もつまりは索漠とした支那料理屋に過ぎない。況や近代のユウトピアなどは――ウイルヤム・ジエエムスの戦慄したことは何びとの記憶にも残つてゐるであらう。

わたしの夢みてゐる地上楽園はさう云ふ天然の温室ではない。同時に又さう云ふ学校を兼ねた食糧や衣服の配給所でもない。唯此処に住んでゐれば、両親は子供の成人と共に必ず息を引取るのである。それから男女の兄弟はたとひ悪人に生まれるにもしろ、莫迦には決して生まれない結果、少しも迷惑をかけ合わないのである。それから女は妻となるや否や、家畜の魂を宿す為に従順そのものに変るのである。それから子供は男女を問はず、両親の意志や感情通りに、一日のうちに何回でも聾と唖と腰ぬけと盲目とになることが出来るのである。それから甲の友人は乙の友人よりも貧乏にならず、同時に又乙の友人は甲の友人よりも金持ちにならず、互に相手を褒め合ふことに無上の満足を感ずるのである。それから――ざつとかう云ふ処を思へば好い。

これは何もわたし一人の地上楽園たるばかりではない。同時に又天下に充満した善男善女の地上楽園である。唯古来の詩人や学者はその金色の瞑想の中にかう云ふ光景を夢みなかつた。夢みなかつたのは別に不思議ではない。かう云ふ光景は夢みるにさへ、余りに真実の幸福に溢れすぎてゐるからである。

附記　わたしの<ruby><rb>甥</rb><rt>をひ</rt></ruby>はレムブラントの肖像画を買ふことを夢みてゐる。しかし彼の小遣ひを十円貰ふことは夢みてゐない。これも十円の小遣ひは余りに真実の幸福に溢れすぎてゐるからである。

暴力

人生は常に複雑である。複雑なる人生を簡単にするものは暴力より外にある筈はない。この故に往往石器時代の脳髄しか持たぬ文明人は論争より殺人を愛するのである。

しかし<ruby><rb>亦</rb><rt>また</rt></ruby>権力も畢竟はパテントを得た暴力である。我我人間を支配する為にも、暴力は常に必要なのかも知れない。或は又必要ではないのかも知れない。

「人間らしさ」

わたしは不幸にも「人間らしさ」に礼拝する勇気は持つてゐない。いや、屡「人間らしさ」に軽蔑を感ずることは事実である。しかし又常に「人間らしさ」に愛を感ずることも事実である。愛を？――或は愛よりも<ruby><rb>憐憫</rb><rt>れんびん</rt></ruby>かも知れない。が、兎に角「人間らしさ」にも動されぬやうになつたとすれば、人生は到底住するに堪へない精神病院に変りさうである。Swift の<ruby><rb>畢</rb><rt>つひ</rt></ruby>に発狂したのも当然の結果と云ふ外はない。

スウイフトは発狂する少し前に、梢だけ枯れた木を見ながら、「おれはあの木とよく似てゐる。頭から先に参るのだ」と呟いたことがあるさうである。この逸話は思ひ出す度にいつも戦慄を伝へずには置かない。わたしはスウイフトほど頭の好い一代の鬼才に生まれなかつたことをひそかに幸福に思つてゐる。

椎の葉

完全に幸福になり得るのは白痴にのみ与へられた特権である。如何なる楽天主義者にもせよ、笑顔に終止することの出来るものではない。いや、もし真に楽天主義なるものの存在を許し得るとすれば、それは唯如何に幸福に絶望するかと云ふことのみである。

「家にあれば<ruby><rb>笥</rb><rt>け</rt></ruby>にもる<ruby><rb>飯</rb><rt>いひ</rt></ruby>も草まくら旅にしあれば椎の葉にもる」とは行旅の情をうたつたばかりではない。我我は常に「ありたい」ものの代りに「あり得る」ものと妥協するのである。学者はこの椎の葉にさまざまの美名を与へるであらう。が、無遠慮に手に取つて見れば、椎の葉はいつも椎の葉である。

椎の葉の椎の葉たるを歎ずるのは椎の葉の笥たるを主張するよりも確かに尊敬に価してゐる。しかし椎の葉の椎の葉たるを一笑し去るよりも退屈であらう。少くとも生涯同一の歎を繰り返すことに<ruby><rb>倦</rb><rt>う</rt></ruby>まないのは滑稽であると共に不道徳である。実際又偉大なる厭世主義者は渋面ばかり作つてはゐない。不治の病を負つたレオパルデイさへ、時には蒼ざめた薔薇の花に寂しい頬笑みを浮べてゐる。……

追記　不道徳とは過度の異名である。

仏陀

<ruby><rb>悉達多</rb><rt>しつだつた</rt></ruby>は王城を忍び出た後六年の間苦行した。六年の間苦行した<ruby><rb>所以</rb><rt>ゆゑん</rt></ruby>は勿論王城の生活の豪奢を極めてゐた結果であらう。その証拠にはナザレの大工の子は、四十日の断食しかしなかつたやうである。

又

悉達多は<ruby><rb>車匿</rb><rt>しやのく</rt></ruby>に<ruby><rb>馬轡</rb><rt>ばひ</rt></ruby>を執らしめ、<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに王城を後ろにした。が、彼の思弁癖は<ruby><rb>屡</rb><rt>しばしば</rt></ruby>彼をメランコリアに沈ましめたと云ふことである。すると王城を忍び出た後、ほつと一息ついたものは実際将来の<ruby><rb>釈迦無二仏</rb><rt>しやかむにぶつ</rt></ruby>だつたか、それとも彼の妻の<ruby><rb>耶輸陀羅</rb><rt>やすだら</rt></ruby>だつたか、容易に断定は出来ないかも知れない。

又

悉達多は六年の苦行の後、菩提樹下に<ruby><rb>正覚</rb><rt>しやうがく</rt></ruby>に達した。彼の<ruby><rb>成道</rb><rt>じやうどう</rt></ruby>の伝説は如何に物質の精神を支配するかを語るものである。彼はまづ水浴してゐる。それから<ruby><rb>乳糜</rb><rt>にゆうび</rt></ruby>を食してゐる。最後に<ruby><rb>難陀婆羅</rb><rt>なんだばら</rt></ruby>と伝へられる牧牛の少女と話してゐる。

政治的天才

古来政治的天才とは民衆の意志を彼自身の意志とするもののやうに思はれてゐた。が、これは正反対であらう。寧ろ政治的天才とは彼自身の意志を民衆の意志とするもののことを云ふのである。少くとも民衆の意志であるかのやうに信ぜしめるものを云ふのである。この故に政治的天才は俳優的天才を伴ふらしい。ナポレオンは「荘厳と滑稽との差は僅かに一歩である」と云つた。この言葉は帝王の言葉と云ふよりも名優の言葉にふさはしさうである。

又

民衆は大義を信ずるものである。が、政治的天才は常に大義そのものには一文の銭をも<ruby><rb>抛</rb><rt>なげう</rt></ruby>たないものである。唯民衆を支配する為には大義の仮面を用ひなければならぬ。しかし一度用ひたが最後、大義の仮面は永久に脱することを得ないものである。もし又強いて脱さうとすれば、如何なる政治的天才も忽ち非命に<ruby><rb>仆</rb><rt>たふ</rt></ruby>れる外はない。つまり帝王も王冠の為にをのづから支配を受けてゐるのである。この故に政治的天才の悲劇は必ず喜劇をも兼ねぬことはない。たとへば昔仁和寺の法師の<ruby><rb>鼎</rb><rt>かなへ</rt></ruby>をかぶつて舞つたと云ふ「つれづれ草」の喜劇をも兼ねぬことはない。

恋は死よりも強し

「恋は死よりも強し」と云ふのはモオパスサンの小説にもある言葉である。が、死よりも強いものは勿論天下に恋ばかりではない。たとへばチブスの患者などのビスケツトを一つ食つた為に知れ切つた往生を遂げたりするのは食慾も死よりは強い証拠である。食慾の外にも数へ挙げれば、愛国心とか、宗教的感激とか、人道的精神とか、利慾とか、名誉心とか、犯罪的本能とか、――まだ死よりも強いものは沢山あるのに相違ない。つまりあらゆる情熱は死よりも強いものなのであらう。（勿論死に対する情熱は例外である。）<ruby><rb>且</rb><rt>か</rt></ruby>つ又恋はさう云ふもののうちでも、特に死よりも強いかどうか、<ruby><rb>迂濶</rb><rt>うくわつ</rt></ruby>に断言は出来ないらしい。一見、死よりも強い恋と見做され易い場合さへ、実は我我を支配してゐるのは<ruby><rb>仏蘭西</rb><rt>フランス</rt></ruby>人の所謂ボヴアリスムである。我我自身を伝奇の中の恋人のやうに空想するボヴアリイ夫人以来の感傷主義である。

地獄

人生は地獄よりも地獄的である。地獄の与へる苦しみは一定の法則を破つたことはない。たとへば餓鬼道の苦しみは目前の飯を食はうとすれば飯の上に火の燃えるたぐひである。しかし人生の与へる苦しみは不幸にもそれほど単純ではない。目前の飯を食はうとすれば、火の燃えることもあると同時に、又存外楽楽と食ひ得ることもあるのである。のみならず楽楽と食ひ得た後さへ、<ruby><rb>腸加太児</rb><rt>ちやうカタル</rt></ruby>の起ることもあると同時に、又存外楽楽と消化し得ることもあるのである。かう云ふ無法則の世界に順応するのは何びとにも容易に出来るものではない。もし地獄に堕ちたとすれば、わたしは必ず<ruby><rb>咄嗟</rb><rt>とつさ</rt></ruby>の間に餓鬼道の飯も<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め得るであらう。況や針の山や血の池などは二三年其処に住み慣れさへすれば、格別<ruby><rb>跋渉</rb><rt>ばつせふ</rt></ruby>の苦しみを感じないやうになつてしまひさうである。

醜聞

公衆は醜聞を愛するものである。白蓮事件、有島事件、武者小路事件――公衆は如何にこれらの事件に無上の満足を見出したであらう。ではなぜ公衆は醜聞を――殊に世間に名を知られた他人の醜聞を愛するのであらう？　グルモンはこれに答へてゐる。――

「隠れたる自己の醜聞も当り前のやうに見せてくれるから。」

グルモンの答は<ruby><rb>中</rb><rt>あた</rt></ruby>つてゐる。が、必ずしもそればかりではない。醜聞さへ起し得ない俗人たちはあらゆる名士の醜聞の中に彼等の<ruby><rb>怯懦</rb><rt>けふだ</rt></ruby>を弁解する好個の武器を見出すのである。同時に又実際には存しない彼等の優越を樹立する、好個の台石を見出すのである。「わたしは白蓮女史ほど美人ではない。しかし白蓮女史よりも貞淑である。」「わたしは有島氏ほど才子ではない。しかし有島氏よりも世間を知つてゐる。」「わたしは武者小路氏ほど……」――公衆は如何にかう云つた後、豚のやうに幸福に熟睡したであらう。

又

天才の一部は明らかに醜聞を起し得る才能である。

輿論

<ruby><rb>輿論</rb><rt>よろん</rt></ruby>は常に私刑であり、私刑は又常に娯楽である。たとひピストルを用ふる代りに新聞の記事を用ひたとしても。

又

輿論の存在に価する理由は唯輿論を蹂躙する興味を与へることばかりである。

敵意

敵意は寒気と選ぶ所はない。適度に感ずる時は爽快であり、且又健康を保つ上には何びとにも絶対に必要である。

ユウトピア

完全なるユウトピアの生れない所以は大体下の通りである。――人間性そのものを変へないとすれば、完全なるユウトピアの生まれる筈はない。人間性そのものを変へるとすれば、完全なるユウトピアと思つたものも忽ち又不完全に感ぜられてしまふ。

危険思想

危険思想とは常識を実行に移さうとする思想である。

悪

芸術的気質を持つた青年は、最後に人間の悪を発見する。

二宮尊徳

わたしは小学校の読本の中に二宮尊徳の少年時代の大書してあつたのを覚えてゐる。貧家に人となつた尊徳は昼は農作の手伝ひをしたり、夜は<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらぢ</rt></ruby>を造つたり、大人のやうに働きながら、<ruby><rb>健気</rb><rt>けなげ</rt></ruby>にも独学をつづけて行つたらしい。これはあらゆる立志譚のやうに――と云ふのはあらゆる通俗小説のやうに、感激を与へ易い物語である。実際又十五歳に足らぬわたしは尊徳の意気に感激すると同時に、尊徳ほど貧家に生まれなかつたことを不仕合せの一つにさへ考えてゐた。……

けれどもこの立志譚は尊徳に名誉を与へる代りに、当然尊徳の両親には不名誉を与へる物語である。彼等は尊徳の教育に<ruby><rb>寸毫</rb><rt>すんがう</rt></ruby>の便宜をも与へなかつた。いや、寧ろ与へたものは<ruby><rb>障碍</rb><rt>しやうがい</rt></ruby>ばかりだつた位である。これは両親たる責任上、明らかに恥辱と云はなければならぬ。しかし我々の両親や教師は無邪気にもこの事実を忘れてゐる。尊徳の両親は酒飲みでも或は又<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>打ちでも好い。問題は唯尊徳である。どう云ふ艱難辛苦をしても独学を廃さなかつた尊徳である。我我少年は尊徳のやうに勇猛の志を養はなければならぬ。

わたしは彼等の利己主義に驚嘆に近いものを感じてゐる。成程彼等には尊徳のやうに下男をも兼ねる少年は都合の好い息子に違ひない。のみならず後年声誉を博し、大いに父母の名を顕はしたりするのは好都合の上にも好都合である。しかし十五歳に足らぬわたしは尊徳の意気に感激すると同時に、尊徳ほど貧家に生まれなかつたことを不仕合せの一つにさへ考へてゐた。丁度鎖に繋がれた奴隷のもつと太い鎖を欲しがるやうに。

奴隷

奴隷廃止と云ふことは唯奴隷たる自意識を廃止すると云ふことである。我我の社会は奴隷なしには一日も安全を<ruby><rb>保</rb><rt>ほ</rt></ruby>し難いらしい。現にあのプラトオンの共和国さへ、奴隷の存在を予想してゐるのは必しも偶然ではないのである。

又

暴君を暴君と呼ぶことは危険だつたのに違ひない。が、今日は暴君以外に奴隷を奴隷と呼ぶこともやはり甚だ危険である。

悲劇

悲劇とはみづから羞づる所業を敢てしなければならぬことである。この故に万人に共通する悲劇は<ruby><rb>排泄作用</rb><rt>はいせつさよう</rt></ruby>を行ふことである。

強弱

強者とは敵を恐れぬ代りに友人を恐れるものである。一撃に敵を打ち倒すことには何の<ruby><rb>痛痒</rb><rt>つうやう</rt></ruby>も感じない代りに、知らず識らず友人を傷けることには児女に似た恐怖を感ずるものである。

弱者とは友人を恐れぬ代りに、敵を恐れるものである。この故に又至る処に架空の敵ばかり発見するものである。

Ｓ・Ｍの智慧

これは友人Ｓ・Ｍのわたしに話した言葉である。

弁証法の功績。――所詮何ものも莫迦げてゐると云ふ結論に到達せしめたこと。

少女。――どこまで行つても清冽な浅瀬。

早教育。――ふむ、それも結構だ。まだ幼稚園にゐるうちに智慧の悲しみを知ることには責任を持つことにも当らないからね。

追憶。――地平線の遠い風景画。ちやんと仕上げもかゝつてゐる。

女。――メリイ・ストオプス夫人によれば女は少くとも二週間に一度、夫に情欲を感ずるほど貞節に出来てゐるものらしい。

年少時代。――年少時代の憂鬱は全宇宙に対する<ruby><rb>驕慢</rb><rt>けうまん</rt></ruby>である。

<ruby><rb>艱難</rb><rt>かんなん</rt></ruby>汝を玉にす。――艱難汝を玉にするとすれば、日常生活に、思慮深い男は到底玉になれない筈である。

我等如何に生くべき<ruby><rb>乎</rb><rt>か</rt></ruby>。――未知の世界を少し残して置くこと。

社交

あらゆる社交はおのづから虚偽を必要とするものである。もし<ruby><rb>寸毫</rb><rt>すんがう</rt></ruby>の虚偽をも加へず、我我の友人知己に対する我我の本心を吐露するとすれば、古への<ruby><rb>管鮑</rb><rt>くわんぱう</rt></ruby>の交りと雖も<ruby><rb>破綻</rb><rt>はたん</rt></ruby>を生ぜずにはゐなかつたであらう。管鮑の交りは<ruby><rb>少時</rb><rt>しばらく</rt></ruby>問はず、我我は皆多少にもせよ、我我の親密なる友人知己を憎悪し或は軽蔑してゐる。が、憎悪も利害の前には鋭鋒を収めるのに相違ない。且又軽蔑は多々益々恬然と虚偽を吐かせるものである。この故に我我の友人知己と最も親密に交る為めには、互に利害と軽蔑とを最も完全に具へなければならぬ。これは<ruby><rb>勿論</rb><rt>もちろん</rt></ruby>何びとにも甚だ困難なる条件である。さもなければ我我はとうの昔に礼譲に富んだ紳士になり、世界も亦とうの昔に黄金時代の平和を現出したであらう。

瑣事

人生を幸福にする為には、日常の<ruby><rb>瑣事</rb><rt>さじ</rt></ruby>を愛さなければならぬ。雲の光り、竹の<ruby><rb>戦</rb><rt>そよ</rt></ruby>ぎ、<ruby><rb>群雀</rb><rt>むらすずめ</rt></ruby>の声、行人の顔、――あらゆる日常の瑣事の中に無上の<ruby><rb>甘露味</rb><rt>かんろみ</rt></ruby>を感じなければならぬ。

人生を幸福にする為には？――しかし瑣事を愛するものは瑣事の為に苦しまなければならぬ。庭前の古池に飛びこんだ蛙は百年の愁を破つたであらう。が、古池を飛び出した蛙は百年の愁を与へたかも知れない。いや、芭蕉の一生は享楽の一生であると共に、誰の目にも受苦の一生である。我我も微妙に楽しむ為には、やはり又微妙に苦しまなければならぬ。

人生を幸福にする為には、日常の瑣事に苦しまなければならぬ。雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、――あらゆる日常の瑣事の中に堕地獄の苦痛を感じなければならぬ。

神

あらゆる神の属性中、最も神の為に同情するのは神には自殺の出来ないことである。

又

我我は神を<ruby><rb>罵殺</rb><rt>ばさつ</rt></ruby>する無数の理由を発見してゐる。が、不幸にも日本人は罵殺するのに価するほど、全能の神を信じてゐない。

民衆

民衆は穏健なる保守主義者である。制度、思想、芸術、宗教、――何ものも民衆に愛される為には、前時代の古色を帯びなければならぬ。所謂民衆芸術家の民衆の為に愛されないのは必しも彼等の罪ばかりではない。

又

民衆の愚を発見するのは必しも誇るに足ることではない。が、我我自身も亦民衆であることを発見するのは兎も角も誇るに足ることである。

又

古人は民衆を愚にすることを治国の大道に数へてゐた。丁度まだこの上にも愚にすることの出来るやうに。――或は又どうかすれば賢にでもすることの出来るやうに。

チエホフの言葉

チエホフはその手記の中に男女の差別を論じてゐる。――「女は年をとると共に、益々女の事に従ふものであり、男は年をとると共に、益々女の事から離れるものである。」

しかしこのチエホフの言葉は男女とも年をとると共に、おのづから異性との交渉に立ち入らないと云ふのも同じことである。これは三歳の童児と雖もとうに知つてゐることと云はなければならぬ。のみならず男女の差別よりも寧ろ男女の無差別を示してゐるものと云はなければならぬ。

服装

少くとも女人の服装は女人自身の一部である。啓吉の誘惑に陥らなかつたのは勿論道念にも依つたのであらう。が、彼を誘惑した女人は啓吉の妻の借着をしてゐる。もし借着をしてゐなかつたとすれば、啓吉はさほど楽々とは誘惑の外に出られなかつたかも知れない。（註。菊池寛氏の「啓吉の誘惑」を見よ。）

処女崇拝

我我は処女を妻とする為にどの位妻の選択に滑稽なる失敗を重ねて来たか、もうそろそろ処女崇拝には背中を向けても好い時分である。

又

処女崇拝は処女たる事実を知つた後に始まるものである。即ち卒直なる感情よりも零細なる知識を重んずるものである。この故に処女崇拝者は恋愛上の<ruby><rb>衒学者</rb><rt>げんがくしや</rt></ruby>と云はなければならぬ。あらゆる処女崇拝者の何か厳然と構へてゐるのも或は偶然ではないかも知れない。

又

勿論処女らしさ崇拝は処女崇拝以外のものである。この二つを同義語とするものは恐らく女人の俳優的才能を余りに軽々に見てゐるものであらう。

礼法

或女学生はわたしの友人にかう云ふ事を尋ねたさうである。

「一体接吻をする時には目をつぶつてゐるものなのでせうか？　それともあいてゐるものなのでせうか？」

あらゆる女学校の教課の中に恋愛に関する礼法のないのはわたしもこの女学生と共に甚だ遺憾に思つてゐる。

貝原益軒

わたしはやはり小学時代に貝原益軒の逸事を学んだ。益軒は<ruby><rb>嘗</rb><rt>かつて</rt></ruby>乗合船の中に一人の書生と一しよになつた。書生は才力に誇つてゐたと見え、<ruby><rb>滔々</rb><rt>たうたう</rt></ruby>と古今の学芸を論じた。が、益軒は一言も加へず、静かに傾聴するばかりだつた。その内に船は岸に泊した。船中の客は別れるのに臨んで姓名を告げるのを例としてゐた。書生は始めて益軒を知り、この一代の大儒の前に<ruby><rb>忸怩</rb><rt>ぢくぢ</rt></ruby>として先刻の無礼を謝した。――かう云ふ逸事を学んだのである。

当時のわたしはこの逸事の中に謙譲の美徳を発見した。少くとも発見する為に努力したことは事実である。しかし今は不幸にも寸毫の教訓さへ発見出来ない。この逸事の今のわたしにも多少の興味を与へるは僅かに下のやうに考へるからである。――

一　無言に終始した益軒の侮蔑は如何に<ruby><rb>辛辣</rb><rt>しんらつ</rt></ruby>を極めてゐたか！

二　書生の恥ぢるのを<ruby><rb>欣</rb><rt>よろこ</rt></ruby>んだ同船の客の喝采は如何に俗悪を極めてゐたか！

三　益軒の知らぬ新時代の精神は年少の書生の放論の中にも如何に溌剌と鼓動してゐたか！

或弁護

或新時代の評論家は「<ruby><rb>蝟集</rb><rt>ゐしふ</rt></ruby>する」と云ふ意味に「門前<ruby><rb>雀羅</rb><rt>じやくら</rt></ruby>を張る」の成語を用ひた。「門前雀羅を張る」の成語は支那人の作つたものである。それを日本人の用ふるのに必しも支那人の用法を踏襲しなければならぬと云ふ法はない。もし通用さへするならば、たとへば、「彼女の頬笑みは門前雀羅を張るやうだつた」と形容しても好い筈である。

もし通用さへするならば、――万事はこの不可思議なる「通用」の上に懸かつてゐる。たとへば「わたくし小説」もさうではないか？　Ich\-Roman と云ふ意味は一人称を用ひた小説である。必しもその「わたくし」なるものは作家自身と定まつてはゐない。が、日本の「わたくし」小説は常にその「わたくし」なるものを作家自身とする小説である。いや、時には作家自身の閲歴談と見られたが最後、三人称を用ひた小説さへ「わたくし」小説と呼ばれてゐるらしい。これは勿論<ruby><rb>独逸</rb><rt>ドイツ</rt></ruby>人の――或は全西洋人の用法を無視した新例である。しかし全能なる「通用」はこの新例に生命を与へた。「門前雀羅を張る」の成語もいつかはこれと同じやうに意外の新例を生ずるかも知れない。

すると或評論家は特に学識に乏しかつたのではない。唯<ruby><rb>聊</rb><rt>いささ</rt></ruby>か時流の外に新例を求むるのに急だつたのである。その評論家の<ruby><rb>揶揄</rb><rt>やゆ</rt></ruby>を受けたのは、――兎に角あらゆる先覚者は常に薄命に甘んじなければならぬ。

制限

天才もそれ〲乗り越え難い或制限に拘束されてゐる。その制限を発見することは多少の寂しさを与へぬこともない。が、それはいつの間にか<ruby><rb>却</rb><rt>かへ</rt></ruby>つて親しみを与へるものである。丁度竹は竹であり、<ruby><rb>蔦</rb><rt>つた</rt></ruby>は蔦である事を知つたやうに。

火星

火星の住民の有無を問ふことは我我の五感に感ずることの出来る住民の有無を問ふことである。しかし生命は必しも我我の五感に感ずることの出来る条件を具へるとは限つてゐない。もし火星の住民も我我の五感を超越した存在を保つてゐるとすれば、彼等の一群は今夜も亦<ruby><rb>篠懸</rb><rt>すずかけ</rt></ruby>を黄ばませる秋風と共に銀座へ来てゐるかも知れないのである。

Blanqui の夢

宇宙の大は無限である。が、宇宙を造るものは六十幾つかの元素である。是等の元素の結合は如何に多数を極めたとしても、畢竟有限を脱することは出来ない。すると是等の元素から無限大の宇宙を造る為には、あらゆる結合を試みる外にも、その又あらゆる結合を無限に反覆して行かなければならぬ。して見れば我我の棲息する地球も、――是等の結合の一つたる地球も太陽系中の一惑星に限らず、無限に存在してゐる筈である。この地球上のナポレオンはマレンゴオの戦に大勝を博した。が、茫々たる大虚に浮んだ他の地球上のナポレオンは同じマレンゴオの戦に大敗を<ruby><rb>蒙</rb><rt>かうむ</rt></ruby>つてゐるかも知れない。……

これは六十七歳のブランキの夢みた宇宙観である。議論の是非は問ふ所ではない。唯ブランキは牢獄の中にかう云ふ夢をペンにした時、あらゆる革命に絶望してゐた。このことだけは今日もなほ何か我我の心の底へ<ruby><rb>滲</rb><rt>し</rt></ruby>み渡る寂しさを<ruby><rb>蓄</rb><rt>たくは</rt></ruby>へてゐる。夢は既に地上から去つた。我我も慰めを求める為には何万億<ruby><rb>哩</rb><rt>マイル</rt></ruby>の天上へ、――宇宙の夜に<ruby><rb>懸</rb><rt>かか</rt></ruby>つた第二の地球へ輝かしい夢を移さなければならぬ。

庸才

<ruby><rb>庸才</rb><rt>ようさい</rt></ruby>の作品は大作にもせよ、必ず窓のない部屋に似てゐる。人生の展望は少しも利かない。

機智

機智とは三段論法を欠いた思想であり、彼等の所謂「思想」とは思想を欠いた三段論法である。

又

機智に対する嫌悪の念は人類の疲労に根ざしてゐる。

政治家

政治家の我我素人よりも政治上の知識を誇り得るのは紛々たる事実の知識だけである。畢竟某党の某首領はどう言ふ帽子をかぶつてゐるかと言ふのと大差のない知識ばかりである。

又

所謂「床屋政治家」とはかう言ふ知識のない政治家である。若し<ruby><rb>夫</rb><rt>そ</rt></ruby>れ識見を論ずれば必ずしも政治家に劣るものではない。且又利害を超越した情熱に富んでゐることは常に政治家よりも高尚である。

事実

しかし紛々たる事実の知識は常に民衆の愛するものである。彼等の最も知りたいのは愛とは何かと言ふことではない。クリストは私生児かどうかと言ふことである。

武者修業

わたしは従来武者修業とは四方の剣客と手合せをし、武技を磨くものだと思つてゐた。が、今になつて見ると、実は己ほど強いものの余り天下にゐないことを発見する為にするものだつた。――宮本武蔵伝読後。

ユウゴオ

全フランスを蔽ふ一片のパン。しかもバタはどう考へても、余りたつぷりはついてゐない。

ドストエフスキイ

ドストエフスキイの小説はあらゆる戯画に充ち満ちてゐる。<ruby><rb>尤</rb><rt>もつと</rt></ruby>もその又戯画の大半は悪魔をも憂鬱にするに違ひない。

フロオベル

フロオベルのわたしに教へたものは美しい退屈もあると言ふことである。

モオパスサン

モオパスサンは氷に似てゐる。尤も時には氷砂糖にも似てゐる。

ポオ

ポオはスフインクスを作る前に解剖学を研究した。ポオの後代を<ruby><rb>震駭</rb><rt>しんがい</rt></ruby>した秘密はこの研究に潜んでゐる。

森鴎外

畢竟鴎外先生は軍服に剣を下げた<ruby><rb>希臘</rb><rt>ギリシア</rt></ruby>人である。

或資本家の論理

「芸術家の芸術を売るのも、わたしの蟹の缶詰めを売るのも、格別変りのある筈はない。しかし芸術家は芸術と言へば、天下の宝のやうに思つてゐる。あゝ言ふ芸術家の<ruby><rb>顰</rb><rt>ひそ</rt></ruby>みに<ruby><rb>傚</rb><rt>なら</rt></ruby>へば、わたしも亦<ruby><rb>一缶</rb><rt>ひとくわん</rt></ruby>六十銭の蟹の缶詰めを自慢しなければならぬ。不肖行年六十一、まだ一度も芸術家のやうに莫迦々々しい<ruby><rb>己惚</rb><rt>うぬぼ</rt></ruby>れを起したことはない。」

批評学

――佐佐木茂索君に――

或天気の好い午前である。博士に化けた Mephistopheles は或大学の講座に批評学の講義をしてゐた。尤もこの批評学は Kant の Kritik や何かではない。只如何に小説や戯曲の批評をするかと言ふ学問である。

「諸君、先週わたしの申し上げた所は御理解になつたかと思ひますから、今日は更に一歩進んだ『半肯定論法』のことを申し上げます。『半肯定論法』とは何かと申すと、これは読んで字の通り、或作品の芸術的価値を半ば肯定する論法であります。しかしその『半ば』なるものは『より悪い半ば』でなければなりません。『より善い半ば』を肯定することは<ruby><rb>頗</rb><rt>すこぶ</rt></ruby>るこの論法には危険であります。

「たとへば日本の桜の花の上にこの論法を用ひて御覧なさい。桜の花の『より善い半ば』は色や形の美しさであります。けれどもこの論法を用ふるためには『より善い半ば』よりも『より悪い半ば』――即ち桜の花の匂ひを肯定しなければなりません。つまり『匂いは正にある。が、畢竟それだけだ』と断案を下してしまふのであります。若し又万一『より悪い半ば』の代りに『より善い半ば』を肯定したとすれば、どう言ふ破綻を生じますか？　『色や形は正に美しい。が、畢竟それだけだ』――これでは少しも桜の花を貶したことにはなりません。

「勿論批評学の問題は如何に或小説や戯曲を貶すかと言ふことに関してゐます。しかしこれは今更のやうに申し上げる必要はありますまい。

「ではこの『より善い半ば』や『より悪い半ば』は何を標準に区別しますか？　かう言ふ問題を解決する為には、これも度たび申し上げた価値論へ<ruby><rb>溯</rb><rt>さかのぼ</rt></ruby>らなければなりません。価値は古来信ぜられたやうに作品そのものの中にある訳ではない、作品を鑑賞する我我の心の中にあるものであります。すると『より善い半ば』や『より悪い半ば』は我我の心を標準に、――或は一時代の民衆の何を愛するかを標準に区別しなければなりません。

「たとへば今日の民衆は日本風の草花を愛しません。即ち日本風の草花は悪いものであります。又今日の民衆はブラジル<ruby><rb>珈琲</rb><rt>コオヒー</rt></ruby>を愛してゐます。即ちブラジル珈琲は善いものに違ひありません。或作品の芸術的価値の『より善い半ば』や『より悪い半ば』も当然かう言ふ例のやうに区別しなければなりません。

「この標準を用ひずに、美とか真とか善とか言ふ他の標準を求めるのは最も滑稽な時代錯誤であります。諸君は赤らんだ麦藁帽のやうに旧時代を捨てなければなりません。善悪は好悪を超越しない、好悪は即ち善悪である、愛憎は即ち善悪である、――これは『半肯定論法』に限らず、<ruby><rb>苟</rb><rt>いやし</rt></ruby>くも批評学に志した諸君の忘れてはならぬ法則であります。

「<ruby><rb>扨</rb><rt>さて</rt></ruby>『半肯定論法』とは大体上の通りでありますが、最後に御注意を促したいのは『それだけだ』と言ふ言葉であります。この『それだけだ』と言ふ言葉は是非使はなければなりません。第一『それだけだ』と言ふ以上、『それ』即ち『より悪い半ば』を肯定してゐることは確かであります。しかし又第二に『それ』以外のものを否定してゐることも確かであります。即ち『それだけだ』と言ふ言葉は頗る<ruby><rb>一揚一抑</rb><rt>いちやういちよく</rt></ruby>の趣に富んでゐると申さなければなりません。が、更に微妙なことには第三に『それ』の芸術的価値さへ、隠約の間に否定してゐます。勿論否定してゐると言つても、なぜ否定するかと言ふことは説明も何もしてゐません。只言外に否定してゐる、――これはこの『それだけだ』と言ふ言葉の最も著しい特色であります。顕にして<ruby><rb>晦</rb><rt>くわい</rt></ruby>、肯定にして否定とは正に『それだけだ』の<ruby><rb>謂</rb><rt>いひ</rt></ruby>でありませう。

「この『半肯定論法』は『全否定論法』或は『木に<ruby><rb>縁</rb><rt>よ</rt></ruby>つて魚を求むる論法』よりも信用を博し易いかと思ひます。『全否定論法』或は『木に縁つて魚を求むる論法』とは先週申し上げた通りではありますが、念の為めにざつと繰り返すと、或作品の芸術的価値をその芸術的価値そのものにより、全部否定する論法であります。たとへば或悲劇の芸術的価値を否定するのに、悲惨、不快、憂鬱等の非難を加へる事と思へばよろしい。又この非難を逆に用ひ、幸福、愉快、軽妙等を欠いてゐると罵つてもかまひません。一名『木に縁つて魚を求むる論法』と申すのは後に挙げた場合を指したのであります。『全否定論法』或は『木に縁つて魚を求むる論法』は痛快を極めてゐる代りに、時には<ruby><rb>偏頗</rb><rt>へんぱ</rt></ruby>の疑ひを招かないとも限りません。しかし『半肯定論法』は兎に角或作品の芸術的価値を半ばは認めてゐるのでありますから、容易に公平の看を与へ得るのであります。

「<ruby><rb>就</rb><rt>つ</rt></ruby>いては演習の題目に佐佐木茂索氏の新著『春の外套』を出しますから、来週までに佐佐木氏の作品へ『半肯定論法』を加へて来て下さい。（この時若い聴講生が一人、「先生、『全否定論法』を加へてはいけませんか？」と質問する）いや、『全否定論法』を加へることは少くとも当分の間は見合せなければなりません。佐佐木氏は兎に角声明のある新進作家でありますから、やはり『半肯定論法』位を加へるのに限ると思ひます。……」

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一週間たつた後、最高点を採つた答案は下に掲げる通りである。

「正に器用には書いてゐる。が、畢竟それだけだ。」

親子

親は子供を養育するのに適してゐるかどうかは疑問である。成程牛馬は親の為に養育されるのに違ひない。しかし自然の名のもとにこの旧習の弁護するのは確かに親の我儘である。若し自然の名のもとに如何なる旧習も弁護出来るならば、まづ我我は未開人種の<ruby><rb>掠奪結婚</rb><rt>りやくだつけつこん</rt></ruby>を弁護しなければならぬ。

又

子供に対する母親の愛は最も利己心のない愛である。が、利己心のない愛は必しも子供の養育に最も適したものではない。この愛の子供に与へる影響は――少くとも影響の大半は暴君にするか、弱者にするかである。

又

人生の悲劇の第一幕は親子となつたことにはじまつてゐる。

又

古来如何に大勢の親はかう言ふ言葉を繰り返したであらう。――「わたしは畢竟失敗者だつた。しかしこの子だけは成功させなければならぬ。」

可能

我我はしたいことの出来るものではない。只出来ることをするものである。これは我我個人ばかりではない。我我の社会も同じことである。恐らくは神も希望通りにこの世界を造ることは出来なかつたであらう。

ムアアの言葉

ジヨオヂ・ムアアは「我死せる自己の備忘録」の中にかう言ふ言葉を挟んでゐる。――「偉大なる画家は名前を入れる場所をちやんと心得てゐるものである。又決して同じ所に二度と名前を入れぬものである。」

勿論「決して同じ所に二度と名前を入れぬこと」は如何なる画家にも不可能である。しかしこれは<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>めずとも好い。わたしの意外に感じたのは「偉大なる画家は名前を入れる場所をちやんと心得てゐる」と言ふ言葉である。東洋の画家には未だ嘗て<ruby><rb>落款</rb><rt>らくくわん</rt></ruby>の場所を軽視したるものはない。落款の場所に注意せよなどと言ふのは<ruby><rb>陳套語</rb><rt>ちんたうご</rt></ruby>である。それを特筆するムアアを思ふと、<ruby><rb>坐</rb><rt>そぞ</rt></ruby>ろに東西の差を感ぜざるを得ない。

大作

大作を傑作と混同するものは確かに鑑賞上の物質主義である。大作は手間賃の問題に過ぎない。わたしはミケル・アンヂエロの「最後の審判」の壁画よりも遥かに六十何歳かのレムブラントの自画像を愛してゐる。

わたしの愛する作品

わたしの愛する作品は、――文芸上の作品は畢竟作家の人間を感ずることの出来る作品である。人間を――頭脳と心臓と官能とを一人前に具へた人間を。しかし不幸にも大抵の作家はどれか一つを欠いた片輪である。（尤も時には偉大なる片輪に敬服することもない訳ではない。）

「虹霓関」を見て

男の女を猟するのではない。女の男を猟するのである。――シヨウは「人と超人と」の中にこの事実を戯曲化した。しかしこれを戯曲化したものは必しもシヨウにはじまるのではない。わたしは<ruby><rb>梅蘭芳</rb><rt>メイランフアン</rt></ruby>の「<ruby><rb>虹霓関</rb><rt>こうげいくわん</rt></ruby>」を見、支那にも既にこの事実に注目した戯曲家のあるのを知つた。のみならず「戯考」は「虹霓関」の外にも、女の男を捉へるのに孫呉の兵機と剣戟とを用ひた幾多の物語を伝へてゐる。

「<ruby><rb>董家山</rb><rt>とうかざん</rt></ruby>の女主人公金蓮、「<ruby><rb>轅門斬子</rb><rt>ゑんもんざんし</rt></ruby>の女主人公<ruby><rb>桂英</rb><rt>けいえい</rt></ruby>、「<ruby><rb>双鎖山</rb><rt>さうさざん</rt></ruby>」の女主人公金定等は<ruby><rb>悉</rb><rt>ことごとく</rt></ruby>かう言ふ女傑である。更に「馬上縁」の女主人公梨花を見れば彼女の愛する少年将軍を馬上に<ruby><rb>俘</rb><rt>とりこ</rt></ruby>にするばかりではない。彼の妻にすまぬと言ふのを無理に結婚してしまふのである。<ruby><rb>胡適</rb><rt>こてき</rt></ruby>氏はわたしにかう言つた。――「わたしは『<ruby><rb>四進士</rb><rt>ししんし</rt></ruby>を除きさへすれば、全京劇の価値を否定したい。」しかし是等の京劇は少くとも甚だ哲学的である。哲学者胡適氏はこの価値の前に多少氏の<ruby><rb>雷霆</rb><rt>らいてい</rt></ruby>の怒を和げる訳には行かないであらうか？

経験

経験ばかりにたよるのは消化力を考へずに食物ばかりにたよるものである。同時に又経験を徒らにしない能力ばかりにたよるのもやはり食物を考へずに消化力ばかりにたよるものである。

アキレス

希臘の英雄アキレスは<ruby><rb>踵</rb><rt>かかと</rt></ruby>だけ不死身ではなかつたさうである。――即ちアキレスを知る為にはアキレスの踵を知らなければならぬ。

芸術家の幸福

最も幸福な芸術家は晩年に名声を得る芸術家である。国木田独歩もそれを思へば、必しも不幸な芸術家ではない。

好人物

女は常に好人物を夫に持ちたがるものではない。しかし男は好人物を常に友だちに持ちたがるものである。

又

好人物は何より先に天上の神に似たものである。第一に歓喜を語るのに好い。第二に不平を訴へるのに好い。第三に――ゐてもゐないでも好い。

罪

「その罪を憎んでその人を憎まず」とは必しも行ふに難いことではない。大抵の子は大抵の親にちやんとこの格言を実行してゐる。

桃李

「<ruby><rb>桃李</rb><rt>たうり</rt></ruby>言はざれども、下自ら<ruby><rb>蹊</rb><rt>けい</rt></ruby>を成す」とは確かに知者の言である。尤も「桃李言はざれども」ではない。実は「桃李言は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ざれば</span>」である。

偉大

民衆は人格や事業の偉大に<ruby><rb>籠絡</rb><rt>ろうらく</rt></ruby>されることを愛するものである。が、偉大に直面することは有史以来愛したことはない。

広告

「侏儒の言葉」十二月号の「佐佐木茂索君の為に」は佐佐木君を貶したのではありません。佐佐木君を認めない批評家を嘲つたものであります。かう言ふことを広告するのは「文芸春秋」の読者の頭脳を軽蔑することになるかも知れません。しかし実際或批評家は佐佐木君を貶したものと思ひこんでゐたさうであります。且又この批評家の亜流も少くないやうに聞き及びました。その為に一言広告します。尤もこれを公にするのはわたくしの発意ではありません。実は先輩里見弴君の煽動によつた結果であります。どうかこの広告に憤る読者は里見君に非難を加へて下さい。「侏儒の言葉」の作者。

追加広告

前掲の広告中、「里見君に非難を加へて下さい」と言つたのは勿論わたしの常談であります。実際は非難を加へずともよろしい。わたしは或批評家の代表する一団の天才に敬服した余り、どうも多少ふだんよりも神経質になつたやうであります。同上

再追加広告

前掲の追加広告中、「或批評家の代表する一団の天才に敬服した」と言ふのは勿論反語と言ふものであります。同上

芸術

画力は三百年、書力は五百年、文章の力は千古無窮とは<ruby><rb>王世貞</rb><rt>わうせいてい</rt></ruby>の言ふ所である。しかし<ruby><rb>敦煌</rb><rt>とんくわう</rt></ruby>の発掘品等に徴すれば、書画は五百年を<ruby><rb>閲</rb><rt>けみ</rt></ruby>した後にも依然として力を保つてゐるらしい。のみならず文章も千古無窮に力を保つかどうかは疑問である。観念も時の支配の外に超然としてゐることの出来るものではない。我我の祖先は「神」と言ふ言葉に衣冠束帯の人物を<ruby><rb>髣髴</rb><rt>はうふつ</rt></ruby>してゐた。しかし我我は同じ言葉に髯の長い西洋人を髣髴してゐる。これはひとり神に限らず、何ごとにも起り得るものと思はなければならぬ。

又

わたしはいつか東洲斎写楽の似顔画を見たことを覚えてゐる。その画中の人物は緑いろの<ruby><rb>光琳波</rb><rt>くわうりんは</rt></ruby>を描いた扇面を胸に開いてゐた。それは全体の色彩の効果を強めてゐるのに違ひなかつた。が、廓大鏡に覗いて見ると、緑いろをしてゐるのは<ruby><rb>緑青</rb><rt>ろくしやう</rt></ruby>を生じた金いろだつた。わたしはこの一枚の写楽に美しさを感じたのは事実である。けれどもわたしの感じたのは写楽の捉へた美しさと異つてゐたのも事実である。かう言ふ変化は文章の上にもやはり起るものと思はなければならぬ。

又

芸術も女と同じことである。最も美しく見える為には一時代の精神的雰囲気或は流行に包まれなければならぬ。

又

のみならず芸術は空間的にもやはり<ruby><rb>軛</rb><rt>くびき</rt></ruby>を負はされてゐる。一国民の芸術を愛する為には一国民の生活を知らなければならぬ。東禅寺に浪士の襲撃を受けた<ruby><rb>英吉利</rb><rt>イギリス</rt></ruby>の特命全権公使サア・ルサアフォオド・オルコツクは我我日本人の音楽にも騒音を感ずる許りだつた。彼の「日本に於ける三年間」はかう言ふ一節を含んでゐる。――「我我は坂を登る途中、ナイティンゲエルの声に近い鶯の声を耳にした。日本人は鶯に歌を教へたと言ふことである。それは若しほんたうとすれば、驚くべきことに違ひない。元来日本人は音楽と言ふものを自ら教へることも知らないのであるから。」（第二巻第二十九章）

天才

天才とは僅かに我我と一歩を隔てたもののことである。只この一歩を理解する為には百里の半ばを九十九里とする超数学を知らなければならぬ。

又

天才とは僅かに我我と一歩を隔てたもののことである。同時代は常にこの一歩の千里であることを理解しない。後代は又この一歩であることに盲目である。同時代はその為に天才を殺した。後代は又その為に天才の前に香を<ruby><rb>焚</rb><rt>た</rt></ruby>いてゐる。

又

民衆も天才を認めることに<ruby><rb>吝</rb><rt>やぶさ</rt></ruby>かであるとは信じ難い。しかしその認めかたは常に頗る滑稽である。

又

天才の悲劇は「小ぢんまりした、居心の好い名声」を与へられることである。

又

耶蘇「我笛吹けども、汝等踊らず。」

彼等「我等踊れども、汝足らはず。」

嘘

我我は如何なる場合にも、我我の利益を擁護せぬものに「清き一票」を投ずる筈はない。この「我我の利益」の代りに「天下の利益」を置き換へるのは全共和制度の嘘である。この嘘だけはソヴイエツトの治下にも消滅せぬものと思はなければならぬ。

又

一体になつた二つの観念を採り、その接触点を吟味すれば、諸君は如何に多数の嘘に養はれてゐるかを発見するであらう。あらゆる成語はこの故に常に一つの問題である。

又

我我の社会に合理的外観を与へるものは実はその不合理の――その余りに甚しい不合理の為ではないであらうか？

レニン

驚いたね、レニンと言ふ人の余りに当り前の英雄なのには。

賭博

偶然即ち神と闘ふものは常に神秘的威厳に満ちてゐる。<ruby><rb>賭博者</rb><rt>とばくしや</rt></ruby>も亦この例に洩れない。

又

古来賭博に熱中した厭世主義者のないことは如何に賭博の人生に酷似してゐるかを示すものである。

又

法律の賭博を禁ずるのは賭博に依る富の分配法そのものを非とする為ではない。実は唯その経済的ディレツタンティズムを非とする為である。

懐疑主義

懐疑主義も一つの信念の上に、――疑ふことは疑はぬと言ふ信念の上に立つものである。成程それは矛盾かも知れない。しかし懐疑主義は同時に又少しも信念の上に立たぬ哲学のあることをも疑ふものである。

正直

若し正直になるとすれば、我我は<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち何びとも正直になられぬことを見出すであらう。この故に我我は正直になることに不安を感ぜずにはゐられぬのである。

虚偽

わたしは或嘘つきを知つてゐた。彼女は誰よりも幸福だつた。が、余りに嘘の巧みだつた為にほんたうのことを話してゐる時さへ嘘をついてゐるとしか思はれなかつた。それだけは確かに誰の目にも彼女の悲劇に違ひなかつた。

又

わたしも亦あらゆる芸術家のやうに寧ろ嘘には巧みだつた。が、いつも彼女には<ruby><rb>一籌</rb><rt>いつちう</rt></ruby>を輸する外はなかつた。彼女は実に去年の嘘をも五分前の嘘のやうに覚えてゐた。

又

わたしは不幸にも知つてゐる。時には嘘に依る外は語られぬ真実もあることを。

諸君

諸君は青年の芸術の為に堕落することを恐れてゐる。しかしまづ安心し給へ。諸君ほどは容易に堕落しない。

又

諸君は芸術の国民を毒することを恐れてゐる。しかしまづ安心し給へ。少くとも諸君を毒することは絶対に芸術には不可能である。二千年来芸術の魅力を理解せぬ諸君を毒することは。

忍従

忍従はロマンテイツクな卑屈である。

企図

成すことは必しも困難ではない。が、欲することは常に困難である。少くとも成すに足ることを欲するのは。

又

彼等の大小を知らんとするものは彼等の成したことに依り、彼等の成さんとしたことを見なければならぬ。

兵卒

理想的兵卒は<ruby><rb>苟</rb><rt>いやし</rt></ruby>くも上官の命令には絶対に服従しなければならぬ。絶対に服従することは絶対に批判を加へぬことである。即ち理想的兵卒はまづ理性を、失はなければならぬ。

又

理想的兵卒は苟くも上官の命令には絶対に服従しなければならぬ。絶対に服従することは絶対に責任を負はぬことである。即ち理想的兵卒はまづ無責任を好まなければならぬ。

軍事教育

軍事教育と言ふものは畢竟只軍事用語の知識を与へるばかりである。その他の知識や訓練は何も特に軍事教育を待つた後に得られるものではない。現に海陸軍の学校さへ、機械学、物理学、応用化学、語学等は勿論、剣道、柔道、水泳等にもそれ〲専門家を傭つてゐるではないか？　しかも更に考へて見れば、軍事用語も学術用語と違ひ、大部分は通俗的用語である。すると軍事教育と言ふものは事実上ないものと言はなければならぬ。事実上ないものゝ利害得失は勿論問題にはならぬ筈である。

勤倹尚武

「勤倹尚武」と言ふ成語位、無意味を極めてゐるものはない。尚武は国際的<ruby><rb>奢侈</rb><rt>しやし</rt></ruby>である。現に列強は軍備の為に大金を費してゐるではないか？　若し「勤倹尚武」と言ふことも痴人の談でないとすれば、「勤倹遊蕩」と言ふこともやはり通用すると言はなければならぬ。

日本人

我我日本人の二千年来君に忠に親に孝だつたと思ふのは、猿田彦の命もコスメ・テイツクをつけてゐたと思ふのと同じことである。もうそろ〱ありのまゝの歴史的事実に徹して見ようではないか？

倭寇

<ruby><rb>倭寇</rb><rt>わこう</rt></ruby>は我我日本人も優に列強に伍するに足る能力のあることを示したものである。我我は盗賊、殺戮、姦淫等に於ても、決して「黄金の島」を探しに来た<ruby><rb>西班牙</rb><rt>スペイン</rt></ruby>人、<ruby><rb>葡萄牙</rb><rt>ポルトガル</rt></ruby>人、<ruby><rb>和蘭</rb><rt>オランダ</rt></ruby>人、<ruby><rb>英吉利</rb><rt>イギリス</rt></ruby>人等に劣らなかつた。

つれづれ草

わたしは度たびかう言はれてゐる。――「つれづれ草などは定めしお好きでせう？」しかし不幸にも「つれづれ草」などは、<ruby><rb>未嘗</rb><rt>いまだかつて</rt></ruby>愛読したことはない。正直な所を白状すれば「つれづれ草」の名高いのもわたしには殆ど不可解である。中学程度の教科書に便利であることは認めるにもしろ。

徴候

恋愛の徴候の一つは彼女は過去に何人の男を愛したか、或はどう言ふ男を愛したかを考へ、その架空の何人かに漠然とした嫉妬を感ずることである。

又

又恋愛の徴候の一つは彼女に似た顔を発見することに極度に鋭敏になることである。

恋愛と死と

恋愛の死を想はせるのは進化論的根拠を持つてゐるのかも知れない。蜘蛛や蜂は交尾を終ると、忽ち雄は雌の為に刺し殺されてしまふのである。わたしは伊太利の旅役者の歌劇「カルメン」を演ずるのを見た時、どうもカルメンの一挙一動に蜂を感じてならなかつた。

身代り

我我は彼女を愛する為に往々彼女の外の女人を彼女の身代りにするものである。かう言ふ羽目に陥るのは必しも彼女の我我を<ruby><rb>却</rb><rt>しりぞ</rt></ruby>けた場合に限る訳ではない。我我は時には<ruby><rb>怯懦</rb><rt>けふだ</rt></ruby>の為に、時には又美的要求の為にこの残酷な慰安の相手に一人の女人を使ひ兼ねぬのである。

結婚

結婚は性慾を調節することには有効である。が、恋愛を調節することには有効ではない。

又

彼は二十代に結婚した後、一度も恋愛関係に陥らなかつた。何と言ふ俗悪さ加減！

多忙

我我を恋愛から救ふものは理性よりも寧ろ多忙である。恋愛も亦完全に行はれる為には何よりも時間を持たなければならぬ。ウエルテル、ロミオ、トリスタン――古来の恋人を考へて見ても、彼等は皆<ruby><rb>閑人</rb><rt>ひまじん</rt></ruby>ばかりである。

男子

男子は由来恋愛よりも仕事を尊重するものである。若しこの事実を疑ふならば、バルザツクの手紙を読んで見るが好い。バルザツクはハンスカ伯爵夫人に「この手紙も原稿料に換算すれば、何フランを越えてゐる」と書いてゐる。

行儀

昔わたしの家に出入りした男まさりの<ruby><rb>女髪結</rb><rt>をんなかみゆひ</rt></ruby>は娘を一人持つてゐた。わたしは未だに蒼白い顔をした十二三の娘を覚えてゐる。女髪結はこの娘に行儀を教へるのにやかましかつた。殊に枕をはづすことにはその<ruby><rb>都度</rb><rt>つど</rt></ruby>折檻を加へてゐたらしい。が、近頃ふと聞いた話によれば、娘はもう震災前に芸者になつたとか言ふことである。わたしはこの話を聞いた時、ちよつともの哀れに感じたものの、微笑しない訳には行かなかつた。彼女は定めし芸者になつても、厳格な母親の<ruby><rb>躾</rb><rt>しつ</rt></ruby>け通り、枕だけははづすまいと思つてゐるであらう。……

自由

誰も自由を求めぬものはない。が、それは外見だけである。実は誰も<ruby><rb>肚</rb><rt>はら</rt></ruby>の底では少しも自由を求めてゐない。その証拠には人命を奪ふことに少しも躊躇しない無頼漢さへ、<ruby><rb>金甌無欠</rb><rt>きんおうむけつ</rt></ruby>の国家の為に某々を殺したと言つてゐるではないか？　しかし自由とは我我の行為に何の拘束もないことであり、即ち神だの道徳だの或は又社会的習慣だのと連帯責任を負ふことを潔しとしないものである。

又

自由は<ruby><rb>山巓</rb><rt>さんてん</rt></ruby>の空気に似てゐる。どちらも弱い者には堪えることは出来ない。

又

まことに自由を眺めることは<ruby><rb>直</rb><rt>ただ</rt></ruby>ちに神々の顔を見ることである。

又

自由主義、自由恋愛、自由貿易、――どの「自由」も生憎杯の中に多量の水を<ruby><rb>混</rb><rt>こん</rt></ruby>じてゐる。しかも大抵はたまり水を。

言行一致

言行一致の美名を得る為にはまづ自己弁護に長じなければならぬ。

方便

一人を欺かぬ聖賢はあつても、天下を欺かぬ聖賢はない。仏家の所謂善巧方便とは畢竟精神上のマキアヴエリズムである。

芸術至上主義者

古来熱烈なる芸術至上主義者は大抵芸術上の去勢者である。丁度熱烈なる国家主義者は大抵亡国の民であるやうに――我我は誰でも我我自身の持つてゐるものを欲しがるものではない。

唯物史観

若し如何なる小説家もマルクスの唯物史観に立脚した人生を写さなければならぬならば、同様に又如何なる詩人もコペルニクスの地動説に立脚した日月山川を歌はなければならぬ。が、「太陽は西に沈み」と言ふ代りに「地球は何度何分廻転し」と言ふのは必しも常に優美ではあるまい。

支那

蛍の幼虫は<ruby><rb>蝸牛</rb><rt>かたつむり</rt></ruby>を食ふ時に全然蝸牛を殺してはしまはぬ。いつも新らしい肉を食ふ為に蝸牛を麻痺させてしまふだけである。我日本帝国を始め、列強の支那に対する態度は畢竟この蝸牛に対する蛍の態度と選ぶ所はない。

又

今日の支那の最大の悲劇は、無数の国家的<ruby><rb>羅曼</rb><rt>ロマン</rt></ruby>主義者即ち「若き支那」の為に鉄の如き訓練を与へるに足る一人のムツソリニもゐないことである。

小説

本当らしい小説とは単に事件の発展に偶然性の少いばかりではない。恐らくは人生に於けるよりも偶然性の少ない小説である。

文章

文章の中にある言葉は辞書の中にある時よりも美しさを加へてゐなければならぬ。

又

彼等は皆<ruby><rb>樗牛</rb><rt>ちよぎう</rt></ruby>のやうに「文は人なり」と称してゐる。が、いづれも内心では「人は文なり」と思つてゐるらしい。

女の顔

女は情熱に駆られると、不思議にも少女らしい顔をするものである。尤もその情熱なるものはパラソルに対する情熱でも好い。

世間智

消火は放火ほど容易ではない。かう言ふ世間智の代表的所有者は確かに「ベル・アミ」の主人公であらう。彼は恋人をつくる時にもちやんともう絶縁することを考へてゐる。

又

単に世間に処するだけならば、情熱の不足などは患へずとも好い。それよりも寧ろ危険なのは明らかに冷淡さの不足である。

恒産

恒産のないものに恒心のなかつたのは二千年ばかり昔のことである。今日では恒産のあるものは寧ろ恒心のないものらしい。

彼等

わたしは実は彼等夫婦の恋愛もなしに相抱いて暮らしてゐることに驚嘆してゐた。が、彼等はどう云ふ訳か、恋人同志の相抱いて死んでしまつたことに驚嘆してゐる。

作家所生の言葉

「<ruby><rb>振</rb><rt>ふる</rt></ruby>つてゐる」「高等遊民」「露悪家」「月並み」等の言葉の文壇に行はれるやうになつたのは夏目先生から始つてゐる。かう言ふ作家所生の言葉は夏目先生以後にもない訳ではない。久米正雄君所生の「微苦笑」「強気弱気」などはその最たるものであらう。なほ又「等、等、等」と書いたりするのも宇野浩二君所生のものである。我我は常に意識して帽子を脱いでゐるものではない。のみならず時には意識的には敵とし怪物とし、犬となすものにもいつか帽子を脱いでゐるものである。或作家を<ruby><rb>罵</rb><rt>ののし</rt></ruby>る文章の中にもその作家の作つた言葉の出るのは必しも偶然ではないかも知れない。

幼児

我我は一体何の為に幼い子供を愛するのか？　その理由の一半は少くとも幼い子供にだけは欺かれる心配のない為である。

又

我我の恬然と我我の愚を公にすることを恥ぢないのは幼い子供に対する時か、――或は――犬猫に対する時だけである。

池大雅

「大雅は余程呑気な人で、世情に疎かつた事は、其室<ruby><rb>玉瀾</rb><rt>ぎよくらん</rt></ruby>を迎へた時に夫婦の交りを知らなかつたと云ふので<ruby><rb>略</rb><rt>ほぼ</rt></ruby>其人物が察せられる。」

「大雅が妻を迎へて夫婦の道を知らなかつたと云ふ様な話も、人間離れがしてゐて面白いと云へば、面白いと云へるが、丸で常識のない愚かな事だと云へば、さうも云へるだらう。」

かう言ふ伝説を信ずる人は、こゝに引いた文章の示すやうに今日もまだ芸術家や美術史家の間に残つてゐる。大雅は玉瀾を<ruby><rb>娶</rb><rt>めと</rt></ruby>つた時に交合のことを行はなかつたかも知れない。しかしその故に交合のことを知らずにゐたと信ずるならば、――勿論その人はその人自身烈しい性欲を持つてゐる余り、苟くもちやんと知つてゐる以上、行はずにすませられる筈はないと確信してゐる為であらう。

荻生徂徠

荻生徂徠は<ruby><rb>煎</rb><rt>い</rt></ruby>り豆を噛んで古人を罵るのを快としてゐる。わたしは彼の煎り豆を噛んだのは倹約の為と信じてゐたものゝ、彼の古人を罵つたのは何の為か一向わからなかつた。しかし今日考へて見れば、それは今人を罵るよりも確かに当り障りのなかつた為である。

若楓

若楓は幹に手をやつただけでも、もう梢に<ruby><rb>簇</rb><rt>むらが</rt></ruby>つた芽を神経のやうに震はせてゐる。植物と言ふものゝ気味の悪さ！

蟇

最も美しい石竹色は確かに<ruby><rb>蟇</rb><rt>ひきがへる</rt></ruby>の舌の色である。

鴉

わたしは或<ruby><rb>雪霽</rb><rt>ゆきばれ</rt></ruby>の薄暮、隣の屋根に止まつてゐた、まつ青な鴉を見たことがある。

作家

文を作るのに欠くべからざるものは何よりも創作的情熱である。その又創作的情熱を燃え立たせるのに欠くべからざるものは何よりも或程度の健康である。<ruby><rb>瑞典式</rb><rt>スエエデンしき</rt></ruby>体操、菜食主義、<ruby><rb>複方</rb><rt>ふくはう</rt></ruby>ヂアスタアゼ等を軽んずるのは文を作らんとするものの志ではない。

又

文を作らんとするものは如何なる都会人であるにしても、その魂の奥底には野蛮人を一人持つてゐなければならぬ。

又

文を作らんとするものゝ彼自身を恥づるのは罪悪である。彼自身を恥づる心の上には如何なる独創の芽も生へたことはない。

又

<ruby><rb>百足</rb><rt>むかで</rt></ruby>　ちつとは足でも歩いて見ろ。

蝶　ふん、ちつとは羽根でも飛んで見ろ。

又

気韻は作家の後頭部である。作家自身には見えるものではない。若し又無理に見ようとすれば、<ruby><rb>頸</rb><rt>くび</rt></ruby>の骨を折るのに了るだけであらう。

又

批評家　君は勤め人の生活しか書けないね？

作家　誰か何でも書けた人がゐたかね？

又

あらゆる古来の天才は、我我凡人の手のとどかない壁上の釘に帽子をかけてゐる。尤も踏み台はなかつた訳ではない。

又

しかしああ言ふ踏み台だけはどこの古道具屋にも転がつてゐる。

又

あらゆる作家は一面には<ruby><rb>指物師</rb><rt>さしものし</rt></ruby>の面目を具へてゐる。が、それは恥辱ではない。あらゆる指物師も一面には作家の面目を具へてゐる。

又

のみならず又あらゆる作家は一面には店を開いてゐる。何、わたしは作品は売らない？　それは君、買ひ手のない時にはね。或は売らずとも好い時にはね。

又

俳優や歌手の幸福は彼等の作品ののこらぬことである。――と思ふこともない訳ではない。