Soranoha

アブセンス・オブ・マインド

アブセンス・オブ・マインド

西田 幾多郎

多少のアブセンス・オブ・マインドというのは、誰にもあることである。あるのが普通といってよかろう。しかし私は可なり念入のアブセンス・オブ・マインドをやったことがある。今に思出しても、自分で可笑おかしくなるのである。

それは私がまだ金沢の四高に教師をしていた頃のことである。或日同僚のドイツ人ユンケル氏から晩餐に招かれた。金沢では外国人は多く公園から小立野こだつのへ入る入口の処に住んでいる。外国人といっても僅の数に過ぎないが。私はその頃ちょうど小立野の下に住んでいた。夕方招かれた時刻の少し前に、家を出て、坂を上り、ユンケル氏の宅へ行ったのである。然るにどうしたことか、ユンケル氏の宅から少し隔った、今は名を忘れたが、何でもエスで始まった名の女の宣教師の宅へ入ってしまった。その女宣教師も知った人であり、一、二度も私の家に来たこともある人ではあったのだ。ベルを押し、請ぜられて応接間に入り、暫く待っていた。無論応接間の様子などユンケル氏のそれと似もつかぬのであるが、それでも自分には少しも気がつかなかった、全くユンケル氏の応接間に入っているつもりでいた。その中エスさんが二階から降りて来られた。それでもまだ気付かない。エスさんも自分と同じくユンケル氏の所へ招れて来ているのだと思い込んでいた。それにしてもユンケル氏が出て来ないのを不思議に思い、エスさんに尋ねて見ると、自分は全く家を間違っていたのであった。

昨年の秋、十数年ぶりに金沢へ帰って見た。小立野の高台から見はらす北国の青白い空には変りはないが、何十年昔のこととて、街は大分変っているように思われた。ユンケル氏はその後一高の方へ転任せられ、もう大分前に故人となられた。エスさんも、その後何処に行かれたか。その頃私より少し年上であったと思うが、今も何処かに健かにしておられるか知ら。(昭和十四年一月)

底本 / Source edition

底本:「続思索と体験『続思索と体験』以後」岩波文庫、岩波書店
1980(昭和55)年10月16日第1刷発行
底本の親本:「西田幾多郎全集第十二巻」岩波書店
1950(昭和25)年
初出:「新風土」
1939(昭和14)年1月
入力:nns
校正:土屋隆
2006年3月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/043654_000182/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/043654_000182/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/043654_000182/

西田 幾多郎「アブセンス・オブ・マインド」(新字新仮名)、底本『続思索と体験『続思索と体験』以後』岩波文庫、岩波書店、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 043654_000182, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite