Soranoha

小杉未醒氏

こすぎみせいし

芥川 竜之介

一昨年の冬、香取秀真氏が手賀沼の鴨を御馳走した時、其処に居合せた天岡均一氏が、初対面の小杉未醒氏に、「小杉君、君の画は君に比べると、如何にも優しすぎるじゃないか」と、いきなり一拶を与えた事がある。僕はその時天岡の翁も、やはり小杉氏の外貌に欺かれているなと云う気がした。

成程小杉氏は一見した所、如何にも天狗倶楽部らしい、勇壮な面目を具えている。僕も実際初対面の時には、突兀とっこつたる氏の風采の中に、未醒山人と名乗るよりも、寧ろ未醒蛮民と号しそうな辺方瘴煙しょうえんの気を感じたものである。が、その後氏に接して見ると、――接したと云う程接しもしないが、兎に角まあ接して見ると、肚の底は見かけよりも、遥に細い神経のある、優しい人のような気がして来た。勿論今後猶接して見たら、又この意見も変るかも知れない。が、差当り僕の見た小杉未醒氏は、気の弱い、思いやりに富んだ、時には毛嫌いも強そうな、我々と存外縁の近い感情家肌の人物である。

だから僕に云わせると、氏の人物と氏の画とは、天岡の翁の考えるように、ちぐはぐな所がある訳ではない。氏の画はやはり竹のように、本来の氏の面目から、まっすぐに育って来たものである。

小杉氏の画は洋画も南画も、同じように物柔かである。が、決して軽快ではない。何時も妙に寂しそうな、薄ら寒い影が纏まつわっている。僕は其処に僕等同様、近代の風に神経を吹かれた小杉氏の姿を見るような気がする。気取った形容を用いれば、梅花書屋の窓を覗いて見ても、氏の唐人は気楽そうに、林処士の詩なぞは謡っていない。しみじみと独り炉に向って、Rêvons……le feu s'allume とか何とか考えていそうに見えるのである。

序ながら書き加えるが、小杉氏は詩にも堪能である。が、何でも五言絶句ばかりが、総計十首か十五首しかない。その点は僕によく似ている。しかし出来映えを考えれば、或は僕の詩よりうまいかも知れない。勿論或はまずいかも知れない。

底本 / Source edition

底本:「大川の水・追憶・本所両国 現代日本のエッセイ」講談社文芸文庫、講談社
1995(平成7)年1月10日第1刷発行
底本の親本:「芥川龍之介全集 第一~九、一二巻」岩波書店
1977(昭和52)年7、9~12月、1978(昭和53)年1~4、7月発行
入力:向井樹里
校正:砂場清隆
2007年2月12日作成
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書誌 / Bibliography
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芥川 竜之介「小杉未醒氏」(新字新仮名)、底本『大川の水・追憶・本所両国 現代日本のエッセイ』講談社文芸文庫、講談社、1995年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 043373_000879, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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