Soranoha

青ひげ

あおひげ

ペロー シャルル

一

むかしむかし、町といなかに、大きなやしきをかまえて、金の盆ぼんと銀のお皿さらをもって、きれいなお飾かざりとぬいはくのある、いす、つくえと、それに、総金そうきんぬりの馬車までももっている男がありました。こんなしあわせな身分でしたけれど、ただひとつ、運のわるいことは、おそろしい青ひげをはやしていることで、それはどこのおくさんでも、むすめさんでも、この男の顔を見て、あっといって、逃げ出さないものはありませんでした。

さて、この男のやしき近くに、身分のいい奥おくさんがあって、ふたり、美しいむすめさんをもっていました。この男は、このむすめさんのうちどちらでもいいから、ひとり、およめさんにもらいたいといって、たびたび、この奥さんをせめました。けれど、ふたりがふたりとも、むすめたちは、この男を、それはそれはきらっていて、逃げまわってばかりいました。なにしろ青ひげをはやした男なんか、考えただけでも、ぞっとするくらいですし、それに、胸のわるいほどいやなことには、この男は、まえからも、いく人か奥さまをもっていて、しかもそれがひとりのこらず、どこへどう行ってしまったか、ゆくえが分からなくなっていることでした。

そこで、青ひげは、これは、このむすめさん親子のごきげんをとって、じぶんがすきになるようにしむけることが、なによりちか道だと考えました。そこで、あるとき、親子と、そのほか近所きんじょで知りあいの若い人たちをおおぜい、いなかのやしきにまねいて、一週間しゅうかんあまりもとめて、ありったけのもてなしぶりをみせました。

それは、まい日、まい日、野あそびに出る、狩かりに行く、釣つりをする、ダンスの会だの、夜会やかいだの、お茶の会だのと、目のまわるようなせわしさでした。夜よるになっても、たれもねどこにはいろうとするものもありません。宵よいがすぎても、夜中がすぎても、みんなそこでもここでも、おしゃべりをして、わらいさざめいて、ふざけっこしたり、歌をうたいあったり、それはそれは、にぎやかなことでした。とうとうこんなことで、なにもかも、とんとんびょうしにうまくはこんで、すえの妹のほうがまず、このやしきの主人のひげを、もうそんなに青くは思わないようになり、おまけに、りっぱな、礼儀れいぎただしい紳士しんしだとまでおもうようになりました。

さて、うちへかえるとまもなく、ご婚礼こんれいの式がすみました。

それから、ひと月ばかりたったのちのことでした。

青ひげは、ある日、奥おくがたにむかって、これから、あるたいせつな用むきで、どうしても六週間しゅうかん、いなかへ旅をしてこなければならない。そのかわり、るすのあいだの気ばらしに、お友だちや知りあいの人たちを、やしきに呼んで、里の家にいたじぶんとおなじように、おもしろおかしく遊んで、くらしてもかまわないから、といいました。

「さて、」と、そのあとで、青ひげは奥がたにいいました。「これはふたつとも、わたしのいちばん大事だいじな道具どうぐのはいっている大戸棚おおとだなのかぎだ。これはふだん使わない金銀の皿を入れた戸棚のかぎだ。これは金貨きんかと銀貨をいっぱい入れた金庫きんこのかぎだ。これは宝石ほうせき箱のかぎだ。これはへやのこらずの合いかぎだ。さて、ここにもうひとつ、ちいさなかぎがあるが、これは地下室ちかしつの大ろうかの、いちばん奥おくにある、小べやをあけるかぎだ。戸棚という戸棚、へやというへやは、どれをあけてみることも、中にはいってみることも、おまえの勝手かってだが、ただひとつ、この小べやだけは、けっしてあけてみることも、まして、はいってみることはならないぞ。これはかたく止めておく。万一にもそれにそむけば、おれはおこって、なにをするか分からないぞ。」

奥がたは、おいいつけのとおり、かならず守りますと、やくそくしました。やがて青ひげは、奥がたにやさしくせっぷんして、四輪馬車に乗って、旅だって行きました。

二

すると、おくがたの知りあいや、お友だちは、お使を待つまも、もどかしがって、われさきにあつまって来ました。およめ入りさきの、りっぱな住まいのようすが、どんなだか、どのくらい、みんなは見たがっていたでしょう。ただ主人がうちにいるときは、れいの青ひげがこわくて、たれも寄りつけなかったのでございます。

みんなは、居間いま、客間きゃくま、大広間から、小べや、衣裳いしょうべやと、片っぱしから見てあるきましたが、いよいよ奥ぶかく見て行くほど、だんだんりっぱにも、きれいにもなっていくようでした。

とうとうおしまいに、いっぱい家具かぐのつまった、大きなへやに来ました。そのなかの道具どうぐやおきものは、このやしきのうちでも、一等りっぱなものでした。かべかけでも、ねだいでも、長いすでも、たんすでも、つくえや、いすでも、頭のてっぺんから、足の爪つまさきまでうつるすがたみでも、それはむやみにたくさんあって、むやみにぴかぴか光って、きれいなので、たれもかれも、ただもう、かんしんして、ふうと、ため息をつくだけでした。すがたみのなかには、水晶すいしょうのふちのついたものもありました。金銀めっきのふちのついたものもありました。なにもかも、この上もなくけっこうずくめなものばかりでした。

お客たちは、まさかこれほどまでともおもわなかった、お友だちの運のよさに、いまさら感心したり、うらやましがったり、いつまでもはてしがありませんでしたが、ご主人の奥がたは、いくらりっぱなおへやや、かざりつけを見てあるいても、じれったいばかりで、いっこうにおもしろくも楽しくもありませんでした。それというのが、夫おっとが出がけにきびしくいいつけておいていった、地下室のひみつの小べやというのが、しじゅう、どうも気になって気になって、ならないからでございます。

いけないというものは、とかく見たいのが、人間のくせですから、そのうちいよいよ、がまんがしきれなくなってくると、この奥おくがたは、もうお客にたいして、失礼しつれいのなんのということを、おもってはいられなくなって、ひとりそっと裏うらばしごをおりて、二ども三ども、首の骨がおれたかとおもうほど、はげしく、柱や梁はりにぶつかりながら、むちゅうでかけ出して行きました。

でも、いよいよ小べやの戸の前に立ってみると、さすがに夫おっとのきびしいいいつけを、はっとおもい出しました。それにそむいたら、どんなふしあわせな目にあうかしれない、そうおもって、しばらくためらいました。でも、さそいの手が、ぐんぐんつよくひっぱるので、それをはらいきることは、できませんでした。そこで、ちいさいかぎを手にとって、ぶるぶる、ふるえながら、小べやの戸をあけました。

窓がしまっているので、はじめはなんにも見えませんでした。そのうち、だんだん、くらやみに目がなれてくると、どうでしょう、そこの床ゆかの上には、いっぱい血のかたまりがこびりついていて、五六人の女の死がいを、ならべてかべに立てかけたのが、血の上にうつって見えていました。これは、みんな青ひげが、ひとりひとり、結婚けっこんしたあとで殺してしまった女たちの死がいでした。これを見たとたん、奥がたは、あっといったなり、息がとまって、からだがすくんで動けなくなりました。そうして、戸のかぎ穴からぬいて、手にもっていたかぎが、いつか、すべり落ちたのも知らずにいたくらいです。

しばらくして、やっとわれにかえると、奥がたはあわてて、かぎを拾いあげて、戸をしめて、いそいで二階の居間にかけてかえると、ほっと息をつきました。でも、いつまでも胸がわくわくして、正気しょうきがつかないようでした。

見ると、かぎに血がついているので、二三ど、それをふいてとろうとしましたが、どうしても血がとれません。水につけて洗ってみても、せっけんとみがき砂をつけて、といしで、ごしごし、こすってみても、いっこうにしるしがみえません。血のついたあとは、いよいよ、こくなるばかりでした。それもそのはず、このかぎは魔法まほうのかぎだったのです。ですから、おもてがわのほうの血を落したかとおもうと、それはうらがわに、いつか、よけいこく、にじみ出していました。

三

すると、その日の夕方、青ひげが、ひょっこり、うちへかえって来ました。それは、まだむこうまで行かないうち、とちゅうで、用むきが、つごうよく片づいた、という知らせを聞いたからだと、青ひげは話しました。だしぬけにかえってこられたとき、奥がたは、ぎょっとしましたが、いっしょうけんめい、うれしそうな顔をして見せていました。

さて、そのあくる朝、青ひげは、さっそく、奥がたに、あずけたかぎをお出しといいました。そういわれて、奥がたがかぎを出したとき、その手のふるえようといったらありませんでしたから、青ひげは、すぐとかんづいてしまいました。

「おや。」と、青ひげはいいました。「小べやのかぎがひとつないぞ。」

「じゃあ、きっと、あちらのつくえの上におきわすれたのでしょう。」と、奥がたはこたえました。

「すぐ持ってこい。」と、青ひげは、おこった声を出しました。

五六ど、あちらへ行ったり、こちらへ行ったり、まごまごしたあとで、奥がたは、しぶしぶかぎを出しました。青ひげは、かぎを受けとると、こわい目をして、じっとながめていましたが、

「このかぎの血はどうしたのだ。」といいました。

「知りません。」と、泣くような声でこたえた奥がたの顔は、死人よりも青ざめていました。

「なに、知りませんだと。」と、青ひげはいいました。「おれはよく知っているよ。おまえはよくもおもいきって、小べやの中にはいったな。えらいどきょうだ。よし、そんなにはいりたければ、あそこへはいれ、はいって、そこにいる奥さんたちのなかまになれ。」

こういわれると、奥がたは、いきなり夫おっとの足もとにつっぷして、いかにもまごころから、くいあらためたようすで、もうけっして、おいいつけにはそむきませんから、といって、わびました。このうえもなく美しい人の、このうえもなく悲しいすがたを見ては、岩でもとろけ出したでしょう。けれど、この青ひげの心は、岩よりも、かねよりも、かたかったのでございます。

「奥さん、あなたは死ななければならない。今すぐに。」と、青ひげはいいました。

「わたくし、どうしても死ななければならないのでしたら。」と、奥がたはこたえて、目にいっぱい涙をうかべて、夫の顔を見ました。「せめてしばらく、おいのりをするあいだだけ、待ってくださいまし。」

「しかたがない、七分半だけ待ってやる。だがそれから、一秒びょうもおくれることはならないぞ。」と、青ひげはいいました。

ひとりになると、奥がたは、女のきょうだいの名を呼びました。

「アンヌねえさま(アンヌというのは、きょうだいのなまえでした。)アンヌねえさま、後生ごしょうです、塔とうのてっぺんまであがって、にいさまたちが、まだおいでにならないか見てください。にいさまたちは、きょう、たずねてくださるやくそくになっているのです。見えたら、大いそぎでくるように、合図あいずをしてください。」

アンヌねえさまは、すぐ塔のてっぺんまであがって行きました。半分きちがいのようになった奥がたは、かわいそうに、しじゅう、さけびつづけていました。

「アンヌねえさま、アンヌねえさま、まだなにもこないの。」

すると、アンヌねえさまはいいました。

「日が照てって、ほこりが立っているだけですよ。草が青く光っているだけですよ。」

そのうちに青ひげが、大きな剣けんをぬいて手にもって、ありったけのわれがね声ごえを出して、どなりたてました。

「すぐおりてこい。おりてこないと、おれのほうからあがって行くぞ。」

「もうちょっと待ってください、後生ごしょうですから。」と、奥がたはいいました。そうして、ごくひくい声で、

「アンヌねえさま、アンヌねえさま、まだなにも見えないの。」と、さけびました。

アンヌねえさまはこたえました。

「日が照てって、ほこりが立っているだけですよ。草が青く光っているだけですよ。」

「早くおりてこい。」と、青ひげはさけびました。「おりてこないと、あがって行くぞ。」

「今まいります。」と、奥がたはこたえました。

そうして、そのあとで、「アンヌねえさま、まだなにも見えないの。」と、さけびました。

「ああ。でも、大きな砂けむりが、こちらのほうにむかって、立っていますよ。」と、アンヌねえさまはこたえました。

「それはきっと、にいさまたちでしょう。」

「おやおや、そうではない。ひつじのむれですよ。」

「こら、おりてこないか、きさま。」と、青ひげはさけびました。

「今すぐに。」と、奥がたはいいました。そうして、そのあとで、「アンヌねえさま、アンヌねえさま、まだ、だあれもこなくって。」

「ああ、ふたり馬に乗った人がやってくるわ。けれど、まだずいぶん遠いのよ。」

「ああ、ありがたい。」と、奥がたは、うれしそうにいいました。「それこそ、にいさまたちですよ。わたし、にいさまたちに、いそいでくるように合図あいずしましょう。」

そのとき、青ひげは、家ごとふるえるほどの大ごえでどなりました。奥がたは、しおしお、下へおりて行きました。涙をいっぱい目にためて、かみの毛を肩にたらして、夫おっとの足もとにつっぷしました。

「今さらどうなるものか。」と、青ひげはあざわらいました。「はやく死ね。」

こういって、片手に、奥がたのかみの毛をつかみながら、片手で、剣けんをふりあげて、首をはねようとしました。おくがたは、夫のほうをふりむいて、今にもたえ入りそうな目つきで、ほんのしばらく、身づくろいするあいだ、待ってくださいと、たのみました。

青ひげはこういって、剣をふりあげました。

「ならん、ならん。神さまにまかせてしまえ。」

そのとたん、おもての戸に、ドンと、はげしくぶつかる音がしたので、青ひげはおもわず、ぎょっとして手をとめました。とたんに、戸があいたとおもうと、すぐ騎兵きへいがふたりはいって来て、いきなり、青ひげにむかって来ました。これは奥がたの兄弟きょうだいで、ひとりは竜騎兵りゅうきへい、ひとりは近衛騎兵このえきへいだということを、青ひげはすぐと知りました。そこで、あわてて逃げ出そうとしましたが、兄弟はもう、うしろから追いついて、青ひげが、くつぬぎの石に足をかけようとするところを、胴中どうなかをひとつきつきさして、ころしてしまいました。

でもそのときには、もう奥がたも気が遠くなって、死んだようになっていましたから、とても立ちあがって、兄弟きょうだいたちを迎むかえる気力きりょくはありませんでした。

さて、青ひげには、あとつぎの子がありませんでしたから、その財産ざいさんはのこらず、奥がたのものになりました。奥がたはそれを、ねえさまやにいさまたちに分けてあげました。

ものめずらしがり、それはいつでも心をひく、かるいたのしみですが、いちど、それがみたされると、もうすぐ後悔こうかいが、代ってやってきて、そのため高い代価だいかを払わなくてはなりません。

底本 / Source edition

底本:「世界おとぎ文庫(イギリス・フランス童話篇)妖女のおくりもの」小峰書店
1950(昭和25)年5月1日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:秋鹿
2006年1月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
/works/043117_001134/tei
プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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ペロー シャルル「青ひげ」(新字新仮名)、底本『世界おとぎ文庫(イギリス・フランス童話篇)妖女のおくりもの』小峰書店、1950年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 043117_001134, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite