一

安政五年九月十日の、<ruby><rb>午</rb><rt>うま</rt></ruby>の刻のことでございますが、老女村岡様にご案内され、新関白<ruby><rb>近衛</rb><rt>このえ</rt></ruby>様の裏門から、ご<ruby><rb>上人</rb><rt>しょうにん</rt></ruby>様がご発足なされました際にも、私はお附き添いしておりました。（と、洛東清水寺<ruby><rb>成就院</rb><rt>じょうじゅいん</rt></ruby>の住職、勤王僧<ruby><rb>月照</rb><rt>げっしょう</rt></ruby>の忠実の<ruby><rb>使僕</rb><rt>しもべ</rt></ruby>、<ruby><rb>大槻</rb><rt>おおつき</rt></ruby>重助は物語った）さて裏門から出て見ますると、その<ruby><rb>門際</rb><rt>もんぎわ</rt></ruby>に顔見知りの、西郷吉之助様（後の隆盛）が立っておられました。

「吉之助様、何分ともよろしく」

「村岡様、大丈夫でごわす」

と、二人のお方は言葉すくなに、そのようにご挨拶なさいました。その間ご上人様にはただ無言で、雲の裏に<ruby><rb>真鍮</rb><rt>しんちゅう</rt></ruby>のような厭な色をして、<ruby><rb>茫</rb><rt>ぼう</rt></ruby>とかかっている月を見上げ、物思いにふけっておられました。でもいよいよお別れとなって、

「ご上人様、おすこやかに」

と、こう村岡様がおっしゃいますと、

「お<ruby><rb>局</rb><rt>つぼね</rt></ruby>様、あなたにもご無事で。……が、あるいは、これが今生の……」

と、たいへん寂しいお言葉つきで、そうご上人様は仰せらました。

行き過ぎてから振り返って見ましたところ、まだ村岡のお<ruby><rb>局</rb><rt>つぼね</rt></ruby>様には、同じところに<ruby><rb>佇</rb><rt>たたず</rt></ruby>んで、こなたを見送っておられました。

それから私たち三人の者は、ご上人様のご懇意の<ruby><rb>檀那</rb><rt>だんな</rt></ruby>で、<ruby><rb>御谷町</rb><rt>おたにまち</rt></ruby>三条上ルに住居しておられる、竹原好兵衛様というお方のお家へ、落ち着きましてございます。

すると有村<ruby><rb>俊斎</rb><rt>しゅんさい</rt></ruby>様が、間もなく訪ねて参られました。

吉之助様と同じように、薩州様のご藩士で、勤王討幕の志士のお一人で、吉之助様の同士なのでございます。

「さて上人の<ruby><rb>扮装</rb><rt>みなり</rt></ruby>だが、何んとやつしたらよかろうのう」

と吉之助様はこうおっしゃって、人並より大きい切れ長の眼を、ご上人様へ据えられました。

すると<ruby><rb>側</rb><rt>わき</rt></ruby>にいた俊斎様が、

「竹の笠に墨染めの<ruby><rb>腰衣</rb><rt>こしごろも</rt></ruby>、乞食坊主にやつしたらどうかな」

と、眉の迫った精悍な顔へ、こともなげの微笑を浮かべながら、そう吉之助様へおっしゃいました。

「それには上人は立派すぎるよ。<ruby><rb>神々</rb><rt>こうごう</rt></ruby>しいほど気高いからのう」

「なるほど、優しくて婦人のようでもあるし」

「高僧の姿そのままで、駕籠に乗って行くが無難じゃろう」

「途中で疑がわれて身分を問われたら？」

「薩摩の出家じゃと申せばよか」

「それにしては言葉がちとな」

「師の坊は幼少より京都におわし、<ruby><rb>故郷</rb><rt>くに</rt></ruby>に帰らねばとこう申せばよか」

「なるほど、上人の<ruby><rb>京訛</rb><rt>きょうなま</rt></ruby>りも、そう云えば疑がいなくなるじゃろう。それでもとやかく申す奴があったら、この有村たたっ切る」

「<ruby><rb>痴言</rb><rt>たわごと</rt></ruby>申すな！」

と吉之助様が、その瞬間に恐ろしいお声で、こう俊斎様を叱咤なされました。

「月照上人は近衛殿から、<ruby><rb>俺</rb><rt>おい</rt></ruby>が<ruby><rb>懇篤</rb><rt>こんとく</rt></ruby>に頼まれたお方じゃ！　それに<ruby><rb>俺</rb><rt>おい</rt></ruby>には義兄弟じゃ！　安全の場所へおかくまいするまでは、上人の身辺で荒々しい所業など、どうあろうと起こしてはならぬ！　それを何んじゃ斬るの突くのと！　もう<ruby><rb>汝</rb><rt>おはん</rt></ruby>の力など借りぬ！　<ruby><rb>俺</rb><rt>おい</rt></ruby>一人で送って行く！　帰れ帰れ、<ruby><rb>汝</rb><rt>おはん</rt></ruby>帰れ！」

力士陣幕に似ているといわれる、肥えた大きなお躰を、いつものんびりと<ruby><rb>寛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>がせて、子供に<ruby><rb>懐</rb><rt>なつ</rt></ruby>かれるような優しいお顔を、たえず<ruby><rb>長閑</rb><rt>のどか</rt></ruby>そうに微笑させておられる、そういう吉之助様ではありましたが、たまたまお怒りになりますると、<ruby><rb>雷</rb><rt>らい</rt></ruby>が落ちたと申しましょうか、<ruby><rb>霹靂</rb><rt>へきれき</rt></ruby>が<ruby><rb>轟</rb><rt>とどろ</rt></ruby>いたと申しましょうか、恐ろしいありさまでございました。

（いったいどうなることだろう？）と、私は小さくなって見ていました。

でも何んともなりませんでした。吉之助様に対しますると、弟のように柔順な俊斎様が、

「これは<ruby><rb>俺</rb><rt>おい</rt></ruby>がよくなかった。軽卒な真似など決してせぬ。帰れといわれて帰られるものではなし、一緒に上人を送らせてくれ」

と、こう<ruby><rb>穏</rb><rt>おだや</rt></ruby>かに詫びましたので、吉之助様の怒りも解け、

「<ruby><rb>俺</rb><rt>おい</rt></ruby>も少し云い過ぎたようじゃ」

と、気の毒そうに云ったからでした。

この間ご上人様は何もおっしゃらず、透きとおるほど白いお顔の色、<ruby><rb>和尚様</rb><rt>おしょうさま</rt></ruby>と申そうよりも、尼君様と申しました方が、いっそう似つかわしく思われるような、端麗<ruby><rb>柔和</rb><rt>にゅうわ</rt></ruby>の上品のお顔へ、微笑をさえも含ませて、争いを聞いておられました。これは吉之助様のご性質や、俊斎様のご性質を、知りきっておられたからでございまして（争いの後には和解が来る）ことを、見抜いておられたからでございます。

ご上人様を上等のお駕籠にのせ、私たち三人がご警護して、竹原様のお<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>を出ました時、東の空は白みはじめ、涼しいよりも少し肌寒い風が、かなり強く吹いておりました。

二

駕籠の前方半町ばかりの先を、俊斎様が警戒して歩き、吉之助様が駕籠<ruby><rb>側</rb><rt>わき</rt></ruby>に附き、私がその後からお従いする――といった順序で歩いて行きました。坊主負いにした風呂敷づつみの荷物を、揺り上げ揺り上げ<ruby><rb>従</rb><rt>つ</rt></ruby>いて行く私の、眠りの足らない眼にも町の辻や角に、捕吏らしい人影の立っているのが見えて、心がヒヤヒヤいたしましたが、眼にとめて駕籠を見送るばかりで、<ruby><rb>誰何</rb><rt>すいか</rt></ruby>するものとてはありませんでした。平然と歩いて行ったからでしょう。

こうしてとうとう京の町を出はずれ、竹田街道へさしかかりました。と先を歩いていた俊斎様が、足早に引っ返して参りまして、

「<ruby><rb>捕吏</rb><rt>いぬ</rt></ruby>らしい奴ばらが十二、三人、向こうの茶屋に<ruby><rb>集</rb><rt>つど</rt></ruby>っておるがな」

と、吉之助様に<ruby><rb>囁</rb><rt>ささや</rt></ruby>きました。

「さよか」と吉之助様はおっしゃいまして、しばらく考えておられましたが、「<ruby><rb>轎夫</rb><rt>かごや</rt></ruby>、この駕籠を茶屋の前で止めろ、人数の真ん中へ<ruby><rb>舁</rb><rt>か</rt></ruby>き据えてくれ」とこのようにおっしゃってでございます。

私も驚きましてございますが、俊斎様も驚いた様子で、首を一方へ<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げましたが、でも何んともおっしゃいませんでした。（西郷どんは大相もない人物、考えがあってやることだろう）と、こう思われたからでございましょう。

茶屋というのは<ruby><rb>立場茶屋</rb><rt>たてばぢゃや</rt></ruby>のことで、町から街道へ出る<ruby><rb>棒端</rb><rt>ぼうはな</rt></ruby>には、たいがいあるものでございます。

そこへ駕籠が据えられました。

と、不意に吉之助様が、

「あんまり早く起こされたので、わッはッはッ、この眠いことはどうじゃ。渋茶なと<ruby><rb>啜</rb><rt>すす</rt></ruby>らんと眼が醒めんわい」

と、大きな声で云われました。

すると<ruby><rb>隙</rb><rt>す</rt></ruby>かさず俊斎様が、

「俺は酒じゃ、<ruby><rb>冷酒</rb><rt>ひやざけ</rt></ruby>じゃ。こいつをキューッとあおらんことには、腹の虫めがおさまらぬげに」

と、これも大声で云われました。

捕吏らしい様子の者が十二、三人と、早立ちの旅人らしい者が五、六人がところ、土間にも<ruby><rb>門口</rb><rt>かどぐち</rt></ruby>にも<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>の外にも、ごちゃごちゃ入り混んでおりまして、茶屋は混雑しておりました。

駕籠は門口へ据えられたのでした。

往来を警戒するかのように、捕吏たちの多くはその門口に、かたまって立っていたのでしたが、その真ん中へ駕籠を据えられ、吉之助様や俊斎様に、そんなような態度に出られましたので、疑惑を起こさなかったばかりでなく、むしろ<ruby><rb>飽気</rb><rt>あっけ</rt></ruby>にとられたような様子で、駕籠から離れてしまいました。

そこで私たち三人の者は、駕籠をその場へ<ruby><rb>舁</rb><rt>か</rt></ruby>き据えたまま、土間の中へはいって行き、上がり<ruby><rb>框</rb><rt>がまち</rt></ruby>へ腰をかけました。

と、この茶屋の娘らしい女が、茶をついだ湯呑みを盆にのせて、人混みの中を分けるようにして、ご上人様の駕籠の方へ歩いて行きかけました。

その時声が聞こえましたっけ。――

「ちょいと娘さん<ruby><rb>妾</rb><rt>わたし</rt></ruby>へおかしよ。……妾の方が近間だよ。……代わってお給仕してあげようじゃアないか」

綺麗な張りのある声でした。

門口に近い柱に<ruby><rb>倚</rb><rt>よ</rt></ruby>って、<ruby><rb>甲斐絹</rb><rt>かいき</rt></ruby>の<ruby><rb>手甲</rb><rt>てっこう</rt></ruby>と<ruby><rb>脚絆</rb><rt>きゃはん</rt></ruby>とをつけ、水色の<ruby><rb>扱</rb><rt>しご</rt></ruby>きで裾をからげた、三十かそれとも二十八、九歳か、それくらいに見える美しい女が、そう云ったのでございます。痩せぎすで<ruby><rb>身丈</rb><rt>せい</rt></ruby>が高く、抜けるほど色が白い、眼は切れ長で<ruby><rb>睫毛</rb><rt>まつげ</rt></ruby>が濃く、気になるほど険があり、鼻も高く肉薄で鋭く、これも<ruby><rb>棘々</rb><rt>とげとげ</rt></ruby>しく思われましたが、口もとなどはふっくりとして優しく、笑うと指の先が沈むほどにも、左右に<ruby><rb>靨</rb><rt>えくぼ</rt></ruby>が出来るという、そういう眼に立つ女でした。

「ではおねがいいたします」

茶屋の娘がこう云い云い、差し出した盆を片手で受け取ると、その女はそれを持って人を分けて、<ruby><rb>門口</rb><rt>かどぐち</rt></ruby>の方へ行きました。

ご上人様の駕籠に近寄ったのでした。

何がなしに不安を感じまして、私はハッといたしましたが、吉之助様も俊斎様も、同じように不安を感じられたと見えて、顔を見合わせましてございます。

といってどうすることも出来ませんので、私たちはじっと見詰めていました。

駕籠へ近寄りますとその女は、何か云ったようでございます。すると駕籠の扉が細目に開いて、ご上人様の手が出ました。湯呑みを取ろうとなされたのでしょう。女の手にしても珍らしいほどの、白い細い柔かい、指の形などのいかにも上品な――とんと形容しようもないほどに、お美しいお手でございました。

と、どうでしょうそのご上人様の手先を、<ruby><rb>甲斐絹</rb><rt>かいき</rt></ruby>の手甲の女の手が、ヒョイと握ったではございませんか。

（あッ）と私が思いましたとたんに、吉之助様が腰を上げました。手を刀の<ruby><rb>柄</rb><rt>つか</rt></ruby>へかけながら。

三

その次に起こった出来事といえば、ご上人様が手を引かれたことと、それについて女が半身を泳がせ、駕籠の扉へもたれかかり、扉の間から顔を差し入れ、ご上人様のお顔を見たらしいことと、その拍子に湯呑みが盆から落ちて、地面へ茶をこぼしたことでした。

吉之助様は門口まで突き進んでいました。

でももうその時にはその女は、湯呑みと盆とを両手に持って、こちらへ引っ返して来ていました。

「とんだ粗相をしたってことさ」

土間へはいると伝法な口調で、でもいくらか恥じらった様子で、こうその女は申しましたっけ。

「<ruby><rb>妾</rb><rt>わたし</rt></ruby>ア湯呑みをひっくりかえしてしまったよ……。お給仕されることには慣れているけれど、することには慣れていないんだねえ。……<ruby><rb>姐</rb><rt>ねえ</rt></ruby>さんあんたから上げておくれよ」

で、わたしはホッといたしまして、胸をなでおろしましてございますが、不意にその時わたしの横手で、

「おいどうだった？」

という男の声が、<ruby><rb>囁</rb><rt>ささや</rt></ruby>くように聞こえましたので、そっとその方へ眼をやって見ました。

四十そこそこらしい旅姿の男が、ご上人様へお茶をあげた例の女の<ruby><rb>側</rb><rt>わき</rt></ruby>に、<ruby><rb>佇</rb><rt>たたず</rt></ruby>んでいるではございませんか。<ruby><rb>合羽</rb><rt>かっぱ</rt></ruby>を着、道中差しを差し、両手を袖に入れている<ruby><rb>恰好</rb><rt>かっこう</rt></ruby>は、博徒か道中師かといいたげで、厭な感じのする男でした。三白眼であるのも不快でした。

「駕籠の中のお方はご婦人だよ」

これが女の返事でした。

ご上人様を京都から抜け出させて、薩摩へ落とすよう計らいましたのは、近衛殿下なのでございます。井伊様がご大老にお成りになられるや、梅田源次郎様や池内大学様や、山本槇太郎様というような、勤王の志士の方々を、追求して捕縛なさいまして、今後も捕縛の手をゆるめそうもなく、そこで以前から勤王僧として、<ruby><rb>公卿</rb><rt>くげ</rt></ruby>と武家との仲を<ruby><rb>斡旋</rb><rt>あっせん</rt></ruby>したり、禁裡様から水戸藩へ下されましたところの、<ruby><rb>密勅</rb><rt>みっちょく</rt></ruby>の写しを手に入れて、吉之助様のお手へお渡しになったりして、国事にご奔走なさいましたところの、ご上人様のご身辺も危険になられました。それを近衛様がご心配あそばされ、吉之助様にお頼みになり、ご上人様をどこへなと安全なところへ、お<ruby><rb>隠匿</rb><rt>かくま</rt></ruby>いなさろうとなされましたので。最初はご上人様の<ruby><rb>知己</rb><rt>みより</rt></ruby>の多い、奈良へでもということでございましたが、意外に捕吏の追求が烈しいので、薩摩へということになったのでございます。

竹田街道の<ruby><rb>立場茶屋</rb><rt>たてばぢゃや</rt></ruby>の変事も、何事もなく済みまして、無事わたしたちは<ruby><rb>伏見</rb><rt>ふしみ</rt></ruby>に着きました。それから船で淀川を下り、夕刻大坂の八<ruby><rb>軒屋</rb><rt>けんや</rt></ruby>に着き、<ruby><rb>上仲仕</rb><rt>かみなかし</rt></ruby>の幸助という男の家へ、ひとまず<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>をとりました。わたしたちが大坂におりましたのは、二十四日まででありましたが、この間に<ruby><rb>鵜飼</rb><rt>うがい</rt></ruby>吉左衛門様や、そのご子息の幸吉様や、<ruby><rb>鷹司</rb><rt>たかつかさ</rt></ruby>家諸太夫の小林<ruby><rb>民部輔</rb><rt>みんぶのすけ</rt></ruby>様や、同家のお侍<ruby><rb>兼田</rb><rt>かねだ</rt></ruby>伊織様などという、勤王の方々が幕府の手により、続々捕縛されまして、ご上人様追捕の手も厳しくなったという、そういう情報がはいりましたので、これはうかうかしてはいられないというので、その夜のうちに薩摩へ向けて立とうと、土佐堀の薩州邸下から小倉船に乗り、漕ぎ出すことにいたしました。一行はご上人様と吉之助様と、俊斎様と私とのほかに、薩州ご藩士の北条右門様との、この五人でございまして、三人のお方が駕籠を警護し、私だけが半町ほど先に立って、あたりの様子をうかがいながら、<ruby><rb>纜</rb><rt>もや</rt></ruby>ってある船の方へ行きました。おりから晴れた星月夜で、河岸の柳が川風に<ruby><rb>靡</rb><rt>なび</rt></ruby>いて、女が裾でも乱しているように、乱れがわしく見えておりましたっけ。と、一<ruby><rb>木</rb><rt>ぼく</rt></ruby>の柳の木の陰から、お<ruby><rb>高祖頭巾</rb><rt>こそずきん</rt></ruby>をかぶった一人の女が、不意に姿をあらわしまして、わたしの方へ歩いてまいりましたが、

「重助さん、ご苦労だねえ」と、こう云ったではありませんか。

わたしはハッとなりドキリとして、早速には言葉も出ませんでした。

「あのお方の手、綺麗だねえ」

「…………」

「綺麗な手のお方をお送りして、重助さん遠くへ行くんでしょう」

「…………」

「だからご苦労と云っているんだよ」

「女ってもの変なものでねえ、男の何んでもない<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちょっと</span>したことに、くたくたになってしまうものさ。たとえばその人の足の<ruby><rb>踵</rb><rt>かかと</rt></ruby>が、桜貝のような色をしていたというので、旦那をすててその人と逃げたり、その人が笑うと糸切り歯の<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby>が、真珠のように<ruby><rb>艶</rb><rt>つや</rt></ruby>めくというので、<ruby><rb>許婚</rb><rt>いいなずけ</rt></ruby>をすててその人と添ったり、おおよそ女ってそんなものだよ。……あの人のお手、綺麗だねえ」

「…………」

「八百八狸も名物だけれど、でも四国にはもっと凄いものが、名物となっている筈だよ。<ruby><rb>犬神</rb><rt>いぬがみ</rt></ruby>だアね、犬神だアね」

「…………」

「でも犬神もこんなご時勢には、ご<ruby><rb>祈祷</rb><rt>きとう</rt></ruby>ばかりしていたんでは食えないのさ……。犬の字通り<ruby><rb>隠密</rb><rt>いぬ</rt></ruby>にだってなるのさ。……取っ付きとさえ云われている犬神、こいつが<ruby><rb>隠密</rb><rt>いぬ</rt></ruby>になったひにゃア、どんな獲物だって逃がしっこはないよ」

四

わたしとその女とは突っ立ったままで、話しているのではありませんでした。わたしが<ruby><rb>河岸</rb><rt>かし</rt></ruby>の方へ歩いて行くので、その女が<ruby><rb>従</rb><rt>つ</rt></ruby>いて来て、そう小声で話しかけるのでした。

「でもねえ」とその女は云いつづけました。「そういう女が裏返ると、かえって力になるものでねえ。……綺麗なあの手に触れてからというもの、わたしは、そうさ、犬神の娘は。……それはそうと、ねえ重助さん、向こうにどんな奴が<ruby><rb>集</rb><rt>たか</rt></ruby>っていたって、船頭の奴らが何を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ごて</span>ようと、心配はいらないからそう思っていておくれ。……それからねえ重助さん、わたしたちのお仲間犬神の者は、四国は<ruby><rb>愚</rb><rt>おろ</rt></ruby>か九州一円に、はびこっているんだから安心しておくれ。福岡にであろうと薩摩にであろうと。……じゃア重助さんさようなら、折りがあったらわたしのことを、手の綺麗なお方へおっしゃっておくれよ。……でも重助さん解ったかしら？　わたしって女誰だかわかって？」

「へい、竹田街道の立場茶屋で。……」

「ああそうさ、あの時の女さ。……では重助さんさようなら」

こういうとその女は私からはなれて、先へ小走って行ってしまいました。

（このことは吉之助様や俊斎様へ、お話した方がよいだろうか？　それとももう少し封じておこうか？）と、思案のきまらない心持ちで、私はノロノロ歩いて行きました。

するとすぐに駕籠に追いつかれました。

距離がはなれていたためか、私とその女とが話していたことが、吉之助様たちには解らなかったらしく、どなたも何んともおっしゃらなかったので、わたしも黙っておりました。

わたしたちは進んで行きました。

すると柳の老木があって、濃い影を地に敷いておりましたが、そこに十数人の人がいて、こっちを<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">じっ</span>と窺っていました。それがどうやら捕吏らしいのです。

「どうしよう？」と俊斎様が囁かれました。

「かまわん」と吉之助様がおっしゃいました。

「船はもう眼の先にある。面倒になったら叩っ切れ」

「斬ってはならんと<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おはん</span>申したが。……」

「時と場合じゃ、今はよか。……斬り払って上人を船に乗せるのじゃ。乗せてしまえばこっちのものじゃ」

「斬りたいの。久しく斬らん」

「そういう心がけで斬ってはよくない」

「フ、フ、フ、なるほどそうか」

捕吏らしい人影の前まで来ました。

にわかにそいつらが動き出し、五、六人が飛び出そうといたしました。

するとさっきの女の声でした。

「妾アお供の<ruby><rb>露払</rb><rt>つゆはら</rt></ruby>いの奴に、たった今謎をかけて確かめてみたのさ。人違いだよ捨てておきな。駕籠の中にいるなア女だよ」

地面に近い二尺ばかりの宙に、小指で朱を<ruby><rb>捺</rb><rt>お</rt></ruby>したような赤い火が、ポッツリ光っておりましたっけ。例の女がしゃがみこんで、<ruby><rb>煙草</rb><rt>たばこ</rt></ruby>を喫っていたんですねえ。

とうとうわたしたちは船の<ruby><rb>纜</rb><rt>もや</rt></ruby>ってある岸まで、無事に着くことが出来ました。

そこでご上人様を駕籠から出し、真っ先に船へ乗せまして、わたしたちもつづいて乗りました。

「上人船へお寝なされ」

そう吉之助様がおっしゃいました。

云われるままにご上人様が、つつましく船底へ横になりますと、吉之助様は自分の羽織を脱がれ、その上へ素早くお着せになり、

「さあ<ruby><rb>船夫</rb><rt>かこ</rt></ruby>いそいで船を出せ」

「駄目ですよ、出せませんねえ」

と、不意に一人の<ruby><rb>船夫</rb><rt>かこ</rt></ruby>が云って、

「なアおいお<ruby><rb>前</rb><rt>めえ</rt></ruby>たちそうじゃアないか」と、仲間の方へ顔を向けました。

するともう一人の若い<ruby><rb>船夫</rb><rt>かこ</rt></ruby>が、

「こんな深夜に坊様を乗せて、船を出すとは縁起が悪い。そうともよ船は出せねえ」と、合槌を打つように云ったものです。

「黙れ」と俊斎様はお怒りになり、鋭いしかし<ruby><rb>窃</rb><rt>ひそ</rt></ruby>めた声で、「ぐずぐず申すとその分には置かんぞ。これ早く船を出せ！」

こうおっしゃって刀の柄へ、もう手をかけておられました。

でも船夫たちはますます図太く、

「へえ、斬るとおっしゃるので。ところがあっしたち斬られませんねえ。水の上ならこっちが得手で、刀を抜いてお斬りになるのが早いか、あっしたちが水へ飛び込むのが早いか、物は<ruby><rb>験</rb><rt>ためし</rt></ruby>だ、やってごらんなせえ」

「水へ飛び込んだらいよいよ得手だ、船なんかすぐにもひっくりかえして見せる」

と、こう口々に云うのでした。

「よか、まアまアそう申すな」

吉之助様は<ruby><rb>穏</rb><rt>おだや</rt></ruby>かに云われて、小粒を三つ四つ<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>から出され、

「これで機嫌を直してくれ、約束の他の当座の酒手じゃ」と、なだめるように申したことです。

五

ところがどうでしょうそうあつかっても、船夫たちは云うことを聞こうとはしないで、

「酒手が欲しくて云っているのではごわせん、<ruby><rb>深夜</rb><rt>よふけ</rt></ruby>に坊さんを乗せるってことが……」

「船に坊主は禁物でしてね」

「それに<ruby><rb>深夜</rb><rt>よふけ</rt></ruby>の坊主と来ては……」

「坊主は縁起が悪いんで」

と、どうしたものかだんだん声高に、坊主坊主とそう叫んで、岸の上の方を見上げるのでした。

さすがの吉之助様もこの様子を見られて、これはいけないと感じられたのでしょう、チラッと俊斎様へ眼くばせをされ、素早く刀の柄へ手をやられましたが、その時岸の上に女の姿があらわれ、

「船頭さん模様変えだよ、その人たちには用はないのさ。早く船を出しておあげ」

と、綺麗な声で云うのが聞こえて来ました。申すまでもなく例の女なのです。ところがどうでしょうそう云われましても、

「<ruby><rb>姐</rb><rt>あね</rt></ruby>ごのせっかくのお言葉ですが、あっしたちゃア姐ごに頼まれたんではなく……」

「藤兵衛の親分さんにご依頼受けたんですからねえ……」

「現在坊主が……」

と口々に云って、<ruby><rb>船夫</rb><rt>かこ</rt></ruby>たちは<ruby><rb>諾</rb><rt>き</rt></ruby>こうとはしないのです。

「お黙り！」と女は癇にさわったような声で、「このお綱がいいと云ってるのだよ、そうさいいから船をお出しって……」

「しかし姐ご、現在坊主が……」

「餓鬼め！」

とたんに女の片手が、髪の辺へ上がりました。

「ギャーッ」

まるで<ruby><rb>獣</rb><rt>けだもの</rt></ruby>の悲鳴でした。

最初から頑強に反対していた船夫の、三十五、六の肥り<ruby><rb>肉</rb><rt>じし</rt></ruby>の奴が、そう悲鳴して顔を抑えましたが、体を<ruby><rb>海老</rb><rt>えび</rt></ruby>のように曲げたかと思うと、<ruby><rb>船縁</rb><rt>ふなべり</rt></ruby>を越して水の中へ真っ逆様に落ち込みました。わたしの見誤りではありません、その男の左の眼から銀の線のようなものが、星の光にキラキラ光って、突き出されているのが見えたことです。小柄かそれとも銀脚の<ruby><rb>簪</rb><rt>かんざし</rt></ruby>か？　いまだにわたしには疑がわしいのですが。

「出せ船を！」

「出さねば<ruby><rb>汝</rb><rt>おのれ</rt></ruby>ら！」

「同じ運命だぞ、命がないぞ！」

見れば吉之助様と俊斎様と、そうして北条右門様とが、抜き身を差しつけ船夫たちを取り巻き、そう叱咜しておられました。

グ――ッと船は中流へ出ました。

<ruby><rb>茅渟海</rb><rt>ちぬのうみ</rt></ruby>の真ん中へ出ました時、ご上人様は一首の和歌をしたため、吉之助様へお目にかけました。

<ruby><rb>難波江</rb><rt>なにはえ</rt></ruby>のあしのさはりは繁くともなほ世のために身をつくしてむ

こういう和歌でございます。<ruby><rb>上</rb><rt>かみ</rt></ruby>は御大老井伊直弼様の圧迫、<ruby><rb>下</rb><rt>しも</rt></ruby>は捕吏だの<ruby><rb>船夫</rb><rt>かこ</rt></ruby>などの迫害、ほんとにご上人様のご一生は、さわりだらけでございました。

さてわたしたちを乗せた小倉船は、八昼夜を海上についやしまして、<ruby><rb>事</rb><rt>こと</rt></ruby>なく<ruby><rb>下関</rb><rt>しものせき</rt></ruby>へ着きましたので、とりあえず薩摩の定宿の、三浦屋というのへ投じました。十月一日の午後のことでございます。その翌日でありましたが、「藩の事情を探らねばならぬ」と、このように吉之助様は仰せられ、薩摩へ向かってご発足なされました。それから幾日か経ちました時に、俊斎様はご上人様を連れられ、竹崎の地へおいでになり、同志の白石正一郎様のお<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に、しばらくご滞在なさいましたが、さらに博多に移りまして、藤井良節様という勤王家のお屋敷へ、お<ruby><rb>隠匿</rb><rt>かくま</rt></ruby>いなさいましてございます。そうしてご自身におかれましては、吉之助様のご返辞の遅いのを案じて、薩摩へ帰って行かれました。

どうでしょうこの頃になりますると、ご上人様追捕の幕府の手が、いよいよ厳しくなりまして、行くところに捕吏らしい者の姿が、充ち充ちておるというありさまであり、その人相書も各地に廻されていて、これを捕えて申し出る者には、恩賞は望みに任すとまでの<ruby><rb>布令</rb><rt>ふれ</rt></ruby>が、発布されておるというありさまなのでございます。それでご上人様におかれましては、博多の地に滞在しておられましても、福岡ご城下の高橋屋正助という、侠商の別荘にひそんだり、<ruby><rb>斗丈翁</rb><rt>とじょうおう</rt></ruby>という有名な俳人の、五<ruby><rb>反麻</rb><rt>たんま</rt></ruby>という地の<ruby><rb>庵室</rb><rt>あんしつ</rt></ruby>へかくれたりして、所在をくらましておられました。

六

さてこの頃のことでございますが、ある日私は五反麻を出、福岡ご城下へ用達しに行きました。そうして夕暮れになりました頃、斗丈様の庵室へ帰ろうと思って、その方へ足を向けまして、ご城下はずれまで参りました。歩きつかれておりましたので、道端の石へ腰を下ろして、しばらくぼんやりしておりましたっけ。この辺は人家もたいへんまばらで、その家々も小さなもので、全体がみすぼらしく眺められましたが、私の眼の前にある家ばかりが、一軒だけ立派で宏壮でした。巡らされてある土塀も<ruby><rb>厳</rb><rt>いか</rt></ruby>めしく、その内側に立っている幾棟かの建物も、やはり厳めしく立派でした。でもそのうちの一棟が、とりわけ高く他の棟から<ruby><rb>抽</rb><rt>ぬき</rt></ruby>んで、しかもその屋根に<ruby><rb>千木</rb><rt>ちぎ</rt></ruby>を立て、<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>めいた造りに出来ているのが、不思議に思われてなりませんでした。それにその屋敷全体が、どうやら無住の空家らしく、雨戸も窓も閉ざされていることも、何か心にかかりました。この日の最後の夕陽の光が、猩々緋のように華やかに、千木の立ててある建物の雨戸にあたって、火の燃えているように見えているのへ、わたしは無心に眼をやりながら、つかれた膝の辺を撫でていました。

「おや？」

とわたしは思わず云いましたっけ。

その雨戸が細目に開いて、そこから手が一本あらわれて、何かを庭へ捨てたようでしたが、すぐにまた引っ込んで、雨戸もすぐにとざされたからです。

（あの屋敷、空家ではなかったのか）この意外さもありましたが、しかしそれよりも雨戸の間から出た、白い細い上品な手――肘の上までも袖がまくれて、二ノ腕の一部をさえあらわした手が、見覚えあるように思われたことが、わたしに「おや」と云わせたのです。

（ご上人様のお手に相違ないんだがなア）

女にもなければ男にもない、何んともいえず綺麗で上品で、<ruby><rb>勿体</rb><rt>もったい</rt></ruby>ないほど優美のご上人様のお手を、たとえ遠くから瞥見したにしろ、わたしとして見違えることがあるものですか。

（あれはたしかにご上人様のお手だ。……でもしかしご上人様があんなところにおられる筈はない）

この疑惑に苦しんで、わたしはしばらく途方にくれていました。と、その時わたしの<ruby><rb>背後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>から、咳をする声が聞こえて来ました。

ふり返って見ますると五十歳ぐらいの、墨染めの<ruby><rb>法衣</rb><rt>ころも</rt></ruby>に黒の頭巾をかむった、気高いような<ruby><rb>尼僧</rb><rt>あま</rt></ruby>様が数珠をつまぐりながら、しずかに歩いておるのでした。

「<ruby><rb>尼僧</rb><rt>あま</rt></ruby>様」とわたしは声をかけました。「突然失礼ではございますが、あれに見えます土塀のかかったお屋敷は、どなた様のお屋敷でございましょうか？」

すると尼僧様はわたしを見、それから屋敷の方へ眼をやりましたが、

「あああのお屋敷でございますか、あれは世間普通のお方とは、<ruby><rb>交際</rb><rt>つきあい</rt></ruby>もしなければ<ruby><rb>交際</rb><rt>つきあ</rt></ruby>ってもくれない、特別の人のお屋敷なのですよ」

と、大変清らかな沈着なお声で、そうお答えくださいました。

「世間普通のお方と<ruby><rb>交際</rb><rt>つきあ</rt></ruby>わない、特別のお方とおっしゃいますのは？」

「それはねえこうなのです。そのお方が何かを欲しいと思って、それを持っている人を見詰めた時、その人がそれを与えればよし、与えない時にはその人の身の上に、恐ろしい災難が落ちて来るという……」

「ああでは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とっつき</span>なのでございますね」

「そう、ある土地では<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とっつき</span>と云い、あるところでは<ruby><rb>犬神</rb><rt>いぬがみ</rt></ruby>ともいいます」

「犬神⁉」とわたしは思わず叫びました。「あの女も犬神だった！」

竹田街道の立場茶屋や、土佐堀の岸で逢った例の女のことを、忽然思い出したからでございます。

「でもあの屋敷はずっと長い間、空家になっているのですよ」

と、そう<ruby><rb>尼僧</rb><rt>あま</rt></ruby>様が云いましたので、わたしは尼僧様の方へ眼をやりました。尼僧様は歩き出しておりました。

「いえ、ところが、雨戸が開いて、たった今綺麗な手が出たのです」と、私は云い云い腰を上げました。

でも尼僧様は何んにも云わないで、わたしのことなど忘れたかのように、少し足早に五反麻の方へ、歩いて行っておしまいになりました。

それでもわたしはなお未練らしく、眼の前の屋敷を見ていました。すると土塀の正面の辺に、頑丈な大門がありまして、その横に<ruby><rb>定式</rb><rt>おきまり</rt></ruby>の<ruby><rb>潜門</rb><rt>くぐり</rt></ruby>がありましたが、その<ruby><rb>潜門</rb><rt>くぐり</rt></ruby>が<ruby><rb>内側</rb><rt>なか</rt></ruby>から開きまして、一人の男が出て来ました。

（やはり空家ではなかったのだな）こう思いながらわたしはその男へ近寄り、

「ちょっと物をおたずねいたします」と、こう声をかけました。

「何んですかい？」とその男は云いましたが、わたしの顔をすかすようにして眺め、変に気味悪く笑いました。

七

その笑った男の顔を見て、わたしはヒヤリといたしました。竹田街道の立場茶屋で、「おいどうだった？」とお綱という女に向かい、声をかけたところの男だったからです。

「何か用ですかい」とその男が云って、もう笑顔を引っ込ませ、怪訝そうに訊きかえしました。

「いいえ……ナーニ……なんでもないんですが……お見受けしましたところあのお屋敷から……」

「あの屋敷がどうかしましたかな？」

「いいえ、ナーニ、何んでもないんですが……空家だと思っておりましたところが、あなた様が<ruby><rb>潜門</rb><rt>くぐり</rt></ruby>から出て来られたので。……それに綺麗な手が見えたりしましたので……」

「綺麗な手？　なんですか<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">そいつ</span>は？」

「<ruby><rb>千木</rb><rt>ちぎ</rt></ruby>の立ててある建物から――建物の二階の雨戸から、綺麗な上品な手が出ましたので……」

「ナニ、千木のたててある建物から、綺麗な上品の手が出たんだって」と、その男はひどく驚いたように云って、その建物を振りかえって眺めましたが、「何を馬鹿らしいそんなことが。……お前さんあそこは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あらたか</span>な所でね、ある一人の女の他は、誰だってはいれねえところなのさ。……はいったが最後天罰が……だが待てよ、そこから手が出た？　とするとあの女の手なんだろうが、<ruby><rb>俺</rb><rt>おい</rt></ruby>らあの女とは今しがたまで、別棟の<ruby><rb>主家</rb><rt>おもや</rt></ruby>で話していたんだ」

後の方はまるで<ruby><rb>独言</rb><rt>ひとりごと</rt></ruby>のように云って、もう一度その男は振りかえって、その建物を眺めましたが、

「馬鹿な、そんなことがあるものか！　……それはそうとオイ重助さん、五反麻の<ruby><rb>生活</rb><rt>くらし</rt></ruby>面白いかね」

「え？」とわたしはギョッとしましたが、「へい……何んでございますか」

「あのお方たっしゃかい」

「え？　へい……あのお方とは？」

「ご上人様のことよ、しらばっくれるない」

「…………」

「アッハッハッ、まあいいや。……おっつけお眼にかかるから」

云いすてるとその男は飛ぶような早さで、町の方へ走って行きました。

道々考えにふけっておりましたので、斗丈様の庵室へ行きついた時には、<ruby><rb>初夜</rb><rt>しょや</rt></ruby>近い時刻になっていました。小門をくぐろうといたしました。

と、どうでしょう手近のところから、<ruby><rb>呼子</rb><rt>よびこ</rt></ruby>の音が聞こえて来たではありませんか。

「おや！」と思わず云いましたっけ。

と、生垣と植え込みとによって、こんもり囲まれている庵室を眼がけて、数十人の人影がどこからともなく現われ、殺到して行くではありませんか。

（捕吏だ！）と私は突嗟に思いました。（ご上人様を捕えに来た捕吏たちだ！）

そう思った私を裏書きするように、

「方々捕吏だ、捕吏でござるぞ！」と叫ぶ、斗丈様の狼狽した声が聞こえて来ました。

それに続いて聞こえて来たのは、戸や障子の仆れる音、捕吏たちの叫ぶ詈り声などで、その捕吏たちが庵室へ駈け上がり、奥の方へ乱入して行く姿なども、影のように見えました。わたしは夢中で走って行きました。

でも庵室の縁の前まで行った時、抜き身を<ruby><rb>揮</rb><rt>ふる</rt></ruby>って喚く北条右門様や、鞘のままの大刀を左手に提げ、右手で捕吏たちを制するようにしている、わたしの見知らない若いお侍さんや、顔色を変えている斗丈様、そういう方々によって警護され、しかし大勢の捕吏たちによって、奥の部屋から引き出されたらしい、ご上人様の<ruby><rb>法衣姿</rb><rt>ころもすがた</rt></ruby>が、勿体なく痛々しく現われて来ました。

（ああとうとうお捕られなされた？）

と、私は眼をクラクラさせ、地面へ膝をついてしまいました。

そういう眩んだわたしの眼にも、ご上人様の片袖を握っている男が、竹田街道の立場茶屋で逢い、そうしてたった今しがた、怪しい屋敷の前で逢ったところの、例の男であることがわかりました。

何んという無礼な男なのでしょう、その男は不意に手をあげて、ご上人様の冠っておられた黒の頭巾を、かなぐりすてたではありませんか。

「あっ」

わたしも驚きましたが、捕吏たちもすっかり胆をつぶし、叫んだり喚いたり詈ったり、座敷から庭へ飛び下りたりしました。

突然笑い声が爆発しました。

右門様が抜き身を頭上で振りまわし、躍り上がりながら笑ったのでした。

「ワッハッハッ、思い知ったか！」

「だから拙者申したのじゃ」と、右門様の笑い声に引きつづき、総髪の<ruby><rb>大髻</rb><rt>おおたぶさ</rt></ruby>に髪を結い、黒の紋附きに白縞袴を穿いた、わたしの見知らないお侍様が<ruby><rb>凛々</rb><rt>りり</rt></ruby>しい重みのある澄んだ声で、そう捕吏たちに云いました。

「人違いじゃ、粗相するなと。……平野次郎<ruby><rb>国臣</rb><rt>くにおみ</rt></ruby>は嘘言は云わぬよ。……月照上人など当庵にはおられぬ。……これなるお方は野村<ruby><rb>望東尼</rb><rt>ぼうとうに</rt></ruby>殿じゃ。……福岡において誰知らぬ者とてはない、女侠にして拙僧の野村望東尼殿じゃ。……和歌の会<ruby><rb>催</rb><rt>もよお</rt></ruby>そうそのために、望東尼殿も拙者も参会したものを、月照上人召し捕るなどと申して、この狼藉は何事じゃ」

内外森然としてしまいました。

おおおおそれにしても何んということなのでしょう、ご上人様と思っていたそのお方は、さっき方怪しい屋敷の前で、わたしが物を訊ねましたところの、尊げな<ruby><rb>尼僧</rb><rt>あま</rt></ruby>様でありましたとは。

八

<ruby><rb>這々</rb><rt>ほうほう</rt></ruby>の態で捕吏たち一同が、斗丈庵から立ち去った後、わたしたちは奥の部屋へ集まりました。野村望東尼様や平野国臣様が、この夜斗丈庵へ参りましたのは、お二人ながら勤王の志士女丈夫なので、同じ勤王家のご上人様を訪ね、国事を論じようためだったそうです。このことはよいといたしまして、わたしたちにとりましてどうにもわからない、一大事件の起こっておりますことを、庵主斗丈様の口から承わり、わたしたちは驚いてしまいました。というのはこの日の昼頃から、ご上人様のお姿が、庵から消えてしまったことなのです。

「庵の内は申すに及ばず、庵の外の心あたりを、くまなくおさがしいたしましたが、どこにもおいでござりませぬ」

こう斗丈様はおっしゃるのでした。

誰もが一言も物を云わず、不安と危惧とを顔に現わし、溜息ばかり<ruby><rb>吐</rb><rt>つ</rt></ruby>いておりました。

とうとうわたしは我慢出来ずに、思っていることを云ってしまいました。

「お城下外れにある犬神の屋敷に、どうやらご上人様は監禁あそばされておると、そんなように思われるのでござります」

――それからわたしは出来るだけ詳しく、例の屋敷の建物の一つから、ご上人様の手だと思われる手が、雨戸の隙から出たということを、四人のお方に申しました。四人のお方は半信半疑、まさかと思われるようなお顔をして、黙って聞いておりましたが、

「ああそれだからあの時重助さんは、あんなことをわたしに訊いたのですね」と、望東尼様が仰せになり、「まさかそのような犬神の屋敷などに、ご上人様がおいでになろうとは思われませぬが、といってここに思案ばかりして、<ruby><rb>無為</rb><rt>むい</rt></ruby>におりますのもいかがなものか。……せっかく重助様がああおっしゃることゆえ、ともかくもそこへ行って探ってみては？」

「それがよろしい」と平野国臣様が、すぐにご賛成なさいました。

「疑がわしきは調べた方がよろしい」

「では拙者も参るとしましょう」こう右門様もおっしゃいました。

斗丈様ばかりを庵へ残し、わたしたち四人が五反麻を立って、犬神の屋敷へ向かったのは、それから間もなくのことであり、<ruby><rb>後夜</rb><rt>ごや</rt></ruby>をすこしく過ごした頃には、屋敷の前に立っていました。

「まず拙者が」と云いながら、北条右門様が土塀を乗り越し、内側から<ruby><rb>潜</rb><rt>くぐ</rt></ruby>り戸をあけましたので、わたしたちは構内へ入り込みました。

「静かに！　……いる、誰かいる。……それも大勢いるらしい」

植え込みの間を分けながら、千木の立っている建物の方へ、わたしたちが数間歩きました時、囁くような声で国臣様は云われ、にわかに足を止められました。

「北条氏、北条氏、貴殿には望東尼様を警護されて、ゆるゆる後からおいでくだされ。……重助おいで、わしと<ruby><rb>先駆</rb><rt>せんく</rt></ruby>じゃ」

そこでわたしは国臣様とご一緒に、先へ進んで行きました。手入れをしないからでありましょう、植え込みは枝葉を林のように繁らせ、雑草は胸まで届くほどにも延び、それが夜露を持ちまして、手や足に触れる気味の悪さは、何んともいいようがありませんでした。

「重助、あぶない、伏せ、地へ伏せ！」

国臣様が小さいお声で、でも叱咜なさるかのように、振りかえってそうわたしにおっしゃいましたのは、十間ほど進んだ時でした。

わたしはすぐに地へ寝ました。

寝たまま見ている私の眼の前を掠めて、二人の男が木蔭から飛び出し、左右から豹のように国臣様を目がけて、組みついて行くのが見てとられました。

つづいてわたしの眼に見えましたのは、飛鳥のように国臣様が飛び退き、瞬間片足を蹴上げたことと、それに急所を蹴られたのでしょう、一人の男が呻き声をあげて、あおのけざまに仆れたことと、しかしもう一人の男の方が、もうその時は国臣様の体へ、<ruby><rb>背後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>からしっかり組みついたことと、でもその次の瞬間に、その男は振りはなされ、振りはなされたとたんに国臣様によって、おそらく<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あて</span>身をくわされたのでしょう、これも呻き声をあげながら、地に仆れたことでした。

「重助来い！」

「へい」

「向こうだ！」

木立のあなた遙かの向こうに、ぽっと火の光が射していましたが、その方へわたしたちは走って行きました。

千木のたててある建物が立っていて、その門の戸があいていて、そこから火の光が射していて、その前に十数人の人影がいて、何やら叫んでおります姿が、わたしたちの眼に見えました。

そうしてそれらの人々の背後に、丘のような<ruby><rb>蘇鉄</rb><rt>そてつ</rt></ruby>の植え込みがあり、その蔭へわたしたちは走り込み、彼らの様子をうかがいましたが、屋内の様子に気をとられていたからか、彼らはわたしたちに気づきませんでした。

九

彼らは捕吏の一部でした。さっきかた斗丈庵へ押しよせて来た、その捕吏の一部でした。そうしてその中に例の男――竹田街道の立場茶屋や、この屋敷の門前で逢い、斗丈庵では望東尼様の頭巾を、かなぐりすてましたところの例の男がいて、それが屋内に呼びかけていました。

「お綱、出て来い！　ヤイ下りて来い！」

でも屋内からは返辞がなく、森閑としておりました。

「来ないか、来なければ俺が行くぞ！」

またその男は叫びました。

しかし依然として屋内からは、何んの返辞もないらしく、森閑としておりました。

「行きな、親分、とり逃がしたら事だ」

「姐ごは心変わりしたんですぜ。……今ではあべこべに敵方で。……ですから親分踏み込んで行って……」

集まっている捕吏の口々から、そういう声々が叫ばれました。

「うむ、そいつは知ってるが、ここは<ruby><rb>迂濶</rb><rt>うかつ</rt></ruby>にはいれない、あらたかなところになっているのだからなあ」

「あらたかもクソもあるものですかい。あっしたちの手入れの先廻りをして、お尋ね者を連れ出して、かくまっている姐ごじゃアありませんか。よしんばそいつが親分の<ruby><rb>情婦</rb><rt>いろ</rt></ruby>にしたところで……」

「そうともよ、見遁がせねえなあ」

「そいつを愚図愚図しているようなら、目明し文吉の兄弟分、三条の藤兵衛とはいわせませんぜ」

「うるせえヤイ！」と藤兵衛という男は、突然怒り声をひびかせましたっけ。「そうまで手前たちにいわれちゃア。……お綱、いよいよ下りて来ねえか、よーしそれじゃアこっちから行く！　……手前たちここに待っていろ、俺ひとりで踏み込んで行くから」

藤兵衛という男の勢い込んで、<ruby><rb>門口</rb><rt>かどぐち</rt></ruby>から屋内へ駆け込んで行く姿が、すぐにわたしたちの眼に映りました。と、その後しばらくの間は、ひっそりとしておりました。でも俄然「わーッ」という声が、門口に群れている藤兵衛の<ruby><rb>乾児</rb><rt>こぶん</rt></ruby>――捕吏たちの間から湧き起こり、つづいて<ruby><rb>蜘蛛</rb><rt>くも</rt></ruby>の子を散らすように、四方へ逃げ出したという意外な出来事が、<ruby><rb>惹起</rb><rt>ひきおこ</rt></ruby>されたではありませんか。

「重助、行こう、さあこの隙に！」

国臣様が走り出しましたので、わたしもついて走りました。

しかし<ruby><rb>千木</rb><rt>ちぎ</rt></ruby>のある建物の、その門口まで走りついた時には、わたしも国臣様も「あッ」と叫び、思わず足を止めてしまいました。

肩から<ruby><rb>捥</rb><rt>も</rt></ruby>ぎ取られた男の片腕が、まだ血を捥げ口から吐きながら、土間にころがっているからです。

「<ruby><rb>怯</rb><rt>おじ</rt></ruby>けるな、行け！」

と国臣様が叫び、はじめてお腰の刀を抜かれ、左の袖で蔽うようにされ、上がり<ruby><rb>框</rb><rt>がまち</rt></ruby>からすぐに二階へ、ゆるい勾配につづいている広い階段を、飛ぶようにお駈け上がりなさいましたので、夢中でわたしも駈け上がりました。階段をあがりきった時でした、笑うとも嘲けるとも<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">たしなめる</span>とも、どうともとれるような不思議な気味の悪い、鬼気を帯びた<ruby><rb>嗄</rb><rt>しわが</rt></ruby>れた女の声で、

「まだ懲りぬか！　ここへ来てはならぬ！」

と、そういうのが聞こえて参りましたが、つづいて何かが投げつけられました。

「…………」声も出されずわたしはへたばってしまいました。肩から捥ぎとられた片腕が、わたしの胸へあたったからです。

へたばったままで顔を上げて、奥の部屋を見た時のわたしの恐怖は！　おお何んと云ったらいいでしょうか！　ともかくもわたしの一生を通じて、忘れられないものでございました。

一匹の巨大な白犬が、人間の男を抱きすくめ、その<ruby><rb>喉笛</rb><rt>のどぶえ</rt></ruby>を食い裂いているのです。

犬神の娘のお綱という女が、<ruby><rb>巫女</rb><rt>みこ</rt></ruby>の着る白い行衣を着、裾まで曳きそうな長い髪を、顔や肩へふり乱し、両腕を捥がれて<ruby><rb>呼吸</rb><rt>いき</rt></ruby>絶えているらしい藤兵衛という男を両手で抱きすくめ――後で聞いたことではございますが、この藤兵衛という目明しは、梅田源次郎様その他の志士を、あらゆる姦策をもって捕えました結果、自分も志士方に惨殺された、有名な京都の目明し文吉、この男の兄弟分でありましたそうで、そうしてお綱の情夫だったそうで、そうしてご上人様を捕えようとして、京都から浪速、九州と、つけ廻して来た男だったそうでございます。――その藤兵衛という男を抱きすくめ、その藤兵衛という男の<ruby><rb>咽喉</rb><rt>のど</rt></ruby>を食い裂いた、血だらけの口、血だらけの顔を、藤兵衛という男の肩ごしに、わたしたちの方へ向けながら、怒りの<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>を光らせている様子は、全く白犬が人間の男を、食い殺しているとそういう以外、いうべき言葉はありませんでした。古び赤茶け、ところどころ破れ、<ruby><rb>腸</rb><rt>わた</rt></ruby>を出している畳の上には、<ruby><rb>蘇枋</rb><rt>すおう</rt></ruby>の樽でも倒したかのように、血溜りが出来ておりました。おお血といえば行衣姿のお綱の、胸から腹から裾の下まで、血で斑紋をなしているのです。血で縞をなしているのです。この凄まじい光景には、さすがの国臣様も怯えましたものか、抜き身を頭上にふりかぶったままで、進みもなさらず退きもなさらず、小刻みに肩を刻んでおられました。でもわたしはこういう際にも、ご上人様はどこにおられるかと、座敷の四方を見廻しました。おおご上人様はおられました。遙かの奥に古び色ざめた、紫の幕が下げてあり、<ruby><rb>金襴縁</rb><rt>きんらんべり</rt></ruby>の<ruby><rb>御簾</rb><rt>みす</rt></ruby>がかけてあり、白木ともいえないほど古びた木口の、神棚が数段設けられてあり、そこに無数の蝋燭が、筆の穂のような焔を立てて、大きな円鏡の<ruby><rb>湖水</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>のような<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を、輝かせながら燃えていましたが、その前の辺に俯伏しになられ、凄まじい惨酷な光景を見まいと、両の袖で顔を蔽われて、月照上人様はおられました。

でもどうしたらそのご上人様を、この恐ろしい犬神の<ruby><rb>祈祷所</rb><rt>きとうしょ</rt></ruby>から、連れ出すことが出来るでしょうか？　ただわたしは<ruby><rb>喘</rb><rt>あえ</rt></ruby>いでばかりおりました。

十

と、その時わたしの横を、しずかにしっかりと通って行く、人の気配を感じました。わたしたちの後から上がって来られた、野村望東尼様でございました。（あッ、あぶない！）とわたしは驚き、声をあげようとしました時には、もう望東尼様はご上人様の<ruby><rb>側</rb><rt>そば</rt></ruby>まで、足を運ばれておりました。何がその次に起こったでしょう？　吠えるような声をあげながら、抱きすくめていた男の死骸を投げ出し、犬神の<ruby><rb>娘</rb><rt>こ</rt></ruby>が猛然と、大切な餌のご上人様を奪い、つれ出そうとする望東尼様に向かって、躍りかかろうといたしました。でもその瞬間に二人の人が――国臣様と北条右門様とが、抜き身をさしつけて立ちふさがりました。

と、訓すような憐れむような、しかし凛々しい望東尼様のお声が、すぐに続いて聞こえて来ました。

「女の心は女が知る、お前様のお心持ち、この望東にはよくわかります。しかし月照上人様は、お前様一人のお方ではござりませぬ。この<ruby><rb>日本</rb><rt>ひのもと</rt></ruby>みんなのお方でござります！」

犬神の娘の<ruby><rb>慟哭</rb><rt>どうこく</rt></ruby>する、犬の悲鳴さながらの声を、千木のたっている建物の、二階の部屋に聞き流して、ご上人様をお守りして、その屋敷から脱け出しましたのは、それから間もなくのことでございました。

<ruby><rb>斗丈庵</rb><rt>とじょうあん</rt></ruby>へ帰られてから、ご上人様はおっしゃいました。

「今日の昼頃奥の座敷にいると、さも悲しそうな女の声で、ひっきりなしにわしを呼ぶのじゃよ。そこでわしは行ったのじゃよ。夢のような心持ちでのう。……はッと人心地のついた時には、あの祈祷所に坐っていたのじゃよ」

「あのお綱という犬神の娘は、何をご上人様になされましたので？」

「ただわしの手をしっかりと握って、撫でたりさすったりしたばかりじゃよ」

「ご上人様には一度雨戸をあけて、お手を出されたようでございますが？」

「あまり撫でられたりさすられたりしたので、手がどうかなりはしないかと思って、あの<ruby><rb>娘</rb><rt>こ</rt></ruby>が<ruby><rb>階下</rb><rt>した</rt></ruby>へ下りて行った隙に、陽にあてて手を見たまでじゃよ」

――考えてみますれば犬神の娘が、犬神の法力でご上人様を、斗丈庵から誘い出したばかりに、斗丈庵で捕吏にとらえられるところを、お助かりなされたのでございます。

でもその後におけるご上人様の、おいたわしいお身の上というものは！　何んと申してよろしいやら、涙あるばかりでございます。

「<ruby><rb>旅衣</rb><rt>たびごろも</rt></ruby>夜寒むをいとへ国のため草の枕の露をはらひて」という、望東尼様の惜別の和歌に送られ、平野国臣様に<ruby><rb>伴</rb><rt>とも</rt></ruby>なわれ、もちろんわたしもお供をし、吉之助様のご消息の遅いのを案じ、薩摩をさしてご上人様が、福岡の地をご出立なさいましたのは、同じ年の十一月一日で、薩摩のお城下に着きましたのは、同月十日でございました。

するとどうでしょう薩摩藩の情勢が、吉之助様たちのご努力にかかわらず、佐幕論に傾きまして、ご上人様を薩摩藩で<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かくまう</span>ことを、<ruby><rb>体</rb><rt>てい</rt></ruby>よく<ruby><rb>拒絶</rb><rt>ことわ</rt></ruby>ったばかりでなく、国境いにおいて斬殺する目的のもとに「東目送り」という陰険きわまる法を、あえて行なうことになりました。

義に厚く情にもろい吉之助様が、なんでご上人様を見殺しにしましょう。その結果が十一月十五日の夜、ご上人様と吉之助様とが、恋人同志のように相擁され、薩摩潟にご投身され、吉之助様は蘇生なされましたが、ご上人様はそのままお<ruby><rb>逝去</rb><rt>なくな</rt></ruby>りなされた、あの悲劇になったのでござります。

「大君のためには何かをしからん薩摩の瀬戸に身は沈むとも」これがご辞世でございます。

でも、おおおお、わたしといたしましては、それもこれも犬神の娘の、狂気じみた恋にひきずられて、はいったが最後恐ろしい運命が、落ち下るという犬神の祈祷所へ、ご上人様がおはいりなされました、その結果ではあるまいか？　……いえいえ、いえそんなことが！

でもやはり私には……。