<ruby><rb>木精</rb><rt>こだま</rt></ruby>の国をたつて行つた<ruby><rb>虹猫</rb><rt>にじねこ</rt></ruby>は、しばらく旅行をしてゐるうち、ユタカの国といふ大へん美しい国につきました。

こゝはふしぎな国でした。大きな森もあれば、えもいはれぬ色や<ruby><rb>匂</rb><rt>にほ</rt></ruby>ひのする花の一ぱいに生えた大きな〱野原もありました。空はいつも青々とすみわたつて、その国に住まつてゐる人たちはいつも何の不平もなささうに、にこ〱してゐます。でも、たつた一つのことが気にかゝつてゐるのでした。

そのわけは、この国のまん中の、高い岩のがけの上に、一つの大きなお城がたつてゐます。そのお城には――土地の人たちが虹猫に話したところによると――一人の悪い大女がゐて、この国の人たちをさかんにいぢめ、しじう、物を盗んで行きます。ひどいことには、子供までもさらつて行くのでした。

虹猫は、じつさいに、目のあたりこの大女を見たといふ人には、<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>ともあひませんでした。が、大女の恐ろしい顔や、そのすることについて、身の毛もよだつやうな話を聞かされました。

なんでも、その大女は、あたりまへの人間のせいの三倍も高くて、その髪はふとい<ruby><rb>繩</rb><rt>なは</rt></ruby>のやうによれて目からは<ruby><rb>焔</rb><rt>ほのほ</rt></ruby>が<ruby><rb>吹</rb><rt>ふ</rt></ruby>き出してゐる。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">くさめ</span>をすると、まるで雷が鳴るやうな、<ruby><rb>凄</rb><rt>すご</rt></ruby>い音がして、木や草は<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>にあつたやうに吹きなびかされる。ぢだんだをふむと小さな村なんか一ぺんで、ひつくり返つてしまふ。そればかりでなく、その大女は魔物だけあつて、魔法をつかふことができるといふので、土地の人たちは何よりもそれを一ばん<ruby><rb>恐</rb><rt>こは</rt></ruby>がつてゐました。

暗い夜など、大女は六<ruby><rb>疋</rb><rt>ぴき</rt></ruby>の竜にひかせた車にのつて、お城から降りてくるといふのでした。で、土地の人たちはそのすごい音を聞くと、めい〱自分の家ににげこんで戸をしめ、窓に錠をかけて、ぶるぶるふるへてゐるのでした。うちにゐても、納屋だの倉だの小屋だのを大女が<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>さがしして、牛や馬をひき出して行く音が聞えるのでした。

さうかと思ふと、<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>のうちに大きな声がして、

「こら、きさまたちの宝を出せ、出さないと子供をとつて行くぞ。」といふ叫びが聞えるのです。土地の人たちは、仕方なしに窓を開けて、こは〲、その宝物を外に投げ出すのです。

又ときには、いつか知ら、立札が出て、これ〱の品物をお城の門のところへ持つて来て置かないと大女が降りて来て、みんなをひどい目にあはすぞと書いてあることもあります。土地の人たちは、その立札どほり品物を持つて行つて、お城の門へ置いて来ますが、そのたんびに、そこで見て来たいろんな恐ろしい話を伝へます。

<ruby><rb>或人</rb><rt>あるひと</rt></ruby>は、大女の<ruby><rb>靴</rb><rt>くつ</rt></ruby>を女中が<ruby><rb>磨</rb><rt>みが</rt></ruby>いてゐるのを見たと言ひます。その靴は、ちやうど<ruby><rb>乾草</rb><rt>ほしくさ</rt></ruby>をつんだ大きな荷車ほどあつたといふ話です。

又<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>の者は、大女が<ruby><rb>洗濯物</rb><rt>せんたくもの</rt></ruby>を繩に干してゐるのを見て、腰をぬかさんばかりに驚いて、走つて自分の家に帰つたが、一週間ばかりは起きることができなかつたとも言ひます。

けれども、一ばん悪いことは<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>のそばを少し遠くはなれた子供が、ふつと姿を隠して、それつきり帰つて来ないことでした。

取り残された子供の話によると、とほうもなく大きなマントを頭からかぶつた、えたいの知れないものが、どこからかヒヨツクリ飛び出して、自分たちの仲間の一人を引つさらつて森の中へ走つてにげたといふのでした。

だから、親たちは、ちよつとの間でもその子供から目をはなすことができなくなつていつ大女が出てくるかと、そればかり心配してゐるので、仕合せといふものが、国ぢうから、だん〱消えてなくなりました。

虹猫の智恵は、もうこの国にまでも聞えてゐましたから、土地の人たちはその来たのをみると大よろこびで、どうかいゝ智恵を貸して、助けて下さいと頼みました。虹猫はこれはなか〱面倒な仕事だと思ひましたけれど土地の人たちがあんまり気の毒なものですから出来るだけの事は致しませうと約束しました。

そこに着いてから二日目の夕方、虹猫は小さな袋をもつて、こつそり大女のゐるお城をさして出かけました。袋の中には雷から<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>つた稲妻と、<ruby><rb>木精</rb><rt>こだま</rt></ruby>の国で手に入れた、とほし見の出来る千里眼のお水とがはいつてゐました。

虹猫は、土地の人たちには、何にも言ひませんでした。言つたからとて、どうすることもできるわけではなし、たゞ心配をするきりのことですから。　

だから、うまい計略を考へるため、少し散歩してくるといつただけで出かけました。

虹猫は身がるに岩の出た<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">けんそ</span>な道を<ruby><rb>上</rb><rt>あが</rt></ruby>つたり下りたりして、とう〱お城の壁のま下まで来ました。

お城にはすばらしく大きな二つの石の塔が一方の端と、も一方の端とに、一つづゝ立つてゐて、その高い煙突からは、毒々しい、みどりやら、紫やら、黒やらの煙がもく〱とあがつてゐました。

「なるほど、あれは大女が恐ろしい魔法の薬をこしらへてゐるんだな。」と、虹猫はひとりごとを言ひました。

そこで塔の下のところに腰かけて、袋から千里眼のお水のはいつた小さな<ruby><rb>瓶</rb><rt>びん</rt></ruby>を出して、それを目にぬつて、お城の中を見通さうとしました。すると、ふしぎなことには、お城の中にゐるのは大女ではなくつて、長いごましほ<ruby><rb>鬚</rb><rt>ひげ</rt></ruby>の生えた、きたならしい魔法つかひの<ruby><rb>爺</rb><rt>ぢい</rt></ruby>さんであることが分りました。頭には、ばかに高い帽子をかぶり、大きな<ruby><rb>炉</rb><rt>ゐろり</rt></ruby>を前に、広い部屋の中に住まつてゐました。

さま〲変な、恐ろしい形をしたものが壁にかゝつてゐたり、<ruby><rb>戸棚</rb><rt>とだな</rt></ruby>の中にしまつてあつたりして、床の上にも、テイブルの上にも魔術の本が山のやうにつみ重ねてありました。

魔法つかひは腰に大きな<ruby><rb>鍵</rb><rt>かぎ</rt></ruby>のたばをぶら下げて、火にかけたまつ黒な<ruby><rb>鍋</rb><rt>なべ</rt></ruby>の中に、何やらグチヤ〱煮え立つてゐるものを、しきりにかき<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>してゐました。虹猫がさつき煙突からのぼるのを見た煙はそこから来るのでした。

<ruby><rb>炉</rb><rt>ゐろり</rt></ruby>の火の光りで、鍵につけた札に書いてある字が読めました。

金の箱、銀の箱、宝石の箱、大女の<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>、<ruby><rb>牢屋</rb><rt>らうや</rt></ruby>、大女の庭。

そんな札が鍵についてゐましたから、虹猫はよつぽど事情が分つて来たやうに思ひましたが、もつとよく見きはめてやらうと思つたので小さな袋を取上げて、こつそりお城の、別な端に行つて、そこの塔の下に腰をおろしました。そして又れいの千里眼のお水を目にぬりつけました。

今度その目にうつつたのは、子供たちの一ぱい集つてゐる大きな<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>でした。

子供たちはいそがしさうに仕事をしてゐました。或者は妙な草をより分けてゐる。或者は重い石で、何だか変なものをつきくだいてゐる。又別なものはえたいの知れない水薬を、この瓶から、あの瓶へとおづ〱した手つきではかつて、一てき〱とうつしてゐます。みんな、あをざめた顔をして疲れきつたやうに見えます。<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>一人として仕事をしながら笑つたりしやべつたりするものはありません。沈みきつて子供らしくもないのです。

そのとき、ふと戸口が開きました。はいつて来たものがあります。それはほかでもない、大女でした。けれども、虹猫は二度びつくりしました。なぜかつて言へば、大女は、せいはすばらしく高かつたに相違ありません。けれどもその顔は決して恐くはなくつて、かへつて美しく、<ruby><rb>愛嬌</rb><rt>あいけう</rt></ruby>があつて、<ruby><rb>黄金色</rb><rt>こがねいろ</rt></ruby>の髪をしてゐました。

大女がそこにあらはれるが早いか、子供たちはみんな走つてそのそばへ行くのが、ちやうどお母さんでも来たやうに、<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しさうです。

虹猫はもうぐづ〱してはをりません。すぐにマンドリンをとつて、弾き始めました。けれども、魔法つかひに聞かれると悪いと思つて、そんなに音高くは鳴らしません。しかし幸にも風が順に吹いてゐました、それに魔法つかひは、その魔法の仕度に一生けんめいだつたので、そんな音なんか聞えはしませんでした。

けれども、大女はあたりまへの人よりも大きな耳をもつてゐて、よく聞えるものですから、すぐその音を聞きつけました。そして窓から顔を出しました。塔の下には虹猫がマンドリンをかゝへて腰かけてゐますから、何をしてゐるのかときゝました。

「<ruby><rb>僕</rb><rt>ぼく</rt></ruby>は虹猫だよ。どうぞ僕をたすけて、そこに上らしてくれたまへ。」と、虹猫は言ひました。

大女はリボンの腰帯をといて、その一ばん下の端にハンケチを入れて置いた袋をゆはへつけて下ろしてやりました。大女の持ちものですから、その袋は虹猫がはいつて、そのうへに又宝の袋やらマンドリンやらを入れても十分あまりがあるほど大きかつたのです。

大女は虹猫を窓のふちまで引き上げて、中に入れて、何をしてゐるのか、どうしたのかときゝました。虹猫をたゞものでないと見てとつたからです。

虹猫が、ユタカの国で聞いたことを話しますと、大女も自分の身の上話を致しました。

悪い魔法つかひが来て、大女がまだほんの赤ん坊であつたとき、盗み出して、このお城につれて来て中に閉ぢこめ、魔法にかけて、ありとあらゆる悪いことをしてゐたのでした。

「土地の人は何でもかんでも、みんな<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>がしたと思つてゐます。それは私も知つてゐます。」と、大女が言ひました。「魔法つかひの爺さんは古い<ruby><rb>洗濯</rb><rt>せんたく</rt></ruby>だらひと六粒のお豆とを、火の竜にひかせた車にすることができるのです。それにのつて出かけるときには大きなマントを着て、高い帽子をかぶりますから、だれでも私だと思ひますわ。そしてね、自分のするいろんな悪いことを子供たちに手伝はせて、私みたいに、いつも<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とりこ</span>にして置きます。おまけに私たちには、ろくすつぽ御飯も<ruby><rb>喰</rb><rt>た</rt></ruby>べさせないから、早く助けて貰はなけりや、私たち死んぢまひますわ。」

大女は目からボロ〱と涙を流しました。それは一粒で一つの池ができるやうな大粒の涙でした。

「泣いちやいけません。」と、虹猫は言ひました。「いまにみんなよくなります。<ruby><rb>僕</rb><rt>ぼく</rt></ruby>の法術は爺さんの魔法よりも強いのですからね。一度あいつに出あつたらすぐあいつを片づけてしまひます。僕をあいつのところへつれて行つてくれませんか。」

けれども大女は恐がつて、とてもそんなことをする勇気がないのでした。

「そればかりでなく、なか〱あなたを<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の中に入れやしませんよ。大へん疑ひ深いんですから。」と、大女は言ひました。

「それはどうにかなりませうよ。」

虹猫はそつとマンドリンをかき鳴らしながら考へてゐると、突然、大女は気がつきました。

「爺さんは、音楽が好きなんですよ。仕事をするのに大へん助けになるからですつて。だからもし、あなたが外を流してあるく旅音楽師の<ruby><rb>真似</rb><rt>まね</rt></ruby>をなすつたら……」

虹猫はよろこんで、とび上りました。

「そこだ。それぢや、あなた<ruby><rb>孔雀</rb><rt>くじやく</rt></ruby>の羽を一本僕にかしてくれませんか。」

大女はすぐ孔雀の羽をもつて来ました。

「どうもありがたう。これであなたは一時間たつたら、自由なからだになりませう。まづそれまで、しばらくさやうなら。」と、言つたかと思ふと、虹猫はひらりと身がるに窓からとび下りました。

それから、すつかり<ruby><rb>外套</rb><rt>ぐわいたう</rt></ruby>を着こみ、帽子を目深にかぶり、孔雀の羽を帽子の前の方にさしました。

「どうです。これですつかり旅の音楽師でせう。」と言つて、虹猫は大胆に魔法つかひのゐる塔へ行つて<ruby><rb>呼鈴</rb><rt>よびりん</rt></ruby>をひきました。

魔法つかひは自分で戸口に迎ひに出て来ました。けれども、ほんの<ruby><rb>僅</rb><rt>わづ</rt></ruby>かばかりしか戸を開けません。

「おまへは<ruby><rb>誰</rb><rt>だれ</rt></ruby>だ。何の用があつて来たんだ。」

「僕は旅の音楽師です。内にはいつて、一曲ひいてはいけませんか。」

魔法つかひはうさん臭さうな目つきをして、「何だおまへ、その袋の中に入れてるものは。」と、きゝながら、足で袋をけりましたから、なかの稲妻が、ガラガラツと大きな音を立てました。

「これですか。」と、虹猫はそ知らぬ顔で答へました。

「これは珍らしい楽器です。だからあんな音を出します。これがなけりや、僕は歌がうたへません。」

「うん、さうか。ぢや一つそこでうたつてごらん。その上で中へ入れるか入れないか、きめるから。」

虹猫はマンドリンをかき鳴らしてうたひました。

青い草の上に、<ruby><rb>鵞鳥</rb><rt>がてう</rt></ruby>が一羽、

くちばしが金で羽が銀、こんな美しい鳥は、

<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>もまだ見たことがない。

「うん、面白さうだ、うちにはいつて、あとをうたひなさい。」魔法つかひは、よろこんでうちへ虹猫を入れました。しめたツと、虹猫はいきなり袋をあけて、稲妻をはなしました。ピカ〱、ゴロ〱、大したさわぎです。虹猫は外套をぬぎすて、テイブルの上にとびあがつて、青い目を光らして、フツ〱ニヤオ、ニヤオと叫び立てました。魔法つかひはすつかり閉口して桑原々々とふるへ上つてゐるのを、虹猫は手足をしばつて、袋の中に押込み、そこにあつた魔術の本はみんな火にくべて、焼いてしまひました。魔法つかひはその後、悪いことをしないやうに遠くの国へ追ひやられ、大女は自分の国へ、子供たちはめい〱親のところへ帰りました。