Soranoha

阿片の味

あへんのあじ

南部 修太郎

秦の始皇が不老の藥を求めた話はもうあまりに人口に膾炙してゐるが、この不老とは單に長生きをすると云ふ意味でなしに、老いてなほ色欲の享樂に堪へ得る旺盛な體力を求めるのが根本である事は云ふまでもあるまい。とにかくその色欲の享樂と云ふ點で古來支那人ほど工夫を凝らし頭をひねつた物はないらしい。是は一つはさう云ふ享樂に向く國情のせゐもあらう。一つは體力のせゐもあらう。一つは何にでも徹底的な性情のせゐもあらう。見方によれば支那人は色欲と賭博のために生きてゐると云つても差し支へない。自然都市の到る處に色欲の享樂機關の豐富なのは驚くほどだが、それに伴ふ催欲的な存在物、つまり春本だとか、春藥だとか、催欲目的の酒だとかが非常に多い。そして、世界的な珍味佳肴と云はれる支那料理の如きも、その調理法には催欲のためと云ふ事が念頭に置かれてゐるらしい。

東京や横濱、神戸、大阪などで、私は度々支那料理を食つてみた。そして、そこには純粹の北京料理だとか廣東料理だとか銘打つたのもあつたが、水のせゐか、氣候のせゐか、すべてがどうも多少の日本化を免れてゐない。氣のせゐも恐らくあらうが、本場のとはどこか違つた感じがする。それに甚だをかしい告白だが本場の北京、天津、上海、杭州、乃至は奉天などで支那料理を食つたその晩やその翌日なりは、私は、いつもとなく色欲の興奮を感じさせられた。或は本場のには日本では使へないやうな何か特別な材料でも使つてあるのかも知れないが、これは日本で支那料理を食つた場合にはそれほどはつきり意識的には來ない。實際北京の正陽樓や小有天あたりで正式な支那料理を食ふなどは、君子人にとつてはちつと險呑な事だと云へぬでもない。

處で、阿片なども支那へ行つて通な人から實際の説明を聞くまでは、普通の煙草と同じやうに吸飮そのことに深い享樂があるのだと想像してゐたが、これも初めの内や極端な中毒状態にはひつてからは別として、適度の吸飮は非常な催欲手段となるらしい。さう云へば、大概の阿片窟には阿片吸飮を世話する若い女がゐること、日本の徳川時代の或る種の風呂屋の湯女の如く無論その正體は賣笑婦なのだ。

その阿片を、私は上海でただ一度生れて初めて吸飮してみた。三ヶ月の支那旅行を終つて、いよいよ明日は日本へ歸ると云ふ前夜、向うで知り合つた二三の友人と別宴を交し可成り醉つてゐた處を例の黄苞車ワンパオツオオでぐるぐる引きまはされたあとなのでどこのどう云ふ處にあつたのか覺えてゐないが、とにかく法租界の暗い裏町にある二流どこの阿片窟だ。勿論それは支那の、而も惡の都上海でも御法度の家で、友人の案内を受けながらまつ暗な狹い路次を曲り曲つてやがてはひつたのが私人の宅らしい感じの二階建、如何にも探偵小説めいてゐるが、外からは燈灯さへ見えないその家のまつ暗な中庭から、扉をあけて進み入るとこれもまつ暗なまるで物置のやうながらんとした部屋なのだ。そしてその一隅にある傾斜の急な階段を手探りに登つて、登りついた二階の廊下の扉を開くと電燈のぱつとした、十疊ほどの長い廣間だ。

『入らつしやい…………』

まあさう云つたことで、壁際の支那風の椅子に腰かけてゐた三四人の若い女が立ち上る。何れも前髮を垂らした、日本なら潰し島田とか云ふ風な玄人特有の髮に結ひ上げて模樣のある黒繻子かなんかの上着に、半ズボンをはき、足には刺繍のある支那靴。まがひ翡翠の耳飾りに金鑛金らしい指輪、大概毒々しいほどに唇を染めてゐる。そして、遣手婆格の、極まつて小肥りに肥つた、慾の深さうな、厚顏に馴れてもう表情の無くなつたとでも云ふやうな婆さんが茶を持つて來たりして、客と女達の間をあつせんするのが常だが、こゝでも無論同樣だつた。

『どう阿片をやつてみませんか?』

友が云つた。

『やつてみませう。』

私はこはごはながら頷いた。

部屋の一端に支那風の四角な寢臺が置いてある。友に教へられて、私はその上に横になつた。すぐ眼の前に豆ランプ、それを間にして同時に女の一人が向ひ合せに横になる。そして、私は女の手振をぢつと眺めてゐる。と、ちよつと形の説明に困るが、大福餅ほどの大きさと形を持つた雁首に火吹竹ほどの柄をつけた阿片吸飮具を左手にとつた女は右手の耳かき樣なもので枕元の小鑵からちやうどにかわを少しゆるめたやうな褐色の半液體をすくひ上げて、雁首の表面の小さな孔の邊へぬすりつける。そして、そのぬすりつけた處を豆ランプの火焔にかざして、柄の一端に唇を當てながら劇しく吸ふ。ぽやつと芳ばしい匂ひが鼻先にくる。女はやがてそれを私に渡して同じやうに吸つてみろと云ふ事を手振口振で示す。無論、私が支那語に全く通じないからだ。

さて、受け取つたのを口に當てて、日本の煙管を吸ふやうな積りで、雁首の孔の處を豆ランプにかざしながら私は三四度ゆつくり吸つてみたと女が駄目だ、もつと激しく吸へとまた手振口振で教へる。これはあとで分つたのだが、ゆつくり吸ふのでは、火焔で煮え立つ半液體が孔をふさいでしまふからなのだ。私は頷いて、ちやうど火吹竹を構へるやうな工合に兩手で柄を握つて、スウツスウツと云ふほどに劇しく吸息を繰り返した。と、なるほど、今度は孔も塞がらずに、煙草樣の煙が口の中へはひつてくる。が、口ではちよつと云へない特種の強い匂ひは持つてゐるが、それはいい葉卷のやうな嬉しい薫りでもなく、また格別舌に觸れて有難い風味を持つてもゐなかつた。煙草にすれば、十本何錢程度の安煙草の格で、吸つてゐて一向うまくも何ともない。そして、女は三四度半液體の塗り直しをやつてくれて、盛に吸ひつづけてみたが、豫想してゐたやうな快い恍惚状態に達しもせずと云つて、更に催欲的にもならなかつた。

『まづいもんですね、阿片なんて…………』

やがて寢臺から起き上つて苦笑しながら、私は女達と雜談に耽つてゐる友の側へ歩いて行つた。

『そりや君、阿片の味がほんとに分るまでには、二月ぐらゐは苦勞しなけりや駄目なんですよ。』

友は笑ひ返しながら云つた。

――一五・五・六――

底本 / Source edition

底本:「文藝市場」文藝市場社
1926(大正15)年6月1日発行
初出:「文藝市場」文藝市場社
1926(大正15)年6月号
※段組の関係で省略されたと考えられる句点は、注記して補いました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:小林 徹
校正:富田倫生
2004年10月18日作成
青空文庫作成ファイル:
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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南部 修太郎「阿片の味」(旧字旧仮名)、底本『文藝市場』文藝市場社、1926年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 043617_000048, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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