Soranoha

五重塔

ごじゅうのとう

幸田 露伴

其一

木理もくめ美うるはしき槻胴けやきどう、縁にはわざと赤樫を用ひたる岩畳がんでふ作りの長火鉢に対ひて話し敵がたきもなく唯一人、少しは淋しさうに坐り居る三十前後の女、男のやうに立派な眉を何日いつ掃ひしか剃つたる痕の青〻と、見る眼も覚むべき雨後の山の色をとゞめて翠みどりの匀ひ一トしほ床しく、鼻筋つんと通り眼尻キリヽと上り、洗ひ髪をぐる〱と酷むごく丸まろめて引裂紙をあしらひに一本簪いつぽんざしでぐいと留めを刺した色気無の様はつくれど、憎いほど烏黒まつくろにて艶ある髪の毛の一ト綜ふさ二綜後れ乱れて、浅黒いながら渋気の抜けたる顔にかゝれる趣きは、年増嫌ひでも褒めずには置かれまじき風体ふうてい、我がものならば着せてやりたい好みのあるにと好色漢しれものが随分頼まれもせぬ詮議を蔭では為べきに、さりとは外見みえを捨てゝ堅義を自慢にした身の装つくり方、柄の選択えらみこそ野暮ならね高が二子ふたこの綿入れに繻子襟かけたを着て何所に紅くさいところもなく、引つ掛けたねんねこばかりは往時むかし何なりしやら疎あらい縞の糸織なれど、此とて幾度か水を潜つて来た奴なるべし。

今しも台所にては下婢おさんが器物もの洗ふ音ばかりして家内静かに、他には人ある様子もなく、何心なくいたづらに黒文字を舌端したさきで嬲なぶり躍おどらせなどして居し女、ぷつりと其を噛み切つてぷいと吹き飛ばし、火鉢の灰かきならし炭火体よく埋いけ、芋籠より小巾こぎれとり出し、銀ほど光れる長五徳を磨きおとしを拭き銅壺の蓋まで奇麗にして、さて南部霰地なんぶあられの大鉄瓶を正然ちやんとかけし後、石尊様詣りのついでに箱根へ寄つて来しものが姉御へ御土産おみやと呉れたらしき寄木細工の小纎麗こぎようなる煙草箱を、右の手に持た鼈甲管べつかふらおの煙管きせるで引き寄せ、長閑に一服吸ふて線香の烟るやうに緩〻ゆる〱と烟りを噴はき出し、思はず知らず太息ためいき吐いて、多分は良人うちの手に入るであらうが憎いのつそりめが対むかふへ廻り、去年使ふてやつた恩も忘れ上人様に胡麻摺り込んで、強たつて此度こんどの仕事を為せうと身の分も知らずに願ひを上げたとやら、清吉の話しでは上人様に依怙贔屓えこひいきの御情おこゝろはあつても、名さへ響かぬのつそりに大切だいじの仕事を任せらるゝ事は檀家方の手前寄進者方の手前も難しからうなれば、大丈夫此方こちに命いひつけらるゝに極つたこと、よしまたのつそりに命けらるればとて彼奴あれめに出来る仕事でもなく、彼奴の下に立つて働く者もあるまいなれば見事出来でかし損ずるは眼に見えたこととのよしなれど、早く良人うちのひとが愈〻御用命いひつかつたと笑ひ顔して帰つて来られゝばよい、類の少い仕事だけに是非為て見たい受け合つて見たい、慾徳は何でも関はぬ、谷中やなか感応寺かんおうじの五重塔は川越の源太が作り居つた、嗚呼よく出来した感心なと云はれて見たいと面白がつて、何日いつになく職業しやうばいに気のはづみを打つて居らるゝに、若し此仕事を他に奪られたら何のやうに腹を立てらるゝか肝癪を起さるゝか知れず、それも道理であつて見れば傍わきから妾の慰めやうも無い訳、嗚呼何にせよ目出度う早く帰つて来られゝばよいと、口には出さねど女房気質、今朝背面うしろから我が縫ひし羽織打ち掛け着せて出したる男の上を気遣ふところへ、表の骨太格子手あらく開けて、姉御、兄貴は、なに感応寺へ、仕方が無い、それでは姉御に、済みませんが御頼み申します、つい昨晩ゆうべ酔へゞまして、と後は云はず異な手つきをして話せば、眉頭に皺をよせて笑ひながら、仕方のないも無いもの、少し締まるがよい、と云ひ〱立つて幾干いくらかの金を渡せば、其をもつて門口に出で何やら諄〻くど〱押問答せし末此方こなたに来りて、拳骨で額を抑へ、何どうも済みませんでした、ありがたうござりまする、と無骨な礼を為たるも可笑をかし。

其二

火は別にとらぬから此方こちへ寄るがよい、と云ひながら重げに鉄瓶を取り下して、属輩めしたにも如才なく愛嬌を汲んで与やる桜湯一杯、心に花のある待遇あしらひは口に言葉の仇繁きより懐かしきに、悪い請求たのみをさへすらりと聴て呉れし上、胸に蟠屈わだかまりなく淡然さつぱりと平日つねのごとく仕做しなされては、清吉却つて心羞うらはづかしく、何どうやら魂魄たましひの底の方がむづ痒いやうに覚えられ、茶碗取る手もおづ〱として進みかぬるばかり、済みませぬといふ辞誼じぎを二度ほど繰返せし後、漸く乾き切つたる舌を湿す間もあらせず、今頃の帰りとは余り可愛がられ過ぎたの、ホヽ、遊ぶはよけれど職業しごとの間まを欠いて母親おふくろに心配さするやうでは、男振が悪いではないか清吉、汝そなたは此頃仲町の甲州屋様の御本宅の仕事が済むと直に根岸の御別荘の御茶席の方へ廻らせられて居るではないか、良人うちのも遊ぶは随分好で汝達の先に立つて騒ぐは毎〻なれど、職業しごとを粗略おろそかにするは大の嫌ひ、今若し汝の顔でも見たらば又例の青筋を立つるに定つて居るを知らぬでもあるまいに、さあ少し遅くはなつたれど母親おふくろの持病が起つたとか何とか方便は幾干でもつくべし、早う根岸へ行くがよい、五三ごさ様も了わかつた人なれば一日をふてゝ怠惰なまけぬに免じて、見透かしても旦那の前は庇護かばふて呉るゝであらう、おゝ朝飯がまだらしい、三や何でもよいほどに御膳を其方へこしらへよ、湯豆腐に蛤鍋はまなべとは行かぬが新漬に煮豆でも構はぬはのう、二三杯かつこんで直と仕事に走りやれ走りやれ、ホヽ睡くても昨夜をおもへば堪忍がまんの成らうに精を惜むな辛防せよ、よいは弁当も松に持たせて遣るは、と苦くはなけれど効験きゝめある薬の行きとゞいた意見に、汗を出して身の不始末を慚はづる正直者の清吉。

姉御、では御厄介になつて直に仕事に突走ります、と鷲掴みにした手拭で額拭き〱勝手の方に立つたかとおもへば、既もうざら〱ざらつと口の中へ打込む如く茶漬飯五六杯、早くも食ふて了つて出て来り、左様なら行つてまゐります、と肩ぐるみに頭をついと一ツ下げて煙草管きせるを収め、壺屋の煙草入りやうさげ三尺帯に、さすがは気早き江戸ッ子気質、草履つつかけ門口出づる、途端に今まで黙つて居たりし女は急に呼びとめて、此二三日にのつそり奴めに逢ふたか、と石から飛んで火の出し如く声を迸はしらし問ひかくれば、清吉ふりむいて、逢ひました逢ひました、しかも昨日御殿坂で例ののつそりがひとしほのつそりと、往生した鶏とりのやうにぐたりと首を垂れながら歩行あるいて居るを見かけましたが、今度此方の棟梁の対岸むかうに立つてのつそりの癖に及びも無い望みをかけ、大丈夫ではあるものゝ幾干か棟梁にも姉御にも心配をさせる其面が憎くつて面が憎くつて堪りませねば、やいのつそりめと頭から毒を浴びせて呉れましたに、彼奴の事故気がつかず、やいのつそりめ、のつそりめと三度めには傍へ行つて大声で怒鳴つて遣りましたれば漸く吃驚して梟ふくろに似た眼で我ひとの顔を見詰め、あゝ清吉あーにーいかと寝惚声の挨拶、やい、汝きさまは大分好い男児をとこになつたの、紺屋こうやの干場へ夢にでも上のぼつたか大層高いものを立てたがつて感応寺の和尚様に胡麻を摺り込むといふ話しだが、其は正気の沙汰か寝惚けてかと冷語ひやかしを驀向まつかうから与やつたところ、ハヽヽ姉御、愚鈍うすのろい奴といふものは正直ではありませんか、何と返事をするかとおもへば、我わしも随分骨を折つて胡麻は摺つて居るが、源太親方を対岸に立てゝ居るので何どうも胡麻が摺りづらくて困る、親方がのつそり汝きさま為やつて見ろよと譲つて呉れゝば好いけれどものうとの馬鹿に虫の好い答へ、ハヽヽ憶ひ出しても、心配相に大真面目くさく云つた其面が可笑くて堪りませぬ、余り可笑いので憎気にくつけも無くなり、箆棒べらぼうめと云ひ捨てに別れましたが。其限それぎりか。然へい。左様かへ、さあ遅くなる、関はずに行くがよい。左様ならと清吉は自己おのが仕事におもむきける、後はひとりで物思ひ、戸外おもてでは無心の児童こども達が独楽戦こまあての遊びに声〻喧しく、一人殺しぢや二人殺しぢや、醜態ざまを見よ讐かたきをとつたぞと号わめきちらす。おもへばこれも順〻競争がたきの世の状さまなり。

其三

世に栄え富める人〻は初霜月の更衣うつりかへも何の苦慮くるしみなく、紬に糸織に自己おのが好き〲の衣きぬ着て寒さに向ふ貧者の心配も知らず、やれ炉開きぢや、やれ口切ぢや、それに間に合ふやう是非とも取り急いで茶室成就しあげよ待合の庇廂ひさし繕へよ、夜半のむら時雨も一服やりながらで無うては面白く窓撲つ音を聞き難しとの贅沢いふて、木枯凄じく鐘の音氷るやうなつて来る辛き冬をば愉快こゝろよいものかなんぞに心得らるれど、其茶室の床板とこいた削りに鉋かんな礪とぐ手の冷えわたり、其庇廂の大和がき結ひに吹きさらされて疝癪も起すことある職人風情は、何どれほどの悪い業を前の世に為し置きて、同じ時候に他とは違ひ悩め困くるしませらるゝものぞや、取り分け職人仲間の中でも世才に疎く心好き吾夫うちのひと、腕は源太親方さへ去年いろ〱世話して下されし節をりに、立派なものぢやと賞められし程確実たしかなれど、寛濶おうやうの気質きだて故に仕事も取り脱はぐり勝で、好い事は毎〻いつも他ひとに奪られ年中嬉しからぬ生活くらしかたに日を送り月を迎ふる味気無さ、膝頭の抜けたを辛くも埋め綴つた股引ばかり我が夫に穿かせ置くこと、婦女をんなの身としては他人よその見る眼も羞づかしけれど、何にも彼も貧が為さする不如意に是非のなく、今ま縫ふ猪之が綿入れも洗ひ曝した松坂縞、丹誠一つで着させても着させ栄えなきばかりでなく見とも無いほど針目勝ち、それを先刻は頑是ない幼心といひながら、母様其衣それは誰がのぢや、小いからは我おれの衣服べゞか、嬉いのうと悦んで其儘戸外おもてへ駈け出し、珍らしう暖い天気に浮かれて小竿持ち、空に飛び交ふ赤蜻蜓あかとんぼを撲はたいて取らうと何処の町まで行つたやら、嗚呼考へ込めば裁縫しごとも厭気になつて来る、せめて腕の半分も吾夫うちのひとの気心が働いて呉れたならば斯も貧乏は為まいに、技倆わざはあつても宝の持ち腐れの俗諺たとへの通り、何日いつ其手腕うでの顕れて万人の眼に止まると云ふことの目的あてもない、たゝき大工穴鑿あなほり大工、のつそりといふ忌〻しい諢名さへ負せられて同業中なかまうちにも軽しめらるゝ歯痒さ恨めしさ、蔭でやきもきと妾が思ふには似ず平気なが憎らしい程なりしが、今度はまた何した事か感応寺に五重塔の建つといふ事聞くや否や、急にむら〱と其仕事を是非為する気になつて、恩のある親方様が望まるゝをも関はず胴慾に、此様な身代の身に引き受けうとは、些ちとえら過ぎると連添ふ妾でさへ思ふものを、他人は何んと噂さするであらう、ましてや親方様は定めし憎いのつそりめと怒つてござらう、お吉きち様は猶ほ更ら義理知らずの奴めと恨んでござらう、今日は大抵何方どちらにか任すと一言上人様の御定めなさる筈とて、今朝出て行かれしが未だ帰られず、何か今度の仕事だけは彼程吾夫は望んで居らるゝとも此方は分に応ぜず、親方には義理もあり旁かたがた親方の方に上人様の任さるればよいと思ふやうな気持もするし、また親方様の大気にて別段怒りもなさらずば、吾夫に為せて見事成就させたいやうな気持もする、ゑゝ気の揉める、何なる事か、到底とても良人うちには御任せなさるまいが若もいよ〱吾夫の為る事になつたら、何の様にまあ親方様お吉様の腹立てらるゝか知れぬ、あゝ心配に頭脳あたまの痛む、また此が知れたらば女の要らぬ無益むだ心配、其故何時も身体の弱いと、有情やさしくて無理な叱言こゞとを受くるであらう、もう止めましよ止めましよ、あゝ痛、と薄痘痕うすいものある蒼い顔を蹙しかめながら即効紙の貼つてある左右の顳顬こめかみを、縫ひ物捨てゝ両手で圧へる女の、齢は二十五六、眼鼻立ちも醜からねど美味うまきもの食はぬに膩気あぶらけ少く肌理きめ荒れたる態あはれにて、襤褸衣服ぼろぎものにそゝけ髪ます〱悲しき風情なるが、つく〲独り歎ずる時しも、台所の劃しきりの破れ障子がらりと開けて、母様これを見てくれ、と猪之が云ふに吃驚して、汝は何時から其所に居た、と云ひながら見れば、四分板六分板の切端を積んで現然あり〱と真似び建てたる五重塔、思はず母親涙になつて、おゝ好い児ぞと声曇らし、いきなり猪之に抱きつきぬ。

其四

当時に有名なうての番匠川越の源太が受負ひて作りなしたる谷中感応寺の、何処に一つ批点を打つべきところ有らう筈なく、五十畳敷格天井がうてんじやうの本堂、橋をあざむく長き廻廊、幾部いくつかの客殿、大和尚が居室ゐま、茶室、学徒所化しよけの居るべきところ、庫裡くり、浴室、玄関まで、或は荘厳を尽し或は堅固を極め、或は清らかに或は寂さびて各〻其宜しきに適ひ、結構少しも申し分なし。そも〱微〻たる旧基を振ひて箇程かほどの大寺を成せるは誰ぞ。法諱おんなを聞けば其頃の三歳児みつごも合掌礼拝すべきほど世に知られたる宇陀の朗圓上人とて、早くより身延の山に螢雪の苦学を積まれ、中ごろ六十余州に雲水の修行をかさね、毘婆舎那びばしやなの三行に寂静じやくじやうの慧劒ゑけんを礪とぎ、四種の悉檀しつたんに済度の法音を響かせられたる七十有余の老和尚、骨は俗界の葷羶くんせんを避くるによつて鶴の如くに痩せ、眼まなこは人世の紛紜に厭きて半睡れるが如く、固より壊空ゑくうの理を諦たいして意欲の火炎ほのほを胸に揚げらるゝこともなく、涅槃ねはんの真を会ゑして執着の彩色いろに心を染まさるゝことも無ければ、堂塔を興し伽藍を立てんと望まれしにもあらざれど、徳を慕ひ風を仰いで寄り来る学徒のいと多くて、其等のものが雨露凌がん便宜たよりも旧もとのまゝにては無くなりしまゝ、猶少し堂の広くもあれかしなんど独語つぶやかれしが根となりて、道徳高き上人の新に規模を大うして寺を建てんと云ひ玉ふぞと、此事八方に伝播ひろまれば、中には徒弟の怜悧りこうなるが自ら奮つて四方に馳せ感応寺建立に寄附を勧めて行あるくもあり、働き顔に上人の高徳を演のべ説き聞かし富豪を慫慂すゝめて喜捨せしむる信徒もあり、さなきだに平素ひごろより随喜渇仰の思ひを運べるもの雲霞の如きに此勢をもつてしたれば、上諸侯より下町人まで先を争ひ財を投じて、我一番に福田ふくでんへ種子を投じて後の世を安楽やすくせんと、富者は黄金白銀を貧者は百銅二百銅を分に応じて寄進せしにぞ、百川ひやくせん海に入るごとく瞬く間ひまに金銭の驚かるゝほど集りけるが、それより世才に長たけたるものの世話人となり用人なり、万事万端執り行ふて頓やがて立派に成就しけるとは、聞いてさへ小気味のよき話なり。

然るに悉皆しつかい成就の暁、用人頭の爲右衞門普請諸入用諸雑費一切しめくゝり、手脱てぬかる事なく決算したるに尚大金の剰あまれるあり。此をば如何になすべきと役僧の圓道もろとも、髪ある頭に髪無き頭突き合はせて相談したれど別に殊勝なる分別も出でず、田地を買はんか畠買はんか、田も畠も余るほど寄附のあれば今更また此浄財を其様な事に費すにも及ばじと思案にあまして、面倒なり好よきに計らへと皺枯れたる御声にて云ひたまはんは知れてあれど、恐る〱圓道或時、思さるゝ用途みちもやと伺ひしに、塔を建てよと唯一言云はれし限ぎり振り向きも為たまはず、鼈甲縁の大きなる眼鏡の中より微なる眼の光りを放たれて、何の経やら論やらを黙〻と読み続けられけるが、いよ〱塔の建つに定つて例の源太に、積り書出せと圓道が命令いひつけしを、知つてか知らずに歟か上人様に御目通り願ひたしと、のつそりが来しは今より二月程前なりし。

其五

紺とはいへど汗に褪め風に化かはりて異な色になりし上、幾度か洗ひ濯すゝがれたるため其としも見えず、襟の記印しるしの字さへ朧気となりし絆纏を着て、補綴つぎのあたりし古股引を穿きたる男の、髪は塵埃ほこりに塗まみれて白け、面は日に焼けて品格ひんなき風采やうすの猶更品格なきが、うろ〱のそ〱と感応寺の大門を入りにかゝるを、門番尖り声で何者ぞと怪み誰何たゞせば、吃驚して暫時しばらく眼を見張り、漸く腰を屈めて馬鹿丁寧に、大工の十兵衞と申しまする、御普請につきまして御願に出ました、とおづ〱云ふ風態そぶりの何となく腑には落ちねど、大工とあるに多方源太が弟子かなんぞの使ひに来りしものならむと推察すゐして、通れと一言押柄あふへいに許しける。

十兵衞これに力を得て、四方あたりを見廻はしながら森厳かう〲しき玄関前にさしかゝり、御頼申おたのまをすと二三度いへば鼠衣の青黛頭せいたいあたま、可愛らしき小坊主の、応おゝと答へて障子引き開けしが、応接に慣れたるものの眼捷ばやく人を見て、敷台までも下りず突立ちながら、用事なら庫裡の方へ廻れ、と情無つれなく云ひ捨てゝ障子ぴつしやり、後は何方どこやらの樹頭きに啼く鵯ひよの声ばかりして音もなく響きもなし。成程と独言しつゝ十兵衞庫裡にまはりて復案内を請へば、用人爲右衞門仔細らしき理屈顔して立出で、見なれぬ棟梁殿、何所いづくより何の用事で見えられた、と衣服みなりの粗末なるに既はや侮り軽しめた言葉遣ひ、十兵衞さらに気にもとめず、野生わたくしは大工の十兵衞と申すもの、上人様の御眼にかゝり御願ひをいたしたい事のあつてまゐりました、どうぞ御取次ぎ下されまし、と首かうべを低くして頼み入るに、爲右衞門ぢろりと十兵衞が垢臭き頭上あたまより白の鼻緒の鼠色になつた草履穿き居る足先まで睨め下し、ならぬ、ならぬ、上人様は俗用に御関りはなされぬは、願といふは何か知らねど云ふて見よ、次第によりては我が取り計ふて遣る、と然さも〱万事心得た用人めかせる才物ぶり。それを無頓着の男の質朴ぶきようにも突き放して、いゑ、ありがたうはござりますれど上人様に直〻で無うては、申しても役に立ちませぬ事、何卒たゞ御取次を願ひまする、と此方の心が醇粋いつぽんぎなれば先方さきの気に触る言葉とも斟酌せず推返し言へば、爲右衞門腹には我を頼まぬが憎くて慍いかりを含み、理わけの解らぬ男ぢやの、上人様は汝きさまごとき職人等に耳は仮したまはぬといふに、取次いでも無益むやくなれば我が計ふて得させんと、甘く遇あしらへば附上る言分、最早何も彼も聞いてやらぬ、帰れ帰れ、と小人の常態つねとて語気たちまち粗暴あらくなり、謬にべなく言ひ捨て立んとするに周章あわてし十兵衞、ではござりませうなれど、と半分いふ間なく、五月蠅、喧しいと打消され、奥の方に入られて仕舞ふて茫然ぼんやりと土間に突立つたまゝ掌ての裏うちの螢に脱去ぬけられし如き思ひをなしけるが、是非なく声をあげて復案内を乞ふに、口ある人の有りや無しや薄寒き大寺の岑閑しんかんと、反響ひゞきのみは我が耳に堕ち来れど咳声しはぶき一つ聞えず、玄関にまはりて復頼むといへば、先刻さき見たる憎気な怜悧小僧こばうずの一寸顔出して、庫裡へ行けと教へたるに、と独語つぶやきて早くも障子ぴしやり。

復庫裡に廻り復玄関に行き、復玄関に行き庫裡に廻り、終には遠慮を忘れて本堂にまで響く大声をあげ、頼む〱御頼申すと叫べば、其声それより大でかき声を発いだして馬鹿めと罵りながら爲右衞門づか〱と立出で、僮僕をとこども此狂漢きちがひを門外に引き出せ、騒〻しきを嫌ひたまふ上人様に知れなば、我等が此奴のために叱らるべしとの下知、心得ましたと先刻より僕人をとこ部屋に転がり居し寺僕をとこ等立かゝり引き出さんとする、土間に坐り込んで出されじとする十兵衞。それ手を取れ足を持ち上げよと多勢口〻に罵り騒ぐところへ、後園の花二枝三枝剪はさんで床の眺めにせんと、境内彼方此方逍遥されし朗圓上人、木蘭色もくらんじきの無垢を着て左の手に女郎花桔梗、右の手に朱塗しゆの把りの鋏持たせられしまゝ、図らず此所に来かゝりたまひぬ。

其六

何事に罵り騒ぐぞ、と上人が下したまふ鶴の一声の御言葉に群雀の輩ともがら鳴りを歇とゞめて、振り上げし拳を蔵かくすに地ところなく、禅僧の問答に有りや有りやと云ひかけしまゝ一喝されて腰の折くだけたる如き風情なるもあり、捲り縮めたる袖を体裁きまり悪げに下して狐鼠〻〻こそ〱と人の後に隠るゝもあり。天を仰げる鼻の孔より火烟も噴べき驕慢の怒に意気昂ぶりし爲右衞門も、少しは慚はぢてや首を俛たれ掌てを揉みながら、自己おのれが発頭人なるに是非なく、有し次第を我田に水引き〱申し出れば、痩せ皺びたる顔に深く長く痕ついたる法令の皺溝すぢをひとしほ深めて、につたりと徐ゆるやかに笑ひたまひ、婦女をんなのやうに軽く軟かな声小さく、それならば騒がずともよいこと、爲右衞門汝そなたがたゞ従順すなほに取り次さへすれば仔細は無うてあらうものを、さあ十兵衞殿とやら老衲わしについて此方へ可来おいで、とんだ気の毒な目に遇はせました、と万人に尊敬うやまひ慕はるゝ人は又格別の心の行き方、未学を軽んぜず下司をも侮らず、親切に温和ものやさしく先に立て静に導きたまふ後について、迂濶な根性にも慈悲の浸み透れば感涙とゞめあへぬ十兵衞、段〻と赤土のしつとりとしたるところ、飛石の画趣ゑごゝろに布しかれあるところ、梧桐の影深く四方竹の色ゆかしく茂れるところなど縈めぐり繞めぐり過ぎて、小さゝやかなる折戸を入れば、花も此といふはなき小庭の唯ものさびて、有楽形うらくがたの燈籠に松の落葉の散りかゝり、方星宿はうせいしゆくの手水鉢に苔の蒸せるが見る眼の塵をも洗ふばかりなり。

上人庭下駄脱ぎすてゝ上にあがり、さあ汝そなたも此方へ、と云ひさして掌に持たれし花を早速さそくに釣花活に投げこまるゝにぞ、十兵衞なか〱怯おめず臆せず、手拭で足はたくほどの事も気のつかぬ男とて為すことなく、草履脱いでのつそりと三畳台目の茶室に入りこみ、鼻突合はすまで上人に近づき坐りて黙〻と一礼する態は、礼儀に嫻ならはねど充分に偽飾いつはりなき情こゝろの真実まことをあらはし、幾度か直にも云ひ出んとして尚開きかぬる口を漸くに開きて、舌の動きもたど〱しく、五重の塔の、御願に出ましたは五重の塔のためでござります、と藪から棒を突き出したやうに尻もつたてゝ声の調子も不揃に、辛くも胸にあることを額やら腋の下の汗と共に絞り出せば、上人おもはず笑を催され、何か知らねど老衲わしをば怖いものなぞと思はず、遠慮を忘れて緩ゆるりと話をするがよい、庫裡の土間に坐り込うで動かずに居た様子では、何か深う思ひ詰めて来たことであらう、さあ遠慮を捨てゝ急かずに、老衲をば朋友ともだち同様におもふて話すがよい、と飽くまで慈やさしき注意こゝろぞへ。十兵衞脆くも梟と常〻悪口受くる銅鈴眼すゞまなこに既はや涙を浮めて、唯はい、唯、唯ありがたうござりまする、思ひ詰めて参上まゐりました、その五重の塔を、斯様いふ野郎でござります、御覧の通り、のつそり十兵衞と口惜い諢名あだなをつけられて居る奴やつこでござりまする、然し御上人様、真実ほんとでござりまする、工事しごとは下手ではござりませぬ、知つて居ります私しは馬鹿でござります、馬鹿にされて居ります、意気地の無い奴でござります、虚誕うそはなか〱申しませぬ、御上人様、大工は出来ます、大隅流おほすみりうは童児こどもの時から、後藤立川二ツの流義も合点致して居りまする、為させて、五重塔の仕事を私に為せていたゞきたい、それで参上まゐりました、川越の源太様が積りをしたとは五六日前聞きました、それから私は寐ませぬは、御上人様、五重塔は百年に一度一生に一度建つものではござりませぬ、恩を受けて居ります源太様の仕事を奪とりたくはおもひませぬが、あゝ賢い人は羨ましい、一生一度百年一度の好い仕事を源太様は為るゝ、死んでも立派に名を残さるゝ、あゝ羨ましい羨ましい、大工となつて生てゐる生甲斐もあらるゝといふもの、それに引代へ此十兵衞は、鑿のみ手斧てうなもつては源太様にだとて誰にだとて、打つ墨縄の曲ることはあれ万が一にも後れを取るやうな事は必ず〱無いと思へど、年が年中長屋の羽目板はめの繕ひやら馬小屋箱溝の数仕事、天道様が智慧といふものを我おれには賜くださらない故仕方が無いと諦めて諦めても、拙まづい奴等が宮を作り堂を受負ひ、見るものの眼から見れば建てさせた人が気の毒なほどのものを築造こしらへたを見るたびごとに、内〻自分の不運を泣きますは、御上人様、時〻は口惜くて技倆うでもない癖に智慧ばかり達者な奴が憎くもなりまするは、御上人様、源太様は羨ましい、智慧も達者なれば手腕うでも達者、あゝ羨ましい仕事をなさるか、我おれはよ、源太様はよ、情無い此我はよと、羨ましいがつひ高かうじて女房かゝにも口きかず泣きながら寐ました其夜の事、五重塔を汝きさま作れ今直つくれと怖しい人に吩咐いひつけられ、狼狽うろたへて飛び起きさまに道具箱へ手を突込んだは半分夢で半分現うつゝ、眼が全く覚めて見ますれば指の先を鐔鑿つばのみにつつかけて怪我をしながら道具箱につかまつて、何時の間にか夜具の中から出て居た詰らなさ、行燈あんどんの前につくねんと坐つて嗚呼情無い、詰らないと思ひました時の其心持、御上人様、解りまするか、ゑゝ、解りまするか、これだけが誰にでも分つて呉れゝば塔も建てなくてもよいのです、どうせ馬鹿なのつそり十兵衞は死んでもよいのでござりまする、腰抜鋸のこのやうに生て居たくもないのですは、其夜それからといふものは真実ほんと、真実でござりまする上人様、晴れて居る空を見ても燈光あかりの達とゞかぬ室へやの隅の暗いところを見ても、白木造りの五重の塔がぬつと突立つて私を見下して居りまするは、とう〱自分が造りたい気になつて、到底とても及ばぬとは知りながら毎日仕事を終ると直に夜を籠めて五十分一の雛形をつくり、昨夜で丁度仕上げました、見に来て下され御上人様、頼まれもせぬ仕事は出来て仕たい仕事は出来ない口惜さ、ゑゝ不運ほど情無いものはないと私わしが歎けば御上人様、なまじ出来ずば不運も知るまいと女房かゝめが其雛形それをば揺り動かしての述懐、無理とは聞えぬだけに余計泣きました、御上人様御慈悲に今度の五重塔は私に建てさせて下され、拝みます、こゝ此通り、と両手を合せて頭を畳に、涙は塵を浮べたり。

其七

木彫の羅漢のやうに黙〻と坐りて、菩提樹の実の珠数ずゞ繰りながら十兵衞が埓なき述懐に耳を傾け居られし上人、十兵衞が頭を下ぐるを制しとゞめて、了解わかりました、能く合点が行きました、あゝ殊勝な心掛を持つて居らるゝ、立派な考へを蓄へてゐらるゝ、学徒どもの示しにも為たいやうな、老衲わしも思はず涙のこぼれました、五十分一の雛形とやらも是非見にまゐりませう、然し汝に感服したればとて今直に五重の塔の工事しごとを汝に任するはと、軽忽かるはずみなことを老衲の独断ひとりぎめで云ふ訳にもならねば、これだけは明瞭はつきりとことわつて置きまする、いづれ頼むとも頼まぬとも其は表立つて、老衲からではなく感応寺から沙汰を為ませう、兎も角も幸ひ今日は閑暇ひまのあれば汝が作つた雛形を見たし、案内して是より直に汝が家へ老衲を連れて行ては呉れぬか、と毫すこしも辺幅やうだいを飾らぬ人の、義理すぢみち明かに言葉渋滞しぶりなく云ひたまへば、十兵衞満面に笑を含みつゝ米舂つくごとく無暗に頭を下げて、唯はい、唯、唯と答へ居りしが、願ひを御取上げ下されましたか、あゝ有難うござりまする、野生わたくしの宅うちへ御来臨おいで下さりますると、あゝ勿体ない、雛形は直に野生めが持つてまゐりまする、御免下され、と云ひさま流石ののつそりも喜悦に狂して平素つねには似ず、大袈裟に一つぽつくりと礼をばするや否や、飛石に蹴躓きながら駈け出して我家に帰り、帰つたと一言女房にも云はず、いきなりに雛形持ち出して人を頼み、二人して息せき急ぎ感応寺へと持ち込み、上人が前にさし置きて帰りけるが、上人これを熟よく視みたまふに、初重より五重までの配合つりあひ、屋根庇廂の勾配、腰の高さ、椽木たるきの割賦わりふり、九輪請花露盤宝珠くりんうけばなろばんはうじゆの体裁まで何所に可厭いやなるところもなく、水際立つたる細工ぶり、此が彼不器用らしき男の手にて出来たるものかと疑はるゝほど巧緻たくみなれば、独り私ひそかに歎じたまひて、箇程の技倆を有ちながら空しく埋もれ、名を発せず世を経るものもある事か、傍眼わきめにさへも気の毒なるを当人の身となりては如何に口惜きことならむ、あはれ如是かゝるものに成るべきならば功名てがらを得させて、多年抱ける心願こゝろだのみに負そむかざらしめたし、草木とともに朽て行く人の身は固より因縁仮和合いんねんけわがふ、よしや惜むとも惜みて甲斐なく止めて止まらねど、仮令たとへば木匠こだくみの道は小なるにせよ其に一心の誠を委ね生命を懸けて、慾も大概あらましは忘れ卑劣きたなき念おもひも起さず、唯只鑿をもつては能く穿ほらんことを思ひ、鉋かんなを持つては好く削らんことを思ふ心の尊さは金にも銀にも比たぐへ難きを、僅に残す便宜よすがも無くて徒らに北邙ほくばうの土に没うづめ、冥途よみぢの苞つとと齎し去らしめんこと思へば憫然あはれ至極なり、良馬主しゆうを得ざるの悲み、高士世に容れられざるの恨みも詮ずるところは異かはることなし、よし〱、我図らずも十兵衞が胸に懐ける無価の宝珠の微光を認めしこそ縁なれ、此度こたびの工事を彼に命いひつけ、せめては少しの報酬むくいをば彼が誠実まことの心に得させんと思はれけるが、不図思ひよりたまへば川越の源太も此工事を殊の外に望める上、彼には本堂庫裏くり客殿作らせし因みもあり、然も設計予算つもりがきまで既はや做なし出して我眼に入れしも四五日前なり、手腕うでは彼とて鈍きにあらず、人の信用うけは遥に十兵衞に超たり。一ツの工事に二人の番匠、此にも為せたし彼にも為せたし、那箇いづれにせんと上人も流石これには迷はれける。

其八

明日辰の刻頃までに自身当寺へ来るべし、予て其方工事仰せつけられたきむね願ひたる五重塔の儀につき、上人直接ぢきに御話示おはなしあるべきよしなれば、衣服等失礼なきやう心得て出頭せよと、厳格おごそかに口上を演ぶるは弁舌自慢の圓珍とて、唐辛子をむざと嗜たしなみ食くらへる祟り鼻の頭さきにあらはれたる滑稽納所おどけなつしよ。平日ふだんならば南蛮和尚といへる諢名を呼びて戯談口きゝ合ふべき間なれど、本堂建立中朝夕顔を見しより自然おのづと狎なれし馴染みも今は薄くなりたる上、使僧らしう威儀をつくろひて、人さし指中指の二本でやゝもすれば兜背形とつぱいなりの頭顱あたまの頂上てつぺんを掻く癖ある手をも法衣ころもの袖に殊勝くさく隠蔽かくし居るに、源太も敬ひ謹んで承知の旨を頭下つゝ答へけるが、如才なきお吉は吾夫をかゝる俗僧づくにふにまで好く評いはせんとてか帰り際に、出したまゝにして行く茶菓子と共に幾干銭いくらか包み込み、是非にといふて取らせけるは、思へば怪しからぬ布施の仕様なり。圓珍十兵衞が家にも詣いたりて同じ事を演べ帰りけるが、扨さて其翌日となれば源太は鬚ひげ剃り月代さかやきして衣服をあらため、今日こそは上人の自ら我に御用仰せつけらるゝなるべけれと勢込んで、庫裏より通り、とある一ト間に待たされて坐を正しくし扣ひかへける。

態さまこそ異れ十兵衞も心は同じ張を有ち、導かるゝまゝ打通りて、人気の無きに寒さ湧く一室ひとまの中に唯一人兀然つくねんとして、今や上人の招びたまふか、五重の塔の工事しごと一切汝に任すと命令いひつけたまふか、若し又我には命じたまはず源太に任すと定めたまひしを我にことわるため招ばれしか、然さうにもあらば何とせん、浮むよしなき埋れ木の我が身の末に花咲かむ頼みも永く無くなるべし、唯願はくは上人の我が愚戇おろかしきを憐みて我に命令たまはむことをと、九尺二枚の唐襖に金鳳銀凰きんほうぎんわう翔かけり舞ふ其箔模様の美しきも眼に止めずして、茫〻と暗路やみぢに物を探るごとく念想おもひを空に漂はすこと良やゝ久しきところへ、例の怜悧気な小僧こばうずいで来りて、方丈さまの召しますほどに此方へおいでなされまし、と先に立つて案内すれば、素破すはや願望のぞみの叶ふとも叶はざるとも定まる時ぞと魯鈍おろかの男も胸を騒がせ、導かるゝまゝ随ひて一室の中へずつと入る、途端に此方をぎろりつと見る眼鋭く怒を含むで斜に睨むは思ひがけなき源太にて、座に上人の影もなし。事の意外に十兵衞も足踏みとめて突立つたるまゝ一言もなく白眼にらみ合ひしが、是非なく畳二ひらばかりを隔てしところに漸く坐り、力なげ首悄然しを〱と己れが膝に気勢いきほひのなきたさうなる眼を注ぎ居るに引き替へ、源太郎は小狗こいぬを瞰下みおろす猛鷲あらわしの風に臨んで千尺の巌の上に立つ風情、腹に十分の強みを抱きて、背をも屈げねば肩をも歪めず、すつきり端然しやんと構へたる風姿やうだいと云ひ面貌きりやうといひ水際立つたる男振り、万人が万人とも好かずには居られまじき天晴小気味のよき好漢をとこなり。

されども世俗の見解けんげには堕ちぬ心の明鏡に照らして彼れ此れ共に愛し、表面うはべの美醜に露泥なづまれざる上人の却つて何れをとも昨日までは択びかねられしが、思ひつかるゝことのありてか今日はわざ〱二人を招び出されて一室に待たせ置かれしが、今しも静〻居間を出られ、畳踏まるゝ足も軽く、先に立つたる小僧こばうずが襖明くる後より、すつと入りて座につきたまへば、二人は恭うやまひ敬つゝしみて共に斉しく頭を下げ、少時上げも得せざりしが、嗚呼いぢらしや十兵衞が辛くも上げし面には、未だ世馴れざる里の子の貴人の前に出しやうに羞はぢを含みて紅潮さし、額の皺の幾条の溝には沁出にじみし熱汗あせを湛へ、鼻の頭さきにも珠を湧かせば腋の下には雨なるべし。膝に載おきたる骨太の掌指ゆびは枯れたる松枝まつがえごとき岩畳作りにありながら、一本ごとに其さへも戦〻わな〱顫へて一心に唯上人の一言を一期いちごの大事と待つ笑止さ。

源太も黙して言葉なく耳を澄まして命を待つ、那方どちらを那方と判かぬる、二人の情こゝろを汲みて知る上人もまた中〻に口を開かん便宜よすがなく、暫時は静まりかへられしが、源太十兵衞ともに聞け、今度建つべき五重塔は唯一ツにて建てんといふは汝達二人、二人の願ひを双方とも聞き届けては遣りたけれど、其は固より叶ひがたく、一人に任さば一人の歎き、誰に定めて命いひつけんといふ標準きめどころのあるではなし、役僧用人等の分別にも及ばねば老僧わしが分別にも及ばぬほどに、此分別は汝達の相談に任す、老僧は関はぬ、汝達の相談の纏まりたる通り取り上げて与やるべければ、熟く家に帰つて相談して来よ、老僧が云ふべき事は是ぎりぢやによつて左様心得て帰るがよいぞ、さあ確と云ひ渡したぞ、既早もはや帰つてもよい、然し今日は老僧も閑暇ひまで退屈なれば茶話しの相手になつて少時居てくれ、浮世の噂なんど老衲に聞かせて呉れぬか、其代り老僧も古い話しの可笑なを二ツ三ツ昨日見出したを話して聞かさう、と笑顔やさしく、朋友ともだちかなんぞのやうに二人をあしらふて、扨何事を云ひ出さるゝやら。

其九

小僧こばうずが将もつて来し茶を上人自ら汲み玉ひて侑すゝめらるれば、二人とも勿体ながりて恐れ入りながら頂戴するを、左様遠慮されては言葉に角が取れいで話が丸う行かぬは、さあ菓子も挟んではやらぬから勝手に摘んで呉れ、と高坏たかつき推遣りて自らも天目取り上げ喉を湿うるほしたまひ、面白い話といふも桑門よすてびとの老僧等には左様沢山無いものながら、此頃読んだ御経の中につく〲成程と感心したことのある、聞いて呉れ此様いふ話しぢや、むかし某ある国の長者が二人の子を引きつれて麗かな天気の節をりに、香のする花の咲き軟かな草の滋しげつて居る広野を愉快たのしげに遊行ゆきやうしたところ、水は大分に夏の初め故涸かれたれど猶清らかに流れて岸を洗ふて居る大きな川に出逢いであふた、其川の中には珠のやうな小磧こいしやら銀のやうな砂で成できて居る美しい洲のあつたれば、長者は興に乗じて一尋ばかりの流を無造作に飛び越え、彼方此方を見廻せば、洲の後面うしろの方もまた一尋ほどの流で陸と隔てられたる別世界、全然まるで浮世の腥羶なまぐさい土地つちとは懸絶れた清浄の地であつたまゝ独り歓び喜んで踊躍ゆやくしたが、渉らうとしても渉り得ない二人の児童こどもが羨ましがつて喚よび叫ぶを可憐あはれに思ひ、汝達には来ることの出来ぬ清浄の地であるが、然程に来たくば渡らして与やるほどに待つて居よ、見よ〱我が足下の此磧は一〻蓮華の形状かたちをなし居る世に珍しき磧なり、我が眼の前の此砂は一〻五金の光を有てる比類たぐひ稀なる砂なるぞと説き示せば、二人は遠眼にそれを見ていよ〱焦躁あせり渡らうとするを、長者は徐しづかに制しながら、洪水おほみづの時にても根こぎになつたるらしき棕櫚の樹の一尋余りなを架渡して橋として与つたに、我が先へ汝そなたは後にと兄弟争ひ鬩せめいだ末、兄は兄だけ力強く弟を終に投げ伏せて我意の勝を得たに誇り高ぶり、急ぎ其橋を渡りかけ半途なかばに漸く到りし時、弟は起き上りさま口惜さに力を籠めて橋を盪うごかせば兄は忽ち水に落ち、苦しみ踠いて洲に達せしが、此時弟は既はや其橋を難なく渡り超えかくるを見るより兄も其橋の端を一揺り揺り動せば、固より丸木の橋なる故弟も堪らず水に落ち、僅に長者の立つたるところへ濡れ滴りて這ひ上つた、爾時そのとき長者は歎息して、汝達には何と見ゆる、今汝等が足踏みかけしより此洲は忽然たちまち前と異なり、磧は黒く醜くなり沙すなは黄ばめる普通つねの沙となれり、見よ〱如何にと告げ知らするに二人は驚き、眼まなこを睜みはりて見れば全く父の言葉に少しも違はぬ沙磧、あゝ如是かゝるもの取らんとて可愛き弟を悩せしか、尊き兄を溺らせしかと兄弟共に慚ぢ悲みて、弟の袂を兄は絞り兄の衣裾もすそを弟は絞りて互ひに恤いたはり慰めけるが、彼橋をまた引き来りて洲の後面うしろなる流れに打ちかけ、既はや此洲には用なければ尚も彼方に遊び歩かん、汝達先づこれを渡れと、長者の言葉に兄弟は顔を見合ひて先刻には似ず、兄上先に御渡りなされ、弟よ先に渡るがよいと譲合ひしが、年順なれば兄先づ渡る其時に、転びやすきを気遣ひて弟は端を揺がぬやう確と抑ゆる、其次に弟渡れば兄もまた揺がぬやうに抑へやり、長者は苦なく飛び越えて、三人ともに最いと長閑のどけく徐そゞろに歩む其中に、兄が図らず拾ひし石を弟が見れば美しき蓮華の形をなせる石、弟が摘み上げたる砂を兄が覗けば眼も眩く五金の光を放ちて居たるに、兄弟とも〲歓喜よろこび楽み、互に得たる幸福しあはせを互に深く讚歎し合ふ、爾時そのとき長者は懐中ふところより真実の璧たまの蓮華を取り出し兄に与へて、弟にも真実の砂金を袖より出して大切だいじにせよと与へたといふ、話して仕舞へば小供欺しのやうぢやが仏説に虚言うそは無い、小児こども欺しでは決してない、噛みしめて見よ味のある話しではないか、如何ぢや汝等そなたたちにも面白いか、老僧わしには大層面白いが、と軽く云はれて深く浸む、譬喩方便も御胸の中に有たるゝ真実から。源太十兵衞二人とも顔見合せて茫然たり。

其十

感応寺よりの帰り道、半分は死んだやうになつて十兵衞、どんつく布子ぬのこの袖組み合はせ、腕拱きつゝ迂濶〻〻うか〱歩き、御上人様の彼様あゝ仰やつたは那方どちらか一方おとなしく譲れと諭しの謎〻とは、何程愚鈍おろかな我おれにも知れたが、嗚呼譲りたく無いものぢや、折角丹誠に丹誠凝らして、定めし冷て寒からうに御寝みなされと親切で為て呉るゝ女房かゝの世話までを、黙つて居よ余計なと叱り飛ばして夜の眼も合さず、工夫に工夫を積み重ね、今度といふ今度は一世一代、腕一杯の物を建てたら死んでも恨は無いとまで思ひ込んだに、悲しや上人様の今日の御諭し、道理には違ひない左様も無ければならぬ事ぢやが、此を譲つて何時また五重塔の建つといふ的あてのあるではなし、一生到底とても此十兵衞は世に出ることのならぬ身か、嗚呼情無い恨めしい、天道様が恨めしい、尊い上人様の御慈悲は充分了つて居て露ばかりも難有う無は思はぬが、吁あゝ何どうにも彼かうにもならぬことぢや、相手は恩のある源太親方、それに恨の向けやうもなし、何様しても彼様しても温順すなほに此方こちの身を退くより他に思案も何もない歟、嗚呼無い歟、といふて今更残念な、なまじ此様な事おもひたゝずに、のつそりだけで済して居たらば此様に残念な苦悩おもひもすまいものを、分際忘れた我おれが悪かつた、嗚呼我が悪い、我が悪い、けれども、ゑゝ、けれども、ゑゝ、思ふまい〱、十兵衞がのつそりで浮世の怜悧りこうな人等たちの物笑ひになつて仕舞へばそれで済むのぢや、連添ふ女房にまでも内〻活用はたらきの利かぬ夫ぢやと喞かこたれながら、夢のやうに生きて夢のやうに死んで仕舞へば夫で済む事、あきらめて見れば情無い、つく〲世間が詰らない、あんまり世間が酷むご過ぎる、と思ふのも矢張愚痴か、愚痴か知らねど情無過ぎるが、言はず語らず諭された上人様の彼御言葉の真実のところを味はへば、飽まで御慈悲の深いのが五臓六腑に浸み透つて未練な愚痴の出端でばも無い訳、争ふ二人を何方にも傷つかぬやう捌さばき玉ひ、末の末まで共に好かれと兄弟の子に事寄せて尚たふとい御経を解きほぐして、噛んで含めて下さつた彼御話に比べて見れば固より我は弟の身、ひとしほ他ひとに譲らねば人間ひとらしくも無いものになる、嗚呼弟とは辛いものぢやと、路も見分かで屈托の眼まなこは涙なんだルビの「なんだ」はママに曇りつゝ、とぼ〱として何一ツ愉快たのしみもなき我家の方に、糸で曳かるゝ木偶でくのやうに我を忘れて行く途中、此馬鹿野郎発狂漢きちがひめ、我ひとの折角洗つたものに何する、馬鹿めと突然だしぬけに噛つく如く罵られ、癇張声に胆を冷してハッと思へば瓦落離ぐわらり顛倒、手桶枕に立てかけありし張物板に、我知らず一足二足踏みかけて踏み覆したる不体裁ざまのなさ。

尻餅ついて驚くところを、狐憑つきめ忌〻しい、と駄力ばかりは近江のお兼、顔は子供の福笑戯ふくわらひに眼を付け歪めた多福面おかめの如き房州出らしき下婢おさんの憤怒、拳を挙げて丁と打ち猿臂ゑんぴを伸ばして突き飛ばせば、十兵衞堪らず汚塵ほこりに塗まみれ、はい〱、狐に誑つままれました御免なされ、と云ひながら悪口雑言聞き捨に痛さを忍びて逃げ走り、漸く我家に帰りつけば、おゝ御帰りか、遅いので如何いふ事かと案じて居ました、まあ塵埃まぶれになつて如何どうなされました、と払ひにかゝるを、構ふなと一言、気の無ささうな声で打消す。其顔を覗き込む女房の真実心配さうなを見て、何か知らず無性に悲しくなつてぢつと湿うるみのさしくる眼、自分で自分を叱るやうに、ゑゝと図らず声を出し、煙草を捻つて何気なくもてなすことはもてなすものゝ言葉も無し。平時つねに変れる状態ありさまを大方それと推察すゐして扨慰むる便すべもなく、問ふてよきやら問はぬが可きやら心にかゝる今日の首尾をも、口には出して尋ね得ぬ女房は胸を痛めつゝ、其一本は杉箸で辛くも用を足す火箸に挟んで添へる消炭の、あはれ甲斐なき火力ちからを頼り土瓶の茶をば温ぬくむるところへ、遊びに出たる猪之の戻りて、やあ父様帰つて来たな、父様も建てるか坊も建てたぞ、これ見て呉れ、と然さも勇ましく障子を明けて褒められたさが一杯に罪無く莞爾にこりと笑ひながら、指さし示す塔の模形まねかた。母は襦袢の袖を噛み声も得たてず泣き出せば、十兵衞涙に浮くばかりの円つぶらの眼を剥き出し、瞤まじろぎもせでぐいと睨めしが、おゝ出来でかした出来した、好く出来た、褒美を与らう、ハッハヽヽと咽び笑ひの声高く屋の棟にまで響かせしが、其まゝ頭を天に対はし、嗚呼、弟とは辛いなあ。

其十一

格子開くる響爽かなること常の如く、お吉、今帰つた、と元気よげに上り来る夫の声を聞くより、心配を輪に吹き〱吸て居し煙草管きせるを邪見至極に抛り出して忙はしく立迎へ、大層遅かつたではないか、と云ひつゝ背面うしろへ廻つて羽織を脱せ、立ながら腮あごに手伝はせての袖畳み小早く室隅すみの方に其儘さし置き、火鉢の傍へ直また戻つて火急たちまち鉄瓶に松虫の音を発おこさせ、むづと大胡坐かき込み居る男の顔を一寸見しなに、日は暖かでも風が冷く途中は随分寒ひえましたろ、一瓶ひとつ煖酒つけましよか、と痒いところへ能く届かす手は口をきく其間ひまに、がたぴしさせず膳ごしらへ、三輪漬は柚ゆの香ゆかしく、大根卸おろしで食はする鮏卵はらゝごは無造作にして気が利たり。

源太胸には苦慮おもひあれども幾干いくらか此に慰められて、猪口把りさまに二三杯、後一杯を漫ゆるく飲んで、汝きさまも飲やれと与ふれば、お吉一口、つけて、置き、焼きかけの海苔畳み折つて、追付三子さんこの来さうなもの、と魚屋の名を独語しつ、猪口を返して酌せし後、上〻吉と腹に思へば動かす舌も滑かに、それはさうと今日の首尾は、大丈夫此方のものとは極めて居ても、知らせて下さらぬ中は無益むだな苦労を妾は為ます、お上人様は何と仰せか、またのつそり奴は如何なつたか、左様真面目顔でむつつりとして居られては心配で心配でなりませぬ、と云はれて源太は高笑ひ。案じて貰ふ事は無い、御慈悲の深い上人様は何どの道我おれを好漢いゝをとこにして下さるのよ、ハヽヽ、なあお吉、弟を可愛がれば好い兄あにきではないか、腹の饑へつたものには自分が少しは辛くても飯を分けてやらねばならぬ場合もある、他ひとの怖いことは一厘無いが強いばかりが男児をとこでは無いなあ、ハヽヽ、じつと堪忍がまんして無理に弱くなるのも男児だ、嗚呼立派な男児だ、五重塔は名誉の工事しごと、たゞ我一人で物の見事に千年壊れぬ名物を万人の眼に残したいが、他の手も智慧も寸分交まぜず川越の源太が手腕だけで遺したいが、嗚呼癇癪を堪忍するのが、ゑゝ、男児だ、男児だ、成程好い男児だ、上人様に虚言は無い、折角望みをかけた工事を半分他に呉るのはつく〲忌〻しけれど、嗚呼、辛いが、ゑゝ兄あにきだ、ハヽヽ、お吉、我はのつそりに半口与つて二人で塔を建てやうとおもふは、立派な弱い男児か、賞めて呉れ賞めて呉れ、汝きさまにでも賞めて貰はなくては余り張合ひの無い話しだ、ハヽヽと嬉しさうな顔もせで意味の無い声ばかりはづませて笑へば、お吉は夫の気を量りかね、上人様が何と仰やつたか知らぬが妾にはさつぱり分らず些ちつとも面白くない話し、唐偏朴の彼あののつそりめに半口与るとは何いふ訳、日頃の気性にも似合はない、与るものならば未練気なしに悉皆すつかり与つて仕舞ふが好いし、固より此方で取る筈なれば要りもせぬ助太刀頼んで、一人の首を二人で切る様な卑劣けちなことをするにも当らないではありませぬか、冷水で洗つたやうな清潔きれいな腹を有つて居ると他にも云はれ自分でも常〻云ふて居た汝おまへが、今日に限つて何といふ煮切ない分別、女の妾から見ても意地の足らない愚図〻〻思案、賞めませぬ賞めませぬ、何どうして中〻賞められませぬ、高が相手は此方こちの恩を受けて居るのつそり奴、一体ならば此方の仕事を先潜りする太い奴と高飛車に叱りつけて、ぐうの音も出させぬやうに為れば成るのつそり奴を、左様甘やかして胸の焼ける連名工事れんみやうしごとを何で為るに当る筈のあらうぞ、甘いばかりが立派の事か、弱いばかりが好い男児か、妾の虫には受け取れませぬ、何なら妾が一ト走りのつそり奴のところに行つて、重〻恐れ入りましたと思ひ切らせて謝罪あやまらせて両手を突かせて来ませうか、と女賢しき夫思ひ。源太は聞いて冷笑あざわらひ、何が汝に解るものか、我の為ることを好いとおもふて居てさへ呉るればそれで可いのよ。

其十二

色も香も無く一言に黙つて居よと遣り込められて、聴かぬ気のお吉顔ふり上げ何か云ひ出したげなりしが、自己おのれよりは一倍きかぬ気の夫の制するものを、押返して何程云ふとも機嫌を損ずる事こそはあれ、口答への甲斐は露無きを経験おぼえあつて知り居れば、連添ふものに心の奥を語り明して相談かけざる夫を恨めしくはおもひながら、其所は怜悧りこうの女の分別早く、何も妾が遮つて女の癖に要らざる嘴くちを出すではなけれど、つい気にかゝる仕事の話し故思はず様子の聞きたくて、余計な事も胸の狭いだけに饒舌つた訳、と自分が真実籠めし言葉を態と極〻軽う為て仕舞ふて、何所までも夫の分別に従ふやう表面うはべを粧ふも、幾許か夫の腹の底に在る煩悶もしやくしやを殺そいで遣りたさよりの真実まこと。源太もこれに角張りかゝつた顔をやわらげ、何事も皆天運まはりあはせぢや、此方の了見さへ温順すなほに和やさしく有つて居たなら又好い事の廻つて来やうと、此様おもつて見ればのつそりに半口与るも却つて好い心持、世間は気次第で忌〻しくも面白くもなるもの故、出来るだけは卑劣けちな鏽さびを根性に着けず瀟洒あつさりと世を奇麗に渡りさへすれば其で好いは、と云ひさしてぐいと仰飲あふぎ、後は芝居の噂やら弟子共が行状みもちの噂、真に罪無き雑話を下物さかなに酒も過ぎぬほど心よく飲んで、下卑げびた体裁さまではあれどとり膳睦まじく飯を喫了をはり、多方もう十兵衞が来さうなものと何事もせず待ちかくるに、時は空しく経過たつて障子の日晷ひかげ一尺動けど尚見えず、二尺も移れど尚見えず。

是非先方むかうより頭を低し身を縮すぼめて此方へ相談に来り、何卒半分なりと仕事を割与わけて下されと、今日の上人様の御慈愛おなさけ深き御言葉を頼りに泣きついても頼みをかけべきに、何として如是かうは遅きや、思ひ断めて望を捨て、既早相談にも及ばずとて独り我家に燻くすぼり居るか、それともまた此方より行くを待つて居る歟か、若しも此方の行くを待つて居るといふことならば余り増長した了見なれど、まさかに其様な高慢気も出すまじ、例ののつそりで悠長に構へて居るだけの事ならむが、扨も気の長い男め迂濶にも程のあれと、煙草ばかり徒らに喫ふかし居て、待つには短き日も随分長かりしに、それさへ暮れて群烏塒ねぐらに帰る頃となれば、流石に心おもしろからず漸く癇癪の起り〱て耐へきれずなりし潮先、据られし晩食ゆふめしの膳に対ふと其儘云ひ訳ばかりに箸をつけて茶さへ緩ゆるりとは飲まず、お吉、十兵衞めがところに一寸行て来る、行違ひになつて不在るすへ来ば待たして置け、と云ふ言葉さへとげ〱しく怒りを含んで立出かゝれば、気にはかゝれど何とせん方もなく、女房は送つて出したる後にて、たゞ溜息をするのみなり。

其十三

渋つて聞きかぬる雨戸に一トしほ源太は癇癪の火の手を亢たかぶらせつゝ、力まかせにがち〱引き退け、十兵衞家にか、と云ひさまに突と這入れば、声色知つたるお浪早くもそれと悟つて、恩ある其人の敵むかうに今は立ち居る十兵衞に連添へる身の面を対あはすこと辛く、女気の纎弱かよわくも胸を動悸どきつかせながら、まあ親方様、と唯一言我知らず云ひ出したる限ぎり挨拶さへどぎまぎして急には二の句の出ざる中、煤けし紙に針の孔、油染みなんど多き行燈の小蔭に悄然しよんぼりと坐り込める十兵衞を見かけて源太にずつと通られ、周章て火鉢の前に請ずる機転の遅鈍まづきも、正直ばかりで世態よを知悉のみこまぬ姿なるべし。

十兵衞は不束に一礼して重げに口を開き、明日の朝参上あがらうとおもふて居りました、といへばぢろりと其顔下眼に睨み、態と泰然おちつきたる源太、応、左様いふ其方の心算つもりであつたか、此方は例の気短故今しがたまで待つて居たが、何時になつて汝そなたの来るか知れたことでは無いとして出掛けて来ただけ馬鹿であつたか、ハヽヽ、然し十兵衞、汝は今日の上人様の彼お言葉を何と聞たか、両人ふたりで熟く〱相談して来よと云はれた揚句に長者の二人の児の御話し、それで態〻相談に来たが汝も大抵分別は既定めて居るであらう、我も随分虫持ちだが悟つて見れば彼譬諭あのたとへの通り、尖りあふのは互に詰らぬこと、まんざら敵同士でもないに身勝手ばかりは我も云はぬ、つまりは和熟した決定けつぢやうのところが欲い故に、我慾は充分折つて摧くだいて思案を凝らして来たものゝ、尚汝の了見も腹蔵の無いところを聞きたく、其上にまた何様とも為やうと、我も男児をとこなりや汚い謀計たくみを腹には持たぬ、真実ほんとに如是かうおもふて来たは、と言葉を少時とゞめて十兵衞が顔を見るに、俯伏たまゝたゞ唯はい、唯と答ふるのみにて、乱鬢の中に五六本の白髪が瞬く燈火あかりの光を受けてちらり〱と見ゆるばかり。お浪は既はや寝し猪の助が枕の方につい坐つて、呼吸さへせぬやう此もまた静まりかへり居る淋しさ。却つて遠くに売りあるく鍋焼饂飩の呼び声の、幽に外方そとより家やの中に浸みこみ来るほどなりけり。

源太はいよ〱気を静め、語気なだらかに説き出すは、まあ遠慮もなく外見みえもつくらず我の方から打明けやうが、何と十兵衞斯しては呉れぬか、折角汝も望をかけ天晴名誉の仕事をして持つたる腕の光をあらはし、慾徳では無い職人の本望を見事に遂げて、末代に十兵衞といふ男が意匠おもひつきぶり細工ぶり此視て知れと残さうつもりであらうが、察しも付かう我とても其は同じこと、さらに有るべき普請では無し、取り外はぐつては一生にまた出逢ふことは覚束ないなれば、源太は源太で我おれが意匠ぶり細工ぶりを是非遺したいは、理屈を自分のためにつけて云へば我はまあ感応寺の出入り、汝は何の縁ゆかりもないなり、我は先口、汝は後なり、我は頼まれて設計つもりまで為たに汝は頼まれはせず、他の口から云ふたらばまた我は受負ふても相応、汝が身柄がらでは不相応と誰しも難をするであらう、だとて我が今理屈を味方にするでもない、世間を味方にするでもない、汝が手腕の有りながら不幸ふしあはせで居るといふも知つて居る、汝が平素ふだん薄命ふしあはせを口へこそ出さね、腹の底では何どの位泣て居るといふも知つて居る、我を汝の身にしては堪忍がまんの出来ぬほど悲い一生といふも知つて居る、夫故にこそ去年一昨年何にもならぬことではあるが、まあ出来るだけの世話は為たつもり、然し恩に被せるとおもふて呉れるな、上人様だとて汝の清潔きれいな腹の中を御洞察おみとほしになつたればこそ、汝の薄命ふしあはせを気の毒とおもはれたればこそ今日のやうな御諭し、我も汝が慾かなんぞで対岸むかうにまはる奴ならば、我ひとの仕事に邪魔を入れる猪口才な死節野郎と一釿ひとてうなに脳天打欠ぶつかかずには置かぬが、つく〲汝の身を察すれば寧いつそ仕事も呉れたいやうな気のするほど、といふて我も慾は捨て断れぬ、仕事は真実何あつても為たいは、そこで十兵衞、聞ても貰ひにくゝ云ふても退けにくい相談ぢやが、まあ如是ぢや、堪忍がまんして承知して呉れ、五重塔は二人で建てう、我を主にして汝不足でもあらうが副そへになつて力を仮してはくれまいか、不足ではあらうが、まあ厭でもあらうが源太が頼む、聴ては呉れまいか、頼む〱、頼むのぢや、黙つて居るのは聴て呉れぬか、お浪さんも我わしの云ふことの了つたなら何卒口を副て聴て貰つては下さらぬか、と脆くも涙になりゐる女房にまで頼めば、お、お、親方様、ゑゝありがたうござりまする、何所に此様な御親切の相談かけて下さる方のまた有らうか、何故御礼をば云はれぬか、と左の袖は露時雨、涙に重くなしながら、夫の膝を右の手で揺り動しつ掻口説けど、先刻より無言の仏となりし十兵衞何とも猶言はず、再度三度かきくどけど黙〻むつくりとして猶言はざりしが、やがて垂れたる首かうべを擡げ、何どうも十兵衞それは厭でござりまする、と無愛想に放つ一言、吐胸をついて驚く女房。なんと、と一声烈しく鋭く、頸首くびぼね反そらす一二寸、眼に角たてゝのつそりを驀向まつかうよりして瞰下す源太。

其十四

人情の花も失なくさず義理の幹も確然しつかり立てゝ、普通なみのものには出来ざるべき親切の相談を、一方ならぬ実意じつの有ればこそ源太の懸けて呉れしに、如何に伐つて抛げ出したやうな性質もちまへが為する返答なればとて、十兵衞厭でござりまするとは余りなる挨拶、他ひとの情愛なさけの全で了らぬ土人形でも斯は云ふまじきを、さりとては恨めしいほど没義道な、口惜いほど無分別な、如何すれば其様に無茶なる夫の了見と、お浪は呆れもし驚きもし我身の急に絞木にかけて絞しめらるゝ如き心地のして、思はず知らず夫にすり寄り、それはまあ何といふこと、親方様が彼程に彼方此方のためを計つて、見るかげもない此方連このはうづれ、云はゞ一ト足に蹴落して御仕舞ひなさるゝことも為さらば成できる此方連に、大抵ではない御情をかけて下され、御自分一人で為さりたい仕事をも分与わけて遣らう半口乗せて呉れうと、身に浸みるほどありがたい御親切の御相談、しかも御招喚およびつけにでもなつてでのことか、坐蒲団さへあげることの成らぬ此様なところへ態〻御来臨おいでになつての御話し、それを無にして勿体ない、十兵衞厭でござりまするとは冥利の尽きた我儘勝手、親方様の御親切の分らぬ筈は無からうに胴慾なも無遠慮なも大方程度ほどあひのあつたもの、これ此妾の今着て居るのも去年の冬の取り付きに袷姿の寒げなを気の毒がられてお吉様の、縫直なほして着よと下されたのとは汝の眼には暎うつらぬか、一方ならぬ御恩を受けて居ながら親方様の対岸むかうへ廻るさへあるに、それを小癪なとも恩知らずなとも仰やらず、何処までも弱い者を愛護かばふて下さる御仁慈おなさけ深い御分別にも頼より縋らいで一概に厭ぢやとは、仮令ば真底から厭にせよ記臆ものおぼえのある人間ひとの口から出せた言葉でござりまするか、親方様の手前お吉様の所思おもはくをも能く篤とつくりと考へて見て下され、妾はもはや是から先何の顔さげて厚ヶ間敷お吉様の御眼にかゝることの成るものぞ、親方様は御胸の広うて、あゝ十兵衞夫婦は訳の分らぬ愚者なりや是も非もないと、其儘何とも思しめされず唯打捨て下さるか知らねど、世間は汝おまへを何と云はう、恩知らずめ義理知らずめ、人情解せぬ畜生め、彼奴あれめは犬ぢや烏ぢやと万人の指甲つめに弾かれものとなるは必定、犬や烏と身をなして仕事を為たとて何の功名てがら、慾をかわくな齷齪するなと常〻妾に諭された自分の言葉に対しても恥かしうはおもはれぬか、何卒柔順すなほに親方様の御異見について下さりませ、天に聳ゆる生雲塔は誰〻二人で作つたと、親方様と諸共に肩を並べて世に称うたはるれば、汝の苦労の甲斐も立ち親方様の有難い御芳志おこゝろざしも知るゝ道理、妾も何の様に嬉しかろか喜ばしかろか、若し左様なれば不足といふは薬にしたくも無い筈なるに、汝は天魔に魅られて其をまだ〱不足ぢやとおもはるゝのか、嗚呼情無い、妾が云はずと知れてゐる汝おまへ自身の身の程を、身の分際を忘れてか、と泣声になり掻口説く女房の頭は低く垂れて、髷にさゝれし縫針の孔めどが啣くはへし一条ひとすぢの糸ゆら〱と振ふにも、千〻に砕くる心の態の知られていとゞ可憫いぢらしきに、眼を瞑ぎ居し十兵衞は、其時例の濁声だみごゑ出し、喧しいはお浪、黙つて居よ、我の話しの邪魔になる、親方様聞て下され。

其十五

思ひの中に激すればや、じた〱と慄ふるひ出す膝の頭を緊乎しつかと寄せ合せて、其上に両手もろて突張り、身を固くして十兵衞は、情無い親方様、二人で為うとは情無い、十兵衞に半分仕事を譲つて下されうとは御慈悲のやうで情無い、厭でござります、厭でござります、塔の建てたいは山〻でも既もう十兵衞は断念あきらめて居りまする、御上人様の御諭おさとしを聞いてからの帰り道すつぱり思ひあきらめました、身の程にも無い考を持つたが間違ひ、嗚呼私が馬鹿でござりました、のつそりは何処迄ものつそりで馬鹿にさへなつて居れば其で可い訳、溝板でもたゝいて一生を終りませう、親方様堪忍かにして下され我わたしが悪い、塔を建てうとは既もう申しませぬ、見ず知らずの他の人ではなし御恩になつた親方様の、一人で立派に建てらるゝを余所よそながら視て喜びませう、と元気無げに云ひ出づるを走り気の源太悠〻ゆるりとは聴て居ず、ずいと身を進て、馬鹿を云へ十兵衞、余り道理が分らな過ぎる、上人様の御諭は汝きさま一人に聴けといふて為なされたではない我が耳にも入れられたは、汝の腹でも聞たらば我の胸で受取つた、汝一人に重石おもしを背負つて左様沈まれて仕舞ふては源太が男になれるかやい、詰らぬ思案に身を退て馬鹿にさへなつて居れば可いとは、分別が摯実くすみ過ぎて至当もつともとは云はれまいぞ、応左様ならば我が為ると得たり賢かしこで引受けては、上人様にも恥かしく第一源太が折角磨いた侠気をとこも其所で廃つて仕舞ふし、汝は固もとより虻蜂取らず、智慧の無いにも程のあるもの、そしては二人が何可からう、さあ其故に美しく二人で仕事を為うといふに、少しは気まづいところが有つてもそれはお互ひ、汝が不足な程に此方にも面白くないのあるは知れきつた事なれば、双方忍耐仕交がまんしあふとして忍耐の出来ぬ訳はない筈、何もわざ〱骨を折つて汝が馬鹿になつて仕舞ひ、幾日の心配を煙と消きやし天晴な手腕うでを寝せ殺しにするにも当らない、なう十兵衞、我の云ふのが腑に落ちたら思案を飜然がらりと仕変へて呉れ、源太は無理は云はぬつもりだ、これさ何故黙つて居る、不足か不承知か、承知しては呉れないか、ゑゝ我の了見をまだ呑み込んでは呉れないか、十兵衞、あんまり情無いではないか、何とか云ふて呉れ、不承知か不承知か、ゑゝ情無い、黙つて居られては解らない、我の云ふのが不道理か、それとも不足で腹立てゝか、と義には強くて情には弱く意地も立つれば親切も飽くまで徹す江戸ッ子腹の、源太は柔和やさしく問ひかくれば、聞居るお浪は嬉しさの骨身に浸みて、親方様あゝ有り難うござりますると口には出さねど、舌よりも真実を語る涙をば溢らす眼に、返辞せぬ夫の方を気遣ひて、見れば男は露一厘身動きなさず無言にて思案の頭重く低たれ、ぽろり〱と膝の上に散らす涙珠なみだの零おちて声あり。

源太も今は無言となり少時しばらくひとり考へしが、十兵衞汝はまだ解らぬか、それとも不足とおもふのか、成程折角望んだことを二人でするは口惜かろ、然も源太を心しんにして副になるのは口惜かろ、ゑゝ負けてやれ斯様して遣らう、源太は副になつても可い汝を心に立てるほどに、さあ〱清く承知して二人で為うと合点せい、と己が望みは無理に折り、思ひきつてぞ云ひ放つ。とッとんでも無い親方様、仮令十兵衞気が狂へばとて何して其様は出来ますものぞ、勿体ない、と周章て云ふに、左様なら我の異見につくか、と唯一言に返されて、其は、と窮つまるをまた追つ掛け、汝きさまを心に立てやうか乃至それでも不足か、と烈しく突かれて度を失ふ傍にて女房が気もわくせき、親方様の御異見に何故まあ早く付かれぬ、と責むるが如く恨みわび、言葉そゞろに勧むれば十兵衞つひに絶体絶命、下げたる頭を徐しづかに上げ円つぶらの眼を剥き出して、一ツの仕事を二人でするは、よしや十兵衞心になつても副になつても、厭なりや何しても出来ませぬ、親方一人で御建なされ、私は馬鹿で終りまする、と皆まで云はせず源太は怒つて、これほど事を分けて云ふ我の親切なさけを無にしても歟。唯はい、ありがたうはござりまするが、虚言うそは申せず、厭なりや出来ませぬ。汝おのれよく云つた、源太の言葉にどうでもつかぬ歟。是非ないことでござります。やあ覚えて居よ此のつそりめ、他ひとの情の分らぬ奴、其様の事云へた義理か、よし〱汝おのれに口は利かぬ、一生溝どぶでもいぢつて暮せ、五重塔は気の毒ながら汝に指もさゝせまい、源太一人で立派に建てる、成らば手柄に批点てんでも打て。

其十六

ゑい、ありがたうござります、滅法界に酔ひました、もう飲いけやせぬ、と空辞誼そらじぎは五月蠅ほど仕ながら、猪口もつ手を後へは退かぬが可笑き上戸の常態つね、清吉既馳走酒に十分酔たれど遠慮に三分ぶの真面目をとゞめて殊勝らしく坐り込み、親方の不在るすに斯様爛酔へゞては済みませぬ、姉御と対酌さしでは夕暮を躍るやうになつてもなりませんからな、アハヽ無暗に嬉しくなつて来ました、もう行きませう、はめを外すと親方の御眼玉だ、だが然し姉御、内の親方には眼玉を貰つても私わつちは嬉しいとおもつて居ます、なにも姉御の前だからとて軽薄を云ふではありませぬが、真実ほんとに内の親方は茶袋よりもありがたいとおもつて居ます、日外いつぞやの凌雲院の仕事の時も鐵や慶を対むかうにして詰らぬことから喧嘩を初め、鐵が肩先へ大怪我をさした其後で鐵が親から泣き込まれ、嗚呼悪かつた気の毒なことをしたと後悔しても此方も貧的、何様どうしてやるにも遣り様なく、困りきつて逃亡かけおちとまで思つたところを、黙つて親方から療治手当も為てやつて下された上、かけら半分叱言らしいことを私わつちに云はれず、たゞ物和しく、清や汝てめへ喧嘩は時のはづみで仕方は無いが気の毒とおもつたら謝罪あやまつて置け、鐵が親の気持も好かろし汝てめへの寝覚も好といふものだと心付けて下すつた其時は、嗚呼何様して此様こんなに仁慈なさけ深かろと有難くて有難くて私は泣きました、鐵に謝罪る訳は無いが親方の一言に堪忍がまんして私も謝罪に行きましたが、それから異おつなもので何時となく鐵とは仲好になり、今では何方にでも万一ひよつとしたことの有れば骨を拾つて遣らうか貰はうかといふ位の交際つきあひになつたも皆親方の御蔭、それに引変へ茶袋なんぞは無暗に叱言を云ふばかりで、やれ喧嘩をするな遊興あそびをするなと下らぬ事を小五月蠅く耳の傍はたで口説きます、ハヽヽいやはや話になつたものではありませぬ、ゑ、茶袋とは母親おふくろの事です、なに酷くはありませぬ茶袋で沢山です、然も渋をひいた番茶の方です、あッハヽヽ、ありがたうござります、もう行きませう、ゑ、また一本燗つけたから飲んで行けと仰るのですか、あゝありがたい、茶袋だと此方で一本といふところを反対あべこべにもう廃せと云ひますは、あゝ好い心持になりました、歌ひたくなりましたな、歌へるかとは情ない、松づくしなぞは彼奴に賞められたほどで、と罪の無いことを云へばお吉も笑ひを含むで、そろ〱惚気は恐ろしい、などと調戯からかひ居るところへ帰つて来たりし源太、おゝ丁度よい清吉居たか、お吉飲まうぞ、支度させい、清吉今夜は酔ひ潰れろ、胴魔声の松づくしでも聞てやろ。や、親方立聞して居られたな。

其十七

清吉酔ふては撿束しまりなくなり、砕けた源太が談話はなしぶり捌さばけたお吉が接待とりなしぶりに何時しか遠慮も打忘れ、擬さされて辞いなまず受けては突と干し酒盞さかづきの数重ぬるまゝに、平常つねから可愛らしき紅ら顔を一層沢〻みづ〱と、実の熟いつた丹波王母珠たんばほゝづきほど紅うして、罪も無き高笑ひやら相手もなしの空示威からりきみ、朋輩の誰の噂彼の噂、自己おのれが仮声こわいろの何所其所で喝采やんやを獲たる自慢、奪あげられぬ奪られるの云ひ争ひの末何楼なにやの獅顔しかみ火鉢を盗り出さんとして朋友ともだちの仙の野郎が大失策おほしくじりを仕た話、五十間で地廻りを擲つた事など、縁に引かれ図に乗つて其から其へと饒舌り散らす中、不図のつそりの噂に火が飛べば、とろりとなりし眼を急に見張つて、ぐにやりとして居し肩を聳そばだて、冷たうなつた飲みかけの酒を異をかしく唇まげながら吸ひ干し、一体あんな馬鹿野郎を親方の可愛がるといふが私わつちには頭てんから解りませぬ、仕事といへば馬鹿丁寧で捗はこびは一向つきはせず、柱一本鴫居しきゐ一ツで嘘をいへば鉋を三度も礪とぐやうな緩慢のろまな奴、何を一ツ頼んでも間に合つた例ためしが無く、赤松の炉縁一ツに三日の手間を取るといふのは、多方あゝいふ手合だらうと仙が笑つたも無理は有りませぬ、それを親方が贔屓にしたので一時は正直のところ、済みませんが私も金きんも仙も六も、あんまり親方の腹が大きすぎて其程でもないものを買ひ込み過ぎて居るでは無いか、念入りばかりで気に入るなら我等おれたちも是から羽目板にも仕上げ鉋、のろり〱と充分したゝか清めて碁盤肌にでも削らうかと僻味ひがみを云つた事もありました、第一彼奴は交際つきあひ知らずで女郎買ぢよろかひ一度一所にせず、好闘鶏しやも鍋つゝき合つた事も無い唐偏朴、何時か大師へ一同みんなが行く時も、まあ親方の身辺まはりについて居るものを一人ばかり仲間はづれにするでも無いと私が親切に誘つてやつたに、我おれは貧乏で行かれないと云つた切りの挨拶は、なんと愛想も義理も知らな過ぎるではありませんか、銭が無ければ女房かゝの一枚着を曲げ込んでも交際つきあひは交際で立てるが朋友ともだちづく、それも解らない白痴たはけの癖に段〻親方の恩を被て、私や金と同じことに今では如何か一人立ち、然も憚りながら青涕あをつぱな垂らして弁当箱の持運び、木片こつぱを担いでひよろ〱帰る餓鬼の頃から親方の手について居た私や仙とは違つて奴は渡り者、次第を云へば私等より一倍深く親方を有難い忝ないと思つて居なけりやならぬ筈、親方、姉御、私は悲しくなつて来ました、私は若しもの事があれば親方や姉御のためと云や黒煙の煽りを食つても飛び込むぐらゐの了見は持つて居るに、畜生ッ、あゝ人情なさけ無い野郎め、のつそりめ、彼奴は火の中へは恩を脊負つても入りきるまい、碌な根性は有つて居まい、あゝ人情無い畜生めだ、と酔が図らず云ひ出せし不平の中に潜り込んで、めそ〱めそ〱泣き出せば、お吉は夫の顔を見て、例いつもの癖が出て来たかと困つた風情は仕ながらも自己おのれの胸にものつそりの憎さがあれば、幾分いくらかは清が言葉を道理もつともと聞く傾きもあるなるべし。

源太は腹に戸締の無きほど愚魯おろかならざれば、猪口を擬さしつけ高笑ひし、何を云ひ出した清吉、寝惚るな我の前だは、三の切を出しても初まらぬぞ、其手で女でも口説きやれ、随分ころりと来るであらう、汝が惚けた小蝶さまの御部屋では無い、アッハヽヽと戯言おどけを云へば尚真面目に、木槵珠ずゞだまほどの涙を払ふ其手をぺたりと刺身皿の中につつこみ、しやくり上げ歔欷しやくりあげして泣き出し、あゝ情無い親方、私を酔漢よつぱらひあしらひは情無い、酔つては居ませぬ、小蝶なんぞは飲べませぬ、左様いへば彼奴の面が何所かのつそりに似て居るやうで口惜くて情無い、のつそりは憎い奴、親方の対むかうを張つて大それた、五重の塔を生意気にも建てやうなんとは憎い奴憎い奴、親方が和やさし過ぎるので増長した謀反人め、謀反人も明智のやうなは道理もつともだと伯龍が講釈しましたが彼奴のやうなは大悪無道、親方は何日のつそりの頭を鉄扇で打ちました、何日いつ蘭丸にのつそりの領地を与やると云ひました、私は今に若も彼奴が親方の言葉に甘へて名を列べて塔を建てれば打捨うつちやつては置けませぬ、擲たゝき殺して狗いぬに呉れます此様いふやうに擲き殺して、と明徳利の横面突然いきなり打き飛ばせば、砕片かけらは散つて皿小鉢跳り出すやちん鏘然からり。馬鹿野郎め、と親方に大喝されて其儘にぐづりと坐り沈静おとなしく居るかと思へば、散かりし還原海苔もどしのりの上に額おしつけ既鼾声いびきなり。源太はこれに打笑ひ、愛嬌のある阿呆めに掻巻かけて遣れ、と云ひつゝ手酌にぐいと引かけて酒気を吹くこと良久しく、怒つて帰つて来はしたものゝ彼様あゝでは高が清吉同然、さて分別がまだ要るは。

其十八

源太が怒つて帰りし後、腕拱こまぬきて茫然たる夫の顔をさし覗きて、吐息つく〲お浪は歎じ、親方様は怒らする仕事は畢竟つまり手に入らず、夜の眼も合さず雛形まで製造こしらへた幾日の骨折も苦労も無益むだにした揚句の果に他ひとの気持を悪うして、恩知らず人情無しと人の口端にかゝるのは余りといへば情無い、女の差出た事をいふと唯一口に云はるゝか知らねど、正直律義も程のあるもの、親方様が彼程あれほどに云ふて下さる異見について一緒に仕たとて恥辱はぢにはなるまいに、偏僻かたいぢ張つて何の詰らぬ意気地立て、それを誰が感心なと褒ませう、親方様の御料簡につけば第一御恩ある親方の御心持もよい訳、またお前の名も上り苦労骨折の甲斐も立つ訳、三方四方みな好いに何故其気にはなられぬか、少しもお前の料簡が妾の腹には合点のみこめぬ、能くまあ思案仕直して親方様の御異見につい従ふては下されぬか、お前が分別さへ更かへれば妾が直にも親方様のところへ行き、何にか彼にか謝罪あやまり云ふて一生懸命精一杯、打たれても擲かれても動くまい程覚悟をきめ、謝罪つて謝罪つて謝罪り貫ぬいたら御情深い親方様が、まさかに何日まで怒つてばかりも居られまい、一時の料簡違ひは堪忍かにして下さる事もあらう、分別仕更て意地張らずに、親方様の云はれた通り仕て見る気にはなられぬか、と夫思ひの一筋に口説くも女の道理もつともなれど、十兵衞はなほ眼も動かさず、あゝもう云ふてくれるな、あゝ、五重塔とも云ふてくれるな、よしない事を思ひたつて成程恩知らずとも云はれう人情なしとも云はれう、それも十兵衞の分別が足らいで出来したこと、今更何共是非が無い、然し汝の云ふやうに思案仕更るは何しても厭、十兵衞が仕事に手下は使はうが助言は頼むまい、人の仕事の手下になつて使はれはせうが助言はすまい、桝組も椽配たるきわりも我が為る日には我の勝手、何所から何所まで一寸たりとも人の指揮さしづは決して受けぬ、善いも悪いも一人で脊負つて立つ、他の仕事に使はれゝば唯正直の手間取りとなつて渡されただけの事するばかり、生意気な差出口は夢にもすまい、自分が主でも無い癖に自己おのが葉色を際立てゝ異かはつた風を誇顔ほこりがの寄生木やどりぎは十兵衞の虫が好かぬ、人の仕事に寄生木となるも厭なら我が仕事に寄生木を容るゝも虫が嫌へば是非がない、和しい源太親方が義理人情を噛み砕いて態〻慫慂すゝめて下さるは我にも解つてありがたいが、なまじひ我の心を生して寄生木あしらひは情無い、十兵衞は馬鹿でものつそりでもよい、寄生木になつて栄えるは嫌きらひぢや、矮小けちな下草したぐさになつて枯れもせう大樹おほきを頼まば肥料こやしにもならうが、たゞ寄生木になつて高く止まる奴等を日頃いくらも見ては卑い奴めと心中で蔑視みさげて居たに、今我が自然親方の情に甘へて其になるのは如何あつても小恥しうてなりきれぬは、いつその事に親方の指揮のとほり此を削れ彼あれを挽き割れと使はるゝなら嬉しけれど、なまじ情が却つて悲しい、汝も定めて解らぬ奴と恨みもせうが堪忍して呉れ、ゑゝ是非がない、解らぬところが十兵衞だ、此所がのつそりだ、馬鹿だ、白痴漢たはけだ、何と云はれても仕方は無いは、あゝッ火も小くなつて寒うなつた、もう〱寝てでも仕舞はうよ、と聴けば一〻道理の述懐。お浪もかへす言葉なく無言となれば、尚寒き一室ひとまを照せる行燈も灯花ちやうじに暗うなりにけり。

其十九

其夜は源太床に入りても中〻眠らず、一番鶏二番鶏を耳たしかに聞て朝も平日つねよりは夙はよう起き、含嗽うがひ手水てうづに見ぬ夢を洗つて熱茶一杯に酒の残り香を払ふ折しも、むく〱と起き上つたる清吉寝惚眼ねぼれめをこすり〱怪訝顔してまごつくに、お吉とも〲噴飯ふきだして笑ひ、清吉昨夜は如何したか、と嬲なぶれば急に危坐かしこまつて無茶苦茶に頭を下げ、つい御馳走になり過ぎて何時か知らず寝て仕舞ひました、姉御、昨夜私わつちは何か悪いことでも為は仕ませぬか、と心配相に尋ぬるも可笑く、まあ何でも好いは、飯でも食つて仕事に行きやれ、と和やさしく云はれてます〱畏おそれ、恍然うつとりとして腕を組み頻りに考へ込む風情、正直なるが可愛らし。

清吉を出しやりたる後、源太は尚も考にひとり沈みて日頃の快活さつぱりとした調子に似もやらず、碌〻お吉に口さへきかで思案に思案を凝らせしが、あゝ解つたと独り言するかと思へば、愍然ふびんなと溜息つき、ゑゝ抛なげやうかと云ふかとおもへば、何して呉れうと腹立つ様子を傍にてお吉の見る辛さ、問ひ慰めんと口を出せば黙つて居よとやりこめられ、詮方なさに胸の中にて空しく心をいたむるばかり。源太は其等に関ひもせず夕暮方まで考へ考へ、漸く思ひ定めやしけむ衝つと身を起して衣服をあらため、感応寺に行き上人に見まみえて昨夜の始終をば隠すことなく物語りし末、一旦は私も余り解らぬ十兵衞の答に腹を立てしものゝ帰つてよく〱考ふれば、仮令ば私一人して立派に塔は建つるにせよ、それでは折角御諭しを受けた甲斐無く源太がまた我慾にばかり強いやうで男児をとこらしうも無い話し、といふて十兵衞は十兵衞の思わくを滅多に捨はすまじき様子、彼も全く自己おのれを押へて譲れば源太も自己を押へて彼に仕事をさせ下されと譲らねばならぬ義理人情、いろ〱愚昧おろかな考を使つて漸く案じ出したことにも十兵衞が乗らねば仕方なく、それを怒つても恨むでも是非の無い訳、既はや此上には変つた分別も私には出ませぬ、唯願ふはお上人様、仮令ば十兵衞一人に仰せつけられますればとて私かならず何とも思ひますまいほどに、十兵衞になり私になり二人共〻になり何様どうとも仰せつけられて下さりませ、御口づからの事なれば十兵衞も私も互に争ふ心は捨て居りまするほどに露さら故障はござりませぬ、我等二人の相談には余つて願ひにまゐりました、と実意を面に現しつゝ願へば上人ほく〱笑はれ、左様ぢやろ左様ぢやろ、流石に汝そなたも見上げた男ぢや、好い〱、其心掛一つで既う生雲塔見事に建てたより立派に汝はなつて居る、十兵衞も先刻さつきに来て同じ事を云ふて帰つたは、彼も可愛い男ではないか、のう源太、可愛がつて遣れ可愛がつて遣れ、と心あり気に云はるゝ言葉を源太早くも合点して、ゑゝ可愛がつて遣りますとも、といと清すゞしげに答れば、上人満面皺にして悦び玉ひつ、好いは好いは、嗚呼気味のよい男児ぢやな、と真から底から褒美ほめられて、勿体なさはありながら源太おもはず頭をあげ、お蔭で男児になれましたか、と一語に無限の感慨を含めて喜ぶ男泣き。既此時に十兵衞が仕事に助力せん心の、世に美しくも湧たるなるべし。

其二十

十兵衞感応寺にいたりて朗圓上人に見まみえ、涙ながらに辞退の旨云ふて帰りし其日の味気無さ、煙草のむだけの気も動かすに力無く、茫然ぼんやりとしてつく〲我が身の薄命ふしあはせ、浮世の渡りぐるしき事など思ひ廻めぐらせば思ひ廻すほど嬉しからず、時刻になりて食ふ飯の味が今更異かはれるではなけれど、箸持つ手さへ躊躇たゆたひ勝にて舌が美味うまうは受けとらぬに、平常つねは六碗七碗を快う喫くひしも僅に一碗二碗で終へ、茶ばかり却つて多く飲むも、心に不悦まづさの有る人の免れ難き慣例ならひなり。

主人あるじが浮かねば女房も、何の罪なき頑要やんちやざかりの猪之まで自然おのづと浮き立たず、淋しき貧家のいとゞ淋しく、希望のぞみも無ければ快楽たのしみも一点あらで日を暮らし、暖味のない夢に物寂た夜を明かしけるが、お浪暁天あかつきの鐘に眼覚めて猪之と一所に寐たる床より密そつと出るも、朝風の寒いに火の無い中から起すまじ、も少し睡ねさせて置かうとの慈やさしき親の心なるに、何も彼も知らいでたわい無く寐て居し平生いつもとは違ひ、如何せしことやら忽ち飛び起き、襦袢一つで夜具の上跳ね廻り跳ね廻り、厭ぢやい厭ぢやい、父様を打つちや厭ぢやい、と蕨わらびのやうな手を眼にあてゝ何かは知らず泣き出せば、ゑゝこれ猪之は何したものぞ、と吃驚しながら抱き止むるに抱かれながらも猶泣き止まず。誰も父様を打ちは仕ませぬ、夢でも見たか、それそこに父様はまだ寐て居らるゝ、と顔を押向け知らすれば不思議さうに覗き込で、漸く安心しは仕てもまだ疑惑うたがひの晴れぬ様子。

猪之や何にも有りはし無いは、夢を見たのぢや、さあ寒いに風邪をひいてはなりませぬ、床に這入つて寐て居るがよい、と引き倒すやうにして横にならせ、掻巻かけて隙間無きやう上から押しつけ遣る母の顔を見ながら眼をぱつちり、あゝ怖かつた、今他所よその怖い人が。おゝおゝ、如何か仕ましたか。大きな、大きな鉄槌げんのうで、黙つて坐つて居る父様の、頭を打つて幾度いくつも打つて、頭が半分砕こはれたので坊は大変吃驚した。ゑゝ鶴亀〻〻、厭なこと、延喜えんぎでも無いことを云ふ、と眉を皺むる折も折、戸外おもてを通る納豆売りの戦ふるへ声に覚えある奴が、ちェッ忌〻しい草鞋が切れた、と打独語うちつぶやきて行き過ぐるに女房ます〱気色を悪あしくし、台所に出て釜の下を焚きつくれば思ふ如く燃えざる薪まきも腹立しく、引窓の滑よく明かぬも今更のやうに焦れつたく、嗚呼何となく厭な日と思ふも心からぞとは知りながら、猶気になる事のみ気にすればにや多けれど、また云ひ出さば笑はれむと自分で呵しかつて平日いつもよりは笑顔をつくり言葉にも活気をもたせ、溌〻いき〱として夫をあしらひ子をあしらへど、根が態とせし偽飾いつはりなれば却つて笑ひの尻声が憂愁うれひの響きを遺して去る光景ありさまの悲しげなるところへ、十兵衞殿お宅か、と押柄あふへいに大人びた口きゝながら這入り来る小坊主、高慢にちよこんと上り込み、御用あるにつき直と来られべしと前後あとさき無しの棒口上。

お浪も不審、十兵衞も分らぬことに思へども辞いなみもならねば、既はや感応寺の門くゞるさへ無益むやくしくは考へつゝも、何御用ぞと行つて問へば、天地顛倒こりや何どうぢや、夢か現か真実か、圓道右に爲右衞門左に朗圓上人中央まんなかに坐したまふて、圓道言葉おごそかに、此度建立こんりふなるところの生雲塔の一切工事川越源太に任せられべき筈のところ、方丈思しめし寄らるゝことあり格別の御詮議例外の御慈悲をもつて、十兵衞其方に確しかと御任せ相成る、辞退の儀は決して無用なり、早〻ありがたく御受申せ、と云ひ渡さるゝそれさへあるに、上人皺枯れたる御声にて、これ十兵衞よ、思ふ存分仕遂しとげて見い、好う仕上らば嬉しいぞよ、と荷担になふに余る冥加の御言葉。のつそりハッと俯伏せしまゝ五体を濤なみと動ゆるがして、十兵衞めが生命はさ、さ、さし出しまする、と云ひし限ぎり喉のど塞ふさがりて言語絶え、岑閑しんかんとせし広座敷に何をか語る呼吸の響き幽かすかにしてまた人の耳に徹しぬ。

其二十一

紅蓮白蓮の香にほひゆかしく衣袂たもとに裾に薫り来て、浮葉に露の玉動ゆらぎ立葉に風の軟そよ吹ふける面白の夏の眺望ながめは、赤蜻蛉菱藻ひしもを嬲なぶり初霜向ふが岡の樹梢こずゑを染めてより全然さらりと無くなつたれど、赭色たいしやになりて荷はすの茎ばかり情無う立てる間に、世を忍び気げの白鷺が徐〻そろりと歩む姿もをかしく、紺青色に暮れて行く天そらに漸く輝ひかり出す星を脊中に擦つて飛ぶ雁の、鳴き渡る音も趣味おもむきある不忍の池の景色を下物さかなの外の下物にして、客に酒をば亀の子ほど飲まする蓬莱屋の裏二階に、気持の好ささうな顔して欣然と人を待つ男一人。唐桟たうざん揃ひの淡泊あつさりづくりに住吉張の銀煙管おとなしきは、職人らしき侠気きほひの風の言語ものいひ挙動そぶりに見えながら毫末すこしも下卑げびぬ上品質だち、いづれ親方〻〻と多くのものに立らるゝ棟梁株とは、予てから知り居る馴染のお傳といふ女が、嘸さぞお待ち遠でござりませう、と膳を置つゝ云ふ世辞を、待つ退屈さに捕つかまへて、待遠で〱堪りきれぬ、ほんとに人の気も知らないで何をして居るであらう、と云へば、それでもお化粧しまひに手間の取れまするが無理は無い筈、と云ひさしてホヽと笑ふ慣れきつた返しの太刀筋。アハヽヽそれも道理もつともぢや、今に来たらば能く見て呉れ、まあ恐らく此地辺こゝらに類は無らう、といふものだ。阿呀おや恐ろしい、何を散財おごつて下さります、而そして親方、といふものは御師匠さまですか。いゝや。娘さんですか。いゝや。後家様。いゝや。お婆さんですか。馬鹿を云へ可愛想に。では赤ん坊。此奴こいつめ人をからかふな、ハヽハヽヽ。ホヽホヽヽと下らなく笑ふところへ襖の外から、お傳さんと名を呼んで御連様と知らすれば、立上つて唐紙明けにかゝりながら一寸後向いて人の顔へ異おつに眼を呉れ無言で笑ふは、御嬉しかろと調戯からかつて焦らして底悦喜そこえつきさする冗談なれど、源太は却つて心しんから可笑をかしく思ふとも知らずにお傳はすいと明くれば、のろりと入り来る客は色ある新造どころか香も艶もなき無骨男、ぼう〱頭髪あたまのごり〱腮髯ひげ、面かほは汚れて衣服きものは垢づき破れたる見るから厭気のぞつとたつ程な様子に、流石呆れて挨拶さへどぎまぎせしまゝ急には出ず。

源太は笑ゑみを含みながら、さあ十兵衞此所へ来て呉れ、関ふことは無い大胡坐おほあぐらで楽に居て呉れ、とおづ〱し居るを無理に坐に居すゑ、頓やがて膳部も具備そなはりし後、さてあらためて飲み干したる酒盃とつて源太は擬さし、沈黙だんまりで居る十兵衞に対ひ、十兵衞、先刻に富松を態〻遣つて此様こんな所に来て貰つたは、何でも無い、実は仲直り仕て貰ひたくてだ、何か汝とわつさり飲んで互ひの胸を和熟させ、過日こなひだの夜の我が云ふた彼云ひ過ぎも忘れて貰ひたいとおもふからの事、聞て呉れ斯様いふ訳だ、過日の夜は実は我も余り汝を解らぬ奴と一途に思つて腹も立つた、恥しいが肝癪も起し業も沸にやし汝の頭を打砕ぶつかいて遣りたいほどにまでも思ふたが、然し幸福しあはせに源太の頭が悪玉にばかりは乗取られず、清吉めが家へ来て酔つた揚句に云ひちらした無茶苦茶を、嗚呼了見の小い奴は詰らぬ事を理屈らしく恥かしくも無く云ふものだと、聞て居るさへ可笑くて堪らなさに不図左様思つた其途端、其夜汝の家で陳ならべ立つて来た我の云ひ草に気が付いて見れば清吉が言葉と似たり寄つたり、ゑゝ間違つた一時の腹立に捲き込まれたか残念、源太男が廃すたる、意地が立たぬ、上人の蔑視さげすみも恐ろしい、十兵衞が何も彼も捨て辞退するものを斜はすに取つて逆意地たてれば大間違ひ、とは思つても余り汝の解らな過ぎるが腹立しく、四方八方何所から何所まで考へて、此所を推せば其所に襞襀ひずみが出る、彼点あすこを立てれば此点こゝに無理があると、まあ我の智慧分別ありたけ尽して我の為ばかり籌はかるでは無く云ふたことを、無下むげに云ひ消されたが忌〻しくて忌〻しくて随分堪忍がまんも仕かねたが、扨いよ〱了見を定めて上人様の御眼にかゝり所存を申し上げて見れば、好い〱と仰せられた唯の一言に雲霧もや〱は既もう無くなつて、清すゞしい風が大空を吹いて居るやうな心持になつたは、昨日はまた上人様から熊〻の御招で、行つて見たれば我を御賞美の御言葉数〻の其上、いよ〱十兵衞に普請一切申しつけたが蔭になつて助けてやれ、皆汝そなたの善根福種になるのぢや、十兵衞が手には職人もあるまい、彼がいよ〱取掛る日には何人いくらも傭ふ其中に汝が手下の者も交らう、必ず猜忌邪曲そねみひがみなど起さぬやうに其等には汝から能く云ひ含めて遣るがよいとの細い御諭し、何から何まで見透しで御慈悲深い上人様のありがたさにつく〲我折つて帰つて来たが、十兵衞、過日こなひだの云ひ過ごしは堪忍して呉れ、斯様した我の心意気が解つて呉れたら従来いままで通り浄く睦じく交際つきあつて貰はう、一切が斯様定つて見れば何と思つた彼と思つたは皆夢の中の物詮議、後に遺して面倒こそあれ益やく無いこと、此不忍の池水にさらりと流して我も忘れう、十兵衞汝も忘れて呉れ、木材きしなの引合ひ、鳶人足とびへの渡りなんど、まだ顔を売込んで居ぬ汝には一寸仕憎からうが、其等には我の顔も貸さうし手も貸さう、丸丁、山六、遠州屋、好い問屋は皆馴染で無うては先方さきが此方を呑んでならねば、万事歯痒い事の無いやう我を自由に出しに使へ、め組の頭の鋭次といふは短気なは汝も知つて居るであらうが、骨は黒鉄くろがね、性根玉は憚りながら火の玉だと平常ふだん云ふだけ、扨じつくり頼めばぐつと引受け一寸退かぬ頼母しい男、塔は何より地行が大事、空風火水の四ツを受ける地盤の固めを彼にさせれば、火の玉鋭次が根性だけでも不動が台座の岩より堅く基礎いしずゑ確と据さすると諸肌ぬいで仕て呉るゝは必定、彼あれにも頓て紹介ひきあはせう、既此様なつた暁には源太が望みは唯一ツ、天晴十兵衞汝が能く仕出来しさへすりや其で好のぢや、唯〻塔さへ能く成できれば其に越した嬉しいことは無い、苟且かりそめにも百年千年末世に残つて云はゞ我等おれたちの弟子筋の奴等が眼にも入るものに、へまがあつては悲しからうではないか、情無いではなからうか、源太十兵衞時代には此様な下らぬ建物に泣たり笑つたり仕たさうなと云はれる日には、なあ十兵衞、二人が舎利しやりも魂魄たましひも粉灰にされて消し飛ばさるゝは、拙へたな細工で世に出ぬは恥も却つて少ないが、遺したものを弟子め等に笑はる日には馬鹿親父が息子に異見さるゝと同じく、親に異見を食ふ子より何段増して恥かしかろ、生磔刑いきばりつけより死んだ後塩漬の上磔刑になるやうな目にあつてはならぬ、初めは我も是程に深くも思ひ寄らなんだが、汝が我の対面むかうにたつた其意気張から、十兵衞に塔建てさせ見よ源太に劣りはすまいといふか、源太が建てゝ見せくれう何十兵衞に劣らうぞと、腹の底には木を鑽きつて出した火で観る先の先、我意は何なんにも無くなつた唯だ好く成て呉れさへすれば汝も名誉ほまれ我も悦び、今日は是だけ云ひたいばかり、嗚呼十兵衞其大きな眼を湿ませて聴て呉れたか嬉しいやい、と磨いて礪といで礪ぎ出した純粋きつすゐ江戸ッ子粘り気無し、一ぴんで無ければ六と出る、忿怒いかりの裏の温和やさしさも飽まで強き源太が言葉に、身動じろぎさへせで聞き居し十兵衞、何も云はず畳に食ひつき、親方、堪忍して下され口がきけませぬ、十兵衞には口がきけませぬ、こ、こ、此通り、あゝ有り難うござりまする、と愚魯おろかしくもまた真実まことに唯平伏ひれふして泣き居たり。

其二十二

言葉は無くても真情まことは見ゆる十兵衞が挙動そぶりに源太は悦び、春風湖みづを渡つて霞日に蒸すともいふべき温和の景色を面にあらはし、尚もやさしき語気円暢なだらかに、斯様打解けて仕舞ふた上は互に不妙まづいことも無く、上人様の思召にも叶ひ我等おれたちの一分も皆立つといふもの、嗚呼何にせよ好い心持、十兵衞汝きさまも過してくれ、我も充分今日こそ酔はう、と云ひつゝ立つて違棚に載せて置たる風呂敷包とりおろし、結び目といて二束ふたつかねにせし書類かきものいだし、十兵衞が前に置き、我にあつては要なき此品これの、一ツは面倒な材木きしなの委細くはしい当りを調べたのやら、人足軽子其他種〻さま〲の入目を幾晩かかゝつて漸く調べあげた積り書、又一ツは彼所あすこを何して此所こゝを斯してと工夫に工夫した下絵図、腰屋根の地割だけなもあり、平地割だけなのもあり、初重の仕形だけのもあり、二手先または三手先、出組だしぐみばかりなるもあり、雲形波形唐草生類彫物しやうるゐほりもののみを書きしもあり、何より彼より面倒なる真柱から内法うちのり長押なげし腰長押切目長押に半長押、椽板椽かつら亀腹柱高欄垂木桝ます肘木ひぢき、貫ぬきやら角木すみぎの割合算法、墨縄すみの引きやう規尺かねの取り様余さず洩さず記せしもあり、中には我の為しならで家に秘めたる先祖の遺品かたみ、外へは出せぬ絵図もあり、京都きやうやら奈良の堂塔を写しとりたるものもあり、此等は悉皆みんな汝に預くる、見たらば何かの足しにもなろ、と自己おのが精神こゝろを籠めたるものを惜気もなしに譲りあたふる、胸の広さの頼母しきを解せぬといふにはあらざれど、のつそりもまた一ト気性、他の巾着で我が口濡らすやうな事は好まず、親方まことに有り難うはござりまするが、御親切は頂戴いたゞいたも同然、これは其方に御納めを、と心は左程に無けれども言葉に膠にべの無さ過ぎる返辞をすれば、源太大きに悦ばず。此品これをば汝は要らぬと云ふのか、と慍いかりを底に匿して問ふに、のつそり左様とは気もつかねば、別段拝借いたしても、と一句迂濶うつかり答ふる途端、鋭き気性の源太は堪らず、親切の上親切を尽して我が智慧思案を凝らせし絵図まで与らむといふものを、無下に返すか慮外なり、何程自己おのれが手腕の好て他の好情なさけを無にするか、そも〱最初に汝おのれめが我が対岸へ廻はりし時にも腹は立ちしが、じつと堪へて争はず、普通大体なみたいていのものならば我が庇蔭かげ被きたる身をもつて一つ仕事に手を入るゝか、打擲いても飽かぬ奴と、怒つて怒つて何にも為べきを、可愛きものにおもへばこそ一言半句の厭味も云はず、唯〻自然の成行に任せ置きしを忘れし歟、上人様の御諭しを受けての後も分別に分別渇らしてわざ〱出掛け、汝のために相談をかけてやりしも勝手の意地張り、大体たいていならぬものとても堪忍がまんなるべきところならぬを、よく〱汝を最惜いとしがればぞ踏み耐へたるとも知らざる歟、汝が運の好きのみにて汝が手腕の好きのみにて汝が心の正直のみにて、上人様より今度の工事しごと命けられしと思ひ居る歟、此品をば与つて此源太が恩がましくでも思ふと思ふか、乃至は既もはや慢気の萌して頭てんから何の詰らぬ者と人の絵図をも易く思ふか、取らぬとあるに強はせじ、余りといへば人情なき奴、あゝ有り難うござりますると喜び受けて此中の仕様を一所ひととこ二所ふたとこは用ひし上に、彼箇所は御蔭で美うまう行きましたと後で挨拶するほどの事はあつても当然なるに、開けて見もせず覗きもせず、知れ切つたると云はぬばかりに愛想も菅すげもなく要らぬとは、汝十兵衞よくも撥ねたの、此源太が仕た図の中に汝の知つた者のみ有らうや、汝等うぬらが工風の輪の外に源太が跳り出ずに有らうか、見るに足らぬと其方で思はば汝が手筋も知れてある、大方高の知れた塔建たぬ前から眼に暎うつつて気の毒ながら批難なんもある、既堪忍の緒も断れたり、卑劣きたない返報かへしは為まいなれど源太が烈しい意趣返報は、為る時為さで置くべき歟、酸くなるほどに今までは口もきいたが既きかぬ、一旦思ひ捨つる上は口きくほどの未練も有たぬ、三年なりとも十年なりとも返報しかへしするに充分な事のあるまで、物蔭から眼を光らして睨みつめ無言でじつと待つてゝ呉れうと、気性が違へば思はくも一二度終に三度めで無残至極に齟齬くひちがひ、いと物静に言葉を低めて、十兵衞殿、と殿の字を急につけ出し叮嚀に、要らぬといふ図は仕舞ひましよ、汝一人で建つる塔定めて立派に出来やうが、地震か風の有らう時壊るゝことは有るまいな、と軽くは云へど深く嘲ける語ことばに十兵衞も快よからず、のつそりでも恥辱はぢは知つて居ります、と底力味ある楔くさびを打てば、中〻見事な一言ぢや、忘れぬやうに記臆おぼえて居やうと、釘をさしつゝ恐ろしく睥みて後は物云はず、頓て忽ち立ち上つて、嗚呼飛んでも無い事を忘れた、十兵衞殿寛ゆるりと遊んで居て呉れ、我は帰らねばならぬこと思ひ出した、と風の如くに其座を去り、あれといふ間に推量勘定、幾金いくらか遺して風ふいと出つ、直其足で同じ町の某ある家が閾またぐや否、厭だ〱、厭だ〱、詰らぬ下らぬ馬鹿〻〻しい、愚図〻〻せずと酒もて来い、蝋燭いぢつて其が食へるか、鈍痴どぢめ肴で酒が飲めるか、小兼春吉お房蝶子四の五の云はせず掴むで来い、臑すねの達者な若い衆頼も、我家うちへ行て清、仙、鐵、政、誰でも彼でも直に遊びに遣よこすやう、といふ片手間にぐい〱仰飲あふる間も無く入り来る女共に、今晩なぞとは手ぬるいぞ、と驀向まつかうから焦躁じれを吹つ掛けて、飲め、酒は車懸り、猪口ちよくは巴と廻せ廻せ、お房外見みえをするな、春婆大人ぶるな、ゑゝお蝶め其でも血が循環めぐつて居るのか頭上あたまに鼬いたち花火載せて火をつくるぞ、さあ歌へ、ぢやん〱と遣れ、小兼め気持の好い声を出す、あぐり踊るか、かぐりもつと跳ねろ、やあ清吉来たか鐵も来たか、何でも好い滅茶〻〻に騒げ、我に嬉しい事が有るのだ、無礼講に遣れ〱、と大将無法の元気なれば、後れて来たる仙も政も煙けぶに巻かれて浮かれたち、天井抜けうが根太抜けうが抜けたら此方の御手のものと、飛ぶやら舞ふやら唸るやら、潮来いたこ出島でじまもしほらしからず、甚句に鬨ときの声を湧かし、かつぽれに滑つて転倒ころび、手品てづまの太鼓を杯洗で鐵がたゝけば、清吉はお房が傍に寐転んで銀釵かんざしにお前其様そのよに酢ばかり飲んでを稽古する馬鹿騒ぎの中で、一了簡あり顔の政が木遣を丸めたやうな声しながら、北に峨〻たる青山をと異おつなことを吐き出す勝手三昧、やつちやもつちやの末は拳も下卑て、乳房ちゝの脹れた奴が臍の下に紙幕張るほどになれば、さあもう此処は切り上げてと源太が一言、それから先は何所へやら。

其二十三

蒼鸇たかの飛ぶ時他所視よそみはなさず、鶴なら鶴の一点張りに雲をも穿うがち風にも逆むかつて目ざす獲物の、咽喉仏把攫ひつつかまでは合点せざるものなり。十兵衞いよ〱五重塔の工事しごとするに定まつてより寐ても起きても其事それ三昧ざんまい、朝の飯喫ふにも心の中では塔を噬かみ、夜の夢結ぶにも魂魄たましひは九輪の頂を繞るほどなれば、況して仕事にかゝつては妻あることも忘れ果て児のあることも忘れ果て、昨日の我を念頭に浮べもせず明日の我を想ひもなさず、唯一ト釿てうなふりあげて木を伐るときは満身の力を其に籠め、一枚の図をひく時には一心の誠を其に注ぎ、五尺の身体こそ犬鳴き鶏歌ひ權兵衞が家に吉慶よろこびあれば木工右衞門もくゑもんが所に悲哀かなしみある俗世に在りもすれ、精神こゝろは紛たる因縁に奪とられで必死とばかり勤め励めば、前さきの夜源太に面白からず思はれしことの気にかゝらぬにはあらざれど、日頃ののつそり益〻長じて、既何処にか風吹きたりし位に自然軽う取り做し、頓ては頓と打ち忘れ、唯〻仕事にのみ掛りしは愚戇おろかなるだけ情に鈍くて、一条道より外へは駈けぬ老牛おいうしの痴に似たりけり。

金箔銀箔瑠璃真珠水精すゐしやう以上合せて五宝、丁子ちやうじ沈香ぢんかう白膠はくきやう薫陸くんろく白檀びやくだん以上合せて五香、其他五薬五穀まで備へて大土祖神埴山彦神埴山媛神おほつちみおやのかみはにやまひこのかみはにやまひめのかみあらゆる鎮護の神〻を祭る地鎮の式もすみ、地曳土取故障なく、さて竜伏いしずゑは其月の生気の方より右旋みぎめぐりに次第据ゑ行き五星を祭り、釿てうな初めの大礼には鍛冶の道をば創められし天あまの目ま一箇ひとつの命みこと、番匠の道闢ひらかれし手置帆負ておきほおひの命みこと彦狭知ひこさちの命より思兼おもひかねの命天児屋根あまつこやねの命太玉の命、木の神といふ句〻廼馳くゝのちの神まで七神祭りて、其次の清鉋の礼も首尾よく済み、東方提頭頼吒持國天王とうばうたいとらだぢごくてんわう、西方尾嚕叉廣目天王さいはうびろしやくわうもくてんわう、南方毘留勒叉増長天なんぱうびるろしやぞうちやうてん、北方毘沙門多聞天王ほつぱうびしやもんたもんてんわう、四天にかたどる四方の柱千年万年動ゆるぐなと祈り定むる柱立式はしらだて、天星色星多願てんせいしきせいたぐわんの玉女三神、貪狼巨門たんらうきよもん等北斗の七星を祭りて願ふ永久安護、順に柱の仮轄かりくさびを三ツづゝ打つて脇司わきつかさに打ち緊めさする十兵衞は、幾干いくその苦心も此所まで運べば垢穢きたなき顔かほにも光の出るほど喜悦よろこびに気の勇み立ち、動きなき下津盤根しもついはねの太柱と式にて唱ふる古歌さへも、何とはなしにつく〲嬉しく、身を立つる世のためしぞと其下しもの句を吟ずるにも莞爾にこ〱しつゝ二度ふたたびし、壇に向ふて礼拝恭つゝしみ、拍手の音清く響かし一切成就の祓を終る此所の光景さまには引きかへて、源太が家の物淋しさ。

主人は男の心強く思ひを外には現さねど、お吉は何程さばけたりとて流石女の胸小さく、出入るものに感応寺の塔の地曳の今日済みたり柱立式はしらだて昨日済みしと聞く度ごとに忌〻敷、嫉妬の火炎ほむら衝き上がりて、汝十兵衞恩知らずめ、良人うちの心の広いのをよい事にして付上り、うま〱名を揚げ身を立るか、よし名の揚り身の立たば差詰礼にも来べき筈を、知らぬ顔して鼻高〻と其日〻〻を送りくさる歟、余りに性質ひとの好過ぎたる良人うちも良人なら面憎きのつそりめもまたのつそりめと、折にふれては八重縦横に癇癪の虫跳ね廻らし、自己おのが小鬢の後毛上げても、ゑゝ焦つたいと罪の無き髪を掻きむしり、一文貰ひに乞食が来ても甲張り声に酷く謝絶りなどしけるが、或日源太が不在るすのところへ心易き医者道益といふ饒舌坊主遊びに来りて、四方八方よもやまの話の末、或人に連れられて過般このあひだ蓬莱屋へまゐりましたが、お傳といふ女からきゝました一分始終、いやどうも此方の棟梁は違つたもの、えらいもの、男児は左様あり度と感服いたしました、と御世辞半分何の気なしに云ひ出でし詞を、手繰つて其夜の仔細をきけば、知らずに居てさへ口惜しきに知つては重〻憎き十兵衞、お吉いよ〱腹を立ちぬ。

其二十四

清吉汝そなたは腑甲斐無い、意地も察しも無い男、何故私には打明けて過般こなひだの夜の始末をば今まで話して呉れ無かつた、私に聞かして気の毒と異おつに遠慮をしたものか、余りといへば狭隘けちな根性、よしや仔細を聴たとてまさか私が狼狽うろたへまはり動転するやうなことはせぬに、女と軽しめて何事も知らせずに置き隠し立して置く良人うちのひとの了簡は兎も角も、汝等そなたたちまで私を聾に盲目にして済して居るとは余りな仕打、また親方の腹の中がみす〱知れて居ながらに平気の平左で酒に浮かれ、女郎買の供するばかりが男の能でもあるまいに、長閑気のんきで斯して遊びに来るとは、清吉汝おまへもおめでたいの、平生いつもは不在るすでも飲ませるところだが今日は私は関へない、海苔一枚焼いて遣るも厭なら下らぬ世間咄しの相手するも虫が嫌ふ、飲みたくば勝手に台所へ行つて呑口ひねりや、談話が仕たくば猫でも相手に為るがよい、と何も知らぬ清吉、道益が帰りし跡へ偶然ふと行き合はせて散〻にお吉が不機嫌を浴せかけられ、訳も了らず驚きあきれて、へどもどなしつゝ段〻と様子を問へば、自己おのれも知らずに今の今まで居し事なれど、聞けば成程何あつても堪忍がまんの成らぬのつそりの憎さ、生命と頼む我が親方に重〻恩を被た身をもつて無遠慮過ぎた十兵衞めが処置振り、飽まで親切真実の親方の顔蹈みつけたる憎さも憎し何して呉れう。

ムヽ親方と十兵衞とは相撲にならぬ身分の差ちがひ、のつそり相手に争つては夜光の璧たまを小礫いしころに擲付ぶつけるやうなものなれば、腹は十分立たれても分別強く堪へて堪へて、誰にも彼にも鬱憤を洩さず知らさず居らるゝなるべし、ゑゝ親方は情無い、他の奴は兎も角清吉だけには知らしても可さそうなものを、親方と十兵衞では此方が損、我とのつそりなら損は無い、よし、十兵衞め、たゞ置かうやと逸はやりきつたる鼻先思案。姉御、知らぬ中は是非が無い、堪忍して下され、様子知つては憚りながら既叱られては居りますまい、此清吉が女郎買の供するばかりを能の野郎か野郎で無いか見て居て下され、左様ならば、と後声しりごゑ烈しく云ひ捨て格子戸がらり明つ放し、草履も穿かず後も見ず風より疾く駆け去れば、お吉今さら気遣はしくつゞいて追掛け呼びとむる二タ声三声、四声めには既はや影さへも見えずなつたり。

其二十五

材きを釿はつる斧よきの音、板削る鉋の音、孔を鑿ほるやら釘打つやら丁〻かち〱響忙しく、木片こつぱは飛んで疾風に木の葉の飜へるが如く、鋸屑おがくづ舞つて晴天に雪の降る感応寺境内普請場の景況ありさま賑やかに、紺の腹掛頸筋に喰ひ込むやうなを懸けて小胯の切り上がつた股引いなせに、つつかけ草履の勇み姿、さも怜悧気に働くもあり、汚れ手拭肩にして日当りの好き場所に蹲踞み、悠〻然と鑿を硎とぐ衣服なりの垢穢きたなき爺もあり、道具捜しにまごつく小童わつぱ、頻りに木を挽割ひく日傭取り、人さま〲の骨折り気遣ひ、汗かき息張る其中に、総棟梁ののつそり十兵衞、皆の仕事を監督みまはりかた〲、墨壺墨さし矩尺かねもつて胸三寸にある切組を実物にする指図命令いひつけ。斯様かう截きれ彼様あゝ穿ほれ、此処を何様して何様やつて其処に是だけ勾配有たせよ、孕みが何寸凹みが何分と口でも知らせ墨縄なはでも云はせ、面倒なるは板片に矩尺の仕様を書いても示し、鵜の目鷹の目油断無く必死となりて自ら励み、今しも一人の若佼わかものに彫物の画を描き与らんと余念も無しに居しところへ、野猪ゐのしゝよりも尚疾く塵土ほこりを蹴立てゝ飛び来し清吉。

忿怒の面火玉の如くし逆釣つたる目を一段視開き、畜生、のつそり、くたばれ、と大喝すれば十兵衞驚き、振り向く途端に驀向まつかうより岩も裂けよと打下すは、ぎら〱するまで硎ぎ澄ませし釿を縦に其柄にすげたる大工に取つての刀なれば、何かは堪らむ避くる間足らず左の耳を殺ぎ落され肩先少し切り割かれしが、仕損じたりと又蹈込ふんごんで打つを逃げつゝ、抛げ付くる釘箱才槌墨壺矩尺かねざし、利器えものの無さに防ぐ術なく、身を翻へして退く機はずみに足を突込む道具箱、ぐざと踏み貫く五寸釘、思はず転ぶを得たりやと笠にかゝつて清吉が振り冠つたる釿の刃先に夕日の光の閃きらりと宿つて空に知られぬ電光いなづまの、疾しや遅しや其時此時、背面うしろの方に乳虎にうこ一声、馬鹿め、と叫ぶ男あつて二間丸太に論も無く両臑もろずね脆く薙なぎ倒せば、倒れて益〻怒る清吉、忽ち勃然むつくと起きんとする襟元把とつて、やい我おれだは、血迷ふな此馬鹿め、と何の苦も無く釿もぎ取り捨てながら上からぬつと出す顔は、八方睨みの大眼おほまなこ、一文字口怒り鼻、渦巻縮れの両鬢は不動を欺くばかりの相形。

やあ火の玉の親分か、訳がある、打捨つて置いて呉れ、と力を限り払ひ除けむと踠もがき焦燥あせるを、栄螺さゞえの如き拳固で鎮圧しづめ、ゑゝ、じたばたすれば拳殺はりころすぞ、馬鹿め。親分、情無い、此所を此所を放して呉れ。馬鹿め。ゑゝ分らねへ、親分、彼奴を活しては置かれねへのだ。馬鹿野郎め、べそをかくのか、従順く仕なければ尚まだ打つぞ。親分酷い。馬鹿め、やかましいは、拳殺すぞ。あんまり分らねへ、親分。馬鹿め、それ打つぞ。親分。馬鹿め。放して。馬鹿め。親分。馬鹿め。放して。馬鹿め。親。馬鹿め。放はな。馬鹿め。お。馬鹿め馬鹿め〱〱、醜態ざまを見ろ、従順くなつたらう、野郎我の家へ来い、やい何様した、野郎、やあ此奴は死んだな、詰らなく弱い奴だな、やあい、誰奴どいつか来い、肝心の時は逃げ出して今頃十兵衞が周囲に蟻のやうに群たかつて何の役に立つ、馬鹿ども、此方には亡者が出来かゝつて居るのだ、鈍遅どぢめ、水でも汲んで来て打注ぶつかけて遣れい、落ちた耳を拾つて居る奴があるものか、白痴め、汲んで来たか、関ふことは無い、一時に手桶の水不残みんな面へ打付ぶつけろ、此様野郎は脆く生るものだ、それ占めた、清吉ッ、確乎しつかりしろ、意地の無へ、どれ〱此奴は我が背負つて行つて遣らう、十兵衞が肩の疵は浅からうな、むゝ、よし〱、馬鹿ども左様なら。

其二十六

源太居るかと這入り来る鋭次を、お吉立ち上つて、おゝ親分さま、まあ〱此方へと誘へば、ずつと通つて火鉢の前に無遠慮の大胡坐かき、汲んで出さるゝ桜湯を半分ばかり飲み干してお吉の顔を視、面色いろが悪いが何様かした歟、源太は何所ぞへ行つたの歟、定めし既もう聴たであらうが清吉めが詰らぬ事を仕出来しての、それ故一寸話があつて来たが、むゝ左様か、既十兵衞がところへ行つたと、ハヽヽ、敏捷すばやい〱、流石に源太だは、我の思案より先に身体が疾とつくに動いて居るなぞは頼母しい、なあにお吉心配する事は無い、十兵衞と御上人様に源太が謝罪わびをしてな、自分の示しが足らなかつたで手下ての奴が飛だ心得違ひを仕ました、幾重にも勘弁して下されと三ツ四ツ頭を下げれば済んで仕舞ふ事だは、案じ過しはいらぬもの、其でも先方さきが愚図〻〻いへば正面まともに源太が喧嘩を買つて破裂ばれの始末をつければ可いさ、薄〻聴いた噂では十兵衞も耳朶の一ツや半分斫きり奪られても恨まれぬ筈、随分清吉の軽躁行為おつちよこちよいも一寸をかしな可い洒落か知れぬ、ハヽヽ、然し憫然かはいそに我の拳固を大分食つて吽〻うん〱苦しがつて居るばかりか、十兵衞を殺した後は何様始末が着くと我に云はれて漸く悟つたかして、噫悪かつた、逸り過ぎた間違つた事をした、親方に頭を下げさするやうな事をした歟噫あゝ済まないと、自分の身体みうちの痛いのより後悔にぼろ〱涙を飜こぼして居る愍然ふびんさは、何と可愛い奴では無い歟、喃お吉、源太は酷く清吉を叱つて叱つて十兵衞が所へ謝罪あやまりに行けとまで云ふか知らぬが、其は表向の義理なりや是非は無いが、此所は汝おまへの儲け役、彼奴を何か、なあそれ、よしか、其所は源太を抱寝するほどのお吉様に了わからぬことは無い寸法か、アハヽヽヽ、源太が居ないで話も要らぬ、どれ帰らうかい御馳走は預けて置かう、用があつたら何日でもお出、とぼつ〱語つて帰りし後、思へば済まぬことばかり。女の浅き心から分別も無く清吉に毒づきしが、逸りきつたる若き男の間違仕出して可憫あはれや清吉は自己おのれの世を狭め、わが身は大切だいじの所天をつとをまで憎うてならぬのつそりに謝罪らするやうなり行きしは、時の拍子の出来事ながら畢竟つまりは我が口より出し過失あやまち、兎せん角せん何とすべきと、火鉢の縁に凭もたする肘のついがつくりと滑るまで、我を忘れて思案に思案凝らせしが、思ひ定めて、応左様ぢやと、立つて箪笥の大抽匣、明けて麝香じやかうの気かと共に投げ出し取り出すたしなみの、帯はそも〱此家こゝへ来し嬉し恥かし恐ろしの其時締めし、ゑゝそれよ。懇話ねだつて買つて貰ふたる博多に繻子に未練も無し、三枚重ねに忍ばるゝ往時むかしは罪の無い夢なり、今は苦労の山繭縞やままゆじま、ひらりと飛ばす飛八丈此頃好みし毛万筋けまんすぢ、千筋百筋気は乱るとも夫おもふは唯一筋、唯一筋の唐七糸帯からしゆつちんは、お屋敷奉公せし叔母が紀念かたみと大切に秘蔵ひめたれど何か厭はむ手放すを、と何やら彼やら有たけ出して婢をんなに包ませ、夫の帰らぬ其中と櫛笄かうがいも手ばしこく小箱に纏めて、さて其品それを無残や余所の蔵に籠らせ、幾干かの金懐中に浅黄の頭巾小提灯、闇夜も恐れず鋭次が家に。

其二十七

池の端の行き違ひより飜然からりと変りし源太が腹の底、初めは可愛う思ひしも今は小癪に障つてならぬ其十兵衞に、頭を下げ両手をついて謝罪らねばならぬ忌〻しさ。さりとて打捨置かば清吉の乱暴も我が命令けて為せし歟のやう疑がはれて、何も知らぬ身に心地快からぬ濡衣被せられむ事の口惜しく、唯さへおもしろからぬ此頃余計な魔がさして下らぬ心労づかひを、馬鹿〻〻しき清吉めが挙動ふるまひのために為ねばならぬ苦〻しさに益〻心平穏おだやかならねど、処弁さばく道の処弁かで済むべき訳も無ければ、是も皆自然に湧きし事、何とも是非なしと諦めて厭〻ながら十兵衞が家音問おとづれ、不慮の難をば訪ひ慰め、且は清吉を戒むること足らざりしを謝び、のつそり夫婦が様子を視るに十兵衞は例の無言三昧、お浪は女の物やさしく、幸ひ傷も肩のは浅く大した事ではござりませねば何卒どうぞお案じ下されますな、態〻御見舞下されては実まことに恐れ入りまする、と如才なく口はきけど言葉遣ひのあらたまりて、自然おのづと何処かに稜角かどあるは問はずと知れし胸の中、若しや源太が清吉に内〻含めて為せし歟と疑ひ居るに極つたり。

ゑゝ業腹な、十兵衞も大方我を左様視て居るべし、疾とく時機ときの来よ此源太が返報しかへし仕様を見せて呉れむ、清吉ごとき卑劣けちな野郎の為た事に何似るべき歟、釿てうなで片耳殺ぎ取る如き下らぬ事を我が為うや、我が腹立は木片の火のぱつと燃え立ち直消ゆる、堪へも意地も無きやうなる事では済まさじ承知せじ、今日の変事は今日の変事、我が癇癪は我が癇癪、全で別なり関係かゝりあひなし、源太が為やうは知るとき知れ悟らする時悟らせ呉れむと、裏うちにいよ〱不平は懐けど露塵ほども外には出さず、義理の挨拶見事に済まして直其足を感応寺に向け、上人の御目通り願ひ、一応自己が隷属みうちの者の不埓を御謝罪おわびし、我家に帰りて、卒いざこれよりは鋭次に会ひ、其時清を押へ呉たる礼をも演べつ其時の景状やうすをも聞きつ、又一ツには散〻清を罵り叱つて以後こののち我家に出入り無用と云ひつけ呉れむと立出掛け、お吉の居ぬを不審して何所へと問へば、何方へか一寸ちよと行て来るとてお出になりました、と何食はぬ顔で婢をんなの答へ、口禁くちどめされてなりとは知らねば、応左様歟、よし〱、我は火の玉の兄あにきがところへ遊びに行たとお吉帰らば云ふて置け、と草履つつかけ出合ひがしら、胡麻竹の杖とぼ〱と焼痕やけこげのある提灯片手、老の歩みの見る目笑止にへの字なりして此方へ来る婆。おゝ清の母親おふくろではないか。あ、親方様でしたか、

其二十八

あゝ好いところで御眼にかゝりましたが何所どちらへか御出掛けでござりまするか、と忙し気に老婆ばゞが問ふに源太軽く会釈して、まあ能いは、遠慮せずと此方へ這入りやれ、態〻夜道を拾ふて来たは何ぞ急の用か、聴いてあげやう、と立戻れば、ハイ〱、有り難うござります、御出掛のところを済みません、御免下さいまし、ハイ〱、と云ひながら後に随いて格子戸くゞり、寒かつたらうに能う出て来たの、生憎お吉も居ないで関ふことも出来ぬが、縮ちゞこまつて居ずとずつと前へ進でて火にでもあたるがよい、と親切に云ふてくるゝ源太が言葉に愈〻身を堅くして縮まり、お構ひ下さいましては恐れ入りまする、ハイ〱、懐炉を入れて居りますれば是で恰好でござりまする、と意久地なく落かゝる水涕を洲の立つた半天の袖で拭きながら遥はるか下さがつて入口近きところに蹲まり、何やら云ひ出したさうな素振り、源太早くも大方察して老婆としよりの心の中嘸かしと気の毒さ堪らず、余計な事仕出して我に肝煎らせし清吉のお先走りを罵り懲らして、当分出入ならぬ由云ひに鋭次がところへ行かんとせし矢先であれど、視れば我が子を除いては阿彌陀様より他に親しい者も無かるべき孱弱かよわき婆のあはれにて、我清吉を突き放さば身は腰弱弓の弦つるに断れられし心地して、在るに甲斐なき生命ながらへむに張りも無く的も無くなり、何程か悲み歎いて多くもあらぬ余生を愚痴の涙の時雨に暮らし、晴〻とした気持のする日も無くて終ることならむと、思ひ遣れば思ひ遣るだけ憫然ふびんさの増し、煙草捻つてつい居るに、婆は少しくにぢり出で、夜分まゐりまして実に済みませんが、あの少しお願ひ申したい訳のござりまして、ハイ〱、既御存知でもござりませうが彼清吉めが飛んだ事をいたしましたさうで、ハイ〱、鐵五郎様から大概は聞きましたが、平常からして気の逸い奴で、直に打つの斫きるのと騒ぎまして其度にひや〱させまする、お蔭さまで一人前にはなつて居りましても未だ児童がきのやうな真一酷まいつこく、悪いことや曲つたことは決して仕ませぬが取り上せては分別の無くなる困つた奴やつこで、ハイ〱、悪気は夢さら無い奴でござります、ハイ〱其は御存知で、ハイ有り難うござります、何様いふ筋で喧嘩をいたしましたか知りませぬが大それた手斧てうななんぞを振り舞はしましたそうで、左様きゝました時は私が手斧で斫られたやうな心持がいたしました、め組の親分とやらが幸ひ抱き留めて下されましたとか、まあ責めてもでござります、相手が死にでもしましたら彼奴あれめは下手人、わたくしは彼を亡くして生きて居る瀬はござりませぬ、ハイ有り難うござります、彼めが幼少ちひさいときは烈ひどい虫持むしもちで苦労をさせられましたも大抵ではござりませぬ、漸く中山の鬼子母神様の御利益で満足には育ちましたが、癒りましたら七歳なゝつまでに御庭の土を踏ませませうと申して置きながら、遂何彼にかまけて御礼参りもいたさせなかつた其御罰か、丈夫にはなりましたが彼通の無鉄砲、毎〻お世話をかけまする、今日も今日とて鐵五郎様がこれ〱と掻摘んで話されました時の私の吃驚、刃物を準備よういまでしてと聞いた時には、ゑゝ又かと思はずどつきり胸も裂けさうになりました、め組の親分様とかが預かつて下されたとあれば安心のやうなものゝ、清めは怪我はいたしませぬかと聞けば鐵様の曖昧な返辞、別条はない案じるなと云はるゝだけに猶案ぜられ、其親分の家を尋ぬれば、其処へ汝おまへが行つたが好いか行かぬが可いか我には分らぬ、兎も角も親方様のところへ伺つて見ろと云ひつ放しで帰つて仕舞はれ、猶〻胸がしく〱痛んで居ても起ても居られませねば、留守を隣家となりの傘張りに頼むでやうやく参りました、何うかめ組の親分とやらの家を教へて下さいまし、ハイ〱直にまゐりまするつもりで、何んな態して居りまするか、若しや却つて大怪我など為て居るのではござりますまいか、よいものならば早う逢て安堵したうござりまするし喧嘩の模様も聞きたうござりまする、大丈夫曲つた事はよもやいたすまいと思ふて居りまするが若い者の事、ひよつと筋の違つた意趣でゞも為た訳なら、相手の十兵衞様に先此婆が一生懸命で謝罪り、婆は仮令如何されても惜くない老耄おいぼれ、生先の長い彼奴あれめが人様に恨まれるやうなことの無いやうに為ねばなりませぬ、とおろ〱涙になつての話し。始終を知らで一ト筋に我子をおもふ老の繰言、此返答には源太こまりぬ。

其二十九

八五郎其所に居るか、誰か来たやうだ明けてやれ、と云はれて、なんだ不思議な、女らしいぞと口の中で独語つぶやきながら、誰だ女嫌ひの親分の所へ今頃来るのは、さあ這入りな、とがらりと戸を引き退くれば、八はッ様さんお世話、と軽い挨拶、提灯吹き滅けして頭巾を脱ぎにかゝるは、此盆にも此の正月にも心付して呉れたお吉と気がついて八五郎めんくらひ、素肌に一枚どてらの袵まへ広がつて鼠色ねずみになりし犢鼻褌ふんどしの見ゆるを急に押し隠しなどしつ、親分、なんの、あの、なんの姉御だ、と忙しく奥へ声をかくるに、なんの尽しで分る江戸ッ児。応左様か、お吉来たの、能く来た、まあ其辺そこらの塵埃ごみの無さゝうなところへ坐つて呉れ、油虫が這つて行くから用心しな、野郎ばかりの家は不潔きたないのが粧飾みえだから仕方が無い、我おれも汝おまへのやうな好い嚊でも持つたら清潔きれいに為やうよ、アハヽヽと笑へばお吉も笑ひながら、左様したらまた不潔〻〻と厳敷きびしく御叱おいぢめなさるか知れぬ、と互ひに二ツ三ツ冗話むだばなし仕て後、お吉少しく改まり、清吉は眠ねて居りまするか、何様いふ様子か見ても遣りたし、心にかゝれば参りました、と云へば鋭次も打頷き、清は今がたすや〱睡着ねついて起きさうにも無い容態ぢやが、疵といふて別にあるでもなし頭の顱骨さらを打破つた訳でもなければ、整骨医師ほねつぎいしやの先刻云ふには、烈ひどく逆上したところを滅茶〻〻に撲たれたため一時は気絶までも為たれ、保証うけあひ大したことは無い由、見たくば一寸覗いて見よ、と先に立つて導く後につき行くお吉、三畳ばかりの部屋の中に一切夢で眠り居る清吉を見るに、顔も頭も膨れ上りて、此様に撲つてなしたる鋭次の酷むごさが恨めしきまで可憫あはれなる態さまなれど、済んだ事の是非も無く、座に戻つて鋭次に対ひ、我夫うちでは必ず清吉が余計な手出しに腹を立ち、御上人様やら十兵衞への義理をかねて酷く叱るか出入りを禁とむるか何とかするでござりませうが、元はといへば清吉が自分の意恨で仕たではなし、畢竟つまりは此方の事のため、筋の違つた腹立をついむら〱としたのみなれば、妾は何どうも我夫うちのするばかりを見て居る訳には行かず、殊更少し訳あつて妾が何どうとか為てやらねば此胸の済まぬ仕誼しぎもあり、それやこれやを種〻いろ〱と案じた末に浮んだは一年か半年ほど清吉に此地こち退かすること、人の噂も遠のいて我夫の機嫌も治つたら取成し様は幾干も有り、まづそれまでは上方あたりに遊んで居るやう為てやりたく、路用の金も調こしらへて来ましたれば少しなれども御預け申しまする、何卒宜敷云ひ含めて清吉めに与つて下さりませ、我夫は彼通り表裏の無い人、腹の底には如何思つても必ず辛く清吉に一旦あたるに違ひ無く、未練気なしに叱りませうが、其時何と清吉が仮令云ふても取り上げぬは知れたこと、傍から妾が口を出しても義理は義理なりや仕様は無し、さりとて慾で做出来しでかした咎でもないに男一人の寄り付く島も無いやうにして知らぬ顔では如何しても妾が居られませぬ、彼あれが一人の母のことは彼さへ居ねば我夫にも話して扶助たすくるに厭は云はせまじく、また厭といふやうな分らぬことを云ひも仕ますまいなれば掛念はなけれど、妾が今夜来たことやら蔭で清をば劬ることは、我夫へは当分秘密ないしよにして。解つた、えらい、もう用は無からう、お帰り〱、源太が大抵来るかも知れぬ、撞見でつくわしては拙からう、と愛想は無けれど真実はある言葉に、お吉嬉しく頼み置きて帰れば、其後へ引きちがへて来る源太、果して清吉に、出入りを禁とむる師弟の縁断るとの言ひ渡し。鋭次は笑つて黙り、清吉は泣て詫びしが、其夜源太の帰りし跡、清吉鋭次にまた泣かせられて、狗いぬになつても我や姉御夫婦の門辺は去らぬと唸りける。

四五日過ぎて清吉は八五郎に送られ、箱根の温泉いでゆを志して江戸を出しが、夫よりたどる東海道いたるは京か大阪の、夢はいつでも東都あづまなるべし。

其三十

十兵衞傷を負ふて帰つたる翌朝、平生いつもの如く夙とく起き出づればお浪驚いて急にとゞめ、まあ滅相な、緩ゆるりと臥むでおいでなされおいでなされ、今日は取りわけ朝風の冷たいに破傷風にでもなつたら何となさる、どうか臥むで居て下され、お湯ももう直沸きませうほどに含嗽うがひ手水てうづも其所で妾が為せてあげませう、と破土竃やぶれべつつひにかけたる羽虧はかけ釜の下焚きつけながら気を揉んで云へど、一向平気の十兵衞笑つて、病人あしらひにされるまでの事はない、手拭だけを絞つて貰へば顔も一人で洗ふたが好い気持ぢや、と箍たがの緩みし小盥に自ら水を汲み取りて、別段悩める容態やうすも無く平日ふだんの如く振舞へば、お浪は呆れ且つ案ずるに、のつそり少しも頓着せず朝食あさめし終ふて立上り、突然いきなり衣物を脱ぎ捨てゝ股引腹掛着つけにかゝるを、飛んでも無い事何処へ行かるゝ、何程仕事の大事ぢやとて昨日の今日は疵口の合ひもすまいし痛みも去るまじ、泰然ぢつとして居よ身体を使ふな、仔細は無けれど治癒なほるまでは万般よろづ要慎つゝしみ第一と云はれた御医者様の言葉さへあるに、無理圧して感応寺に行かるゝ心か、強過ぎる、仮令行つたとて働きはなるまじ、行かいでも誰が咎めう、行かで済まぬと思はるゝなら妾が一寸ちよと一ト走り、お上人様の御目にかゝつて三日四日の養生を直〻に願ふて来ましよ、御慈悲深いお上人様の御承知なされぬ気遣ひない、かならず大切だいじにせい軽挙かるはずみすなと仰やるは知れた事、さあ此衣これを着て家に引籠み、せめて疵口くちの悉皆すつかり密着くつつくまで沈静おちついて居て下され、と只管とゞめ宥め慰め、脱ぎしをとつて復また被きすれば、余計な世話を焼かずとよし、腹掛着せい、これは要らぬ、と利く右の手にて撥ね退くる。まあ左様云はずと家に居て、とまた打被する、撥ね退くる、男は意気地女は情、言葉あらそひ果しなければ流石にのつそり少し怒つて、訳の分らぬ女の分で邪魔立てするか忌〻しい奴、よし〱頼まぬ一人で着る、高の知れたる蚯蚓膨みゝずばれに一日なりとも仕事を休んで職人共の上かみに立てるか、汝うぬは少ちつとも知るまいがの、此十兵衞はおろかしくて馬鹿と常〻云はるゝ身故に職人共が軽う見て、眼の前では我が指揮さしづに従ひ働くやうなれど、蔭では勝手に怠惰なまけるやら譏そしるやら散〻に茶にして居て、表面うはべこそ粧つくろへ誰一人真実仕事を好くせうといふ意気組持つて仕てくるゝものは無いは、ゑゝ情無い、如何かして虚飾みえで無しに骨を折つて貰ひたい、仕事に膏あぶらを乗せて貰ひたいと、諭せば頭は下げながら横向いて鼻で笑はれ、叱れば口に謝罪られて顔色かほつきに怒られ、つく〲我折つて下手に出れば直と増長さるゝ口惜さ悲しさ辛さ、毎日〻〻棟梁〻〻と大勢に立てられるは立派で可けれど腹の中では泣きたいやうな事ばかり、いつそ穴鑿りで引使はれたはうが苦しうないと思ふ位、其中で何か斯か此日こゝまで運ばして来たに今日休んでは大事の躓き、胸が痛いから早帰りします、頭痛がするで遅くなりましたと皆みんなに怠惰なまけられるは必定、其時自分が休んで居れば何と一言云ひ様なく、仕事が雨垂拍子になつて出来べきものも仕損ふ道理、万が一にも仕損じてはお上人様源太親方に十兵衞の顔が向られうか、これ、生きても塔が成できねばな、此十兵衞は死んだ同然、死んでも業を仕遂げれば汝うぬが夫おやぢは生て居るはい、二寸三寸の手斧傷に臥て居られるか居られぬ歟、破傷風が怖しい歟仕事の出来ぬが怖しい歟、よしや片腕奪られたとて一切成就の暁までは駕籠に乗つても行かでは居ぬ、ましてや是しきの蚯蚓膨に、と云ひつゝお浪が手中より奪ひとつたる腹掛に、左の手を通さんとして顰しかむる顔、見るに女房の争へず、争ひまけて傷をいたはり、遂に半天股引まで着せて出しける心の中、何とも口には云ひがたかるべし。

十兵衞よもや来はせじと思ひ合ふたる職人共、ちらりほらりと辰の刻頃より来て見て吃驚する途端、精出して呉るゝ嬉しいぞ、との一言を十兵衞から受けて皆冷汗をかきけるが、是より一同みな〱励み勤め昨日に変る身のこなし、一をきいては三まで働き、二と云はれしには四まで動けば、のつそり片腕の用を欠いて却て多くの腕を得つ日〻工事しごと捗取はかどり、肩疵治る頃には大抵塔も成できあがりぬ。

其三十一

時は一月の末つ方、のつそり十兵衞が辛苦経営むなしからで、感応寺生雲塔いよ〱物の見事に出来上り、段〻足場を取り除けば次第〻〻に露るゝ一階一階また一階、五重巍然ぎぜんと聳えしさま、金剛力士が魔軍を睥睨にらんで十六丈の姿を現じ坤軸こんぢく動ゆるがす足ぶみして巌上いはほに突立ちたるごとく、天晴立派に建つたる哉、あら快よき細工振りかな、希有ぢや未曾有ぢや再またあるまじと爲右衞門より門番までも、初手のつそりを軽しめたる事は忘れて讚歎すれば、圓道はじめ一山いつさんの僧徒も躍りあがつて歓喜よろこび、これでこそ感応寺の五重塔なれ、あら嬉しや、我等が頼む師は当世に肩を比すべき人も無く、八宗九宗の碩徳達せきとくたち虎豹鶴鷺こへうかくろと勝ぐれたまへる中にも絶類抜群にて、譬へば獅子王孔雀王、我等が頼む此寺の塔も絶類抜群にて、奈良や京都はいざ知らず上野浅草芝山内、江戸にて此塔これに勝るものなし、殊更塵土に埋もれて光も放たず終るべかりし男を拾ひあげられて、心の宝珠たまの輝きを世に発出いだされし師の美徳、困苦に撓たゆまず知己に酬いて遂に仕遂げし十兵衞が頼もしさ、おもしろくまた美はしき奇因縁なり妙因縁なり、天の成せしか人の成せし歟か将又諸天善神の蔭にて操り玉ひし歟、屋をくを造るに巧妙たくみなりし達膩伽尊者たにかそんじやの噂はあれど世尊在世の御時にも如是かく快き事ありしを未だきかねば漢土からにもきかず、いで落成の式あらば我偈げを作らむ文を作らむ、我歌をよみ詩を作なして頌せむ讚せむ詠ぜむ記せむと、各〻互に語り合ひしは慾のみならぬ人間ひとの情の、やさしくもまた殊勝なるに引替へて、測り難きは天の心、圓道爲右衞門二人が計らひとしていと盛んなる落成式執行しふぎやうの日も略定まり、其日は貴賤男女の見物をゆるし貧者に剰あまれる金を施し、十兵衞其他を犒ねぎらひ賞する一方には、また伎楽を奏して世に珍しき塔供養あるべき筈に支度とり〲なりし最中、夜半の鐘の音の曇つて平日つねには似つかず耳にきたなく聞えしがそも〱、漸〻ぜん〱あやしき風吹き出して、眠れる児童も我知らず夜具踏み脱ぐほど時候生暖かくなるにつれ、雨戸のがたつく響き烈しくなりまさり、闇に揉まるゝ松柏の梢に天魔の号さけびものすごくも、人の心の平和を奪へ平和を奪へ、浮世の栄華に誇れる奴等の胆を破れや睡りを攪みだせや、愚物の胸に血の濤なみ打たせよ、偽物の面の紅き色奪れ、斧持てる者斧を揮へ、矛もてるもの矛を揮へ、汝等が鋭とき剣は餓えたり汝等剣に食をあたへよ、人の膏血あぶらはよき食なり汝等剣に飽まで喰はせよ、飽まで人の膏膩を餌かへと、号令きびしく発するや否、猛風一陣どつと起つて、斧をもつ夜叉矛もてる夜叉餓えたる剣もてる夜叉、皆一斉に暴れ出しぬ。

其三十二

長夜の夢を覚まされて江戸四里四方の老若男女、悪風来りと驚き騒ぎ、雨戸の横柄子よこざる緊乎しつかと挿せ、辛張棒を強く張れと家〻ごとに狼狽うろたゆるを、可愍あはれとも見ぬ飛天夜叉王、怒号の声音たけ〲しく、汝等人を憚るな、汝等人間ひとに憚られよ、人間は我等を軽んじたり、久しく我等を賤みたり、我等に捧ぐべき筈の定めの牲にへを忘れたり、這ふ代りとして立つて行く狗、驕奢おごりの塒ねぐら巣作れる禽とり、尻尾しりをなき猿、物言ふ蛇、露誠実まことなき狐の子、汚穢けがれを知らざる豕ゐのこの女め、彼等に長く侮られて遂に何時まで忍び得む、我等を長く侮らせて彼等を何時まで誇らすべき、忍ぶべきだけ忍びたり誇らすべきだけ誇らしたり、六十四年は既に過ぎたり、我等を縛せし機運の鉄鎖、我等を囚へし慈忍にんの岩窟いはやは我が神力にて扯断ちぎり棄てたり崩潰くづれさしたり、汝等暴れよ今こそ暴れよ、何十年の恨の毒気を彼等に返せ一時に返せ、彼等が驕慢ほこりの気けの臭さを鉄囲山外てつゐさんげに攫つかんで捨てよ、彼等の頭を地につかしめよ、無慈悲の斧の刃味の好さを彼等が胸に試みよ、惨酷の矛、瞋恚しんいの剣の刃糞と彼等をなしくれよ、彼等が喉のんどに氷を与へて苦寒に怖れ顫わなゝかしめよ、彼等が胆に針を与へて秘密の痛みに堪ざらしめよ、彼等が眼前めさきに彼等が生したる多数おほくの奢侈の子孫を殺して、玩物の念を嗟歎の灰の河に埋めよ、彼等は蚕児かひこの家を奪ひぬ汝等彼等の家を奪へや、彼等は蚕児の智慧を笑ひぬ汝等彼等の智慧を讚せよ、すべて彼等の巧みとおもへる智慧を讚せよ、大とおもへる意こゝろを讚せよ、美しと自らおもへる情を讚せよ、協かなへりとなす理を讚せよ、剛つよしとなせる力を讚せよ、すべては我等の矛の餌なれば、剣の餌なれば斧の餌なれば、讚して後に利器えものに餌かひ、よき餌をつくりし彼等を笑へ、嬲らるゝだけ彼等を嬲れ、急に屠るな嬲り殺せ、活しながらに一枚〻〻皮を剥ぎ取れ、肉を剥ぎとれ、彼等が心臓しんを鞠として蹴よ、枳棘からたちをもて脊を鞭うてよ、歎息の呼吸涙の水、動悸の血の音悲鳴の声、其等をすべて人間ひとより取れ、残忍の外快楽なし、酷烈ならずば汝等疾く死ね、暴あれよ進めよ、無法に住して放逸無慚無理無体に暴あれ立て暴れ立て進め進め、神とも戦へ仏ぶつをも擲け、道理を壊やぶつて壊りすてなば天下は我等がものなるぞと、叱咜する度土石を飛ばして丑の刻より寅の刻、卯となり辰となるまでも毫ちつとも止まず励ましたつれば、数万すまんの眷属けんぞく勇みをなし、水を渡るは波を蹴かへし、陸をかを走るは沙を蹴かへし、天地を塵埃ほこりに黄ばまして日の光をもほとほと掩ひ、斧を揮つて数寄者が手入れ怠りなき松を冷笑あざわらひつゝほつきと斫るあり、矛を舞はして板屋根に忽ち穴を穿つもあり、ゆさ〱〱と怪力もてさも堅固なる家を動かし橋を揺がすものもあり。手ぬるし手ぬるし酷さが足らぬ、我に続けと憤怒の牙噛み鳴らしつゝ夜叉王の躍り上つて焦躁いらだてば、虚空に充ち満ちたる眷属、をたけび鋭くをめき叫んで遮に無に暴威を揮ふほどに、神前寺内に立てる樹も富家の庭に養はれし樹も、声振り絞つて泣き悲み、見る〱大地の髪の毛は恐怖に一〻竪立じゆりつなし、柳は倒れ竹は割るゝ折しも、黒雲空に流れて樫の実よりも大きなる雨ばらり〱と降り出せば、得たりとます〱暴るゝ夜叉、垣を引き捨て塀を蹴倒し、門をも破こはし屋根をもめくり軒端の瓦を踏み砕き、唯一ト揉に屑屋を飛ばし二タ揉み揉んでは二階を捻ぢ取り、三たび揉んでは某寺なにがしでらを物の見事に潰つひやし崩し、どう〱どつと鬨ときをあぐる其度毎に心を冷し胸を騒がす人〻の、彼に気づかひ此に案ずる笑止の様を見ては喜び、居所さへも無くされて悲むものを見ては喜び、いよ〱図に乗り狼藉のあらむ限りを逞しうすれば、八百八町百万の人みな生ける心地せず顔色さらにあらばこそ。

中にも分けて驚きしは圓道爲右衞門、折角僅に出来上りし五重塔は揉まれ揉まれて九輪は動ぎ、頂上の宝珠は空に得読めぬ字を書き、岩をも転ばすべき風の突掛け来り、楯をも貫くべき雨の打付ぶつかり来る度撓む姿、木の軋る音、復もどる姿さま、又撓む姿、軋る音、今にも傾覆くつがへらんず様子に、あれ〱危し仕様は無きか、傾覆られては大事なり、止むる術も無き事か、雨さへ加はり来りし上周囲に樹木もあらざれば、未曾有の風に基礎どだい狭くて丈のみ高き此塔の堪こらへむことの覚束なし、本堂さへも此程に動けば塔は如何ばかりぞ、風を止むる呪文はきかぬか、かく恐ろしき大暴風雨に見舞に来べき源太は見えぬ歟、まだ新しき出入なりとて重〻来では叶はざる十兵衞見えぬか寛怠なり、他ひとさへ斯様かほど気づかふに己が為せし塔気にかけぬか、あれ〱危し又撓むだは、誰か十兵衞招びに行け、といへども天に瓦飛び板飛び、地上に砂利の舞ふ中を行かむといふものなく、漸く賞美の金に飽かして掃除人の七藏爺を出しやりぬ。

其三十三

耄碌頭巾に首をつゝみて其上に雨を凌がむ準備よういの竹の皮笠引被り、鳶子とんび合羽に胴締して手ごろの杖持ち、恐怖こは〲ながら烈風強雨の中を駈け抜けたる七藏爺おやぢ、やうやく十兵衞が家にいたれば、これはまた酷い事、屋根半分は既もう疾とうに風に奪られて見るさへ気の毒な親子三人の有様、隅の方にかたまり合ふて天井より落ち来る点滴しづくの飛沫しぶきを古筵ふるござで僅に避よけ居る始末に、扨ものつそりは気に働らきの無い男と呆れ果つゝ、これ棟梁殿、此暴風雨あらしに左様して居られては済むまい、瓦が飛ぶ樹が折れる、戸外おもては全然まるで戦争のやうな騒ぎの中に、汝の建てられた彼塔は如何あらうと思はるゝ、丈は高し周囲に物は無し基礎どだいは狭し、何どの方角から吹く風をも正面まともに受けて揺れるは揺れるは、旗竿ほどに撓むではきち〱と材きの軋る音の物凄さ、今にも倒れるか壊れるかと、圓道様も爲右衞門様も胆を冷したり縮ましたりして気が気では無く心配して居らるゝに、一体ならば迎ひなど受けずとも此天変を知らず顔では済まぬ汝が出ても来ぬとは余あんまりな大勇、汝の御蔭で険難けんのんな使を吩咐かり、忌〻しい此瘤を見て呉れ、笠は吹き攫はれる全濡ずぶぬれにはなる、おまけに木片が飛んで来て額に打付りくさつたぞ、いゝ面の皮とは我がこと、さあ〱一所に来て呉れ来て呉れ、爲右衞門様圓道様が連れて来いとの御命令おいひつけだは、ゑゝ吃驚した、雨戸が飛んで行て仕舞ふたのか、これだもの塔が堪るものか、話しする間にも既倒れたか折れたか知れぬ、愚図〻〻せずと身支度せい、疾く〱と急り立つれば、傍から女房も心配気に、出て行かるゝなら途中が危険あぶない、腐つても彼火事頭巾、あれを出しましよ冠つてお出なされ、何が飛んで来るか知れたものではなし、外見みえよりは身が大切だいじ、何程いくら襤褸でも仕方ない刺子絆纏さしこばんてんも上に被ておいでなされ、と戸棚がた〱明けにかゝるを、十兵衞不興気の眼でぢつと見ながら、あゝ構ふてくれずともよい、出ては行かぬは、風が吹いたとて騒ぐには及ばぬ、七藏殿御苦労でござりましたが塔は大丈夫倒れませぬ、何の此程の暴風雨で倒れたり折れたりするやうな脆いものではござりませねば、十兵衞が出掛けてまゐるにも及びませぬ、圓道様にも爲右衞門様にも左様云ふて下され、大丈夫、大丈夫でござります、と泰然おちつきはらつて身動きもせず答ふれば、七藏少し膨れ面して、まあ兎も角も我と一緒に来て呉れ、来て見るがよい、彼の塔のゆさ〱きち〱と動くさまを、此処に居て目に見ねばこそ威張つて居らるれ、御開帳の幟のぼりのやうに頭を振つて居るさまを見られたら何程なんぼ十兵衞殿寛濶おうやうな気性でも、お気の毒ながら魂魄たましひがふはり〱とならるゝであらう、蔭で強いのが役にはたゝぬ、さあ〱一所に来たり来たり、それまた吹くは、嗚呼恐ろしい、中〻止みさうにも無い風の景色、圓道様も爲右衞門様も定めし肝を煎つて居らるゝぢやろ、さつさと頭巾なり絆纏なり冠るとも被るともして出掛けさつしやれ、と遣り返す。大丈夫でござりまする、御安心なさつて御帰り、と突撥る。其の安心が左様手易くは出来ぬわい、と五月蠅云ふ。大丈夫でござりまする、と同じことをいふ。末には七藏焦れこむで、何でも彼でも来いといふたら来い、我の言葉とおもふたら違ふぞ圓道様爲右衞門様の御命令ぢや、と語気あらくなれば十兵衞も少し勃然むつとして、我は圓道様爲右衞門様から五重塔建ていとは命令かりませぬ、御上人様は定めし風が吹いたからとて十兵衞よべとは仰やりますまい、其様な情無い事を云ふては下さりますまい、若も御上人様までが塔危いぞ十兵衞呼べと云はるゝやうにならば、十兵衞一期の大事、死ぬか生きるかの瀬門せとに乗かゝる時、天命を覚悟して駈けつけませうなれど、御上人様が一言半句十兵衞の細工を御疑ひなさらぬ以上は何心配の事も無し、余の人たちが何を云はれうと、紙を材きにして仕事もせず魔術てづまも手抜もして居ぬ十兵衞、天気のよい日と同じことに雨の降る日も風の夜も楽〻として居りまする、暴風雨が怖いものでも無ければ地震が怖うもござりませぬと圓道様にいふて下され、と愛想なく云ひ切るにぞ、七藏仕方なく風雨の中を駈け抜けて感応寺に帰りつき圓道爲右衞門に此よし云へば、さても其場に臨むでの智慧の無い奴め、何故其時に上人様が十兵衞来いとの仰せぢやとは云はぬ、あれ〱彼揺るゝ態を見よ、汝きさままでがのつそりに同化かぶれて寛怠過ぎた了見ぢや、是非は無い、も一度行つて上人様の御言葉ぢやと欺誑たばかり、文句いはせず連れて来い、と圓道に烈しく叱られ、忌〻しさに独語つぶやきつゝ七藏ふたゝび寺門を出でぬ。

其三十四

さあ十兵衞、今度は是非に来よ四の五のは云はせぬ、上人様の御召ぢやぞ、と七藏爺いきりきつて門口から我鳴れば、十兵衞聞くより身を起して、なにあの、上人様の御召なさるとか、七藏殿それは真実まことでござりまするか、嗚呼なさけ無い、何程風の強ければとて頼みきつたる上人様までが、此十兵衞の一心かけて建てたものを脆くも破壊こはるゝ歟のやうに思し召されたか口惜しい、世界に我を慈悲の眼で見て下さるゝ唯一つの神とも仏ともおもふて居た上人様にも、真底からは我が手腕うでたしかと思はれざりし歟、つく〲頼母しげ無き世間、もう十兵衞の生き甲斐無し、たま〱当時に双ならびなき尊き智識に知られしを、是れ一生の面目とおもふて空あだに悦びしも真に果敢無き少時しばしの夢、嵐の風のそよと吹けば丹誠凝らせし彼塔も倒れやせむと疑はるゝとは、ゑゝ腹の立つ、泣きたいやうな、それほど我は腑の無い奴やつか、恥をも知らぬ奴やつこと見ゆる歟、自己おのれが為たる仕事が恥辱はぢを受けてものめ〱面押拭ふて自己は生きて居るやうな男と我は見らるゝ歟、仮令ば彼塔倒れた時生きて居やうか生きたからう歟、ゑゝ口惜い、腹の立つ、お浪、それほど我が鄙さもしからうか、嗚呼〻〻生命も既もういらぬ、我が身体にも愛想の尽きた、此世の中から見放された十兵衞は生きて居るだけ恥辱はぢをかく苦悩くるしみを受ける、ゑゝいつその事塔も倒れよ暴風雨も此上烈しくなれ、少しなりとも彼塔に損じの出来て呉れよかし、空吹く風も地つち打つ雨も人間ひとほど我には情つれ無なからねば、塔破壊こはされても倒されても悦びこそせめ恨はせじ、板一枚の吹きめくられ釘一本の抜かるゝとも、味気無き世に未練はもたねば物の見事に死んで退けて、十兵衞といふ愚魯漢ばかものは自己が業の粗漏てぬかりより恥辱を受けても、生命惜しさに生存いきながらへて居るやうな鄙劣けちな奴では無かりしか、如是かゝる心を有つて居しかと責めては後にて吊とむらはれむ、一度はどうせ捨つる身の捨処よし捨時よし、仏寺を汚すは恐れあれど我が建てしもの壊れしならば其場を一歩立去り得べきや、諸仏菩薩も御許しあれ、生雲塔の頂上てつぺんより直ちに飛んで身を捨てむ、投ぐる五尺の皮嚢かはぶくろは潰れて醜かるべきも、きたなきものを盛つては居らず、あはれ男児をとこの醇粋いつぽんぎ、清浄の血を流さむなれば愍然ふびんともこそ照覧あれと、おもひし事やら思はざりしや十兵衞自身も半分知らで、夢路を何時の間にか辿りし、七藏にさへ何処でか分れて、此所は、おゝ、それ、その塔なり。

上りつめたる第五層の戸を押明けて今しもぬつと十兵衞半身あらはせば、礫を投ぐるが如き暴雨の眼も明けさせず面を打ち、一ツ残りし耳までも扯断ちぎらむばかりに猛風の呼吸さへ為せず吹きかくるに、思はず一足退きしが屈せず奮つて立出でつ、欄を握つかむで屹と睥にらめば天そらは五月さつきの闇より黒く、たゞ囂〻がう〱たる風の音のみ宇宙に充て物騒がしく、さしも堅固の塔なれど虚空に高く聳えたれば、どう〱どつと風の来る度ゆらめき動きて、荒浪の上に揉まるゝ棚無し小舟のあはや傾覆らむ風情、流石覚悟を極めたりしも又今更におもはれて、一期の大事死生の岐路ちまたと八万四千の身の毛竪よだたせ牙咬定かみしめて眼まなこを睜みはり、いざ其時はと手にして来し六分鑿のみの柄忘るゝばかり引握むでぞ、天命を静かに待つとも知るや知らずや、風雨いとはず塔の周囲めぐりを幾度となく徘徊する、怪しの男一人ありけり。

其三十五

去る日の暴風雨は我等生れてから以来このかた第一の騒なりしと、常は何事に逢ふても二十年前三十年前にありし例をひき出して古きを大袈裟に、新しきを訳も無く云ひ消す気質かたぎの老人としよりさへ、真底我折つて噂仕合へば、まして天変地異をおもしろづくで談話はなしの種子にするやうの剽軽な若い人は分別も無く、後腹の疾まぬを幸ひ、何処の火の見が壊れたり彼処の二階が吹き飛ばされたりと、他ひとの憂ひ災難を我が茶受とし、醜態ざまを見よ馬鹿慾から芝居の金主して何某め痛い目に逢ふたるなるべし、さても笑止彼の小屋の潰れ方はよ、又日頃より小面憎かりし横町の生花の宗匠が二階、御神楽だけの事はありしも気味きびよし、それよりは江戸で一二といはるゝ大寺の脆く倒れたも仔細こそあれ、実は檀徒から多分の寄附金集めながら役僧の私曲わたくし、受負師の手品、そこにはそこの有りし由、察するに本堂の彼の太い柱も桶でがな有つたらうなんどと様〻の沙汰に及びけるが、いづれも感応寺生雲塔の釘一本ゆるまず板一枚剥がれざりしには舌を巻きて讚歎し、いや彼塔あれを作つた十兵衞といふは何とえらいものではござらぬ歟、彼塔倒れたら生きては居ぬ覚悟であつたさうな、すでの事に鑿啣ふくんで十六間真逆しまに飛ぶところ、欄干てすりを斯う踏み、風雨を睨んで彼程の大揉の中に泰然ぢつと構へて居たといふが、其一念でも破壊るまい、風の神も大方血眼で睨まれては遠慮が出たであらう歟、甚五郎このかたの名人ぢや真の棟梁ぢや、浅草のも芝のもそれ〲損じのあつたに一寸一分歪みもせず退ずりもせぬとは能う造つた事の。いやそれについて話しのある、其十兵衞といふ男の親分がまた滅法えらいもので、若しも些ちとなり破壊れでもしたら同職なかまの恥辱知合の面汚し、汝うぬはそれでも生きて居られうかと、到底とても再度鉄槌も手斧も握る事の出来ぬほど引叱つて、武士で云はば詰腹同様の目に逢はせうと、ぐる〱〱大雨を浴びながら塔の周囲を巡つて居たさうな。いや〱、それは間違ひ、親分では無い商売上敵がたきぢやさうな、と我れ知り顔に語り伝へぬ。

暴風雨のために準備したく狂ひし落成式もいよ〱済みし日、上人わざ〱源太を召よび玉ひて十兵衞と共に塔に上られ、心あつて雛僧こぞうに持たせられし御筆に墨汁すみしたゝか含ませ、我此塔に銘じて得させむ、十兵衞も見よ源太も見よと宣のたまひつゝ、江都かうとの住人十兵衞之を造り川越源太郎之を成す、年月日とぞ筆太に記し了られ、満面に笑を湛へて振り顧り玉へば、両人ともに言葉なくたゞ平伏ひれふして拝謝をがみけるが、それより宝塔長とこしなへに天に聳えて、西より瞻みれば飛檐ひえん或時素月を吐き、東より望めば勾欄夕に紅日を呑んで、百有余年の今になるまで、譚はなしは活きて遺りける。

(明治二十四年十一月―二十五年三月・四月「国会」)

底本 / Source edition

底本:「日本現代文學全集 6 幸田露伴集」講談社
1963(昭和38)年1月19日初版第1刷発行
1980(昭和55)年5月26日増補改訂版第1刷
初出:「国会新聞」
1891(明治24)年11月~1892(明治25)年4月
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記を新字、旧仮名にあらためました。
入力:kompass
校正:浅原庸子
2004年11月3日作成
2009年7月29日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/043289_000051/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/043289_000051/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/043289_000051/

幸田 露伴「五重塔」(新字旧仮名)、底本『日本現代文學全集 6 幸田露伴集』講談社、1963年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 043289_000051, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite