Soranoha

血ぬられた懐刀

ちぬられたかいとう

国枝 史郎

別るる恋

「相手の権勢に酔わされたか! ないしは美貌に魅せられたか! よくも某それがしを欺むかれたな!」

こう罵ったのは若い武士で、その名を北畠秋安きたばたけあきやすと云って、年は二十三であった。

罵られているのは若い娘で、名は萩野はぎの、十九歳であった。

罵られても萩野は黙っている。口を固く結んでいる。そうして足許を見詰めている。その態度には憎々しいほどの、決心の相が見えている。

「さようか、さようか、物を言わぬ気か、それ程までに某を、もう嫌って居られるのか。薄情もそこまで行き詰めれば、また潔いものがある。で、某も潔くやろう。二人の仲は今日限りに、あかの他人の昔に帰ろう。が、一言云って置く、不破小四郎ふわこしろうは伴作ばんさく殿の従兄いとこで、関白殿下のご愛臣で美貌と権勢と財宝とを、三つながら遺憾なく備えて居られる。で、幸福のお身の上よ。が、そういうお身の上の方は、何事につけても執着がなくて、女子などにも薄情なものだ。で、其方そなたに予言して置く、間もなく小四郎に捨られるであろうぞ」

捨石から腰を上げた秋安は、萩野を尻眼に睨んだが、そのままスタスタと歩き出した。一切未練は俺にはない――と云ったような歩き方である。とは云え灌木の陰へかくれて、萩野の姿の見えなくなると一緒に、その歩き方は力なげになった。

絶望が心に涌いたからである。

ここは京都の郊外の、上嵯峨かみさがへ通う野路である。御室おむろの仁和寺にんなじは北に見え、妙心寺みょうしんじは東に見えている。野路を西へ辿ったならば、太秦うずまさの村へ行けるであろう。

その野路をあてもなく、秋安は西の方へ彷徨さまよって行く。

季節は酣たけなわの春であった。四條の西壬生にしみぶの壬生寺では、壬生狂言があるというので、洛内では噂とりどりであった。そうして嵯峨の嵯峨念仏は、数日前に終わっていた。

そういう酣の春であった。

この野路の美しさよ。

木瓜ぼけの花が咲いている。樝しどみの花が咲いている。〔米+屑〕花こごめの花が咲いている。そうして畑には麦が延びて、巣ごもりをしている鶉うずら達が、いうところのヒヒ鳴きを立てている。

農家がパラパラと蒔かれていたが、多くは花に包まれていた。白いのは木蓮か梨の花であろう。赤紫に見えるのは、蘇枋すおうの花に相違ない。

と、灌木の裾を巡って、孕鹿はらみじかが現われた。どこから紛れ込んだ鹿なのであろう? 優しい眼をして秋安を見たが、臆病らしく走り去った。

白味を含んだ蒼い空から、銀笛の音色を思わせるような、雲雀ひばりの声が降って来る。そうしてヒラヒラと野路からは、絹糸のような陽炎かげろうが立つ。

万事四辺あたりは明るくて、陽気で美しくて楽しそうであった。

が、暗いものが一つあった。他ならぬ秋安の心であった。

「萩野と馴染んで一年になる。その交情は厚かったはずだ。あの女を苦しめた覚えはない。愛して愛して愛し抜いたはずだ。裏切られるような薄情なことを、俺は一度もしたことがない。にもかかわらず裏切られた。女の心というものは、ああも手の平を飜かえすように、ひっくりかえるものだろうか?」

考えながら歩いて行く。

「あの花園の森の中で、去年松の花の咲く頃に、はじめて恋を語り合ったが、同じ松の花の咲く季節の、今年の春には同じ森で、気不味きまずい別離を告げようとは……何だか俺には夢のようだ。化かされているような気持もする」

考えながら彷徨って行く。

と、にわかに笑い出した。

「ハッハッハッ、何と云うことだ! 未練もいい加減にするがいい。向こうから俺を捨たのだ。何をクヨクヨ思っているのだ」

しかしやっぱり寂しかった。

で、あてなしに歩いて行く。

しかしそういう寂しい心を、厭でも捨なければならないような、一つの事件が勃発した。

行く手の森陰からけたたましい、若い女の悲鳴が聞こえて、つづいて四五人の男の声が、これもけたたましく聞こえたからである。

で、秋安は走って行った。

廻国風の美しい娘を、五人の若い侍が、今や手籠めにしようとしている。

助けた女は?

それと見てとって秋安が、勃然と怒りを発したのは、まさに当然ということが出来よう。

「方々!」と声をかけながら、武士の間へ割って行ったが、

「お見受けすればいずれも武士、しかも立派なご身分らしい。しかるに何ぞや若い娘を捉えて、乱暴狼藉をなされるとは! 体面にお恥じなさるがよろしい!」

叱咤の声をひびかせた。

凜々しい態度と鋭い声に、気を呑まれたらしい五人の武士は、捉えていた娘を手放すと、一斉に背後うしろへ飛び退いたが、見れば相手は一人であった。それに年なども若いらしい。で、顔を見合わせたが、中の一人が進み出た。

「これ貴様は何者か! 我々の姿が眼に付かぬか! 銀の元結、金繍の羽織、聚楽風じゅらくふうだぞ、聚楽風だぞ!」

云われて秋安は眼を止めて見た。

いかにもそれは聚楽風であった。

すなわち関白秀次ひでつぐに仕える、聚楽第の若い武士の、一風変わった派手やかな、豪奢を極めた風俗であった。

そうしてその事が秋安の心を、一層の憤りに導いた。

「ははあ左様か、ご貴殿方は、関白殿下にお仕えする、聚楽第のお歴々でござるか。ではなおさらのことでござる。乱暴狼藉はおやめなされ! それ関白と申す者は、百官を總すべ、万機を行ない、天下を関はかり白もうする者、太政大臣だじょうだいじんの上に坐し、一ノ上とも、一ノ人とも、一ノ所とも申し上ぐる御身分、百姓せいの模範たるべきお方であるはずだ。従ってそれにお仕えする、諸家臣方におかれても、等しく他人ひとの模範として、事を振舞いなさるが当然。しかるに何ぞや娘を捉え、淫がましい所業しわざをなさる! いよいよお恥じなさるがよい」

ウンとばかりに遣り込めた。

こう云われたら一言もなく、引き下るかと思ったところ、事は案外に反対となった。五人刀を抜きつらね、秋安へ切ってかかったのである。

「関白の説明汝に聞こうか! 地下侍じげざむらいの分際で、痴おこがましいことは云わぬがよい。ここに居られるのは殿下の寵臣、不破小四郎行春様だ。廻国風のその娘に、用あればこそ手をかけたのだ! じゃま立てするからにはようしゃはしない、汝おのれ犬のように殺してくれよう!」

一人が飜然と飛び込んで来た。

身をひるがえした秋安は、太刀を抜いたが横ッ払った。殺しては後が面倒だ、そう思ったがためであろう、腰の支つがいを平打ちに一刀!

「ウ――ム」と呻いてぶっ仆れる。

と、懲りずまにもう一人が、刎ねるがように切り込んで来た。

すかさず突き出した秋安の太刀に、ガラガラガラと太刀を搦らまれ、ギョッとして引こうとしたところを、秋安太刀をグッとセメた。ガラガラと地上で音のしたのは、敵が獲物を落としたからである。

「これ!」と叫ぶと秋安は、五人をツラツラと見渡したが、

「不破小四郎と申したな! 誰だ、どいつだ、進み出ろ! この秋安一見したい! 少しく拙者には怨みがある」

ここで一人へ眼をつけたが、

「ははあ貴殿か! 貴殿でござろう!」

そっちへツカツカと歩み寄る。

歩み寄られた若侍は、いかさま不破小四郎でもあろう、一際目立つきらびやかの風で、そうして凄いような美男であった。

が、案外な卑怯者らしい。太刀こそ抜いて構えてはいるが、ヂタ、ヂタ、ヂタと後へ引く。

秋安にとっては怨敵である。萩野を奪われた怨みがある。

「こいつばかりは叩っ切ってやろう!」

で、ツツ――ッと寄り添った。

主人あやうしと見て取ったものか、二人の武士が左右から、挿むようにして切り込んで来た。

と、鏘然たる太刀の音!

つづいて森の木洩陽を縫って、宙に閃めくものがあった。払い上げられた太刀である。

すなわちは北畠秋安が、一人の武士の太刀を払い、そうして直ぐにもう一人の太刀を、宙へ刎ね上げてしまったのである。

と、逃げ出す足音がした。

主人の小四郎を丸く包み、五人の武士が太刀を拾わず、森から外へ逃げ出したのである。

「待て!」と秋安は声をかけたが、苦笑いをすると突立った。

「追い詰めて殺すにも及ぶまい。祟りのほどがうるさいからなあ」

で、抜いた太刀を鞘へ納め、パチンと鍔音を小高く立てたが、改めて娘の様子を見た。

木洩陽を浴びて坐っている、廻国風の娘の顔の、何と美しく気高いことよ!

そうしてこれほどの闘いにも、大して恐れはしなかったと見えて、別に体を顫わせてもいない。

とは云え勿論顔の色は、蒼味を加えてはいるのである。

「ほう」

秋安が声を上げたのは、その美しさと気高さとに、心を驚かせたからである。

恋を失った秋安は、どうやら意外の出来事から、新しい恋を得るようである。

が、それはそれとして、この日が暮れて夜になった時、花園の森の一所へ、一人の女が現われた。

闇の中の声

「秋安様の予言どおりに、妾わたしは小四郎様にあざむかれた」

さも後悔に堪えないように、声に出して女は呟いたが、他ならぬ娘の萩野であった。

今宵も忍んで来るがよいと、こういう約束があったので、萩野は恋心をたかぶらせながら、聚楽第じゅらくだいの付近にある、小四郎の住居すまいまで行ったところ、小四郎はどうしたものであろうか、けんもほろろの挨拶をして、萩野を追い返してしまったのである。

「野に在る花は野にあるがよい。其方そなたはやっぱり野にある花だ。しかるに私わしは聚楽の家臣、地下の者とは身分が違う。何もお前を嫌うのではないが、これまでの縁はこれまでとして、其方は其方の昔にかえり、私は私の昔にかえろう。で、今後は私も行かぬ。其方も私を訪ねないがよい」

こういう露骨の言葉をさえ、萩野は小四郎から貰ったのである。

ことの意外に驚きながらも、どうすることも出来なかった。しかしどうしてそうもにわかに、小四郎の心が変わったのか、萩野には見当が付かなかった。

で、それだけでも聞きだそうと思って、小四郎の袖を抑えた時、潜戸くぐりどが内からとざされた。で、聞くことさえ出来なかった。

で、そのまま婢女はしためを連れて、しおしおと家へ帰ったのであったが、悲しさと口惜しさと怒りとで、眠ることなど出来そうもない。

で、フラフラと家を出て、近くの花園の森へまで、来るともなしに来たのであった。

萩野は松の木へ額をあて、じっと物思いに沈んでいる。

木洩れの月光が森の中へ、薄蒼い縞を投げている。それに照らされた萩野の肩の、寂しそうなことと云うものは!

と、その肩が顫え出した。すすり泣いている証拠である。

「小四郎様と比較ひきくらべて、秋安様の親切だったことは! そういうお方を振りすてて、小四郎様へ気を向けたのは、妾わたしの愚かというよりも、魔が射したものと思わなければならない。そのあげくに妾は捨られたのだ。誰にも逢わす顔がない。ましてや今さらオメオメと、秋安様とは逢うことは出来ない。ちょっとした心の迷いから、二つの恋を失ってしまった」

限りない絶望と悔恨とが、今や萩野をとらえたのである。

「ああこの森で秋安様と、幾度媾曳あいびきをしたことやら。そのつど何と秋安様が、妾を愛撫して下すったことやら。思い出の多い花園の森! 一本の木にも一つの石にも、忘れられない思い出がある」

フラフラと萩野は歩き出した。

「ああここに杉の木がある」

一本の杉の木へ手を触れたが、しずかに幹を撫で廻した。

「この木の幹に背をもたせかけて、はじめて秋安様がこの妾へ、恋心をお打ち明け下されたのは、一年前の今頃であった。あの時妾はまあどんなに、嬉しくも恥しくも思ったことか。『妾は幸福でござります。妾も貴郎あなた様をお愛しします』と、茫ぼっとした声でお答えしたはずだ」

一本の桜の老木があった。木洩れの月光に浮き出して、満開の花が綿のように、森の天井を染めている。

その桜の木へ障さわったが、萩野は幹へ額をあてた。

「この桜の花の下で、行末のことを語り合い、あのお方の熱い唇を、はじめて額へ受けたことがある。昨日きのうのように思われるが、やはり一年の昔だった」

松の巨木が聳えている、幹に月光が斑を置いていた。

その幹へ萩野は寄りかかったが、袂で顔を蔽うようにした。にわかに体が縮ちぢまったのは、根元へうずくまったからであろう。しばらくの間は身動きもしない。何かを思い詰めているらしい。ただ肩ばかりが顫えている。いぜんとして泣いているからであろう。

やがて心を定めたかのように、萩野はゆるゆると立ち上ったが、腰の辺りを探り出した。

と、紐がクルクルと解けた。

仰ぐように顔を上向けて、松の下枝へ眼をやったが、片手を上げて紐を投げた。

松の枝へかかって下った紐を、両手で握って引いたのは、縊くびれて死のうとするのでもあろう。

縊れて死のうとしたのであった。

しかし紐の端へ頤をかけた時に、背後うしろから二本の腕が出て、萩野の肩を引っかかえた。

「ひとつ御相談にのりましょう。短気はおやめなさりませ。死ぬほどの事情がありましても、生きられる事情にもなりますもので。ひとつ御相談に乗りましょう。私にお任まかせなさりませ」

つづいてこういう声がしたが、優しい老人の声であった。

秋安の館

ちょうど同じ晩のことであるが、秋安の屋敷の一間の中で、廻国風の美しい娘と、北畠秋安とが話していた。

秋安の父は秋元あきもとと云い、北畠親房ちかふさの後胤として、非常に勝れた家柄であった。学者風の人物であるところから、公卿にも、武家にも仕えようとはせずと、豪族の一人として閑居していた。

聚楽第じゅらくだいの西の花園の地に、手広い屋敷を営んで、家の子郎党も多少貯え、近郷の者には尊敬され、太閤秀吉にも認められ、殿上人にも親しまれて、のびやかに風雅にくらしていた。しかし身分は無位無官で、地下侍には相違なかった。

「人間の栄華というようなものは、そうそう長くつづくものではない。よし又長くつづいたところで、大して嬉しいものではない。栄華には栄華の陰影かげとして、不安なものがあるものだ。人の本当の幸福は、小慾にあり知足にある」

これが秋元の心持であった。従って伏見桃山の栄華や、聚楽の豪奢に対しても、全くのところ風馬牛であった。

とは云え関白秀次の態度――すなわち兇暴と荒淫との、交響楽じみた態度については、苦々しく思っていた。

「今にあの卿は亡ぼされるであろう」と、人に向かって噂などもした。

そういう秋元の子であった。秋安も閑雅の人物であったが、若いだけに覇気があって、飯篠長威斎いいささちょういさいの剣法を学び、極意にさえも達していた。

そういう豪族の居間である。

秋安と美しい廻国風の娘と、語り合っているその部屋には、狩野山楽かのうさんらくの描いたところの、雌雄孔雀の金屏風が、紙燭の燈火ひかりを明るく受けて、さも華やかに輝いている。

「……そういう訳でございまして、妾わたしの父母と申しますものは、秀次公に滅ぼされました、佐々隆行ささたかゆきの一族で、相当に栄華にくらしました。でも両親が宗家と共に、城中で切腹いたしまして、妾一人が乳母や下僕に、わずかに守られて城を出てからは、昔の栄華は夢となり、丹波たんばの奥の狩野かのの庄で、みすぼらしく寂しく暮らしました。その中に親切な乳母も下僕も、この世を去ってしまいましたので、いよいよ妾は一人ぼっちとなり、途方にくれたのでござります。今は天下は治まりまして、秀次公には関白職、そうして妾は女の身分、それに戦いで滅ぼされましたは、戦国時代の習慣としまして、誰も怨もうこともなく、で、妾わたくしといたしましては、今さら父母の仇敵と、秀次公を狙おうなどとは、決して思っては居りませぬどころが、手頼たより無い身でござりますので、いっそ両親の菩提のために、諸国の神社仏閣を、巡拝いたそうと存じまして、京都へ参ったのでございました。でもともかくも秀次公に仕える聚楽第の若いお侍に、手籠めに合いなどいたしましたら、逝き父母に対しては申訳なく、妾自身に対しましては、恥しい次第にございます。……ほんにあの時お助け下され、何とお礼を申してよいやら、有難い次第にござります。……それにこのようにご親切に、お屋敷へさえお連れ下され、手厚い介抱を受けまして、いよいよ忝かたじけなく存じます」

その娘の名はお紅べにと云い、北国の名家、佐々隆行、その一族の姫なのであった。その父の名は時明ときあきら、その母の名はお園の方、一時はときめいた身分なのであった。

それであればこそお紅という娘も、貧しい貧しい廻国風の姿に、身を俏してはいるけれど、臈たけいまでに「臈たけいまでに」はママ品位があり、容貌が打ち上って見えるのであった。

素性を聞いたために秋安が、いよいよお紅という娘に対して、いわれぬ愛着と尊敬とを、感じたことは言うまでもない。

で、幾度も頷いたが、

「いずれ由緒よしあるお身の上とは、最初から存じて居りましたが、そのような名家の遺兒わすれがたみとは、思い及びも致しませんでした。そういうお方をお助けしたことは、この秋安にとりましては、名誉のことにござります。で、お尋ねいたしますが、今後はいかようになされます? やはりご廻国なさいますお気で?」

「はい」と云うと娘のお紅は、寂しそうに顔を俯向けたが、

「手頼り無い身にござります。一人ぼっちの身にござります。やはり諸国を巡りまして、神社仏閣を参拝し、この一生を終わります他には、手段はないように存ぜられます。今宵一夜だけお泊め下されて。明日はお許し下さりませ。早々においとまいたしまして……」

「旅へ立たれるお意つもりなので?」

「そう致しとう存じます」

「が、またもや悪漢どもが、苦しめましたならどうなされます」

途絶えた鼓

これがお紅には気がかりなのであろう。俯向いたままで黙っている。

どうやら夜風でも出たらしい、この離座敷はなれの中庭あたりで、木々のざわめく音がした。

庭には花が咲いているはずだ。風に巻かれて諸々の花が、繚乱と散っていることであろう。

が、この部屋は静かである。燈火ともしびが金屏きんぺいに栄えている。円窓の障子に薄蒼く、月の光が照っている。馨しい焚物の匂いがして、唐金の獅子型の香炉から、細々と煙が立っている。

なやましい春の深夜である。

それに似つかわしい美男、美女が、向かい合って黙って坐っている。

花ヲ踏ンデ等シク惜シム少年ノ春

燈火ニ背ムイテ共ニ憐ム深夜ノ月

そういう眺めと云わなければならない。

と、鼓の音がした。秋元の居間から聞こえてくる。つれづれのままに取り出して、秋元が調べているのであろう。曲はまさしく敦盛あつもりであった。一つ一つの鼓の音が、春の夜に螺鈿らでんでも置くように、鮮やかに都雅に抜けて聞こえる。

秋安とお紅とは顔をあげたが、じっとその耳を傾けた。

と、自ずから眼が合った。

「まずお聞きなさりませ」

眼を見合わせた一瞬間に、秋安はお紅の眼の中に、愛情の籠もっていることを、直覚的に看て取った。

「廻国をするということは、この娘の本当の願いではない。たしかにこの俺を愛している」

そういうことも感ぜられた。

で、秋安は勇気づいて、思う所を述べ出した。

「まずお聞きなさりませ」――秋安は云いつづけた。

「手頼り無いお身の上でござりましょう。では貴女あなたには何を措いても、手頼りになるような人物を、お求めにならなければなりません。一人ぼっちでござりましょう。では貴女は、何を措いても、一人ぼっちでないように、お務めなされなければなりません。天下は治まっては居りますものの、洛中にさえ乱暴者はいます。ましてや他国へ出ましたならば、魑魅魍魎ちみもうりょうにも劣るような、悪漢どもが居りまして、よくないことをいたしましょう。で、そのような危険な旅へ、好んでお出かけなさるよりも、ここに止まりなさりませ。私ことは土地の豪族で、先祖は北畠親房きたばたけちかふさで、名家の末にござります。家の子郎党も多少はあり、家の生活くらしも不自由はせず、父は学究でござりまして、心も寛ひろく親切でもあり、そうして私といたしましても、自分で自分を褒めますのは、ちとおかしくはござりますが、まず悪人ではござりませぬ。名家の遺児の貴方様を、ここでお世話をいたすことぐらいは、私の家といたしましては、何でもないことでござります。そうして率直に申しますれば、私の心と申しますものは、ただいま寂しいのでござります。訳はただいまは申しませぬが、ある軽率な女子のために、裏切られたからでございます。……でもし貴女がお止まり下され、朝夕お話し下されましたら、どんなに私といたしましては、有難いことでござりましょう。心の傷手も自然と癒り、ほんとうに新しく生きることが、出来ますようにも存ぜられます。……是非にお止まり下さりませ。それこそ貴女のおためでもあれば、私のためでもござります。助け合う者がありましてこそ、慰め合うものがありましてこそ、この殺伐でくらしにくい、厭な人の世もくらしよくなり、生きて行くことが出来ましょう」

しかしお紅はそう云われても、すぐにその言葉に応じようとはせず、いぜんとして黙って俯向いていた。

と云って秋安のそういう言葉を、決して疑っているのではなく、ましてや秋安の親切な心を、受け入れまいとしているのではなかった。

ただお紅の心としては、秋安の好意が著しいために、かえってそれに圧倒され、そうしてそれに従うことは、その著しい秋安の好意に、つけ込むように感ぜられて、相済まないように思われるのであった。

素性の卑しい人間ならば、相手の好意に取り縋って、すぐにも自分の苦しい境遇を、救って貰おうとするだろう、立派な素性であるがために、かえってお紅は矛盾を感じて、心を苦しめているのであった。

で、しばらくは無言である。

鼓の音ばかりが聞こえてくる。

が、にわかに鼓の音が、糸でも切ったようにフッと切れた。

これはどうしたことなのであろう? 曲は終わってもいないのに。

しかし向かい合って沈黙して、互いに相手の心持を、探り合っている二人には、にわかに切れた鼓の音に、注意の向かうはずはなかった。そうして、いっそう人の足音が、秋元の居間から幽かに聞こえ、そうして襖が一二度開き、そうして足音が家の中から、庭上へ移ったということなぞに、感付かなかったのは当然と云えよう。

骸を前の新生の恋

とは云え忽ち庭上から、

「何者!」という鋭い声が響き、つづいてアッという悲鳴が起こり、それに引きつづいて乱れた足音が、いくつか聞こえてきた時には、秋安とお紅も感付いた。

素破すわ! と云うような意気込みで、秋安は円座から飛び上ったが、鹿角にかけてあった太刀を握つかむと、襖をひらいて外へ出た。出た所に縁がある。縁を飛び下りた秋安は、声のした方へ突っ走った。

蒼白い紗布しゃぎぬでも張り廻したような、月明の春の夜が広がっている。そういう春の夜の寵児かのように、のびやかな空へ顔を向けて、満開の白い木蓮が、簇々として咲いていたが、その木蓮の花の下に、抜身を引っ下げた一人の武士が、物思わしそうに佇んでいた。

見れば足許に一人の武士が、姿の様子で大方は解わかる、切られて転がって斃れていた。

秋安はそっちへ走り寄ったが、

「父上、何事でござりますか?」

抜身を引っ下げて佇んでいたのは、秋安の父秋元であった。

「うむ、秋安か、この有様だ」

それから太刀へ拭いをかけ、鞘へソロリと納めたが、

「実はな、音色が変わったのだ」

「は? 音色? 何でございますか?」

「調べていた鼓の音色なのだ。……それが何となく変わったのだ。……そういうことも無いことはない。おおよその楽器というものは、調べる人の心持によって、音色を変化させると共に、四辺あたりの著しい変化によっても、また音色を変えるものだ。……鼓の音色が変わったのだ。で、庭へ出て見たのさ。五六人の武士がいるではないか。で、誰何したというものだ。すると一人が切りかかって来た。で、一刀に切り仆したところ、後の者は一散に逃げてしまった」

死骸へ改めて眼をやったが

「その風俗で大概は知れる。困った奴らがやって来たものだ。何の目的かは知らないが。……其方そちも用心をするがよい」

花木の間だをくぐるようにして、秋元は静かに歩み去ったが、月光を浴びた背後うしろ姿が、ひどく心配のある人のようであった。

と、その時人の影が、忍びやかに秋安へ近づいて来た。

たしなみの懐刀を握りしめたところの、廻国風の娘であった。

「秋安様」と寄り添うようにした。

「ああここに切られた人が!」

「聚楽じゅらくの奴原やつばらにござりますよ」

秋安は死骸を指さしたが、

「貴方あなたを手籠めにいたそうとした、彼らの一人でござりますよ」

お紅には言葉が出なかった。俯向いて死骸を見下ろしている。

「都にあってもこの有様でござる。一度地方へ出られようものなら、もっと恐ろしい数々のことが、降りかかって来ることでござりましょう。お紅どのここへお止まりなされ。我々がご保護いたしましょう」

無意識に秋安は手を延ばした。

これもほとんど無意識のように、お紅も片手を上げた。

で、死骸を前にして、二人の手と手とが握られた。

白い木蓮が背景となって、手を取り合った男女の姿が、月下に幸福そうに立っている。

しかしこういう二人の恋が、無事に流れて行こうとは、想像されないことであった。

執念深くて淫蕩で、傍若無人で権勢を持った、聚楽の若い侍に、お紅は狙われているのである。

奪い取られると見做さなければならない。

どのように北畠一家の者が、そのお紅を保護した所で、守り切れないことともなろう。

しかし、お紅にも秋安にも、そういう形勢は解っていた。

「もしものことがあろうものなら、潔よく自害をいたします」

九燿の星の紋所の付いた、懐刀をお紅は秋安に示して、そういうことを云ったりした。

が、ともかくも五日十日と、その後無事に日が流れて、二人の恋は愈々益々、その密こまやかさを加えて行った。

不破小四郎の邸

「浮田鴨丸うきたかもまるめが不足している。ちょっと寂しい気持がする」

「まさかにあの晩に鴨丸めが、切り付けようとは思わなかった」

「性来鴨丸めは周章あわて者なのだ」

「それに北畠秋元めが、切り返そうとは思わなかった」

「それに第一秋元めは、どうして俺達の忍び込んだことを、感付いたものか合点がいかない」

「随分上手に忍び込んだのだが」

「のっそりと秋元が現われた時には、さすがに俺もギョッとしたよ」

「秋元め随分冴えた腕だの」

「一刀に鴨丸を斃したのだからな」

「仰天して俺達は逃げ出したが、いつまでもマゴマゴしていようものなら、やっぱり秋元に切られたかも知れない」

「切られないまでも捕らえられでもしたら、それこそ本当に目もあてられない」

「何と云ったところで若い娘を、引っ攫おうとしたのだからな」

「いぜん娘は北畠の邸に、身をかくしているということだ」

「外出などもしないそうだ」

「つまりは守られているのだろう」

不破小四郎の邸の一間で、四五人の若い武士さむらい達が、雑然として話している。

宵を過ごした初夏の夜で、衣笠きぬがさ山の方へでも翔かけるのであろう、杜鵑ほととぎすの声が聞こえてきた。

小四郎は秀次ひでつぐの寵臣である。邸なども豪奢である。銀燭などが立ててある。

その銀燭を左手へ置いて、上座の円座に坐っているのは、邸の主人の小四郎で、前髪も剃らない若衆であったが、不愉快そうに苦り切っている。

「俺はな」と小四郎は云い出した。

「ひどくあの娘が好きなのだ。廻国風の娘がよ。で、どうしても手に入れなければならない。そこでお主達に頼んだのさ。是非あの娘を盗み出してくれとな。ところがお主達はやりそこなった。先刻さっきから話を聞いていれば、どうやら今後もお主達の手では、盗み出せそうにも思われない。あきらめてしまいえばいいのだが、変に俺にはあきらめられない。一体俺にしてもお主達にしても、普通なみの女には飽きている。つまり上流の娘とか、ないしは遊女とかいうようなものには、もうすっかり飽きている。漁って漁って漁りぬいたからよ。で、土民の娘とか、地下侍の娘とか、そういう種類の女共に、ついつい引っ張られるというものさ。それお主達も知っている通り、萩野という地下侍の娘があった。そうしてそいつを手に入れた。いや随分面白かった。その手障てざわりが違っていたからな。ところがどうだろうあの女を見てから――廻国風の娘のことだが――すっかり萩野に厭気がさし、薄情ではあったがつッ放してしまった。……で、そういう訳なのだ。そんなにも劇はげしく廻国風の娘に、この俺は今捉えられている。ところが手に入れる手段がない。そこで俺は考えたのだ。ご主君にお縋りしようとな。関白殿下にお願いして、関白殿下のご威光を以て、あの娘を御殿へ引き上げるのさ。そうしてそれから改めて、殿下から俺が戴くのだ。これではいかな北畠家でも、何とも苦情は云えないだろう。名案と思うがどうだろうかな?」

侫奸ねいかんの徒には侫奸の徒らしい、侫奸の策略があるものである。こう云って来て不破小四郎は、得意そうに、一座を身廻した。

「いやこれは素晴らしい妙案」

「さすがは聡明の不破殿だ、よい所へお気が附かれた」

座に集まった一同の武士は、即座に同意をしてしまった。

「しかし」とこの時一人の武士が――栃木三四郎という若武士わかざむらいであったが――ちょっと不安そうに首を傾げたが、

「目下伏見から幸蔵主こうぞうす殿が、太閤殿下のお旨を帯して、聚楽じゅらくにご滞在なされて居られる。この際そのような振舞いをして、よろしいものでござろうかな?」

「いや大丈夫、大丈夫」

こう云いながら手を振ったのは、桃ノ井紋哉もんやという若い武士であった。

「幸蔵主殿は私用とのことで、何も恐れるには及ばない。それに我君と幸蔵主殿とは、幼少の頃からのご懇親で、万事につけて聚楽のお為を、以前からお計らい下されて居られる。悪いようには覚し召すまい」

「いやいや一考する必要がある」

こう意議「意議」はママをはさんだ武士があった。加嶋欽作かしまきんさくという若武士である。

「女ながらも幸蔵主殿は、太閤殿下の懐中ふところ刀で、智謀すぐれて居られるとのこと、なかなか油断は出来ますまい」

「それに」ともう一人が心配そうにした。山崎内膳ないぜんという若武士である。

「ご宿老の木村常陸介ひたちのすけ様が、幸蔵主殿のおいで以来、気鬱のように陰気になられた。その常陸介殿はどうかというに、智謀逞邁、誠忠無双、容易に物に動じないお方だ。そのお方が陰気になられたのだ。幸蔵主殿の聚楽参第は、単なる私用とは思われない」

聚楽第の秘密

そもそも幸蔵主とは何者であろうか? 豊臣秀吉の大奥に仕えてそれの切り盛りをしているところの、いうところの老女であった。女ながらもずば抜けた知恵者で、一面権謀術数に富み、一面仁慈寛大であった。加藤清正や福島正則や、片桐且元かたぎりかつもとというような人さえ、幸蔵主には恩顧を蒙り、一目も二目も置いていた。秀吉さえも智謀を愛して、裏面の政治に関与させ、懐中刀として活用した。もう老年ではあったけれど、壮者をしのぐ、意気もあった。

また秀次が孫七郎と宣なのって、三好法印浄閑ほういんじょうかんなるものの、実子として家にいた頃から、幸蔵主は秀次を知っていた。三好康長やすながが秀次を養い、さらに秀吉が養子として、秀次を殊遇しはじめてから、幸蔵主は一層秀次に眼をかけ、よき注意を与えていた。で、幸蔵主は秀次にとっては、母とも乳母ともあたる人であった。

ところで秀次は累進して、そうして秀吉の後を受けて、関白職に経上って、聚楽じゅらくの第だいの主人となって、権を揮うようになって以来、ようやく秀吉と不和になった。

秀吉の謀将の石田三成や、増田長盛ながもりというような人と、気が合わなかったのが原因の一つで、秀吉の愛妾の淀君なるものが、実子秀頼ひでよりを産んだところから、秀頼に家督をとらせたいと、淀君も思えば秀吉も思った。自然秀次が邪魔になる――というのが原因の第二でもあった。

秀吉との不和は秀次にとっては、何よりも恐ろしいものであった。で、甘心を買おうとした。それを中にいて斡旋したのが他ならぬ老女の幸蔵主であった。

その幸蔵主が忍ぶようにして、伏見の秀吉の居城からこの聚楽へ来たのであった。

そうして何やら幸蔵主は、秀次に旨を含ませたらしい。

どういう旨だか解わからない。

しかしどうやら秀次にとっては、快くない旨らしい。それには従おうとはしないのであった。

そうして終日不機嫌であった。

で、何となくここ数日、聚楽第の空気は険悪であった。

「ナーニ大丈夫だ大丈夫だ」

不破小四郎は事もないように、さも不雑作にこう云ったが、自信がありそうに一同を見た。

「幸蔵主の姥がやって来て、殿下のご機嫌がよくなくて、終日終夜の乱痴気騒ぎで、上下が昏迷をしているのが、かえって俺には好都合なのさ。どさくさまぎれに申し上げて、殿下のお許しを受けるのさ。よろしい行やれ! と仰せられるであろうよ。どっちみち俺は明日か明後日、関白殿下のお使者として、北畠の邸へ出かけて行こう。承知きくも承知きかないもありはしない。関白殿下よりのご命令なのだ。娘を差し出すに相違ない。承知かない場合には攫って来る」

間違いはないよと云うように、小四郎は額をこするようにしたが、果たして成功するであろうか?

巨人と怪人

その日からちょうど二日経った。

ここは聚楽の奥庭である。おりから深夜で月はあったが、植え込みが茂っているために、月の光が遮られている。

一宇の亭ちんが立っていて、縁の一所が月光に濡れて、水のように蒼白く暈けていた。

そこに腰をかけている武士がある。

思案にあまったというように、胸の辺りへ腕を組んで、じっと足許を見詰めている。

木の間をとおして聚楽第の、宏壮な主殿おもやが見えていたが、今夜も酒宴と思われて、陽気な声が聞こえてくる。間毎々々まごとまごとに点もされた燈ひが、不夜城のようにも明るく見える。

「どうしたのだろう、遅いではないか」

縁に腰をかけた大兵の武士は、誰かを待ってでもいると見えて、ふとこう口に出して呟いた。

と、その呟きに呼ばれたかのように、巨大な蘇鉄の根元を巡って、小兵の武士があらわれた。

「木村殿かな? 常陸ひたち殿かな」

「おお五右衛門か、待ちかねていたよ」

「約束の時刻よりは早いつもりだ」

云い云い静かに歩み寄って、縁へ腰をかけた常陸介と、押し並ぶように腰かけたのは、無徳道人むとくどうじん事石川五右衛門であった。

ちょいと五右衛門は主殿おもやの方を見たが、

「相変わらず今夜も盛んだの」

「うん」と云ったものの常陸介の声には、憂わしい不安な響きがあった。

「あの有様だから困るのだ」

「そうさ、あれでは困るだろう」

で、沈黙が二人へ来た。

「ところで五右衛門結果はどうだ?」

ややあって常陸介がこう訊たずねた。

「うむ、ともかくも一通りは探った」

五右衛門の声には笑殺しょうさつがある。

「ただの私用ではないのだよ」

「俺もそうだろうとは感付いていたが、幸蔵主の態度が不明なのでな」

「あれは秀吉の懐中ふところ刀さ」

「が、我君にも忠実のはずだ」

「しかしそれは私情だよ。大事に処せば私情などは、古沓ふるぐつのように捨てしまう」

「お互いそれには相違ないさ。……で、幸蔵主が我君を連れて伏見の城へ行こうとするのは、やはり太閤の指し金かな?」

「そうだ秀吉の指し金なのだ」

「伏見へ召してどうするのだろうな?」

「まず詰腹でも切らせるだろうよ」

「詰腹。……ふうむ。……そうかも知れない。……」

常陸介にもそういうことは、以前から心にあったものと見えて、そう云われても驚かなかった。しかし苦悶は感じたらしい。俯向いて足許を睨んでいる。五右衛門もしばらくは物を云わない。で、この境地はひそやかであった。

それと反対の趣をなして、明るい華やかな笑い声が、主殿の方から聞こえてきた。

「五右衛門」と常陸介は呼びかけた。

「ひとつ詳しく話してくれ、伏見はどんな様子なのだ」

「詳しく話せと云ったところで、これと云って詳しく話すところもないが。だがマア探っただけを話して見よう。……お前から依頼たのみを受けたので、その足で直ぐに伏見へ行って、城中へ忍んだというものさ。秀吉め天下に敵がないというので、安心しきっているのだろう。城のかためなんか隙だらけだった。で、奥御殿へ行くことが出来た。それでもさすがに宿直とのいの部屋には、仙石せんごく権兵衛だの薄田隼人すすきだはやとだのが、肩や肘を張って詰めていたよ、しかしそいつの話と来ては、お話にも何にもならなかった。女の話ばかりしているのだからな。ところで秀吉はどうかといえば、例の淀君めを相手にして、これもやはりたわいないことを、話していたというものさ。と、声が聞こえてきた。

『……幸蔵主に胸を「胸を」はママ含ましておいた。大方うまくやるだろう。……そう心にかけないがよい。……実子は俺だって可愛いいからの……』

秀吉が淀君へ云ったのさ。すると淀めが笑い出したっけ。――これだけ聞けば用はない。で城から抜け出したが、その時つくづく思ったものだ。ナニ秀吉の寝首などは、掻こうと思えば掻けるものだとな。……秀吉だと云ったって人間だ、油断もあれば隙もあるとな。……それから俺は念のために、石田治部ちぶめの屋敷へ忍んだ。するとどうだろう増田長盛ながもりめが、ちゃんと遣って来ているではないか。

『幸蔵主殿の甘言を以て秀次君をおびき出し、城中で詰腹を切らせましょう』

『いやいや我君のお眼に入れては、血縁のある伯父姪「姪」はママでござる。いっそ途中の伏見街道で、お腹を召さすがよろしかろう』

これが二人の話なのだ。――これだけ耳にすれば用はない。で俺は直ぐに抜け出したのだが、道々俺は考えたよ。大胆不敵の話だとな。何故というに他でもない。とにかく天下の関白職を、まるで鶏でも絞めるように、無雑作に殺すことに決めているからさ。そうしてにわかに恐ろしくなった。やはり秀吉は偉い奴だ。やろうと思えばどんなことでもやる。とても普通の人間ではない。隙だらけと思っていた伏見の城が、恐ろしいものにも思われて来た。今度忍んだら遣やられるだろう――そんなようにも思ったものさ」

黙って聞いていた木村常陸介は、五右衛門の話が終えてからも、いぜんとして沈黙をつづけていた。

で、境地はひそやかである。

それだけに聚楽の主殿における、夜宴の賑かさが気味悪く聞こえる。

と、卒然と常陸介は云った。

「五右衛門もう一度忍んでくれ」

「もう一度伏見城を探れと云うのか?」

「秀吉の寝首を掻いてくれ」

「…………」

またも沈黙がやって来た。

二人ながら黙っている。

忍び込んだ武士は?

石川五右衛門は浪人であった。学者でもあるし茶人でもあるし、伊賀流の忍しのびもよくするし、侠気もあれば気概もあったが、放浪性に富んでいて、物に飽き易くて辛抱がなくて、則のりに附くことが出来なかった。二三の大名が才幹を愛して、召しかかえたこともあったけれど、朋輩との中が円満にゆかない。

で、すぐに浪人をした。それを知った木村常陸介ひたちのすけは、何かの用に立つこともあろうと、莫大な捨扶持を施して、ここ二三年養って置いた。

すると五右衛門のことである、常陸介を主人と崇あがむべきを、友人のように思ってしまって、対等の交際つきあいをやり出した。

大概の人物なら怒ったであろう、ところが常陸介は大人物であった。そのようなことは意にもかけずに、同じように対等の交際をした。これが五右衛門には嬉しかったらしい。知己を得たような気持がした。で、非常に感激をして、この人のためなら死んでもよいと、そんなようにさえ思うようになった。

で、今度も常陸介から、伏見城の様子を探ってくれと、こう頼まれたのに直ぐに応じて、その役目を果たしたのであった。

ところがもう一度伏見城へ忍んで、秀吉の寝首を掻いてくれという。――これには豪快な石川五右衛門も、考え込まざるを得なかった。

で、即答をすることが出来ない。腕を組んだまま黙っている。

が、木村常陸介が、低くはあったが凄愴の口調で、次のようなことを云ったがために、五右衛門は困難な常陸介の頼みを、むしろ勇んで引き受けた。

次のように常陸介は云ったのである。

「お前ばかりを死なせはしないよ。俺もおっつけ死ぬことになろう。……お前の企くわだてが破れたならば、捕らえられてお前は殺されるだろう。……そうしてそれが聚楽第の、没落の原因となるだろう。――太閤ほどの人物だ、聚楽からの刺客だと察するからさ。……で伏見と聚楽とは、戦いをひらくことになろう。秀次公におかれては、島津や細川へ金子を貢いで、誼よしみを通じて居るとはいっても、いざ戦いとなった日には、伏見方へ従つくに相違ない。勝敗の数は知れて居る。聚楽第は亡ぼされて、秀次公には自害されよう。従って俺も腹を切る。お前の後を追うことになる……がもしお前の企が、成功をした場合には、天下はそれこそ聚楽第の、秀次公のものとなる。で今度の企はのるかそるかの企なのだ。するとお前は云うかもしれない、そういう危険な企を、どういう理由でやるのか? と、で、俺は答えることにしよう。どうやら我君秀次公には、幸蔵主の甘言に乗せられて、太閤との不和をなだめるために、伏見の城へ出かけて行かれて、太閤のご機嫌を取られるらしい。その結果はどうなるか? お前の云った通りになる。伏見城で詰腹を切らせられるか、ないしは途中で殺されるだろう。……それが俺には残念なのだ、同じくその身を失うにしても、太閤ほどの人傑を、向こうへ廻して戦って、華々しくご最後を遂げさせたいのだ。……で、道は二つしかない。太閤を守備よく弑しいするか、そうでなかったら戦うかだ。で、お前に俺は頼む。もう一度伏見城へ忍んでくれ、太閤の寝首を掻いてくれ、やりそこなったら死んでくれ!」

「わかった」と云うと五右衛門は、縁からユラリと腰を上げた。

「末代までも名が残ろうよ。太閤の寝首を掻いたなら! よしんば失敗をしたところで……」

云いすてると石川五右衛門は、木立を廻って立ち去った。

その足音が消えた時に、木村常陸介も立ち上ったが、思案にくれながら歩き出した。

「どうともして我君秀次公を、危険きわまる伏見の城へ、参第せぬようお諌めしなければならない」

行手に築山が聳えている。

裾を巡って先へ進む。

と、泉水が堪えられていた。

廻って主殿おもやの方へ進んで行く。

「はてな」と呟いて佇んだのは、厳しい聚楽第の石垣の上から、武士姿の一つの人影が庭へ飛び下りたがためである。

「これは怪しい、何者であろう?」

常陸は首を傾げたが、

「伏見方の間者ではあるまいか?」

自分が五右衛門を刺客として、伏見城へやったおりからである。

伏見方の間者ではあるまいかと、ふと考えたのは当然といえよう。

「よしよし後をつけてやろう」

で、足音を盗むようにして、常陸介は後をつけた。

曲者は顔を包んでいる。どうやら年は若いらしい。心が急せいてでもいると見えて、走るがように歩いて行く。主殿の方へ行くのである。

「ああこれは間者ではない。ましていわんや刺客などではない。歩き方や態度で自ずとわかる。これは決して悪者ではない。とは云え聚楽第の武士ではない。おかしいなあ何者だろう」

心掛けの深い常陸介ではあったが、これ以上は知ることは出来なかった。

瞬間四人を討って取る

曲者は先へ進んで行く。常陸介はつけて行く。次第に主殿へ近づいて行く。

と、その主殿の方角から、四五人の武士が話しながら、あべこべにこっちへ歩いて来た。

「不破氏、不破氏、小四郎殿、そう憤慨をなさらないがよろしい。何も主命でござるからな」

一人の声が、なだめるように云った。

「さようさよう何も主命で」

相槌を打つ声が直ぐにした。

「それにさ、あれくらいの女なら、この世間にはいくらでもござる。あの女はあのまま差し上げなされ。そうしてその代わりにご愛妾の一人を、頂戴なさるがよろしかろう」

「その方がいい、その方がいい」

また相槌を打つ声がした。

「たかが廻国にやって来て、京へ止まった田舎娘でござる。そのような女に未練をもたれて、殿下のご機嫌を取り損なったら、これほどつまらないことはない。おあきらめなされ、おあきらめなされ」

「さようさようおあきらめなされ」

四人目の声も相槌を打つ。

が、そういう取りなしに答えて、怨みと憤りに充ちたような、狂気じみた声が聞こえてきた。

「いやいやせっかくのご忠告ではあるが、某それがしにおいてはあきらめられん。……あまりと云えば横暴でござる! 某より殿下へお願いしたところ、よかろうよかろう好きな女があるなら、余が懇望だと申して連れて来い。その上で其方そちにくれてやろう。――で、某は使者という格で、北畠家へ押して行き、あのお紅べにを引き上げて来た。……と、どうだろう殿下においては、これは以外に美しい。側室そばめの一人に加えよう。こう仰せられて手放そうとはされぬ。某を前に据えて置いて、お紅に無理強いに酌などさせる。寝所へ連れて行こうとされる。誰も彼も笑って眺めている。其のためにあつかおうとはしない! 無体なのは殿下のやり口だ! 庶民に対してはともかくも、臣下の某に対しての、やり口としては余りにひどい! もはや某は聚楽じゅらくへは仕えぬ。ご奉公も今日限り。浪人をする浪人をする!」

不破小四郎を取り囲んで、朽木くちき三四郎、加島欽哉きんや、山崎内膳ないぜん、桃ノ井紋哉もんや、四人の若武士ざむらいが話しながら、こっちへ歩いて来るのであった。

ところで彼らの話によれば、気の毒なことにはお紅という娘は、北畠家から奪い取られて、今、聚楽第にいるらしい。では主殿おもやでの夜遊の宴の、その中にも入っていることであろう。

不破小四郎と四人の武士とは、云いつのりながらなだめながら、次第にこっちへ近寄って来る。

と、一所に木立があって、そこの前までやって来た時に、飜然と飛び出した人影があった。同時に月光を横に裂いて、蒼白く閃めくものがあった。と、すぐに悲鳴が起こって、朽木三四郎がぶっ仆れた。すなわち木立から飛び出して来た、覆面姿の侍が、先に立って歩いて来た朽木三四郎を、抜き打ちに切って斃したのである。

「曲者!」と叫んだのは加島欽哉で、太刀柄へ右手をグッと掛けたが、引き抜くことは出来なかった。三四郎を斃した覆面の武士が、間髪を入れないで閃めかした太刀に、左肩を胸まで割られたからである。

「曲者!」とまたも同音に叫んで、山崎内膳と桃ノ井紋哉とが、左右から同時に切り込んで行った。が、それとても無駄であった。片膝を敷いた覆面の武士が、横へ払った太刀につれて、まず内膳が腰車にかけられ、ノッと立ち上った覆面の武士の、鋭い突きに桃ノ井紋哉が、胸を突かれて斃れたからである。

四人を瞬間に打って取った、覆面の武士の腕の冴えには、形容に絶した凄いものがあった。

と、その武士がツと進んだ。

「小四郎! 不破! 極悪人め! よくもお紅殿を奪ったな! 某こそは北畠秋安! 怨みを晴らしにやって来た。お紅殿を取り返しにやって来た! 観念!」

とばかり切り込んだ。

「出合え! 曲者!」と叫んだが、不破小四郎は見苦しくも、主殿をさして逃げ出した。

「逃げるか! 卑怯! 何で遁そう!」

四人を切った血刀を、頭上に振り冠った秋安は、すぐに小四郎を追っかけた。

と、その眼前へ大兵の武士が、遮るようにして現われたが、威厳のあるドッシリとした沈着の声で、

「北畠殿と仰せられるか、まずお待ちなさるよう。某事は木村常陸介、子細は見届け承わってござる。悪いようには計らいますまい」

こう云うと手を上げて制するようにした。

廊下を渡る雪燈の火

現われた武士は誰あろう、聚楽第じゅらくだいにおける第一の智謀で、かつは誠忠無双であって、しかも身分は宿老であって、その上性質は寛仁大度、この人一人があるがために、秀次の生命は保たれて居り、聚楽の生命も保たれて居ると、世評一般に云われて居るところの、木村常陸介と耳にするや、逸はやり切っていた北畠秋安も、足を止めざるを得なかった。

で、ダラリと刀を下げて、常陸介を見守った。

「さて」と云うと常陸介は、一層物憂しい口調になったが、なだめるように説き出した。

「貴殿のお父上秋元殿は、高朗としたお人柄で、某それがしも平素より尊敬いたし居ります。ご子息の貴殿のお噂も、兼々承わって居りました。清廉潔白でおわすとのこと、これまた敬意を払っていました。……ただ今立ち聞きいたしましたところ、お紅殿とやら申される女子を、不破小四郎が理不尽にも、関白殿下のお旨と申して、聚楽の第へ連れて参り、それを怒られてご貴殿には、この厳重の聚楽第へ、潜入して四人を討って取り、なお小四郎を討ち取った上、更に主殿おもやへ切り入って、お紅殿を奪回なされようとのご様子。……小四郎の不義は申すも憎く、関白殿下のなされ方も、よろしくないことと存じます。しかし」

とここまで云って来て、木村常陸介は叱るようにつづけた。

「聚楽第には強者つわものもござる。貴殿お一人に荒らされるほどの、不用心のことは致して居らぬ! あまりに自己をお頼みなさるな! またそれほどにも聚楽第を、力弱きものとお思いなさるな!」

しかしまたもや優しくなり、慰めるような口調となった。

「余計なことは申しますまい。某をお信じなさりませ。某必ずお紅殿を、無垢の処女おとめとして聚楽第から、貴殿にお返し致しましょう、安心して一先ずお引き取り下され、……四人の武士を討たれたことも、某秘密に取り行ない、貴殿にご迷惑のかからぬよう、葬むることにいたしましょう」

こう云われてみれば秋安には、押して云うべきことはなかった。なるほど主殿へ切り入ったならば、討って取られることであろう。決死の覚悟で来たのではあったが、殺されるのを望んでいるのではない。それにお紅を処女のままで、返してくれるというのである。苦情を云うべき筋はない。しかも言葉を誓ったのは、他ならぬ木村常陸介である。充分に信頼してよかった。

で、ひき上げることにした。

「ご芳志忝かたじけのう存じます。ではお言葉に従いまして、立ち返ることにいたしましょう。つきましてはきっとお紅殿を……」

「大丈夫でござる、お案じなさるな」

「は」と恭しく一礼して、木立をくぐって北畠秋安は、忍びやかに後へ引き返した。

しかし十足とは歩かない中に、一つの恐ろしい事件が起こった。

酒宴をひらいている主殿の樓の、明るい華やかな笑声を縫って、悲痛極まる女の声が、一声けたたましく聞こえたかと思うと、一所の襖が仆されて、女の姿がよろめき出たが、欄干へ体をもたせかけると、そのままグッタリと動かなくなり、つづいて何物かが女の手から、秋安の足許へ投げられた。

秋安は驚いて小腰を屈め、投げられた物を取り上げて見た。

「九燿の紋の付いた懐刀だ! 血にぬれている、血にぬれている! ああお紅殿は自害なされた! 常陸介殿!」

と、飛びかかるようにしたが、

「お紅殿は自害を致しましたぞ!」

「うむ」と云うと木村常陸介は、腕をしっかりと胸へ組んだが、しばらくの間は黙っている。

と、グイと顔を上げたが、樓上の女の死骸を見た。四五人の人影が現われて、欄干に仆れている女の死骸を、屋内へ運んで行こうとしている。

と、木村常陸介は、にわかに頭を巡らしたが、主殿と並んで立っている、一宇の奇形な建物を見た。その建物と主殿とを繋いで、長い廻廊が出来ていたが、その廻廊に青い燈火ひが、一点ユラユラと揺れながら、建物の方へ進んで行く。一人の侍女こしもとが雪洞ぼんぼりをささげて、廻廊を進んで行くのであった。いやいやその女一人だけではなくて、その後につづいて四五人の侍女が、群像のように固まって、建物の方へ進んでいた。

「なるほど」と呟いたのは常陸介であった。秋安の方へ顔を向けたが、

「誓った言葉に背きはしませぬ。処女おとめのままの娘として、お紅殿をお返しいたしましょう。お信じなされ、お信じなされ」

そういう言葉には確信らしいものが、さも重々しく籠もってもいた。

酒乱の関白

ちょうどこの頃主殿おもやの樓の、華麗を極めた大広間で、関白秀次が喚いていた。

「女は死んだか、自害したか、ワッ、ハッ、ハッ、それもよかろう。死にたい奴は死ぬがよい。殺してくれなら殺してもやろう。たかが卑しい女一人だ! 切ろうと縊くびろうと俺のままよ! これこれ死骸を片付けろ! 目障りだ目障りだ持って行け! ……さあさあ酒だ! 酌をせい! 今夜は徹夜で飲み明かす。お前達も飲め、俺も飲む」

蒼白の顔色、充血した眼、釣り上った眉、歯を剥いた口、これが関白たる貴人であろうか? そんなようにも思われるほどに、すさみにすさんだ容貌である。髪を茶筌に取り上げて、練絹の小袖を纏っている。盃を握った右の手が、ブルブルと恐ろしく顫えている。癇をつのらせている証拠である。

金泥銀泥で塗り立てられた、絢爛を極めた盃盤が、無数に立てられた銀燭に照らされ、蒔絵をクッキリと浮き出している。朱色に塗られた長柄の銚子が、次から次と運ばれて来る。床の間には黄金の香炉があって、催情的の香の煙が、太い紐のように立っている。

「お那々なな、謡え! 幸若こうわか、舞え! 伴作ばんさく々々鼓を調べろ!」

またも秀次は喚き出した。

「……何を恐れる! 天下人だぞ! 何を遠慮する、関白だ! 一天四界俺の物だ! 何を怯える、石田、増田に! 巷の童わらべどもが悪口を云わば、用捨はいらない、切ってすてろ! 妻妾の数三十余人! それがどうした、少ないくらいだ! まだまだ美人を集めて見せる! 俺を殺生関白だという! 殺生ならぬ人間がどこにある! 政治に暗く人心離反し衆人俺を笑うという! 伏見の爺おやじが悪いからだ! 爺が政治を執っているからだ。で俺は飾り物だ! 虚器を擁しているばかりだ! 不平もあろう、淫蕩にもなろう、残忍にもなろう、酷薄にもなろう! しかも関白をやめさせようとする。淀君の子を立てようとする。で、俺を迫害する! 僻むのは当然だ当然だ! ……騒げ、はしゃげ、謡え、舞え! 京都の柔弱兒を驚かせてやれ! 注げ! 酒だ! イスパニアの酒だ! ……安南あんなん、交趾こうしから献上した、紅玉ルビー色をした酒を注げ! バタニア胡椒を酒へ入れろ! さぞ舌ざわりがよいだろう。酔が烈しく廻るだろう。……ソレソレこぼれた酒がこぼれた! スラスの懸布で拭くがいい。……鳥銃をもて、鳥銃をもて、往来の奴を撃ってやろう。象眼入の鳥銃がいい! 暹羅しゃむから献じたあいつがいい。……沈香で部屋をくゆらせろ、伽羅で部屋をくゆらせろ! 龍涎香で部屋をくゆらせろ!」

金銀で飾った脇息に倚って、秀次はのべつに喚き立てる。

座に列なっている妻妾や侍女こしもとや、近習役や茶道衆や、幸若太夫の面々は、顔を見合わせて黙っている。

たった今女が死んだのである。懐刀で自害をしたのである。で、すっかり怯かされている。その上に例の酒乱が出て、秀次の態度が兇暴になった。果たしてどうなることだろう? で、黙っているのである。

狩野永徳の唐獅子の屏風、海北友松うみきたゆうしょうの牡丹絵の襖、定家俊成ていかしゅんぜいの肉筆色紙を張り交ぜにした黒檀縁の衝立、天井は銀箔で塗られて居り、柱は珊瑚で飾られて居る。そういう華美の大広間も秀次の喚く兇暴の声で、ビリビリ顫えるばかりである。

と、秀次は眼を据えたが、一人の侍女へ視線を止めた。

「これこれ其方そちは何というぞ」

「妾わたくしは千浪ちなみと申します」

オドオド顫えながら答えたのは、秀次の愛妾葛葉くずはの方が、この頃になって召しかかえた、十七の処女おぼこらしい侍女であった。

「千浪というか、よい名だよい名だ。参れ参れここへ参れ!」

愛妾の死

淫蕩とそうして兇暴の光を、その眼の中へ漂わせながら、こう秀次に呼びかけられて、千浪はいよいよ顫え出した。

「はい」と云ったものの近寄ろうとはしない。あべこべに葛葉の背後うしろへ隠れて、体を縮めるばかりであった。

「何も恐れることはない。取って食おうとは云っていない。可愛がってやろうと云っているのだ。参れ! 厭かな? 厭なことはあるまい」

秀次はヒョロヒョロと立ち上ったが、千浪の方へ歩き出した。

と、そういう様子を見て、血相を変えた女がある。他ならぬ愛妾葛葉の方で、かばうように千浪を蔽うたが、

「許しておやり遊ばしませ。まだこの子はほんの処女おぼこで、可哀そうな子にござります」

しかし葛葉の顔にあるものは、決して同情や愛憐ではなくて、むしろ自分の寵愛を、侍女こしもとの千浪に横取られることを、恐れて案じているところの、妾めかけらしい嫉妬の情であった。

「ナニ処女、ははあそうか」

秀次はカラカラと笑ったが、

「一層よいの、処女に限る。……其方そちは幾年いくつだ? 二十九だったかな。年から云っても盛りは過ぎた。もう俺には興味はない。……代りに千浪をよこすがよい」

秀次はなおもヒョロヒョロと進む。

あれ! というように声を上げて、千浪が立って逃げ出したところを、飛びかかって秀次は小脇に抱いた。

「もがけもがけ、あばれろあばれろ、そのつどお前の軟かい肌が、俺の体へぶつかるばかりだ! 小鳥よ、捕らえた! 可愛い色鳥!」

ズルズルと引き立てて行こうとした。

その秀次の両の足を、しっかりと抱いた者があった。やはり葛葉の方である。

冷やかに秀次は睨んだが、

「嫉妬か!」

「上様!」

「邪魔をするか!」

「はなしておやり遊ばしませ」

「其方そちこそ放せ! 手を放せ!」

「上様、お慈悲にござります」

「ふん」といかにも憎々しく、秀次は鼻を鳴らしたが

「先刻さっき自害をした女のように其方も自害をしたいそうな」

「いっそお手にかけて下さりませ」

「望みか!」と云うと秀次は、ドンと片足を持ち上げたが、ウンとばかりに蹴仆した。

と、悶絶をする声がした、胸を蹴られた葛葉の方は裾を乱して伏し転んだ。

一瞬間のざわめきの起こったのは、座に侍はべっていた妻妾や近習が、一時に動揺したからであった。その動揺が静まると、反動的の静けさが、大広間一杯に拡がった。

「今夜はこれで二人死んだ。おそらくまだまだ殺されるだろう。殺せ殺せ、目茶苦茶に殺せ! 聚楽の栄華も先が知れている」

こう呟いた者があったが、刺繍ぬいとりの肩衣に前髪立の、眼のさめるような美少年であった。美童は不破伴作ふわばんさくであった。

狂人じみた目付きをして、秀次は大広間を見廻したが、

「目障りになる! 片付けろ! 死骸は厭だ! 井戸へでも沈めろ!」

それから千浪を引きずったが、

「今夜の伽とぎだ! 嬉しそうに笑え!」

で、襖を開けようとした。

と、その襖が向こうから開いて、

「孫七郎様」と云う声が聞こえてきた。優しくて穏かではあったけれど、威厳のある老女の声であった。

つと立ちいでた人物がある。

円頂黒衣鼠色の衣裳、手に珠数をつまぐっている。眉長く鼻秀で、額は広く頤は厳しい。澄んではいるが鋭い眼、頬に無数の皺はあるが、かえって顔を高貴にしている。

これこそ女傑幸蔵主こうぞうすであった。

「相変わらずのお悪戯いたでござりますか」

あたかも子供でもあしらうように、こう秀次に云いかけたが、咎めるような調子はなくて、なだめるような調子があった。そうしてそれが大広間の殺気と、秀次の兇暴の心持とを、平和な甘いものにした。

「幸蔵主の姥か」と鼻白んだように、秀次は千浪の手を放したが、

「俺わしはな心が寂しいのだよ」

云い云い元の座へ押し坐った。

と、幸蔵主も膝を揃えて、秀次の前へ坐ったが、手を上げると大広間を撫でるようにした。立ち去れという所作なのである。

これで助かったというように、座に並んでいた妻妾達が近習の武士達と立ち上って、一整に姿をかくした後には秀次と幸蔵主ばかりが残された。

能弁の幸蔵主

しばらく幸蔵主は秀次の顔を、まじろぎもせずに見ていたが、いかにもいたわしさに堪えないように、いたわるように話しかけた。

「妾わたしが聚楽じゅらくへ参りましてこの方、繰返し繰返し申しましたが、まだご決心が付きませぬそうな。よくないことでござりますよ。早うご決心をなさりませ。伏見へおでかけなさりませ。そうしてご弁解なさりませ。太閤殿下と貴郎あなた様とは、血縁の伯父姪「姪」はママではございませぬか。親しくお二人がお逢いなされて、穏かにお話をなさいましたら、疑いは自然と解けましょう。ご謀反を巧まれたというのではなし、ただ少しご身分柄として、ご醉興の程度が過ぎるという、それだけのお咎めではござりませぬか。恐ろしいことなどはござりませぬ。何の何の恐ろしいことなどが。……本来このような場合には、伏見からお呼びのない前に、貴郎様から参られて、お咎めの故以いわれのないということを、お申しひらきなさるのが、本当なのでござりますよ。しかるに今回はあべこべとなって、伏見から参れとのご諚があっても、貴郎様には参られようともなされぬ。これではいかな太閤様でも、ご立腹なされるでござりましょう。と、……云いましても今のところでは、太閤様のご立腹とて、大したものではござりませぬ。お逢いしてお詫びをなされましたら、直ぐにも融けるでござりましょう。決してご心配には及びませぬ。が、只今の機会を逃がして、伏見へおでかけなされぬようなら、それこそ一大事になりましょう。あの治部ちぶ様や長盛ながもり様が、あの巧弁で讒言などして、太閤様のご聡明を、眩まさないものでもござりませぬ。そうして貴郎様のお嫌いの、淀様などがそこへつけ込み、姦策を巡らさないものでもなく、何やら彼やらの中傷が入って、今度こそ本当に太閤様のお心持が貴郎様から離れて、貴郎様をお憎みなされようも知れぬ。が、是非ともこの機会に、伏見へおいでなさりませ。……あるいは貴郎様におかれましては、秀頼公ひでよりぎみに太閤様が、豊臣の筋目や関白職を、お譲りなさろうと覚し召して、それで貴郎様を伏見へ呼び寄せ、殺すのではあるまいかと、ご懸念遊ばすかも知れませぬが、何の何の太閤様が、そのようなお腹の小さいことを、どうしてお企てなさりましょう。そのご心配には及びませぬよ……」

と、ここまで云って来て幸蔵主は、繊細微妙な笑い方をしたが、

「お疑いさえ晴れましたら、貴郎様には直ぐにもご帰洛、ここ聚楽第の主として、いぜんとして一ノ人関白職、どのような栄華にでも耽けられます」

この言葉が何よりも秀次の心を、強く烈しく打ったようであった。

「幸蔵主の姥!」とじっとなったが、

「伏見へ参ってお詫びさえしたら、俺は聚楽へ帰られようかな? 現在の位置に居られようかな?」

「妾をお信じなさりませ。孫七郎様の昔から、膝へ掻き上げてご介抱をした、この幸蔵主ではござりませぬか。今はお偉い関白様でも、妾の眼から見ますれば、可愛らしい和兒わこ様でござります。そういう可愛らしい和兒様に何で嘘など申しましょう」

「行こう行こう、伏見へ行こう!」

子供のように他愛なく、こう秀次は甘えるように云った。

「俺にもお前は懐かしい。母者人ははじゃびとのような気持がする。俺はお前の云う通りになろう」

「ようご決心なされました」

「伏見へ行こう! 明日にも行こう」

秀次は決心をしたのである。

と、幸蔵主の眼の中へ、憐愍の情がチラツイたが、直ぐにさり気なく消してしまった。

二人はしばらく無言であった。

と、聚楽第の一所から、人が斬られでもしたような、悲鳴が一声聞こえてきた。

不意に立ち上った幸蔵主は、スルスルと、欄干の側そばへ行った。で、悲鳴のした方を見た。

主殿おもやと廻廊でつながれている奇形な建物の方角から、どうやら悲鳴は聞こえたらしい。

で、そっちへ眼をやったが、

「今夜はこれで三人斬られた。……それにしても奇形な建物は、何を入れて置く建物なのであろう?」

この部屋は?

奇形な建物の内部の一間で、老婆が喋舌しゃべりながら歩いている。

「最初は誰も彼もがんばりますよ。でもこの部屋へ押し入れられて、ものの五日と経たないうちに、大概は往生をしますよ。そうして今度は自分の方から、懇願をするようになりますよ。お側へ行かせて下さいましと。……だからお前様におかせられましても、もうもうそれこそ間違いなく、この部屋をお出し下さいまし、関白様のご寝所へ、お連れなすって下さいまし、男の肌、男の匂い、男の力、男の意志こころ、それが欲しゅうござりますと、有仰おっしゃることでござりましょうよ。まあまあ出来るだけご随意に、強情をお張りなさりませ。強情が強ければ強いほど、要求も強くなりましょう。……そうしてお前様の要求が、強まれば強まるほど、関白様は喜ばれますので。……お前様は飛び付いて行きましょう。関白様は引っ抱えましょう。……それから幸福になりますので。はいはい、関白様もお前様も! ……これまで一度の間違いもなく、そうなったのでございますよ。ほんとにこれまで幾十人の娘が、この部屋の中へ入れられて、そうして愛慾の餓鬼となって、飛び出して行ったことでござりましょう。……でもお気の毒でござります。この部屋へ入って出て行って、愛慾を遂げた娘たちは、愛慾を遂げたその後では、九分九厘狂人になりました。一時に遂げた歓楽の力が、その人達を疲労させて、そうさせたのでござりましょう。……たしかお紅べに殿と有仰いましたな、お紅殿遠慮はいりませぬ。ご馳走をお食べなさりませ。風呂へお入りなさりませ、香水をお浴びなさりませ。床へお伏せりなさりませ。そうしてお眠りなさりませ。今夜が過ぎて明日にでもなったら、効験が現われるでござりましょう。……それでは妾わたしは他のお部屋の、他の女の人達を、見廻って来ることにいたしましょう」

六十あまりの老婆である、脂肪肥りに肥っている。胡麻塩の髪の毛、刺のような鼻、おち窪んだ眼、皮肉な口、それが老婆の風采である。

部屋の朦朧とした光に照らされ、妖怪じみて立っている。

その部屋の様の艶妖なことよ! そうして異国じみていることよ!

部屋の一所に浴槽があって、淡黄色の清らかな湯が、滑石の浴槽の縁をあふれて、床へダブダブとこぼれている。その傍らの壁の高所たかみに、銀製の漏斗じょうご型の管があって、そこから香水の霧水沫しぶきが、絶間なく部屋へ吹き出している。が、浴槽は呂宋ルソン織りらしい、男女痴遊の浮模様のある、垂布タピーの向う側にあるところから、ハッキリ見ることは出来なかった。更に部屋の一所に、一人寝の寝台が置いてあった。張られてあるのは天鵞〔糸+戊〕びろうどであって、深紅の色をなしていた。が、尋常の寝台ではなく、一度その中へ寝ようものなら、リズムをもって上下へ動き、寝ている人の愛慾を、自然にそそるように出来ていた。寝部屋の天井に描かれてあるのは、曲線ばかりの模様であった。

…………

そういう連想を見る人の心へ、起こさせるように出来ていた。

が、その部屋もバタビヤ織りらしい、これも深紅の垂布によって、入口を蔽われているがために、ハッキリと見ることは出来なかった。

お紅の坐っている部屋のつくりには、これといって特異なものはなかった。

ただ天井から下っている、珊瑚と鋼玉と爐眼石とで、要所要所を鏤められた、朝顔型のアレジヤ龕が、朝顔型に琥珀色の光を、床の上へ一ぱいに投げていた、それの光に照らされて、幾個いくつかの異国的の食器の類が、各自めいめいの持っている色と形とを、いよいよ美しく見せて居るのが、いちじるしい特色ということが出来る。

尖形のギアマンの水注がある。そうしてその色は紫である。盛られているのは水だろうか? 喇嘛僧らまそう形の薬壺がある。そうしてその色は漆黒である。どのような薬が入っているのであろう? 錫製の椀には獣肉が盛られ、南京産らしい陶器の皿には、野菜と魚肉とが盛られてある。

そういう器類を前にして、坐っているお紅の姿というものは、むごたらしいまでに取り乱していた。髪はほどけて顔へかかり、裾は乱れて脛はぎを現わし、襟はひらけて乳房を見せ、一方の袖が引き千切れて、二の腕があらわに現われている。その腕を烈しく握られたからであろう、一所黒痣が出来ている。

さながら人魚

お紅の心は乱れていた。思い乱れているのである。今日一日の出来事が、夢かのように思われてならない。

――秀次公の使者として、不破小四郎がやって来たこと、聚楽第じゅらくだいへやるまいと北畠一家が、最初はげしく争ったこと、とうとう聚楽第へ連れて来られて、眼を奪うような華やかさと、胆を冷すに足るような、荒淫な夜遊にぶつかったこと、秀次が自分を抱えたこと、それに対して抗ったこと、でもズルズルと引きずられたこと、その時懐刀の落ちたこと……最後に気絶をしたことなど……

「ここはどういう部屋なのであろう?」

お紅は四辺あたりを見廻して見た。

いつか老婆は立ち去ったと見えて部屋には誰もいなかった。

「まるで異国へでも来たようだよ」

見る物が驚きの種であった。

「正気づいた時にはこの部屋にいた。変なお婆さんが何か云った。一言も妾わたしには解わからなかった」

お紅は空腹を感じて来た。人が気絶から醒めた時には、空腹を感じるものである。

「妾に下された食物なのであろう。では妾は遠慮なく食べよう」

で、お紅は手を延ばして、順々に食物を食べて行った。

「ああ妾は咽喉のどが乾いた。水注の水を飲むことにしよう」

で、咽喉を潤うるおした。

しかしお紅は知らなかった。それらの食物や水の中に、愛慾をそそる××質が――麝香じゃこうとか、芫花けんかとか、禹余糧うよりょうとか陽起石ようきせきとか、狗背くはいとか、馬兜鈴ばとれいとか、漏蘆ろろなどというそういう××質が、雑ぜられてあるということを。

ただお紅は飲食をしたため、にわかに体が活々となり、元気づいて来たということと、恍惚うっとりとした甘い気持が、心に湧いたということを、感ずることが出来たまでであった。

「体が汗にぬれている。妾は風呂へ入ることにしよう」

で、お紅は立ち上ったが、念のために部屋の中を見廻してみた。

が、誰も見ていない。

で、そろそろと帯を解いて。一枚々々衣装を脱ぐ、花の蕾が萼から花弁と、――一枚々々、一枚々々と――だんだんほぐれて行くようである。

と、雌蕊が現われた。処女の肉体が一糸も纏わず、白く艶々とむき出されたのである。

余りに清浄であるがために、たとえ誰かが見ていたとしても、何らの邪心さえ起こさなかったであろう。そんなにもお紅の裸体の姿は、清らかで美しいものであった。そうしてお紅のその裸身が、呂宋ルソン織りの垂布タピーを左右にひらいて、浴槽の部屋へ消えた後には、脱ぎ捨られた紅紫の衣装が、散った花のように残されていた。

そうしてその頃にはお紅の裸身は、浴槽の中に埋もれていた。例えることが許されるなら、浴槽の中の緑色の湯は、紺碧をなした潮であり、それに埋もれている裸体のお紅は、若い美しい人魚でもあろうか?

まさしく人魚に相違なかった。乳房から上を、潮から乗り出し、肩の上へ黒髪を懸けいている。快く閉ざした眼の瞼の、上気して薄紅く艶めかしいことは! ポッカリと唇を無心にあけて、前歯の一部分を現わしている。それがやはり艶かしい。

と、お紅は立ち上ったが、浴槽を出ると蹣跚よろめくように、香水管の下まで行って、起立したまま静まった。裸体から滴がしたたり落ちる。裸体を香水の霧が蔽う。斑ふのない大理石の彫像を、繭から出たばかりの生絹が、眼にも入らない細さをもって、十重に二十重に引っ包み、暈しているのではあるまいかと、そんなようにも見え做される。

だがお紅は知らなかった。浴槽の緑の湯の中に、熏陸くんりく、烏薬うやく、水銀郎すいぎんろう等の、××質が入れてあったことを。

そうしてさらに知らなかった。管から吹き出している香水の中に、馬牙硝ばがしょう、大腹子たいふくし、杜仲とちゅうなどの、同じく××的香料が、まぜられてあったということを。

いつまでもお紅は陶然として、香水の霧に巻かれている。

しかしそれから体を拭って、垂布をくぐって前房へ出て、そうしていぜんとして一糸も纏わず、バタビヤ織りの垂布をひらいて、寝部屋の中へよろめき込み、寝台へ体を横仆えて、桃色の薄布を一枚だけ懸けて、ウトウトと眠りに入った頃から、身内の血潮が騒ぎ立ち、…………、…………、追っかけ追っかけ上ぼって行くのを、堪えることが出来なかった。

漁色の動物

「ああ妾わたしはどうしたんだろう? こんな気持になったことは、それこそ産れて初めてだよ」

薄衣うすぎぬの下で身もだえをした。桃色の薄衣が裸休に準じて、蠱惑的の襞を作っている。胸の辺りが果物のように、両個ムッチリ盛り上っていたが、乳房がその下にあるからであった。下腹部の辺りが円錐形に円まるく、その上を蔽うている薄衣の面が、ピンと張り切って弛みのないのは、食物を充分に食べたがために、事実お腹が弾力をもって、張り切っているがためであろう。延ばされた左右の脚の間が、少し開らけていると見える。そこへ掛けられた薄衣の面が、深い窪味をこしらえている。薄衣は咽喉までかかっていたが、その薄衣から抽ぬきでたところの、顔の表情というものは、形容しがたく艶麗であった。と、その顔を抑えようとしてか、薄衣の縁から両腕を延ばし、肘から湾のように丸く曲げたが、直ぐに掌てのひらで顔を抑えた。と、脇下の可愛らしい窪味が、きわだって黒く見て取れた。

烈しく喘いでいるらしい。胸から胴から下腹部から、延ばされた二本の脚の方へ、蜒うねりのようなものが伝わって行く。のた打っている爬虫類さながらである。

そういうお紅を載せているところの、天鵞〔糸+戊〕びろうど張りの異国風の寝椅子は、先刻さっきから絶間のないリズムをもって、上へ下へと揺れている。

お紅の心へ萌したものは、異性恋しさの心持であった。

その異性の対象は、最初は北畠秋安であった。

「妾わたし…………! 妾を…………!」

で、若々しい健康らしい、秋安の肉体を描いてみた。

「妾はあのお方と約束をした。行末夫婦めおとになりましょうと。……おいで下され! おいで下され! そうして妾を愛撫して下され!」

次第に心が恍惚として来る。全身が鞣めされ麻痺されて来る。処女おとめ心が失われようとする。

「ああ妾には誰でもいい」

不健全で好色で惨忍な、秀次の顔が浮かんで来た。

と、秀次に…………甦って来た。ちっとも穢わしく思われない。ちっとも厭らしく思われない。今は全く反対であった。…………希ねがっていた。

だがその次に浮かんで来たのは、不破小四郎の姿であった。

「今直ぐ妾へ来て下さるなら、……………!」

美しくはあったが上品ではなかった。――そういう不破小四郎の顔が、お紅には上品に見えさえした。

「ああ妾はあの人にだって…………!」

寝台がリズミカルに揺れている。

お紅の全身は汗ばんで来た。呼吸が…………。薄衣の下の肉体が…………。

で、この寝部屋の寝台の上に、…………裸形の女は、決してお紅ではないのであった。単なる漁色的の動物であった。つつましい清浄なお紅という処女は、ほんの少し前に消えたのである。

しかし漁色の動物は、お紅一人ではないのであった。

あの近東の回教国の、密房に則って作ったところの、この奇形な建物の内には、同じような部屋が幾個いくつかあって、その部屋々々には漁色狂の女が、無数に籠められて居るらしい。その証拠には四方八方から、極めて遠々しくはあったけれど、…………を柱へでも投げつけるらしい、物の音などが聞こえてきた。

みだらな唄声なども聞こえてくる。

だがお紅には聞こえなかった。

掻きむしられるような…………が、身心をメラメラと焼き立てる。その…………を消し止めようと、お紅は夢中で争っている。

しかし絶対に勝ち難かった。次第々々に負けて来た。とうとうお紅は打ちのめされた。

「妾は…………! 最初に来た人へ!」

桃色の薄衣を退のけようとする。そうしてお紅は立ち上ろうとした。そうしてお紅は叫ぼうとした。

「お婆さんお婆さん出して下さい! そうでなかったら連れて来て下さい!」

で、お紅は泣き出した。

で、もし誰か異性の一人が、ここの寝部屋へ入り込んだならば、お紅は…………。…………を失うであろう。

そうして今やそういう異性が、奇形な建物の出入口の前へ、ひそかに姿を現わした。

他ならぬ不破小四郎であった。

出入口の前に扉がある。内部が厳重にとざされている。その前に立った小四郎は、四辺あたりを憚ったひそやかな声で、

「姥はいるか、四塚の姥は!」

こう呼びかけて聞き耳を立てた。

光消えぬ矣簒奪星

と、扉の向こう側から、老婆の声が聞こえてきた。

「四塚の姥はこの妾わたしで。……何かご用でもござりますかな?」

嘲笑っているような声である。

「俺わしはな、小四郎だ、不破小四郎だ」

「お声で大概判わかりますよ。小四郎様でござりましょうとも」

嘲笑っているような声である。

「姥か、お願いだ、扉をあけてくれ」

するといよいよ嘲笑いの声を、四塚の姥は扉の中で立てたが、

「これはこれは何を有仰おっしゃるやら、聚楽第じゅらくだいのお侍でありながら、聚楽第の掟をご存知ないそうな。この密房は男禁制、開けることではござりませぬよ」

「何を、莫迦な、そんなことぐらい、この小四郎が知らないものか。知っていればこそ頼むのだ。是非この扉をあけてくれ。そうしてお紅に逢わせてくれ。……お紅という娘はいるだろうな?」

「ハイハイおいででござりますよ。今頃はねんねでござりましょう。いいご機嫌でな。夢中でな」

「お紅は俺の女なのだよ。それを殿下が横取ったのだよ。いやいや横取ろうとしているのだよ。で、この密房へ入れたのさ。……だがお紅は俺のものだ。渡してくれ、渡してくれ!」

懇願的の声となった。

「あの娘は本当に美いい女だ。聚楽中にもないくらいだ。で、ご愛妾の一人が死んだ。お前も知って居る京極のお方だ。今日まで殿下のご寵愛を、一人占めにして占めていられた方だ、そのお方が懐刀で自害された。お紅の懐中ふところから転び出た刀で、まるでお紅が殺したようなものだ。いや事実殺したのだ。お紅を嫉妬して死んだのだからな。お紅がご愛妾になろうものなら、寵愛を失うと思ったからさ。……そんなにも綺麗なお紅なのだ。俺だって恋しく思うではないか。頼む、あけてくれ、扉をあけてくれ!」

更にそれから誘惑するように。

「が、勿論頼むには、頼むだけのことはするつもりだ……殿下から拝領の生絹をやろう、殿下から拝領の羅紗布をやろう、殿下から拝領の紋唐革をやろう。もしお前が欲しいというなら、刺繍した黒天鵞〔糸+戊〕ビロードをくれてやる。黄金をやろう、背負いきれないほどの黄金を!」

どうやら最後のこの言葉は、四塚の姥をまどわしたらしい。

しばらくの間は黙っていたが、諂うように声をかけた。

「黄金を下さると有仰るので?」

「やるよやるよ、背負いきれないほどやるよ」

「まあまあ左様でござりますか、考えることにいたしましょう。妾はすっかり老い枯ちて居ります。この女部屋の宰領役さえ、わずらわしいものになりました。どうぞ閑静な土地へ参って、安楽なくらしをいたしたいもので。それにはお宝が入用いりますので。……貴郎あなた様がそれを下さるという。有難いことでござりますよ。ではこの扉をあけましょう。ご自身にお入りなさりませ。ご自身に寝部屋へ参られませ」

すぐにカチカチと音がした。どうやら錠でもあけるらしい。

「有難い有難い礼を云うぞ。そうしたら俺はお紅を連れ出し、遠く他国へ行くことにしよう。そうしてそこで一緒に住む」

やがてギーという音がした。

と、扉が一方へあいて、先刻さっき方お紅の部屋に在って、お紅に因果を含めていた、老婆が顔をつき出した。すなわち四塚の姥である。

「お入りなされ」

「もう占しめたぞ!」

だがその時どうしたのであろうか、四塚の姥は、

「あッ」と云ったが、ビ――ンと扉をとじてしまった。

主殿おもやとつながれている廻廊を、一つの人影が辷るように、こっちに近寄って来たからである。

「小四郎!」

「おッ、ご宿老様!」

「不忠者!」

か――ッと一太刀!

悲鳴が起こって骸が斃れた。

幸蔵主こうぞうすが樓上で耳にしたのは、この小四郎の悲鳴なのであった。

「四塚の姥! 扉をあけろ。……うむ、開けたか、顔を出せ。……お紅という娘が居るはずだ。丁寧にあつかって連れて参れ」

「かしこまりましてござります」

密房の扉があけられている。

砂金色の燈火ともしびが隙から射して、廊下を明るく照らしている。

血刀を下げて突っ立っているのは、宿老の木村常陸介であった。

足許に死骸が転がっている。一刀で仕止められた小四郎の死骸で、肩から胸まで割られている。

切口から流れた血が溜まって、廊下へ深紅の敷物でも、一枚厚く敷いたようであった。

「聚楽の乱脈はこの有様だ。とうてい長い生命いのちではあるまい。……頼むは五右衛門ばかりだが……」

懐紙で血刀をゆるゆるとぬぐい、鞘へ納めた木村常陸介は、廻廊の欄干へ体をもたせ、奥庭の木立の頂き越しに、伏見の方の空を見た。

「これは不可いけない、仕損じたらしい」

公孫樹いちょうの大木の真上にあたって、五帝星座がかかっていて、玄中星が輝いていたが、一ツの簒奪星が流星となって、玄中星を横切ろうとした。

が、そこまで届かないうちに、消えてなくなってしまったからである。

「可哀そうに五右衛門は捕らえられたらしい」

一年後の花園の森

こうして一年の日が経った。

その間に起こった事件といえば、聚楽第の主人の秀次が、高野山で自害をしたことであろう。

木村常陸介をはじめとして、家臣妻妾が死んだことであろう。

石川五右衛門が四條河原で、釜茄にされたことであろう。

で、春が巡って来た。花園の森には松の花が咲き、桜の花が散り出した。そうして、麦の畑では、鶉うずらがヒヒ啼きを立てはじめた。

そういう花園の森の中に、三人の男女が坐っていた。香具師こうぐし姿の男女である。一人はその名を梶右衛門と云って、六十を過ごした老人であり、一人はその名を梶太郎と云って、その老人の子であった。二十三歳の若者である。そうしてもう一人は萩野であった。香具師姿の萩野であった。

「若い者同志は若い者同志、話をするのが面白かろう。どれどれ俺は見廻って来よう。……奴らあんまり騒ぎ過ぎるて」

森の奥に大勢の仲間がいて、陽気にはしゃいでいると見えて賑かな喋舌しゃべり声が聞こえていたが、梶右衛門親方は腰をあげると、元気よくそっちへ歩いて行った。

で、軟かい草を敷いて、ここの境地へ残ったのは、梶太郎と萩野と二人だけであった。

昼の日が森へ差し込んでいる。その日に照らされた梶太郎の顔は、流浪の人種の若者などとは、どんなことをしても思われないほどに、上品でもあれば純情でもあった。しかし種族は争われないで、情熱的なところがあった。

じっと萩野を見守っている。烈しい恋の感情が、眼にも口にも漂っている。

梶太郎は事実燃えるがようにも、萩野を恋しているのであった。そうして幾度か打ち明けもした。しかし萩野はそれに対して、ハッキリした返事をしなかった。と云って萩野は衷心において、梶太郎を嫌っていないばかりか、仄かながらも愛していた。とは云えそれよりも一層烈しく、萩野は秋安に恋していた。未練を残していたのである。そうして過ぐる日その本心を、とうとう梶太郎の耳へ入れた。どんなに梶太郎の失望したことか! これが普通の香具師の、兇暴な若者であったならば、自暴自棄の感情の下に、萩野に対して暴力を揮うか、ないしは秋安を殺そうとして、付け狙って姦策を巡らしたであろう。しかし梶太郎は、反対であった。自分の恋を抑え付けて、萩野を故郷へ送り届けて、秋安の手へ渡そうとした。ちょうどその頃香具師の群は、丹波の亀山に居たところから、そこを引き払って一年ぶりに、この京の地へ来たのである。

この花園の森の近くに、秋安の邸はあるのだという。そうして日が暮れて夜が来た時、萩野は香具師の群から別れて、秋安の邸へ行くのだという。――では二人での話し合いは、今が最後と見做さなければならない。

どんなに梶太郎の心持が、暗くて寂しくて悲しいか、云い現わすことさえ出来なかった。

しかし萩野の心持も、同じように寂しく悲しかった。一年前の月の夜に、この森で首をくくろうとして、野宿をしていた梶右衛門のために、あぶないところを助けられて以来このかた、香具師の群の中へ投じて、諸々方々を流浪したが、その間にどれほど梶太郎のために、愛されいたわられ大事がられたことか。云い尽くせないものがあった。その人と別れなければならないのである。同じように寂しく悲しかった。

二人はいつ迄も動かない。

ところで萩野の心の中には、さらに別の不安があった。

「秋安様には薄情な妾わたしを、お許しなすって下さるかしら?――そうしていまだにこの妾を、昔どおりに愛して下さるかしら?」――と云うのが萩野の不安なのであった。

しかるに萩野のそういう不安は、全然別途の趣の下に、以外に解決が付けられることになった。

ああ二組の幸福の夫婦

数人の男女の話し声が、森の一方から聞こえてきたが、次第にこっちへ近寄って来て、間もなく姿を現わした。一人は北畠秋安で引き添うようにして美しい婦人が、――それは他ならぬお紅であったが、侍女を従えて歩いて来た。二人はどう見ても夫婦であった。そうして事実夫婦なのであった。その証拠さえそこにある、侍女が嬰兒うぶこを大切そうに、胸の辺りに抱いている。

話しながらゆるゆると歩いて来る。

「今年も松の花が咲くようになった。思い出の多い松の花だ。この森にも思い出が多い。……あれからあの女はどうしたことやら」

感慨にたえないというように、秋安はしめやかに呟いたが、

「どこぞで幸福にくらして居ればよいが」

「萩野様のことでございますか?」

こうお紅は訊き返したが、

「もうどうやら貴郎あなた様には、怨みも憎しみもなくなられたようで」

「今では幸福をいのるばかりだ。……これもお前のお蔭なのだよ」

「まあまあ何故でござりましょう?」

「お前が俺と一緒になって、俺を幸福にしてくれたからだ」

「もう愛しても居りませぬので?」

「愛するものはお前ばかりだ」

「いいえ、そうしてこの秋秀も」

こう云ってお紅は笑えましそうに、嬰兒の方へ顔を向けた。

「可愛い坊や、可愛い坊や……妾は幸福でござりますよ」

「自分で幸福でいる時には、他人の幸福も願うものだよ。……萩野が幸福であるように」

「可愛らしい香具師さんが居りますのね」

こう云ってお紅が足を止めたので、秋安もふと足を止めた。

そうして萩野へ眼をやったが、萩野はその前から、深く俯向いていたがために、秋安には顔が見られなかった。そうして姿は香具師風である。萩野であることが何で判わかろう。で、ゆるゆると行き過ぎた。

が、お紅は気安そうに、二人の香具師の前まで行った。

「お怒りなすっては困ります。私達は幸福なのでございます。どうぞ貴郎あなた方ご夫婦にも、祝っていただきたいと存じます。粗末な物ではござりますが、私達の志でござります。お受け取りなすって下さいまし」

云い云いお紅は簪を抜いたが、萩野の前へそっと出した。

「はい、有難う存じます」

顔を上げた萩野の眼の中に、あふれる涙が光っていた。

「お美しい貴郎様のお志、いつ迄も忘れはいたしませぬ。……幸福におくらし遊ばすよう、おいのり致すでござりましょう」

「貴郎方ご夫婦もお幸福に……」

施しを快く受けられたので、お紅は喜悦を感じたらしい。ちょっと会釈すると身をひるがえして、行き過ぎた秋安の後を追って灌木の裾を向こうへ廻った。

と、じいいっとその後を、萩野は涙の眼で見送ったが、突然梶太郎の膝の上へ、しっかりと、顔を押しあてた。

「ねえ行きましょうよ、遠い他国へ、流浪しましょうよ、二人で一緒に!」

そうして烈しく咽び泣いた。

「…………」

茫然とした若者の梶太郎には、何故そうもにわかに萩野の心が、一変したかが解わからなかった。それは実際解らなかったが、一緒に流浪をしようという、萩野の心は嬉しかった。嬉しい以上に有難かった。

「萩野さん、私はお礼を云うよ。ああ行こう、一緒に行こう。……そうしてお前さんは私のものだ」

「貴郎のものでございますとも! ただ今の若い美しいお方も、祝福をして下さいました。……私達二人を! 夫婦と見做して!」

「私の妻だ!」と抱きかかえた。その梶太郎に抱かれたままで、萩野はうっとりと呟いた。

「あの人達は京都みやこに住む! 賑やかな明るい派手やかな京都に! そうしてそこでお暮らしになる。幸福に、幸福に、幸福に! ……でも私達は林や野や、小さい駅うまやじや宿しゅくで住む! でもちっとも違いはない。幸福にさえ暮らそうとしたら……きっと幸福にくらすことが出来る!」

「わしは今でも幸福だよ、たった今私わしは幸福になった。……しかし、お前には、秋安というお方が……」

「何にも有仰おっしゃって下さいますな。……もう逢ったのでございます。……逢ったも同じなのでございます……」

拭くに由無い満眼の涙! 萩野の眼頭から流れ出たが、頬を伝わって頤まで来た。昔の恋を思い断って、新しい恋に生きようとする、悲しみと喜びの涙なのである。

花園の森は昼の日に明るく、草木と人とを照らしている。その中で桜花が蒸されている。

が、間もなく森の中から、十数人の香具師達が、流浪の人に特有の、軽快な自由な足どりで、笑いさざめきながら現われた。

近江をさして行くらしい。

その先頭に歩いて行くのは、新婿新妻を想わせるところの、梶太郎とそうして萩野であった。

肩と肩とを寄せ合って、つつましやかに歩いて行く。

野には陽炎、小鳥の声々! そうして行手にあるものは、新しい恋と生活とである。

底本 / Source edition

底本:「国枝史郎伝奇全集 巻五」未知谷
1993(平成5)年7月20日初版
初出:「講談倶楽部」
1928(昭和3)年8月
※小見出しの終わりから、行末まで伸びた罫は、入力しませんでした。
入力:阿和泉拓
校正:湯地光弘
2005年6月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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TEI
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書誌 / Bibliography
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国枝 史郎「血ぬられた懐刀」(新字新仮名)、底本『国枝史郎伝奇全集 巻五』未知谷、1993年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 043748_000255, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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