Soranoha

青空同人印象記(大正十五年六月号)

あおぞらどうじんいんしょうき(たいしょうじゅうごねんろくがつごう)

梶井 基次郎

忽那に就て

忽那はクツナと讀む。奇妙な名だ。こんな話がある。高等學校では彼も教場を下駄穿きで歩く方だつた。獨逸人の教師が、

「何故下駄で教室へ入るのだ」と或日彼に云つた。

「靴がないのです」

そこでヘルフリツチユ先生が

「道理でナチユールリツヒクツナ」

忽那の生國は伊豫だ。彼は犬神の話を持つてゐる。鬪鷄の話。海上の婚禮の話。おこぜの話。――そんなところから郷土的な「肥料盜人」のやうなものが生れた。

高等學校ではラグビーをやつてゐたことがある。應援團の中にもゐた。それでゐて畫をやる。かなり多方面だ。高等學校でも大學でも獨逸人には「能筆シエーンシユライバー」と云はれる。

情に脆く人なつこい性質とその半面の孤獨――時として彼はまいまいつぶらの樣に蓋を閉ぢてしまふ。

私は彼の印象から龍を畫くことが出來さうだ。然し睛を點じることは忽那よ、それは私一人ではやれないことだ、友情を力にして、二人で睛を點じようではないか。

飯島に就て

寄宿舍の受付には外國からの映畫雜誌が飯島宛に澤山來る。古顏の生徒が勝手に開封して「シヤンだな」など云つて頁をまくる。飯島はそれを一番嫌つた。活動から歸つて來ると、「義侠のらつふるず」といふ風にノートへ役割からシナリオから何から何まで書き入れる、――そんな熱心さだつた。佛文科へ入ることは一等最初から極めてゐた。同室だつた自分は隨分影響をうけた。それが京都で三年、私が遲れて東京へ來てからも、まだ續いてゐた。そして飯島の名は人々の知るところとなつてゐた。小方又星、伊吹武彦、淺野晃、そんな人々と新思潮に據り戲曲をどし〱發表し出した。その人が病氣になつた。確か一昨年の冬だつたと思ふ。それから此方まだ快くならない。

飯島ははつきりした人だ。たくらまない表現がそれを語つてゐるやうに、正直な淡白な人だ。そのなかに自からの含蓄を持つてゐる。

詩を作るやうになつたのはやはり病氣になる前後だつた。高輪の家で君の枕頭ではじめて君の小説は讀んだ。君の制作力は健康な私達を壓倒する位だ。毎日二三頁を書いたとか。大部の未完原稿が此の間屆き、私は驚いた。君は病から病へ苦しみ續けて來た。そして私達の知らない樣な心境に到達したと見える。その間の心の歩みは尊く涙ぐましい。

私は君の學殖に敬意を拂ふ。そして君の素質に大きな期待を持つ。早く快くなつて呉れ。

底本 / Source edition

底本:「梶井基次郎全集 第一卷」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日初版第1刷発行
初出:「青空」
1926(大正15)年6月号
入力:土屋隆
校正:高柳典子
2005年5月5日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/043695_000074/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/043695_000074/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/043695_000074/

梶井 基次郎「青空同人印象記(大正十五年六月号)──『青空』記事」(旧字旧仮名)、底本『梶井基次郎全集 第一卷』筑摩書房、1999年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 043695_000074, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite