Soranoha

世界怪談名作集

せかいかいだんめいさくしゅう

キプリング ラデャード

一

悪夢よ、私の安息を乱さないでくれ。

闇の力よ、私を悩まさないでくれ。

印度という国が英国よりも優越している二、三の点のうちで、非常に顔が広くなるということも、その一つである。いやしくも男子である以上、印度のある地方に五年間公務に就いていれば、直接または間接に二、三百人の印度人の文官と、十一、二の中隊や連隊全部の人たちと、いろいろの在野人士の千五百人ぐらいには知られるし、さらに十年間のうちには彼の顔は二倍以上の人たちに知られ、二十年ごろになると印度帝国内の英国人のほとんど全部を知るか、あるいは少なくとも彼らについてなんらかを知るようになり、そうして、どこへ行ってもホテル代を払わずに旅行が出来るようになるであろう。

款待かんたいを受けることを当然と心得ている世界漫遊者も、わたしの記憶しているだけでは、だいぶ遠慮がちになってきてはいるが、それでも今日こんにちなお、諸君が知識階級に属していて、礼儀を知らない無頼ぶらいの徒でないかぎりは、すべての家庭は諸君のために門戸をひらいて、非常に親切に面倒を見てくれるのである。

今から約十五年ほど前に、カマルザのリッケットという男がクマーオンのポルダー家に滞在したことがあったが、ほんの二晩ばかり厄介になるつもりでいたところ、リューマチ性の熱が因もとで六週間もポルダー邸を混乱させ、ポルダーの仕事を中止させ、ポルダーの寝室でほとんど死ぬほどに苦しんだ。ポルダーはまるでリッケットの奴隷にでもなったように尽力してやった上に、今もって毎年リッケットの子供たちに贈り物や玩具おもちゃの箱を送っている。そんなことはどこでもみな同様である。諸君に対して、お前は能なしの驢馬ろばだという考えを、別に隠そうともしないようなあけっ放しの男や、諸君の性格を傷つけたり、諸君の細君の娯楽を思い違いするような女は、かえって諸君が病気にかかったり、または非常な心配事に出逢ったりする場合には、骨身を惜しまずに尽くしてくれるものである。

ドクトル・ヘザーレッグは普通の開業医であるが、内職に自分の家うちに病室を設けていた。彼の友人たちはその設備を評して、もうどうせ癒なおらない患者のための馬小屋だといっていたが、しかし実際暴風雨あらしに逢って難破せんとしている船にとっては適当な避難所であった。印度の気候はしばしば蒸し暑くなる上に、煉瓦づくりの家の数が少ないので、唯一ゆいいちの特典として時間外に働くことを許可されているが、それでもありがたくないことには、時どきに気候に犯されて、ねじれた文章のように頭が変になって倒れる人たちがある。

ヘザーレッグは今まで印度へ来ていたうちでは一番上手な医者ではあるが、彼が患者への指図といえば、「気を鎮めて横になっていなさい」「ゆっくりお歩きなさい」「頭を冷やしなさい」の三つにきまっている。彼にいわせれば、多くの人間はこの世の生存に必要以上の仕事をするから死ぬのだそうである。彼は三年ほど以前に自分が治療したパンセイという患者も、過激な仕事のために生命を失ったのだと主張している。むろん、彼は医者としてそういうふうに断定し得る権利を持っているので、パンセイの頭には亀裂ひびが入って、そこから暗黒世界がほんのわずかばかり沁み込んだために、彼を死に至らしめたのだという私の説を一笑に付ふしている。

「パンセイは故国を長くはなれていたのが原因で死んだのだ」と、彼は言っている。「彼がケイス・ウェッシントン夫人に対して悪人のような振舞いをしようがしまいが、そんなことはどちらでもかまわない。ただ私の注意すべきところは、カタブンデイ植民地の事業がすっかり彼を疲らせてしまった事と、彼が女からきた色じかけのくだらない手紙のことをくよくよしたり、嬉しがったりしたということである。彼はちゃんとマンネリング嬢と婚約が整っていたのに、彼女はそれを破談にしてしまった。そこで、彼は悪寒さむけを感じて熱病にかかるとともに、幽霊が出るなどとつまらない囈語たわことをいうようになった。要するに、過労が彼の病気の原因ともなり、死因ともなったので、可哀そうなものさ。政府に伝達してやりたまえ。一人で二人半の仕事をした男だということを……」

私にはヘザーレッグのこの解釈は信じられない。私はいつもヘザーレッグが往診に呼ばれて外出する時には、よくパンセイのそばに坐っていてやったが、ある時わたしはもう少しで叫び声を立てようとしたことがあった。それから彼は、低いけれども忌いやに落ち着いた声で、自分の寝床の下をいつでも男や女や子供や悪魔の行列が通ると言って、私をぞっとさせた。彼の言葉は熱に浮かされた病人独特の気味の悪いほどの雄弁であった。彼が正気に立ちかえった時、わたしは彼の煩悶はんもんの原因となる事柄の一部始終を書きつらねておけば、彼のこころを軽くするに違いないからと言って聞かせた。実際、小さな子供が悪い言葉を一つ新しく教わると、扉にそれをいたずら書きをするまでは満足ができないものである。これもまた一種の文学である。

執筆中に彼は非常に激昂していた。そうして、彼の執とった人気取りの雑誌張りの文体が、よけい彼の感情をそそった。それから二ヵ月後には、仕事をしても差し支えないとまで医者にいわれ、また人手の少ない委員会の面倒な仕事を手伝ってくれるように切せつに懇望されたにもかかわらず、臨終に際して、自分は悪夢におそわれているということを明言しながら、みずから求めて死んでしまった。わたしは彼が死ぬまでその原稿を密封しておいた。以下は彼の事件の草稿で、一八八五年の日付けになっていた。

私の医者はわたしに休養、転地の必要があると言っている。ところが、私には間もなくこの二つながらを実行することが出来るであろう。――但ただし、わたしの休養とは、英国の伝令兵の声や午砲の音によって破られないところの永遠の安息であり、わたしの転地というのは、どの帰航船もわたしを運んで行くことの出来ないほどに遠いあの世へである。しばらくわたしは今いるところに滞在して、医師にあからさまに反対して、自分の秘密を打ち明けることに決心した。諸君は、おのずと私の病気の性質を精確に理解するとともに、かつて女からこの不幸な世の中に生みつけられた男のうちで、私のように苦しんできた者があるかどうかが、またおのずから分かるであろう。

死刑囚が絞首台にのぼる前に懺悔ざんげをしなければならないように、私もこれから懺悔話をするのであるが、とにかく、私のこの信じ難いほどに忌いまわしい狂乱の物語は、諸君の注意を惹ひくであろう。けれども、私は自分のこの物語が永久に人びとから信じられるとは全然思わない。二ヵ月前には私も、これと同じ物語を大胆にも私に話したその男を、気ちがいか酔いどれのように侮蔑した。そうして、二ヵ月前には私は印度でも一番の仕合わせ者であった。それが今日では、ペシャワーから海岸に至るまでの間に、私よりも不幸な人間はまたとあろうか。

この物語を知っているものは、私の医者と私の二人である。しかも私の医者は、わたしの頭や消化力や視力が病いに冒おかされているために、時どきに固執性の幻想が起こってくるのであると解釈している。幻想、まったくだ! わたしは自分の医者を馬鹿呼ばわりしているが、それでもなお、判で押したように彼は綺麗に赤い頬鬚ほおひげに手入れをして、絶えず微笑をうかべながら、温和な職業的態度で私を見廻って来るので、しまいには私も、おれは恩知らずの、性たちの悪い病人だと恥じるようになった。しかし、これから私が話すことが幻想であるかどうか、諸君に判断していただきたい。

三年前に長い賜暇しか期日が終わったので、グレーヴセントからボンベイへ帰る船中で、ボンベイ地方の士官の妻のアグネス・ケイス・ウェッシントンという女と一緒になったのが、そもそも私の運命――わたしの大きな不運であった。いったい、彼女はどんなふうの女であるかを知るのは、諸君にとってもかなり必要なことであるが、それには航海の終わりごろから彼女とわたしとが、たがいに熱烈な不倫の恋に陥おちたということを知れば、満足がゆかれるだろう。

こんなことは、自分に多少なりとも虚栄心がある間は白状の出来ることではないのであるが、今の私にはそんなものはちっともない。さて、こうした恋愛の場合には、一人があたえ、他の一人が受けいれるというのが常である。ところが、われわれの前兆の悪い馴れそめの第一日から、私はアグネスという女は非常な情熱家で、男まさりで――まあ、しいて言うなら――私よりも純な感情を持っているのを知った。したがってその当時、彼女がわれわれの恋愛をどう思っていたか知らないが、その後、それは二人にとって実に苦にがい、味のないものになってしまった。

その年の春にボンベイに着くと、私たちは別れわかれになった。それから二、三ヵ月はまったく逢わなかったが、わたしの賜暇と彼女の愛とがまたもや二人をシムラに馳はしらせた。そこでその季節シーズンを二人で暮らしたが、その年の終わるころに私のこのくだらない恋愛の火焔ほのおは燃えつくして、悼いたわしい終わりを告げてしまった。私はそれについて別に弁明しようとも思わない。ウェッシントン夫人もわたしのことを諦めて、断念しようとしていた。

一八八二年の八月に、彼女はわたし自身の口から、もう彼女の顔を見るのも、彼女と交際するのも、彼女の声を聞くのさえも飽あきがきてしまったと言うのを聞かされた。百人のうち九十九人の女は、私がかれらに飽きたら、かれらもまた私に飽きるであろうし、百人のうち七十五人までは、他の男と無遠慮に、盛んにいちゃついて、私に復讐するであろう。が、ウェッシントン夫人はまさに百人目の女であった。いかに私が嫌厭けんえんを明言しても、または二度と顔を合わせないように、いかに手ひどい残忍な目に逢わせても、彼女にはなんらの効果がなかった。

「ねえ、ジャック」と、彼女はまるで永遠に繰り返しでもするように、馬鹿みたような声を立てるのであった。「きっとこれは思い違いです。……まったく思い違いです。わたしたちはまたいつか仲のいいお友達になるでしょう。どうぞ私を忘れないでください。わたしのジャック……」

わたしは犯罪者であった。そうして、私はそれを自分でも知っていたので、身から出た錆さびだと思って自分の不幸に黙って忍従し、また明らかに無鉄砲に厭いとってもいた。それはちょうど、一人の男が蜘蛛を半殺しにすると、どうしても踏み潰してしまいたくなる衝動と同じことであった。私はこうした嫌厭の情を胸に抱きながら、そのシーズンは終わった。

あくる年わたしは再びシムラで逢った。――彼女は単調な顔をして、臆病そうに仲直りをしようとしたが、私はもう見るのも忌いやだった。それでも幾たびか私は彼女と二人ぎりで逢わざるを得なかったが、そんなときの彼女の言葉はいつでもまったく同じであった。相も変わらず例の「思い違いをしている」一点ばりの無理な愁歎をして、結局は、「友達になりましょう」と、いまだに執拗に望んでいた。

わたしが注意して観察したら、彼女はこの希望だけで生きていることに気がついたかもしれなかった。彼女は月を経るにつれて血色が悪く、だんだんに痩せていった。少なくとも諸君と私とは、こういった振舞いはよけいに断念させるという点において同感であろうと思う。実際、彼女のすることはさし出がましく、児戯じぎにひとしく、女らしくもなかった。私は、彼女を大いに責めてもいいと思っている。それにもかかわらず、時どきに熱に浮かされたような、眠られない闇の夜などには、自分はだんだんに彼女に好意を持って来たのではないか、というようなことを思い始めた。しかし、それも確かに一つの「幻想」である。私はもう彼女を愛することが出来ないのに、愛するようなふうを続けていることは出来なかった。そんなことが出来るであろうか。第一、そんなことは私たちお互いにとって正しいことではなかった。

去年また私たちは逢った。――前の年と同じ時期である。そうして、前年とおなじように彼女は飽きあきするような歎願をくりかえし、私もまた例のごとくに情すげない返事をした。そうして、古い関係を回復しようとする彼女の努力がいかに間違っているか、またいかに徒労であるかを彼女に考えさせようとした。

シーズンが終わると、私たちは別れた。――言いかえれば、彼女はもうとても私と逢うことは出来ないと覚さとった。というのは、私が他に心を奪われることが出来しゅったいしていたからである。わたしは今、自分の病室で静かにあの当時のことを回想していると、一八八四年のあのシーズンのことどもが異様に明暗入り乱れて、渾沌こんとんたる悪夢のように見えてくる。

――可愛いキッティ・マンネリングのご機嫌とり、わたしの希望、疑惑、恐怖、キッティと二人での遠乗り、身をおののかせながらの恋の告白、彼女の返事、それから時どきに黒と白の法被はっぴを着た苦力クーリーの人力車に乗って、静かに通ってゆく白い顔の幻影、ウェッシントン夫人の手袋をはめた手、それから極めて稀まれではあったが、夫人とわたしと二人ぎりで逢ったときの彼女の歎願のもどかしい単調――。

わたしはキッティ・マンネリングを愛していた。実に心から彼女を愛していた。そうして、私が彼女を愛すれば愛するほど、アグネスに対する嫌厭の念はいよいよ増していった。八月にキッティと私とは婚約を結んだ。その次の日に、私はジャッコのうしろで呪うべき饒舌家の苦力らに逢った時、ちょっとした一時的の憐憫の情に駆られて、ウェッシントン夫人にすべてのことを打ち明けるのをやめてしまったが、彼女はわたしの婚約のことをすでに知っていた。

「ねえ、あなたは婚約をなすったそうですね、ジャック」と言ってから、彼女は息もつかずに、「何もかも思い違いです。まったく思い違いです。いつか私たちはまた元のように仲よしのお友達になるでしょう。ねえ、ジャック」と言った。

わたしの返事は男子すらも畏縮させたに違いなかった。それは鞭むちのひと打ちのように、私の眼前にある瀕死ひんしの女のこころを傷いためた。

「どうぞ私を忘れないでください。ね、ジャック。わたしはあなたを怒らせるつもりではなかったのです。しかし本当に怒らせてしまったのね、本当に……」

そう言ったかと思うと、ウェッシントン夫人はまったく倒れてしまった。わたしは彼女を心静かに家に帰らせるために、そのまま顔をそむけて立ち去ったが、すぐに自分は言い知れぬ下品な卑劣漢であったことを感じた。私はあとを振り返ると、彼女が人力車を引き返さしているのを見た。

そのときの情景と周囲のありさまは私の記憶に焼き付けられてしまった。雨に洗いきよめられた大空(あたかも雨期の終わるころであったので)、濡れて黒ずんだ松、ぬかるみの道、火薬で削り取ったどす黒い崖、こういったものが一つの陰鬱な背景を形づくって、その前に苦力らの黒と白の法被や黄いろい鏡板のついたウェッシントン夫人の人力車と、その内でうなだれている彼女の金髪とがくっきりと浮き出していた。彼女は左手にハンカチーフを持って、人力車の蒲団にもたれながら失神したようになっていた。わたしは自分の馬をサンジョリー貯水場のほとりの抜け道へ向けると、文字通りに馬を飛ばした。

「ジャック!」と、彼女が微かすかにひと声叫んだのを耳にしたような気がしたが、あるいは単なる錯覚かもしれなかった。わたしは馬をとめて、それをたしかめようとはしなかった。それから十分の後、わたしはキッティが馬に乗って来るのに出逢ったので、二人で長いあいだ馬を走らせて、さんざん楽しんでいるうちに、ウェッシントン夫人との会合のことなどはすっかり忘れてしまった。

一週間ののちに、ウェッシントン夫人は死んだ。

二

夫人が死んだので、彼女が存在しているという一種の重荷がわたしの一生から取り除かれた。わたしは非常な幸福感に胸をおどらせながらプレンスワードへ行って、そこで三ヵ月間をおくっているうちに、ウェッシントン夫人のことなどは全然忘れ去った。ただ時どきに彼女の古い手紙を発見して、私たちの過去の関係が自分の頭に浮かんでくるのが不愉快であった。正月のうちにわたしは種しゅじゅの場所に入れておいた私たちの手紙の残りを探し出して、ことごとく焼き捨てた。

その年、すなわち一八八五年の四月の初めには、私はシムラにいた。――ほとんど人のいないシムラで、もう一度キッティと深い恋を語り、また、そぞろ歩きなどをした。私たちは六月の終わりに結婚することに決まっていた。したがって、当時印度における一番の果報者であると自ら公言している際、しかも私のようにキッティを愛している場合、あまり多く口がきけなかったということは、諸君にも納得なっとくできるであろう。

それから十四日間というものは、毎日まいにち空くうに過ごした。それから、私たちのような事情にある人間が誰でもいだくような感情に駆られて、私はキッティのところへ手紙を出して、婚約の指環というものは許嫁いいなずけの娘としてその品格を保つべき有形的の標しるしであるから、その指環の寸法を取るために、すぐにハミルトンの店まで来るようにと言ってやった。実をいうと、婚約の指環などということは極めてつまらないことであるので、私はこのときまで忘れていたのである。そこで、一八八五年の四月十五日に私たちは、ハミルトンの店へ行った。

この点をどうか頭においてもらいたいのだが――たとい医者がどんなに反対なことを言おうとも――その当時のわたしは全くの健康状態であって、均衡を失わない理性と絶対に冷静な心とを持っていた。キッティと私とは一緒にハミルトンの店へはいって、店員がにやにや笑っているのもかまわず、自分でキッティの指の太さを計ってしまった。指環はサファイヤにダイヤが二つはいっていた。わたしたちはそれからコムバーメア橋とペリティの店へゆく坂道を馬に乗って降りて行った。

あらい泥板岩シェールの上を用心ぶかく進んでゆく私の馬のそばで、キッティが笑ったり、おしゃべりをしたりしている折りから――ちょうど平原のうちに、かのシムラが図書閲覧室やペリティの店の露台バルコニーに囲まれながら見えてきた折りから――私はずっと遠くのほうで誰かが私の洗礼名クリスチャンネームを呼んでいるのに気がついた。かつて聞いたことのある声だなと直感したが、さていつどこで聞いたのか、すぐには頭に浮かんでこなかった。ほんのわずかのあいだ、その声は今まで来た小路とコムバーメア橋との間の道いっぱいに響き渡ったので、七、八人の者がこんな乱暴な真似をしているのだと思ったが、結局それは私の名を呼んでいるのではなくて、何か歌を唄っているに相違ないと考えた。

そのとき、たちまちにペリティの店の向う側を黒と白の法被はっぴを着た四人の苦力クーリーが、黄いろい鏡板の安っぽい出来合い物の人力車を挽ひいて来るのに気がついた。そうして、懊悩おうのうと嫌悪けんおの念を持って、わたしは去年のシーズンのことや、ウェッシントン夫人のことを思い出した。

それにしても、彼女はもう死んでしまって、用は済んでいるはずである。なにも黒と白の法被を着た苦力をつれて、白昼の幸福を妨げにこなくてもいいわけではないか。それで私は、まずあの苦力らの雇いぬしが誰であろうと、その人に訴えて、彼女の苦力の着ていた法被を取り替えるように懇願してみようと思った。あるいはまた、わたし自身がかの苦力を雇い入れて、もし必要ならばかれらの法被を買い取ろうと思った。とにかくに、この苦力らの風采がどんなに好ましからぬ記憶の流れを喚起かんきしたかは、とても言葉に言い尽くせないのである。

「キッティ」と、私は叫んだ。「あすこに死んだウェッシントン夫人の苦力がやって来ましたよ。いったい、今の雇いぬしは誰なんでしょうね」

キッティは前のシーズンにウェッシントン夫人とちょっと逢ったことがあって、蒼ざめている彼女については常に好奇心を持っていた。

「なんですって……。どこに……」と、キッティは訊いた。「わたしにはどこにもそんな苦力は見えませんわ」

彼女がこう言った刹那せつな、その馬は荷を積んだ驢馬ろばを避けようとしたはずみに、ちょうどこっちへ進行して来た人力車と真向かいになった。私はあっと声をかける間もないうちに、ここに驚くべきは、彼女とその馬とが苦力の車を突きぬけて通ったことである。苦力も車もその形はみえながら、あたかも稀薄なる空気に過ぎないようであった。

「どうしたというんです」と、キッティは叫んだ、「何をつまらないことを呶鳴どなっているんです。わたしは婚約をしたからといって、別に人間が変わったわけでもないんですよ。驢馬と露台との間にこんなに場所があったのね。あなたはわたしが馬に乗れないとお思いなんでしょう。では、見ていらっしゃい」

強情なキッティはその優美な小さい頭を空中に飛び上がらせながら、音楽堂の方向へ馬を駈けさせた。あとで彼女自身も言っていたが、馬を駈けさせながらも、私があとからついて来るものだとばかり思っていたそうである。ところが、どうしたというのであろう。私はついてゆかなかった。私はまるで気違いか酔っ払いのようになっていたのか、あるいはシムラに悪魔が現われたのか、わたしは自分の馬の手綱を引き締めて、ぐるりと向きを変えると、例の人力車もやはり向きを変えて、コムバーメア橋の左側の欄干に近いところで私のすぐ目の前に立ちふさがった。

「ジャック。私の愛するジャック!」(その時の言葉はたしかにこうであった。それらの言葉は、わたしの耳のそばで呶鳴り立てられたように、わたしの頭に鳴りひびいた。)「何か思い違いしているのです。まったくそうです。どうぞ私を堪忍かんにんしてください、ジャック。そしてまたお友達になりましょう」

人力車の幌ほろがうしろへ落ちると、わたしが夜になると怖がるくせに毎日考えていた死そのもののように、その内にはケイス・ウェッシントン夫人がハンカチーフを片手に持って、金髪の頭かしらを胸のところまで垂れて坐っていた。

どのくらいの間、わたしは身動きもしないでじいっと見つめていたか、自分にも分からなかったが、しまいに馬丁が私の馬の手綱をつかんで、病気ではないかと訊きいたので、ようようわれにかえったのである。私は馬からころげ落ちんばかりに、ほとんど失神したようになってペリティの店へ飛び込んで、シェリー・ブランデイを一杯飲んだ。

店の内には二組か三組の客がカフェーのテーブルをかこんで、その日の出来事を論じていた。この場合、かれらの愚にもつかない話のほうが、私には宗教の慰藉いしゃなどよりも大いなる慰藉になるので、一も二もなくその会話の渦中に投じて、喋しゃべったり、笑ったり、鏡のなかへ死骸のように青くゆがんで映った人の顔にふざけたりしたので、三、四人の男はあきれてわたしの態度をながめていたが、結局、あまりにブランデイを飲み過ぎたせいだろうと思ったらしく、いい加減にあしらって私を除のけ者にしようとしたが、私は動かなかった。なぜといって、そのときの私は、日が暮れて怖くなったので夕飯の仲間へ飛び込んでくる子供のように、自分の仲間が欲しかったからであった。

それから私は、十分間ぐらいも雑談していたに相違なかったが、そのときの私には、その十分間ほどが実に限りもなく長いように思われた。そのうちに、外でわたしを呼んでいるキッティの声がはっきりと聞こえたかと思うと、つづいて彼女が店のなかへはいって来て、わたしが婚約者としての義務をはなはだ怠っているということを婉曲に詰問しようとした。私の目の前には何か得体えたいの知れないものがあって、彼女をさえぎってしまった。

「まあ、ジャック」と、キッティは呶鳴った。「何をしていたんです。どうしたんです。あなたはご病気ですか」

こうなると、嘘を教えられたようなもので、きょうの日光がわたしには少し強過ぎたと答えたが、あいにく今は四月の陰くもった日の午後五時近くであった上に、きょうはほとんど日光を見なかったことに気がついたので、なんとかそれを胡麻化ごまかそうとしたが、キッティはまっかになって外へ出て行ってしまったので、私はほかの連中の微笑に送られながら、悲観のていで彼女のあとについて出た。私はなんといったか忘れてしまったが、どうも気分が悪いからというようなことで、ふた言三言いいわけをした後、独りでもっと乗り廻るというキッティを残して、自分だけは徐しずかに馬をあゆませてホテルに帰った。

自分の部屋に腰をおろして私は、冷静にこの出来事を考えようとした。ここに私という人間がある。それはテオパルド・ジャック・パンセイという男で、一八八五年度の教養のあるベンガル州の文官で、自分では心身ともに健全だと思っている。その私が、しかも婚約者のかたわらで、八ヵ月以前に死んで葬られた一婦人の幻影に悩まされたというのは、実に私としては考え得べからざる事実であった。キッティと私とがハミルトンの店を出たときには、わたしはウェッシントン夫人のことを何事も考えていなかった。ペリティの店の向う側には見渡すかぎり塀があるばかりで、きわめて平平凡凡な場所であった。おまけに白昼で、道には往来の人がいっぱいであった。しかも、そこには常識と自然律とに全然反対に、墓から出た一つの顔が現われたのであった。

キッティのアラビア馬がその人力車を突きぬけて行ってしまったので、誰かウェッシントン夫人に生き写しの婦人が、その人力車と、黒と白の法被を着た苦力を雇ったのであってくれればいいがと思った最初の希望は外はずれた。わたしは幾たびかいろいろに考えを立て直してみたが、結局それは徒労と絶望に終わった。あの声はどうしても妖怪変化の声とは考えられなかった。最初、私はすべてをキッティに打ち明けた上で、その場で彼女に結婚するように哀願して、彼女の抱擁によって人力車の幻影を防ごうと考えた。「畢竟ひっきょう」と、私は自分に反駁はんばくした。

「人力車の幻影などは、人間に怪談的錯覚性があることを説明するに過ぎない。男や女の幽霊を見るということはあり得るかもしれないが、人力車や苦力の幽霊を見るなどという、そんなばかばかしいことがあってたまるものか。まあ、丘に住む人間の幽霊とでもいうのだろう」

次の朝、わたしはきのう午後における自分の常軌を逸した行為を寛恕ゆるしてくれるようにと、キッティのところへ謝罪の手紙を送った。しかも私の女神はまだ怒っていたので、私が自身に出頭して謝罪しなければならない破目はめになった。私はゆうべ徹夜で、自分の失策について考えていたので、消化不良から来た急性の心悸亢進しんきこうしんのためにとんだ失礼をしましたと、まことしやかに弁解したので、キッティのご機嫌も直って、その日の午後に二人はまた馬の轡くつわをならべて外出したが、私の最初の嘘は、やはり二人の心になんとなく溝みぞを作ってしまった。

彼女はしきりにジャッコのまわりを馬で廻りたいと言ったが、私はゆうべ以来まだぼんやりしている頭で、それに弱く反対して、オブザーバトリーの丘か、ジュトーか、ボイルローグング街道を行こうと言い出すと、それがまたキッティの怒りに触れてしまったので、私はこの以上の誤解を招いては大変だと思って、その言うがままにショタ・シムラの方角へむかった。

私たちは道の大部分を歩いて、それから尼寺の下の一マイルばかりは馬をゆるく走らせて、サンジョリー貯水場のほとりの平坦なひとすじ道に出るのが習慣になっていた。ややもすれば質たちの悪い私たちの馬は駈け出そうとするので、坂道の上に近づくと、わたしの心臓の動悸はいよいよ激しくなってきた。この午後から私の心は、ウェッシントン夫人のことで常にいっぱいになっていたので、ジャッコの道の到る所が、その昔ウェッシントン夫人と二人で歩いたり、話したりして通ったことを私に思い出させた。思い出は路ばたの石ころにも満ちている。雨に水量みずかさを増した早瀬も不倫の物語を笑うように流れている。風もわたしの耳のそばで、私たちの不義を大きく囃はやし立てていた。

平地の中央で、男の人たちが婦人の一マイル競走に応援している声が、なんとなく恐ろしい事件が待ち構えているように感じさせた。人力車は一台も見えなかった。――と思うとたんに、八ヵ月と二週間以前に見たものとまったく同一の黒と白の法被を着た四人の苦力と、黄いろい鏡板の人力車と、金髪の女の頭が現われた。その一瞬間、わたしはキッティも私と同じものを見たに相違ないと思った。――なぜならば、私たちは不思議にもすべてのことに共鳴していたからである。しかし、彼女の次の言葉で私はほっとした。

「誰もいないわね。さあ、ジャック。貯水場の建物のところまで二人で競走しましょう」

彼女の小賢こざかしいアラビヤ馬は飛鳥のごとくに駈け出したので、わたしの騎兵用軍馬もすぐに後からつづいた。そうして、この順序で私たちは馬を崖の上に駈け登らせた。すると、五十ヤードばかりの眼前に、例の人力車が現われた。はっと思って私は手綱を引いて、馬をすこしく後ずさりさせると、人力車は道の真ん中に立ちふさがった。しかも今度もまたキッティの馬はその人力車を突きぬけて行ってしまったので、私の馬もそのあとに続いた。「ジャック、ジャック、あなた……。どうぞ私を堪忍してくださいよ」という声がわたしの耳へむせび泣くように響いたかと思うと、すぐにまた、「みんな思い違いです。まったく思い違いです」という声がきこえた。

私はまるで物に憑つかれた人間のように、馬に拍車を当てた。そうして、貯水場の建物のほうへ顔を向けると、黒と白の法被が――執念深く――灰色の丘のそばに私を待っていた。私が今聴いたばかりのあの言葉が、風と共に人を嘲けるように響いてきた。キッティは私がそれから急に黙ってしまったのを見て、しきりに揶揄からかっていた。

それまでの私は口から出まかせにしゃべっていたが、その後は自分の命を失わないようにするために、私はしゃべることが出来なくなったのである。私はサンジョリーから帰って、それからお寺へ運ばれるまで、なるべく口をとじてしまうようになった。

三

その晩、私はマンネリング家で食事をする約束をしたが、ぐずぐずしているとホテルへ帰って着物を着かえる時間がないので、エリイシウムの丘への道を馬上で急いでいると、闇のうちに二人の男が話し合ってゆくのを耳にした。

「まったく不思議なこともあるものだな」と、一人が言った。

「どうしてあの車の走った跡がみんな無くなってしまったのだろう。君も知っている通り、うちの女房はばかばかしいほどにあの女が好きだったのだ。(僕にはどこがいいのかわからなかったがね。)それだもんだから、どうしてもあの女の古い人力車と苦力とを手に入れたいと強請せびるのでね。僕は一種の病的趣味だと言っているのだが、まあ奥方の言う通りにしたというわけさ。ところが、ウェッシントン夫人に雇われていたその人力車の持ちぬしが僕に話したところによると、四人の苦力は兄弟であったが、ハードウアへ行く路でコレラにかかって死んでしまい、その人力車は持ちぬしが自分で毀こわしてしまったというのだが、君はそれを信じるかね。だから、その持ちぬしに言わせると、死んだ夫人の人力車はちっとも使わないうちに毀したので、だいぶ損をしたというのだが、どうも少し変ではないか。ねえ、君。あの可哀そうな、可愛らしいウェッシントン夫人が自分自身の運命以外に、他の人間の運命をぶちこわすなどとは、まったく考えられないことではないか」

私はこの男の最後の言葉を大きい声で笑ったが、その笑い声に自分でぞっとした。それではやはり人力車の幽霊や、幽霊が幽霊を雇い入れるなどという事があるのであろうか。ウェッシントン夫人は苦力らにいくらの賃金を払うのであろうか。かれら苦力は何時間働くのであろうか。そうして、かれら苦力はどこへ行ったのであろうか。

すると、私のこの最後の疑問に対する明白なる答えとして、まだ黄昏たそがれだというのに、またもや例の幽霊がわたしの行く手をふさいでいるのを見た。亡者もうじゃは足が速はやく、一般の苦力さえも知らないような近路をして走り廻る。私はもう一度大きい声を立てて笑ったが、なんだか気違いになりそうな気がしたので、あわててその笑い声をおさえた。いや、私は人力車の鼻のさきで馬を止めると、慇懃いんぎんにウェッシントン夫人にむかって、「今晩は」と言ってしまったところをみると、すでにある程度までは気が違っていたのかもしれない。彼女の返事は、私がよく知り過ぎているほどに聞きなれた例の言葉であった。わたしは彼女の例の言葉をすっかり聞いてから、もうその言葉は前から幾たびか聞いているから、もっと何かほかのことを話してくれればどんなに嬉しいだろうと答えた。あの夕方は、いつもよりもよほど根強く魔物のこころに喰い入ったに相違ない。私は眼前のその幽霊と相対して、五分間ばかりもその日の平凡な出来事を話していたように、かすかに記憶している。

「気違いだ。可哀そうに……。それとも酔っているのかもしれない。マックス、その人を宅うちまで送り届けてやれ」

それはたしかに、ウェッシントン夫人の声ではなかった。

私がひとりで喋べっているのを立ち聴きしていた先刻の二人の男が、私を介抱しようとして戻って来た。かれらは非常に親切で、思いやりがあった。かれらの言葉から察すると、私がひどく酔っているのだと思っているらしかった。私はあわててかれらに礼を言って、馬を走らせてホテルに帰って、大急ぎで衣服を改めて、マンネリング家へ行ったときは約束の時間よりも五分遅れていた。わたしは闇夜であったからというのを口実にして弁解したが、キッティに恋びとらしくない遅刻を反駁されながら、とにもかくにも食卓に着いた。

食卓ではすでに会話に花が咲いていたので、わたしは彼女のご機嫌を取り戻そうとして、気のきいた小咄こばなしをしていた時、食卓の端はしの方で赤い短い頬鬚ほおひげをはやした男が、ここへ来る途中で見知らない一人の気違いに出逢ったことを、尾鰭おひれをつけて話しているのに気がついた。その話から推おして、それは三十分前の出来事を繰り返しているのであることがわかった。その物語の最中に、その男は商売人の噺家はなしかがするように、喝采を求めるために一座をずらりと見廻した拍子に、彼とわたしの眼とがぴったり出合うと、そのまま口をつぐんでしまった。一瞬間、恐ろしい沈黙がつづいた。その赤鬚の男は「そのあとは忘れた」というような意味のことを口のうちでつぶやいていた。それがために、彼は過去六シーズンのあいだに築き上げた上手な話し手としての名声を台なしにしてしまった。私は心の底から彼を祝福してから、料理の魚を食いはじめた。

食卓はずいぶん長い間かかって終わった。わたしは全く名残り惜しいような心持ちでキッティに別れを告げた。――たぶん、また戸の外には幽霊が私の出て来るのを待っているのだろうと思いながら。――例の赤鬚の男(シムラのヘザーレッグ先生として私に紹介された)が途中までご一緒に参りましょうと言い出したので、私も喜んでその申しいでを受けた。

わたしの予感は誤まらなかった。幽霊はもう樹蔭の路に待ち受けていた。しかも、私たちの行く手を悪魔的に冷笑しているように、前燈ヘッドランプに灯までつけていたではないか。赤鬚の男は食事ちゅうも絶えず私の先刻の心理状態を考えていたというような態度で、たちまちに灯の見えた地点まで進んで来た。

「ねえ、パンセイ君。エリイシウムの道で何か変わった事でもあったのですかね」

この質問があまり唐突とうとつであったので、私は考えるひまもなしに返事が口から出てしまった。

「あれです」と言って、わたしは灯の方を指さした。

「私の知るところによれば、化け物などというものはまず酔っ払いの囈語たわことか、それとも錯覚ですな。ところで今夜、あなたは酒を飲んでいられない。わたしは食事中、酔っ払いの囈語でないことを観察しましたよ。あなたの指さしている所には、なんにもないではありませんか。それだのに、あなたはまるで物に怖おじた小馬のように汗を流して顫ふるえているのを見ると、どうも錯覚らしいですな。ところで、私はあなたの錯覚について何もかも知りたいものですが、どうでしょう、一緒にわたしの家うちまでおいでになりませんか。ブレッシングトンの坂下ですが……」

非常にありがたいことには、例の人力車が私たちを待ち構えてはいたけれども、二十ヤードほどもさきにいてくれた。――そうしてまた、この距離は私たちが歩こうが、またゆるく駈けさせようが、いつでも正しく保たれていた。そこでその夜、長いあいだ馬に乗りながら、私はいま諸君に書き残しているとほぼ同じようなことを彼にも話した。

「なるほど、あなたは私が今までみんなに話していた得意の話のうちの一つを、台なしにしておしまいなすった」と、彼は言った。「しかしまあ、あなたが経験してこられたことに免じて勘弁してあげましょう。その代りに、わたしの家へ来てくだすって、私の言う通りになさらなければいけませんよ。そうして、私があなたをすっかり癒してあげたら、もうこれに懲こりて、一生婦人を遠ざけて不消化な食物をとらないようになさるのですな」

人力車は執念ぶかく、まだ前のほうにいた。そうして、私の赤鬚の友達は、幽霊のいる場所を精密にわたしから聞いて、非常に興味を感じたらしかった。

「錯覚……。ねえ、パンセイ君。……それは要するに眼と脳髄と、それから胃袋、特に胃袋からくるのですよ。あなたは非常に想像力の発達した頭脳を持っている割に、胃袋があまりに小さすぎるのです。それで、非常に不健康な眼、つまり視覚上の錯覚を生ずるのですよ。あなたの胃を丈夫になさい。そうすれば、自然に精神も安まります。それにはフランスの治療法によって肝臓の丸薬がよろしい。あなたは今日から私に治療を一任させていただきたい。なにしろあなたは、つまらない一つの現象のために、あまりに奪われ過ぎていますからな」

ちょうどその時、私たちはブレッシングトンの坂下の木蔭を進んで行った。

人力車は泥板岩シェールの崖の上に差し出ている一本の小松の下にぴたりと止まった。われを忘れて私もまた馬を止めたので、ヘザーレッグはにわかに呶鳴どなった。

「さあ、胃と脳と眼から来る錯覚患者のためにも、こんな山の麓ふもとでいつまでも冷たい夜の空気に当てておいていいか悪いか、考えても……。おや、あれはなんだ」

私たちの行く手に耳をつんざくような爆音がしたかと思うと、一寸さきも見えないほどの砂煙りがぱっと立った。轟とどろく音、枝の裂ける音、そうして光りが十ヤードばかり――松や藪やぶや、ありとあらゆる物が坂の下へ崩れ落ちて来て、われわれの道をふさいでしまった。根こぎにされた樹木はしばらくの間、泥酔して苦しんでいる巨人のようにふらふらしていたが、やがて雷らいのような響きと共に、他の樹のあいだに落ちて横たわった。私たちふたりの馬はその恐ろしさに、あたかも化石したように立ちすくんだ。土や石の落ちる物音が鎮まるや否いなや、わたしの連れはつぶやいた。

「ねえ、もし僕たちがもう少し前へ進んでいたらば、今ごろは生き埋めになっていたでしょう。まだ神様に見捨てられなかったのですな。さあ、パンセイ君。家うちへ行って、一つ神様に感謝しようではありませんか。それに、どうも馬鹿に喉が渇かわいてね」

私たちは引っ返して教会橋を渡って、真夜中の少し過ぎたころに、ドクトル・ヘザーレッグの家に着いた。

それからほとんどすぐに、彼はわたしの治療に取りかかって、一週間というものは私から離れなかった。そのあいだ幾たびか私はシムラの親切な名医と近づきになった自分の幸運に感謝したのであった。日増しに私のこころは軽く、落ちついてきた。そうしてまた、だんだんにヘザーレッグのいわゆる胃と頭脳と眼から来るという「妖怪的幻影」の学説に共鳴していった。私は落馬してちょっとした挫傷をしたために四、五日は外出することも出来ないが、あなたが私に逢えないのを寂しく思う前には全快するであろうというような手紙を書いて、キッティに送っておいた。

ヘザーレッグ先生の治療は、はなはだ簡単であった。肝臓の丸薬、朝夕の冷水浴と猛烈な体操、それが彼の治療法であった。――もっとも、この朝夕の冷水浴と体操は散歩の代りで、彼は慎重な態度で私にむかって、「挫傷した人間が一日に十二マイルも歩いているところを婚約の婦人に見られたら、びっくりしますからな」と言っていた。

一週間の終わりに、瞳孔や脈搏を調べたり、摂食や歩行のことを厳格に注意された上で、ヘザーレッグは私を引き取った時のように、むぞうさに退院させてくれた。別れに臨んで、彼はこう祝福してくれた。

「ねえ、私はあなたの神経を癒なおしたということを断言しますが、しかしそれよりも、あなたの疾病しっぺいを癒したといったほうが本当ですよ。さあ、出来るだけ早く手荷物をまとめて、キッティ嬢の愛を得えに飛んでいらっしゃい」

私は彼の親切に対してお礼を言おうとしたが、彼はわたしをさえぎった。

「あなたが好きだから、わたしが治療してあげたなどと思わないでください。私の推察するところによると、あなたはまったく無頼漢のような行為をしてきなすった。が、同時にあなたは一風変わった無頼漢であるごとく、一風変わった非凡な人です。さあ、もうお帰りになってもよろしい。そうして、眼と頭と胃から来る錯覚がまた起こるかどうか。見ていてごらんなさい。もし錯覚が起こったら、そのたびごとに十万ルピーをあなたに差し上げましょう」

三十分の後には、私はマンネリング家の応接間でキッティと対座していた。――現在の幸福感と、もう二度と再び幽霊などに襲われないで済むという安心に酔いながら。――私はこの新しい確信にみずから興奮してしまって、すぐに馬に乗ってジャッコをひと廻りしないかと申し出たのであった。

四月三十日の午後、私はその時ほど血気と単なる動物的精力とを身内に溢るるように感じたことはかつてなかった。キッティはわたしの様子が変わって快活になったのを喜んで、率直そっちょくな態度で明らさまに私に讃辞を浴びせかけた。私たちは一緒にマンネリング家を出ると、談笑しながら先日のように、ショタ・シムラの道に沿って馬をゆるやかに進めていった。

私はサンジョリー貯水場に行って、自分はもう幽霊に襲われないという自信をたしかめるために馬を急がせた。私たちの馬はよく走ったにもかかわらず、わたしの逸はやる心には遅くて遅くてたまらなかった。キッティは私の乱暴なのにびっくりしていた。

「どうしたの、ジャック」と、とうとう彼女は叫んだ。「まるでだだっ児このようね。どうしようというんです」

ちょうど私たちが尼寺の下へ来た時、わたしの馬が路から跳おどり出ようとしたのを、そのままにひと鞭むちあてて、路を突っ切って一目散に走らせた。

「なんでもありませんよ」と、私は答えた。「ただこれだけのことです。あなただって一週間も家にいたままでなんにもしなかったら、私のようにこんなに乱暴になりますよ」

上上の機嫌で囁ささやき、歌い、

生きている身を楽しまん。

造化ぞうかの神よ、現世の神よ、

五官を統すべる神様よ。

まだ私の歌い終わらないうちに、私たちは尼寺の上の角をまわって、さらに三、四ヤード行くと、サンジョリーが眼の前に見えた。平坦な道のまん中に黒と白の法被と、ウェッシントン夫人の乗っている黄いろい鏡板の人力車が立ちふさがっているではないか。私は思わず手綱を引いて、眼をこすって、じっと見つめて、たしかに幽霊に相違ないと思ったが、それからさきは覚えない。ただ道の上に顔を伏せて倒れている自分のそばに、キッティが涙を流しながらひざまずいているのに気がついただけであった。

「もう行ってしまいましたか」と、わたしは喘あえいだ。

キッティはますます泣くばかりであった。

「行ってしまったとは……。何がです……。ジャック、いったいどうしたの。何か思い違いをしているんじゃないの。ジャック、まったく思い違いよ」

彼女の最後の言葉を耳にすると、私はぎょっとして立ち上がった。――気が狂って――しばらくのあいだ囈語うわことのようにしゃべり出した。

「そうです、何かの思い違いです」と、私はくりかえした。「まったく思い違いです。さあ、幽霊を見に行きましょう」

私はキッティの腰を抱えるようにして、幽霊の立っている所まで彼女を引っ張って行って、どうか幽霊に話しかけさせてくれと哀願した。

それから、自分たち二人は婚約の間柄であるから、死んで地獄でも二人のあいだの絆きずなを断ち切ることは出来ないぞと幽霊に話したことだけは、自分でも明瞭に記憶しているし、自分よりも更にキッティのほうがよく知っている。私は夢中になって、人力車のうちの恐ろしい人物にむかって、自分の言ったことはみな事実であるから、今後自分を殺すような苦悩くるしみをゆるしてくれと、くりかえして訴えた。今になって思えば、それは幽霊に話しかけていたというよりも、ウェッシントン夫人と自分との古い関係をキッティに打ち明けたようなものであったかもしれない。真っ白な顔をして眼を光らせながら、その話にキッティが一心に耳を傾けていたのを私は見た。

「どうもありがとう、パンセイさん」と、キッティは言った。「もうたくさんです。わたしの馬を連れておいで」

東洋人らしい落ちついた馬丁が、勝手に走って行った馬を連れ戻して来ると、キッティは鞍くらに飛び乗った。私は彼女をしっかりと押さえて、私の言うことをよく聞いて、わたしを免ゆるしてもらいたいと切願すると、彼女はわたしの口から眼へかけて鞭で打った。そうして、ひと言ふた言の別れの言葉を残したままで行ってしまった。

その別れの言葉――私は今もって書くに忍びない。私はいろいろに判断した結果、彼女は何もかも知ってしまったということが一番正しい解釈であると思った。わたしは人力車のほうへよろめきながら行った。私の顔にはキッティの鞭の跡がなまなましく紫色になって血が流れていた。私はもう自尊心も何もなくなってしまった。ちょうどその時、多分キッティと私のあとを遠くからついて来たのであろう、ヘザーレッグが馬を飛ばして来た。

「先生」と、私は自分の顔を指さしながら言った。「ここにマンネリング嬢からの破談通知の印しるしがあります。……十万ルピーはすぐにいただけるのでしょうね」

ヘザーレッグ先生の顔を見ると、こうした卑いやしむべき不幸の場合にもかかわらず、わたしは冗談を言う余裕が出てきた。

「わたしは医者としての名誉に賭けても……」

「冗談ですよ」と、わたしは言った。「それよりも、私は一生の幸福を失ってしまったのですから、私を家へ連れて行ってください」

私がこんなことを話している間に、例の人力車は消えてしまった。それから私はまったく意識を失って、ただ、ジャッコの峰がふくれあがって雲の峰のように渦を巻いて、わたしの上に落ちてきたような気がしていた。

四

それから一週間の後のち(すなわち、五月七日)に私はヘザーレッグの部屋に、まるで小さい子供のように弱って横たわっているのに気がついた。ヘザーレッグは机の上の書類越しに私をじっと見守っていた。かれの最初の言葉は別に私に力をつけてくれるようなものでもなかった。わたし自身もあまりに疲れ過ぎていたので、少しも感動しなかった。

「キッティさんから返してきたあなたの手紙がここにあります。さすがに若い人だけに、あなたもだいぶ文通をしたものですね。それからここに指環らしい包みがあります。それにマンネリングのお父さんからの丁寧な手紙がつけてありましたが、それは私の名な宛あてであったので、読んでから焼いてしまいました。お父さんはあなたに満足していないようでしたよ」

「で、キッティは……」と、私は微かすかな声で訊いた。

「いや、その手紙は彼女のお父さんの名にはなっていましたが、むしろ彼女の言っている言葉でしたよ。その手紙によると、あなたは彼女と恋に陥おちた時に、不倫の思い出の何もかも打ち明けてしまわなければならなかったというのです。それからまた、あなたがウェッシントン夫人に仕向けたようなことを、婦人に対しておこなう男は、男子全体の名誉をよごした謝罪のために、よろしく自殺すべきであるというのですよ。彼女は若いくせに、感情に激しやすい勇婦ですからね。ジャッコへゆく途中で騒ぎが起こった時、あなたが囈語うわことに悩んだだけでもうじゅうぶんであるのに、彼女はあなたと再び言葉を交すくらいならば、いっそ死んでしまうというのですよ」

わたしは唸うなり声を発するとともに、反対の側へ寝返りを打ってしまった。

「さて、あなたはもう物を選択する力を回収していますね。ようござんすか。この婚約は破られるべき性質のものであり、また、この上にマンネリング家の人びともあなたを苛酷な目に逢わせようとは思っていません。ところで、いったいこの婚約は単なる囈語のために破られたのでしょうか、それとも癲癇てんかん的発作ほっさのためでしょうか。お気の毒ですが、あなたが自分には遺伝性癲癇があると申し出てくれなければ、私には他に適当な診断がつかないのですがね。私は特に遺伝性癲癇という言葉を申しますよ。そうして、あなたの場合はその発作だと思いますがね。シムラの人びとは婦人の一マイル競走の時のあの光景をみな知っていますよ。さあ、私は五分間の猶予ゆうよをあたえますから、癲癇の血統があるか無いか考えてみてください」

そこで、この五分間――今でも私はこの世ながらの地獄のどん底をさぐり廻っていたような気がする。同時に、疑惑と不幸と絶望との常闇とこやみの迷路をつまずき歩いている自分のすがたを、私は見守っていた。そうして私もまた、ヘザーレッグが椅子に腰をかけながら知りたがっているように、自分はどっちを選択するだろうかという好奇心をもって自分をながめていたが、結局、わたしは自分自身がきわめて微かな声で返事をしたのを聞いた。

「この地方の人間はばかばかしく道徳観念が強い。それだから彼らに発作をあたえよ、ヘザーレッグ、それからおれの愛をあたえてくれ。さて、おれはもう少し寝なくっちゃならない」

それから二つの自己がまた一つになると、過ぎ去った日の事どもをだんだんにたどりながら、ベッドの上で蜿のたうち廻っている、ただの私(半分発狂し、悪魔に憑つかれた私)になった。

「しかしおれはシムラにいるのだ」と、私はくりかえして自分に言った。「ジャック・パンセイというおれは、今シムラにいる。しかもここには幽霊はいないではないか。あの女がここにいるふうをしているのは不合理のことだ。何ゆえにウェッシントン夫人はおれを独りにしておくことが出来なかったのか。おれは別にあの女に対してなんの危害を加えたこともないのだ。その点においてはあの女も同じことではないか。ただ、おれはあの女を殺す目的で、あの女の手に帰って行かなかっただけのことだ。なぜおれは独りでいられないか。……独りで、幸福に……」

私が初めて目をさました時は、あたかも正午であったが、私が再び眠りかかった時分には太陽が西に傾いていた。それから犯罪者が牢獄の棚たなの上で苦しみながら眠るように眠ったが、あまりに疲れ切っていたので、かえって起きている時分よりも余計に苦痛を感じた。

翌日もわたしはベッドを離れることが出来なかった。その朝、ヘザーレッグは私にむかって、マンネリング氏からの返事が来たことや、彼(ヘザーレッグ)の友情的斡旋あっせんのおかげで、わたしの苦悩の物語はシムラの隅ずみまで拡がって、誰もみなわたしの立ち場に同情していてくれることなどを話してくれた。

「そうして、この同情はむしろあなたが当然受くべきものであった」と、彼は愉快そうに結論をくだした。「それに、あなたが人世の苦にがい経験をかなりに経て来られたことは神様が知っておられますからな。なに、心配することはありませんよ。私があなたをまた癒なおしてあげますよ。あなたはちょっとした錯覚を自分で悪いほうに考えているのですよ」

私はもう癒ったような気がした。

「あなたはいつも親切にしてくださいますね、先生」と、私は言った。「しかし、もうこの上あなたにご心配をかける必要はないと思います」

こうは言ったものの、わたしの心のうちでは、ヘザーレッグの治療などで、私のこころの重荷を軽くすることが出来るものかと思っていた。

こう考えてくると、また私の心には、理不尽な幽霊に対してなんとなく反抗の出来ないような、頼りない、さびしい感じが起こってきた。この世の中には、自分のしたことに対する罰として死の運命を宣告された私よりも、もっと不幸な人間が少しはいるであろうから、そういう人たちと一緒ならばまだ気が強いが、たった独りでこんなに残酷な運命のもとにいるのはあまりに無慈悲だと思った。結局、あの人力車と私だけが虚無の世界における単一の存在物で、マンネリングやヘザーレッグや、その他わたしが知っているすべての人間こそみんな幽霊であって、空虚な影、まぼろしの人力車以外の大きな灰色の地獄それ自身(この世の人間ども)が私を苦しめているのだ、というような考えに変わっていった。

こうして苛いらいらしながら七日の間、いろいろのことを考えながら輾転反側てんてんはんそくしているうちに、かえって私の肉体は日増しに丈夫になっていって、寝室の鏡にうつしてみても平常と変わりがなく、ふたたびもとの人間らしくなった。そうして実に不思議なことには、わたしの顔には過去の苦悶争闘の跡が消えてしまった。なるほど、顔色は蒼かったが、ふだんのように無表情な、平凡な顔になった。実際をいうと、私はある永久の変化――私の生命をだんだんに蚕食さんしょくしていくところの発作から来る肉体的変化を予期していたが、全然そんな変化は見えなかった。

五月十五日の午前十一時に、私はヘザーレッグの家を立ち去って、独身者の本能からすぐに倶楽部へ行った。そこではヘザーレッグが言ったように、誰も彼もわたしの話を知っていて、妙に取ってつけたように気味の悪いほど親切で、鄭重ていちょうにしてくれるのに気がついたので、寿命のあらん限りは自分の仲間のうちにいようと肚はらをきめた。しかしその仲間の一人になり切ってしまうことは出来なかった。したがって私には、倶楽部の下の木蔭でなんの苦もなさそうに笑っていられる苦力らが憎らしいほどに羨ましかった。

私は倶楽部で昼飯を食って、四時頃にぶらりと外へ出ると、キッティに逢えはしないかという漠然とした希望をいだきながら木蔭の路へ降りていった。音楽堂の近くで、黒と白の法被がわたしのそばに来るなと思う間もなく、ウェッシントン夫人のいつもの歎願の声が耳のそばに聞こえた。実は外へ出た時からすでに予期していたので、むしろその出現が遅いのに驚いたくらいであった。それからまぼろしの人力車と私とはショタ・シムラの道に沿って、摺れすれに肩を並べながら黙って歩いて行った。物品陳列館の近所で、キッティが一人の男と馬を並べながら私たちを追い越した。彼女はまるで路ばたの犬でも見るような眼で、私を見返っていった。ちょうど夕方ではあり、雨さえ降っていたので、私がわからなかったというかもしれないが、彼女は人を追い越してゆくに挨拶さえもしなかった。

こうしてキッティとその連れの男と、私とわたしの無形の愛の光りとは、ふた組になってジャッコの周囲を徐行した。道は雨水で川のようになっている。松からは樋といのように下の岩へ雨だれを落としている。空気は強い吹き降りの雨に満ちている。

「おれは賜暇しかを得てシムラに来ているジャック・パンセイだ。……シムラに来ているのだ。来る日も、来る日も、平凡なシムラ……。だが、おれはここを忘れてはならないぞ……忘れてはならないぞ」と、わたしは二、三度、ほとんど大きい声を立てんばかりに独りごとを言っていた。

それから倶楽部で耳にしたきょうの出来事の二、三、たとえばなにがしが所有の馬の値あたいはいくらであったというような事――私のよく知っている印度居住の英国人の実生活に関係ある事どもを追想してみようとした。また、わたしは自分が気が違っていないということをしっかりと頭に入れようと思って、出来るだけ早く掛け算の表をさえくりかえしてみた。その結果は、わたしに非常な満足をもたらした。そのためにしばらくの間は、ウェッシントン夫人の言葉に耳を傾けるのを中止しなければならなかった。

もう一度、わたしは疲れた足を引き摺りながら尼寺の坂道を登って、平坦な道へ出た。そこからキッティと例の男とは馬をゆるやかに走らせたので、私はウェッシントン夫人と二人ぎりになった。

「アグネス」と、私は言った。「幌ほろをうしろへ落としたらどうです。そうして、こうやって始終人力車に乗って私につきまとうのは、いったいどういうわけだか話してください」

幌は音もなく落ちて、わたしは死んで埋められた夫人と顔を突き合わせた。

彼女はわたしが生前に見た着物を着て、右の手にいつもの小さいハンカチーフを持ち、左の手にやはりいつもの名刺入れを持っていた。(ある婦人が八ヵ月前に名刺入れを持って死んだことがあった。)さあ、こうなって来ると、わたしは現在と過去との区別がつきかねたので、また少なくとも自分は気が狂っていないということをたしかめるために、路ばたの石の欄干の上に両手を置いて、掛け算の表をくりかえさなければならなかった。

「アグネス」と、わたしはくりかえした。「どうか私にそのわけを話してください」

ウェッシントン夫人は前かがみになると、いつもの癖で、妙に早く首を傾かしげてから口をひらいた。

もしもまだ、私の物語はあまりに気違いじみて諸君には信じられないというほどでないというのであったら、私はいま諸君に感謝しなければならない。誰も――私はキッティのために自分の行為のある種の弁明としてこれを書いているのであるが、そのキッティでさえも――私を信じてくれないであろうということを知っているけれども、とにかくに私は自分の物語を進めてゆこう。

ウェッシントン夫人は話し出した。そうして、私は彼女と一緒にサンジョリーの道から印度総督邸の下の曲がり角まで、まるで生きている婦人の人力車と肩をならべて歩いているようにして、夢中に話しながら来てしまった。すると、急に再度の発作が襲ってきたので、テニソンの詩に現われてくる王子のように、わたしは幽霊界をさまよっているような気になった。

総督邸では園遊会を催しているので、私たち二人は帰途につく招待客の群集に巻き込まれてしまった。私にはかれら招待客がみな本物の幽霊に見えてきた。――しかもウェッシントン夫人の人力車をやりすごさせるために、かれらは道をひらいたではないか。

この考えてもぞっとするような会見ちゅうに、私たちが話し合ったことは、私として話すことは出来ないし、また、あえて話したくもない。ヘザーレッグはこれについて、ただちょっと笑ってから、私が胃と脳と眼とから来る幻想に執着しているのだと批評していた。あの人力車の幻影はものすごいとともに、非常に愛すべき(それはちょっと解釈しにくいが)一つの存在であった。かつては私自身が残酷な目に逢わせた上に、捨て殺しにしてしまったウェッシントン夫人を、私はこの世に生きている間にもう一度口説きたくなってきたが、それは出来ないことであろうか。

帰りがけに私はキッティにまた逢った。――彼女もまた幽霊の仲間の一人であった。

もしもこの順序で、次の四日間の出来事をすべて記述しなければならないとしたなら、私のこの物語はいつまでいっても終わるまい。諸君も倦あきてくるであろう。しかしとにかくに、朝といわず、夕といわず、わたしと人力車の幽霊とはいつも一緒にシムラをさまよい歩いた。私のゆく所には、黒と白の法被がつきまとい、ホテルの往復にも私の道連れとなり、劇場へゆけば客を呼んでいる苦力の群れのあいだに彼らがまじっているのである。夜更けまで骨牌カルタをしたのちに、倶楽部の露台バルコニーへ出ると、彼らはそこにもいる。誕生日の舞踏会に招かれてゆけば、かれらは根気よく私の出て来るのを待っているばかりでなく、私が誰かを訪問にゆくときには白昼にも現われた。

そうして、ただその人力車には影がないという以外は、すべての点において木と鉄で出来ている一般の人力車とちっとも変わりがなかった。一度ならず私は、ある乗馬の下手な友達が、その人力車を馬で踏み越えてゆくのを呼び止めようとして、はっと気がついて口をつぐんだことがあった。また、私は木蔭の路をウェッシントン夫人と話しながら歩いていたので、往来の人たちは呆気あっけに取られていたこともたびたびあった。

わたしが床を離れて外出が出来るようになった一週間前に、ヘザーレッグの発作説が発狂説に変わっていたのを知った。いずれにもせよ、私は自分の生活様式を変えなかった。私は人を訪問した。馬に乗った。以前と同じような心持ちで食事をした。私は今までかつて感知したことのなかったまぼろしの社会というものに対して渇望かつぼうしていたので、実生活の間にそれを漁あさると同時に、わたしの幽霊の伴侶つれに長いあいだ逢えないでいるということに、漠然とした不幸を感じた。五月十五日より今日に至るまでの、こうした私の変幻自在の心持ちを書くということは、ほとんど不可能であろう。

人力車の出現は、わたしの心を恐怖と、盲目的畏敬と、漠然たる喜悦と、それから極度の絶望とで交るがわるに埋めた。私はシムラを去るに忍びなかった。しかも私はシムラにいれば、自分が結局殺されるということを百も承知していた。その上に、一日一日と少しずつ弱って死んでゆくのが私の運命であることも知っていた。ただ私は、出来るだけ静かに懺悔をしたいというのが、ただ一つの望みであった。

それから私は人力車の幽霊を求めるとともに、キッティがわたしの後継者――もっと厳密にいえば、わたしの後継者ら――と喋ちょう喋喃なん喃と語らっている復讐的の姿を、愉快な心持ちでひと目見たいと思って探し求めた。愉快な心持ちと言ったのは、わたしが彼女の生活から放はなれてしまっているからである。昼のあいだ私はウェッシントン夫人と一緒に喜んで歩きまわって、夜になると私は神にむかって、ウェッシントン夫人と同じような世界に帰らせてくれるように哀願した。そうして、これらの種しゅじゅの感情の上に、この世の中の有象無象うぞうむぞうが一つの憐れなたましいを墓に追いやるために、こんなにも騒いでいるのかという、ぼんやりした弱い驚きの感じが横たわっている。

八月二十七日――ヘザーレッグは実に根気よく私を看病していた。そうして、きのう私にむかって、病気賜暇しか願いを送らなければならないと言った。そんなものは、まぼろしの仲間を遁のがれるための願書ではないか。五人の幽霊とまぼろしの人力車を去るために英国へ帰らせてくれと、政府の慈悲を懇願しろと言うのか。ヘザーレッグの提議は、わたしをほとんどヒステリカルに笑わせてしまった。

私は静かにこのシムラで死を待っていることを彼に告げた。実際もう私の余命は幾許いくばくもないのである。どうか私がとうてい言葉では言い表わせないほど、この世の中に再生するのを恐れているということと、わたしは自分が死ぬときの態度について、かず限りなく考えては煩悶しているということを信じていただきたい。

私は英国の紳士が死ぬときのように、寝床の上に端然として死ぬであろうか。あるいはまた、最後にもう一度木蔭の路を歩いているうちに、私の霊魂がわたしから放れて、あの幽霊のそばで永遠に帰るのであろうか。そうしてあの世へ行って、わたしが遠い昔に失ってしまった純潔さを取り戻すか。あるいはまた、ウェッシントン夫人に出逢って、いやいやながら彼女のそばで永遠に暮らすのであろうか。時というものが終わるまで、私たちの生活の舞台の上をわれわれ二人が徘徊はいかいするのであろうか。

わたしの臨終の日が近づくにしたがって、墓のあなたから来る幽霊に対して、生ける肉体の感ずる心中の恐怖はだんだんに力強くなってくる。諸君の生命の半分を終わらないうちに、死の谷底へ急転直下するのは恐ろしいことである。さらに何千倍も恐ろしいのは、諸君のまんなかにあって、そうした死を待っていることである。なんとなれば、私にはすべての恐怖をみな想像することが出来るからである。少なくとも私の幻想の点についてだけでも、わたしを憐れんでいただきたい。――わたしは諸君が今までに私の書いたことを少しも信じないであろうことを知っているから。――今や一人の男が暗黒の力のために死になんなんとしている。ああ、その男は私である。

公平にまた、ウェッシントン夫人をも憐れんでいただきたい。彼女は実際、永遠に男のために殺されたのである。そうして、彼女を殺したものは私である。わたしの罰ばつの分け前は今や自分自身の上にかかっている。

底本 / Source edition

底本:「世界怪談名作集 下」河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年9月4日初版発行
2002(平成14)年6月20日新装版初版発行
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:大久保ゆう
2004年9月26日作成
2008年8月4日修正
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リリース / Release
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TEI
/works/043469_000114/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/043469_000114/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/043469_000114/

キプリング ラデャード「世界怪談名作集──12 幻の人力車」(新字新仮名)、底本『世界怪談名作集 下』河出文庫、河出書房新社、1987年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 043469_000114, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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