むかし昔、ある所に、お金持の<ruby><rb>商人</rb><rt>しょうにん</rt></ruby>がいて、三人のむすこと三人のむすめと、つごう六人のこどもをもっていました。商人には、お金よりもこどものほうが、ずっとずっとだいじなので、こどもたちたれも、かしこくしあわせにそだつように、そればかりねがっていました。

三人のむすめたち、たれも、きれいに生まれついてきているなかで、いちばん末の女の子は、きれいというだけではたりない、それこそ照りかがやくように美しくて、まだ三つ四つのおさな子のときから、ラ・ベル――<ruby><rb>美</rb><rt>うつく</rt></ruby>し姫とよばれていたのが、大きくなるにしたがい、美人ということばは、このむすめひとりのためにあるようになりました。顔かたちの美しいばかりでなく、心のすなおで<ruby><rb>善</rb><rt>よ</rt></ruby>いこのむすめとはうらはらで、ふたりの姉たちは、あいにく、いじわるでねじけていて、妹の美しい美しいとほめられるのがにくらしくてなりませんでした。それに、この姉たちは、いばりやで<ruby><rb>見</rb><rt>み</rt></ruby>え<ruby><rb>坊</rb><rt>ぼう</rt></ruby>で、世界一大金持のようにおもい上がって、ほかの商人たちのなかまを<ruby><rb>見下</rb><rt>みくだ</rt></ruby>しながら、<ruby><rb>侯爵</rb><rt>こうしゃく</rt></ruby>とか<ruby><rb>伯爵</rb><rt>はくしゃく</rt></ruby>とか<ruby><rb>貴族</rb><rt>きぞく</rt></ruby>のやしきによばれて、ぶとう会やお茶の会のなかまになることを、この上ないめいよにおもっていました。そして、妹のラ・ベルが、いつもうちにひっこんでいて、つつましくおとうさまに<ruby><rb>仕</rb><rt>つか</rt></ruby>えているのを、「あの子はばかだから。」といってあざけりました。なにしろ、うちがお金持なので、むすめさんをおよめにといってくるものは、ことわりきれないほどありましたが、上の姉たちは、自分より上の身分のもののほか、まるで相手にしませんでしたし、末の妹は、まだわたしはこどもで、とうぶん、なくなった母の代りに、父の<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>をしてあげたいとおもいますからといってことわりました。

ところで、人間の身の上はいつどうかわるかわかりません。さしも大金持だった商人が、ふとしたつまづきで、いっぺんに<ruby><rb>財産</rb><rt>ざいさん</rt></ruby>をなくしてしまい、のこったものは、いなかのささやかな<ruby><rb>住居</rb><rt>すまい</rt></ruby>ばかりということになりました。そこで商人は、三人の男の子に言いふくめて、てんでん、ひろい世間へ出て、その日その日のパンをかせがせることにしましたが、女の子たちのうち、ふたりの姉は、自分たちは町におおぜい、ちやほやしてくれる男のお友だちがあって、いくらびんぼうになっても、きっとそのひとたちは見<ruby><rb>捨</rb><rt>す</rt></ruby>てずにいてくれると、いばっていました。けれど、いざとなると、たれも知らん顔をして、よりつこうともしないどころか、これまでお金のあるのを鼻にかけて、こうまんにふるまっていたものが、そんなざまになって、いいきみだといってわらいました。それとはちがって、末のむすめのことは、たれも気のどくがって、びた一文もたないのはしょうちで、ぜひおよめに来てもらいたいという<ruby><rb>紳士</rb><rt>しんし</rt></ruby>は、あとからあとからとたえませんでしたが、むすめは、こうなると、よけいおとうさまのそばをはなれることはできないとおもって、どんな<ruby><rb>申込</rb><rt>もうしこみ</rt></ruby>もことわりました。

こんなしだいで、一家は、いやおうなし、いなかのちいさな家にうつりました。そして、三人の男の子は、一日外に出て、すこしばかりある土地を<ruby><rb>耕</rb><rt>たがや</rt></ruby>して、お<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>のしごとにいそしみました。末のむすめは、まい朝四時から起き出して、うちじゅうの朝飯をこしらえました。これは、はじめのうちたれも手つだってくれるものはなし、ずいぶんつらいしごとでした。でも、<ruby><rb>馴</rb><rt>な</rt></ruby>れるとなんでもなくなりました。それで、ひとしきり片づくと、むすめは、本をよんだり、ハープシコードピアノに似た昔の楽器をならしたり、糸車をまわしたりしました。ふたりの姉むすめはというと、よくよくうまれつきのなまけものらしく、朝もおひる近くなってやっとおき出して、外へ出ることも、遊びに行く所もないので、一日ただだらしなくねそべって、ふくれっつらして、ぶつぶつ口<ruby><rb>小言</rb><rt>こごと</rt></ruby>ばかりいっていました。それで、妹のたのしそうに、せっせとはたらいているそばで、この子は女中のことしかできないのじゃないか、とけいべつするようにいっていました。

こんなことで、どうにか一年立ちました。するとある日、町からしらせがとどいて、<ruby><rb>難船</rb><rt>なんせん</rt></ruby>したとおもった商人の持ち船が、にもつを山とつんだまま、ぶじに港へ<ruby><rb>入</rb><rt>はい</rt></ruby>って来たということが分かりました。さあ、うち中の大よろこびといってはありません。なかでも、ふたりの姉むすめは、あしたにももう、いやないなかをはなれて、町の大きな家へかえれるといって、はしゃいでいました。そして、もうさっそくに、きょう、町へ出たら、きものと身の<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りのこまものを、買って来てくれるように、父親にせがみました。

「それで、ラ・ベルちゃん、お前さんは、なんにも<ruby><rb>注文</rb><rt>ちゅうもん</rt></ruby>はないのかい。」と、父はいいました。

「そうですね、せっかくおっしゃってくださるのですから、では、ばらの花を一りん、おみやげにいただきましょう。このへんには、一本もばらの木がありませんから。」と、むすめはいいました。べつだん、ばらの花のほしいわけもなかったのですが、姉たちがわいわいいうなかで、自分ひとり、りこうぶって、わざとなかまはずれになっていると、おもわれたくないからでした。

さて、いさんで町へ出て行ったものの、いろいろめんどうな<ruby><rb>訴</rb><rt>そ</rt></ruby>しょう<ruby><rb>事件</rb><rt>じけん</rt></ruby>になって、船のにもつは、そっくりとり上げられ、商人は、出かけたときよりも、もっとびんぼうになって、またとぼとぼ、いなかの家へかえって行くほかはありませんでした。あいにく冬で、もうあと、うちまで十五里という所まで来て、日はとっぷりくれる、道は雪でうずまってしまいました。おまけに、大きな森ひとつとおりぬけなければなりません。さむさはさむし、おなかはすく、商人は、もうこのままここで、行きだおれになるかとおもいました。

するうちふと、ながい<ruby><rb>並木道</rb><rt>なみきみち</rt></ruby>のはるかむこうに、ぽつんとひとつ、火あかりがみえました。商人は、ほっとしながら、のっていた馬のくびを並木道のほうへむけて、道のつきる所まで行ってみますと、あんがいにも、そこに、すばらしくりっぱな御殿が立っていました。しかも、窓からは、赤あかとあかりがさしていながら、中には人ひとりいるけはいがありません。戸をたたいてみても、庭にまわってみても、やはりしんかんとしていました。そのあいだに、のってきた馬だけが、うまやの戸のあいているすきからはいりこんで、まぐさ<ruby><rb>槽</rb><rt>おけ</rt></ruby>のほし草やからす麦を、がつがつしてたべていました。商人は、馬をのこして、自分だけそっと、中へはいってみましたが、やはり、たれも出てくるものも、声をかけるものもありません。そのくせ、<ruby><rb>炉</rb><rt>ろ</rt></ruby>の火はかんかんもえていて、テーブルには、ちゃんと一人前のごちそうと、お酒のしたくがしてありました。

商人は、なにしろ<ruby><rb>肌</rb><rt>はだ</rt></ruby>の下まで雪がしみとおっていたので、かまわず<ruby><rb>炉</rb><rt>ろ</rt></ruby>の火でからだをかわかしながら、ひとり<ruby><rb>言</rb><rt>ごと</rt></ruby>のようにいいました。

「ごめん下さい。いずれ出ておいでになることとおもいますが、このおうちのご主人さまなり、お召使の方なり、どうか火にあたらせていただきます。」

こういって、しばらく待っていましたが、たれも出てくるものがありません。<ruby><rb>時計</rb><rt>とけい</rt></ruby>は、十一時をうちました。するうち、おなかがへって、気がとおくなりそうなので、テーブルにあった<ruby><rb>若鶏</rb><rt>わかどり</rt></ruby>をひときれ、おっかなびっくらたべました。ぶとう酒も四五杯のみました。これでおなかができると、げんきも出てきて、ゆっくりそこらを見まわしました。やがて、十二時をうったとき、商人は、あいている戸から広間をぬけて出て、いくつもいくつもすばらしいへやを通って、さいごに、ねごこちよさそうなベッドのおいてあるへやに来ました。それをみると、もうとてもくたびれきっているので、きものをぬぐなり、ごそごそとはいこみました。

あくる朝十時をうつまで、商人は目をさましませんでしたが、目をあいてみて、おどろいたことに、きのうまできていたぼろぎものが、さっぱりと新しいものにかわっていました。これで、たれか心のいい妖女が、この御殿のあるじなのだとおもって、窓からそとをふとのぞきますと、ゆうべの雪がきれいになくなって、花でおおわれたあずまやのある、きれいな花園になっているので、いよいよそれにそういないとおもいました。さて、もういちど、ゆうべ食事をした<ruby><rb>大広間</rb><rt>おおひろま</rt></ruby>へもどってきてみますと、もうちゃんとテーブルに、朝食のしたくがしてありました。こんどはえんりょなく食事をすませると、馬はどうしたかとおもってみに行きました。すると、とちゅう、ばらの花<ruby><rb>棚</rb><rt>だな</rt></ruby>の下を通ったので、ふと、末むすめのラ・ベルにたのまれたことをおもいだして、おみやげにひと枝、ばらを折りました。とたんに、ううという、ものすごいうなりごえがしました。そして、みるからおそろしい一ぴきの<ruby><rb>怪獣</rb><rt>かいじゅう</rt></ruby>が、あらわれるなり、せなかを立ててむかってきたので、商人はおびえ上がって、気がとおくなりかけました。

「恩しらずのどちくしょうめ。」と、そのけものは、おそろしい声でさけびました。「おれは、お前のいのちをたすけて、この御殿にとめてやったのではないか。それが、なによりおれのだいじにしている、ばらの花をぬすむとはなにごとだ。その<ruby><rb>代価</rb><rt>だいか</rt></ruby>は、お前のいのちの血で<ruby><rb>払</rb><rt>はら</rt></ruby>わせるぞ。」

商人は、かわいそうに、ふるえ上がって、怪獣の前にぺったりひれ<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>しながら、

「とのさま、おゆるし下さい。おしかりをうけることとは存じませんでした。ついむすめから、みやげに、一りんばらの花をといって、のぞまれましたものですから。どうぞ、いのちだけはおたすけ下さいまし。」といいました。

「おれは、とのさまではない。ただのけだものだ。」と、怪獣はいいました。「おれは、おべんちゃらはきらいだ。口さきのあまいことばで、つべこべごまかすことはやめてもらおう。だがお前、むすめがあるそうだな。そのなかにひとりぐらい、たぶん来て、お前のいのちに代ろうというものがあるだろうから、それでお前はゆるしてやる。万一、それがいやだというなら、三箇月のうちに、お前がかならず、<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>ってこなければならないぞ。」

商人は、むすめたちのうちの、ひとりだって、自分の代りに死んでもらおうなどとは、ゆめにもおもいませんでしたが、さしあたりうちへかえって、むすめたちの顔をみて、死にたいとおもいました。それで、かならず戻ってくるとちかいますと、怪獣も、それなりゆるしてくれたうえ、から手でかえることはないからといって、ゆうべねむったへやへ、もういちど行ってみよといってくれました。そこには、大きな箱があるから、この御殿の中にありそうなもの、なんでもそれにいっぱいつめて行くがいい、いずれあとから箱はうちまでとどけてやるといいました。

商人は、せめて、こどもたちに、もって行ってやるおみやげのできたことだけでもよろこんで、いわれたとおり行ってみますと、なるほど大きな箱があって、そのそばのゆかに、<ruby><rb>金貨</rb><rt>きんか</rt></ruby>が山と<ruby><rb>積</rb><rt>つ</rt></ruby>まれていました。商人は箱に金貨をつめると、それなりまた、とぼとぼうちへかえって行きました。つみとったばらの枝は、そのまま手にもっていて、こどもたちが出むかえますと、まず末のむすめに、ばらの花をわたしながら、「さあ、ラ・ベルちゃんや、これをあげるが、その花一りんが、このあわれなおとうさんに、どんなにたたったか、かんがえもつくまいよ。」といって、うちを出てからの話を、ひととおりしてきかせました。

そうきくと、ふたりの姉は、大ごえあげて、わあわあ泣きわめきながら、ラ・ベルが、つまらない、ものねだりをして、だいじな父親のいのちとかけがえにしたといって、せめました。なぜきものか、ゆびわにしなかったか、ばかな子だといってののしりました。けれど、ラ・ベルは、じぶんがしでかしたあやまちのために、涙一てきながしませんでした。それよりか、自分ひとりをなげだして、父親のいのちに代るかくごを、はっきりきめていたのでございます。

妹のけっしんをきくと、こんどは、男のきょうだいたちが、いっせいにさけび立てました。

「いけない、いけない。そんなことをさせるくらいなら、われわれが行って、その怪獣と、むこうを<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>すか、こちらが倒されるか、しょうぶをつけてやる。」

けれど、商人は、むすこたちをおさえて、それは、あいてがどんなにおそろしいけだものだか知らないからだ。それに手むかいをしても、どうせむだにきまっている。それよりか、きょうだいたちおたがいにたすけ合って、こののちながくしあわせにくらしてもらいたい。それで安心して、おとうさんは、また戻って行って、のこりのいのちを、怪獣へぎせいにささげるつもりだといって、それなり、自分のへやへ寝に行きました。ところが、おどろいたことに、かなしみにまぎれて、とうにわすれていた約束を、怪獣はちゃんと果たしてくれていて、へやの中に、れいの御殿でみたとおり、大きなおみやげの箱いっぱい金貨をつめたままで、そっくりおいてありました。商人は、でも、このことを、むすめたちに話さないことにしました。それはお金がはいったときくと、さっそく、町へかえろうといって、やかましくせめるにきまっていたからです。

さて、そののち三箇月は立ちました。末むすめのラ・ベルのかくごには、すこしのゆるぎもありません。いよいよ、父親について、いっしょに行くことになりました。きょうだいたちは、泣いて涙のおわかれをしました。ただ、ふたりの姉むすめのだけは、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ねぎ</span>か、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">にら</span>で目をこすって、むりに出した涙でした。ふたりをのせた馬は、ちゃんと道をおぼえていて、れいのふしぎな御殿へつれて行ってくれました。そして、いつものうまやへ、ずんずんはいって行きました。

父親とむすめは、わかれて大広間にはいると、こんども、こうこうとあかりがともっていて、テーブルには、ちゃんと二人前のごちそうが、よういしてありました。食事がすむと、たちまち、すさまじい物音をさせて、怪獣がへやにあらわれました。むすめが、ふるえ上がって、つっぷしていますと、怪獣はそばにやってきて、

「ここへ来たのは、自分からすすんで来たのか。」とたずねました。むすめは、消えそうな声で、「はい。」とこたえました。

「それはどうもありがとう。」と、怪獣は、うなるようにいいました。それから、父親にむかって、

「さあ、それで、お前さんには、あしたの朝すぐかえってもらおう。もうそれなり、ここへはこないでもらいたい。では、ラ・ベル、こんやはお休み。」

「お休みなさい、ラ・ベート。」と、むすめはいいました。ラ・ベートというのは、野のけものです。けものさんという代りに、このお話のなかでは、ラ・ベートとよんでおきましょう。

そのあとで、商人は、もういちど、むすめにたのんで、自分だけのこして、このままかえってもらおうとおもって、ひと晩じゅうかきくどきました。けれど、父親に代ろうというむすめのけっしんは、びくともしませんでした。父親も、ついあきらめて、「怪獣だって、つまりふびんにおもって、ラ・ベルになにもあぶないことはしないだろう。」と、おもうようになりました。

父親がしょんぼりかえって行ったあと、ラ・ベルも、さすがに<ruby><rb>目</rb><rt>ま</rt></ruby>ぶたがおもたくなりましたが、むりに涙をはらいのけて、御殿の中じゅうあるきまわってみました。するうち、ふと、一枚のとびらに、「ラ・ベルのへや」と、かいてあるのをみつけておどろきました。あわててあけてみますと、中は小ぎれいにお<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りのできたへやで、<ruby><rb>本棚</rb><rt>ほんだな</rt></ruby>があって、ハープシコードがおいてあって音楽がたのしくきこえていました。

（まあ、どうしたというのでしょう。どうせ、きょう一日でいのちをとられるにきまっているわたしのために、こんなりっぱなおへやのしたくが、どうしてしてあるのでしょうね。）

こうおもいながら、ためしに、一冊の本をあけてみますと、金の文字で、

「あなたがのぞんだり、いいつけたりすれば、すぐそのとおりになります。

あなたは、この御殿では、すべての上に立つ女王です。」

と、かいてありました。

（まあ、わたしののぞみといったら、おとうさまが、いまどうしていらっしゃるか、知ることですわ。）

ラ・ベルがこう心におもいながら、ふと、そこの<ruby><rb>姿見</rb><rt>すがたみ</rt></ruby>をのぞいたとき、ちょうど、父親のうちへかえったところが、そこに、うつりました。姉たちが、出むかえに出て来ました。かなしそうな顔はしながら、ほんとうは、妹の居なくなったのを、よろこんでいるのがわかりました。まぼろしは、一しゅんで消えました。ラ・ベルは、自分ののぞみを怪獣がかなえてくれたことを、ありがたいとおもいました。

おひるになると、ちゃんと、テーブルに、おひるの食事がならびました。食事のあいだ、うつくしい音楽が、ずっときこえていました。でも、きこえるだけで、たれも出てくるものはありません。<ruby><rb>夜</rb><rt>よる</rt></ruby>になったとき、怪獣は出てきて、いっしょに夕食をしようといい出しました。ラ・ベルは、あたまのてっぺんから、足の<ruby><rb>爪</rb><rt>つま</rt></ruby>さきまで、ぶるぶるふるわせながら、それでもいやということはできません。それを、怪獣がみて、自分をずいぶんみにくいとはおもわないかといって、たずねました。

「はい、おっしゃるとおりです。」と、むすめはこたえました。「だって、わたくし、心にもないことは申せませんもの。でも、とてもいい方だとおもっております。」

そんなことで、だんだんうちとけて、たのしく食事がすみました。すると、とつぜん、怪獣が

「ラ・ベルちゃん、あなた、わたしのおよめになってくれますか。」と、いいだしたので、むすめは、びっくりしてしまいました。びっくりしながら、それでも一生けんめい、

「わたし、いやでございます。」とこたえました。

怪獣は、うちじゅうふるえるほど、大きなためいきをつきました。そして、かなしそうな声で、

「お休み、ラ・ベル。」といいのこして、へやを出て行きました。むすめは、ほっとしながら、やはり、人のいい心から、きのどくにおもっていました。

こんなふうで三月ほど立ちました。怪獣はまいばんやって来て、いっしょに夕食をたべました。するうち、むすめは、だんだん怪獣のみにくい姿かたちに<ruby><rb>馴</rb><rt>な</rt></ruby>れてきて、それよりかよけい、そのやさしい、よい心を、このましくおもうようになりました。ただ、あいかわらず、およめにならないかといいつづけるのが、きのどくで、苦しくなりました。それで、あるとき、もうおよめになることはやめて、いつもお友だちでいましょうといいますと、怪獣はよろこんで、そうやって、いつまでも、ここからはなれない約束をしてくれるように、といいました。

ところで、その朝、れいの姿見にうつったところでは、ラ・ベルの父親が、むすめがもう死んでいるとおもって、たいへんかなしがって、重い病気になっていることがわかりました。しかもふたりの姉は、よそへおよめに行っていて、男のきょうだいたちは、兵隊に出ていました。それで、むすめは、怪獣にそのわけを話して、このままながく、ここを出ることができないなら、父親のことが心配で、死んでしまうかもしれないといいました。

すると、怪獣はいいました。

「いいや、けっしてそれまでにして、お前をとめておこうというのではない。お前にそんなおもいをさせるほどなら、怪獣のわたしが、お前をなくしたかなしみのために、死んだほうがましだよ。」

でも、むすめは、ほんの一週間したらまたかえってくるからと、かたく約束して、父親の見まいに行くことをゆるされました。ただ、出て行くとき、鏡の前に、ゆびわをのこしておいて行ってくれればいいと、怪獣はいって、いつものとおり、お休みなさいをして、出て行きました。

そのあくる朝、目がさめると、ラ・ベルは、ちゃんと、いなかのこやに、はこばれて来ていました。父親は、むすめのぶじな顔をみると、病気は、けろりとなおってしまいました。

父親は、さっそく、姉たちをむかえに、人を出しました。姉たちは、それぞれ<ruby><rb>夫</rb><rt>おっと</rt></ruby>とつれ立ってやって来ました。およめに行ったものの、この姉たちは、いっこうたのしくくらしてはいませんでした。ひとりの夫は、いばりやで、みえばかりかざって、ほんとうの<ruby><rb>愛情</rb><rt>あいじょう</rt></ruby>を知らない男でした。もうひとりのほうは、わるくちやで、他人のあらばかりみつけて、よろこんでいるような男でした。それで、姉たちは、死んだとおもった末の妹がぶじでいて、しかも、たべものにもきものにも、なにひとつふそくなく、ゆたかにくらしているようすをみて、ねたましくなりました。それで、どうかして、もう二どと怪獣の御殿にかえられないように、かえれば、すぐとおこられて、くいころされてしまうようにといのって、一週間という約束を、むりやりやぶって、いつまでもひきとめておくたくらみをしました。

さて、その十日めの夜でした。ラ・ベルは、姉たちの、わざとちやほやもてなすなかで、夢をみました。それは、きのどくに、怪獣が半分死にかけて、夜、草原の上に、あえぎあえぎ<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れている夢でした。むすめは、涙にひたりながら目をさましました。それでいったん<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>からおき出して、ゆびわを鏡の前の台において、また床にはいって、ぐっすりねむりました。さて、目をさましますと、いつか、また御殿へはこばれて来ているので、ほっと安心しました。それから、晩の食事の時まで、さんざん待ちどおしくくらして、はやく怪獣にあうことばかりおもっていました。ところが、八時がうち、九時が打っても、怪獣は姿をあらわしませんでした。

「ああ、わたし、ほんとうに、あのひとを、ころしたのではないかしら。」

そうさけんで、むすめは、庭へとびだしました。そして、夢でみた草原の所へ来ますと、そのとおり怪獣は気をうしなって倒れていました。むすめは、はっとして、そのからだをだきかかえました。すると、<ruby><rb>心臓</rb><rt>しんぞう</rt></ruby>がまだうっているのが分かったので、ちかくの泉から、<ruby><rb>清水</rb><rt>しみず</rt></ruby>をくんで来て、その顔にふっかけました。すると、怪獣はかすかに目をあいて、虫の息でいいました。

「お前が約束をわすれたので、わたしは物をたべずに死ぬかくごをした。でも、かえって来てくれたから、これで、せめてたのしく死ぬことができる。」

「いいえ、ラ・ベートは死んではなりません。」と、ラ・ベルはいいました。「あなたはいつまでも生きていて、わたしの夫になっていただきます。いま、わたしは、ほんとうにあなたを愛していることが分かりました。」

このことばが、さけばれたとたん、御殿じゅう、火事のようにあかるくかがやきだしました。五<ruby><rb>色</rb><rt>しき</rt></ruby>の火花が、大空にとびちりました。さかんな音楽のひびきが、<ruby><rb>大地</rb><rt>だいち</rt></ruby>をふるわせました。

おそろしい怪獣のすがたは、どこにもみえなくなりました。

そのかわりに、こうごうしいまでに、りっぱな王子が、そこにいて、むすめの足もとに<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>まづいていました。そして、むすめのまごころの力で、なが年とけなかった魔法の<ruby><rb>呪</rb><rt>のろい</rt></ruby>がとけて、ほんとうの姿にかえられたことを、よろこんでいました。

でも、むすめには、まだそれがわからないのです。それで、心配そうな目で、怪獣のゆくえを追っていました。

「まあ、おきのどくなラ・ベート、わたしの怪獣さんは。」

「その怪獣が、わたしですよ。」と、王子がいいました。「あるいじわるな妖女が、わたしを苦しめるため、魔法で呪って、みにくいけものの姿にかえてしまったのです。その<ruby><rb>呪</rb><rt>のろい</rt></ruby>をとくには、いつか心の清いおとめが、わたしのみにくい姿かたちをわすれて、まごころからいたわってくれるまで、待たなくてはならなかったのです。それがあなただったのですよ。」

さて、これからあとのお話は、くわしくするまでもないでしょう。怪獣の王子は、ある日ふしぎに姿のみえなくなった、わかい<ruby><rb>君主</rb><rt>くんしゅ</rt></ruby>のゆくえを、たずねまわっていた民たちの所へ、またかえって行って、よろこびむかえられました。それもひとりでなく、この世にふたりとないうつくしい顔かたち、そして、それよりももっとうつくしい、やさしい心をもったラ・ベル姫をつれているので、二重のよろこびに、国じゅうがわき立ったのでございます。