Soranoha

北村透谷君

きたむらとうこくくん

山路 愛山

明治廿二年、予の始めて上京するや偶たま〱銀座の街を歩し書肆しよしに於て一冊を得たり、題して楚囚そしうの詩と曰いふ。予は之れを読んで其言の欝愴うつさうたるを奇としたりき。

同廿四年、予の遠江とほたふみにあるや友人明石桜井君、一書を予に贈れり、題して蓬莱曲ほうらいきよくと曰ふ。是これ楚囚の詩と作者を同ふする者。

其夏余再び上京す。一日桜井氏が本郷の小楼に在あり、座上一客を見る。桜井氏之れを予に介して曰ふ。即ち蓬莱曲の作者北村透谷君也。余が交を透谷君に訂せしは是を始めとす。

余をして遠慮なく白状せしめば透谷君は今日に比類少き好人物なり。彼れの中には一点の邪念なし。彼れは容易に人の言ふ所を信じ、容易に人の長所に服せり。彼れは人に対して最も深き同情を表し得べき人なり。かゝりしかば余は心より其人ひとと為なりに服せざるを得ざりき。斯かくして二人の交は成れり。

既にして君の文名は朋友の間に喧伝けんでんせり。君は先づ深邃しんすゐなる批評家として著れ、更に無韻の詩人として著れ、更に理想的の劇曲家として著れんとせり。

吾人われら皆望を君に属せり、而して君は吾人を舎すてゝ去れり。予は文壇に於て最も多く君に攻撃せられたり、私交に於て最も多く君に親しまれたり。

君が痛酷なる論文を「文学界」に掲げて余を駁撃ばくげきしたるより数日を隔てゝ君は予が家の薯汁飯を喫せり。余が君に遇ふや屡〻しば〱論駁の鋒を向けぬ。君は毫がうも之れに逆さからふことなかりし也。

嘗て予が住む所は竹越君の住む所に隣り、竹越君の住む所は透谷君の住む所に対せしことありき。三人時々往来して談笑す、常に頥を解かざることなし。亦其議論を異にし趣好を異にするに管せざりし也。

竹越君曰く、透谷と月下に語れば清癯せいく飄渺へうべうとして神仙の如し、亦俗界の人に非るを覚ふ。蘇峰氏予に謂いつて曰く、透谷は銀匙なり君に至つては乃すなはち鉄瓶のみ。彼れが超俗の資は我儕われらの同じく認識する所たりき。

今や彼れ逝ゆく、文界は多望の詩人を失ひし也、我儕は愛すべきの朋友を失し也。而して予は最も無邪気にして最も信認すべき論敵を失し也。

民友社中彼れと交る最も久しき者は予也。焉いづくんぞ一片の哀辞なきを得んや。

若し夫れ彼れが遺著たる「エメルソン」に至つては、其今日の文学世界絶好の散文たるは世自ら公論あり、又我儕の諛辞ゆじを要せざる也。

(明治二十七年五月二十二日)

底本 / Source edition

底本:「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」筑摩書房
1969(昭和44)年6月5日初版第1刷発行
1985(昭和60)年11月10日初版第15刷発行
初出:「国民新聞」
1894(明治27)年5月22日
入力:kamille
校正:鈴木厚司
2006年4月28日作成
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書誌 / Bibliography
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山路 愛山「北村透谷君」(新字旧仮名)、底本『現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集』筑摩書房、1974年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 043449_000837, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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