Soranoha

高野聖

こうやひじり

泉 鏡花、泉 鏡太郎

第一

「参謀本部さんぼうほんぶ編纂へんさんの地図ちづを又また繰開くりひらいて見みるでもなからう、と思おもつたけれども、余あまりの道みちぢやから、手てを触さはるさへ暑あつくるしい、旅たびの法衣ころもの袖そでをかゝげて、表紙へうしを附つけた折本をりほんになつてるのを引張ひつぱり出だした。

飛騨ひだから信州しんしうへ越こえる深山しんざんの間道かんだうで、丁度ちやうど立休たちやすらはうといふ一本いつぽんの樹立こだちも無ない、右みぎも左ひだりも山やまばかりぢや、手てを伸のばすと達とゞきさうな峯みねがあると、其その峯みねへ峯みねが乗のり巓いたゞきが被かぶさつて、飛とぶ鳥とりも見みえず、雲くもの形かたちも見みえぬ。

道みちと空そらとの間あひだに唯たゞ一人ひとり我わしばかり、凡およそ正午しやうごと覚おぼしい極熱ごくねつの太陽たいやうの色いろも白しろいほどに冴さえ返かへつた光線くわうせんを、深々ふか〲と頂いたゞいた一重ひとへの檜笠ひのきがさに凌しのいで、恁かう図面づめんを見みた。」

旅僧たびそうは然さういつて、握拳にぎりこぶしを両方りやうはう枕まくらに乗のせ、其それで額ひたひを支さゝへながら俯向うつむいた。

道連みちづれになつた上人しやうにんは、名古屋なごやから此この越前えちぜん敦賀つるがの旅籠屋はたごやに来きて、今いましがた枕まくらに就ついた時ときまで、私わたしが知しつてる限かぎり余あまり仰向あふむけになつたことのない、詰つまり傲然がうぜんとして物ものを見みない質たちの人物じんぶつである。

一体いつたい東海道とうかいだう掛川かけがはの宿しゆくから同おなじ汽車きしやに乗のり組くんだと覚おぼえて居ゐる、腰掛こしかけの隅すみに頭かうべを垂たれて、死灰しくわいの如ごとく控ひかへたから別段べつだん目めにも留とまらなかつた。

尾張をはりの停車場ステーシヨンで他たの乗組員のりくみゐんは言合いひあはせたやうに、不残のこらず下おりたので、函はこの中なかには唯たゞ上人しやうにんと私わたしと二人ふたりになつた。

此この汽車きしやは新橋しんばしを昨夜さくや九時半くじはんに発たつて、今夕こんせき敦賀つるがに入はいらうといふ、名古屋なごやでは正午ひるだつたから、飯めしに一折ひとをりの鮨すしを買かつた。旅僧たびそうも私わたしと同おなじく其その鮨すしを求もとめたのであるが、蓋ふたを開あけると、ばら〱と海苔のりが懸かゝつた、五目飯ちらしの下等かとうなので。

(やあ、人参にんじんと干瓢かんぺうばかりだ、)と踈匆そゝツかしく絶叫ぜつけうした、私わたしの顔かほを見みて旅僧たびそうは耐こらへ兼かねたものと見みえる、吃々くつ〱と笑わらひ出だした、固もとより二人ふたりばかりなり、知己ちかづきにはそれから成なつたのだが、聞きけば之これから越前ゑちぜんへ行いつて、派はは違ちがふが永平寺えいへいじに訪たづねるものがある、但たゞし敦賀つるがに一泊いつぱくとのこと。

若狭わかさへ帰省きせいする私わたしもおなじ処ところで泊とまらねばならないのであるから、其処そこで同行どうかうの約束やくそくが出来できた。

渠かれは高野山かうやさんに籍せきを置おくものだといつた、年配ねんぱい四十五六しじふごろく、柔和にうわな、何等なんらの奇きも見みえぬ、可懐なつかしい、おとなしやかな風采とりなりで、羅紗らしやの角袖かくそでの外套ぐわいたうを着きて、白しろのふらんねるの襟巻えりまきを占しめ、土耳古形とるこがたの帽ばうを冠かむり、毛糸けいとの手袋てぶくろを箝はめ、白足袋しろたびに、日和下駄ひよりげたで、一見いつけん、僧侶そうりよよりは世よの中なかの宗匠そうしやうといふものに、其それよりも寧むしろ俗ぞく歟か。

(お泊とまりは何方どちらぢやな、)といつて聞きかれたから、私わたしは一人旅ひとりたびの旅宿りよしゆくの詰つまらなさを、染々しみ〲歎息たんそくした、第一だいいち盆ぼんを持もつて女中ぢよちうが坐睡ゐねむりをする、番頭ばんとうが空世辞そらせじをいふ、廊下らうかを歩行あるくとじろ〱目めをつける、何なにより最もつとも耐たへ難がたいのは晩飯ばんめしの支度したくが済すむと、忽たちまち灯あかりを行燈あんどうに換かへて、薄暗うすぐらい処ところでお休やすみなさいと命令めいれいされるが、私わたしは夜よが更ふけるまで寝ねることが出来できないから、其間そのあひだの心持こゝろもちといつたらない、殊ことに此頃このごろの夜よは長ながし、東京とうきやうを出でる時ときから一晩ひとばんの泊とまりが気きになつてならない位くらゐ、差支さしつかへがなくば御僧おんそうと御一所ごいつしよに。

快こゝろよく頷うなづいて、北陸地方ほくりくちはうを行脚あんぎやの節せつはいつでも杖つゑを休やすめる香取屋かとりやといふのがある、旧もとは一軒いつけんの旅店りよてんであつたが、一人女ひとりむすめの評判ひやうばんなのがなくなつてからは看板かんばんを外はづした、けれども昔むかしから懇意こんいな者ものは断ことはらず留とめて、老人夫婦としよりふうふが内端うちはに世話せわをして呉くれる、宜よろしくば其それへ。其代そのかはりといひかけて、折をりを下したに置おいて、

(御馳走ごちそうは人参にんじんと干瓢かんぺうばかりぢや。)

と呵々から〱と笑つた、慎深つゝしみふかさうな打見うちみよりは気きの軽かるい。

第二

岐阜ぎふでは未まだ蒼空あをそらが見みえたけれども、後あとは名なにし負おふ北国空ほくこくぞら、米原まいばら、長浜ながはまは薄曇うすぐもり、幽かすかに日ひが射さして、寒さむさが身みに染しみると思おもつたが、柳やなヶ瀬せでは雨あめ、汽車きしやの窓まどが暗くらくなるに従したがふて、白しろいものがちら〱交まじつて来きた。

(雪ゆきですよ。)

(然さやうぢやな。)といつたばかりで別べつに気きに留とめず、仰あふいで空そらを見みやうともしない、此時このときに限かぎらず、賤しづヶ岳たけが、といつて古戦場こせんぢやうを指さした時ときも、琵琶湖びはこの風景ふうけいを語かたつた時ときも、旅僧たびそうは唯たゞ頷うなづいたばかりである。

敦賀つるがで悚毛おぞけの立たつほど煩わづらはしいのは宿引やどひきの悪弊あくへいで、其日そのひも期きしたる如ごとく、汽車きしやを下おりると停車場ステーシヨンの出口でぐちから町端まちはなへかけて招まねきの提灯ちやうちん、印傘しるしかさの堤つゝみを築きづき、潜抜くゞりぬける隙すきもあらなく旅人たびびとを取囲とりかこんで、手てン手でに喧かまびすしく己おのが家号やがうを呼立よびたてる、中なかにも烈はげしいのは、素早すばやく手荷物てにもつを引手繰ひツたぐつて、へい有難ありがたう様さまで、を喰くらはす、頭痛持づゝうもちは血ちが上のぼるほど耐こらへ切きれないのが、例れいの下したを向むいて悠々いう〱と小取廻ことりまはしに通抜とほりぬける旅僧たびそうは、誰たれも袖そでを曳ひかなかつたから、幸さいはひ其後そのあとに跟ついて町まちへ入はいつて、吻ほツといふ息いきを吐ついた。

雪ゆきは小止をやみなく、今いまは雨あめも交まじらず乾かわいた軽かるいのがさら〱と面おもを打うち、宵よひながら門もんを鎖とざした敦賀つるがの町まちはひつそりして一条すぢ二条すぢ縦横たてよこに、辻つじの角かどは広々ひろ〲と、白しろく積つもつた中なかを、道みちの程ほど八町ちやうばかりで、唯とある軒下のきしたに辿たどり着ついたのが名指なざしの香取屋かとりや。

床とこにも座敷ざしきにも飾かざりといつては無ないが、柱立はしらだちの見事みごとな、畳たゝみの堅かたい、炉ろの大おほいなる、自在鍵じざいかぎの鯉こひは鱗うろこが黄金造こがねづくりであるかと思おもはるる艶つやを持もつた、素すばらしい竈へツつひを二ツ並ならべて一斗飯とうめしは焚たけさうな目覚めざましい釜かまの懸かゝつた古家ふるいへで。

亭主ていしゆは法然天窓はふねんあたま、木綿もめんの筒袖つゝそでの中なかへ両手りやうての先さきを窘すくまして、火鉢ひばちの前まへでも手てを出ださぬ、ぬうとした親仁おやぢ、女房にようばうの方はうは愛嬌あいけうのある、一寸ちよいと世辞せじの可いい婆ばあさん、件くだんの人参にんじんと干瓢かんぺうの話はなしを旅僧たびそうが打出うちだすと、莞爾々々にこ〱笑わらひながら、縮緬雑魚ちりめんざこと、鰈かれいの干物ひものと、とろろ昆布こぶの味噌汁みそしるとで膳ぜんを出だした、物ものの言振いひぶり取做とりなしなんど、如何いかにも、上人しやうにんとは別懇べつこんの間あひだと見みえて、連つれの私わたしの居心ゐごゝろの可よさと謂いつたらない。

軈やがて二階かいに寐床ねどこを慥こしらへてくれた、天井てんじやうは低ひくいが、梁うつばりは丸太まるたで二抱ふたかゝへもあらう、屋やの棟むねから斜なゝめに渡わたつて座敷ざしきの果はての廂ひさしの処ところでは天窓あたまに支つかへさうになつて居ゐる、巌丈がんぢやうな屋造やづくり、是これなら裏うらの山やまから雪頽なだれが来きてもびくともせぬ。

特ことに炬燵こたつが出来できて居ゐたから私わたしは其そのまゝ嬉うれしく入はいつた。寐床ねどこは最もう一組くみ同一おなじ炬燵こたつに敷しいてあつたが、旅僧たびそうは之これには来きたらず、横よこに枕まくらを並ならべて、火ひの気けのない臥床ねどこに寐ねた。

寐ねる時とき、上人しやうにんは帯おびを解とかぬ、勿論もちろん衣服きものも脱ぬがぬ、着きたまゝ丸まるくなつて俯向形うつむきなりに腰こしからすつぽりと入はいつて、肩かたに夜具やぐの袖そでを掛かけると手てを突ついて畏かしこまつた、其その様子やうすは我々われ〱と反対はんたいで、顔かほに枕まくらをするのである。程ほどなく寂然ひつそりとして寝ねに着つきさうだから、汽車きしやの中なかでもくれ〲いつたのは此処こゝのこと、私わたしは夜よが更ふけるまで寐ねることが出来できない、あはれと思おもつて最もう暫しばらくつきあつて、而そして諸国しよこくを行脚あんぎやなすつた内うちのおもしろい談はなしをといつて打解うちとけて幼おさならしくねだつた。

すると上人しやうにんは頷うなづいて、私わしは中年ちうねんから仰向あふむけに枕まくらに着つかぬのが癖くせで、寐ねるにも此儘このまゝではあるけれども目めは未まだなか〱冴さえて居をる、急きふに寐着ねつかれないのはお前様まへさまと同一おんなしであらう。出家しゆつけのいふことでも、教おしへだの、戒いましめだの、説法せつぱふとばかりは限かぎらぬ、若わかいの、聞きかつしやい、と言いつて語かたり出だした。後あとで聞きくと宗門しうもん名誉めいよの説教師せつけうしで、六明寺りくみんじの宗朝しうてうといふ大和尚だいおしやうであつたさうな。

第三

「今いまに最もう一人ひとり此処こゝへ来きて寝ねるさうぢやが、お前様まへさまと同国どうこくぢやの、若狭わかさの者もので塗物ぬりものの旅商人たびあきうど。いや此この男をとこなぞは若わかいが感心かんしんに実体じつていな好いい男をとこ。

私わしが今いま話はなしの序開じよびらきをした其その飛騨ひだの山越やまごえを遣やつた時ときの、麓ふもとの茶屋ちやゝで一所しよになつた富山とやまの売薬ばいやくといふ奴やつあ、けたいの悪わるい、ねぢ〱した厭いやな壮佼わかいもので。

先まづこれから峠たうげに掛かゝらうといふ日ひの、朝早あさはやく、尤もつとも先せんの泊とまりはものゝ三時じ位ぐらゐには発たつて来きたので、涼すゞしい内うちに六里りばかり、其その茶屋ちやゝまでのしたのぢやが、朝晴あさばれでぢり〱暑あついわ。

慾張抜よくばりぬいて大急おほいそぎで歩あるいたから咽のどが渇かはいて為様しやうがあるまい早速さつそく茶ちやを飲のまうと思おもふたが、まだ湯ゆが沸わいて居をらぬといふ。

何どうして其その時分じぶんぢやからといふて、滅多めツたに人通ひとどほりのない山道やまみち、朝顔あさがほの咲さいてる内うちに煙けぶりが立たつ道理だうりもなし。

床几しやうぎの前まへには冷つめたさうな小流こながれがあつたから手桶てをけの水みづを汲くまうとして一寸ちよいと気きがついた。

其それといふのが、時節柄じせつがら暑あつさのため、可恐おそろしい悪わるい病やまひが流行はやつて、先さきに通とほつた辻つじなどといふ村むらは、から一面めんに石灰いしばひだらけぢやあるまいか。

(もし、姉ねえさん。)といつて茶店ちやみせの女をんなに、

(此この水みづはこりや井戸ゐどのでござりますか。)と、極きまりも悪わるし、もじ〱聞きくとの。

(いんね川かはのでございす。)といふ、はて面妖めんえうなと思おもつた。

(山やましたの方はうには大分だいぶ流行病はやりやまひがございますが、此この水みづは何なにから、辻つぢの方はうから流ながれて来くるのではありませんか。)

(然さうでねえ。)と女をんなは何気なにげなく答こたへた、先まづ嬉うれしやと思おもふと、お聞ききなさいよ。

此処こゝに居ゐて先刻さツきから休やすんでござつたのが、右みぎの売薬ばいやくぢや。此この又また万金丹まんきんたんの下廻したまはりと来きた日ひには、御存ごぞんじの通とほり、千筋せんすぢの単衣ひとへに小倉こくらの帯おび、当節たうせつは時計とけいを挟はさんで居ゐます、脚絆きやはん、股引もゝひき、之これは勿論もちろん、草鞋わらぢがけ、千草木綿ちくさもめんの風呂敷包ふろしきづゝみの角かどばつたのを首くびに結ゆはへて、桐油合羽とういうがつぱを小ちいさく畳たゝんで此奴こいつを真田紐さなだひもで右みぎの包つゝみにつけるか、小弁慶こべんけいの木綿もめんの蝙蝠傘かうもりがさを一本ぽん、お極きまりだね。一寸ちよいと見みると、いやどれもこれも克明こくめいで、分別ふんべつのありさうな顔かほをして。これが泊とまりに着つくと、大形おほがたの裕衣ゆかたに変かはつて、帯広解おびひろげで焼酎せうちうをちびり〱遣やりながら、旅籠屋はたごやの女をんなのふとつた膝ひざへ脛すねを上あげやうといふ輩やからぢや。

(これや、法界坊はふかいばう、)

なんて、天窓あたまから嘗なめて居ゐら。

(異おつなことをいふやうだが何なにかね世よの中なかの女をんなが出来できねえと相場さうばが極きまつて、すつぺら坊主ばうずになつても矢張やツぱり生命いのちは欲ほしいのかね、不思議ふしぎぢやあねえか、争あらそはれねもんだ、姉ねえさん見みねえ、彼あれで未まだ未練みれんのある内うちが可いいぢやあねえか、)といつて顔かほを見合みあはせて二人ふたりで呵々から〱と笑わらつたい。

年紀としは若わかし、お前様まへさん、私わしは真赤まツかになつた、手てに汲くんだ川かはの水みづを飲のみかねて猶予ためらつて居ゐるとね。

ポンと煙管きせるを払はたいて、

(何なに、遠慮ゑんりよをしねえで浴あびるほどやんなせえ、生命いのちが危あやふくなりや、薬くすりを遣やらあ、其為そのために私わしがついてるんだぜ、喃なあ姉ねえさん。おい、其それだつても無銭たゞぢやあ不可いけねえよ憚はゞかりながら神方万金丹しんぱうまんきんたん、一貼てふ三百びやくだ、欲ほしくば買かひな、未まだ坊主ばうずに報捨はうしやをするやうな罪つみは造つくらねえ、其それとも何どうだお前まへいふことを肯きくか、)といつて茶店ちやみせの女をんなの背中せなかを叩たゝいた。

私わしは匆々さう〱に遁出にげだした。

いや、膝ひざだの、女をんなの背中せなかだのといつて、いけ年としを仕つかまつつた和尚おしやうが業体げふていで恐入おそれいるが、話はなしが、話はなしぢやから其処そこは宜よろしく。」

第四

「私わしも腹立紛はらだちまぎれぢや、無暗むやみと急いそいで、それからどん〱山やまの裾すそを田圃道たんぼみちへ懸かゝる。

半町はんちやうばかり行ゆくと、路みちが恁かう急きふに高たかくなつて、上のぼりが一いつヶ処しよ、横よこから能よく見みえた、弓形ゆみなりで宛まるで土つちで勅使橋ちよくしばしがかゝつてるやうな。上うへを見みながら、之これへ足あしを踏懸ふみかけた時とき、以前いぜんの薬売くすりうりがすた〱遣やつて来きて追着おひついたが。

別べつに言葉ことばも交かはさず、又またものをいつたからといふて、返事へんじをする気きは此方こツちにもない。何処どこまでも人ひとを凌しのいだ仕打しうちな薬売くすりうりは流盻しりめにかけて故わざとらしう私わしを通越とほりこして、すた〱前まへへ出でて、ぬつと小山こやまのやうな路みちの突先とつさきへ蝙蝠傘かうもりがさを差さして立たつたが、其そのまゝ向むかふへ下おりて見みえなくなる。

其後そのあとから爪先上つまさきあがり、軈やがてまた太鼓たいこの胴どうのやうな路みちの上うへへ体からだが乗のつた、其それなりに又また下くだりぢや。

売薬ばいやくは先さきへ下おりたが立停たちどまつて頻しきりに四辺あたりを瞻みまはして居ゐる様子やうす、執念深しふねんぶかく何なにか巧たくんだか、と快こゝろよからず続つゞいたが、さてよく見みると仔細しさいがあるわい。

路みちは此処こゝで二条すぢになつて、一条すぢはこれから直すぐに坂さかになつて上のぼりも急きふなり、草くさも両方りやうはうから生茂おひしげつたのが、路傍みちばたの其その角かどの処ところにある、其それこそ四抱かゝへさうさな、五抱かゝへもあらうといふ一本ぽんの檜ひのきの、背後うしろへ畝うねつて切出きりだしたやうな大巌おほいはが二ツ三ツ四ツと並ならんで、上うへの方はうへ層かさなつて其その背後うしろへ通つうじて居ゐるが、私わしが見当けんたうをつけて、心組こゝろぐんだのは此方こツちではないので、矢張やツぱり今いままで歩行あるいて来きた其その巾はゞの広ひろいなだらかな方はうが正まさしく本道ほんだう、あと二里り足たらず行ゆけば山やまになつて、其それからが峠たうげになる筈はず。

唯と見みると、何どうしたことかさ、今いまいふ其その檜ひのきぢやが、其処そこらに何なんにもない路みちを横截よこぎつて見果みはてのつかぬ田圃たんぼの中空なかそらへ虹にじのやうに突出つきでて居ゐる、見事みごとな。根方ねかたの処ところの土つちが壊くづれて大鰻おほうなぎを捏こねたやうな根ねが幾筋いくすぢともなく露あらはれた、其その根ねから一筋すぢの水みづが颯さつと落おちて、地ぢの上うへへ流ながれるのが、取とつて進すゝまうとする道みちの真中まんなかに流出ながれだしてあたりは一面めん。

田圃たんぼが湖みづうみにならぬが不思議ふしぎで、どう〱と瀬せになつて、前途ゆくてに一叢むらの藪やぶが見みえる、其それを境さかひにして凡およそ二町ちやうばかりの間あひだ宛まるで川かはぢや。礫こいしはばら〱、飛石とびいしのやうにひよい〱と大跨おほまたで伝つたへさうにずつと見みごたへのあるのが、それでも人ひとの手てで並ならべたに違ちがひはない。

尤もつとも衣服きものを脱ぬいで渡わたるほどの大事おほごとなのではないが、本街道ほんかいだうには些ちと難儀なんぎ過すぎて、なか〱馬うまなどが歩行あるかれる訳わけのものではないので。

売薬ばいやくもこれで迷まよつたのであらうと思おもふ内うち、切放きれはなれよく向むきを変かへて右みぎの坂さかをすた〱と上のぼりはじめた。

見みる間まに檜ひのきを後うしろに潜くゞり抜ぬけると、私わしが体からだの上うへあたりへ出でて下したを向むき、

(おい〱、松本まつもとへ出でる路みちは此方こつちだよ、)といつて無雑作むざふさにまた五六歩ぽ。

岩いはの頭あたまへ半身はんしんを乗出のりだして、

(茫然ぼんやりしてると、木精こだまが攫さらふぜ、昼間ひるまだつて用捨ようしやはねえよ。)と嘲あざけるが如ごとく言いひ棄すてたが、軈やがて岩いはの陰かげに入はいつて高たかい処ところの草くさに隠かくれた。

暫しばらくすると見上みあげるほどな辺あたりへ蝙蝠傘かうもりがさの先さきが出でたが、木きの枝えだとすれ〱になつて茂しげみの中なかに見みえなくなつた。

(どッこいしよ、)と暢気のんきなかけ声ごゑで、其その流ながれの石いしの上うへを飛々とび〲に伝つたはつて来きたのは、呉座ござの尻当しりあてをした、何なんにもつけない天秤棒てんびんぼうを片手かたてで担かついだ百姓ひやくしやうぢや。」

第五

「前刻さツきの茶店ちやみせから此処こゝへ来くるまで、売薬ばいやくの外ほかは誰たれにも逢あはなんだことは申上まをしあげるまでもない。

今いま別わかれ際ぎはに声こゑを懸かけられたので、先方むかうは道中だうちうの商売人しやうばいにんと見みたゞけに、まさかと思おもつても気迷きまよひがするので、今朝けさも立たちぎはによく見みて来きた、前まへにも申まをす、其その図面づめんをな、此処こゝでも開あけて見みやうとして居ゐた処ところ。

(一寸ちよいと伺うかゞひたう存ぞんじますが、)

(これは、何なんでござりまする、)と山国やまぐにの人ひとなどは殊ことに出家しゆつけと見みると丁寧ていねいにいつてくれる。

(いえ、お伺うかゞひ申まをしますまでもございませんが、道みちは矢張やツぱりこれを素直まツすぐに参まゐるのでございませうな。)

(松本まつもとへ行ゆかつしやる? あゝ〱本道ほんだうぢや、何なにね、此間こなひだの梅雨つゆに水みづが出でてとてつもない川かはさ出来できたでがすよ。)

(未まだずつと何処どこまでも此この水みづでございませうか。)

(何なんのお前様まへさま、見みたばかりぢや、訳わけはござりませぬ、水みづになつたのは向むかふの那あの藪やぶまでゞ、後あとは矢張やツぱりこれと同一おんなじ道筋みちすぢで山やままでは荷車にぐるまが並ならんで通とほるでがす。藪やぶのあるのは旧もと大おほきいお邸やしきの医者様いしやさまの跡あとでな、此処等こゝいらはこれでも一ツの村むらでがした、十三年ねん前ぜんの大水おほみづの時とき、から一面めんに野良のらになりましたよ、人死ひとじにもいけえこと。御坊様ごばうさま歩行あるきながらお念仏ねんぶつでも唱となへて遣やつてくれさつしやい)と問とはぬことまで親切しんせつに話はなします。其それで能よく仔細しさいが解わかつて確たしかになりはなつたけれども、現げんに一人ひとり蹈迷ふみまよつた者ものがある。

(此方こつちの道みちはこりや何処どこへ行ゆくので、)といつて売薬ばいやくの入はいつた左手ゆんでの坂さかを尋たづねて見みた。

(はい、これは五十年ねんばかり前まへまでは人ひとが歩行あるいた旧道きうだうでがす。矢張やツぱり信州しんしうへ出でまする、前さきは一つで七里りばかり総体そうたい近ちかうござりますが、いや今時いまどき往来わうらいの出来できるのぢやあござりませぬ。去年きよねんも御坊様おばうさま、親子連おやこづれの順礼じゆんれいが間違まちがへて入はいつたといふで、はれ大変たいへんな、乞食こじきを見みたやうな者ものぢやといふて、人命じんめいに代かはりはねえ、追おツかけて助たすけべいと、巡査様おまはりさまが三人にん、村むらの者ものが十二人じふにゝん、一組くみになつて之これから押登おしのぼつて、やつと連つれて戻もどつた位くらゐでがす。御坊様おばうさまも血気けつきに逸はやつて近道ちかみちをしてはなりましねえぞ、草臥くたびれて野宿のじゆくをしてからが此処こゝを行ゆかつしやるよりは増ましでござるに。はい、気きを着つけて行ゆかつしやれ。)

此処こゝで百姓ひやくしやうに別わかれて其その川かはの石いしの上うへを行ゆかうとしたが弗ふと猶予ためらつたのは売薬ばいやくの身みの上うへで。

まさかに聞きいたほどでもあるまいが、其それが本当ほんたうならば見殺みごろしぢや、何どの道みち私わたしは出家しゆつけの体からだ、日ひが暮くれるまでに宿やどへ着ついて屋根やねの下したに寝ねるには及およばぬ、追着おツついて引戻ひきもどして遣やらう。罷違まかりちがふて旧道きうだうを皆みな歩行あるいても怪けしうはあるまい、恁かういふ時候じこうぢや、狼おほかみの春しゆんでもなく、魑魅魍魎ちみまうりやうの汐しほさきでもない、まゝよ、と思おもふて、見送みおくると早はや親切しんせつな百姓ひやくしやうの姿すがたも見みえぬ。

(可よし。)

思切おもひきつて坂道さかみちに取とつて懸かゝつた、侠気をとこぎがあつたのではござらぬ、血気けつきに逸はやつたでは固もとよりない、今いま申まをしたやうではずつと最もう悟さとつたやうぢやが、いやなか〱の憶病者おくびやうもの、川かはの水みづを飲のむのさへ気きが怯ひけたほど生命いのちが大事だいじで、何故なぜ又またと謂いはつしやるか。

唯たゞ挨拶あいさつをしたばかりの男をとこなら、私わしは実じつの処ところ、打棄うつちやつて置おいたに違ちがひはないが、快こゝろよからぬ人ひとと思おもつたから、其そのまゝに見棄みすてるのが、故わざとするやうで、気きが責せめてならなんだから、」

と宗朝しうてうは矢張やツぱり俯向うつむけに床とこに入はいつたまゝ合掌がツしやうしていつた。

「其それでは口くちでいふ念仏ねんぶつにも済すまぬと思おもふてさ。」

第六

「さて、聞きかつしやい、私わしはそれから檜ひのきの裏うらを抜ぬけた、岩いはの下したから岩いはの上うへへ出でた、樹きの中なかを潜くゞつて草深くさふかい径こみちを何処どこまでも、何処どこまでも。

すると何時いつの間まにか今いま上あがつた山やまは過すぎて又また一ツ山やまが近ちかづいて来きた、此辺このあたり暫しばらくの間あひだは野のが広々ひろ〲として、前刻さツき通とほつた本街道ほんかいだうより最もつと巾はゞの広ひろい、なだらかな一筋道すぢみち。

心持こゝろもち西にしと、東ひがしと、真中まんなかに山やまを一ツ置おいて二条すぢ並ならんだ路みちのやうな、いかさまこれならば鎗やりを立たてゝも行列ぎやうれつが通とほつたであらう。

此この広ひろツ場ぱでも目めの及およぶ限かぎり芥子粒けしつぶほどの大おほきさの売薬ばいやくの姿すがたも見みないで、時々とき〲焼やけるやうな空そらを小ちひさな虫むしが飛歩行とびあるいた。

歩行あるくには此この方はうが心細こゝろぼそい、あたりがばツとして居ゐると便たよりがないよ。勿論もちろん飛騨越ひだごゑと銘めいを打うつた日ひには、七里りに一軒けん十里りに五軒けんといふ相場さうば、其処そこで粟あはの飯めしにありつけば都合つがふも上じやうの方はうといふことになつて居をります。其その覚悟かくごのことで、足あしは相応さうおうに達者たツしや、いや屈くつせずに進すゝんだ進すゝんだ。すると、段々だん〲又また山やまが両方りやうはうから逼せまつて来きて、肩かたに支つかへさうな狭せまいことになつた、直すぐに上のぼり。

さあ、之これからが名代なだいの天生峠あまふたうげと心得こゝろえたから、此方こツちも其気そのきになつて、何なにしろ暑あついので、喘あへぎながら、先まづ草鞋わらぢの紐ひもを締直しめなほした。

丁度ちやうど此この上口のぼりくちの辺あたりに美濃みのの蓮大寺れんたいじの本堂ほんだうの床下ゆかしたまで吹抜ふきぬけの風穴かざあながあるといふことを年経としたつてから聞ききましたが、なか〱其処そこどころの沙汰さたではない、一生懸命しやうけんめい、景色けしきも奇跡きせきもあるものかい、お天気てんきさへ晴はれたか曇くもつたか訳わけが解わからず、目ままじろぎもしないですた〱と捏こねて上のぼる。

とお前様まへさまお聞きかせ申まをす話はなしは、これからぢやが、最初さいしよに申まをす通とほり路みちがいかにも悪わるい、宛然まるで人ひとが通かよひさうでない上うへに、恐おそろしいのは、蛇へびで。両方りやうはうの叢くさむらに尾をと頭あたまとを突込つツこんで、のたりと橋はしを渡わたして居ゐるではあるまいか。

私わしは真先まツさきに出会でツくわした時ときは笠かさを被かぶつて竹杖たけづゑを突ついたまゝはツと息いきを引ひいて膝ひざを折をつて坐すわつたて。

いやもう生得しやうとく大嫌だいきらひ、嫌きらひといふより恐怖こわいのでな。

其時そのときは先まづ人助ひとたすけにずる〲と尾をを引ひいて向むかふで鎌首かまくびを上あげたと思おもふと草くさをさら〱と渡わたつた。

漸やうやう起上おきあがつて道みちの五六町ちやうも行ゆくと又また同一おなじやうに、胴中どうなかを乾かはかして尾をも首くびも見みえぬが、ぬたり!

あツといふて飛退とびのいたが、其それも隠かくれた。三度目どめに出会であつたのが、いや急きふには動うごかず、然しかも胴体どうたいの太ふとさ、譬たとひ這出はひだした処ところでぬら〱と遣やられては凡およそ五分間ふんかん位ぐらゐは尾をを出だすまでに間まがあらうと思おもふ長虫ながむしと見みえたので已やむことを得えず私わしは跨またぎ越こした、途端とたんに下腹したはらが突張つツぱつてぞツと身みの毛け、毛穴けあなが不残のこらず鱗うろこに変かはつて、顔かほの色いろも其その蛇へびのやうになつたらうと目めを塞ふさいだ位くらゐ。

絞しぼるやうな冷汗ひやあせになる気味きみの悪わるさ、足あしが窘すくんだといふて立たつて居ゐられる数すうではないから、びく〱しながら路みちを急いそぐと又またしても居ゐたよ。

然しかも今度こんどのは半分はんぶんに引切ひききつてある胴どうから尾をばかりの虫むしぢや、切口きりくちが蒼あをみを帯おびて其それで恁かう黄色きいろな汁しるが流ながれてぴくぴくと動うごいたわ。

我われを忘わすれてばら〱とあとへ遁帰にげかへつたが、気きが着つけば例れいのが未まだ居ゐるであらう、譬たとひ殺ころされるまでも二度どとは彼あれを跨またぐ気きはせぬ。あゝ前刻さツきのお百姓ひやくしやうがものゝ間違まちがひでも故道ふるみちには蛇へびが恁かうといつてくれたら、地獄ぢごくへ落おちても来こなかつたにと照てりつけられて、涙なみだが流ながれた、南無阿弥陀仏なむあみだぶつ、今いまでも悚然ぞツとする。」と額ひたひに手てを。

第七

「果はてしが無ないから肝きもを据すゑた、固もとより引返ひきかへす分ぶんではない。旧もとの処ところには矢張やツぱり丈足たけたらずの骸むくろがある、遠とほくへ避さけて草くさの中なかへ駆かけ抜ぬけたが、今いまにもあとの半分はんぶんが絡まとひつきさうで耐たまらぬから気臆きおくれがして足あしが筋張すぢばると、石いしに躓つまづいて転ころんだ、其時そのとき膝節ひざふしを痛いためましたものと見みえる。

それからがく〲して歩行あるくのが少すこし難渋なんじふになつたけれども、此処こゝで倒たふれては温気うんきで蒸殺むしころされるばかりぢやと、我身わがみで我身わがみを激はげまして首筋くびすぢを取とつて引立ひきたてるやうにして峠たうげの方はうへ。

何なにしろ路傍みちばたの草くさいきれが可恐おそろしい、大鳥おほとりの卵たまご見みたやうなものなんぞ足許あしもとにごろ〲して居ゐる茂しげり塩梅あんばい。

又また二里りばかり大蛇おろちの畝うねるやうな坂さかを、山懐やまふところに突当つきあたつて岩角いはかどを曲まがつて、木きの根ねを繞めぐつて参まゐつたが此処こゝのことで余あまりの道みちぢやつたから、参謀本部さんぼうほんぶの絵図面ゑづめんを開ひらいて見みました。

何なに矢張やツぱり道みちは同一おんなじで聞きいたにも見みたのにも変かはりはない、旧道きうだうは此方こちらに相違さうゐはないから心遣こゝろやりにも何なんにもならず、固もとより歴れツきとした図面づめんといふて、描ゑがいてある道みちは唯たゞ栗くりの毯いがの上うへへ赤あかい筋すぢが引張ひつぱつてあるばかり。

難儀なんぎさも、蛇へびも、毛虫けむしも、鳥とりの卵たまごも、草くさいきれも、記しるしてある筈はずはないのぢやから、薩張さツぱりと畳たゝんで懐ふところに入いれて、うむと此この乳ちゝの下したへ念仏ねんぶつを唱となへ込こんで立直たちなほつたは可よいが、息いきも引ひかぬ内うちに情無なさけない長虫ながむしが路みちを切きつた。

其処そこでもう所詮しよせん叶かなはぬと思おもつたなり、これは此この山やまの霊れいであらうと考かんがへて、杖つえを棄すてゝ膝ひざを曲まげ、じり〱する地つちに両手りやうてをついて、

(誠まことに済すみませぬがお通とほしなすつて下くださりまし、成なるたけお昼寝ひるねの邪魔じやまになりませぬやうに密そツと通行つうかういたしまする。

御覧ごらんの通とほり杖つえも棄すてました。)と我折がをれ染々しみ〲と頼たのんで額ひたひを上あげるとざつといふ凄すさまじい音おとで。

心持こゝろもち余程よほどの大蛇だいじやと思おもつた、三尺じやく、四尺しやく、五尺しやく、四方はう、一丈ぢやう余よ、段々だん〲と草くさの動うごくのが広ひろがつて、傍かたへの谷たにへ一文字もんじに颯さツと靡なびいた、果はては峯みねも山やまも一斉せいに揺ゆるいだ、悚毛おぞけを震ふるつて立窘たちすくむと涼すゞしさが身みに染しみて気きが着つくと山颪やまおろしよ。

此この折をりから聞きこえはじめたのは哄どツといふ山彦やまひこに伝つたはる響ひゞき、丁度ちやうど山やまの奥おくに風かぜが渦巻うづまいて其処そこから吹起ふきおこる穴あながあいたやうに感かんじられる。

何なにしろ山霊さんれい感応かんおうあつたか、蛇へびは見みえなくなり暑あつさも凌しのぎよくなつたので気きも勇いさみ足あしも捗取はかどつたが程ほどなく急きふに風かぜが冷つめたくなつた理由りいうを会得ゑとくすることが出来できた。

といふのは目めの前まへに大森林だいしんりんがあらはれたので。

世よの譬たとへにも天生峠あまふたうげは蒼空あをぞらに雨あめが降ふるといふ人ひとの話はなしにも神代じんだいから杣そまが手てを入いれぬ森もりがあると聞きいたのに、今いままでは余あまり樹きがなさ過すぎた。

今度こんどは蛇へびのかはりに蟹かにが歩あるきさうで草鞋わらぢが冷ひえた。暫しばらくすると暗くらくなつた、杉すぎ、松まつ、榎えのきと処々ところ〲見分みわけが出来できるばかりに遠とほい処ところから幽かすかに日ひの光ひかりの射さすあたりでは、土つちの色いろが皆みな黒くろい。中なかには光線くわうせんが森もりを射通いとほす工合ぐあひであらう、青あをだの、赤あかだの、ひだが入いつて美うつくしい処ところがあつた。

時々とき〲爪尖つまさきに絡からまるのは葉はの雫しづくの落溜おちたまつた糸いとのやうな流ながれで、これは枝えだを打うつて高たかい処ところを走はしるので。ともすると又また常盤木ときはぎが落葉おちばする、何なんの樹きとも知しれずばら〲と鳴なり、かさかさと音おとがしてぱつと檜笠ひのきがさにかゝることもある、或あるひは行過ゆきすぎた背後うしろへこぼれるのもある、其等それらは枝えだから枝えだに溜たまつて居ゐて何十年なんじうねんぶりではじめて地つちの上うへまで落おちるのか分わからぬ。」

第八

「心細こゝろぼそさは申もをすまでもなかつたが、卑怯ひけふな様やうでも修業しゆげふの積つまぬ身みには、恁云かういふ暗くらい処ところの方はうが却かへつて観念くわんねんに便たよりが宜よい。何なにしろ体からだが凌しのぎよくなつたゝめに足あしの弱よわりも忘わすれたので、道みちも大おほきに捗取はかどつて、先まづこれで七分ぶは森もりの中なかを越こしたらうと思おもふ処ところで、五六尺しやく天窓あたまの上うへらしかつた樹きの枝えだから、ぼたりと笠かさの上うへへ落おち留とまつたものがある。

鉛なまりの重おもりかとおもふ心持こゝろもち、何なにか木きの実みでゞもあるか知しらんと、二三度ど振ふつて見みたが附着くツついて居ゐて其そのまゝには取とれないから、何心なにごゝろなく手てをやつて掴つかむと、滑なめらかに冷ひやりと来きた。

見みると海鼠なまこを裂さいたやうな目めも口くちもない者ものぢやが、動物どうぶつには違ちがひない。不気味ぶきみで投出なげださうとするとずる〲と辷すべつて指ゆびの尖さきへ吸すひついてぶらりと下さがつた其その放はなれた指ゆびの尖さきから真赤まつかな美うつくしい血ちが垂々たら〱と出でたから、吃驚びツくりして目めの下したへ指ゆびをつけてじつと見みると、今いま折曲をりまげた肱ひぢの処ところへつるりと垂懸たれかゝつて居ゐるのは同おなじ形かたちをした、巾はゞが五分ぶ、丈たけが三寸ずんばかりの山海鼠やまなまこ。

呆気あつけに取とられて見みる〱内うちに、下したの方はうから縮ちゞみながら、ぶくぶくと太ふとつて行ゆくのは生血いきちをしたゝかに吸込すひこむ所為せゐで、濁にごつた黒くろい滑なめらかな肌はだに茶褐色ちやかツしよくの縞しまをもつた、痣胡瓜いぼきうりのやうな血ちを取とる動物どうぶつ、此奴こいつは蛭ひるぢやよ。

誰たが目めにも見違みちがへるわけのものではないが図抜づぬけて余あまり大おほきいから一寸ちよツとは気きがつかぬであつた、何なんの畠はたけでも、甚麼どんな履歴りれきのある沼ぬまでも、此位このくらゐな蛭ひるはあらうとは思おもはれぬ。

肱ひぢをばさりと振ふつたけれども、よく喰込くひこんだと見みえてなかなか放はなれさうにしないから不気味ぶきみながら手てで抓つまんで引切ひツきると、ぶつりといつてやう〱取とれる暫時しばらくも耐たまつたものではない、突然とつぜん取とつて大地だいぢへ叩たゝきつけると、これほどの奴等やつらが何万なんまんとなく巣すをくつて我わがものにして居ゐやうといふ処ところ、予かねて其その用意よういはして居ゐると思おもはれるばかり、日ひのあたらぬ森もりの中なかの土つちは柔やはらかい、潰つぶれさうにもないのぢや。

と最早もはや頷えりのあたりがむづ〱して来きた、平手ひらてで扱こいて見みると横撫よこなでに蛭ひるの背せなをぬる〱とすべるといふ、やあ、乳ちゝの下したへ潜ひそんで帯おびの間あひだにも一疋ぴき、蒼あをくなつてそツと見みると肩かたの上うへにも一筋すぢ。

思おもはず飛上とびあがつて総身そうしんを震ふるひながら此この大枝おほえだの下したを一散さんにかけぬけて、走はしりながら先まづ心覚こゝろおぼえの奴やつだけは夢中むちうでもぎ取とつた。

何なににしても恐おそろしい今いまの枝えだには蛭ひるが生なつて居ゐるのであらうと余あまりの事ことに思おもつて振返ふりかへると、見返みかへつた樹きの何なんの枝えだか知しらず矢張やツぱり幾いくツといふこともない蛭ひるの皮かはぢや。

これはと思おもふ、右みぎも、左ひだりも前まへの枝えだも、何なんの事ことはないまるで充満いツぱい。

私わしは思おもはず恐怖きようふの声こゑを立たてゝ叫さけんだすると何なんと? 此時このときは目めに見みえて、上うへからぼたり〱と真黒まツくろな瘠やせた筋すぢの入はいつた雨あめが体からだへ降ふりかゝつて来きたではないか。

草鞋わらじを穿はいた足あしの甲かふへも落おちた上うへへ又また累かさなり、並ならんだ傍わきへ又また附着くツついて爪先つまさきも分わからなくなつた、然さうして活いきてると思おもふだけ脈みやくを打うつて血ちを吸すふやうな。思おもひなしか一ツ一ツ伸縮のびちゞみをするやうなのを見みるから気きが遠とほくなつて、其時そのとき不思議ふしぎな考かんがへが起おきた。

此この恐おそろしい山蛭やまびるは神代かみよの古いにしへから此処こゝに屯たむろをして居ゐて人ひとの来くるのを待まちつけて、永ながい久ひさしい間あひだに何どの位くらゐ何斛なんごくかの血ちを吸すふと、其処そこでこの虫むしの望のぞみが叶かなふ其その時ときはありつたけの蛭ひるが不残のこらず吸すつたゞけの人間にんげんの血ちを吐出はきだすと、其それがために土つちがとけて山やま一ツ一面めんに血ちと泥どろとの大沼おほぬまにかはるであらう、其それと同時どうじに此処こゝに日ひの光ひかりを遮さへぎつて昼ひるもなほ暗くらい大木たいぼくが切々きれ〲に一ツ一ツ蛭ひるになつて了しまうのに相違さうゐないと、いや、全まツたくの事ことで。」

第九

「凡およそ人間にんげんが滅ほろびるのは、地球ちきうの薄皮うすかはが破やぶれて空そらから火ひが降ふるのでもなければ、大海だいかいが押被おツかぶさるのでもない飛騨国ひだのくにの樹林きはやしが蛭ひるになるのが最初さいしよで、しまいには皆みんな血ちと泥どろの中なかに筋すぢの黒くろい虫むしが泳およぐ、其それが代だいがはりの世界せかいであらうと、ぼんやり。

なるほど此この森もりも入口いりくちでは何なんの事こともなかつたのに、中なかへ来くると此通このとほり、もつと奥深おくふかく進すゝんだら早はや不残のこらず立樹たちきの根ねの方はうから朽くちて山蛭やまびるになつて居ゐやう、助たすかるまい、此処こゝで取殺とりころされる因縁いんねんらしい、取留とりとめのない考かんがへが浮うかんだのも人ひとが知死期ちしごに近ちかづいたからだと弗ふと気きが着ついた。

何どの道みち死しぬるものなら一足あしでも前まへへ進すゝんで、世間せけんの者ものが夢ゆめにも知しらぬ血ちと泥どろの大沼おほぬまの片端かたはしでも見みて置おかうと、然さう覚悟かくごが極きはまつては気味きみの悪わるいも何なにもあつたものぢやない、体中からだぢう珠数生じゆずなりになつたのを手当次第てあたりしだいに掻かい除のけ毟むしり棄すて、抜ぬき取とりなどして、手てを挙あげ足あしを踏ふんで、宛まるで躍をどり狂くるふ形かたちで歩行あるき出だした。

はじめの内うちは一廻まはりも太ふとつたやうに思おもはれて痒かゆさが耐たまらなかつたが、しまひにはげつそり痩やせたと、感かんじられてづきづき痛いたんでならぬ、其上そのうへを用捨ようしやなく歩行あるく内うちにも入交いりまじりに襲おそひをつた。

既すでに目めも眩くらんで倒たふれさうになると、禍わざわひは此辺このへんが絶頂ぜつちやうであつたと見みえて、隧道トンネルを抜ぬけたやうに遥はるかに一輪りんのかすれた月つきを拝おがんだのは蛭ひるの林はやしの出口でくちなので。

いや蒼空あをそらの下したへ出でた時ときには、何なんのことも忘わすれて、砕くだけろ、微塵みぢんになれと横よこなぐりに体からだを山路やまぢへ打倒うちたふした。それでからもう砂利じやりでも針はりでもあれと地つちへこすりつけて、十とう余あまりも蛭ひるの死骸しがいを引ひツくりかへした上うへから、五六間けん向むかふへ飛とんで身顫みぶるひをして突立つツたつた。

人ひとを馬鹿ばかにして居ゐるではありませんか。あたりの山やまでは処々ところ〲茅蜩殿ひぐらしどの、血ちと泥どろの大沼おほぬまにならうといふ森もりを控ひかへて鳴ないて居ゐる、日ひは斜なゝめ、谷底たにそこはもう暗くらい。

先まづこれならば狼おほかみの餌食えじきになつても其それは一思おもひに死しなれるからと、路みちは丁度ちやうどだら〲下おりなり、小僧こぞうさん、調子てうしはづれに竹たけの杖つゑを肩かたにかついで、すたこら遁にげたわ。

これで蛭ひるに悩なやまされて痛いたいのか、痒かゆいのか、それとも擽くすぐつたいのか得えもいはれぬ苦くるしみさへなかつたら、嬉うれしさに独ひとり飛騨山越ひだやまごえの間道かんだうで、御経おきやうに節ふしをつけて外道踊げだうをどりをやつたであらう一寸ちよツと清心丹せいしんたんでも噛砕かみくだいて疵口きずぐちへつけたら何どうだと、大分だいぶ世よの中なかの事ことに気きがついて来きたわ。捻つねつても確たしかに活返いきかへつたのぢやが、夫それにしても富山とやまの薬売くすりうりは何どうしたらう、那あの様子やうすでは疾とうに血ちになつて泥沼どろぬまに。皮かはばかりの死骸しがいは森もりの中なかの暗くらい処ところ、おまけに意地いぢの汚きたない下司げすな動物どうぶつが骨ほねまでしやぶらうと何百なんびやくといふ数すうでのしかゝつて居ゐた日ひには、酢すをぶちまけても分わかる気遣きづかひはあるまい。

恁かう思おもつて居ゐる間あひだ、件くだんのだら〲坂ざかは大分だいぶ長ながかつた。

其それを下おり切きると流ながれが聞きこえて、飛とんだ処ところに長ながさ一間けんばかりの土橋どばしがかゝつて居ゐる。

はや其その谷川たにかはの音おとを聞きくと我身わがみで持余もてあます蛭ひるの吸殻すひがらを真逆まツさかさまに投込なげこんで、水みづに浸ひたしたら嘸さぞ可いゝ心地こゝちであらうと思ふ位くらゐ、何なんの渡わたりかけて壊こはれたら夫それなりけり。

危あぶないとも思おもはずにずつと懸かゝる、少すこしぐら〲としたが難なんなく越こした。向むかふから又また坂さかぢや、今度こんどは上のぼりさ、御苦労ごくらう千万せんばん。」

第十

「到底とても此この疲つかれやうでは、坂さかを上のぼるわけには行ゆくまいと思おもつたが、ふと前途ゆくてに、ヒイヽンと馬うまの嘶いなゝくのが谺こだまして聞きこえた。

馬士まごが戻もどるのか小荷駄こにだが通とほるか、今朝けさ一人ひとりの百姓ひやくしやうに別わかれてから時ときの経たつたは僅わづかぢやが、三年ねんも五年ねんも同一おんなじものをいふ人間にんげんとは中なかを隔へだてた。馬うまが居ゐるやうでは左とも右かくも人里ひとざとに縁えんがあると、之これがために気きが勇いさんで、えゝやつと今いま一揉もみ。

一軒けんの山家やまがの前まへへ来きたのには、然さまで難儀なんぎは感かんじなかつた、夏なつのことで戸障子としやうじの締しまりもせず、殊ことに一軒家けんや、あけ開ひらいたなり門もんといふでもない、突然いきなり破椽やぶれえんになつて男をとこが一人ひとり、私わしはもう何なんの見境みさかひもなく、(頼たのみます、頼たのみます、)といふさへ助たすけを呼よぶやうな調子てうしで、取縋とりすがらぬばかりにした。

(御免ごめんなさいまし、)といつたがものもいはない、首筋くびすぢをぐつたりと、耳みゝを肩かたで塞ふさぐほど顔かほを横よこにしたまゝ小児こどもらしい、意味いみのない、然しかもぼつちりした目めで、ぢろ〲と、門もんに立たつたものを瞻みつめる、其その瞳ひとみを動うごかすさい、おつくうらしい、気きの抜ぬけた身みの持方もちかた。裾すそ短みぢかで袖そでは肱ひぢより少すくない、糊気のりけのある、ちやん〱を着きて、胸むねのあたりで紐ひもで結ゆはへたが、一ツ身みのものを着きたやうに出でツ腹ばらの太ふとり肉じゝ、太鼓たいこを張はつたくらゐに、すべ〱とふくれて然しかも出臍でべそといふ奴やつ、南瓜かぼちやの蔕へたほどな異形いぎやうな者ものを、片手かたてでいぢくりながら幽霊いうれいのつきで、片手かたてを宙ちうにぶらり。

足あしは忘わすれたか投出なげだした、腰こしがなくば暖簾のれんを立たてたやうに畳たゝまれさうな、年紀としが其それで居ゐて二十二三、口くちをあんぐりやつた上唇うはくちびるで巻込まきこめやう、鼻はなの低ひくさ、出額でびたひ。五分ぶ刈がりの伸のびたのが前まへは鶏冠とさかの如ごとくになつて、頷脚えりあしへ刎はねて耳みゝに被かぶさつた、唖おしか、白痴ばかか、これから蛙かへるにならうとするやうな少年せうねん。私わしは驚おどろいた、此方こツちの生命いのちに別条べつでうはないが、先方様さきさまの形相ぎやうさう。いや、大別条おほべつでう。

(一寸ちよいとお願ねがひ申まをします。)

それでも為方しかたがないから又また言葉ことばをかけたが少すこしも通つうぜず、ばたりといふと僅わづかに首くびの位置ゐちをかへて今度こんどは左ひだりの肩かたを枕まくらにした、口くちの開あいてること旧もとの如ごとし。

恁かう云いふのは、悪わるくすると突然いきなりふんづかまへて臍へそを捻ひねりながら返事へんじのかはりに嘗なめやうも知しれぬ。

私わしは一足あし退すさつたがいかに深山しんざんだといつても是これを一人ひとりで置おくといふ法はふはあるまい、と足あしを爪立つまだてゝ少すこし声高こはだかに、

(何方どなたぞ、御免ごめんなさい、)といつた。

背戸せどと思おもふあたりで再ふたゝび馬うまの嘶いなゝく声こゑ。

(何方どなた、)と納戸なんどの方はうでいつたのは女をんなぢやから、南無三宝なむさんばう、此この白しろい首くびには鱗うろこが生はへて、体からだは床ゆかを這はつて尾ををずる〲と引ひいて出でやうと、又また退すさつた。

(おゝ、御坊様おばうさま、)と立顕たちあらはれたのは小造こづくりの美うつくしい、声こゑも清すゞしい、ものやさしい。

私わしは大息おほいきを吐ついて、何なんにもいはず、

(はい。)と頭つむりを下さげましたよ。

婦人をんなは膝ひざをついて坐すわつたが、前まへへ伸上のびあがるやうにして黄昏たそがれにしよんぼり立たつた私わしが姿すがたを透すかし見みて、(何なにか用ようでござんすかい。)

休やすめともいはずはじめから宿やどの常世つねよは留主るすらしい、人ひとを泊とめないと極きめたものゝやうに見みえる。

いひ後おくれては却かへつて出でそびれて頼たのむにも頼たのまれぬ仕誼しぎにもなることゝ、つか〱と前まへへ出でた。丁寧ていねいに腰こしを屈かゞめて、

(私わしは、山越やまごえで信州しんしうへ参まゐります者ものですが旅籠はたごのございます処ところまでは未まだ何どの位くらゐございませう。)」

第十一

「(貴方あなたまだ八里り余あまりでございますよ。)

(其他そのほかに別べつに泊とめてくれます家うちもないのでせうか。)

(其それはございません。)といひながら目めたゝきもしないで清すゞしい目めで私わしの顔かほをつく〲見みて居ゐた。

(いえもう何なんでございます、実じつは此先このさき一町ちやう行ゆけ、然さうすれば上段じやうだんの室へやに寝ねかして一晩ばん扇あふいで居ゐて其それで功徳くどくのためにする家うちがあると承うけたまはりましても、全まツたくの処ところ一足あしも歩行あるけますのではございません、何処どこの物置ものおきでも馬小屋うまごやの隅すみでも宜よいのでございますから後生ごしやうでございます。)と前刻さツき馬うまの嘶いなゝいたのは此家こゝより外ほかにはないと思おもつたから言いつた。

婦人をんなは暫しばらく考かんがへて居ゐたが、弗ふと傍わきを向むいて布ぬのの袋ふくろを取とつて、膝ひざのあたりに置おいた桶をけの中なかへざら〱と一巾はゞ、水みづを溢こぼすやうにあけて縁ふちをおさへて、手てで掬すくつて俯向うつむいて見みたが、

(あゝ、お泊とめ申まをしましやう、丁度ちやうど炊たいてあげますほどお米こめもございますから、其それに夏なつのことで、山家やまがは冷ひえましても夜よるのものに御不自由ごふじいうもござんすまい。さあ、左とも右かくもあなたお上あがり遊あそばして。)

といふと言葉ことばの切きれぬ先さきにどつかり腰こしを落おとした。婦人をんなは衝つと身みを起おこして立たつて来きて、

(御坊様おばうさま、それでござんすが一寸ちよつとお断ことはり申まをして置おかねばなりません。)

判然はツきりいはれたので私わしはびく〱もので、

(唯はい、はい。)

(否いえ、別べつのことぢやござんせぬが、私わたしは癖くせとして都みやこの話はなしを聞きくのが病やまひでございます、口くちに蓋ふたをしておいでなさいましても無理むりやりに聞きかうといたしますが、あなた忘わすれても其時そのとき聞きかして下くださいますな、可ようござんすかい、私わたしは無理むりにお尋たづね申まをします、あなたは何どうしてもお話はなしなさいませぬ、其それを是非ぜひにと申まをしましても断たつて有仰おツしやらないやうに屹きツと念ねんを入いれて置おきますよ。)

と仔細しさいありげなことをいつた。

山やまの高たかさも谷たにの深ふかさも底そこの知しれない一軒家けんやの婦人をんなの言葉ことばとは思おもふたが、保たもつにむづかしい戒かいでもなし、私わしは唯たゞ頷うなづくばかり。

(唯はい、宜よろしうございます、何事なにごとも仰有おツしやりつけは背そむきますまい。)

婦人をんなは言下ごんかに打解うちとけて、

(さあ〱汚きたなうございますが早はやく此方こちらへ、お寛くつろぎなさいまし、然さうしてお洗足せんそくを上あげませうかえ。)

(いえ、其それには及およびませぬ、雑巾ざうきんをお貸かし下くださいまし。あゝ、それからもし其そのお雑巾ざうきん次手ついでにづツぷりお絞しぼんなすつて下くださると助たすかります、途中とちうで大変たいへんな目めに逢あひましたので体からだを打棄うつちやりたいほど気味きみが悪わるうございますので、一ツ背中せなかを拭ふかうと存ぞんじますが恐入おそれいりますな。)

(然さう、汗あせにおなりなさいました、嘸さぞまあ、お暑あつうござんしたでせう、お待まちなさいまし、旅籠はたごへお着つき遊あそばして湯ゆにお入はいりなさいますのが、旅たびするお方かたには何なにより御馳走ごちそうだと申まをしますね、湯ゆどころか、お茶ちやさへ碌ろくにおもてなしもいたされませんが、那あの、此この裏うらの崖がけを下おりますと、綺麗きれいな流ながれがございますから一層そう其それへ行いらつしやツてお流ながしが宜ようございませう、)

聞きいただけでも飛とんでも行ゆきたい。

(えゝ、其それは何なにより結構けつこうでございますな。)

(さあ、其それでは御案内ごあんない申まをしませう、どれ、丁度ちやうど私わたしも米こめを磨とぎに参まゐります。)と件くだんの桶をけを小脇こわきに抱かゝへて、椽側えんがはから、藁草履わらぞうりを穿はいて出でたが、屈かゞんで板椽いたえんの下したを覗のぞいて、引出ひきだしたのは一足そくの古下駄ふるげたで、かちりと合あはして埃ほこりを払はたいて揃そろへて呉くれた。

(お穿はきなさいまし、草鞋わらじは此処こゝにお置おきなすつて、)

私わしは手てをあげて一礼れいして、

(恐入おそれいります、これは何どうも、)

(お泊とめ申まをすとなりましたら、あの、他生たしやうの縁えんとやらでござんす、あなた御遠慮ごゑんりよを遊あそばしますなよ。)先まづ恐おそろしく調子てうしが可いいぢやて。」

第十二

「(さあ、私わたしに跟ついて此方こちらへ、)と件くだんの米磨桶こめとぎをけを引抱ひツかゝへて手拭てぬぐひを細ほそい帯おびに挟はさんで立たつた。

髪かみは房ふツさりとするのを束たばねてな、櫛くしをはさんで笄かんざしで留とめて居ゐる、其その姿すがたの佳よさといふてはなかつた。

私わしも手早てばやく草鞋わらじを解といたから、早速さツそく古下駄ふるげたを頂戴ちやうだいして、椽えんから立たつ時とき一寸ちよいと見みると、それ例れいの白痴殿ばかどのぢや。

同おなじく私わしが方かたをぢろりと見みたつけよ、舌不足したたらずが饒舌しやべるやうな、愚ぐにもつかぬ声こゑを出だして、

(姉ねえや、こえ、こえ。)といひながら、気きだるさうに手てを持上もちあげて其その蓬々ばう〱と生はへた天窓あたまを撫なでた。

(坊ばうさま、坊ばうさま?)

すると婦人をんなが、下しもぶくれな顔かほにえくぼを刻きざんで、三ツばかりはき〱と続つゞけて頷うなづいた。

少年せうねんはうむといつたが、ぐたりとして又また臍へそをくり〱〱。

私わしは余あまり気きの毒どくさに顔かほも上あげられないで密そつと盗ぬすむやうにして見みると、婦人をんなは何事なにごとも別べつに気きに懸かけては居をらぬ様子やうす、其そのまゝ後あとへ跟ついて出でやうとする時とき、紫陽花あぢさいの花はなの蔭かげからぬいと出でた一名めいの親仁おやぢがある。

背戸せどから廻まはつて来きたらしい、草鞋わらじを穿はいたなりで、胴乱どうらんの根付ねつけを紐長ひもながにぶらりと提さげ、啣煙管くはへぎせるをしながら並ならんで立停たちとまつた。

(和尚様おしやうさまおいでなさい。)

婦人をんなは其方そなたを振向ふりむいて、

(おぢ様さん何どうでござんした。)

(然さればさの、頓馬とんまで間まの抜ぬけたといふのは那あのことかい。根ねツから早はや狐きつねでなければ乗のせ得えさうにもない奴やつぢやが、其処そこはおらが口くちぢや、うまく仲人なかうどして、二月つきや三月つきはお嬢様ぢやうさまが御不自由ごふんじよのねえやうに、翌日あすはものにして沢山うんと此処こゝへ担かつぎ込こんます。)

(お頼たのみ申まをしますよ。)

(承知しようち、承知しようち、おゝ、嬢様ぢやうさま何処どこさ行ゆかつしやる。)

(崖がけの水みづまで一寸ちよいと。)

(若わかい坊様ばうさま連つれて川かはへ落おつこちさつさるな。おら此処こゝに眼張がんばつて待まつ居とるに、)と横様よこさまに椽えんにのさり。

(貴僧あなた、あんなことを申まをしますよ。)と顔かほを見みて微笑ほゝゑんだ。

(一人ひとりで参まゐりませう、)と傍わきへ退のくと親仁おやぢは吃々くつ〱と笑わらつて、

(はゝゝゝ、さあ早はやくいつてござらつせえ。)

(をぢ様さん、今日けふはお前まへ、珍めづらしいお客きやくがお二人ふたかたござんした、恁かふ云いふ時ときはあとから又また見みえやうも知しれません、次郎じらうさんばかりでは来きた者ものが弱よわんなさらう、私わたしが帰かへるまで其処そこに休やすんで居ゐてをくれでないか。)

(可いいともの。)といひかけて親仁おやぢは少年せうねんの傍そばへにぢり寄よつて、鉄挺かなてこを見みたやうな拳こぶしで、脊中せなかをどんとくらはした、白痴ばかの腹はらはだぶりとして、べそをかくやうな口くちつきで、にやりと笑わらふ。

私わしは悚気ぞツとして面おもてを背そむけたが婦人をんなは何気なにげない体ていであつた。

親仁おやぢは大口おほぐちを開あいて、

(留主るすにおらが此この亭主ていしゆを盗ぬすむぞよ。)

(はい、ならば手柄てがらでござんす、さあ、貴僧あなた参まゐりませうか。)

背後うしろから親仁おやぢが見みるやうに思おもつたが、導みちびかるゝまゝに壁かべについて、彼かの紫陽花あぢさいのある方はうではない。

軈やがて脊戸せどと思おもふ処ところで左ひだりに馬小屋うまごやを見みた、こと〱といふ物音ものおとは羽目はめを蹴けるのであらう、もう其辺そのへんから薄暗うすぐらくなつて来くる。

(貴僧あなた、こゝから下をりるのでございます、辷すべりはいたしませぬが道みちが酷ひどうございますからお静しづかに、)といふ。」

第十三

「其処そこから下おりるのだと思おもはれる、松まつの木きの細ほそくツて度外どはづれに背せいの高たかいひよろ〱した凡およそ五六間けん上うへまでは小枝こえだ一ツもないのがある。其中そのなかを潜くゞつたが仰あふぐと梢こずえに出でて白しろい、月つきの形かたちは此処ここでも別べつにかはりは無なかつた、浮世うきよは何処どこにあるか十三夜じふさんやで。

先さきへ立たつた婦人をんなの姿すがたが目めさきを放はなれたから、松まつの幹みきに掴つかまつて覗のぞくと、つい下したに居ゐた。

仰向あふむいて、

(急きふに低ひくくなりますから気きをつけて。こりや貴僧あなたには足駄あしだでは無理むりでございましたか不知しら、宜よろしくば草履ざうりとお取交とりかへ申まをしませう。)

立後たちおくれたのを歩行悩あるきなやんだと察さつした様子やうす、何なにが扨さて転ころげ落おちても早はやく行いつて蛭ひるの垢あかを落おとしたさ。

(何なに、いけませんければ跣足はだしになります分ぶんのこと、何卒どうぞお構かまひなく、嬢様ぢやうさまに御心配ごしんぱいをかけては済すみません。)

(あれ、嬢様ぢやうさまですつて、)と稍やゝ調子てうしを高たかめて、艶麗あでやかに笑わらつた。

(唯はい、唯今たゞいまあの爺様ぢいさんが、然さやう申まをしましたやうに存ぞんじますが、夫人おくさまでございますか。)

(何なんにしても貴僧あなたには叔母をばさん位ぐらゐな年紀としですよ。まあ、お早はやくいらつしやい、草履ざうりも可ようござんすけれど、刺とげがさゝりますと不可いけません、それにじく〱湿ぬれて居ゐてお気味きみが悪わるうございませうから)と向むかふ向むきでいひながら衣服きものの片褄かたつまをぐいとあげた。真白まつしろなのが暗くらまぎれ、歩行あるくと霜しもが消きえて行ゆくやうな。

ずん〱ずん〱と道みちを下おりる、傍かたはらの叢くさむらから、のさ〱と出でたのは蟇ひきで。

(あれ、気味きみが悪わるいよ。)といふと婦人をんなは背後うしろへ高々たか〲と踵かがとを上あげて向むかふへ飛とんだ。

(お客様きやくさまが被在ゐらつしやるではないかね、人ひとの足あしになんか搦からまつて贅沢ぜいたくぢやあないか、お前達まへだちは虫むしを吸すつて居ゐれば沢山たくさんだよ。

貴僧あなたずん〱入いらつしやいましな、何どうもしはしません。恁云かういふ処ところですからあんなものまで人懐ひとなつかうございます、厭いやぢやないかね、お前達まへだちと友達ともだちを見みたやうで可愧はづかしい、あれ可いけませんよ。)

蟇ひきはのさ〱と又また草くさを分わけて入はいつた、婦人をんなはむかふへずいと。

(さあ此この上うへへ乗のるんです、土つちが柔やはらかで壊くへますから地面ぢめんは歩行あるかれません。)

いかにも大木たいぼくの僵たふれたのが草くさがくれに其その幹みきをあらはして居ゐる、乗のると足駄穿あしだばきで差支さしつかへがない、丸木まるきだけれども可恐おそろしく太ふといので、尤もつともこれを渡わたり果はてると忽たちまち流ながれの音おとが耳みゝに激げきした、それまでには余程よほどの間あひだ。

仰あふいで見みると松まつの樹きはもう影かげも見みえない、十三夜やの月つきはずつと低ひくうなつたが、今いま下おりた山やまの頂いただきに半なかばかゝつて、手てが届とゞきさうにあざやかだけれども、高たかさは凡およそ計はかり知しられぬ。

(貴僧あなた、此方こちらへ。)

といつた、婦人をんなはもう一息いき、目めの下したに立たつて待まつて居ゐた。

其処そこは早はや一面めんの岩いはで、岩いはの上うへへ谷川たにがはの水みづがかゝつて此処ここによどみを造つくつて居ゐる、川巾かははばは一間けんばかり、水みづに望のぞめば音おとは然さまでにもないが、美うつくしさは玉たまを解といて流ながしたやう、却かへつて遠とほくの方はうで凄すさまじく岩いはに砕くだける響ひゞきがする。

向むかふ岸ぎしは又また一坐ざの山やまの裾すそで、頂いたゞきの方はうは真暗まつくらだが、山やまの端はから其その山腹さんぷくを射いる月つきの光ひかりに照てらし出だされた辺あたりからは大石おほいし小石こいし、栄螺さゞえのやうなの、六尺角しやくかくに切出きりだしたの、剣つるぎのやうなのやら鞠まりの形かたちをしたのやら、目めの届とゞく限かぎり不残のこらず岩いはで、次第しだいに大おほきく水みづに浸ひたつたのは唯ただ小山こやまのやう。」

第十四

「(可いゝ塩梅あんばいに今日けふは水みづがふへて居をりますから、中なかに入はいりませんでも此上このうへで可ようございます。)と甲かうを浸ひたして爪先つまさきを屈かゞめながら、雪ゆきのやうな素足すあしで石いしの盤ばんの上うへに立たつて居ゐた。

自分達じぶんだちが立たつた側がはは、却かへつて此方こなたの山やまの裾すそが水みづに迫せまつて、丁度ちやうど切穴きりあなの形かたちになつて、其処そこへ此この石いしを箝はめたやうな誂あつらへ。川上かはかみも下流かりうも見みえぬが、向むかふの彼かの岩山いはやま、九十九折つゞらをれのやうな形かたち、流ながれは五尺しやく、三尺しやく、一間けんばかりづゝ上流じやうりうの方はうが段々だん〲遠とほく、飛々とび〲に岩いはをかゞつたやうに隠見いんけんして、いづれも月光げつくわうを浴あびた、銀ぎんの鎧よろひの姿すがた、目まのあたり近ちかいのはゆるぎ糸いとを捌さばくが如ごとく真白まツしろに飜ひるがへつて。

(結構けつこうな流ながれでございますな。)

(はい、此この水みづは源みなもとが瀧たきでございます、此山このやまを旅たびするお方かたは皆みな大風おほかぜのやうな音おとを何処どこかで聞ききます。貴僧あなたは此方こちらへ被入いらつしやる道みちでお心着こゝろづきはなさいませんかい。)

然さればこそ山蛭やまびるの大藪おほやぶへ入はいらうといふ少すこし前まへから其その音おとを。

(彼あれは林はやしへ風かぜの当あたるのではございませんので?)

(否いえ、誰たれでも然さう申まをします那あの森もりから三里りばかり傍道わきみちへ入はいりました処ところに大瀧おほたきがあるのでございます、其それは〱日本一にツぽんいちださうですが路みちが嶮けはしうござんすので、十人にんに一人ひとり参まゐつたものはございません。其その瀧たきが荒あれましたと申まをしまして丁度ちやうど今いまから十三年ねん前まへ、可恐おそろしい洪水おほみづがございました、恁麼こんな高たかいところまで川かはの底そこになりましてね、麓ふもとの村むらも山やまの家いへも残のこらず流ながれて了しまひました。此この上かみの洞ほらもはじめは二十軒けんばかりあつたのでござんす、此この流ながれも其時そのときから出来できました、御覧ごらんなさいましな、此この通とほり皆みな石いしが流ながれたのでございますよ。)

婦人をんなは何時いつかもう米こめを精しらげ果はてゝ、衣紋えもんの乱みだれた、乳ちの端はしもほの見みゆる、膨ふくらかな胸むねを反そらして立たつた、鼻はな高たかく口くちを結むすんで目めを恍惚うつとりと上うへを向むいて頂いたゞきを仰あふいだが、月つきはなほ半腹はんぷくの其その累々るゐ〱たる巌いはほを照てらすばかり。

(今いまでも恁かうやつて見みますと恐こはいやうでございます。)と屈かゞんで二の腕うでの処ところを洗あらつて居ゐると。

(あれ、貴僧あなた、那様そんな行儀ぎやうぎの可いいことをして被在ゐらしつてはお召めしが濡ぬれます、気味きみが悪わるうございますよ、すつぱり裸体はだかになつてお洗あらひなさいまし、私わたしが流ながして上あげませう。)

(否いえ、)

(否いえぢやあござんせぬ、それ、それ、お法衣ころもの袖そでに浸ひたるではありませんか、)といふと突然いきなり背後うしろから帯おびに手てをかけて、身悶みもだえをして縮ちゞむのを、邪慳じやけんらしくすつぱり脱ぬいで取とつた。

私わしは師匠ししやうが厳きびしかつたし、経きやうを読よむ身体からだぢや、肌はださへ脱ぬいだことはついぞ覚おぼえぬ。然しかも婦人をんなの前まへ、蝸牛まひ〱つぶろが城しろを明あけ渡わたしたやうで、口くちを利きくさへ、況まして手足てあしのあがきも出来できず背中せなかを丸まるくして、膝ひざを合あはせて、縮ちゞかまると、婦人をんなは脱ぬがした法衣ころもを傍かたはらの枝えだへふわりとかけた。

(お召めしは恁かうやつて置おきませう、さあお背せなを、あれさ、じつとして。お嬢様ぢやうさまと有仰おつしやつて下くださいましたお礼れいに、叔母をばさんが世話せわを焼やくのでござんす、お人ひとの悪わるい、)といつて片袖かたそでを前歯まへばで引上ひきあげ、

玉たまのやうな二の腕うでをあからさまに背中せなかに乗のせたが、熟じつと見みて、

(まあ、)

(何どうかいたしてをりますか。)

(痣あざのやうになつて一面めんに。)

(えゝ、それでございます、酷ひどい目めに逢あひました。)

思おもひ出だしても悚然ぞツとするて。」

第十五

「婦人をんなは驚おどろいた顔かほをして、

(それでは森もりの中なかで、大変たいへんでございますこと。旅たびをする人ひとが、飛騨ひだの山やまでは蛭ひるが降ふるといふのは彼処あすこでござんす。貴僧あなたは抜道ぬけみちを御存ごぞんじないから正面まともに蛭ひるの巣すをお通とほりなさいましたのでございますよ。お生命いのちも冥加みやうがな位くらゐ、馬うまでも牛うしでも吸殺すひころすのでございますもの。然しかし疼うづくやうにお痒かゆいのでござんせうね。)

(唯今たゞいまでは最もう痛いたみますばかりになりました。)

(それでは恁麼こんなものでこすりましては柔やはらかいお肌はだが擦剥すりむけませう、)といふと手てが綿わたのやうに障さはつた。

それから両方りようはうの肩かたから、背せな、横腹よこばら、臀いしき、さら〱水みづをかけてはさすつてくれる。

それがさ、骨ほねに通とほつて冷つめたいかといふと然さうではなかつた。暑あつい時分じぶんぢやが、理屈りくつをいふと恁かうではあるまい、私わしの血ちが湧わいたせいか、婦人をんなの温気ぬくみか、手てで洗あらつてくれる水みづが可いゝ工合ぐあひに身みに染しみる、尤もツとも質たちの佳いい水みづは柔やはらかぢやさうな。

其その心地こゝちの得えもいはれなさで、眠気ねむけがさしたでもあるまいが、うと〱する様子やうすで、疵きずの痛いたみがなくなつて気きが遠とほくなつてひたと附くツついて居ゐる婦人をんなの身体からだで、私わしは花はなびらの中なかへ包つゝまれたやうな工合ぐあひ。

山家やまがの者ものには肖合にあはぬ、都みやこにも希まれな器量きりやうはいふに及およばぬが弱々よわ〱しさうな風采ふうぢや、背せなかを流ながす内うちにもはツ〱と内証ないしようで呼吸いきがはづむから、最もう断ことはらう〱と思おもひながら、例れいの恍惚うつとりで、気きはつきながら洗あらはした。

其上そのうへ、山やまの気きか、女をんなの香にほひか、ほんのりと佳いい薫かほりがする、私わしは背後うしろでつく息いきぢやらうと思おもつた。」

上人しやうにんは一寸ちよいと句切くぎつて、

「いや、お前様まんさまお手近てちかぢや、其その明あかりを掻立かきたつて貰もらひたい、暗くらいと怪けしからぬ話はなしぢや、此処等ここらから一番ばん野面のづらで遣やツつけやう。」

枕まくらを並ならべた上人しやうにんの姿すがたも朧おぼろげに明あかりは暗くらくなつて居ゐた、早速さつそく燈心とうしんを明あかるくすると、上人しやうにんは微笑ほゝゑみながら続つゞけたのである。

「さあ、然さうやつて何時いつの間まにやら現うつゝとも無なしに、恁かう、其その不思議ふしぎな、結構けつこうな薫かほりのする暖あツたかい花はなの中なかへ、柔やはらかに包つゝまれて、足あし、腰こし、手て、肩かた、頸えりから次第しだいに、天窓あたままで一面めんに被かぶつたから吃驚びツくり、石いしに尻持しりもちを搗ついて、足あしを水みづの中なかに投出なげだしたから落おちたと思おもふ途端とたんに、女をんなの手てが脊後うしろから肩越かたこしに胸むねをおさへたので確しつかりつかまつた。

(貴僧あなた、お傍そばに居ゐて汗臭あせくさうはござんせぬかい飛とんだ暑あつがりなんでございますから、恁かうやつて居をりましても恁麼こんなでございますよ。)といふ胸むねにある手てを取とつたのを、慌あはてゝ放はなして棒ぼうのやうに立たつた。

(失礼しつれい、)

(いゝえ誰たれも見みて居をりはしませんよ。)と澄すまして言いふ、婦人をんなも何時いつの間まにか衣服きものを脱ぬいで全身ぜんしんを練絹ねりぎぬのやうに露あらはして居ゐたのぢや。

何なんと驚おどろくまいことか。

(恁麼こんなに太ふとつて居をりますから、最もうお可愧はづかしいほど暑あついのでございます、今時いまどきは毎日まいにち二度ども三度ども来きては恁かうやつて汗あせを流ながします、此この水みづがございませんかつたら何どういたしませう、貴僧あなた、お手拭てぬぐひ。)といつて絞しぼつたのを寄越よこした。

(其それでおみ足あしをお拭ふきなさいまし。)

何時いつの間まにか、体からだはちやんと拭ふいてあつた、お話はなし申まをすも恐多おそれおほいか、はゝはゝはゝ。」

第十六

「なるほど見みた処ところ、衣服きものを着きた時ときの姿すがたとは違ちがふて肉しゝつきの豊ゆたかな、ふつくりとした膚はだへ。

(先刻さツき小屋こやへ入はいつて世話せわをしましたので、ぬら〱した馬うまの鼻息はないきが体中からだぢゆうへかゝつて気味きみが悪わるうござんす。丁度ちやうど可ようございますから私わたしも体からだを拭ふきませう、)

と姉弟あねおとうとが内端話うちはばなしをするやうな調子てうし。手てをあげて黒髪くろかみをおさへながら腋わきの下したを手拭てぬぐひでぐいと拭ふき、あとを両手りやうてで絞しぼりながら立たつた姿すがた、唯たゞこれ雪ゆきのやうなのを恁かゝる霊水れいすいで清きよめた、恁云かういふ女をんなの汗あせは薄紅うすくれなゐになつて流ながれやう。

一寸ちよい〱と櫛くしを入いれて、

(まあ、女をんながこんなお転婆てんばをいたしまして、川かはへ落おつこちたら何どうしませう、川下かはしもへ流ながれて出でましたら、村里むらさとの者ものが何なんといつて見みませうね。)

(白桃しろもゝの花はなだと思おもひます。)と弗ふと心着こゝろついて何なんの気きもなしにいふと、顔かほが合あふた。

すると然さも嬉うれしさうに莞爾にツこりして其時そのときだけは初々うゐ〱しう年紀としも七ツ八ツ若わかやぐばかり、処女きむすめの羞はぢを含ふくんで下したを向むいた。

私わしは其そのまゝ目めを外そらしたが、其その一段だんの婦人をんなの姿すがたが月つきを浴あびて、薄うすい煙けぶりに包つゝまれながら向むかふ岸ぎしの潵しぶきに濡ぬれて黒くろい、滑なめらかな、大おほきな石いしへ蒼味あをみを帯おびて透通すきとほつて映うつるやうに見みえた。

するとね、夜目よめで判然はつきりとは目めに入いらなんだが地体ぢたい何なんでも洞穴ほらあながあると見みえる。ひら〱と、此方こちらからもひら〱と、ものゝ鳥とりほどはあらうといふ大蝙蝠おほかはほりが目めを遮さへぎつた。

(あれ、不可いけないよ、お客様きやくさまがあるぢやないかね。)

不意ふいを打うたれたやうに叫さけんで身悶みもだえをしたのは婦人をんな。

(何どうかなさいましたか、)最もうちやんと法衣ころもを着きたから気丈夫きぢやうぶに尋たづねる。

(否いゝえ、)

といつたばかりで極きまりが悪わるさうに、くるりと後向うしろむきになつた。

其時そのとき小犬こいぬほどな鼠色ねづみいろの小坊主こばうずが、ちよこ〱とやつて来きて、啊呀あなやと思おもふと、崖がけから横よこに宙ちゆうをひよいと、背後うしろから婦人をんなの背中せなかへぴつたり。

裸体はだかの立姿たちすがたは腰こしから消きえたやうになつて、抱だきついたものがある。

(畜生ちくしやうお客様きやくさまが見みえないかい。)

と声こゑに怒いかりを帯おびたが、

(お前達まへだちは生意気なまいきだよ、)と激はげしくいひさま、腋わきの下したから覗のぞかうとした件くだんの動物どうぶつの天窓あたまを振返ふりかへりさまにくらはしたで。

キツヽヽといふて奇声きせいを放はなつた、件くだんの小坊主こばうずは其そのまゝ後飛うしろとびに又また宙ちゆうを飛とんで、今いままで法衣ころもをかけて置おいた枝えだの尖さきへ長ながい手てで釣つるし下さがつたと思おもふと、くるりと釣瓶覆つるべがへしに上うへへ乗のつて、其それなりさら〱と木登きのぼりをしたのは、何なんと猿さるぢやあるまいか。

枝えだから枝えだを伝つたふと見みえて、見上みあげるやうに高たかい木きの、軈やがて梢こずえまで、かさ〱がさり。

まばらに葉はの中なかを透すかして月つきは山やまの端はを放はなれた、其その梢こずえのあたり。

婦人をんなはものに拗すねたやう、今いまの悪戯いたづら、いや、毎々まい〱、蟇ひきと蝙蝠かはほりとお猿さるで三度どぢや。

其その悪戯いたづらに多いたく機嫌きげんを損そこねた形かたち、あまり子供こどもがはしやぎ過すぎると、若わかい母様おふくろには得えてある図づぢや、

本当ほんたうに怒おこり出だす。

といつた風情ふぜいで面倒臭めんだうくささうに衣服きものを着きて居ゐたから、私わしは何なんにも問とはずに少ちいさくなつて黙だまつて控ひかへた。」

第十七

「優やさしいなかに強つよみのある、気軽きがるに見みえても何処どこにか落着おちつきのある、馴々なれ〱しくて犯をかし易やすからぬ品ひんの可いい、如何いかなることにもいざとなれば驚おどろくに足たらぬといふ身みに応こたへのあるといつたやうな風ふうの婦人をんな、恁かく嬌瞋きやうしんを発はつしては屹度きつと可いいことはあるまい、今いま此この婦人をんなに邪慳じやけんにされては木きから落おちた猿さる同然どうぜんぢやと、おつかなびつくりで、おづ〱控ひかへて居ゐたが、いや案あんずるより産うむが安やすい。

(貴僧あなた、嘸さぞをかしかつたでござんせうね、)と自分じぶんでも思おもひ出だしたやうに快こゝろよく微笑ほゝゑみながら、

(為しやうがないのでございますよ。)

以前いぜんと変かはらず心安こゝろやすくなつた、帯おびも早はや締しめたので、

(其それでは家うちへ帰かへりませう。)と米磨桶こめとぎをけを小脇こわきにして、草履ざうりを引ひつかけて衝つと崖がけへ上のぼつた。

(お危あぶのうござんすから、)

(否いえ、もう大分だいぶ勝手かつてが分わかつて居をります。)

づツと心得こゝろえた意つもりぢやつたが、扨さて上あがる時とき見みると思おもひの外ほか上うへまでは大層たいそう高たかい。

軈やがて又また例れいの木きの丸太まるたを渡わたるのぢやが、前刻さつきもいつた通とほり草くさのなかに横倒よこだふれになつて居ゐる、木地きぢが恁かう丁度ちやうど鱗うろこのやうで譬たとへにも能よくいふが松まつの木きは蝮うわばみに似にて居ゐるで。

殊ことに崖がけを、上うへの方はうへ、可いゝ塩梅あんばいに畝うねつた様子やうすが、飛とんだものに持もつて来こいなり、凡およそ此この位くらゐな胴中どうなかの長虫ながむしがと思おもふと、頭かしらと尾をを草くさに隠かくして月つきあかりに歴然あり〱とそれ。

山路やまみちの時ときを思おもひ出だすと我われながら足あしが窘すくむ。

婦人をんなは親切しんせつに後うしろを気遣きづかふては気きを着つけてくれる。

(其それをお渡わたりなさいます時とき、下したを見みてはなりません丁度ちやうど中途ちゆうとで余程よつぽど谷たにが深ふかいのでございますから、目めが廻まふと悪わるうござんす。)

(はい。)

愚図々々ぐづ〱しては居ゐられぬから、我身わがみを笑わらひつけて、先まづ乗のつた。引ひつかゝるやう、刻きざが入いれてあるのぢやから、気きさい確たしかなら足駄あしだでも歩行あるかれる。

其それがさ、一件けんぢやから耐たまらぬて、乗のると恁かうぐら〱して柔やはらかにずる〱と這はひさうぢやから、わつといふと引跨ひんまたいで腰こしをどさり。

(あゝ、意気地いくぢはございませんねえ。足駄あしだでは無理むりでございませう、是これとお穿はき換かへなさいまし、あれさ、ちやんといふことを肯きくんですよ。)

私わしはその前刻さつきから何なんとなく此この婦人をんなに畏敬ゐけいの念ねんが生しやうじて善ぜんか悪あくか、何どの道みち命令めいれいされるやうに心得こゝろえたから、いはるゝままに草履ざうりを穿はいた。

するとお聞ききなさい、婦女をんなは足駄あしだを穿はきながら手てを取とつてくれます。

忽たちまち身みが軽かるくなつたやうに覚おぼえて、訳わけなく後うしろに従したがふて、ひよいと那あの孤家ひとつやの背戸せどの端はたへ出でた。

出会頭であひがしらに声こゑを懸かけたものがある。

(やあ、大分だいぶ手間てまが取とれると思おもつたに、御坊様おばうさま旧もとの体からだで帰かへらつしやつたの、)

(何なにをいふんだね、小父様をぢさま家うちの番ばんは何どうおしだ。)

(もう可いい時分じぶんぢや、又また私わしも余あんまり遅おそうなつては道みちが困こまるで、そろ〱青あをを引出ひきだして支度したくして置おかうと思おもふてよ。)

(其それはお待遠まちどうでござんした。)

(何なにさ行いつて見みさつしやい御亭主ごていしゆは無事ぶじぢや、いやなかなか私わしが手てには口説落くどきおとされなんだ、はゝゝゝはゝ。)と意味いみもないことを大笑たいせうして、親仁おやぢは厩うまやの方かたへてく〱と行いつた。

白痴ばかはおなじ処ところに猶なほ形かたちを存そんして居ゐる、海月くらげも日ひにあたらねば解とけぬと見みえる。」

第十八

「ヒイヽン! 叱しつ、どうどうどうと背戸せどを廻まわる蹄ひづめの音おとが椽えんへ響ひゞいて親仁おやぢは一頭とうの馬うまを門前もんぜんへ引出ひきだした。

轡頭くつはづらを取とつて立たちはだかり、

(嬢様ぢやうさまそんなら此儘このまゝで私わし参まゐりやする、はい、御坊様おばうさまに沢山たくさん御馳走ごちさうして上あげなされ。)

婦人をんなは炉縁ろぶちに行燈あんどうを引附ひきつけ、俯向うつむいて鍋なべの下したを焚いぶして居ゐたが振仰ふりあふぎ、鉄てつの火箸ひばしを持もつた手てを膝ひざに置おいて、

(御苦労ごくらうでござんす。)

(いんえ御懇ごねむごろには及およびましねえ。叱しつ!、)と荒縄あらなはの綱つなを引ひく。青あをで蘆毛あしげ、裸馬はだかうまで逞たくましいが、鬣たてがみの薄うすい牡おすぢやわい。

其その馬うまがさ、私わしも別べつに馬うまは珍めづらしうもないが、白痴殿ばかどのの背後うしろに畏かしこまつて手持不沙汰てもちぶさたぢやから今いま引ひいて行ゆかうとする時とき椽側えんがはへひらりと出でて、

(其その馬うまは何処どこへ。)

(おゝ、諏訪すはの湖みづうみの辺あたりまで馬市うまいちへ出だしやすのぢや、これから明朝あした御坊様おばうさまが歩行あるかつしやる山路やまみちを越こえて行ゆきやす。)

(もし其それへ乗のつて今いまからお遁にげ遊あそばすお意つもりではないかい。)

婦人をんなは慌あはただしく遮さへぎつて声こゑを懸かけた。

(いえ、勿体もツたいない、修行しゆぎやうの身みが馬うまで足休あしやすめをしませうなぞとは存ぞんじませぬ。)

(何なんでも人間にんげんを乗のつけられさうな馬うまぢやあござらぬ。御坊様おばうさまは命拾いのちびろひをなされたのぢやで、大人おとなしうして嬢様ぢやうさまの袖そでの中なかで、今夜こんやは助たすけて貰もらはつしやい。然様さやうならちよつくら行いつて参まゐりますよ。)

(あい。)

(畜生ちくしやう、)といつたが馬うまは出でないわ。びく〱と蠢うごめいて見みえる大おほきな鼻面はなツつらを此方こちらへ捻ねぢ向むけて頻しきりに私等わしらが居ゐる方はうを見みる様子やうす。

(どう〱どう、畜生ちくしやうこれあだけた獣けものぢや、やい!)

右左みぎひだりにして綱つなを引張ひつぱつたが、脚あしから根ねをつけた如ごとくにぬつくと立たつて居ゐてびくともせぬ。

親仁おやぢ大おほいに苛立いらだつて、叩たゝいたり、打ぶつたり、馬うまの胴体どうたいについて二三度どぐる〱と廻まはつたが少すこしも歩あるかぬ。肩かたでぶツつかるやうにして横腹よこばらに体たいをあてた時とき、漸やうやう前足まへあしを上あげたばかり又また四脚あしを突張つツぱり抜ぬく。

(嬢様ぢやうさま々々〱。)

と親仁おやぢが喚わめくと、婦人をんなは一寸ちよいと立たつて白しろい爪つまさきをちよろちよろと真黒まツくろに煤すゝけた太ふとい柱はしらを楯たてに取とつて、馬うまの目めの届とゞかぬほどに小隠こがくれた。

其内そのうち腰こしに挟はさんだ、煮染にしめたやうな、なへ〱の手拭てぬぐひを抜ぬいて克明こくめいに刻きざんだ額ひたひの皺しはの汗あせを拭ふいて、親仁おやぢは之これで可よしといふ気組きぐみ、再ふたゝび前まへへ廻まはつたが、旧きうに依よつて貧乏動びんぼうゆるぎもしないので、綱つなに両手りやうてをかけて足あしを揃そろへて反返そりかへるやうにして、うむと総身さうみの力ちからを入いれた。途端とたんに何どうぢやい。

凄すさまじく嘶いなゝいて前足まへあしを両方りやうはう中空なかぞらへ飜ひるがへしたから、小ちひさな親仁おやぢは仰向あふむけに引ひツくりかへつた、づどんどう、月夜つきよに砂煙すなけぶりが𤏋ぱツと立たつ。

白痴ばかにも之これは可笑をかしかつたらう、此時このときばかりぢや、真直まツすぐに首くびを据すゑて厚あつい唇くちびるをばくりと開あけた、大粒おほつぶな歯はを露出むきだして、那あの宙ちゆうへ下さげて居ゐる手てを風かぜで煽あふるやうに、はらり〱。

(世話せわが焼やけることねえ、)

婦人をんなは投なげるやうにいつて草履ざうりを突つツかけて土間どまへついと出でる。

(嬢様ぢやうさま勘違かんちがひさつしやるな、これはお前様まへさまではないぞ、何なんでもはじめから其処そこな御坊様おばうさまに目めをつけたつけよ、畜生ちくしやう俗縁ぞくえんがあるだツぺいわさ。)

俗縁ぞくえんは驚おどろいたい。

すると婦人をんなが、

(貴僧あなたこゝへ入いらつしやる路みちで誰だれにかお逢あひなさりはしませんか。)」

第十九

「(はい、辻つぢの手前てまへで富山とやまの反魂丹売はんごんたんうりに逢あひましたが、一足あし前さきに矢張やツぱり此この路みちへ入はいりました。)

(あゝ、然さう、)と会心くわいしんの笑ゑみを洩もらして婦人をんなは蘆毛あしげの方はうを見みた、凡およそ耐たまらなく可笑をかしいといつた仂はしたない風采とりなりで。

極きはめて与くみし易やすう見みえたので、

(もしや此家こちらへ参まゐりませなんだでございませうか。)

(否いゝえ、存ぞんじません。)といふ時とき忽たちまち犯をかすべからざる者ものになつたから、私わしは口くちをつぐむと、婦人をんなは、匙さぢを投なげて衣きぬの塵ちりを払はらふて居ゐる馬うまの前足まへあしの下したに小ちいさな親仁おやぢを見向みむいて、

(為様しやうがないねえ、)といひながら、かなぐるやうにして、其その細帯ほそおびを解ときかけた、片端かたはしが土つちへ引ひかうとするのを、掻取かいとつて一寸ちよいと猶予ためらふ。

(あゝ、あゝ、)と濁にごつた声こゑを出だして白痴あはうが件くだんのひよろりとした手てを差向さしむけたので、婦人をんなは解といたのを渡わたして遣やると、風呂敷ふろしきを寛ひろげたやうな、他愛たあいのない、力ちからのない、膝ひざの上うへへわがねて宝物はうもつを守護しゆごするやうぢや。

婦人をんなは衣紋えもんを抱合かきあはせ、乳ちゝの下したでおさへながら静しづかに土間どまを出でて馬うまの傍わきへつゝと寄よつた。

私わしは唯たゞ呆気あつけに取とられて見みて居ゐると、爪立つまだてをして伸上のびあがり、手てをしなやかに空そらざまにして、二三度ど鬣たてがみを撫なでたが。

大おほきな鼻頭はなづらの正面しやうめんにすつくりと立たつた。丈せいもすら〱と急きふに高たかくなつたやうに見みえた、婦人をんなは目めを据すゑ、口くちを結むすび、眉まゆを開ひらいて恍惚うつとりとなつた有様ありさま、愛嬌あいけうも嬌態しなも、世話せわらしい打解うちとけた風ふうは頓とみに失うせて、神しんか、魔まかと思おもはれる。

其時そのとき裏うらの山やま、向むかふの峯みね、左右さいう前後ぜんごにすく〱とあるのが、一ツ一ツ嘴くちばしを向むけ、頭かしらを擡もたげて、此この一落らくの別天地べツてんち、親仁おやぢを下手したでに控ひかへ、馬うまに面めんして彳たゝずんだ月下げツかの美女びぢよの姿すがたを差覗さしのぞくが如ごとく、陰々いん〱として深山しんざんの気きが籠こもつて来きた。

生なまぬるい風かぜのやうな気勢けはひがすると思おもふと、左ひだりの肩かたから片膚かたはだを脱ぬいたが、右みぎの手てを脱はづして、前まへへ廻まはし、ふくらんだ胸むねのあたりで着きて居ゐた其その単衣ひとへを丸まろげて持もち、霞かすみも絡まとはぬ姿すがたになつた。

馬うまは背せな、腹はらの皮かはを弛ゆるめて汗あせもしとゞに流ながれんばかり、突張つツぱつた脚あしもなよ〱として身震みぶるひをしたが、鼻面はなづらを地ちにつけて、一掴つかみの白泡しろあはを吹出ふきだしたと思おもふと前足まへあしを折をらうとする。

其時そのとき、頤あぎとの下したへ手てをかけて、片手かたてで持もつて居ゐた単衣ひとへをふわりと投なげて馬うまの目めを蔽おほふが否いなや、

兎うさぎは躍をどつて、仰向あふむけざまに身みを飜ひるがへし、妖気えうきを籠こめて朦朧まうろうとした月つきあかりに、前足まへあしの間あひだに膚はだが挟はさまつたと思おもふと、衣きぬを脱はづして掻取かいとりながら下腹したばらを衝つと潜くゞつて横よこに抜ぬけて出でた。

親仁おやぢは差心得さしこゝろえたものと見みえる、此この機きツかけに手綱たづなを引ひいたから、馬うまはすた〱と健脚けんきやくを山路やまぢに上あげた、しやん、しやんしやん、しやんしやん、しやんしやん、――見みる間まに眼界がんかいを遠とほざかる。

婦人をんなは早はや衣服きものを引ひツかけて椽側えんがはへ入はいつて来きて、突然いきなり帯おびを取とらうとすると、白痴ばかは惜をしさうに押おさへて放はなさず、手てを上あげて。婦人をんなの胸むねを圧おさへやうとした。

邪慳じやけんに払はらひ退のけて、屹きツと睨にらむで見みせると、其そのまゝがつくりと頭かうべを垂たれた、総すべての光景くわうけいは行燈あんどうの火ひも幽かすかに幻まぼろしのやうに見みえたが、炉ろにくべた柴しばがひら〱と炎先ほさきを立たてたので、婦人をんなは衝つと走はしつて入はいる。空そらの月つきのうらを行ゆくと思おもふあたり遥はるかに馬子唄まごうたが聞きこえたて。)」「)」」はママ

第二十

「さて、其それから御飯ごはんの時ときぢや、膳ぜんには山家やまがの香かうの物もの、生姜はじかみの漬つけたのと、わかめを茹うでたの、塩漬しほづけの名なも知しらぬ蕈きのこの味噌汁みそじる、いやなか〱人参にんじんと干瓢かんぺうどころではござらぬ。

品物しなものは佗わびしいが、なか〱の御手料理おてれうり、餓うえては居ゐるし冥加みやうが至極しごくなお給仕きふじ、盆ぼんを膝ひざに構かまへて其上そのうへを肱ひぢをついて、頬ほゝを支さゝえながら、嬉うれしさうに見みて居ゐたわ。

椽側えんがはに居ゐた白痴あはうは誰たれも取合とりあはぬ徒然つれ〲に堪たへられなくなつたものか、ぐた〱と膝行出いざりだして、婦人をんなの傍そばへ其その便々べん〱たる腹はらを持もつて来きたが、崩くづれたやうに胡座あぐらして、頻しきりに恁かう我わしが膳ぜんを視ながめて、指ゆびさしをした。

(うゝ〱、うゝ〱。)

(何なんでございますね、あとでお食あがんなさい、お客様きやくさまぢやあゝりませんか。)

白痴あはうは情なさけない顔かほをして口くちを曲ゆがめながら頭かぶりを掉ふつた。

(厭いや? 仕様しやうがありませんね、それぢや御一所ごいつしよに召めしあがれ。貴僧あなた御免ごめんを蒙かうむりますよ。)

私わしは思おもはず箸はしを置おいて、

(さあ何どうぞお構かまひなく、飛とんだ御雑作ござふさを、頂いたゞきます。)

(否いえ、何なんの貴僧あなた。お前まいさん後程のちほどに私わたしと一所いつしよにお食たべなされば可いゝのに。困こまつた人ひとでございますよ。)とそらさぬ愛想あいさう、手早てばやく同一おなじやうな膳ぜんを拵こしらえてならべて出だした。

飯めしのつけやうも効々かひ〲しい女房にようばうぶり、然しかも何なんとなく奥床おくゆかしい、上品じやうひんな、高家かうけの風ふうがある。

白痴あはうはどんよりした目めをあげて膳ぜんの上うへを睨ねめて居ゐたが、

(彼あれを、あゝ、彼あれ、彼あれ。)といつてきよろ〱と四辺あたりを眴みまはす。

婦人をんなは熟ぢつと瞻みまもつて、

(まあ、可いゝぢやないか。そんなものは何時いつでも食たべられます、今夜こんやはお客様きやくさまがありますよ。)

(うむ、いや、いや。)と肩腹かたはらを揺ゆすつたが、べそを掻かいて泣出なきだしさう。

婦人をんなは困こうじ果はてたらしい、傍かたはらのものゝ気きの毒どくさ。

(嬢様ぢやうさま、何なにか存ぞんじませんが、おつしやる通とほりになすつたが可いいではござりませんか。私わたくしにお気扱きあつかひは却かへつて心苦こゝろぐるしうござります。)と慇懃いんぎんにいふた。

婦人をんなは又また最もう一度いちど、

(厭いやかい、これでは悪わるいのかい。)

白痴あはうが泣出なきだしさうにすると、然さも怨うらめしげに流盻ながしめに見みながら、こはれ〱になつた戸棚とだなの中なかから、鉢はちに入はいつたのを取出とりだして手早てばやく白痴あはうの膳ぜんにつけた。

(はい、)と故わざとらしく、すねたやうにいつて笑顔造えがほづくり。

はてさて迷惑めいわくな、こりや目めの前まいで黄色蛇あおだいしやうの旨煮うまにか、腹籠はらごもりの猿さるの蒸焼むしやきか、災難さいなんが軽かるうても、赤蛙あかゞへるの干物ひものを大口おほぐちにしやぶるであらうと、潜そツと見みて居ゐると、片手かたてに椀わんを持もちながら掴出つかみだしたのは老沢庵ひねたくあん。

其それもさ、刻きざんだのではないで、一本いつぽん三みツ切ぎりにしたらうといふ握太にぎりぶとなのを横啣よこくはえにしてやらかすのぢや。

婦人をんなはよく〱あしらひかねたか、盗ぬすむやうに私わしを見みて颯さつと顔かほを赤あからめて初心しよしんらしい、然様そんな質たちではあるまいに、羞はづかしげに膝ひざなる手拭てぬぐひの端はしを口くちにあてた。

なるほど此この少年せうねんはこれであらう、身体からだは沢庵色たくあんいろにふとつて居ゐる。やがてわけもなく餌食えじきを平たひらげて、湯ゆともいはず、ふツ〱と太儀たいぎさうに呼吸いきを向むかふへ吐つくわさ。

(何なんでございますか、私わたしは胸むねに支つかへましたやうで、些少ちつとも欲ほしくございませんから、又また後程のちほどに頂いたゞきましやう、)と婦人をんな自分じぶんは箸はしも取とらずに二ふたツの膳ぜんを片かたつけてな。」

第二十一

「頃刻しばらく悄乎しよんぼりして居ゐたつけ。

(貴僧あなた嘸さぞお疲労つかれ、直すぐにお休やすませ申まをしませうか。)

(難有ありがたう存ぞんじます、未まだ些ちツとも眠ねむくはござりません、前刻さツき体からだを洗あらひましたので草臥くたびれもすつかり復なほりました。)

(那あの流ながれは其麼どんな病やまひにでもよく利ききます、私わたしが苦労くらうをいたしまして骨ほねと皮かはばかりに体からだが朽かれましても半日はんにち彼処あすこにつかつて居をりますと、水々みづ〱しくなるのでございますよ。尤もツとも那あのこれから冬ふゆになりまして山やまが宛然まるで氷こほつて了しまひ、川かはも崖がけも不残のこらず雪ゆきになりましても、貴僧あなたが行水ぎやうずゐを遊あそばした彼処あすこばかりは水みづが隠かくれません、然さうしていきりが立たちます。

鉄砲疵てツぱうきづのございます猿さるだの、貴僧あなた、足あしを折をつた五位鷺ごゐさぎ、種々いろ〱な者ものが浴ゆあみに参まゐりますから其その足痕あしあとで崖がけの路みちが出来できます位くらゐ、屹きツと其それが利きいたのでございませう。

那様そんなにございませんければ恁かうやつてお話はなしをなすつて下くださいまし、淋さびしくつてなりません、本当ほんとにお可愧はづかしうございますが恁麼こんな山やまの中なかに引籠ひツこもつてをりますと、ものをいふことも忘わすれましたやうで、心細こゝろぼそいのでございますよ。

貴僧あなた、それでもお眠ねむければ御遠慮ごゑんりよなさいますなえ。別べつにお寝室ねまと申まをしてもございませんが其換そのかはり蚊かは一ツも居ゐませんよ、町方まちかたではね、上かみの洞ほらの者ものは、里さとへ泊とまりに来きた時とき、蚊帳かやを釣つつて寝ねかさうとすると、何どうして入はいるのか解わからないので、階子はしごを貸かせいと喚わめいたと申まをして嫐なぶるのでございます。

沢山たくさん朝寝あさねを遊あそばしても鐘かねは聞きこえず、鶏とりも鳴なきません、犬いぬだつて居をりませんからお心休こゝろやすうござんせう。

此人このひとも生うまれ落おちると此山このやまで育そだつたので、何なんにも存ぞんじません代かはり、気きの可いい人ひとで些ちツともお心置こゝろおきはないのでござんす。

それでも風俗ふうのかはつた方かたが被入いらつしやいますと、大事だいじにしてお辞義じぎをすることだけは知しつてゞございますが、未まだ御挨拶ごあいさつをいたしませんね。此頃このごろは体からだがだるいと見みえてお惰なまけさんになんなすつたよ、否いゝえ、宛まるで愚おろかなのではございません、何なんでもちやんと心得こゝろえて居をります。

さあ、御坊様ごぼうさまに御挨拶ごあいさつをなすつて下ください、まあ、お辞義じきをお忘わすれかい。)と親したしげに身みを寄よせて、顔かほを差覗さしのぞいて、いそ〱していふと、白痴ばかはふら〱と両手りやうてをついて、ぜんまいが切きれたやうにがつくり一礼れい。

(はい、)といつて私わしも何なにか胸むねが迫せまつて頭つむりを下さげた。

其そのまゝ其その俯向うつむいた拍子ひやうしに筋すぢが抜ぬけたらしい、横よこに流ながれやうとするのを、婦人をんなは優やさしう扶たすけ起おこして、

(おゝ、よく為したのねえ、)

天晴あツぱれといひたさうな顔色かほつきで、

(貴僧あなた、申まをせば何なんでも出来できませうと思おもひますけれども、此人このひとの病やまひばかりはお医者いしやの手てでも那あの水みづでも復なほりませなんだ、両足りやうあしが立たちませんのでございますから、何なにを覚おぼえさしましても役やくには立たちません。其それに御覧ごらんなさいまし、お辞義じぎ一ひとツいたしますさい、あの通とほり大儀たいぎらしい。

ものを教おしへますと覚おぼえますのに嘸さぞ骨ほねが折をれて切せつなうござんせう、体からだを苦くるしませるだけだと存ぞんじて何なんにも為させないで置おきますから、段々だん〲、手てを動うごかす働はたらきも、ものをいふことも忘わすれました。其それでも那あの、謡うたが唄うたへますわ。二ツ三ツ今いまでも知しつて居をりますよ。さあ御客様おきやくさまに一ツお聞きかせなさいましなね。)

白痴ばかは婦人をんなを見みて、又また私わしが顔かほをぢろ〱見みて、人見知ひとみしりをするといつた形かたちで首くびを振ふつた。」

第二十二

「左右とかくして、婦人をんなが、激はげますやうに、賺すかすやうにして勧すゝめると、白痴ばかは首くびを曲まげて彼かの臍へそを弄もてあそびながら唄うたつた。

木曾きその御嶽山おんたけさんは夏なつでも寒さむい、

袷あはせ遣やりたや足袋たび添そへて。

(よく知しつて居をりませう、)と婦人をんなは聞澄きゝすまして莞爾にツこりする。

不思議ふしぎや、唄うたつた時ときの白痴ばかの声こゑは此この話はなしをお聞ききなさるお前様まへさまは固もとよりぢやが、私わしも推量すゐりやうしたとは月鼈雲泥げつべつうんでい、天地てんちの相違さうゐ、節廻ふしまはし、あげさげ、呼吸こきふの続つゞく処ところから、第だい一其その清きよらかな涼すゞしい声こゑといふ者ものは、到底たうてい此この少年せうねんの咽喉のどから出でたのではない。先まづ前さきの世よの此この白痴ばかの身みが、冥途めいどから管くだで其そのふくれた腹はらへ通かよはして寄越よこすほどに聞きこえましたよ。

私わしは畏かしこまつて聞きき果はてると膝ひざに手てをついたツ切きり何どうしても顔かほを上あげて其処そこな男女ふたりを見みることが出来できぬ、何なにか胸むねがキヤキヤして、はら〱と落涙らくるゐした。

婦人をんなは目早めばやく見みつけたさうで、

(おや、貴僧あなた、何どうかなさいましたか。)

急きふにものもいはれなんだが漸々やう〱、

(唯はい、何なあに、変かはつたことでもござりませぬ、私わしも嬢様ぢやうさまのことは別べつにお尋たづね申まをしませんから、貴女あなたも何なんにも問とふては下くださりますな。)

と仔細しさいは語かたらず唯たゞ思入おもひいつて然さう言いふたが、実じつは以前いぜんから様子やうすでも知しれる、金釵玉簪きんさぎよくさんをかざし、蝶衣てふいを纒まとふて、珠履しゆりを穿うがたば、正まさに驪山りさんに入いつて陛下へいかと相抱あひいだくべき豊肥妖艶ほうひえうえんの人ひとが其その男をとこに対たいする取廻とりまはしの優やさしさ、隔へだてなさ、親切しんせつさに、人事ひとごとながら嬉うれしくて、思おもはず涙なみだが流ながれたのぢや。

すると人ひとの腹はらの中なかを読よみかねるやうな婦人をんなではない、忽たちまち様子やうすを悟さとつたかして、

(貴僧あなたは真個ほんとうにお優やさしい。)といつて、得えも謂いはれぬ色いろを目めに湛たゝへて、ぢつと見みた。私わしも首かうべを低たれた、むかふでも差俯向さしうつむく。

いや、行燈あんどうが又また薄暗うすくらくなつて参まゐつたやうぢやが、恐おそらくこりや白痴ばかの所為せゐぢやて。

其時そのときよ。

座ざが白しらけて、暫しばらく言葉ことばが途絶とだえたうちに所在しよざいがないので、唄うたうたひの太夫たいふ、退屈たいくつをしたと見みえて顔かほの前まへの行燈あんどうを吸込すひこむやうな大欠伸おほあくびをしたから。

身動みうごきをしてな、

(寝ねようちやあ、寝ねようちやあ。)とよた〱体からだを取扱もちあつかふわい。

(眠ねむうなつたのかい、もうお寝ねか、)といつたが座すはり直なほつて弗ふと気きがついたやうに四辺あたりを眴みまはした。戸外おもては恰あたかも真昼まひるのやう、月つきの光ひかりは開あけ広ひろげた家やの内うちへはら〱とさして、紫陽花あぢさいの色いろも鮮麗あざやかに蒼あをかつた。

(貴僧あなたももうお休やすみなさいますか。)

(はい、御厄介ごやくかいにあいなりまする。)

(まあ、いま宿やどを寝ねかします、おゆつくりなさいましな。戸外おもてへは近ちかうござんすが、夏なつは広ひろい方はうが結句けツく宜ようございませう、私わたくしどもは納戸なんどへ臥ふせりますから、貴僧あなたは此処こゝへお広ひろくお寛くつろぎが可ようござんす、一寸ちよいと待まつて。)といひかけて衝つツと立たち、つか〱と足早あしばやに土間どまへ下おりた、余あまり身みのこなしが活溌くわツぱつであつたので、其その拍手ひやうしに黒髪くろかみが先さきを巻まいたまゝ頷うなぢへ崩くづれた。

鬢びんをおさへて、戸とにつかまつて、戸外おもてを透すかしたが、独言ひとりごとをした。

(おや〱さつきの騒さわぎで櫛くしを落おとしたさうな。)

いかさま馬うまの腹はらを潜くゞつた時ときぢや。」

第二十三

此折このをりから下したの廊下らうかに跫音あしおとがして、静しづかに大跨おほまたに歩行あるいたのが寂せきとして居ゐるから能よく。

軈やがて小用こようを達たした様子やうす、雨戸あまどをばたりと開あけるのが聞きこえた、手水鉢てうづばちへ干杓ひしやくの響ひゞき。

「おゝ、積つもつた、積つもつた。」と呟つぶやいたのは、旅籠屋はたごやの亭主ていしゆの声こゑである。

「ほゝう、此この若狭わかさの商人あきんどは何処どこへか泊とまつたと見みえる、何なにか愉快おもしろい夢ゆめでも見みて居ゐるかな。」

「何どうぞ其後そのあとを、それから、」と聞きく身みには他事たじをいふうちが悶もどかしく、膠にべもなく続つゞきを促うながした。

「さて、夜よるも更ふけました、」といつて旅僧たびそうは又また語出かたりだした。

「大抵たいてい推量すゐりやうもなさるであらうが、いかに草臥くたびれて居をつても申上まをしあげたやうな深山しんざんの孤家ひとつやで、眠ねむられるものではない其それに少すこし気きになつて、はじめの内うち私わしを寝ねかさなかつた事こともあるし、目めは冴さえて、まじ〱して居ゐたが、有繋さすがに、疲つかれが酷ひどいから、心しんは少すこし茫乎ぼんやりして来きた、何なにしろ夜よの白しらむのが待遠まちどほでならぬ。

其処そこではじめの内うちは我われともなく鐘かねの音ねの聞きこえるのを心頼こゝろたのみにして、今いま鳴なるか、もう鳴なるか、はて時刻じこくはたつぷり経たつたものをと、怪あやしんだが、やがて気きが着ついて、恁云かういふ処ところぢや山寺やまでら処どころではないと思おもふと、俄にはかに心細こゝろぼそくなつた。

其時そのときは早はや、夜よるがものに譬たとへると谷たにの底そこぢや、白痴ばかがだらしのない寝息ねいきも聞きこえなくなると、忽たちまち戸との外そとにものゝ気勢けはひがして来きた。

獣けものの足音あしおとのやうで、然さまで遠とほくの方はうから歩行あるいて来きたのではないやう、猿さるも、蟇ひきも居ゐる処ところと、気休きやすめに先まづ考かんがへたが、なかなか何どうして。

暫しばらくすると今いま其奴そやつが正面しやうめんの戸とに近ちかづいたなと思おもつたのが、羊ひつじの啼声なきごゑになる。

私わしは其その方はうを枕まくらにして居ゐたのぢやから、つまり枕元まくらもとの戸外おもてぢやな。暫しばらくすると、右手めての彼かの紫陽花あぢさいが咲さいて居ゐた其その花はなの下したあたりで、鳥とりの羽はばたきする音おと。

むさゝびか知しらぬがきツ〱といつて屋やの棟むねへ、軈やがて凡およそ小山こやまほどあらうと気取けどられるのが胸むねを圧おすほどに近ちかづいて来きて、牛うしが啼ないた。遠とほく彼方かなたからひた〱と小刻こきざみに駈かけて来くるのは、二本足ほんあしに草鞋わらぢを穿はいた獣けものと思おもはれた、いやさまざまにむら〱と家いへのぐるりを取巻とりまいたやうで、二十三十のものゝ鼻息はないき、羽音はおと、中なかには囁さゝやいて居ゐるのがある。恰あたかも何なによ、それ畜生道ちくしやうだうの地獄ぢごくの絵ゑを、月夜つきよに映うつしたやうな怪あやしの姿すがたが板戸いたど一重へ、魑魅魍魎ちみまうりやうといふのであらうか、ざわ〱と木この葉はが戦そよぐ気色けしきだつた。

息いきを凝こらすと、納戸なんどで、

(うむ、)といつて長ながく呼吸いきを引ひいて一声こゑ、魘うなされたのは婦人をんなぢや。

(今夜こんやはお客様きやくさまがあるよ。)と叫さけんだ。

(お客様きやくさまがあるぢやないか。)

と暫しばらく経たつて二度目どめのは判然はつきりと清すゞしい声こゑ。

極きはめて低声こゞゑで、

(お客様きやくさまがあるよ。)といつて寝返ねがへる音おとがした、更さらに寝返ねがへる音おとがした。

戸との外そとのものゝ気勢けはひは動揺どよめきを造つくるが如ごとく、ぐら〱と家いへが揺ゆらめいた。

私わしは陀羅尼だらにを咒じゆした。

若不順我咒  悩乱説法者  頭破作七分

如阿梨樹枝  如殺父母罪  亦如厭油殃

斗秤欺誰人  調達僧罪犯  犯此法師者

当獲如是殃

と一心不乱しんふらん。颯さツと木この葉はを捲まいて風かぜが南みんなみへ吹ふいたが、忽たちまち静しづまり返かへつた、夫婦ふうふが閨ねやもひツそりした。」

第二十四

「翌日よくじつ又また正午頃しやうごゞろ、里さと近ちかく、瀧たきのある処ところで、昨日きのふ馬うまを売うりに行いつた親仁おやぢの帰かへりに逢あふた。

丁度ちやうど私わしが修行しゆぎやうに出でるのを止よして孤家ひとつやに引返ひきかへして、婦人をんなと一所しよに生涯しやうがいを送おくらうと思おもつて居ゐた処ところで。

実じつを申まをすと此処こゝへ来くる途中とちうでも其その事ことばかり考かんがへる、蛇へびの橋はしも幸さいはひになし、蛭ひるの林はやしもなかつたが、道みちが難渋なんじふなにつけても汗あせが流ながれて心持こゝろもちが悪わるいにつけても、今更いまさら行脚あんぎやも詰つまらない。紫むらさきの袈裟けさをかけて、七堂伽藍だうがらんに住すんだ処ところで何程なにほどのこともあるまい、活仏様いきほとけさまぢやといふてわあ〱拝おがまれゝば人ひといきれで胸むねが悪わるくなるばかりか。

些ちとお話はなしもいかゞぢやから、前刻さツきはことを分わけていひませなんだが、昨夜ゆふべも白痴ばかを寝ねかしつけると、婦人をんなが又また炉ろのある処ところへやつて来きて、世よの中なかへ苦労くらうをして出でやうより、夏なつは涼すゞしく、冬ふゆは暖あたゝかい、此この流ながれと一所しよに私わたしの傍そばにおいでなさいといふてくれるし、まだ〱其そればかりでは自身じぶんに魔まが魅さしたやうぢやけれども、こゝに我身わがみで我身わがみに言訳いひわけが出来できるといふのは、頻しきりに婦人をんなが不便ふびんでならぬ、深山しんざんの孤家ひとつやに白痴ばかの伽とぎをして言葉ことばも通つうぜず、日ひを経ふるに従したがふてものをいふことさへ忘わすれるやうな気きがするといふは何なんたる事こと!

殊ことに今朝けさも東雲しのゝめに袂たもとを振切ふりきつて別わかれやうとすると、お名残なごり惜をしや、かやうな処ところに恁かうやつて老朽おひくちる身みの、再ふたゝびお目めにはかゝられまい、いさゝ小川をがはの水みづとなりとも、何処どこぞで白桃しろもゝの花はなが流ながれるのを御覧ごらんになつたら、私わたしの体からだが谷川たにがはに沈しづんで、ちぎれ〱になつたことゝ思おもへ、といつて、悄しほれながら、なほ親切しんせつに、道みちは唯たゞ此この谷川たにがはの流ながれに沿そふて行ゆきさへすれば、何どれほど遠とほくても里さとに出でらるゝ、目めの下した近ちかく水みづが躍おどつて、瀧たきになつて落おつるのを見みたら、人家じんかが近ちかづいたと心こゝろを安やすんずるやうに、と気きをつけて孤家ひとつやの見みえなくなつた辺あたりで指ゆびさしをしてくれた。

其その手てと手てを取交とりかはすには及およばずとも、傍そばにつき添そつて、朝夕あさゆふの話対手はなしあひて、蕈きのこの汁しるで御膳ごぜんを食たべたり、私わしが榾ほだを焚たいて、婦人をんなが鍋なべをかけて、私わしが木この実みを拾ひろつて、婦人をんなが皮かはを剥むいて、それから障子しやうじの内うちと外そとで、話はなしをしたり、笑わらつたり、それから谷川たにがはで二人ふたりして、其時そのときの婦人をんなが裸体はだかになつて、私わしが背中せなかへ呼吸いきが通かよつて、微妙びめうな薫かほりの花はなびらに暖あたゝかに包つゝまれたら、其そのまゝ命いのちが失うせても可いい!

瀧たきの水みづを見みるにつけても耐たへ難がたいのは其事そのことであつた、いや、冷汗ひやあせが流ながれますて。

其上そのうへ、もう気きがたるみ、筋すぢが弛ゆるんで、早はや歩行あるくのに飽あきが来きて喜よろこばねばならぬ人家じんかが近ちかづいたのも、高たかがよくされて口くちの臭くさい婆ばあさんに渋茶しぶちやを振舞ふるまはれるのが関せきの山やまと、里さとへ入いるのも厭いやになつたから、石いしの上うへへ膝ひざを懸かけた、丁度ちやうど目めの下したにある瀧たきぢやつた、これがさ、後あとに聞きくと女夫瀧めうとたきと言いふさうで。

真中まんなかに先まづ鰐鮫わにざめが口くちをあいたやうな尖さきのとがつた黒くろい大巌おほいはが突出つきでて居ゐると、上うへから流ながれて来くる颯さツと瀬せの早はやい谷川たにがはが、之これに当あたつて両ふたつに岐わかれて、凡およそ四丈ぢやうばかりの瀧たきになつて哄どツと落おちて、又また暗碧あんぺきに白布しろぬのを織おつて矢やを射ゐるやうに里さとへ出でるのぢやが、其その巌いはにせかれた方はうは六尺しやくばかり、之これは川かはの一巾はゞを裂さいて糸いとも乱みだれず、一方ぱうは巾はゞが狭せまい、三尺じやく位ぐらゐ、この下したには雑多ざツたな岩いはが並ならぶと見みえて、ちら〱ちら〱と玉たまの簾すだれを百千ひやくせんに砕くだいたやう、件くだんの鰐鮫わにざめの巌いはに、すれつ、縺もつれつ。」

第二十五

「唯たゞ一筋すぢでも岩いはを越こして男瀧をたきに縋すがりつかうとする形かたち、それでも中なかを隔へだてられて末すゑまでは雫しづくも通かよはぬので、揉もまれ、揺ゆられて具つぶさに辛苦しんくを嘗なめるといふ風情ふぜい、此この方はうは姿すがたも窶やつれ容かたちも細ほそつて、流ながるゝ音おとさへ別様べつやうに、泣なくか、怨うらむかとも思おもはれるが、あはれにも優やさしい女瀧めだきぢや。

男瀧をだきの方はうはうらはらで、石いしを砕くだき、地ちを貫つらぬく勢いきほひ、堂々だう〱たる有様ありさまぢや、之これが二つ件くだんの巌いはに当あたつて左右さいうに分わかれて二筋すぢとなつて落おちるのが身みに浸しみて、女瀧めだきの心こゝろを砕くだく姿すがたは、男をとこの膝ひざに取とりついて美女びぢよが泣ないて身みを震ふるはすやうで、岸きしに居ゐてさへ体からだがわなゝく、肉にくが跳をどる。況まして此この水上みなかみは、昨日きのふ孤家ひとつやの婦人をんなと水みづを浴あびた処ところと思おもふと、気きの精せいか其その女瀧めだきの中なかに絵ゑのやうな彼かの婦人をんなの姿すがたが歴々あり〱、と浮ういて出でると巻込まきこまれて、沈しづんだと思おもふと又また浮ういて、千筋ちすぢに乱みだるゝ水みづとゝもに其その膚はだへが粉こに砕くだけて、花片はなびらが散込ちりこむやうな。あなやと思おもふと更さらに、もとの顔かほも、胸むねも、乳ちゝも、手足てあしも全まツたき姿すがたとなつて、浮ういつ沈しづみつ、ぱツと刻きざまれ、あツと見みる間まに又またあらはれる。私わしは耐たまらず真逆まツさかさまに瀧たきの中なかへ飛込とびこんで、女瀧めたきを確しかと抱だいたとまで思おもつた。気きがつくと男瀧をたきの方はうはどう〱と地響ぢひゞき打うたせて、山彦やまびこを呼よんで轟とゞろいて流ながれて居ゐる、あゝ其その力ちからを以もつて何故なぜ救すくはぬ、儘まゝよ!

瀧たきに身みを投なげて死しなうより、旧もとの孤家ひとつやへ引返ひツかへせ。汚けがらはしい慾よくのあればこそ恁かうなつた上うへに蹰躇ちゆうちよをするわ、其その顔かほを見みて声こゑを聞きけば、渠等かれら夫婦ふうふが同衾ひとつねするのに枕まくらを並ならべて差支さしつかへぬ、それでも汗あせになつて修行しゆぎやうをして、坊主ばうずで果はてるよりは余程よほどの増ましぢやと、思切おもひきつて戻もどらうとして、石いしを放はなれて身みを起おこした、背後うしろから一ツ背中せなかを叩たゝいて、

(やあ、御坊様ごばうさま、)といはれたから、時ときが時ときなり、心こゝろも心こゝろ、後暗うしろぐらいので喫驚びつくりして見みると、閻王えんわうの使つかひではない、これが親仁おやぢ。

馬うまは売うつたか、身軽みがるになつて、小ちひさな包つゝみを肩かたにかけて、手てに一尾びの鯉こひの、鱗うろこは金色こんじきなる、溌溂はつらつとして尾をの動うごきさうな、鮮あたらしい其その丈たけ三尺じやくばかりなのを、腮あぎとに藁わらを通とほして、ぶらりと提さげて居ゐた。何なんにも言いはず急きふにものもいはれないで瞻みまもると、親仁おやぢはじつと顔かほを見みたよ。然さうしてにや〱と、又また一通とほりの笑方わらひかたではないて、薄気味うすきみの悪わるい北叟笑ほくそゑみをして、

(何なにをしてござる、御修行ごしゆぎやうの身みが、この位くらゐの暑あつさで、岸きしに休やすんで居ゐさつしやる分ぶんではあんめえ、一生懸命しやうけんめいに歩行あるかつしやりや、昨夜ゆふべの泊とまりから此処こゝまではたつた五里り、もう里さとへ行いつて地蔵様ぢざうさまを拝をがまつしやる時刻じこくぢや。

何なんぢやの、己おらが嬢様ぢやうさまに念おもひが懸かゝつて煩悩ぼんなうが起おきたのぢやの。うんにや、秘かくさつしやるな、おらが目めは赤あかくツても、白しろいか黒くろいかはちやんと見みえる。

地体ぢたい並なみのものならば、嬢様ぢやうさまの手てが触さはつて那あの水みづを振舞ふるまはれて、今いままで人間にんげんで居ゐやう筈はずはない。

牛うしか馬うまか、蟇ひきがへるか、猿さるか、蝙蝠かはほりか、何なににせい飛とんだか跳はねたかせねばならぬ。谷川たにがはから上あがつて来きさしつた時とき、手足てあしも顔かほも人ひとぢやから、おらあ魂消たまげた位くらゐ、お前様まへさまそれでも感心かんしんに志こゝろざしが堅固けんごぢやから助たすかつたやうなものよ。

何なんと、おらが曳ひいて行いつた馬うまを見みさしつたらう、それで、孤家ひとつやで来きさつしやる山路やまみちで富山とやまの反魂丹売はんごんたんうりに逢あはしつたといふではないか、それ見みさつせい、彼あの助倍すけべい野郎やらう、疾とうに馬うまになつて、それ馬市うまいちで銭おあしになつて、お銭あしが、そうら此この鯉こひに化ばけた。大好物だいかうぶつで晩飯ばんめしの菜さいになさる、お嬢様ぢやうさまを一体たい何なんじやと思おもはつしやるの。)」

私わたしは思おもはず遮さへぎつた。

「お上人しやうにん?」

第二十六

上人しやうにんは頷うなづきながら呟つぶやいて、

「いや、先まづ聞きかつしやい、彼かの孤家ひとつやの婦人をんなといふは、旧もとな、これも私わしには何なにかの縁えんがあつた、あの恐おそろしい魔処ましよへ入はいらうといふ岐道そばみちの水みづが溢あふれた往来わうらいで、百姓ひやくしやうが教をしへて、彼処あすこは其その以前いぜん医者いしやの家いへであつたといふたが、其その家いへの嬢様ぢやうさまぢや。

何なんでも飛騨ひだ一円ゑん当時たうじ変かはつたことも珍めづらしいこともなかつたが、唯たゞ取出とりいでゝいふ不思議ふしぎは、此この医者いしやの娘むすめで、生うまれると玉たまのやう。

母親殿おふくろどのは頬板ほゝツぺたのふくれた、眦めじりの下さがつた、鼻はなの低ひくい、俗ぞくにさし乳ぢゝといふあの毒々どく〲しい左右さいうの胸むねの房ふさを含ふくんで、何どうして彼あれほど美うつくしく育そだつたものだらうといふ。

昔むかしから物語ものがたりの本ほんにもある、屋やの棟むねへ白羽しらはの征矢そやが立たつか、然さもなければ狩倉かりくらの時とき貴人あてびとのお目めに留とまつて御殿ごてんに召出めしだされるのは、那麼あんなのぢやと噂うはさが高たかかつた。

父親てゝおやの医者いしやといふのは、頬骨ほゝぼねのとがつた髯ひげの生はへた、見得坊みえばうで傲慢がうまん、其癖そのくせでもぢや、勿論もちろん田舎ゐなかには苅入かりいれの時ときよく稲いねの穂ほが目めに入はいると、それから煩わづらう、脂目やにめ、赤目あかめ、流行目はやりめが多おほいから、先生せんせい眼病がんびやうの方はうは少すこし遣やつたが、内科ないくわと来きてはからつぺた。外科げくわなんと来きた日ひにやあ、鬢付びんつけへ水みづを垂たらしてひやりと疵きずにつける位くらゐな処ところ。

鰯いわしの天窓あたまも信心しん〲から、其それでも命数めいすうの尽つきぬ輩やからは本復ほんぷくするから、外ほかに竹庵ちくあん養仙やうせん木斎もくさいの居ゐない土地とち、相応さうおうに繁昌はんじやうした。

殊ことに娘むすめが十六七、女盛をんなざかりとなつて来きた時分じぶんには、薬師様やくしさまが人助ひとだすけに先生様せんせいさまの内うちへ生うまれてござつたといつて、信心しん〲渇仰かつがうの善男ぜんなん善女ぜんによ? 病男びやうなん病女びやうぢよが我われも我われもと詰つめ懸かける。

其それといふのが、はじまりは彼かの嬢様ぢやうさまが、それ、馴染なじみの病人びやうにんには毎日まいにち顔かほを合あはせる所ところから、愛相あいさうの一つも、あなたお手てが痛いたみますかい、甚麼どんなでございます、といつて手先てさきへ柔やはらかな掌てのひらが障さはると第一番だいいちばんに次作兄じさくあにいといふ若わかいのゝ(りやうまちす)が全快ぜんくわい、お苦くるしさうなといつて腹はらをさすつて遣やると水みづあたりの差込さしこみの留とまつたのがある、初手しよては若わかい男をとこばかりに利きいたが、段々だん〲老人としよりにも及およぼして、後のちには婦人をんなの病人びやうにんもこれで復なほる、復なほらぬまでも苦痛いたみが薄うすらぐ、根太ねぶとの膿うみを切きつて出だすさへ、錆さびた小刀こがたなで引裂ひツさく医者殿いしやどのが腕前うでまへぢや、病人びやうにんは七顛てん八倒たうして悲鳴ひめいを上あげるのが、娘むすめが来きて背中せなかへぴつたりと胸むねをあてゝ肩かたを押おさへて居ゐると、我慢がまんが出来できる、といつたやうなわけであつたさうな。

一時しきり彼あの藪やぶの前まへにある枇杷びはの古木ふるきへ熊蜂くまばちが来きて可恐おそろしい大おほきな巣すをかけた。

すると、医者いしやの内弟子うちでしで薬局やくきよく、拭掃除ふきさうぢもすれば総菜畠さうざいばたけの芋いもも堀ほる、近ちかい所ところへは車夫しやふも勤つとめた、下男げなん兼帯けんたいの熊蔵くまざうといふ、其頃そのころ二十四五歳さい、稀塩散きゑんさんに単舎利別たんしやりべつを混まぜたのを瓶びんに盗ぬすんで、内うちが吝嗇けちぢやから見附みつかると叱しかられる、之これを股引もゝひきや袴はかまと一所しよに戸棚とだなの上うへに載のせて置おいて、隙ひまさへあればちびり〱と飲のんでた男をとこが、庭掃除にはさうじをするといつて、件くだんの蜂はちの巣すを見みつけたつけ。

椽側えんがはへ遣やつて来きて、お嬢様ぢやうさま面白おもしろいことをしてお目めに懸かけませう、無躾ぶしつけでござりますが、私わたしの此この手てを握にぎつて下くださりますと、彼あの蜂はちの中なかへ突込つツこんで、蜂はちを掴つかんで見みせましやう。お手てが障さはつた所ところだけは刺さしましても痛いたみませぬ、竹箒たけばうきで引払ひツぱたいては八方ぱうへ散ちらばつて体中からだぢうに集たかられては夫それは凌しのげませぬ即死そくしでございますがと、微笑ほゝゑんで控ひかへる手てで無理むりに握にぎつて貰もらひ、つか〱と行ゆくと、凄すさまじい虫むしの唸うなり、軈やがて取とつて返かへした左ひだりの手てに熊蜂くまばちが七ツ八ツ、羽はばたきをするのがある、脚あしを揮ふるふのがある、中なかには掴つかんだ指ゆびの股またへ這出はひだして居ゐるのがあツた。

さあ、那あの神様かみさまの手てが障さはれば鉄砲玉てツぱうだまでも通とほるまいと、蜘蛛くもの巣すのやうに評判ひやうばんが八方ぱうへ。

其その頃ころからいつとなく感得かんとくしたものと見みえて、仔細しさいあつて、那あの白痴ばかに身みを任まかせて山やまに籠こもつてからは神変不思議しんぺんふしぎ、年としを経ふるに従したがふて神通自在じんつうじざいぢや、はじめは体からだを押おつけたのが、足あしばかりとなり、手てさきとなり、果はては間あひだを隔へだてゝ居ゐても、道みちを迷まよふた旅人たびゞとは嬢様ぢやうさまが思おもふまゝはツといふ呼吸いきで変へんずるわ。

と親仁おやぢが其時そのとき物語ものがたつて、御坊ごばうは、孤家ひとつやの周囲ぐるりで、猿さるを見みたらう、蟇ひきを見みたらう、蝙蝠かうもりを見みたであらう、兎うさぎも蛇へびも皆みんな嬢様ぢやうさまに谷川たにがはの水みづを浴あびせられて、畜生ちくしやうにされたる輩やから!

あはれ其時そのとき那あの婦人をんなが、蟇ひきに絡まつはられたのも、猿さるに抱だかれたのも、蝙蝠かうもりに吸すはれたのも、夜中よなかに𩳦魅魍魎ちみまうりやうに魘おそはれたのも、思出おもひだして、私わしは犇々ひし〱と胸むねに当あたつた、

なほ親仁おやぢのいふやう。

今いまの白痴ばかも、件くだんの評判ひやうばんの高たかかつた頃ころ、医者いしやの内うちへ来きた病人びやうにん、其頃そのころは未まだ子供こども、朴訥ぼくとつな父親てゝおやが附添つきそひ、髪かみの長ながい、兄貴あにきがおぶつて山やまから出でて来きた。脚あしに難渋なんじうな腫物しゆもつがあつた、其その療治れうぢを頼たのんだので。

固もとより一室まを借受かりうけて、逗留たうりうをして居をつたが、かほどの悩なやみは大事おほごとぢや、血ちも大分だいぶんに出ださねばならぬ殊ことに子供こども手てを下おろすには体からだに精分せいぶんをつけてからと、先まづ一日にちに三ツづゝ鶏卵たまごを飲のまして、気休きやすめに膏薬かうやくを張はつて置おく。

其その膏薬かうやくを剥はがすにも親おやや兄あに、又また傍そばのものが手てを懸かけると、堅かたくなつて硬こはばつたのが、めり〱と肉にくにくツついて取とれる、ひい〱と泣なくのぢやが、娘むすめが手てをかけてやれば黙だまつて耐こらへた。

一体たいは医者殿いしやどの、手てのつけやうがなくつて、身みの衰おとろへをいひ立たてに一日にち延のばしにしたのぢやが三日か経たつと、兄あにを残のこして、克明こくめいな父親てゝおやの股引もゝひきの膝ひざでずつて、あとさがりに玄関げんくわんから土間どまへ、草鞋わらぢを穿はいて又また地つちに手てをついて、次男坊じなんばうの生命いのちの扶たすかりまするやうに、ねえ〱、といふて山やまへ帰かへつた。

其それでもなか〱捗取はかどらず、七日なぬかも経たつたので、後あとに残のこつて附添つきそつて居ゐた兄者人あにじやひとが丁度ちやうど苅入かりいれで、此節このせつは手てが八本ほんも欲ほしいほど忙いそがしい、お天気てんき模様もやうも雨あめのやう、長雨ながあめにでもなりますと、山畠やまはたけにかけがへのない稲いねが腐くさつては、餓死うゑじにでござりまする、総領さうりやうの私わしは一番ばんの働手はたらきて、かうしては居をられませぬから、と辞ことわりをいつて、やれ泣なくでねえぞ、としんめり子供こどもにいひ聞きかせて病人びやうにんを置おいて行いつた。

後あとには子供こども一人ひとり、其時そのときが戸長様こちやうさまの帳面前ちやうめんまへ年紀とし六ツ、親おや六十で児こが二十はたちなら徴兵ちようへいはお目めこぼしと何なにを間違まちがへたか届とゞけが五年ねん遅おそうして本当ほんたうは十一、それでも奥山おくやまで育そだつたから村むらの言葉ことばも碌ろくには知しらぬが、怜悧りこうな生うまれで聞分きゝわけがあるから、三ツづつあひかはらず鶏卵たまごを吸すはせられる汁つゆも、今いまに療治れうぢの時とき不残のこらず血ちになつて出でることゝ推量すゐりやうして、べそを掻かいても、兄者あにじやが泣なくなといはしつたと、耐こらへて居ゐた心こゝろの内うち。

娘むすめの情なさけで内うちと一所しよに膳ぜんを並ならべて食事しよくじをさせると、沢庵たくわんの切きれをくわへて隅すみの方はうへ引込ひきこむいぢらしさ。

弥いよいよ明日あすが手術しゆじゆつといふ夜よは、皆みんな寝静ねしづまつてから、しく〱蚊かのやうに泣ないて居ゐるのを、手水てうづに起おきた娘むすめが見みつけてあまりの不便ふびんさに抱だいて寝ねてやつた。

さて療治れうぢとなると例れいの如ごとく娘むすめが背後うしろから抱だいて居ゐたから、脂汗あぶらあせを流ながしながら切きれものが入はいるのを、感心かんしんにじつと耐こらへたのに、何処どこを切違きりちがへたか、それから流ながれ出だした血ちが留とまらず、見みる〱内うちに色いろが変かはつて、危あぶなくなつた。

医者いしやも蒼あをくなつて、騒さわいだが、神かみの扶たすけか漸やうやう生命いのちは取留とりとまり、三日かばかりで血ちも留とまつたが、到頭たうとう腰こしが抜ぬけた、固もとより不具かたわ。

之これが引摺ひきずつて、足あしを見みながら情なさけなさうな顔かほをする、蟋蟀きり〲すが𢪸もがれた脚あしを口くちに啣くはへて泣なくのを見みるやう、目めもあてられたものではない。

しまひには泣出なきだすと、外聞ぐわいぶんもあり、少焦すこぢれで、医者いしやは可恐おそろしい顔かほをして睨にらみつけると、あはれがつて抱だきあげる娘むすめの胸むねに顔かほをかくして縋すがる状さまに、年来ねんらい随分ずゐぶんと人ひとを手てにかけた医者いしやも我がを折をつて腕組うでくみをして、はツといふ溜息ためいき。

軈やがて父親てゝおやが迎むかひにござつた、因果いんぐわと諦あきらめて、別べつに不足ふそくはいはなんだが、何分なにぶん小児こどもが娘むすめの手てを放はなれようといはぬので、医者いしやも幸さひはひ、言訳いひわけ旁かた〲、親兄おやあにの心こゝろもなだめるため、其処そこで娘むすめに小児こどもを家うちまで送おくらせることにした。

送おくつて来きたのが孤家ひとつやで。

其時分そのじぶんはまだ一ヶの荘さう、家いへも小こ二十軒けんあつたのが、娘むすめが来きて一日にち二日か、つひほだされて逗留たうりうした五日目かめから大雨おほあめが降出ふりだした。瀧たきを覆くつがへすやうで小留をやみもなく家うちに居ゐながら皆みんな蓑笠みのかさで凌しのいだ位くらゐ、茅葺かやぶきの繕つくろひをすることは扨置さておいて、表おもての戸ともあけられず、内うちから内うち、隣同士となりどうし、おう〱と声こゑをかけ合あつて纔わづかに未まだ人種ひとだねの世よに尽つきぬのを知しるばかり、八日かを八百年ねんと雨あめの中なかに籠こもると九日目こゝのかめの真夜中まよなかから大風たいふうが吹出ふきだして其その風かぜの勢いきほひこゝが峠たうげといふ処ところで忽たちまち泥海どろうみ。

此この洪水こうずゐで生残いきのこつたのは、不思議ふしぎにも娘むすめと小児こどもと其それに其時そのとき村むらから供ともをした此この親仁おやぢばかり。

同一おなし水みづで医者いしやの内うちも死絶しにたえた、さればかやうな美女びぢよが片田舎かたゐなかに生うまれたのも国くにが世よがはり、代だいがはりの前兆ぜんちやうであらうと、土地とちのものは言伝いひつたへた。

嬢様ぢやうさまは帰かへるに家いへなく世よに唯たゞ一人ひとりとなつて小児こどもと一所しよに山やまに留とゞまつたのは御坊ごばうが見みらるゝ通とほり、又また那あの白痴ばかにつきそつて行届ゆきとゞいた世話せわも見みらるゝ通とほり、洪水こうずゐの時ときから十三年ねん、いまになるまで一日にちもかはりはない。

といひ果はてゝ親仁おやぢの又また気味きみの悪わるい北叟笑ほくそゑみ。

(恁かう身みの上うへを話はなしたら、嬢様ぢやうさまを不便ふびんがつて、薪まきを折をつたり水みづを汲くむ手扶てだすけでもしてやりたいと、情なさけが懸かゝらう。本来ほんらいの好心すきごゝろ、可加減いゝかげんな慈悲じひぢやとか、情なさけぢやとかいふ名なにつけて、一層そ山やまへ帰かへりたかんべい、はて措をかつしやい。彼あの白痴殿ばかどのの女房にようぼうになつて、世よの中なかへは目めもやらぬ換かはりにやあ、嬢様ぢやうさまは如意自在によゐじざい、男をとこはより取どつて、飽あけば、息いきをかけて獣けものにするわ、殊ことに其その洪水こうずゐ以来いらい、山やまを穿うがつたこの流ながれは天道様てんたうさまがお授さづけの、男をとこを誘いざなふ怪あやしの水みづ、生命いのちを取とられぬものはないのぢや。

天狗道てんぐだうにも三熱ねつの苦悩くなう、髪かみが乱みだれ、色いろが蒼あをざめ、胸むねが痩やせて手足てあしが細ほそれば、谷川たにかはを浴あびると旧もとの通とほり、其それこそ水みづが垂たるばかり、招まねけば活いきた魚うをも来くる、睨にらめば美うつくしい木きの実みも落おつる、袖そでを翳かざせば雨あめも降ふるなり、眉まゆを開ひらけば風かぜも吹ふくぞよ。

然しかもうまれつきの色好いろごのみ、殊ことに又また若わかいのが好すきぢやで、何なにか御坊ごぼうにいうたであらうが、其それを実まこととした処ところで、軈やがて飽あかれると尾をが出来できる、耳みゝが動うごく、足あしがのびる、忽たちまち形かたちが変へんずるばかりぢや。

いや、軈やがて此この鯉こひを料理れうりして、大胡座おほあぐらで飲のむ時ときの魔神ましんの姿すがたを見みせたいな。

妄念まうねんは起おこさずに早はやう此処こゝを退のかつしやい、助たすけられたが不思議ふしぎな位くらゐ、嬢様ぢやうさま別べツしてのお情なさけぢやわ、生命冥加いのちみやうがな、お若わかいの、屹きツと修行しゆぎやうをさつしやりませ。)と又また一ツ背中せなかを叩たゝいた、親仁おやぢは鯉こひを提さげたまゝ見向みむきもしないで、山路やまぢを上うへの方かた。

見送みおくると小ちいさくなつて、一坐ざの大山おほやまの背後うしろへかくれたと思おもふと、油旱あぶらでりの焼やけるやうな空そらに、其その山やまの巓いたゞきから、すく〱と雲くもが出でた、瀧たきの音おとも静しづまるばかり殷々ゐん〱として雷らいの響ひゞき。

藻抜もぬけのやうに立たつて居ゐた、私わしが魂たましひは身みに戻もどつた、其方そなたを拝をがむと斉ひとしく、杖つえをかい込こみ、小笠をがさを傾かたむけ、踵くびすを返かへすと慌あはたゞしく、一散さんに駆かけ下おりたが、里さとに着ついた時分じぶんは山やまは驟雨ゆふだち、親仁おやぢが婦人をんなに齎もたらした鯉こひもこのために活いきて孤家ひとつやに着ついたらうと思おもふ大雨おほあめであつた。」

高野聖かうやひじりは此このことについて、敢あへて別べつに註ちうして教をしへを与あたへはしなかつたが、翌朝よくてう袂たもとを分わかつて、雪中せつちう山越やまごしにかゝるのを、名残なごり惜をしく見送みおくると、ちら〱と雪ゆきの降ふるなかを次第しだいに高たかく坂道さかみちを上のぼる聖ひじりの姿すがた、恰あたかも雲くもに駕がして行ゆくやうに見みえたのである。

底本 / Source edition

底本:「新編 泉鏡花集 第八巻」岩波書店
2004(平成16)年1月7日第1刷発行
底本の親本:「高野聖」左久良書房
1908(明治41)年2月20日
初出:「新小説 第五年第三巻」春陽堂
1900(明治33)年2月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※表題は底本では、「高野聖《かうやひじり》」となっています。
※初出時の署名は「鏡花小史」です。
入力:砂場清隆
校正:門田裕志
2007年2月12日作成
2016年2月22日修正
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/043466_000050/

泉 鏡花、泉 鏡太郎「高野聖」(新字旧仮名)、底本『新編 泉鏡花集 第八巻』岩波書店、2004年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 043466_000050, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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