Soranoha

野路の菊

のじのきく

清水 紫琴

その一

名にしあふ難波の街の金満家、軒を並ぶる今橋筋にもこは一際眼に立ちて、磨き立てたる格子造り美々しき一搆へ、音に名高き鴻の池とは、このお家の事であらうかと、道行く田舎人の眼を欹そばだてぬもなしとかや。標札に金満家てふ銘こそ打つてなけれ、今様風にその肩書を並べなば、何々会社社長何銀行頭取何会社取締役と、三四行には書き切れまじき流行紳商、名さへも金に縁ある淵瀬金三とて、頭の薬鑵と共に、知らぬ人なき五十男、年を問うより世を問へとは、実にこの人の上をいへるにやあらむ。山高帽子いかめしく、黒七子の羽織着流して、ゆつたりと蝋塗の車に乗りたる姿は誰が眼にも、帽子を脱げばかみな月冬枯時もはや近く夕陽照りそふ禿頭、その後頭には置く霜の、白髪あるべき年輩とも、心付くもの稀なりとか。妻はその名をお秋といひて、金三よりは年二つ劣れりとは、戸籍の面に明らかなるものながら、ふけ性にて老人じみ、五ツも六ツも姉様の、出戻りなどしたるがかかり居るにやと、誰誤らぬものなきも道理、金三には別に、お艶といへる妾ありて家事万端とり賄ふなれば、新参の奉公人の、いつもお艶を奥様と思ひ、お秋を御隠居様と呼ぶも、あながちに咎むべき事ならねど、奥様と見誤らるるお艶の嬉しさに引替へ、御隠居様と呼ばるるお秋の心根、推し量らぬものぞなき。されど、慎み深きお秋の、ついぞ角目立ちたる事はなけれど、口さがなき下女下男は、とりどりに噂してお艶にくしといはぬはなけれど、人の事より我が身の上大事がるが世の習ひなれば羽振よきお妾さんに逆らふて、その身の損を招くでもないと、表向きはお艶に媚び諂へど、女部屋でのひそめきは、いつもお艶のよしあし沙汰なり。古参より新参に、新参よりまたそれへそれへと、いひ伝へ聞き伝へて今は誰知らぬものなきお艶の素生、彼は芸名を小艶といひて、もとは南地に左褄とりしものなりとか。芸よりは容貌かほで売れ容貌よりは男たらしの上手にていつも見番に千寿の花の咲かせしものなりしに、年頃物堅かりし金三の、四十二の厄年に祟られてや、七八年前よりはからずお艶に迷ひ出し、女はこれととどめをさされて、家を外なる駄々落遊びを、おとなしきお秋は気にして、それ程御意に入りしものなれば、お落籍ひかせあそばした方がと、家の為夫の為に勧めし詞を渡りに舟と、年にも恥ぢず受け込みて、島の内あたりに妾宅搆へさせ、それにてやつと尻落着きたるものの、落着かぬは妾のお艶にて、彼はその前より俳優の丸三郎といへる情夫があり。それへ金のつぎ込みたさに、お客とりとの評判取りしほどの事、いかで心から金三に身を任すべき。落籍されての後も、危き首尾に丸三郎との逢瀬絶えざりしが、金三の顔次第に広く、身の忙せはしくなるにつけ、妾宅通ひも心に任せねば、本宅へとの命黙し難く、引取られては来しものの、あれのこれのと苦情を付けて、奥様との同居心苦しければ、年に一二度は気保養の為、湯治にも遣つて戴きたし、次にはまた奥様より世間並の召使ひ待遇あしらひこれも前以てお断り申上げたしなど、有らむ限りの我儘述べ立てたるは、本宅へ這入らじとのたくみなりしに、お艶にぞつこんはまり込みたる金三のかかる事聞きても打腹立たず。可愛き子供にあまへられてでもをるかのやうに、あれもよし、これもよしとうなづきて、さすが商業界の利者ききものとも云はるる身が、みんごとお艶に降伏したるは、遼東還附の一条よりもなほかついひ甲斐なき事なりしとのこの条くだりは年久しく仕ふる藤助といふ老僕が、まばらなる歯を喰ひしばりての述懐たり。赤ら顔のお三がその後を継きて、そこでサアお気の毒なはお心よしの奥様、旦那様より仰せ渡しでもあつたものか、妾風情のお艶に御遠慮なされて、いっさい旦那様のお傍へはお寄りなされず。旦那の御用は何もかもお艶でなければ埓明かぬと、覚悟をお定きめなされてか、一にも二にもお艶どのお艶どのとお頼みなされ、御自分は御隠居気取りの引込思案これ程歯痒き事はなし。もしこれが我が身ならばお艶を出すか、自分が出るか、二ツ一ツのはなしをつけても、奥様には金之介様といふお子もある中、なんのなんの御親類方がだまつて見てゐらるる事でなし。とはいへ奥様いとしといふ素振仮りにも色に顕はれては、一日片晌かたときここの家に置かるる事でなし。今日までにこれでしくじつたが幾人いくたりと指折りかくるに、瘠せぎすなお針女はこれを抑へて、こんなことは、奉公人の我等の搆ふた事ではなけれど、腹立たしきはお艶めが、奉公人の咽喉のんどをしめて、旦那に我が世帯持ちよき手柄見せむとて、奥様の万事鷹揚なりしに引替へ、朝は天井の映るやうなお粥に、香のものは三年越の古たくあんばかり、新漬ものはお醤油がいるといふて喰はさせず。なるほどこれ位にしたならば、これこれの雑用が減りましたと、旦那への手柄顔は出来やう、それがまたぞつこん旦那の気に入りて、三味線の外持ちたる事なき身の、釜の下まで気を付くる心遣ひ、嬉しいぞや過分なぞやと、サそこまでは聞かねど、何でもそこらの事であつたと見え、お艶の受けはよくなるばかり、これで末まで通せるものならば、悪い事はせぬが損と、思はずこれも力み返るに、藤助くはへ烟管をポンと叩き、それがサア若旦那も今年はもう十八お艶のさしがねに出た事とは御存知なく、嬉しさうに東京へ、修業に御出でなされたは、はや三年越来年あたりは高等学校とやらへ、御入学も出来るとやら、その上で大学でも御卒業なされて見や、それこそ大したお人にならるるなり。その時こそは奥様もしめたもの、いくらお艶が威張らふとても、若旦那の代になれば訳もなく閉口しやう、そこでこちとらもその時は甘うまいものも喰べさせて戴き、永年辛抱の御褒美に有付くというものよといふを言はさずお針女は進み出で、お前さんは未だ眼が低い、そこらにぬかりのあるお艶ではなし。一人息子の金之介様動きなきお跡取りとは、お艶もチヤンと知つてかかり、己が身寄りのお静さんを、養ひ女むすめとして育ててをるは、何の為ぞと思はるるや、旦那様は御老人、その亡き後はお静さんを、若旦那のお嫁にして、親顔せうとの深いたくらみ、それなればこそまだ十三の小娘のお静さんを、若旦那の夏休みにお帰りなされし時は、一倍も二倍もつくりたて、お茶のお給仕煙草の火、小間使ひにでもさすべき用を、若旦那の事といへば何でもお静さんにいひ付け、今日は堺の大浜、明日は大川の凉みと、下へも置かず若旦那の御機嫌とるは、我等の咽喉しむるお艶の所作とも覚えず。それもこれも我が身の行末を案ずるからの事とは、この私の黒い眼で睨にらんでおいた。お艶の曲事ひがごとはまだこれのみでなし、年に二度の湯治行き、あれをお前さん達は、並の湯治とお思ひかへと、得意顔に説き出せば、藤助ホクホクうなづきて、それやアなんぼ老人の己れだつても勘付かぬ事はなし、病人とも見えぬ身躰の保養三昧旦那のお種宿したき願ひと、口癖のやうにいふてはをれど、忙せわしき旦那の一所に行かれぬを幸ひに須磨の海水、有馬の温泉と、毎年極まつて行くのなれど、薬は水でも湯でもなく白い首ののつぺり男とは、妾宅伝来のお鈴の蔭口、あれも大方近頃手当でも薄らいだのであらふ。この事だけは、一言旦那に申上げたけれど、奥様でさへ口をつぐまるるに、下部しもべ風情の、我等が出しや張る幕でないと、こらへてはをるものの、この間もこの間とて奥様の、お艶の留守を気にせられお艶殿が早う帰つてくれずでは、旦那様のお世話は不行届きがちでお気の毒やと、お艶の居ぬ間はいっそう旦那に気を兼ねらるる様子、まるで初心の嫁御寮が、姑の前へ出るやうなと、己れは見てさへ涙が溢こぼれると老人の一徹に、思はず水涕打ちかめば、お針とお三は一時に吹出し、藤助どのの何事ぞ、当節柄そんな忠義三昧は流行らぬ流行らぬそれよりは鬼の来ぬ間の、洗濯時とは今日この頃の事、お艶どのも、大方須磨で今頃はお楽しみであろ。我等は似合ひのお芋の御馳走、出し合ひで買ふじやないかと、お針の発議はたちどころに成立ちて、藤助爺おやじは使命を帯び、風呂敷片手に立出でたるが、やがては焼芋の砲煙弾雨に、お艶の噂も中止となりしなるべし。

その二

日髪日化粧の昔日に引替へ、今は堅気の奥様風、髪は月六才の定めにて髷は丸髷の外は、品格下るといひて結はず。お妾さんの品格とはどんなものにやと、蔭で舌出す髪結のお吉きちも盆暮の祝儀物、さては芝居のお供に外れじと、喋々しきお世辞にお艶を嬉しがらす奥の手は、いつも丸三郎の噂なり。私が髪結風情ならずば、身上打込んでも大事ない男と、櫛取る手さへ止めて、心底丸三郎贔負のやうに夢中になりてのはなし振り気に叶ひ、さんざん人をたらせし覚あるお艶も、これにはふいと釣込まれて、下女下男よりは吝嗇けちと譏らるる身が、お吉よりは天晴れ切れ離れよきお妾さまと誉められぬ。

四畳半の小坐敷に、本段通二枚敷き列ねて、床の間の花瓶には白菊二三本あつさりと活けたるを右にして、縁側の明るき方に向ひ紫檀の鏡台据ゑさせ、鼠縮緬の坐蒲団の上に立膝したるお艶、今しもお吉が結ひ上げたる髪を合はせ鏡に照らし、小判紙を右の中指なかざしに巻きて襟のあたりを拭ひゐたるが、お吉は例のお世辞よく、煙草吸付けて先づ一ぷくと差出しつ。奥の方を冷やかに見遣りてニヤリと笑ひ、それではあちら様へも伺ひませうかといふは、お秋を指さすなるべし。ハアやはりネー、同じにしないといけないからねとお艶の軽くうなづくを受けて、お吉もまた仰々しくしばしばうなづき、真実にネーお大低じヤアありませんネーと意味あり気にお艶の顔を見る、ここらがお吉の三略なるべし。折から伴働なかばたらきのお鈴は次の間より、太やかなる頸を突出して、アノー大丸が御注文の品を持つて上りましたと申して、前刻からお待ち申してをりますが。アー次へ通しておくれとのお艶の指図に入れ違へて大丸の手代は、早くも次の間へ伺候しつ。見上ぐるばかりの風呂敷包手早く解きて、注文の品々ズラリ並べ立てぬ。如才なきお吉は、あるひは半襟の一ツにでも有り付かむかと、忙しき身の立ちかけたる腰を据ゑて、ヲヤヲヤどうも立派です事ネー。私達はとても大丸さんの、お店へは上がれませぬから、せめてはこなたで眼のお正月をさして戴きませうと。あれよこれよと撰り好むお艶が、手に取るほどのもの、喋々しく誉め立てぬ。お鈴もさすが年若き女のたかねの花とは知りながら、これもその場を去りかねて、お艶の機嫌とりとり品評さだめするにぞ。賑やかなる声はかなたにも漏れてや、お秋の部屋に人形の着もの縫ひゐたるお静の、何事と見に来りしが、見れば取広げたる呉服の数々しなじな、中には我のと覚しき、赤地錦の帯もあり。秋の七草を染め出したる京友仙の美うるわしきは、ちやうど袷になりもやせむ白地博多に太やかなる赤の一本筋は、ちとあつさり過ぎたれど、いづれ心づくしの品ならぬはなし。物心付き初めたるお静は、見るからに好ましく、彼や我がものとしたまふらむ、これはいかにと、お艶の顔と品物とを、七分三分に見競べての物思ひ。なさぬ中とて、さすがこれをとはいひ出でねど、心を配る様子を見てとり、如才なきお吉はにこやかにお静に会釈し。これはこれはお娘様じやうさまの、いつお見上げ、申してもおとなしい。おつつけ若旦那様の御卒業あそばしてお帰りなされむには、あなた様の、いやと仰せられても、御母様の捨置きたまふ事でなし。それはそれは沢山お求めあそばしましように今からその用意にちとおねだりあそばせとや。かかる事いはるるは常なれど、お静は子供心にも恥づかしく、またしてもお吉のそんな事いふものでなしと。ツンと澄まして横を向きたる折ふし、お秋の姿チラと向ふの縁側に見えたるに心付き、オオ伯母様の定めて御覧なさりたかろにと、お艶がお待ちといひたる声は耳にも入らず、足早に馳せゆきて、さも大事件の起こりたるかのやうに、伯母様伯母様アノー大丸が美しきもの、たくさん持つて参りました程に、あなたも御覧あそばしませぬかと我が見たきもの見せて喜ばせむとの子供心嬉しく、お秋は進まぬながら手を携へられて入来りしに、お艶はジロリとそなたを見たるのみ、お吉お鈴さへも無言なり。お秋は何となく気の咎められて、縁側に佇みをりしに、お静は何の気もつかず。伯母様そこでは見えませぬ、こちらへお這入りあそばせと引張るやうにして、お艶と我との間に坐らせ、伯母様これが私には宜しいでしやう、ホラこの間申しました松村さんのお嬢さんのは、ちやうどこんな風なのですよと。思はず手を伸べて、一ツ二ツお秋の方へ引寄せむとするにぞ、お艶はこらへかねて、人知れぬやうにお静の手をピチリとひねり、およしよ、子供が出しや張るものではないと、お秋にあててお静を叱り、更にまた詞をあらためてお秋に向ひ奥様も何か御入用にや、御入用の品あらば私まで仰せ置かれたし。奥様のはおじみな柄、お年寄のはたいてい極まつたものなれば、私が見計らつて、後から鈴に持たせて上げませうにと、いふは敬して遠ざくる算段と早くもその機を見て取りしお吉、俄に空々しき辞儀を施して奥様の何時の間に入らせられしやら、ツイ夢中になつて、拝見致してをりましたので飛んだ失礼を致しました。どれおぐしをお上げ申しませうか、お鈴さん憚りながらおくせ直しのお湯をとの詞をきつかけに、お鈴もまたその意こころを得て、常には軽さうにもあらぬ尻振り立てて行く後姿にくらしく。よくもこれ程いひ合はしたやうに奥様をおもちやにせらるるものと。お秋よりは、大丸の手代眼を団まるうして見送りぬ。跡にはお艶が好みの品々に添へて、価貴きものの一二反は、丸三郎の贈りものとして購はれし事なるべし。(『女学雑誌』一八九六年一〇月二五日)

その三

有為転変の世の習ひ、昨日までは玉楼金殿の裏に住居し貴人さへ、今日は往来の人に道を狭められ車夫にさへ叱り飛ばされ、見るもいぢらしき姿となるがある世に、算盤珠の外れ易き、商業界に身を置きし金三の、流行紳士ともてはやされしも一時。淵は瀬となる世の中に、名詮自称の金三のみ、いかでかはその数に漏るべき。かねてしも財源と頼みてし会社の一朝祝融の怒りに触れて、十年の経営たちどころに灰燼に帰し、百千の株券とみに市場の声価を失ひたるより、いかでこれを恢復せばやと、再興の計画にをさをさ肝胆を砕く折も折。我が名義にて営みし私立銀行の、忙しきままこれまで人任せにしたるが、何事もなかりしに、役員の不始末より破産の不幸に逢ひ、無限責任の悲しさには、債務ことごとく金三の一身に集りぬ。されど金三は年頃の派出やかなる暮しに少なからぬ借財もありて、巨万の富を重ねしと見えしも、その実融通一つにて支へたる身なれば、今かく重なる不幸に逢ひては、資産の全部を、手離さではかなはぬ仕儀となりぬ。その噂早くも伝はりて、債権者の名々、我も我もと先を争ふて責め寄するにぞ、さすが商界の一老将も、力つき謀窮まりて、我が住居さへ保ちかぬる様子を、見て取りし妾のお艶、足もとの明るき内に、辞し去るが上分別と思へるにや。ある日金三の機嫌よき折を見て、今日この頃のお心遣ひ、私の眼にはありありと、そのお窶やつれが見えまする。所詮女の身の力及びませねど、日頃の御恩報じは今日この時、もとの島へ戻り二度の花咲かせむも、それはかへつて旦那様のお顔汚し。それよりは私が下女代はりを致してなりとも、口を減らさせましたい心なれど、馴れぬ水仕事は、奥様もお遣ひあそばすにお骨も折れませう。まだしも慣れた事なれば、もとの土地へ帰りまして、お茶屋でも始めたならば、私の古い馴染もあり、旦那様の御贔負受けたお茶屋も少なからねば、引立ててもくれませう程に。さすれば旦那の、お助けとはならぬまでも、私とお静の二人口に、御心配かけぬだけの事は出来ませう。別に資本のいると申すでもなし座敷の飾り夜の具もの皿小鉢のいくらかを、分けて戴けばそれで済みまする。いかがなものといひ出でたるを、瘠やせても枯れても我わしは淵瀬、そなたの力を借るまでもないと、初めは笑ひて取合はざりしが、お艶が切に請ふて止まざるにぞ、さらばそなたの気の済むやうと、島の内に相応ふさわしき貸家求めさせて望み通り引移らせぬ。お艶は得たりと我が衣類調度は更なり、その外何くれとなく借受けて持運び。始めは本宅へのおとづれ怠らず、金三をもしばしば呼び迎へて快く待遇もてなしそれこれの事指図を仰ぐにぞ、金三もかかる場合ながら、新たに別荘得たる心地して、掛物もこれ、敷物もこれと、追々に本宅のもの持来りて、多くはお艶の方に在るにぞ、お艶の新宅躰裁よく調ひたる頃は、淵瀬の倉庫はいつしか空しく、座敷までも明屋あきやめきぬ。お艶はここらが見切り時と思はぬにはあらねど、とみには冷やかなる気色も見せず。されど居心よきままに、いつまでも金三の入り浸らむには、様付の居候置きたるも同様にて、果てはかくまで謀りたる甲斐なからむと、追々には針を包みたる美うるはしき詞にて、お客商売に殿御は禁物、殊には世上にお顔広き旦那様の、ここに居たまふ事人に知れては出入るお客の、気を置かるるもあるべきに、なるだけ人に、お姿の見えぬやうにしたまへかし、この間も御存知の何某様二階にて大浮かれの最中、旦那様のお声聞こえてより、拇指れこは内にかと俄の大しけこみ、それよりは花々しき騒ぎもなく、そうそうにお帰りなされしより、私も始めて気がつきました。商売大事と思ひ給はば、その御心したまひてよと。いふは正まさしく我を遠ざくる算段と金三は未だ心付かねど、せつかく気保養にと思ふお艶の家に在りても、お艶は多く座敷へ出で、傍らには居らぬがちなるさへ、飽かぬ心地せらるるに、この上一室ひとまに閉籠もりて、影さへ人に見せられじとは、てもさても窮屈なる事と、少しは面白からず思ひしにや、その後は足も自づと遠ざかるを。お艶は結句、よき事にして、強ひては迎へず来ればよき程に待遇もてなせど、以前に変はる不愛想は、逐に金三の眼にもつきて、己れ不埓の婦人おんなめとさすがの金三も怒らぬにはあらねど、流れの身には有りがちの事と、それより後はおとづれもせず。この時にこそ金三も、無明の夢の醒めけらし。

この間に立ちて殊勝にも、いぢらしきはお静にて、これはお艶の養ひ子とはいへ、稚きより淵瀬の本宅に人となり、石女うまずめのお艶の、可愛がるやうにて、怖らしきよりは、万事物和らかに、情け深き本妻お秋の何となく慕はしく、多くはそが傍らに在りしに、お秋もまた遣る方もなき心の憂さを、この無邪気なる少女に慰めむとてか。お静お静と呼寄せての、優しき慈愛身にしみて嬉しく。果ては読み書き、裁ち縫ひの道しるべさへ、お秋より教へられて、おぼろけながら女の道をも弁わきまへつ。我が母なるお艶の、お妾さまといはるる身なるが、情けなく恥づかしという事も分り。せめては金三を父様ととさまと呼ばるるが勿躰なけれど嬉しき事に思ひて、日を送りしに。ゆくゆくは金之介様のお嫁にとの、お艶の心搆へ聞き知りてよりは、身を重んずるといふやうなる心も出来て、お艶よりはお秋を見習ひ、蓮葉ならぬ育ちたのもしかりしに。お艶の方へ引取られてよりは、昨日までもお嬢様と呼ばれし身の。何事ぞ生酔の客に、手を引張らるる事もあり、なまめかしき芸娼妓より、姉さんと親しげに言葉掛けらるるが、身を切らるるより辛く。などて母様の、かかる営業なりはひしたまふらむと、それさへに悲しかりしに。日頃好まざりし三味線一時に浚さらへさせられて、明くる春よりは芸妓に出ねばならぬ身の、その撥の持ち方はと叱られてより。さてはさうかといつそう我が身の上悲しく、いかで父様の、かかる折にも来まさむには芸妓にならで済むやう、母様にもいふて戴かふものと。そぞろに金三の上忍ばれて、お艶に金三の事聞き合はす時あれど。お艶はいつも不興気にて、父様とは往年むかしの事、私をもお前をも、お捨てなされし淵瀬様の事、いつまでも父様といふものでなし。聞けばこの頃それからそれへと引越して、今はいづこに居らるるやら、分らぬといふ人の噂。いづれにこの後よき事はなかるべきに、父様と呼ぶは私はもとより、そなたの為にもならず。それよりはそなたも年頃、今に我が腕一ツにて、善き父様探しあて、可愛がつて貰ふがよいと。果ては笑ひに紛らすを、思ひかねて再び問へば、それ程淵瀬様の恋しくば、そなたの勝手に尋ね行くがよし、味噌漉さげて使ひに遣らるる姿、我は見るのが嫌なれば、その日限り、我とは縁切と思へかしと、それはそれはつれなき詞に。金三の上お秋の上さては東京に在る金之介の上まで、気遣ひは気遣ひながら、どこを尋ねてよきやら分らず。小さき胸にはおきあまる思ひに寐られぬ夜もあるを、情知らずのお艶は、夢にも知らで過ぎけむかし。

その四

ここは大坂の町外れ、上福島村の何番地といふに、近頃引越したる親子あり。あるじは去年脳充血にて世を去りしとの事にて、今は母子二人の淋しき住居。裕ゆたかならぬ、生活くらし向きは、障子の紙の破れにも見え透けど、母なる人の木綿着ながら品格よきと、年若き息子の、尋常ならず母に仕ふるさまは、いづれ由緒よしある人の果てと。淵瀬の以前むかし知らぬ人も気の毒がり、水臭からぬ隣の細君かみさま、お秋が提ぐる手桶の、重さうなるを、助けて運びくるる事もあり。差配の隠居の親切に、何なりとも御用あらばと、いひくるるも嬉しく、泣きて移りし今の住居も、捨て難きまで思ひなりしは、貧に慣れし一徳にやなど、たまには母子おやこの、笑ひ話する事もあり。金之介は学業半途に、呼び戻されて、学校を退きし身の、思はしき口とてはなけれど、世話する人あるを幸ひに、父の没後は土佐堀辺のある私立学校に通ひて、わづかなる俸給に、母子二人の口を糊するを、何よりの事と思ふ身の不運を、心ならぬ事に思へば、いかで今一度青雲の志を遂ぐる楷梯もがなと、精勤更に怠らず、暇あるをりをりは、独学に心を慰むる、若きには似ぬ心掛けの、校長にも知られてやその受けよし。今日は我が方に何か御馳走がある筈なれば、是非に同行して、ゆるゆる話したまへと、深切に勧めらるるを否みかね、母のさぞ待ち詫びたまはむにと思ひながらも、誘はれてそが方に行き、晩餐の饗応ふるまひにあづかりたる後、好める学術の談話に思はず時刻を移し、やうやくに辞し去りたる頃は、はや仲秋望後の月の、大空に輝く時なりけり。

幾度か雪駄直しの手にかかりて繕はれたる靴の、急くほど足痛けれど、携へたる紫メリンスの、風呂敷の中には、校長の注意にて母への土産もあるに、心勇みて玉江橋の中程まで来かかりたる金之介の、足音に驚きてや、橋の欄干に身を寄せたる婦人の、しかも年弱わかく、月の光を受けて面かほの色凄きまで蒼白く美うるはしきが一歩二歩歩み出たり。訝いぶかしとは思ひながら行過ぎたれど、何となく気にかかりて振り向けば、また立止まりてさめざめと泣くさまなり。あまりの不思議にしばしば見帰れば。かなたも気味悪げにこなたを見たるが。しばし何事をか打案ずるさまにて金之介の傍へ駈け寄り、あなたはもしや兄上様、イイエあの淵瀬の若旦那様ではござりませぬかと、問ふに金之介は驚きて、よくよく見れば稚な顔のいたく大人びて、見違へたれど紛ひもなきお静なり。いかにしてかかる辺りに彷徨さまよへるにやと思へど、今は親しからぬ身の左右さうなくは問はず。ただ訝しげにその顔をうちまもるにぞ、お静は涙ぐみながら、言葉せはしくその身のあらましを告げて、年頃の御なつかしさ是非に一度御尋ね申したしとの心、夢の間も忘れませねど、御住居の知れ難さに、今日まで空しく過ぎしなれど、いよいよ来こむ春よりは芸妓に出されむといふ身辛く。いかにもして一度父様に御目にかかり、その御指図をも戴きたしとの願ひ切なる折から、運よくも、昨日髪結のお吉の、福島村あたりに、詫び住居したまふ御様子との事、母様にささやきしを漏れ聞きて。詳しくは分りませねど、よも知れぬ事はあるまじと、大胆にも今日の昼過ぎ、母様にはそちまでと偽りて、福島村まで参り、そこよここよと問合はせましたれど、そんなお方は知りませぬと、いふ人のみにて手がかりなく。尋ねあぐみしその内に、日は暮れ果てて飛ぶ鳥も、塒ねぐらに急ぐ時となり心細さの堪へ難ければ、ひとまづ家に帰らうと、ここまでは参りましたのなれど、思へばかくまで晩おそなはりし身の、何といひ訳したものと、心付いては足も進まず。幾度かこの橋を行き戻りして時を移し。今は帰るに帰られず、いつそこの川へ身を投げむかと、死神に誘はれてゐましたのに。計らずお目にかかつたは、何よりも私の仕合せ。母様の縁に繋がる私の身、不憫とは思し召すまじけれど、これよりお家に伴ひたまひ、是非に父様に逢はしてと。後は涙にかきくれて、しかとは聞き取り難けれど、言の葉末におく露は両の眼に満ち充ちて、月に輝く玉とも見ゆるに、金之介は深く憐れを催して、金三の今はこの世になき人の数に入りしとの事とみに告げかね、いづれにしてもいひ訳なき身の、このままに帰られじとならば、我の送りてお艶に詫びして帰させむは易けれど、さてはいよいよそなたのお艶にや疑はれむ。母様の何と仰せらるるかは知らねど、ともかくもその望みに任すべしとて伴ひしが、やがて二人の影は橋の袂に消え失せぬ。その夜お秋は金之介より、お静の一部始終をききて、零落おちぶれたる今の身の、袖に涙のかかる時は親族知己さへ見離せしに、お静の慕ひ来りし心頼もしく、さまでに父様を慕へるものの、金之介の為悪しからむやうはなし。なまじひなる嫁貰ひて、気兼ねせむよりはと、先の先まで早くも思ひ定めしかど金之介の、これまでさへあるお艶の浮薄、いかでたやすくお静を手離すべき、よしなき事をいひ出でて、断られなば恥の恥、それよりはお静不憫なれど、返すにしかじといふ詞に。心ならずも従ひて、お秋はその翌朝お静に代はりての詫手紙わびじやう持たせお艶の方へ送り返しぬ。

それよりお秋は、お静の事いひ出でては気遣ひしが。一月あまり経ちたる頃ゆくりなくもお静よりの手紙届きぬ。何事と開き見れば。

「急ぎ御願ひ申上候この程より母事俄に病気づき養生かなはず遂に昨夜死去いたし参らせ候今は申上候も涙の種なれどその二三日前より深くこれまでの事後悔いたしなき後は何事も御断り申上候て家財はのこらずあなた様へお返し申上私事は下女になりとも御めし遣ひ下され候やうくれぐれも御願ひ申上よと申しのこし参らせ候それにつけてはゐさい御目もじの上申上たく候まま何事も御ゆるしの上御二方様の内御越いただき候やうくれぐれも願上参らせ候とり急ぎあらあら申上候かしく」

されど金之介は、思ふよしやありけむ。お秋の心もとながりて、我ゆきて見むかといふをも止めつ。ただ人していはせけるやうは、お艶の遺財は、たとひもと父の、彼に与へたまひしものなればとて、我の再びこれを受けむやうはなし。ただお静の、外によるべなければとて、身一つにて我方に来らむは差し支へなし。母上もいとほしきものに思ひたまへれば、いかやうにも世話なし遣はさむにとの事なりしが、その後の事はいかなりゆきけむ。今も上福島村なる淵瀬の住居には、老母ひとり淋しげに留守居して、もの堅き息子の、日毎学校に、通勤するを見るのみなりといへり。

されと岡焼連はいふ。お静は目下同地なるある手芸学校の寄宿舎にあり。これいかで金之介方に嫁入るべき筈ならでやはと。いづれにお静は、色清き世を経るなるべし。(『女学雑誌』一八九六年一二月一〇日)

底本 / Source edition

底本:「紫琴全集 全一巻」草土文化
1983(昭和58)年5月10日第1刷発行
初出:「女学雑誌」
1896(明治29)年10月25日、12月10日
※底本では、文末の日付に添えて『女学雑誌』を示す記号として「*」を用いていますが、『女学雑誌』に直しました。
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:松永正敏
2004年9月20日作成
2005年11月4日修正
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書誌 / Bibliography
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清水 紫琴「野路の菊」(新字旧仮名)、底本『紫琴全集 全一巻』草土文化、1983年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 043519_001146, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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