Soranoha

女性の諸問題

じょせいのしょもんだい

倉田 百三

一 女性と信仰

男子は傷をこしらえることで人間の文明に貢献するけれども、婦人はもっと高尚なことで、すなわち傷をくくることで社会の進歩に奉仕するといった有名な哲人がある。この人間の文化の傷を繃帯するということが、一般的にいって、婦人の天職なのではあるまいか。

何といっても男性は荒々しい。その天性は婦人に比べれば粗野だ。それは自然からそう造られているのである。それは戦ったり、創造したりする役目のためなのだ。しかしよくしたもので、男性は女性を圧迫するように見えても、だんだんと女性を尊敬するようになり、そのいうことをきくようになり、結局は女性に内側から征服されていく。社会の進歩というものは、ある意味で、この男性が女性の霊の力に征服されてきた歴史なのだ。

働きのある立派な男子は女性を虐げて喜ぶものではない、かえって婦人のいうことをよくきくものだ。アメリカの禁酒法案が通過して、あのように長く行なわれたのも、婦人の道徳性の内からの支配力がどんなに強いかの証拠であって、男子にとっては実はこれは容易でない克己がいるので、苦い顔をしながらも、どうも婦人のいうことをきかずにはおれぬのである。それが文明というものの面白いところである。正面から向かってくれば、男子が女性をふみにじるのはわけはない。しかし精神の力、心霊の感化力で訴えられると男子は兜をぬがずにはいられない。それでもなお女性をふみにじる者は獣だ野蛮人だ。そういう者は男性の間で軽蔑せられ、淘汰されて滅びて行く。

だから女性の人生における受持は、その天賦の霊性をもって、人生を柔げ、和ませ、清らかにし、また男子を正義と事業とに励ますことであろう。

がその女性の霊性というものは、やはり宗教心まで達しないと本当の光りを放つことは期待できない。霊性というものも粗鉱や、粗絹のようなもので、磨いたり、練ったりしなくては本当の光沢は出ないものである。仏教では一切衆生悉有仏性といって、人間でも、畜生でも、生きているものはみな仏になるべき性種をそなえているという。ただそれを磨き出さなければならない。

現代では、日本の新しい女性は科学と芸術とには目を開いたけれども、宗教というものは古臭いものとして捨ててかえりみなかったが、最近になって、またこの人性の至宝ともいうべき宗教を、泥土のなかから拾いあげて、ふたたび見なおし、磨き上げようとする傾向が興ってきたのは、よろこばしいことである。

女性に宗教心のないのは「玉の杯底なきが如し」である。信心の英知の目をみ開いた女性ほど尊いものはないのである。そうでないとどんなに利口で、才能があり、美しくても何か足りない。しかも一番深いものが足りない。また普通にいって品行正しい、慈愛深いというだけでもやはりいま一息である。その正しいとか、いつくしみとかいうものが信仰の火で練られて、柔くなり、角がとれ、貧しくならねばならない。

信仰というものがなくては女性として仕上げができていないということを忘れてはならない。信仰を古いもの不要のものとして捨てて、かえりみないということは本当に浅はかなことなのである。

また信仰をモダンとか、シイクとかいうような生活様式の趣味や、型と矛盾するように思ったり、職業上や生活上の戦いの繊鋭、果敢というようなものと相いれないように考えたりするのも間違いである。信仰というものはそんな狭い、融通のきかないものではない。仏法などは無相の相といって、どんな形にでも変転することができる。墨染の衣にでも、花嫁の振袖にでも、イヴニングドレスにでも、信仰の心を包むことは自由である。草の庵でも、コンクリート建築の築地本願寺でも、アパートの三階でも信仰の身をおくことは随意である。そういう形の上に信仰の心があるのではない。モダンが好みならどんな超モダンでもいい、ただその中に包まれた信仰の心がないのがいけないのである。薄っぺらなのである。

また職業上の自由競争とか、生活上の戦術とかいうようなものも、思う存分やっていい。ただそれに即して直ちに念仏のこころがあればいいのである。浄土真宗の信仰などはそれを主眼とするのである、信仰というものをただ上品な、よそ行きのものと思ってはならない。お寺の中で仏像を拝むことと考えては違う。念仏の心が裏打ちしていれば、自由競争も、戦術も、おのずと相違してくるのである。この外側からはわからない内側の心持の世界というものが、限りない深さと広がりとのあるもので、それが信仰の世界である。そしてそれは、さぐってもさぐっても限りないもので、だんだんと究めて行くにしたがって深い、細かい味がわかってくるのである。

それが人間としての本当の向上というもので、ついには人間をこえたみ仏の位にまで達することができるので、そうなれば女人成仏の本懐をとげるわけである。そしてみ仏になるといっても、この人間のそのままであるところにさとりの極意があるのだ。

アパートに住み、超モダンな身なりをし、新しい職業をもって、生活の戦いをなしつつ、しかもみ仏であり得るありがたい法が開けているのに、それに面を背けるということは本当に惜しむべきことである。

信仰のないモダンガール、モダン婦人は多くは薄っぺらである。たといそうでなくても釘が一本足りない。しかし信仰のあるモダンガール、モダン婦人はその深みとクラシックとの対照のためにかえって非常に特色のある魅力と、ゆかしみが生じるものである。

そのわけは近代的な思想や、感覚に強い感受性を持っているということは、生命力の活々しさと頭の鋭さとを示すものであるのに、それがまた一見古臭く、迷信的に見える宗教に深い関心をもっているというのは、生命の神秘に対する直観力があるからであって、モダン趣味も、神秘感覚もともに、上っすべりでないことの証拠になるからである。

個人的の例にわたるが、本誌の読者がたぶん知っているはずの、K・O女史や、K・I夫人などは、その趣味も、服装も、生活様式もはなはだモダンであるが、しかも仏教の信仰のある女性である。そしてその人品はどう見ても上っすべりしていないのである。

しかしもとより生活の趣味がモダンでなくてはならぬというのではない。そういう生活様式の新旧に宗教が障げられるものでないことをいうのにすぎない。

信仰の中心はそういう様式上の問題などにあるのではなく、安心立命の問題にあるのだ。自分のうけているこの一個のいのちがこの宇宙とひとつに帰して、もはや生きるもよし、死ぬるもよしという心境に落ち着くところにあるのだ。それは人間にとって、女にとっても男にとっても第一義の問題である。宗教がなくてもいいということが理不尽なのは、この第一義がなくてもいいということになるからだ。この第一義が決定することを「生死をはなれる」というのだ。

この第一義がきまると、いろいろな心の働きがその心境からおのずと出てくる。目は英知に輝き、心気は澄んでくる。いろいろな欲望や、悩みや、争いはありながらも、それに即して、直ちに静かさがあるのである。これを「至徳の風静かに衆禍の波転ず」と親鸞はいった。「生死即涅槃」といって、これが大涅槃である。涅槃に達しても、男子は男子であり、女子は女子である。女性はあくまで女性としての天真爛漫であって、男性らしくならなければ、中性になるのでもない。女性としての心霊の美しさがくまなく発揮されるのである。

しかしながら涅槃の境地に直ちに達しられるものではない。それにはいろいろな人生の歩みと、心境の遍歴とを経ねばならぬ。信仰を求めつつ、現在の生活に真面目で、熱心で、正直であれば、次第にそのさとりの境地に近づいて行くのである。それ故信仰の女性というのは、普通の場合、信仰の求道者の女性という意味であって、またそれでいいのである。しかし初めから信仰というものを古臭いなどと侮って、求める気がないのでは妙智のひらける縁がない。

それが独りよがりの傲慢になってしまうか、中途半端な安逸に満足してしまうかである。

処女は処女としての憧憬と悩みのままに、妻や、母は家庭や、育児の務めや、煩いの中に、職業婦人は生活の分裂と塵労とのうちに、生活を噛みしめ、耐え忍びよりよきを望みつつ、信仰を求めて行くべきである。

信仰を求める誠さえ失わないならば、どんなに足を踏みすべらし、過ちを犯し、失意に陥り、貧苦と罪穢とに沈淪しようとも、必ず仏のみ舟の中での出来ごとであって、それらはみな不滅の生命――涅槃に達する真信打発の機縁となり得るのである。その他のものはどうせことごとく生滅する夢幻にすぎないのだから、恐るべきは過ちや、失則や、沈淪ではなくして、信仰を求める誠の足りなさである。

二 母性愛

私の目に塵が入ると、私の母は静かに私を臥させて、乳房を出して乳汁を目に二、三滴落してくれた。やわらかくまぶたに滲む乳汁に塵でチクチクしていた目の中がうるおうて塵が除れた。

亡くなった母を思い出すたびに、私は幼いときのその乳汁を目に落してくれた母が一番目の前に浮かぶのだ。なつかしい、温い、幾分動物的な感触のまじっている母の愛!

岩波書店主茂雄君のお母さんは信濃の田舎で田畑を耕し岩波君の学資を仕送りした。たまに上京したとき岩波君がせめて東京見物させようと思っても、用事がすむとさっさと帰郷してしまった。息子を勉強させたいばかりに働いていたのだ。そして岩波君が志操ある書店主として立派に成功したとき、孝養を思っても母はもう世を去っていた。

ガンジーの母は、ガンジーがロンドンに勉強しに行こうとするとき、インドの母らしい敬虔な心から、わが子がヨーロッパの悪風に染むことを恐れてなかなか許そうとしなかった。決してそんなことのない誓いをさせてやっと許した。

源信僧都の母は、僧都がまだ年若い修業中、経を宮中に講じ、賞与の布帛を賜ったので、その名誉を母に伝えて喜ばそうと、使に持たせて当麻の里の母の許に遣わしたところ、母はそのまま押し返して、厳しい、諫めの手紙を与えた。

「山に登らせたまひしより、明けても暮れても床しさは心を砕きつれども、貴き道人となしたてまつる嬉しやと思ひしに、内裏の交りをし、紫甲青甲に衣の色をかへ、御布施の物とりたまひ候ほどの、名聞利養の聖人となりそこね給ふ口惜さよ。夢の夜に同じ迷ひにほだされたる人々に、名を知られて何かせん。永き後に悟りをきはめて仏のみ前にて名をあげ給へかし云々」

母性の愛の発動する形は大体右の例のように、本能的感情と、養、教育の物質のための犠牲的労働と、精神的薫陶のためのきびしい訓誡と切なる願訴との三つになって現われるように思う。

動物的、本能的感情の稀薄な母性愛は骨ぬきの愛である。これが永遠に母親の愛の原動力である。これがなかったら、私たちは母親というものをこれほどなつかしく思うことはできないだろう。私は動物園で子どもを抱いている母猿を見るごとに感動せぬことはない。これは実に「聖母マリア」の原型ウールティプスだ。聖母の中の聖母、ファン・エックの聖母といえども、この母猿の本能的感情より発祥しなくてはぬけがらの聖母である。その哺乳、その愛撫、その敵からの保護の心づかい、私は見ていて涙ぐましくさえなる。向ヶ丘遊園地で見た母猿の如きはその目や、眉や、頬のあたりに柔和な、精神性のひらめきさえ漂うているような気がした。

母親の抱擁、頬ずり、キッス、頭髪の愛撫、まれには軽ろい打擲さえも、母性愛を現実化する表現として、いつまでも保存さるべきものである。おしっこの世話、おしめの始末、夜泣きの世話、すべて直接に子どもの肉体的、生理的な方面に関係のあるケヤーは母性愛になくてならぬものである。

映画「母の手」などもこの種の世話、心づかいが豊富に盛られているためにどれほど母らしさの愛が活写されているか知れない。母牛が犢こうしをなめるような愛は昔から舐犢しとくの愛といって悪い方の例にされているけれども、そういう趣きがなくなっては、母の愛は去勢されるのだ。

子どもの養、教育の資のために母親が犠牲的に働くという場合は、主として父親のない寡婦の母親の場合であるが、立志伝などではこの場合が非常に多いようだ。ブース大将の母、後藤新平の母、佐野勝也の母などもそうである。また貧しい家庭では、たとい父親のある場合でも、母親は子どもの養、教育の費用のために犠牲的に働くのだ。それが母子の愛を深め、感謝と信頼との原因となるのはいうまでもない。愛してはくれるが、働いてくれるには及ばなかった富裕な家の母と、自分の養、教育のために犠牲的に働いてくれた母とでは、子どもの感情は大変な相異であろう。労働と犠牲とは母性愛を神聖なものにする条件だ。佐野勝也氏の母は機を織ったり、行商したりして子どもの学資をつくった。後藤新平は母の棺の前に羽織、袴で端座して、弔客のあるごとに、両手をついて、「母上様誰それがきてくれました」と報じて、涙をこぼしたということだ。

母親が子どもを薫陶した例は昔から枚挙にいとまない。

孟子の母の断機、三遷の話、源信僧都の母、ガンジーの母、ブースの母、アウガスチンの母、近くは高村光雲の母など、みな子どもを励まし、導いて、賢い、偉い人間になるように鼓吹した。それは動物的、本能的な愛からもっと高まって、精神的、霊的な段階にまで達した愛である。実際厳しいところのある母を持った子は幸いである。厳しい母親というものは少ない。その感化は一生つづく、子どものときから一生涯つづく性格に力強い方向を与える。女性の任務の最大なものは母としてのそれであろうが、母としての務めの中でも、この子どもの精神と霊とを薫陶することが一番高い、重大なものであろう。

しかし子どもの精神と霊性とを薫陶するということも、肉体の世話と、労働の奉仕とを前提としなくては、子どもを心服せしめ、感化を及ぼすことはできない。哺乳は乳母任せ、身のまわりの世話は女中まかせ、学資は夫まかせで、自分は精神上の薫陶だけしようとしたって、効果の上るはずはない。

しかしただ教育的で厳しいだけで、ちっとも子どもを甘やかすというところのない母親は美しいものではない。そこには人情の機微がなければならぬ。ことに子どもの幼いときに、故意に、不自然に教育的なのはよくない。食卓でいちいち合掌させて食事をさせるというようなのは私は好まない。「おいたはおよし」と母親が叱っても、茶碗を引っくり返すくらいなところもないと母のなつかしみはつくまい。人間としての本質の要所要所で厳格でありたい。

母としての女性の使命はこのほかにまた、「時代を産む母」としてのそれがあることを忘れてはならぬ。女性の天賦の霊性と直観力とで、歴史と社会との文化史的向上の方向を洞察して、時代をその方向に導くように、男子を促し、鞭韃し、また自ら立ってそのために奮闘するだけの覚悟がなくてはならぬ。その覚悟はまた自ら子どもをその時代を産むための努力に鼓吹する結果とならずにおかぬはずである。この時代を産む母としての使命については、これまでの日本の婦人は自覚が足りなかったといわねばならぬ。日本は今その内外の地位に一大飛躍を要求されているときであり、国の建てなおしをする劃期的時代を産む陣痛状態にあるのである。このときに際して、日本の婦人はその事業を男子のみに任せておくことなく、「時代を産む母」としての任務を自覚して立ち上らねばならないのである。

最後に母性の愛は公のために犠牲を要求されねばならぬ。

祖国の安危のために、世界の平和のために、人道と文明のために、たちがたき恩愛をたって、自分の子を供えものにせねばならぬ。マリアはキリストを、乃木夫人は二人の息子を、この要求のために犠牲にしたのだ。初めに出発した生物的、本能的愛と比較するとき、これは何という相異であろう。しかもこれはひとしく人間の母性愛の様相なのだ。後のものは高められた母性愛、道と法とに照らされたる母性愛である。そこに人間の尊貴さがある。愛のために孟子の母はわが子を鞭打ち、源信の母はわが子を出家せしめた。乃木夫人は戦場に、マリアは十字架へとわが子を行かしめたのも、われわれはこれを母性愛に対する義務の要求と見ずに、道と法とに高められ、照らされたる母性愛と見たい。それだけの負荷をあえて人間の精神、母なるものの霊性に課したいのである。永遠の母とはかかる母を呼ぶべきものであろう。

ゴーリキーの小説『母』の中の母親や、拙作『布施太子の入山』の中の太子の母などは、この種の道と法とに高められ、照らされた、母性愛を描いたものである。

私は数年前、『女性美の諸段階について』というエッセイを書いたことがあった。その中で私はあらゆる女性美の型を、その中に含まれている「善」の段階に比例して、下級のものから取り扱っていった。最低位に「継母」があり、「鬼女」「淫女」等がこれに次ぎ、「淑女」「貴婦人」「童女」「天女」等とさかのぼり、最高の段階に聖母が位した。そして種々の聖母像の中で、どの聖母が最も美しいかを定めようとして、ついにファン・エックの聖母と、デューラーの聖母とが残り、この二つのうちついにデューラーの聖母が最後にサーヴァイブしたのであった。

ファン・エックの聖母は高貴な瓔珞ようらくをいただいているが子どもにはぐくませる乳房のふくらみなく、その手は細く、しなやかであるが、抱いてる子どもの重さにもたえそうにもない。これに反しデューラーのマリアは貧しい頭巾をかぶっているが乳房は健かにふくれ、その手はひびが切れてあれているがしっかりと子どもを抱くに足り、おしめの洗濯にもたえそうだ。子どもを育て得ぬファン・エックの聖母は如何に高貴で、美しくても「母」たるの資格がない。現実の人生においては、デューラーの聖母を選ぶべきである。すなわち、子どもを哺育し、その世話をする労務にたえ得る母、その手のあれたるマリアでなくてはならぬ。何故なら愛は実践であり、心霊の清浄と高貴とは愛の実践によってのみ達せられるものだからである。

(一九三四・一〇・三一)

三 恋愛――結婚(上)

恋愛は女性が母となるための門である。よき恋愛から入らずよい母となることはできぬ。女性は恋愛によって自分の産む子に遺伝し、感染させたいような諸特徴を持った男性を選ぶのである。この選択が無意識的になされるところに恋愛という本能のはたらきがあるのだ。しかしそれだからといって恋愛を母となるための手段と見るのはたりない。花は実を結ぶ手段ではあるが、実は花を咲かすための手段ともとれる。恋愛はやはり人生の開花であると見るべきだ。女性の造化から与えられているさまざまの霊能が恋愛の本能の開発する時期に同時に目をさまし、生き生きとあらわれてくる。美と力とそしてことに霊の憧憬が恋愛の感情とともにあらわれるということは、面白いまたありがたい事実といわねばならぬ。徳、善、道というものへの憧れのまじらないような恋愛は純真な恋愛ではない。女性は美しく、力強い男性を選ぶのだが、善い、高貴な素質をそなえた男性をこれと切り放すことなしに求めねばならぬ。恋愛するときに、この徳への憧れが一緒に燃え上がらないようなことではその女性の素質は低いものであるといわねばならぬ。何故なら恋愛するときほど、女性の心が純であるときはないのだからだ。恋愛にこの性質があるために、青年は女性によって強められ、浄められ、励まされる。一国の青年がなまけて、軽くて、使命の自覚のないその日暮らしの状態であるときには、その国の娘たちの恋愛がきっと本来の純熱を失って、その淘汰性がゆるんでいるのだと思われる。それ故くれぐれも恋愛を軽くあしらってはならぬ。このごろは結婚も恋愛結婚でなく、媒介結婚がいいなどという説がかなり行なわれているようだが、私は全然反対である。結婚はどこまでも恋愛から入らねばならぬ。こういう生命の本道というものをゆがめるところから、どんな大きな間違いが結果するであろうか。なるほど媒介結婚説は一つの社会現実の知恵からきたもので、恋愛結婚の方が甘いように一見見えるけれども、決してそうではない。こういった種類の現実的知恵というものは鋭いように見えても、本道ではないから、さきでその復讐を受ける。恋愛でさえも媒介結婚で満足し、現実の便宜で妥協するようなことでは、その他の人生の尊いものもどう取り扱われるかしれている。たとい田の畔あぜでの農夫と農婦との野合からはいった結婚でさえも、仲人結婚より勝っている。こんな人生の大道を真直ぐに歩まないのでは後のことは話しにならない。夫婦道も母性愛も打ち建てるべき土台を失うわけである。その人の子を産みたいような男子、すなわち恋する男の子を産まないでは、家庭のくさびはひびが入っているではないか。ことに結婚生活に必ずくる倦怠期に、そのときこそ本当の夫婦愛が自覚されねばならないのだが、そうしたときに、恋愛から入っていなくては思いなおしができぬ。

今更らに何をか嘆かむうちなびき心は君に依りにしものを

これは万葉の歌だが、恋愛から入った夫婦でなくてはこうしたしみじみした諦感は起こるまい。

結婚はそのように恋愛から入らねばならないから、恋愛する態度は厳かで、純で、そして知恵のあるものでなければならない。互いに異性に交際する機会の少ない男女は軽速な恋に陥りやすいから相手を見誤らないように注意せねばならぬ。恐ろしい男子は世間に少なくないからだ。といって身の振り方をつけるためばかりに男子を見、石橋をたたいてみてから初めて恋をするというような態度でも困る。これは可愛らし気がなく、純な娘らしい雰囲気がなくなるからだ。恋愛は一方では、意識選択ではなく、運命であるという趣きがあるということも必ず忘れてはならぬ。これが人生の神秘というもので、そういう感じがないと常識的、取引的、身の振り方をつけるための品定めのようになって恋愛のたましいがぬけるからだ。こんなふうにいうとむずかしい態度になるようだが、そこが造化のたくみで、純な娘の本能の中に、自分を保護する本能と相手を見わける英知とがおのずとそなわっているのだ。純真な娘であることが、やはり一番安全であるということになるのだ。「これは変だな」と思うようだったら、どこかあやしいのである。しかし自分の心に曇りがあれば、相手に乗じられて、相手の擬装が見わけられないようになる。欲心とうぬぼれとは最もよくない。よほど綺麗な人でも、人は誰でも好意をもってくれるのが当り前のように思っているとひどい目にあうことがある。また相手の財産などあまりあてにならぬ。何故なら今日の世態ではよほどの財産でない限り、やがてじきになくなるからだ。相手の人格と才能とをたのみ自分も共稼ぎする覚悟でなくては選択の範囲がせまくなってしまう。恋人には金がないのが普通と思わねばならぬ。社会的地位のある男子にならそれほど好きでなくとも嫁ぐというような傾向は娘の恥である。しかしいくら恋愛結婚でも二、三年は交際してからでないと相手を見あやまるものだ。だから恋愛の表現、誓い、ことに肉体的のそれは最後までつつしまねばならぬ。日本にも少し健全な男女交際の機会が与えられねばならぬと思う。

すべての精神的に貴重なものが、そうであるように、恋愛もまた社会状態、経済的機構のいびつのために、みじめに押しまげられている。恋愛についてこうした理想的な要請をする場合に、私たちはそのことを考えると力抜けがするのを感じる。これはどうしても社会制度一般の正しい建てなおしをしなくてはならないのである。精神的理想を主張するものは、その意味で一方必ず社会改革の根本的運動に乗り出さずにはいられなくなる。そしてこのことは社会のすべての人たち、われわれも、青年も、娘たちもひとしくその義務をもっているものだ。大学出の青年、農村の青年たちの結婚の物質的基礎のことを考えると暗くならずにはいられぬ。この改革の努力を伴わずに理想だけを要求してもまだ通らない。しかしそれだからといって、社会改革ができるまでは、恋愛の理想をまげたり、低めたりしてもいいということはない。困難な現実の中でどこまで精神の高貴と恋愛の純情とをつらぬきうるかというところに、人間としての戦い、生命の宝を大事にするための課題があるのである。環境にエキスキュースを求めるのはややもすれば、精神的虚弱者のことであるのを忘れてはならぬ。恋愛は、ことに女性にとって、その人生の至宝の、三つとはない貴重なものである。その恋愛にできるだけ高い、大きな理想を盛らないことは実に惜しむべきことである。私は心ゆく限り、恋の願いに濃く、深く、あらんことをむしろ娘たちにのぞみたい。それは日本の娘の特徴でもあるからだ。恋を雑に、スマートに、抜け目なく、取り扱わないようにくれぐれもいましめたい。結婚後の恋愛は蜜月や、スイートホームの時期をへて、次第に、真面目な地についた人生の営みのなかにはいってゆく。こうして夫婦愛が恋愛の健全な推移としてあらわれてくる。それは恋愛の冷却というべきものではなくして、自然の飽和と見るべきものだ。少なくともそれはニイチェのいうような、一層高いものに、転生するための恋愛の没落なのだ。そこには恋愛のような甘く酔わせるものはないが、もっと深いかみしめらるべき、しみじみとした慈味があるのだ。円満な、理想的な夫婦は増鏡にたとえ、松の緑にたとえ、琴の音にたとえたいような尊い諧和なのだ。子どものある、落ち着いた夫婦は実に安泰な美しいものだ。子どもがないなら、共同の仕事、道、理想をもって、子どもと見るがいい。またこの時期の妻らしき、母らしき夫人は女性美の最も豊かな、円熟した感じのあるものだ。この時期に達してからの夫以外の男性との恋愛は、女性にとっては、そのたましいの品性と平和とを傷つける地上の最も醜き、呪うべきものである。この意味でニイチェのいわゆる一回性アインマールハイトの法則は、さまざまの現実的事情あるにもかかわらず、永遠に恋愛と結婚との最も祝福された真理であるといわねばならぬ。(一九三四・一一・二六)

四 恋愛――結婚(下)

恋愛のような人生の至宝に対しては、私たちはでき得る限り、現実生活の物的、便宜的条件によって、妥協的な、平板なものにすることをさけて、その精神性と神秘性とを保存し追究するようにしなければならぬ。心霊の高貴とか、いのちの不思議とかいうようなものは、物質を超越しようとする志向の下に初めてなりたつ事柄で、物的条件をエキスキュースにしだしては死滅してしまうのである。だから前回に述べたような現実の心づかいは実にやむを得ない制約なので、恋愛の思想――生粋精華はどこまでも恋愛の法則そのものに内在しているのだ。だからかわいたしみったれた考えを起こさずに、恋する以上は霞の靉靆あいたいとしているような、梵鐘の鳴っているような、桜の爛漫としているような、丹椿の沈み匂うているような、もしくは火山や深淵の側に立っているような、――つねに死と永遠と美とからはなれない心霊界においての恋を生きる気でなければならぬ。

おん身はおん身の愛する者のために死にあたふや?

しかり、あたふ。我が愛する者のために死なんはいと大いなる幸福なり。よろこびてこそ死なめ!

これはイタリアの恋愛詩人ダヌンチオの詩の一句である。

畏きや時の帝を懸けつれば音のみし哭かゆ朝宵にして

これは日本の万葉時代の女性、藤原夫人の恋のなやみの歌である。彼女は実に、××に懸想し奉ったのであった。

稲つけばかがる我が手を今宵もか殿のわくごがとりて嘆かな

これは万葉時代の一農家の娘の恋の溜息である。

如何にせんとも死なめと云ひて寄る妹にかそかに白粉にほふ

これは大正時代の、病篤き一貧窮青年の死線の上での恋の歌である。

私は必ずしも悲劇的にという気ではない。しかし緊張と、苦悩と、克服とのないような恋は所詮浅い、上調子なものである。今日の娘の恋は日に日に軽くなりつつある。さかしく、スマートになりつつある。われらの祖先の日本娘はどんな恋をしたか、も少し恋歌を回顧してみよう。

言にいでて言はばゆゆしみ山川のたぎつ心を塞かへたりけり

思ふこと心やりかね出で来れば山をも川をも知らで来にけり

冬ごもり春の大野を焼く人は焼きたらぬかもわが心焼く

かくのみにありけるものを猪名川の奥を深めて吾が念へりける

死ぬほどの恋も容易に口に出さず、逢いたくなっては夢遊病者のように山川を越え、思いに焦げては大野も燃えよ、忠実でもなかった人を自分の方では胸の奥底から思っていた……すべて緊きしまり、濃く、強く、思いこんでいる。

愛するというのも早ければ別れるのも軽く、少し待たせれば帰ってしまい、逢びきの間にも胸算用をし、たといだます分でもだまされはせぬ――こういった現代の娘気質のある側面は深く省みられねばならぬ。新しさ、聡明さとはそんなものではないはずだ。新しさとは今の日本の時代ではむしろ国ぶりに復帰することだ。恋から恋にうつるハリウッドのスターは賢くはない。むしろ愚かだ。何故なら恋の色彩は多様でもいのちと粋とは逸してしまうからだ。真に恋愛を味わうものとは恋のいのちと粋との中心に没入する者だ。そこでは鐘の音が鳴っている。それは宗教である。享楽ではない。

清姫の前には鐘があった。お七の前には火があった。そして橘媛の前には逆まく波があった。

恋愛の宝所はパセチックばかりではない。恋の灼熱が通って、徳の調和に――さらに湖のような英知と、青空のような静謐せいひつとに向かって行くことは最も望ましい恋の上昇である。幾ら上って行ってもそのひろがりは詩と理想と光との世界である。平板な、散文の世界ではない。それがいのちというものの純粋持続の特徴である。箱のような家に住み、紡績ばかり著て生きても夢と、詩とは滅びることがない。それが精神生活、たましいの異境というものだ。

燃えるような恋をして、洗われる芋のように苦労して、しかも笛と琴とのように調和して、そしてしまいには、松に風の沿うように静かになる。それが恋愛の理想である。

ダンテを徳に導いた淑女ベアトリーチェ。ファウスト第二部の天上のグレーチヘン。

これらは不幸な、あるいは酬いられぬ恋であったとはいえ、恋を通して人間の霊魂の清めと高めとの雛型である。古くはあるが常に新しい――永遠の物語である。

恋には色濃い感覚と肉体と情緒とがなくてはならぬ。それは日本の娘の特色である。この点あの歌舞伎芝居に出る娘の伝統を失ってはならぬ。シックな、活動的な洋装の下にも決してこの伝統の保存と再現とを忘れるな、かわいた、平板な、冷たい石婦のような女になってはならぬ。生命の美と、匂いと、液汁とを失っては娘ではない。だが牢記せよ、感覚と肉体と情緒とを超越して高まろうとするあるものを欠いた恋は低卑である。このあるもの、霊の酵母がないと防腐剤がない肉のように、恋は臭いを発するようになる。情緒の過剰は品位を低くする。嬌態がすぎると春婦型に堕ちる。ワイニンゲルがいうように、女性はどうしても母型か春婦型かにわかれる。そして前にいったように、恋愛は娘が母となるための通路である。聖母にまで高まり、浄まらなければならない娘の恋が肉体と感覚をこえんとする要請を持っていなければならないのは当然である。この意味でプラトニックな要請を持っていないものは処女ではない。それが処女の魅力である。感覚と肉体とにいのちを吹きこむ秘密である。造化のたくみの微妙さにはただ随喜するよりない。

お河童にして、琴の爪函を抱えて通った童女が、やがて乙女となり、恋になやみ、妻となり、母となって、満ち足りて、ついには輝く銀髪となって、あの高砂の媼おうなと翁のように、安らかに、自然に、天命にゆだねて思うことなく静かにともに生きる――それは尊い明け暮れである。これをこそ浄福というのだ。

聖フランシスと聖クララの晩年の生活。

男ひじりと女ひじりともに住みたまふみ山はあれか筑波こほしも

二人の中に共通の道を持ち、事業を持ち、それによって燃え上る恋もまた美しい。ひとつに融け合う夫婦生活は尊い。ブース夫婦。ガンジー夫婦。リープクネヒト夫婦。孫文夫婦。乃木夫婦。木村重成夫婦。細川忠興夫婦。

高貴なもののために殉じた犠牲の死をもって、また互いにささげ合う夫婦の愛と誠を証し合った乃木夫婦の如きは日本の男女の鑑である。われらはこれを世界にほこりたい。

もしこれをしも軽んじ、もしくは不感性の娘があるとしたら、それはその化粧法の如く心まで欧化してしまった異邦人の娘である。もう祖国の娘ではない。国土から咲いた花ではない。

どこまでも日本の娘であれ。万葉時代の娘のような色濃き、深き、いのちをかけた恋をせよ。モダンな服装の下に、泡雪の乳房、玉きはるいのち、大和乙女の血の脈打っていることを忘れるな。

丹椿の色濃き恋より入れ。そして老いては女性の聖となるまでに、その恋を守り、高め、そして浄化せよ。(一九三四・一二・二〇)

底本 / Source edition

底本:「青春をいかに生きるか」角川文庫、角川書店
1953(昭和28)年9月30日初版発行
1967(昭和42)年6月30日43版発行
1981(昭和56)年7月30日改版25版発行
※「×」は、底本が用いた伏せ字用の記号です。
入力:ゆうき
校正:noriko saito
2005年2月23日作成
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リリース / Release
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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倉田 百三「女性の諸問題」(新字新仮名)、底本『青春をいかに生きるか』角川文庫、角川書店、1953年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 043133_000256, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite