一

むかしむかし、王様とお妃がありました。おふたりは、こどものないことを、なにより悲しがっておいでになりました。それは、どんなに悲しがっていたでしょうか、とても口ではいいつくせないほどでした。そのために、世界じゅうの海という海を渡って、神様を<ruby><rb>願</rb><rt>がん</rt></ruby>をかけるやら、お寺に<ruby><rb>巡礼</rb><rt>じゅんれい</rt></ruby>をするやらで、いろいろに<ruby><rb>信心</rb><rt>しんじん</rt></ruby>をささげてみましたが、みんな、それはむだでした。

でもそのうち、とうとう信心のまことがとどいて、お妃に、ひいさまの赤ちゃんが生まれました。それでさっそく、さかんな<ruby><rb>洗礼</rb><rt>せんれい</rt></ruby>の式をあげることになって、お<ruby><rb>姫</rb><rt>ひめ</rt></ruby>さまの名づけ親になる<ruby><rb>教母</rb><rt>きょうぼ</rt></ruby>には、国じゅうの<ruby><rb>妖女</rb><rt>ようじょ</rt></ruby>が、のこらず呼び出されました。その数は、みんなで七人でした。そのじぶんの妖女なかまのならわしにしたがい、七人の妖女は、めいめい、ひとつずつ、りっぱなおくりものを持って来るはずでした。ですから、生まれたときから、お姫さまには、もうこの世でのぞめるかぎりのことで、なにひとつ身にそなわらないものはなかったのでございます。

さて洗礼式がすんだあと、呼ばれた七人のなかま一同が、王様のお城にかえりますと、そこには、妖女たちのために、りっぱなごちそうのしたくが、できていました。ひとりひとりの<ruby><rb>食卓</rb><rt>しょくたく</rt></ruby>の上には、お<ruby><rb>皿</rb><rt>さら</rt></ruby>や<ruby><rb>杯</rb><rt>さかずき</rt></ruby>の<ruby><rb>食器</rb><rt>しょっき</rt></ruby>がひとそろいならべてあって、それは、大きな金の箱にはいっている、さじだの、ナイフだの、フォークだので、こののこらずが、ダイヤモンドとルビーをちりばめた、<ruby><rb>純金製</rb><rt>じゅんきんせい</rt></ruby>のものでした。

ところで、みんなならんで<ruby><rb>食卓</rb><rt>しょくたく</rt></ruby>についたとき、ふと見ると、いつどこからやって来たか、たいへん年をとった妖女がひとり、のそのそと広間にはいって来ました。けれどこの妖女は、この席に呼ばれてはいなかったのです。

というわけは、このおばあさんの妖女は、今から五十年もまえ、ある<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>の中にこもったなり、すがたをかくしてしまって、もういまでは、死んでしまっているか、<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>にでもかけられて、なにかかわったものにされてしまった、とおもわれていたからです。

王様はあわてて、この妖女の前にも、ひとそろい食器を並べさせました。でも、それはもう、大きな金の箱に入れた<ruby><rb>純金製</rb><rt>じゅんきんせい</rt></ruby>のものではありませんでした。なにしろお客は七人のはずでしたから、七人まえのしたくしか、できてはいなかったのです。するとおばあさんの妖女は、じぶんだけが、けいべつされたようにおもって、口の中で、なにかぶつぶつ、口こごとをいっていました。

そのとき、ほかの若い妖女のひとりが、そばにとなりあわせていて、おばあさんのくどくどいうことばを、そっと聞いていました。それで、このおばあさんが、王女になにかよくないおくりものをしようと、たくらんでいることがわかりましたから、食事がすんで、みんなが<ruby><rb>食卓</rb><rt>しょくたく</rt></ruby>から立ちあがると、そのまま、その妖女は、とばりのかげにかくれていました。それは、こうしてかくれていて、そのおばあさんが、なにをたくらもうとも、じぶんがそのあとに出て、すぐ、そののろいのことばを、うち消すようなことをいって、それをお<ruby><rb>姫</rb><rt>ひめ</rt></ruby>さまへのおくりものにしよう、とおもったからです。

そうこうするうちに、いよいよ、妖女たちは、それぞれ、お姫さまにおくりもののことばをのべることになりました。なかで、いちばん若い妖女は、お姫さまが世界一美しい人になられますように、といいました。つぎの妖女は、天使のようなおこころがさずかりますように、といいました。三ばんめの妖女は、王女のたちいふるまいの、やさしく、しとやかにありますように、といいました。四ばんめの妖女は、たれおよぶもののないダンスの<ruby><rb>上手</rb><rt>じょうず</rt></ruby>になられますように、といいました。五ばんめの妖女は、<ruby><rb>小夜啼鳥</rb><rt>さよなきどり</rt></ruby>のような、やさしい声でおうたいになりますように、といいました。六ばんめの妖女は、どんな<ruby><rb>楽器</rb><rt>がっき</rt></ruby>にも、<ruby><rb>名人</rb><rt>めいじん</rt></ruby>の名をおとりになりますように、といいました。いよいよおしまいに、おばあさんの妖女の番になりました。この妖女は、さもいまいましそうに首をふりながら、王女は、その手を糸車の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つむ</span>にさされて、けがをして死ぬだろうよといいました。

このおそろしいおくりものは、身ぶるいの出るほど、みんなをびっくりさせて、たれもお<ruby><rb>姫</rb><rt>ひめ</rt></ruby>さまのために泣かないものはありませんでした。そのときです、若い妖女が、とばりのかげから出て来て、とても大きな声で、つぎのようなことばをいいました。

「いいえ、王様、お妃様、だいじょうぶ、あなたがたのだいじなおひいさまは、いのちをおなくしになるようなことはありません。もっとも、わたくしには、この年よりのいったんかけたのろいを、のこらずときほごすまでの力はございません。おひいさまは、なるほど手のひらに、つむをおつきたてになるでしょう。けれどそのために、おかくれになるということはありません。ただ、ぐっすりと、ねこんでおしまいになって、それは百年のあいだ、目をおさましになることがないでしょう。そして、ちょうど百年めに、ある国の王子さまが来て、おひいさまの目をおさまし申すことになるでしょう。」

二

王様は、<ruby><rb>妖女</rb><rt>ようじょ</rt></ruby>のおばあさんの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">よげん</span>した<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さいなん</span>を、どうかしてよけたいとおもいました。そこで、その日さっそく、国じゅうにおふれをまわして、たれでも、糸車に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つむ</span>をつかうことはならぬ。家のうちに、一本の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つむ</span>をしまっておくことすら、してはならぬ。それにそむいたものは<ruby><rb>死刑</rb><rt>しけい</rt></ruby>にすると、きびしくおいいわたしになりました。

さてそれから、十五六年は、ぶじにすぎました。あるとき、王様とお妃様が、おそろいで、<ruby><rb>離宮</rb><rt>りきゅう</rt></ruby>へ遊びにお出かけになりました。そのおるすに、ある日、若い王女は、お城の中をあちこちとかけあるいておいでになりました。するうち、下のへやから上のへやへと、かけあがって行って、とうとう<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>のてっぺんの、ちいさなへやにはいりました。見ると、そこには、人のよさそうなおばあさんが、ひとりぼっちですわっていて、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つむ</span>で糸をつむいでいました。このおばあさんは、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つむ</span>を使ってはならないという、きびしい王様のおふれを、つい聞かなかったものとみえます。

「おばあさん、そこでなにをしているの。」と、お姫さまはたずねました。

「ああ、かわいいじょッちゃん、わたしゃ、糸をつむいでいるのだよ。」と、おばあさんはいいました。

このおばあさんは、王女がたれだか、すこしも知らないようでした。

「まあ。」と、王女はいいました。「なんてきれいなんでしょう。それはどういうふうにやるものなの。あたしにかしてごらんなさいな。あたしにもできるかどうか、やってみたいから。」

お姫さまは、こういって、そのつむを、手にとりましたが、それは持ち方がいけなかったのか、たいへんあわてて、ぶきような持ち方をしたのか、それとも、あのわるい<ruby><rb>妖女</rb><rt>ようじょ</rt></ruby>ののろいのことばが、いよいよしるしをあらわすときになったのか、とたん、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つむ</span>は、いきなり王女の手にささって、王女はばったり、そこに<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れてしまいました。

人のいいおばあさんは、あわてて人を呼びました。みんな、お城のそこからもここからも、かけ出してきました。お姫さまの顔に水をそそぎかけたり、ひもをといて着物をゆるめたり、手のひらをたたいてみたり、ハンガリア女王の水という薬で、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">こめかみ</span>をもんだり、いろいろにしてみても、王女は息をふきかえしませんでした。

さて、王様はこのさわぎを聞いて、さっそくかけつけておいでになりました。そうして十五年むかしの<ruby><rb>妖女</rb><rt>ようじょ</rt></ruby>の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">よげん</span>を思い出しながら、やはりこうなる<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うんめい</span>だったことをさとって、お姫さまを、そのまま、お城のなかでも、いちばん上等のへやにつれて行かせ、金と銀のぬいとりをした、きれいなねだいの上にねかしました。

ねだいの上に、すやすや眠っておいでになるお姫さまの、美しさといってはありません。それはちいさな天使だといってもいいくらいでした。人ごこちがなくなっていても、生きているとおりの顔いろをしていて、ほおは、せきちく色をしていましたし、くちびるは、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さんご</span>をならべたようでした。目こそつぶってはいますものの、かすかに息をする音は聞こえます。それで、王女が死んでいないということがわかったので、まわりについている人たちは、よろこんでいました。

王様はそこで、やがて人が来て、目をさまさせるまで、しずかにねかしておくようにと、きびしくおいいつけになりました。

さて、王女を百年のあいだ眠らせることにして、やっと、あやうい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いのち</span>をとりとめた、あの心のいい妖女は、ちょうどこのさわぎの起こったとき、一<ruby><rb>万</rb><rt>まん</rt></ruby>二千<ruby><rb>里</rb><rt>り</rt></ruby>はなれた、マタカン国に行っていましたが、その使っている<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">こびと</span>から、この知らせをすぐうけとりました。そのこびとは、『七里とびの長ぐつ』といって、ひとまたぎに七里ずつあるく長ぐつをはいて、かけて行ったのです。それで、<ruby><rb>妖女</rb><rt>ようじょ</rt></ruby>はさっそくそこを出て、<ruby><rb>竜</rb><rt>りゅう</rt></ruby>にひかせた火の車に乗ると、ちょうど一時間で、王様のお城につきました。

王様は、お手ずから、妖女を馬車から助けおろしました。妖女は、王様のなさったことを、すべてけっこうですといいました。でも、たいへん先のことのよく見える妖女でしたから、百年ののちに、お姫さまがせっかく目をさましても、この古いお城の中に、たったひとり、ぽつねんとしているのでは、どうしていいか、わからなくて、さぞお困りになるだろうと思いました。

そこで、なにをしたでしょうか。妖女は、<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>の<ruby><rb>杖</rb><rt>つえ</rt></ruby>をふるって、王様とお妃をのぞいては、お城のなかの物のこらず、それはおつきの<ruby><rb>女教師</rb><rt>おんなきょうし</rt></ruby>から、<ruby><rb>女官</rb><rt>じょかん</rt></ruby>から、おそばづきの<ruby><rb>女中</rb><rt>じょちゅう</rt></ruby>から、<ruby><rb>宮内</rb><rt>くない</rt></ruby>官、<ruby><rb>表役人</rb><rt>おもてやくにん</rt></ruby>、コック長、<ruby><rb>料理番</rb><rt>りょうりばん</rt></ruby>から、<ruby><rb>炊事係</rb><rt>すいじがかり</rt></ruby>、台所ボーイ、番兵、おやといスイス兵、走り使いの<ruby><rb>小者</rb><rt>こもの</rt></ruby>までのこらず、<ruby><rb>杖</rb><rt>つえ</rt></ruby>でさわりました。それから、おなじようにして、べっとうといっしょに、うまやでねている馬も、裏庭に遊んでいるむく犬も、お姫さまのねだいの上で眠っているお手<ruby><rb>飼</rb><rt>がい</rt></ruby>の<ruby><rb>狆</rb><rt>ちん</rt></ruby>までも、みんな魔法の杖でさわりました。

魔法の杖でさわると、すぐ、たれもかれも、なにもかも、たわいもなく眠りこけてしまって、お姫さまが目がさますまでは、けっして目をさましませんし、お姫さまに用事ができれば、いつでも目をさまして、御用をつとめるはずでした。なにもかも眠ってしまったといって、それはかまどの前の焼きぐしまでが、きじや、やまどりの肉をくしにさしたまま、やはり眠ってしまいました。これだけのことが、みんな、ほんの<ruby><rb>目</rb><rt>ま</rt></ruby>ばたきひとつするまに、できあがってしまいました。<ruby><rb>妖女</rb><rt>ようじょ</rt></ruby>というものは、まったくしごとの早いものですね。

さてそこで、王様とお妃とは、お姫さまのひたいに、そっと、やさしくほおずりして、お城から出て行きました。そうしておいて、たれもお城に近づくことはならないという、きびしいおふれを、また国じゅうにまわしました。

でも、そのおふれは、わざわざ出すまでもありませんでした。なぜというに、十五分とたたないうち、お城をとりまわしている<ruby><rb>園</rb><rt>その</rt></ruby>の中に、たくさんの高い木やひくい木が、もっさりと<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>りだして、そのあいだには、いばらや草やぶが、びっしり<ruby><rb>鉄条網</rb><rt>てつじょうもう</rt></ruby>のようにからみついてしまいましたから、人間もけだものも、それをくぐってはいることはできなかったからです。

そういうわけで、しばらくすると、そとから見えるものは、お城の<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>のてっぺんだけになりました。それも、よほど遠くにはなれてでなければ、見えないのです。これも、妖女のみごとな、はなれわざだったことがわかりました。こうして、王女は眠っているあいだ、たれひとりおもしろ半分、のぞきにくることもできないようになったのでございます。

三

さて、百年は<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>のようにすぎました。そのじぶん、その国をおさめていた新しい王様の王子が、ある日、眠る森の近くを通りかかりました。

この王子は、眠っている王女の一<ruby><rb>族</rb><rt>ぞく</rt></ruby>が、とうに死にたえて、そのあとに代って来たべつの王家の王子で、その日はちょうど、そのへんに<ruby><rb>狩</rb><rt>かり</rt></ruby>に出かけて来たかえり道なのです。それで、遠くからお城の塔をみつけると、あの森の中にある塔はなんだといって、おそばの者にききました。

みんなは、てんでん、じぶんの聞いているとおりをこたえました。

なかのひとりは、あれは、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ゆうれい</span>が出るというひょうばんの、古い<ruby><rb>荒城</rb><rt>あれじろ</rt></ruby>だといいました。

すると、またひとりが、あれはこの国の<ruby><rb>魔法使</rb><rt>まほうつかい</rt></ruby>や、わるい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">みこ</span>たちが、<ruby><rb>夜会</rb><rt>やかい</rt></ruby>をする場所だといいました。

そのなかで、わりあい、おおぜいのもののいうところでは、あれは昔から人くい鬼の住んでいるお城で、ちいさなこどもをつかまえては、みんなあそこへさらって行って、それで、たれもあとからついてこられないように、あのとおり、じぶんだけ通って行ける森をこしらえて、その中でゆっくりたべるのだということでした。

王子は、このうちのどれを信じていいか、わからないので、まよっていますと、そのとき、ひとり、この土地に古くからいる年よりのお百<ruby><rb>姓</rb><rt>しょう</rt></ruby>が、こういいました。

「王子さま、<ruby><rb>失礼</rb><rt>しつれい</rt></ruby>ではございますが、わたくしが五十年も前、父から聞きました話では、――その父はまた、もとは、じじいから聞いたのだと申しますが、――このお城の中には、それはそれは美しい王女のお<ruby><rb>姫</rb><rt>ひめ</rt></ruby>さまが住んでおりまして、もう百年のあいだ、ずっと眠りつづけたあと、ちょうど百年めに、ある王様の王子が来て、目をさましてくださるのを、待っているのだということでございます。」

若い王子は、この話を聞くと、からだじゅうに、かっとあつい血がもえあがるようにおもいました。ぜひとも、このめずらしいできごとのおさまりを、自分でつけてしまわなければとおもいたちました。美しいお姫さまをさずかるうえに、たれもはいれない<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>のお城をきりひらく<ruby><rb>名誉</rb><rt>めいよ</rt></ruby>が、自分のものになるとおもうと、もううしろからからだを押されるような気がして、さっそく、そのしごとにかかろうと<ruby><rb>決心</rb><rt>けっしん</rt></ruby>しました。

そこで、王子は、森にむかってずんずん進んでいきますと、大きな木も<ruby><rb>低</rb><rt>ひく</rt></ruby>い木も、草やぶもいばらも、みんな道をよけて通しました。その広い道をどこまでも行きますと、やがてその<ruby><rb>奥</rb><rt>おく</rt></ruby>にあるお城に着きました。

ところで、すこしびっくりしたことには、ふとふりかえってみると、<ruby><rb>家来</rb><rt>けらい</rt></ruby>に、ひとりもついてくるものがないのです。なぜというに、王子がはいるといっしょに、すぐ森の口がしまってしまったからです。けれども、王子はかまわずに、ずんずん進んでいきました。若いやさしい、そして火のようにあつい心をもった王子は、いつも勇気のあるものです。

王子はやがて大きな広い庭に出ました。そこでまず見たものは、どんなこわいもの知らずでも、ぞっとして、骨までこおるようなものでした。なにもかも、<ruby><rb>気味</rb><rt>きみ</rt></ruby>のわるいほど、しいんとしずまりかえっていました。そこにも、ここにも、目に見えるものは、人間や動物が、みんな死んだもののように、ぐんにゃり手足をなげ出しているすがたでした。けれども、そこに立っている、おやといスイス兵の鼻いきは、ぷんとお酒くさいし、ぽおっと赤いほほをしているのを見ても、この<ruby><rb>連中</rb><rt>れんじゅう</rt></ruby>は、みんな眠っているのだということが、すぐ分かりました。しかも、その手にもった茶わんには、まだぶどう<ruby><rb>酒</rb><rt>しゅ</rt></ruby>のしずくがのこっているので、なかまとお<ruby><rb>酒</rb><rt>さか</rt></ruby>もりのさいちゅう、眠ってしまったのだということまで知れました。

王子はそれから、<ruby><rb>大理石</rb><rt>だいりせき</rt></ruby>をしきつめた大ろうかを通って、かいだんの上まで行って、番兵のつめているへやにはいりますと、番兵らは<ruby><rb>鉄砲</rb><rt>てっぽう</rt></ruby>を肩にのせてならんだまま、ありったけの高いびきをかいてねていました。それからまた進んで、いくつかのへやを通って行きますと、どのへやにも、<ruby><rb>紳士</rb><rt>しんし</rt></ruby>たちや<ruby><rb>貴婦人</rb><rt>きふじん</rt></ruby>たちが、立っているものも、腰をかけているものも、みんな、たわいなく眠りこけていました。とうとう、おしまいにはいったのは、のこらずが金ずくめのきらきらしいへやでした。そこに、りっぱなねだいがすえてあって、四方のとばりのこらず、あげた中に、それこそこの世にふたつとない美しいものがあらわれました。たぶん十五六くらいの年ごろのお姫さまが、こうごうしく光りかがやくすがたで、眠っていたのです。あっと、おどろきながら、王子はふるえる足をふみしめふみしめ、その前にひざまづきました。

さあ、これで<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>の力もいよいよつきたのでしょう、王女は、ふと目をさましました。そして、なんともいえないやさしい目で、じいっと王子のほうをながめました。

「王子さま、あなたでございましたの。」と、お姫さまはそういって、にっこりしました。「ずいぶん待っていただきましたのね。」

王子は、このことばを聞くと、なんといって、心のよろこびをいいあらわしていいか、分かりませんでした。王子は、じぶんのことよりも、どんなにかよけいに、お姫さまのことを、おもっているか知れないといいました。ふたりの話は、話すというよりも、泣いているといったほうがいいほど、ただもう、しどろもどろなものでした。ことばは、よどみがちでしたが、やさしい心のいずみは、かえって、いきおいよく流れ出しました。

それに、王子のほうは、きまりはわるいし、ただおどろいているばかりなのに、王女のほうは、なにしろ百年のあいだ、<ruby><rb>妖女</rb><rt>ようじょ</rt></ruby>がおもしろい<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>を、それからそれと見どおしに見せていてくれたのですから、いくら話しても話しても、話のたねがつきるということがないのです。ですからふたりは、かれこれ四時間もぶっとおしに話しつづけていて、そのくせ話したいことの半分も話しきらずにいました。

そうこうするうち、お姫さまといっしょに、お城のそこでもここでも、みんなが目をさましました。たれもかれも、じぶんじぶんのしごとを思い出しました。ところで、みんなは、さしあたり、ほかに、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">くろう</span>もくったくもありませんでしたから、まっさきにおなかがすいて、<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れそうにおもいました。女官<ruby><rb>頭</rb><rt>がしら</rt></ruby>は、ほかの人たちとおんなじに、ひどくおなかがへって、がまんできないほどでしたから、だしぬけに大きな声で、お姫さま、お<ruby><rb>夕飯</rb><rt>ゆうはん</rt></ruby>のおしたくができましたと、申しあげました。王子は、王女のお姫さまを助けて立ちあがらせました。お姫さまは、ずいぶんりっぱなふうをしていましたが、なにしろそれは百年まえにはやった、王子のひいおばあさんの着物とおなじようだということを、さすがにお姫さまにむかっていうことは、えんりょしていました。いくら<ruby><rb>流行</rb><rt>りゅうこう</rt></ruby>おくれなふうはしていても、それがために、王女の美しさにも、かわいらしさにも、いっこう、かわりはなかったのですからね。

さて、ふたりは、<ruby><rb>鏡</rb><rt>かがみ</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>に出て行きました。そこで<ruby><rb>夕飯</rb><rt>ゆうはん</rt></ruby>の<ruby><rb>食卓</rb><rt>しょくたく</rt></ruby>について、王女づきの<ruby><rb>女官</rb><rt>じょかん</rt></ruby>たちがお<ruby><rb>給仕</rb><rt>きゅうじ</rt></ruby>に立ちました。そのあいだ、バイオリンだの、<ruby><rb>木笛</rb><rt>きぶえ</rt></ruby>だのが、百年まえの古い<ruby><rb>曲</rb><rt>きょく</rt></ruby>をかなでました。それは、百年まえの古い曲にちがいありませんでしたが、りっぱな<ruby><rb>音楽</rb><rt>おんがく</rt></ruby>であることにかわりはありませんでした。

食事がすむと、時をうつさず、<ruby><rb>大僧正</rb><rt>だいそうじょう</rt></ruby>は、ふたりをお城の<ruby><rb>礼拝堂</rb><rt>れいはいどう</rt></ruby>へ<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>して、ご<ruby><rb>婚礼</rb><rt>こんれい</rt></ruby>をすませました。女官<ruby><rb>頭</rb><rt>がしら</rt></ruby>は、ふたりのために<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とばり</span>をひきました。

四

ふたりはその晩、ほんのわずかしか眠りませんでした。王子は、あくる朝、王女にわかれて町へかえりました。おとうさまの王様が、待ちこがれておいでになるところへ、かえって行ったのでございます。

王子は、<ruby><rb>狩</rb><rt>かり</rt></ruby>をしているうち、森の中で道にまよって、一<ruby><rb>軒</rb><rt>けん</rt></ruby>の炭焼小屋にとまって、チーズや黒パンをたべさせてもらったことなどを話しました。おとうさまの王様は、人のいい人でしたから、王子のいうことをほんとうになさいました。けれど、おかあさまのお妃は、もうさっそく、王子には、およめさんができていることを、おさとりになりました。

それから二年たちました。王女には、ふたりもこどもが生まれました。上の子は女の子で、これは「朝」という名でした。下の子は男の子でこれは「<ruby><rb>昼</rb><rt>ひる</rt></ruby>」という名でした。そのわけは、弟のほうが、ねえさんよりも、ずっとりっぱで、美しかったからでございます。

それからまた二年たって、王様がおかくれになって、王子が、新しい王様の位につくことになりました。そこではじめて、<ruby><rb>天下</rb><rt>てんか</rt></ruby>はれて、王女と<ruby><rb>結婚</rb><rt>けっこん</rt></ruby>のしだいを、国じゅうに知らせました。そうして、りっぱな<ruby><rb>儀式</rb><rt>ぎしき</rt></ruby>をととのえて、あらためて、眠る森から、お姫さまをお迎えになりました。王女はふたりのこどもを両わきにのせ、美しい行列の馬車をそろえて、王様のお城に乗りこみました。

美しいりっぱな、いい心をもったあいてを、待っているということは、むずかしいことです。でも、待つことによって、幸福はましこそすれ、へるということはありません。