Soranoha

津田青楓君の画と南画の芸術的価値

つだせいふうくんのえとなんがのげいじゅつてきかち

寺田 寅彦

私は永い前から科学と芸術、あるいはむしろ科学者と芸術家との素質や仕事や方法に相互共通な点の多い事に深い興味を感じている。それで嗜好趣味という事は別として、科学者として芸術を論じるという事もそれほど不倫な事とは思われない。のみならず自身に取っては芸術上の問題を思索する事によって自分の専門の事柄に対して新しい見解や暗示を得る事も少なくないのである。それと同時に、科学者の芸術論が専門の芸術評論家の眼から見て如何いかに平凡幼稚なものであっても、芸術家の芸術論と多少でも異なるところがあらば、それは少なくも或ある芸術家のために何らかの参考にならぬとも限らない。もしそうだとすれば自分がここにあえてこの一篇を公にするのも強あながち無意味ではないかもしれない。例えば山出しの批評も時には三越意匠部の人の参考になるかもしれず、生蕃人せいばんじんの東京観も取りようでは深刻な文明批評とも聞える事があるかもしれない。

この稿を起したもう一つの理由は、友人としての津田君の隠れた芸術をいくぶんでも世間に紹介したいという私の動機プライヴェートモーチヴからである。これも一応最初に断っておいた方がよいかと思う。

津田君は先達て催した作画展覧会の目録の序で自白しているように「技巧一点張主義を廃し新なる眼を開いて自然を見直し無技巧無細工の自然描写に還り」たいという考えをもっている人である。作画に対する根本の出発点が既にこういうところにあるとすれば津田君の画を論ずるに伝説的の技巧や手法を盾に取ってするのはそもそも見当違いな事である。小笠原流の礼法を標準としてロシアの百姓ムジークの動作を批評するようなものかもしれない。あるいはむしろ自分のような純粋な素人しろうとの評の方が却かえって適切であり得るかもしれない。一体津田君の主張するように常に新たな眼で自然を見直すという事は科学者にとっても甚はなはだ重要な事である。科学の進歩の行き止りにならないのは全くそういう態度の賜物である。科学は決して自然をありのままに記載するものではない。自然の顔には教科書の文句は書いてない。自然を如何に見て如何に表現すべきかという事は全く自由ではないがしかも必ずしも絶対に単義的ユニークなものではない。例えば昼夜の交代太陽の運行を観測した時に地球が動いているとするか太陽が動いているとするかはただこれだけの現象の説明をするにはいずれでも差しつかえはない。しかし太陽が地球の周囲を動いているとすると外の遊星の運動を非常に複雑なものと考えなければならず、また重力の方則なども恐ろしく難儀なものになるに相違ない。科学の場合には方則の普遍性とか思考の節約とかいう事が標準となって科学者の自然に対する見方を指導しその価値を定めて行くのである。これに比べて芸術家が自然に対する見方は非常に多様であり得る事は勿論もちろんである。科学者はなるたけ自分というものを捨ててかかろうとする。一方で芸術家はもっぱら自己を主張しようとする。而しかしてその区々まちまちな表現の価値を定めるものも科学の場合とは無論一様でない。しかしともかくも芸術家のうちで自然そのものを直接に見て何物かを見出そうという人があれば、その根本の態度や採るべき方法には自おのずから科学者と共通点を見出す事が出来てもよい訳である。

新しい目で自然を見るという事は存外六むつかしい事である。吾人ごじんは生れ落ちて以来馴れ切っている周囲に対して、ちゃんと定まった、しかも極きわめて便宜的コンヴェンショナルな型や公式ばかりを当あて嵌はめている。朝起きて顔を洗う金盥かなだらいの置き方から、夜寝る時の寝衣の袖の通し方まで、無意識な定型を繰返している吾人の眼は、如何に或る意味で憐れな融通のきかきぬものであるかという事を知るための、一つの面白い、しかも極めて簡単な実験は、頭を倒さかさにして股間こかんから見馴れた平凡な景色を覗のぞいて見る事である。たったそれだけの眼の向け方でも今まで見逃していた自然の美しさが今更いまさらのように目に立つのである。写真機のピントガラスに映った自然や、望遠鏡の視野に現われた自然についても、時に意外な発見をして驚くのは何人なんぴとにも珍しくない経験である。

芸術家としてどうすれば新しい見方をする事が出来るかという事は一概に云えない。それは人々の天性や傾向にもよる事であろうが、一つにはまた絶えざる努力と修練を要する事は勿論である。然しかるに現今幾百を数える知名の画家殊ことに日本画家中で少なくも真剣にこういう努力をしている人が何人あるかという事は、考えてみると甚だ心細いような気がする。それで津田君のこの点に対する努力の結果が既にどこまで進んでいるかは別問題としても、そういう態度とこれを実行する勇気とに対して先ず共鳴を感じないではいられないのである。

尤もっともどの画家でも相当な人ならばある程度まではそういう事を考えぬ人は無いかもしれないが、しかしそう考えるばかりで何時いつまでも同じ谷間の径路を往復しながら対岸の自然を眺めているのでは到底駄目であろう。一度も二度も馴れた道を捨てなければならない、時には頭を倒にして見るだけの手数もあえてしなければならない。時にはまた向うの峰へ上って見下す事もしなければならない。こういう事を現に少しでも実行しているらしい少数の画家の作画に対して自分は常に同情と期待をもって注意していた。その作品がどれほど自分の嗜好からは厭いやなと思うものでも、またあまりに生硬と思うものでも、それにかかわらず一種の愉快な心持をもって熟視する事が出来た。毎年の文展や院展を見に行ってもこういう自分のいわゆる外道的鑑賞眼を喜ばすものは極めて稀まれであった。多くの絵は自分の眼にはただ一種の空虚な複製品としか思われなかった。少なくも画家の頭脳の中にしまってある取って置きの粉本ふんぼんをそのまま紙布の上に投影してその上を機械的に筆で塗って行ったものとしか思われなかった。ペンキ屋が看板の文字を書くようにそれはどこから筆を起してどういう方向に運んで行っても没交渉なもののように見えた。たまには複製でない本当の原本オリジナルと思われる絵を見出して愉快を感じる事もあったが、ややもすればその独創的な点がもうそろそろ一種の安心したような、これでいいといったようなおさまり方に変化するのを認めて失望した。どうかしてもう少し迷っている画家のおさまらぬ作品に接したいと希望していた。そうして偶然に逢着したのが津田君であった。

洋画家並びに図案家としての津田君は既に世間に知られている。しかし自分が日本画家あるいは南画家としての津田君に接したのは比較的に新しい事である。そしてだんだんその作品に親しんで行くうちに、同君の天品が最もよく発揮し得られるのは正まさしくこの方面であると信ずるようになったのである。

津田君はかつて桃山に閑居していた事がある。そこで久しく人間から遠ざかって朝暮ただ鳥声に親しんでいた頃、音楽というものはこの鳥の声のようなものから出発すべきものではないかと考えた事があるそうである。津田君が今日その作品に附する態度はやはりこれと同じようなものであるらしい。出来るだけ伝統的の型を離れるには一度あらゆるものを破壊し投棄して原始的の草昧時代そうまいじだいに帰り、原始人の眼をもって自然を見る事が必要である。こういう主張は実は単なる言詞としては決して新しいものではないだろうが、日本画家で実際にこの点に努力し実行しつつある人が幾人あるという事が問題である。

原始的無技巧という点では野蛮人の絵や子供の絵は最も代表的のものであろう。彼等の絵は概念的抽象的あるいはむしろ科学的なものである。しかしアカデミックな芸術に食傷したものの眼には不思議な慰安と憧憬を感ぜしめる。これはただ牛肉の後に沢庵たくあんといいうような意味のものではなく、もっとずっと深い内面的の理由による事と思う。美学者や心理学者はこれに対してどういう見解を下しているか知らないが、とにかく東洋画殊ことに南画というものの芸術的の要素の中にはこれと同じようなものがある事は疑いない。

複製リプロダクションの技術としての絵画はとうの昔に科学の圧迫を受けて滅亡してしまった。筆触用墨の技巧はいまだ一般の鑑賞家には有難がられているであろうが、本当の芸術としての生命は既に旦夕たんせきに迫っている。そのような事は職人か手品師の飯の種になるべきものではあるまいか。筆の先を紙になすりつけ、それが数尾のごまめを表わし得て生動の妙を示したところで、これはあまりに職工的なあるいはむしろアクロバチックの芸当であって本当の芸術家としてむしろ恥ずべき事ではあるまいか。文学にしても枕詞やかけ言葉を喜ぶような時代は過ぎている。地口じぐちや駄洒落だじゃれは床屋以下に流通している時代ではあるまいか。

日本画の生命はこのような低級な芸当にあるとは思われない。近代西洋画が存在の危機に瀕ひんした時に唯一の救済策として日本画の空気を採り入れたのは何故であろう。単に眼先を変えるというような浅薄な理由によるだろうか。自分はそうは思わない。日本画には到底科学などのために動揺させられない、却ってあるいは科学を屈服させるだけの堅固な地盤があると思う。何故かと云えば日本画の成立ち組立て方において非常に科学的でそしてむしろ科学以上なところがあるからである。

師匠の真似ばかりしていた古来の職工的日本画家は別問題として、何らかの流派を開いた名画家の作品を見ると、たとえそれが品の悪い題材を取扱った浮世絵のようなものであっても、一口に云って差しつかえのないと思う特徴は、複雑な自然人生の中から何らか普遍的な要素を捉つかまえていて、そしてそれを表わすに最も簡単明快な方法を選んでいる事である。例えば光琳こうりんの草木花卉かきに対するのでも、歌麿うたまろや写楽しゃらくの人物に対するのでもそうである。こういう点で自分が特に面白く思うのは古来の支那画家の絵である。尤も多くはただ写真などで見るばかりで本物に接する事は稀であるが、それだけでも自分は非常な興味を感じさせられる。というのは画家各自の選み出した要素がそれぞれ一種の普遍的な事実あるいは方則のようなものであって、しかも相互の間に何らの矛盾もなければ背違もない。あたかも多様な見方の上に組立てた科学的系統が相併立しているような観がある。現今の物質科学ではこういう自由は許されていない。人間性アンスロポモルフィズムというものを出来るだけ除外しようという傾向からすればこれは当然な事であるが、芸術ではこの点は勿論ちがう。おのおのの画家はそれぞれの系統を有し、そのおのおのが事実であり真実でありしかも互いに矛盾しないところが面白くまた尊いところであろう。

筆触や用墨を除いた日本画や南画の根本的の要素は何かという事は六かしい問題であるが、自分はこの要素の材料となるものは前にいったような原始的で同時に科学的な見方と表現法であると思う。しかしそれだけではいまだ野蛮人や子供の絵と異なるところはないが、それと大いに異なるところはこれらの材料から組立てる一種の「思考の実験ゲダンケンエキスペリメント」である。科学者が既知の方則を材料として演繹的えんえきてきにこのような実験を行って一つの新しい原理などを構成すると同様に、南画家はまた一種の実験を行ってそこに一つの新しい芸術的の世界を構成し現出せしめるのである。画としての生命はむしろここにあるのであるまいか。科学者の仕事の生命は人の実験を繰り返す事でないと同様に画家の価値も不断に自分の「実験」を考えながら進んで行くところにあるのではあるまいか。

もし世の中に全然新しいものが得られぬとすれば、在来の画の種類の中でこのような「思考の実験」を行うに最も適したものは南画だという事はあえて多言を要しない事と思う。そういう事はもう自分のここに云うとはちがった言葉で云い古された事かもしれない。しかもこういう意味から見て絵画と称すべき絵画の我邦わがくにに存する事があまりに少ないのに驚くのである。

津田君の絵は今非常な速度で変化し発育しつつあるのだから概括的に論ずるが困難であるのみならず、また具体的に一つ一つの作品に対して批評するのも容易な仕事ではない。しかしともかくも出発点における覚悟と努力の向け方においては自分が本当の南画の精神要旨と考えるものに正まさしく適合している。狭く南画などとは云わず、一般に芸術というものが科学などの圧迫に無関係に永存し得べき肝心の要素に触接しているように思われるのである。

津田君といえども伝習の羈絆きはんを脱却するのは困難である。あるいは支那人や大雅堂蕪村たいがどうぶそんやあるいは竹田ちくでんのような幻像が絶えず眼前を横行してそれらから強い誘惑を受けているように見える。そしてそれらに対抗して自分の赤裸々の本性を出そうとする際に、従来同君の多く手にかけて来た図案の筆法がややもすれば首を出したくなる。それをも強しいて振り落して全く新しい天地を見出そうと勉つとめているのである。その努力の効果は決して仇あだでない事は最近の作品が証明している。

津田君が南画に精力を集注し始めた初期の作品を見ると一つの面白い現象を発見する。例えば樹の枝に鳥が止まっている。よく見ると樹の枝は鳥の胴体を貫通していて鳥はあたかも透明な物体であるように出来上がっている。津田君は別にこれに対して何とも不都合を感じていないようである。樹枝を画く時にここへ後から鳥を止まらせる用意としてあらかじめ書き残しをしておくような細工はしないのである。これは一見没常識のように見えるかもしれぬが、そこに津田君の出発点の特徴が最も明白に現われているのである。そういう遣り方が写真として不都合であっても絵画としてはそれほど不都合な事ではないという事が初めから明らかに理解されている証拠である。また下書きなどをしてその上を綺麗きれいに塗りつぶす月並なやり方の通弊を脱し得る所以ゆえんであるまいか。本当の意味の書家が例えば十の字を書く時に始め一を左から右へ引き通す際に後から来る丨の事など考えるだろうか、それを考えれば書の魂は抜けはしまいか。たとえ胴中を枝の貫通した鳥の絵は富豪の床の間の掛物として工合が悪いかもしれぬが、そういう事を無視して絵を画く人が存在するという事実自身が一つの注目すべき啓示レヴェレーションではあるまいか。自分は少し見ているうちにこの種の非科学的な点はもうすっかり馴れてしまって何らの不都合をも感じなくなった。おそらく誰でも同様であろう。ただ在来の月並の不合理や出来合の矛盾にのみ馴れてそれを忘れている眼にほんの一時的の反感を起させるに過ぎないであろう。

津田君の絵についてこういう新しい見馴れぬ矛盾や不合理を探せばいくらでもある。こういう点の多いという事がまさに君が新しい眼で自然を見つつある事実を証明するのである。在来のいわゆる穏健な異端でない画に対して吾人が不合理を感じないのは、そこに不合理がないという証拠では毛頭ない。ただそこには何らの新しい不合理を示していないというだけである。そしてこれは間接には畢竟ひっきょう新しい何物をも包んでいない事を暗示するのである。そうかと思うと一方で立体派や未来派のような舶来の不合理をそのままに鵜呑うのみにして有難がって模倣しているような不見識な人の多い中に、このような自分の腹から自然に出た些細ささいな不合理はむしろ一服の清涼剤として珍重すべきもののような感がある。

鳥の脚が変な処にくっついている、樹の上で鳥が力学的平衡を保ち得るかは疑問である。樹の幹や枝の弾性は果してその重量に堪え得るや否や覚束ない。あるいは藁苞わらづとのような恰好をした白鳥が湿り気のない水に浮んでいたり、睡蓮すいれんの茎ともあろうものが蓮はすのように無遠慮に長く水上に聳そびえている事もある。時には庇ひさしばかりで屋根のない家に唐人のような漱石先生が居る事もある。このような不思議な現象は津田君のある時期の画中には到る処に見出される。在来の型以外のものに対して盲目な公衆の眼にはどうしても軽視され時には滑稽視されるのは誠に止むを得ぬ次第であるが、そういう人でも先ず試みに津田君のこの種の絵と技巧の一点張の普通の絵と並べて壁間に掲げ、ゆっくり且かつ虚心に眺めて見るだけの手数をしたならば、多分今までとちがった心持で津田君の絵を見直すだけの余裕が出来ようかと思う。技巧を主とした絵は一見その妙に酔わされ感服させられる。しかし先ず大抵たいていの絵は少し永く見ていると直にそれほどの魅力はなくなる、そして往々一種の堪え難い浮薄な厭味が鼻につく場合も少なくない。技巧というものが畢竟それ限りのものであって、それ以上の何物をも有せぬものとすれば、これは当然な事ではあるまいか。津田君の絵は正まさしくそれに反する。ちょっと見た時にはかつて夏目先生が云われたじじむさいような点や、一見甚だしく不器用なようみ見える描き方や、科学的幾何学的の不合理というようなものが目に付きやすい、それにかかわらず何とも名状の出来ぬ一種の清新な空気が画面に泛ただようている事は極端な頑固な人でない限りおそらく誰でも容易に観取する事が出来るだろう。そしてもしその際自分の本当の感じを押し隠したり偽ったりする事さえしなければ、だんだん眺めていればいるほど前にじじむさいと思ったところや不合理と感じた事は何でもなくなって、従来のいわゆる穏健な絵からは受ける事の出来ない新しい活気のある面白味や美しさが際限もなく出て来るだろう。技巧派の絵からは吾人が自然そのものについて教えられ、また啓示される事は甚だ稀であるが、津田君の絵からは自分は常に様々な暗示を受け、新しい事を教えられるのである。本当の芸術上の創作というものはこういうものであるべきではあるまいか。

仕上げの足りないという事やじじむさいという事は自分の要求するような意味の創作というものにはあるいはむしろ避くべからざる附き物ではないかと思う。一度草稿を作ってその通りのものを丹念に二度書き上げたものは、もはや半分以上魂の抜けたものになるのは実際止み難い事である。津田君はそういう魂のないものを我慢して画く事の出来ぬ性の人であるから、たとえ幾枚画き改めたところで遂に「仕上げ」の出来る気遣いはないのであろう。二枚目は草稿よりもとにかく一歩でも進まないではいられないのである。一体職工的の「仕上げ」という事が芸術品の価値にどれだけ必要なものであるか疑わしい。悪くおさまった仕上げはその作品を何らの暗示も刺戟もないものにしてしまう。完全和絃ばかりから構成されたものは音楽とはなり得ないように絵画でも幾多の不協和音や雑音に相当する要素がなければ深い面白味は生じ得ないではあるまいか。特に南画においてそういう必要があるのではあるまいか。然るに近代の多数の南画家の展覧会などに出した作品例えば御定まりの青緑山水のごときものを見ると、山の形、水の流れ、一草一木の細に至るまで実に一点の誤りもない規則ずくめに出来ている。そして全体の感じはどうであるかというと自分はちょうど主和絃ばかりから出来た音楽でも聞くか、あるいは甘いものずくめの料理を食うような心持がするのである。あるいは平凡な織物の帯地を見ているようなもので、綺麗は綺麗だがそこに何らの感興も起らなければ何らの刺戟も受けない。これに反して古来の大家と云われるほどの人の南画は決してそんなものではない。自分の知っている狭い範囲だけでも蕪村、高陽こうようのごとき人の傑作に対する時は、そこに幾多の不細工あるいは不恰好が優れた器用と手際との中に巧みに入り乱れ織り込まれて、ちょうど力強い名匠の音楽の演奏を聞くような感じがするのである。殊に例えば金冬心きんとうしんや石濤せきとうのごとき支那人の画を見るがよいと思う。突飛な題材を無造作な不細工な描き方で画いているようではあるが、第一構図や意匠の独創的な事は別問題としても今ここに論じているような「不協和の融和」という事が非常にうまく行われているので、そこに名状の出来ぬ深みが生じ「内容」が出来ているのである。津田君の絵がまさにそうである。非常に不器用な子供の描いたようなところがあると思うとまた非常に巧妙な鋭利なところがある。不細工な粗放な線が出ているかと思うとまた驚くべく繊巧な神経的な線が現われている。云わば一つの線の交響楽シンフォニーのようなものではあるまいか。快活、憂鬱、謹厳、戯謔ぎぎゃくさまざまの心持が簡単な線の配合によって一幅の絵の中に自由に現われていると思うのである。

津田君の絵には、どのような軽快な種類のものでも一種の重々しいところがある。戯れに描いた漫画風のものにまでもそういう気分が現われている。その重々しさは四条派の絵などには到底見られないところで、却って無名の古い画家の縁起絵巻物などに瞥見べっけんするところである。これを何と形容したら適当であるか、例えばここに饒舌じょうぜつな空談者と訥弁とつべんな思索者とを並べた時に後者から受ける印象が多少これに類しているかもしれない。そして技巧を誇る一流の作品は前者に相応するかもしれない。饒舌の雄弁固もとより悪くはないかもしれぬが、自分は津田君の絵の訥弁な雄弁の方から遥かに多くの印象を得、また貴重な暗示を受けるものである。

このような種々な美点は勿論津田君の人格と天品とから自然に生れるものであろうが、しかし同君は全く無意識にこれを発揮しているのではないと思われる。断えざる研究と努力の結果であることはその作品の行き方が非常な目まぐるしい速度で変化しつつある事からも想像される。近頃某氏のために揮毫きごうした野菜類の画帖を見ると、それには従来の絵に見るような奔放なところは少しもなくて全部が大人しい謹厳な描き方で一貫している、そして線描の落着いたしかも敏感な鋭さと没骨描法もっこつびょうほうの豊潤な情熱的な温かみとが巧みに織り成されて、ここにも一種の美しい交響楽シンフォニーが出来ている。この調子で進んで行ったらあるいは近いうちに「仕上げ」のかかった、しかも魂の抜けない作品に接する日が来るかもしれない、自分はむしろそういう時のなるべく遅く来る事を望みたいと思うものである。

津田君の絵についてもう一つ云い落してはならぬ大事な点がある。それは同君の色彩に関する鋭敏な感覚である。自分は永い前から同君の油画や図案を見ながらこういう点に注意を引かれていた。なんだか人好きの悪そうな風景画や静物画に対するごとに何よりもその作者の色彩に対する独創的な感覚と表現法によって不思議な快感を促されていた。それはあるいは伝習を固執するアカデミックな画家や鑑賞家の眼からは甚だ不都合なものであるかもしれないが、ともかくも自分だけは自然の色彩に関する新しい見方と味わい方を教えられて来たのである。それからまた同君の図案を集めた帖などを一枚一枚見て行くうちにもそういう讃美の念がますます強められる。自分は不幸にして未来派の画やカンジンスキーのシンクロミーなどというものに対して理解を持ち兼ねるものであるが、ただ三色版などで見るこれらの絵について自分が多少でも面白味を感ずる色彩の諧調は津田君の図案帖に遺憾なく現われている。時には甚だしく単純な明るい原色が支那人のやるような生々しいあるいは烈しい対照をして錯雑していながら、それが愉快に無理なく調和されて生気に充ちた長音階の音楽を奏している。ある時は複雑な沈鬱な混色ばかりが次から次へと排列されて一種の半音階的の旋律を表わしているのである。

このような色彩に対する敏感が津田君の日本画に影響を持たないはずはない。尤もある画を見ると色彩については線法や構図に対するほどの苦心はしていないかと思われるのもないではないが、しかし簡単な花鳥の小品などを見ても一見何らの奇もないような配色の中に到底在来の南画家の考え及ばないと思われる創見的な点を発見する事が出来る。例えば一見甚だ陰鬱な緑色のセピアとの配合、強烈に過ぎはしないかと疑われる群青ぐんじょうと黄との対照、あるいは牡丹ぼたんの花などにおける有りとあらゆる複雑な紫色の舞踏、こういうようなものが君の絵に飽かざる新鮮味を与え生気を添えている。こういう点だけでも自分の見るところでは津田君と同じような人が他に幾人求め得られるか疑わしい。自分が他の種々の点で優れたと思う画家の中でも色彩の独創的な事において同君と比肩すべき人を物色するのは甚だ困難である。

津田君の絵についてもう一つの特徴と思われる事がある。君の絵はある点で甚だ無頓着に自由に且つ呑気そうに見えると同時に、また非常に神経過敏にあるいは少しく病的と思われるほど気むずかしいところがある。これも同君の絵について感ずる矛盾の調和の一つであって絵の深みを増す所以であある。このような点はある支那人や現代二、三の日本画家の作品にも認められるのみならず、また西洋でも後期印象派の作などにおいて瞥見するところである。あるいは却って古代の宗教画などに見られて近代のアカデミー風の画には薬にしたくもないところである。ルーベンスやゲーンスボローやないしはアルマタデマに無くしてセザンヌ、ゴーホあるいはセガンチニなどに存するところのものである。

津田君の日本画とセザンヌやゴーホの作品との間の交渉は種々の点で認められる。単にその技巧の上から見ても津田君の例えばある樹幹の描き方や水流の写法にはどことなくゴーホを想起させるような狂熱的な点がある。あるいは津田君の画にしばしば出現する不恰好な雀や粟の穂はセザンヌの林檎りんごや壷のような一種の象徴的の気分を喚起するものである。君が往々用いる黄と青の配合までもまた後者を聯想れんそうせしめる事がある。このような共通点の存在するのは、根本の出発点において共通なところのある事から考えれば何の不思議もない事ではあるまいか。あるいはまた津田君の寡黙な温和な人格の内部に燃えている強烈な情熱の焰ほのおが、前記の後期印象派画家と似通ったところがあるとすれば猶更なおさらの事であろう。

ある批評家はセザンヌの作品とドストエフスキーの文学との肖似しょうじを論じている。自分も偶然に津田君の画とこの露文豪のある作品との間に共軛点きょうやくてんを認めさせられている。殊に彼の『イディオット』の主人公の無技巧な人格の美に対して感じるような快感を津田君の画から味わい得られる。そして真率朴訥ぼくとつという事から出て来る無限の大勢力の前に虚飾や権謀が意気地なく敗亡する事を痛快に感じないではいられない。

以上の比較は無論ただ津田君の画のある小さい部分について当あて嵌はまるものであって、全体について云えば津田君の画は固もとより津田君の画である事は申すまでもない。同君のような出発点を有する人の画を論ずるに他人のしかも外国人の画などを引合いに出したくはない。しかし外国人の事と云えば、これを紹介し祖述する事に敏捷びんしょうな人々の多い世の中に、津田君の画を紹介しようとする人の少ないのは不思議である。遂に自分のようなものでも差し出口をきかなければならないような事になるのはどういう訳であろう。

ここまで書いて来て振り返ってみると自分ながら随分臆面もなくよくこれだけ書いたものだと思う。しかし自分として云いたいと思う事はまだなかなか十分の一も尽されていない。一番云いたいと思うような主要な第一義の事柄はこれを云い表わすだけの言葉がなかなか見付からない。それでやっと述べ得た事すらも多くは平凡でなければ不得要領であったり独り合点に終っているかもしれない。

青楓せいふう論と題しながら遂に一種の頌辞しょうじのようなものになってしまった。しかしあらを捜したり皮肉をいうばかりが批評でもあるまい。少しでも不満を感ずるような点があるくらいならば始めからこのような畑違いのものを書く気にはなり得なかったに相違ない。

津田君の画はまだ要するにXである。何時いつ如何いかなる辺に赴くかは津田君自身にもおそらく分らないだろう。しかしその出発原点と大体の加速度の方向とが同君として最も適切なところに嵌っている事は疑いもない事である。そして既に現在の作品が群を抜いた立派なものである事も確かである。それで自分は特別な興味と期待と同情とをもって同君の将来に嘱目している。そして何時までも安心したりおさまったりする事なしに、何時までも迷って煩悶して進んで行く事を祈るものである。芸術の世界に限らず科学の世界でも何か新しい事を始めようとする人に対する世間の軽侮、冷笑ないし迫害は、往々にして勇気を沮喪そそうさせたがるものである。しかし自分の知っている津田君にはそんな事はあるまいと思う。かつて日露戦役に従ってあらゆる痛苦と欠乏に堪えた時の話を同君の口から聞かされてから以来はこういう心配は先ずあるまいと信ずるようになったのである。

(大正七年八月『中央公論』)

底本 / Source edition

底本:「寺田寅彦全集 第八巻」岩波書店
1997(平成9)年7月7日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店
1985(昭和60)年
初出:「中央公論」
1918(大正7)年8月1日
入力:Nana ohbe
校正:松永正敏
2006年7月13日作成
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書誌 / Bibliography
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寺田 寅彦「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」(新字新仮名)、底本『寺田寅彦全集 第八巻』岩波書店、1997年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 043280_000042, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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