Soranoha

蛇性の婬

じゃせいのいん

田中 貢太郎

紀きの国くにの三輪みわが崎さきに大宅竹助おおやのたけすけと云うものがあって、海郎あまどもあまた養い、鰭はたの広物ひろもの、狭さき物ものを尽して漁すなどり、家豊ゆたかに暮していたが、三人の小供があって、上の男の子は、父に代って家を治め、次は女の子で大和やまとの方へ嫁入し、三番目は又男の子で、それは豊雄とよおと云って物優しい生れであった。常に都風みやびたる事を好んで、過活心わたらいごころがないので、家の者は学者か僧侶かにするつもりで、新宮しんぐうの神奴かんぬし安部弓麿あべのゆみまろの許もとへ通わしてあった。

それは九月の末のことであった。豊雄は例によって師匠の許へ往いっていると、東南たつみの空に雲が出て、雨が降って来た。そこで、豊雄は師匠の許で、傘おおがさを借りてかえったが、飛鳥あすか神社の屋根が見えるようになってから、雨が大きくなって来たので、出入でいりの海郎の家へ寄って雨の小降りになるのを待っていると、「この軒しばし恵ませ給え」と云って入って来た者があった。それは二十歳はたちには未まだ足りない美しい女と、十四五の稚児髷ちごまげに結うた伴ともの少女とであった。女は那智なちへ往っての帰りだと云った。豊雄は女の美に打たれて借りて来た傘を貸してやった。女は新宮の辺ほとりに住む県あがたの真女児まなごと云うものであると云って、その傘をさして帰って往った。

豊雄はそのあとで、そこの主人の蓑笠みのかさを借りて家へ帰ったが、女の俤おもかげが忘られないので、そればかり考えているとその夜の夢に女の許へ往った。そこは門も家も大きく、蔀しとみおろし簾すだれ垂れこめた住居すまいであった。真女児が出て来て、酒や菓子を出してもてなしてくれたので、喜うれしき酔ごこちに歓会を共にした。豊雄は朝になって女に逢いたくてたまらないので、朝飯も喫くわずに新宮へ往って、県の真女児の家はと云って尋ねたが、何人だれも知った人がなかった。そのうちに午時ひるも過ぎたところで、東の方からかの稚児髷の少女が来た。女の家は直すぐそこであった。それは門も家も大きく、蔀おろし簾たれこめた夢の中に見たのとすこしもかわらない家であった。少女が入って往って、「傘の主詣もうで給うを誘いざない奉る」と云うと、真女児が出て来て、南面みなみおもての室へやに豊雄をあげた。板敷の間に床畳とこだたみを設けた室で、几帳御厨子きちょうみずしの餝かざり、壁代かべしろの絵なども皆古代のもので、倫なみの人の住居ではなかった。真女児は豊雄に御馳走ごちそうした。真女児は己じぶんはこの国の受領の下司しもづかさ県あがたの何某なにがしが妻であったが、この春夫が歿なくなったので、力と頼むものもない。「昨日きのうの雨のやどりの御恵に、信まことある御方おんかたにこそとおもう物から、今より後のちの齢よわいをもて、御宮仕おんみやづかえし奉らばや」と云った。豊雄は元より願うところであるが、「親兄弟おやはらからに仕うる身の、おのが物とては爪髪そうはつの外なし、何を禄ろくに迎えん便たよりもなければ」と云った。真女児は貴郎あなたが時どきここへ来ていっしょにいてくれるならいいと云って、金銀こがねしろがねを餝った太刀を出して来て、これは前さきの夫の帯びていたものだと云ってくれた。

豊雄は真女児に是非泊ってゆけと止められたが、家へ無断で泊っては叱しかられるから、明日の晩泊ってもかまわないようにして来ると云って帰って来たが、朝になって兄の太郎たろうは、地曳網じびきあみのかまえをするつもりで、外へ出ようと思って豊雄の閨房ねやの前を通りながら見ると、豊雄の枕頭まくらもとに置いた太刀が消え残のこりの灯ともしびにきらきらと光っていた。太郎は驚いて聞くと、某人さるひとからもらったものだと云った。父親も聞きつけてそこへ来、母親も来て詮議せんぎすると、直接それを云うは恥かしいと云うので、太郎の妻がそれを聞くことになった。そこで、豊雄が真女児のことを云うと、嫂あによめは、「男子おのこのひとり寝し給うが、兼かねていとおしかりつるに、いとよきことぞ」と云ってその夜よ太郎に豊雄に女のできたことを話した。太郎は眉まゆを顰ひそめて、「この国の守かみの下司に、県の何某と云う人を聞かず、我家保正おさなればさる人の亡くなり給いしを聞えぬ事あらじを」と云って彼かの太刀を精くわしく見て驚いた。それは都の大臣殿おおいどのから熊野権現くまのごんげんに奉ったもので、そのころ盗まれた神宝かんだからの一つであった。父親は太郎からそれを聞いて、「他よりあらわれなば、この家をも絶たやされん、祖みおやの為ため子孫のちの為には、不孝の子一人惜おしからじ、明あすは訴え出いでよ」と云って大宮司だいぐじの許もとへ訴えさした。大宮司の許へ来て盗人の詮議をしていた助すけの君きみ文室広之ぶんやのひろゆきは、武士十人ばかりをやって豊雄を捕えさした。

豊雄は涙を流して身の明しを立てようとした。助の君はそこで豊雄を道案内にして、武士を真女児の家へやった。大きな家ではあるが、門の柱も朽くち、簷のきの瓦かわらも砕けて、人の住んでいるような所ではなかった。豊雄は驚いた。武士は付近の者を呼んで、「県の何某が女めのここにあるはまことか」と云うと、鍛冶かじの老人が出て、「この家三とせばかり前までは、村主すぐりの何某という人の賑にぎわしくて住侍すみはべるが、筑紫つくしに商物あきもの積みてくだりし、その船行方ゆくえなくなりて後のちは、家に残る人も散々ちりぢりになりぬるより、絶えて人の住むことなきを、この男のきのうここに入りて、漸ややして帰りしを奇あやしとてこの漆師ぬしの老おじが申されし」と云った。とにかく内を見極めようと云って、門を開けて入って探していると、塵ちりの一寸ばかりも積った室へやの中に古き帳とばりを立てて花のような女が一人いたが、武士が入って往くと大きな雷が鳴って、それとともに女の姿は見えなくなった。室の中を見ると、狛錦こまにしき、呉くれの綾あや、倭文しずり、縑かとり、楯たて、槍ほこ、靭ゆき、鍬くわなどの彼かの盗まれた神宝があった。

そこで豊雄の大盗だいとうの疑いは晴れたが、神宝を持っていた罪は免がれることができないので、牢屋ろうやに入れられていたのを、豊雄の父親と兄の太郎が賄賂わいろを用いたので百日ばかりで赦ゆるされた。豊雄は知った人に顔を見られるのが恥かしいので、大和の姉の許へ往った。その姉の家は泊瀬寺はつせでらに近い石榴市つばいちと云う所にあって、御明灯心みあかしとうしんの類を売っていた。某日あるひ豊雄が店にいると、都の人の忍びの詣もうでと見えて、いとよろしき女が少女を伴れて薫物たきものを買いに来た。少女は豊雄を見て、「吾君わがきみのここにいますは」と云った。それは真女児の一行であった。豊雄は、「あな恐し」と云って内に隠れた。女は豊雄を追って往って、「君公庁おおやけに召され給うと聞きしより、かねて憐あわれをかけつる隣の翁おきなをかたらい、頓とみに野らなる宿やどのさまをこしらえ、我を捕とらんずときに鳴神なるかみ響かせしは、まろやが計較たばかりつるなり」と云い、神宝のことに関しては、「何とて女めの盗み出すべき、前さきの夫つまの良よからぬ心にてこそあれ」と云った。姉夫婦は真女児の詞ことばに道理があるので疑いを晴らして、「さる例ためしあるべき世にもあらずかし、はるばるとたずねまどい給う御心おんこころねのいとおしきに、豊雄肯うけがわずとも、我々とどめまいらせん」と云って、豊雄の傍そばに置き、そのうちに豊雄にすすめて結婚さした。

三月になって一家の者が野遊びに往くことになった。真女児は、「我身稚おさなきより、人おおき所、或あるいは道の長手ながてをあゆみては、必ず気のぼりてくるしき病やまいあれば、従駕ともにぞ出立いでたちはべらぬぞいと憂うれたけれ」と云うのを無理に伴れて往った。そして、何某なにがしの院に往き、滝の傍を歩いて往ったところで、髪は績麻うみそをつかねたような翁が来て、「あやし、この邪神あしきかみ、など人を惑まどわす」と云うと、真女児と少女は滝の中に飛び込んだが、それと共に雲は摺墨するすみをうちこぼしたる如ごとく、雨は篠しのを乱して降って来た。翁はあわてて惑う人々を案内して人家のある所まで伴れて往ってくれた。翁は当麻たぎまの酒人きびとと云う神奴かんぬしの一人であった。翁は豊雄に向って、「邪神は年経としへたる蛇おろちなり、かれが性さがは婬みだらなる物にて、牛と孳つるみては麟りんを生み、馬とあいては竜馬りゅうめを生むといえり、この魅まどわせつるも、はた、そこの秀麗かおよきに奸たわけたると見えたり」と云って誡いましめた。

豊雄は夢のさめたようになって紀の国へ帰った。一家の者は豊雄がこんな目に逢うのも独りであるからだと云って、妻になる女を探していると、柴の里の庄司しょうじの一人女子むすめで、大内おおうちの采女うねめにあずかっていたのが婿を迎えることになり、媒氏なこうどをもって豊雄の家へ云って来た。豊雄の家でも喜んで約束をしたので、庄司の家では女子むすめを都へ迎いにやった。その女子の名は富子とみこ、やがて富子が都から帰って来ると、豊雄はその家に迎えられたが、二日目の夜になって、豊雄はよきほどに酔って、「年来としごろの大内住うちずみに、辺鄙いなかの人は将はたうるさくまさん、かの御おんわたりにては、何の中将、宰相などいうに添いぶし給うらん、今更にくくこそおぼゆれ」などと云って戯たわむれかかると、富子は顔をあげて「古き契ちぎりを忘れ給いて、かくことなる事なき人を時めかし給うこそ、こなたよりまして悪にくくなれ」と云ったが、その声は真女児の声であった。豊雄はわなわなとふるえた。「他人あだしひとのいうことをまことしくおぼして、強あながちに遠ざけ給わんには、恨み報むくいん、紀路きじの山々さばかり高くとも、君が血をもて峰より谷に灌そそぎくださん」と怪しき声は云った。「吾君いかにむつかり給う、こうめでたき御契おんちぎりなるは」と云って屏風びょうぶのうしろから出て来たのは彼かの少女であった。

翌日になって豊雄は閨房ねやから逃げ出して庄司に話した。庄司は熊野詣くまのもうでに年々来る鞍馬寺くらまじの法師に頼んで怪しい物を捉とらえてもらうことにした。鞍馬法師は雄黄ゆおうを鎔といて小瓶こびんに入れ、富子の閨房へ往ってみると、枯木のような角つのの生えた雪のように白い蛇が三尺あまりの口を開け、紅くれないの舌を吐いて室へやの中一ぱいになっていた。法師は驚いて気絶したがとうとう死んでしまった。

豊雄が往ってみると美しい富子となっていた。豊雄は己じぶんのために人に迷惑をかけてはすまないから、己は怪しいものの往くところに従ついて往くと云った。庄司はそれをとめて、小松原こまつばらの道成寺どうじょうじへ往って法海和尚ほうかいおしょうに頼んだ。法海和尚は「今は老朽ちて、験しるしあるべくもおぼえ侍はべらねど、君が家の災わざわいを黙もだしてやあらん」と云って芥子けしの香かのしみた袈裟けさを執とりだして、「畜かれをやすくすかしよせて、これをもて頭かしらに打被うちかずけ、力を出して押しふせ給え、手弱たよわくあらばおそらくは逃去らん」と云った。庄司は喜んで帰って、その袈裟をそっと豊雄にわたした。豊雄は富子の閨房へ往って隙すきを見て、袈裟を被きせ、力をきわめて押しふせた。そこへ法海和尚の轎かごが来た。和尚は何か念じながら豊雄を退のかして袈裟を除とってみると、そこには富子がぐったりとなっている上に三尺ばかりの白い蛇がとぐろをまいていた。和尚はそれを捉えて弟子が捧げている鉄鉢てつばちに入れた後あとで、又念じていると屏風の背うしろから一尺ばかりの小蛇こへびが這いだして来た。和尚はそれも捉えて鉄鉢にいっしょに入れ、彼かの袈裟を上からかけて封をし、それを携えて帰りかけたので、豊雄はじめ一家の者は掌てをあわせ涙を流して見送った。そして、寺に帰った和尚は、本堂の前を深く掘らせて、彼かの鉄鉢を埋めさし、永劫えいごうが間あいだ世に出ることを戒いましめたのであった。

この『蛇性の婬』の話は、上田秋成うえだあきなりの『雨月物語うげつものがたり』の中でも最も傑出したものとせられているが、しかし、これは秋成の創作でなしに支那しなの伝説の翻案である。支那の杭州こうしゅうにある西湖せいこの伝説を集めた『西湖佳話せいこかわ』の中にある『雷峰怪蹟らいほうかいせき』がその原話である。雷峰とは西湖の湖畔にある塔の名で、呉越王妃ごえつおうひ黄氏こうしの建立したものであるが、『雷峰怪蹟』では奇怪な因縁から出来たものとせられている。著者も嘗かつて西湖に遊んで南岸の湖縁こべりに聳そびえ立った五層の高い大きな塔の姿に驚かされた一人である。その西湖には南岸の雷峰塔らいほうとうに対して北岸に保叔塔ほしゅくとうと云うのがある。

雷峰怪蹟

宋そうの高宗帝こうそうていが金きんの兵に追われて、揚子江ようすこうを渡って杭州に行幸ぎょうこうした際のことであった。杭州城内過軍橋かぐんきょうの黒珠巷こくじゅこうと云う所に許宣きょせんという壮わかい男があったが、それは小さい時に両親を歿なくして、姐あねの縁づいている李仁りじんと云う官吏の許に世話になっていた。この李仁は南廊閣子庫なんろうかくしこの幕事ばくじであった。許宣はその李幕事の家にいて、日間ひるまは官巷かんこうで薬舗くすりみせをやっている李幕事の弟の李将仕りしょうしと云う人の家へ往って、そこの主管ばんとうをしていた。

許宣はそのとき二十二であった。きゃしゃな姝きれいな顔をした、どこか貴公子然たるところのある男であった。それは清明の節に当る日のことであった。許宣は保叔塔寺ほしゅくとうじへ往って焼香しようと思って、宵に姐に相談して、朝はやく起きて紙の馬、抹香まっこう、赤い蝋燭ろうそく、経幡はた、馬蹄銀ばていぎんの形をした紙の銭などを買い調ととのえ、飯を喫くい、新らしく仕立てた衣服きものを着、鞋くつも佳よいのを穿はいて、官巷の舗へ往って李将仕に逢あった。

「今日、保叔塔へお詣まいりしたいと思います、一日だけお暇をいただきとうございますが」

清明の日には祖先の墓へ行って祖先の冥福めいふくを祈るのが土地の習慣であるし、両親の無い許宣が寺へ往くことはもっとものことであるから、李将仕は機嫌好く承知した。

「いいとも、往ってくるがいい、往ってお出いで」

そこで許宣は舗を出て、銭塘門せんとうもんのほうへと往った。初夏のような輝かがやきの強い陽ひの照る日で、仏寺に往き墓参に往く男女が街路に溢あふれていた。その人々の中には輿よに乗る者もあれば、轎きょうに乗る者もあり、また馬や驢ろばに乗る者もあり、舟で往く者もあった。

許宣は銭塘門を出て、石函橋せきかんきょうを過ぎ、一条路ひとすじみちを保叔塔の聳そびえている宝石山ほうせきざんへのぼって寺へと往ったが、寺は焼香の人で賑にぎわっていた。許宣も本堂の前で香を燻くゆらし、紙馬紙銭しばしせんを焼き、赤い蝋燭ろうそくに灯を点ともしなどして両親の冥福を祈った。そして、寺の本堂へ往き、客堂へあがって斎ときを喫くい、寺への布施もすんだので山をおりた。

山の麓ふもとに四聖観しせいかんと云う堂があった。許宣がその四聖観へまでおりた時、急に陽の光がかすれて四辺あたりがくすんで来た。許宣はおやと思って眼を睜みはった。西湖の西北の空に鼠ねずみ色の雲が出て、それが陽の光を遮さえぎっていた。東南の湖縁の雷峰塔のあるあたりには霧がかかって、その霧の中に塔が浮んだようになっていた。その霧はまた東に流れて蘇堤そていをぼかしていた。眼の下の孤山こざんは燻銀いぶしぎんのくすんだ線を見せていた。どうも雨らしいぞ、と思う間もなく、もう小さな雨粒がぽつぽつと落ちて来た。許宣は四聖観の簷下のきしたに往って立っていたが、雨は次第に濃くなって来て、雨隙あめすきが来そうにも思われなかった。空には微墨うすずみ色をした雲が一めんにゆきわたっていた。許宣はしかたなしに鞋くつを脱ぎ襪くつしたも除とってそれをいっしょに縛って腰に著つけ、赤脚はだしになって四聖観の簷下を離れて湖縁へと走った。

許宣はそこから舟を雇やとうて湧金門ゆうきんもんへまで帰るつもりであった。不意の雨に驚いて濡ぬれながら逃げ走っている人の姿が、黒い点になってそこここに見えた。湖のなかにも小舟が右に左にあたふたと動いていた。それは皆俗に杭州舟こうしゅうぶねと云っている苫とまを屋根にした小舟であった。その小舟の中に舳へさきを東の方へ向けて老人が艫ろを漕いでいる舟があって、それがすぐ眼の前を通りすぎようとした。許宣はどの舟でもいいから近い舟を呼ぼうと思って、その舟に声をかけようとしたところで、どうもその船頭に見覚えがあるようだから竹子笠たけのこがさを冠っている顔に注意した。それは張河公ちょうかこうと云う知己しりあいの老人であった。許宣はうれしくてたまらなかった。

「張さん、張さん、おい張さん」

許宣の声が聞えたとみえて、船頭は顔をあげて陸おかのほうを見た。

「おれだ、おれだ、張さん、湧金門まで乗っけてくれないか」

船頭は許宣を見つけた。

「ほれ、主管ばんとうさん……」

船頭は驚いたように云って艫をぐいと控えて、舳を陸にして一押し押した。と、舟はすぐ楊柳ようりゅうの浅緑の葉の煙けむって見える水際の沙すなにじゃりじゃりと音をさした。許宣は水際へ走りおりた。

「気の毒だが、湧金門までやっておくれ、保叔塔へ焼香に往ってて雨を喫くったところだ」

「そいつは大変でしたね、早くお乗んなさい、わっしも湧金門へいくところじゃ」

「そうか、そいつはちょうど宜よい、乗っけてもらおう」

許宣は急いで足を洗って舟へ乗った。船頭は水棹みずさおを張って舟を出し、舳を東へ向けて艫を立てた。

「もし、もし、船頭さん、すみませんが、乗せてってくださいまし」

ふくらみのある女の声がするので許宣は苫の隙から陸のほうを見た。背のすらりとした姝きれいな女が青い上衣うわぎを着た小婢じょちゅうに小さな包を持たせて雨に濡れて立っていた。

「張さん、乗っけてやろうじゃないか、困ってるじゃないか」

「そうですな、ついでだ、乗っけてやりましょうや」

船頭はまた舟を陸へやった。絹糸のような小雨の舳に降るのが見えた。

「どうもすみません、俄にわかに雨になったものですから……」

艶なまめかしい声がして女達は舟へあがって来た。そして、姝な女の顔がもう苫屋根の下にくっきりと見えた。

「どうもすみません、お邪魔をさせていただきます」

女はおちついた物越しであいさつをした。許宣はきまりがわるかった。彼はあわてて女のあいさつに答えながら体を後うしろの方へのけた。

「さあ、どうぞ」

女はそのまま入って来てその膝頭ひざがしらに喰くっつくようにして坐った。女の体に塗った香料の匂においがほんのりとした。許宣は眩まぶしいので眼を伏せていたが、女の顔をはっきりと見たいと云う好奇心があるのでそろそろと眼をあげた。黒い潤うるみのある女の眼がじっと己じぶんの方を見ているのにぶつかった。許宣はあわててまた眼をそらした。

「あなたは、どっちにお住居でございます」

女は執着を持ったような詞ことばで云った。許宣のきまりのわるい思いはやや薄らいで来た。

「過軍橋の黒珠巷こくじゅこうです。許と云う姓で、名は宣と云います、あなたは」

「私は、白はくと申します、私の家は白三班はくさんぱんで、私は白直殿はくちょくでんの妹で張ちょうと云う家へ嫁かたづいておりましたが、主人が歿くなりましたので、今日はその墓参をいたしましたが、こんな雨になって、困っているところを、お蔭さまでたすかりました」

「そうでしたか、私も両親を早く歿くしておりますので、今日は保叔塔寺へ往ったところで、この雨で、困って湧金門まで舟を雇おうと思って、来て見ると知己の舟がいたので乗ったところでした、ちょうど宜よろしゅうございました」

舟は府城ふじょうの城壁に沿うて南へ南へと往った。絹糸のような雨が絶えず苫屋根の外にあった。

「家を出る時は、好いお天気でしたから、雨のことなんかちょっとも思わなかったものですから、困ってしまいました、ほんとに有難うございました」

小婢が主人の横脇でもそもそと体を動かす気配がした。

「私も姐あねの家に世話になって、日間ひるまは親類の薬舗へ勤めておりますので、暇をもらって、やっぱり雨のことは考えずに、来たものですから、ひどい目に逢いました、皆、今日は困ったでしょうよ」

許宣は気もちをいじけさせずに女と話すことができた。

舟はもう湧金門の外へ来ていた。小さな白い雨は依然として降っていた。女は何か思いだしたように己の体のまわりをじっと見た後のちに、小婢の耳に口を着けて小声で囁ささやいて困ったような顔をした。と、小婢の眼元が笑って女に囁きかえした。それでも女は困ったような顔をしていた。

「あのね、なんですが」

小婢の顔がこっちを見た。許宣は何事だろうと思った。

「今朝、家を出る時に、急いだものですから、おあしを忘れてまいりました、誠に恐れ入りますが、どうか船賃を拝借させていただきとうございますが、家へ帰りましたなら、すぐお返しいたしますが」

「そんなことは宜いのですよ、私が払いますから」

舟はもう水際へ着いていた。女はきまりわるそうにもじもじしていた。

「さあ、舟が着きました、あがりましょう」

許宣は腰につけた銭袋から幾等いくらかの銭を執とって舟の上に置いた。

「どうもすみません」

女はそう云って鞋を穿いて小婢といっしょにあがって往った。許宣もその後からあがったがそれは赤脚はだしのままであった。

もう日没ひぐれになっているのか四辺が灰色になって見えた。女は許宣のあがって来るのを楊柳の陰で待っていた。

「あの、なんですけど、雨もこんなに降りますし、もう日も暮れかけてますから、私の家へまいりましょうじゃありませんか、拝借したお銭あしもお払いしとうございますから」

許宣は女の家へも往きたかったが、姐の家に気がねがあるので往けなかった。

「もう遅うございますから、またこの次に伺うかがいます」

「そうですか、……それでは、また、お眼にかかります、どうも有難うございました」

女はのこり惜しいような顔をして別れて往った。小婢は包を持って後あとから歩いていた。許宣ものこり惜しいような気がするので、そのまま立っていて今度見直すと、二人の姿はもう見えなかった。許宣は気が注ついて船頭に一言二言別れの詞ことばをかけ、楊柳の陰から走り出て湧金門を入って、ぎっしり簷を並べた民家の一方の簷下を歩いた。彼はそうして近くの親類へ往って傘を借りようとしているのであった。彼の眼の前にはさっきの女の姿が花のように映っていた。

許宣は三橋巷さんきょうこうの親類へと往った。親類では夕飯の時刻だからと云って引留めようとしたが、許宣は家の外に幸福が待っているような気がして、家の内なかに置かれるのが厭いやだから、強いて傘ばかり借りて外へ出た。ぱっとさした傘に絡からまる軽い爽さわやかな雨の音。

洋場頭ようじょうとうに往ったところで、聞き覚えのある優しい女の声がした。

「おや、あなた」

許宣は左の方を揮ふり向いた。そこの茶館の簷下にさっきの白娘子はくじょうしが独り雨を避けて立っていた。

「や、あなたでしたか、さっきは失礼しました」

「さきほどは有難うございました、どうも雨がひどいものですから、婢じょちゅうに傘を執りに往ってもらって待っているところでございます」

「そうですか、それは……、では、この傘を持っていらっしゃい、私はすぐそこですから、傘が無くっても宜いのです」

許宣は己の手にした傘を女に渡そうとしたが、女は手を出さなかった。

「有難うございますが、それではあんまりでございますから、宜しゅうございます、もう、婢がまいりましょうから」

「なに、宜いんです、私は、もう、すぐそこですから、傘をさすほどのことはないのです、さあお持ちなさい、傘は私が明日でも執りにあがりますから」

「でも、あんまりですわ」

「なに、宜いのです」

許宣は強しいて柄えを女の前に持って往った。

「ではすみませんが、拝借いたしましょうか、私の家は荐橋そんきょうの双茶坊そうさぼうでございます」

女はほっそりした長い指を柄にからませた。

「そうですか、それではまたお眼にかかります」

許宣は女に気をもまさないようにと、傘を渡すなり簷下に添うてとかとかと歩きだした。それといっしょに女も簷下を離れて石を敷いた道の上に出て往った。

許宣はその夜よ寝床に入ってからも白娘子はくじょうしのことを考えていた。姝きれいな眼鼻だちの鮮かな女の姿が心ありそうにしてこっちを見ていた。彼は誘惑に満ちた女の詞ことばを一つ一つ思いだしていた。と、物の気配がして寝室の帳とばりを開けて入って来た者があった。許宣はびっくりしてその方へ眼をやった。そこには日間ひるまのままの白娘子の艶なまめかしい顔があった。許宣は嬉うれしくもあればきまりもわるいので何か云わなくてはわるいと思ったが、云うべき詞が見つからなかった。

女は寝床の上にいつの間にかあがってしまった。許宣は呼吸いき苦しいほどの幸福に浸ひたっていたが、ふと気が注つくとそれは夢であった。

翌朝になって許宣は平生いつものように早くから舗みせへ往ったが、白娘子のことが頭に一ぱいになっていて、仕事が手につかないので、午飯ひるめしの後で口実をこしらえて舗を出て、荐橋の双茶坊へ往った。

許宣はそうして白娘子の家を訪ねて歩いたが、それらしい家が見つからなかった。人に訊きいても何人だれも知っている者がなかった。許宣は場所の聞きあやまりではないかと思って考えてみたが、どうしても双茶坊であるから、やめずに町の隅から隅へ訪ねて往った。しかし、それでもどうしてもそうした家がなかった。彼はしかたなしに諦あきらめて、くたびれた足を引擦ひきずるようにして帰りかけた。と、東西になった街の東の方から青い上衣うわぎの小婢じょちゅうがやって来た。

「おや、いらっしゃいまし」

「傘をもらっていこうと思って、今、来たところですが、どこです」

許宣は腹の裏を見透されるように思って長い間探していたとは云えなかった。彼はそうして小婢に伴れられて往った。

おおきな楼房にかいやがあって高い牆へいを四方に廻めぐらしていた。小婢はその前に往ってちょっと足を止めて許宣の顔を見た。

「ここですわ」

許宣はこんな大きな家に住んでいた人が何故なぜ判わからなかったろうと思って不審した。彼はそのまま小婢に随ついてそこの門を潜くぐった。

二人は家の中へ入って中堂ざしきの口に立った。

「奥様、昨日きのう御厄介になった方が、いらっしゃいました」

小婢が内へ向いて云った。すると内から白娘子の声がした。

「そう、では、こちらへね、さあ、あなた、どうかお入りくださいまし」

白娘子の詞について小婢が云った。

「さあ、どうかお入りくださいまし」

許宣は入りにくいので躊躇ちゅうちょしていた。と、小婢がまた促うながした。

「奥様もあんなにおっしゃってますから、どうぞ」

許宣はそこで心を定きめて入った。室へやの両側は四扇しまいびらきの隔子かくしになって一方の狭い入口には青い布きれの簾とばりがさがっていた。小婢は白娘子に知らすためであろう、その簾を片手に掲げて次の室へ往った。許宣はそこに立って室の容ようすを見た。中央の卓つくえの上に置いた虎鬚菖蒲はししょうぶの鉢が、先まず女の室らしい感じを与えた。そして、両側の柱には四幅しふくの絵を掛かけて、その中間になった所にも何かの神の像を画えがいた物を掛けてあった。神像の下には香几こうづくえがあって、それには古銅の香炉こうろと花瓶かびんを乗せてあった。

白娘子が濃艶のうえんな顔をして出て来た。許宣はなんだかもう路傍の人ではないような気がしていたが、その一方では非常にきまりがわるかった。

「よくいらっしゃいました、昨日はまたいろいろ御厄介になりまして有難うございました」

「いや、どういたしまして、今日はちょっとそこまでまいりましたから、お住居はどのあたりだろうと思って、何人だれかに訊いてみようと思ってるところへ、ちょうど婢さんが見えましたから、ちょっとお伺いいたしました」

二人が卓に向きあって腰をかけたところで、小婢が茶を持って来た。許宣はその茶を飲みながらうっとりした気もちになって女の詞を聞いていた。

「では、これで……」

許宣は動きたくはなかったが、いつまでも茶に坐っているわけにはゆかなかった。腰をあげたところで、小婢が酒と菜蔵果品さかなを持って来た。

「何もありませんが、お一つさしあげます」

「いや、そんなことをしていただいてはすみません、これで失礼いたします」

「何もありません、ま、お一つ、そうおっしゃらずに」

許宣は気の毒だと思ったが女の傍にいたくもあった。彼はまた坐って数杯の酒を飲んだ。

「それでは失礼いたします、もうだいぶん遅くなったようですから」

許宣は遅くなったことに気が注いたので、思い切って帰ろうとした。

「もうお止めいたしますまいか、あまり何もありませんから、それでは、もう、ちょとお待ちを願います、昨日拝借したお傘を、家の者が知らずに転借またがしをいたしましたから、すぐ執ってまいります、お手間は執らせませんから」

許宣はすぐ今日もらって往くよりは、置いてく方がまたここへ来る口実があっていいと思った。

「なに、傘はそんなに急ぎませんよ、また明日でも執りにあがりますから、今日わざわざでなくっても宜いのです」

「では、明日、私の方からお宅へまでお届けいたしますから」

「いや、私があがります、店の方も隙ひまですから」

「では、お遊びにいらしてくださいまし、私は毎日対手あいてがなくて困っておりますから」

「それでは明日でもあがります、どうも御馳走になりました」

許宣は白娘子に別れ、小婢に門口もんぐちまで見送られて帰って来たが、心はやはり白娘子の傍にいるようで、己じぶんで己を意識することができなかった。そして、翌日舗みせに出ていても仕事をする気になれないので、また口実を設けて外へ出て、そのまま双茶坊の白娘子の家へと往った。

許宣の往く時間を知って待ちかねていたかのように小婢が出て来た。

「ようこそ、さあどうかお入りくださいまし、今、奥様とお噂うわさいたしておったところでございます」

「今日は傘だけいただいて帰ります、傘をください、ここで失礼します」

許宣はそう云ったものの早く帰りたくはなかった。彼は白娘子が出て来てくれればいいと思っていた。

「まあ、そうおっしゃらずに、ちょとお入りくださいまし」

小婢はそう云ってから内へ入って往った。許宣は小婢が白娘子を呼びに往ったことを知ったので嬉しかった。彼は白娘子の声が聞えはしないかと思って耳を傾けた。

人の気配がして小婢が引返して来た。小婢の後から白娘子の顔が見えた。

「さあ、どうぞ、お入りくださいまし、もしかすると、今日いらしてくださるかも判らないと思って、朝からお待ちしておりました」

「今日はもうここで失礼します、毎日お邪魔をしてはすみませんから」

「私の方は、毎日遊んでおりますから、お客さんがいらしてくださると、ほんとに嬉しいのですわ、お急ぎでなけりゃ、お入りくださいましよ」

「私もべつに用事はありませんが、毎日お邪魔をしてはすみませんから」

「御用がなけりゃ、どうかお入りくださいまし、さあ、どうか」

許宣はきまりわるい思いをせずに、白娘子に随いて昨日の室へ往くことができた。室へ入って白娘子と向き合って坐ったところで小婢がもう酒と肴さかなを持って来た。

「もうどうぞ、一本の破傘やぶれがさのために、毎日そんなことをしていただいては、すみません、今日はすぐ帰りますから、傘が返っているならいただきます」

許宣はなんぼなんでも一本の傘のことで二日も御馳走になることはできないと思った。

「まあ、どうか、何もありませんが、召しあがってくださいまし、お話ししたいこともございますから」

白娘子はそう云って心持ち顔をあからめた。それは夢に見た白娘子の艶なまめかしい顔であった。許宣は卓つくえの上に眼を落した。

「さあ、おあがりくださいまし、私もいただきます」

白娘子の声について許宣は盃さかずきを口のふちへ持っていったが、その味は判らなかった。許宣はそうして己の顔のほてりを感じた。

「さあ、どうぞ」

許宣は白娘子の云うなりに盃を手にしていたが、ふと気が注つくとひどく長座をしたように思いだした。

「何かお話が、……あまり長居をしましたから」

「お話ししたいことがありますわ、では、もう一杯いただいてくださいまし、それでないと申しあげにくうございますから」

白娘子はそう云って許宣の眼に己じぶんの眼を持って来た。それは白いぬめぬめするかがやきを持った眼であった。許宣はきまりがわるいので盃を持ってそれをまぎらした。と、香気そのもののような女の体がそこに来てぴったりと触れた。

「神の前でお話しすることですから、決して冗談じゃありませんから、本気になって聞いてくださいまし、私は主人を歿なくして、ひとりでこうしておりますが、なにかにつけて不自由ですし、どうかしなくちゃいけないと思っていたところで、あなたとお近づきになりました、私はあなたにお願いして、ここの主人になっていただきたいと思いますが」

貧しい孤児の前に夢のような幸福が降って湧わいた。許宣は喜びに体がふるえるようであったが、しかし、貧しい己の身を顧みるとこうした富豪の婦人と結婚することは思いもよらなかった。彼はそれを考えていた。

「お厭いやでしょうか、あなたは」

許宣はもう黙っていられなかった。彼は吃どもるように云いだした。

「そんなことはありませんが、私は、家も無い、何も無い、姐の家に世話になって、それで、日間ひるまは親類の舗へ出ているものですから」

「他に御事情がなければ、他に御事情があればなんですが、そんなことなら私の方でどうにでもいたしますから」

そう云って白娘子は顔をあげて小婢を呼んだ。小婢がもうそこに来ていた。白娘子は何か小声で云いつけた。

小婢はそのまま室を出て往ったが、まもなく小さな包を持って来て白娘子に渡した。白娘子はそれをそのまま許宣の前へ置いた。

「これを費用にしてくださいまし、足りなければありますから、そうおっしゃってくださいまし」

それは五十両の銀貨であった。許宣は手を出さなかった。

「それをいただきましては」

「宜いじゃありませんか、費用ですもの」

白娘子はそれを許宣の手に持っていった。許宣は受けて袖そでの中へ入れた。

「それでは、今日はもう遅いようですから、お帰りになって、またいらしてくださいまし」

小婢がそこへ傘を持って出て来た。許宣はふらふらと起たって傘を持って出た。

許宣は夜になって姐あねの許へかえって、結婚の相談をしようと思ったが、人生の一大事のことを、世間ばなしのように話したくないので、その晩は何も云わずに寝て、翌朝あくるあさ起きるなりそれまで貯えてあった僅わずかかな「僅わずかかな」はママ銭を持って、市場に往き、鶏の肉や鵞がちょうの肉、魚、菓実かじつ、一樽ひとたるの佳よい酒まで買って来て、それを己じぶんの室へやへならべて、李幕事夫婦を呼びに往った。

「今朝は、私のところで御飯を喫たべてください」

李幕事夫婦はひどく不思議に思って、許宣の室へやって来た。そして夫婦は卓の上の御馳走を見て驚いた。

「今日は、ぜんたいどうしたと云うのだい、へんじゃないか」

李幕事は突立ったなりに云った。

「すこしお願いしたいことがありますからね、どうか、まあお掛けください」

許宣はとりすまして云った。

「どんなことだ、さきに云ってみるが宜よい」

「まあ、二三杯あがってください、ゆっくり話しますから」

許宣は李幕事夫婦に酒を勧めた。酒は二巡三巡した。許宣はそこで李幕事の顔を見た。

「私は、これまで御厄介をかけて、こんなに大きくなりましたが、その御厄介ついでに、も一つお願いしなくてはならないことがあります、私は、結婚をしたいと思います」

「婚礼か、婚礼は大事だから、一つ考えて置こう、なあお前」

李幕事は細君の顔を見たが、それっきり婚礼のことに就ついては何も云わなかった。もすこし具体的の話をしようと思っていた許宣は、もどかしかったがどうすることもできなかった。

酒がすむと李幕事は逃げるように室を出て往った。許宣はしかたなしに李幕事の返事を待つことにして待っていたが、二日経たっても三日経っても何の返事もなかった。そこで許宣は姐の所へ往って云った。

「姐ねえさん、この間のことを、兄あにさんと相談してくれましたか」

「まだしてないよ」

「なぜしてくれないんです」

「兄さんが忙しかったからね」

「忙しいよりも、兄さんは、私が婚礼すると、金がかかると思って、それで逃げてるのじゃないでしょうか、金のことなら大丈夫ですよ、ありますから」

許宣はそう云って袖の中から五十両の銀かねを出して姐の手に渡した。

「一銭も兄さんに迷惑はかけませんよ、ただ親元になって儀式をあげてもらえば宜いのですよ」

姐は金を見て笑顔になった。

「おかしいね、お前、どっかのお婆さんと婚礼するのじゃないかね、まあ宜いわ、私がこれを預ってて、兄さんが帰って来たなら、話をしよう」

許宣はそれから姐の室を出て来た。姐はその夜李幕事の帰ってくるのを待っていて、許宣の置いて往った金を見せた。

「あれは、何人だれかと約束しているのですよ、親元になって、儀式さえあげてやれば宜いのですよ、早く婚礼をさそうじゃありませんか」

「じゃ、この金は、女の方からもらったものだね」

李幕事はそう云って銀かねを手に執りあげた。そして、その銀の面に眼を落した。

「た、たいへんだ」

李幕事は眼を一ぱいに睜みはって驚いた。

「何をそんなにびっくりなさるのです」

細君には合点がゆかなかった。

「この金は、邵大尉しょうたいいの庫くらの金で、盗まれた金なのだ、庫の内へ入れてあった金が、五十錠無くなっているのだ、封印はそのままになってて、内の金が無くなっているのだ、臨安府りんあんふでは五十両の賞をかけて、その盗人を探索しているところなのだ、宣には気の毒だがしかたがない、我家うちから訴えて出よう、これが外から知れようものなら、一家の者は首が無い、こいつは豪えらいことになったものだ」

李幕事は朝になるのを待ちかねて、許宣の置いて往った金を持って臨安府へ往った。府では韓大尹かんたいいんが李幕事の出訴を聞いて、銀を一見したところで、確に盗まれた銀錠ぎんじょうであるから、時を移さず捕卒ほそつをやって許宣を捉とらえさし、それを庁前に引据えて詮議せんぎをした。

「李幕事の訴えによって、その方が邵大尉の庫の中の金を偸ぬすんだ盗賊と定きまった、後の四十九錠の金はどこへ隠した、包まずに白状するが宜かろう」

捕卒がふみこんで来た時から、もう気が顛倒てんとうして物の判別を失くしていた許宣は、邵大尉庫中の盗賊と云われて、はじめて己じぶんに重大な嫌疑がかかっていることを悟った。

「私は、決して、人の物を盗むような者ではありません、それは人違いです」

許宣は一生懸命になって弁解いいわけをした。

「いつわるな、その方が邵大尉の庫の中の金を偸んだと云うことは、その方が姐に預けた、五十両の金が証拠だ、あの金はどこにあったのじゃ」

「あの金は、荐橋双茶坊巷こうの秀王墻しゅうおうしょう対面に住んでおります、白はくと云う女からもらいました」

許宣はそこで白娘子と近づきになったことから、結婚の約束をするようになったいきさつを精くわしく話した。その許宣の詞ことばには詐いつわりがないようであるから、韓大尹は捕卒をやって白娘子を捉えさした。

捕卒は縄つきのままで許宣を道案内にして双茶坊へ往って、秀王墻の前になった、高い墻まがきに囲まれた黒い楼房ろうぼうの前へ往った。それはもう古い古い家で、人が住んでいそうには思われなかった。許宣は不思議に思って眼を睜っていた。捕卒の一人は隣家へ走って往ってその家の事情を聞いて来た。それは毛巡税もうじゅんえつと云う者の住んでいた家で、五六年前に瘟疫おんえきで一家の者が死絶えて、今では住んでいる者は無いはずであるが、それでも時どき小供こどもが出て来て東西ものを買うのを見たことがあるから、何人なんぴとかが住んでいるだろうが、しかし、この地方には白と云う姓の者は無いと云うことであった。

捕卒は家の前に立って手筈てはずを定め、門を開いて入って往った。扉は無くなり簷のきは傾き、磚しきがわらの間からは草が生え茂って庭内は荒涼としていて、二三日前に見た家屋の色彩はすこしもなかった。許宣は驚くばかりであった。

捕卒は別れわかれになって室へやの中へ入った。荒れ崩れて陰々として見える室の中には、人の跫音あしおとを聞いて逃げる鼠の姿があるばかりで、どこにも人の影はなかった。別れていた捕卒はいつの間にかいっしょになって、最後の奥まった離屋へ往った。そこは一段高い室になって、一人の色の白い女が坐っていた。衣服きものの赤や青の姝きれいな色彩が見えた。その女は牀とこの上に坐っているらしかった。捕卒は不審しながら進んで往った。

「われわれは、府庁からまいった者だが、その方は何者だ、白氏はくしなら韓大爺かんだいやの牌票ぱいひょうがある、その方が許宣にやった銀かねのことに就いて尋ねることがあるから、いっしょに伴れて往く」

女はじっと顔をあげたが、何も云わなければ驚いた容子ようすもなかった。

「あのおちつきすましたところは、曲者くせものだ、捉えろ」

捕卒は一斉に走りかかっていった。と、同時に雷のような一大音響がした。捕卒はびっくりしてそこへ立ちすくんだ。そして、気が注ついて女の方を見た。女の姿はもう見えなかった。捕卒は逃がしてはならないと思って、今度は腹を定めて室の中へ飛びこんで往った。女の姿は依然として見えなかったが、牀の傍には銀の包を積みあげてあった。それは紛失していた彼かの四十九個の銀錠であった。

捕卒は銀錠を扛もって臨安府の堂上へ搬はこんで来た。許宣はそこで盗賊の嫌疑は晴れたが、素性の判らない者から、私ひそかに金をもらったと云うかどで、蘇州そしゅうへ配流ついほうせられることになった。

一方邵大尉の方では、約束の通り懸賞金五十両を出してそれを李幕事に与えたが、李幕事は義弟に苦痛を見せることによって得た金であるから、心苦しくてたまらない。で、牢屋の内にいる許宣に面会して、その金を旅費に与え、李将仕と相談して、二つの手簡を持って往かすことにした。その手簡の一つは、蘇州の押司おうしの范はん院長と云う者に与えたもので、一つは吉利橋下きちりきょうかに旅館をやっている王と云う者に与えたものであった。

その日になると許宣は二人の護送人に伴れられて牢屋を出た。府庁の門口かどぐちには李幕事夫婦をはじめ李将仕などが来て待っていた。許宣は涙を滴こぼしてその人びとに別れの詞をかわして出発した。

三日ばかりして蘇州府へ着いた。李将仕の手簡を見た范院長と王主人は、金を使って奔走したので、許宣は王主人の許に預けられることになった。

許宣が王主人の許に世話になってから半年ばかりになった。彼はそこで毎日無聊ぶりょうに苦しめられていた。と、ある日王主人が室へ入って来た。

「轎かごに乗った女が来て、お前さんを尋ねている、丫鬟じょちゅうも一人伴つれている」

許宣は心当りはなかったが、好奇ものずきに門口へ出てみた。門口には彼かの白娘子と青い上衣を着た小婢じょちゅうが立っていた。許宣は驚きと怒いかりがいっしょになって出た。

「この盗人、俺おれをこんな目に逢わしておいて、またここへ何しに来たのだ」

「私は、決して、そんな悪いものではありません、それをあなたに弁解いいわけしたくてまいりました」

白娘子は心持ち姝きれいな首を傾けて、さも困ったと云うようにした。

「いくら俺をだまそうとしたって、もうその手に乗るものかい、この妖怪ばけもの」

許宣の後からやって来た王主人は、許宣が門前でやかましく云っていて人に聞かれても面白くないと思ったので、その傍へ往った。

「遠くからいらした方らしいじゃないか、まあ内へ入れて話をしたら宜いじゃないか」

王主人はそう云ってから白娘子の方を見て云った。

「さあ、どうかお入りください」

白娘子は体を動かそうとした。許宣がその前に立ち塞ふさがった。

「こいつを家の中に入れては駄目です、こいつが私を苦しめた妖怪です」

白娘子は小婢の方を見て微笑した。王主人は女のそうした姝なやさしい顔を見て疑わなかった。

「こんな妖怪があるものかね、まあ宜い、後で話をすれば判る、さあお入りなさい」

許宣は王主人がそう云うものを己じぶん独ひとりで邪魔をするわけにもゆかないので、己で前さきに入って往った。白娘子は小婢を伴れて王主人に随いて内へ入った。家の内では王主人の媽々にょうぼうが入って来る白娘子のしとやかな女ぶりに眼を注けていた。白娘子は媽々におっとりした挨拶あいさつをした後に、傍に怒った顔をして立っている許宣を見た。

「私は、あなたにこの身を許しているじゃありませんか、どうして、あなたを悪いようにいたしましょう、あの銀かねは、今考えてみますと、私の前の夫です、私はすこしも知らないものですから、あなたにさしあげてあんなことになりました、私はこれを云いたくてあがりました」

許宣にはまだ一つ不思議に思われることがあった。

「臨安府の捕卒が往った時、あなたは牀の上にいて、大きな音がするとともに、いなくなったじゃありませんか、あれはどうしたのです、おかしいじゃないか」

白娘子は笑い声を出した。

「あれは婢に云いつけて、板壁を叩かしたのですよ、その音で捕卒がまごまごしてよりつかなかったから、その隙すきに逃げて、華蔵寺かぞうじ前の姨娘おばさんの家にかくれていたのです、あなたはちっとも、私のことなんか考えてくださらないで、あべこべに私を妖怪だなんて云うのですもの、でも、私はあなたの疑いさえ解けるなら宜いのです、これで失礼いたします」

白娘子は小走りに走って外へ出ようとした。王主人の媽々があわてて走って往って止めた。

「まあ、遠い所をいらしたのですから、二三日お休みになって、もっとお話しするが宜いじゃありませんか」

白娘子は引返しそうにしなかった。小婢がそばから云った。

「奥さん、御親切にあんなに云ってくださいますから、もすこしお考えなすったら如何いかがです」

白娘子は小婢の方を見た。

「でも、あの方は、もう私なんかのことは思ってくださらないのですもの」

王主人の媽々は白娘子を放そうとはしなかった。

「もうすっかり事情も判ったのですから、許宣さんだっていつまでも判らないことは云わないですよ」

許宣はもう白娘子に対する疑念が解けていた。王主人の媽々は白娘子を許宣の室へ伴れて往った。許宣と白娘子はその夜から夫婦となった。

許宣の許へ白娘子はくじょうしが来てからまた半年ばかりになった。ある日、それは二月の中旬のことであった。許宣は二三人の朋友ともだちと散策して臥仏寺がぶつじへ往った。その日は風の暖かな佳い日であったから参詣人さんけいにんが多かった。許宣の一行は、その参詣人に交って臥仏寺の前に往き、それから引返して門の外へ出た。そこには売卜者ばいぼくしゃや物売る人達が店を並べていた。その人びとの間に交って一人の道人どうじんが薬を売り符水ふすいを施ほどこしていた。道人は許宣の顔を見ると驚いて叫んだ。

「あなたの頭の上には、一すじの邪気が立っている、あなたの体には、怪しい物が纏まとうている。用心しなくては命があぶない」

許宣は非常に体が衰弱して気分がすぐれなかった。それに白娘子に対して抱いている疑念もあった。彼はそれを聞くと恐ろしくなった。地べたに頭をすりつけるようにして云った。

「どうか私を助けてください」

道人は頷うなずいて符ふだを二枚出した。

「これをあげるから、何人たれにも知らさずに、一枚は髪の中に挟み、一枚は今晩三更よなかに焼くが宜い」

許宣はそれをもらうと朋友に別れて家へ帰り、一枚は頭の髪に挟み、一枚は三更になって焼こうと思って、白娘子に知らさずに時刻の来るのを待っていた。

「あなたは、また私を疑って、符を焼こうとしていらっしゃるのですね、こうして、もう長い間、いっしょにいるのにどこが怪しいのです、あんまりじゃありませんか」

傍にいた白娘子が不意に怒りだした。許宣はどぎまぎした。

「いや、そんなことはない、そんなことがあるものか」

白娘子の手が延びて許宣の袖の中に入れてあった符にかかった。白娘子はその符を傍の灯の火に持っていって焼いた。符はめらめらと燃えてしまった。

「どう、これでも私が怪しいのですの」

白娘子は笑った。許宣はしかたなしに弁解いいわけした。

「臥仏寺前の道人がそう云ったものだから、彼奴あいつ俺をからかったな」

「ほんとに道人がそんなことを云ったなら、明日二人で往ってみようじゃありませんか、怪しいか怪しくないか、すぐ判るじゃありませんか」

翌日許宣と白娘子の二人は、伴れ立って臥仏寺の前へ往った。その日も参詣人で寺の内外が賑わっていた。彼かの道人の店頭にも一簇いっそうの人が立っていた。白娘子はその道人だと云うことを教えられると、そのまま走って往った。

「この妖道士、人をたぶらかすと承知しないよ」

符水を参詣人の一人にやろうとしていた道人はびっくりした顔をあげた。そして、白娘子の顔をじっと見た。

「この妖怪ばけもの、わしは五雷天心正法ごらいてんしんしょうほうを知っておるぞ、わしのこの符水を飲んでみるか、正体がすぐ現われるが」

白娘子は嘲あざけるように笑った。

「ちょうど宜い、ここに皆さんが見ていらっしゃる、私が怪しい者で、お前さんの符水がほんとうに利いて、私の正体が現れると云うなら飲みましょうよ、さあください、飲みますよ」

「よし飲め、飲んでみよ」

道人は盃さかずきに入れた水を白娘子の前へ出した。白娘子はこれを一息に飲んで盃を返して笑った。

「さあ、そろそろ正体が現れるのでしょうよ」

許宣をはじめ傍にいた者は、またたきもせずに白娘子のきれいな顔を見ていたが、依然としてすこしも変らなかった。

「さあ、妖道士、どこに怪しい証拠がある、どこが私が怪しいのだ」

道人は眼を睜みはって呆あきれていた。

「つまらんことを云って、夫婦の間をさこうとするのは、怪けしからんじゃありませんか、私がこれから懲らしてあげる」

白娘子はそう云って口の裏で何か云って唱えた。と、彼かの道人は者があって彼を縄で縛るように見えたが、やがて足が地を離れて空くうにあがった。

「これで宜い、これで宜い」

そう云って白娘子が口から気を吐くと道人の体は地の上に落ちた。道人は起きあがるなりいずこともなく逃げて往った。

四月八日の仏生日たんじょうびが来た。許宣は興きょうが湧わいたので承天寺しょうてんじへ往って仏生会たんじょうえを見ようと白娘子に話した。白娘子は新らしい上衣うわぎと下衣したぎを出してそれを着せ、金扇きんせんを持って来た。その金扇には珊瑚さんごの墜児たまが付いていた。

「早く往って、早く帰っていらっしゃい」

そこで許宣は承天寺へ往った。寺の境内には演劇などもかかって賑わっていた。許宣は参詣人の人波の中にもまれてあちらこちらしていたが、そのうちに周将仕しゅうしょうし家の典庫しちぐらの中へ賊が入って、金銀珠玉衣服の類が盗まれたと云う噂がきれぎれに聞えて来たが、己じぶんに関係のないことであるからべつに気にも止めなかった。

「もし、もし、ちょっとその扇子を見せてください」

許宣と擦すれ違おうとした男がふと立ちどまると共に、許宣の扇子を持った手を掴つかんだ。許宣はびっくりしてその男の顔を見た。男は扇子と扇子につけた珊瑚の墜児をじっと見てから叫んだ。

「盗人、盗人をつかまえたから、皆来てくれ」

許宣はびっくりして弁解いいわけしようとしたがその隙ひまがなかった。彼の体にはもう縄がひしひしと喰いついて来た。彼はその場から府庁に曳かれて往った。

「その方の衣服と扇子は、それで判っておるが、その余あまりの贓物ぞうぶつは、どこへ隠してある、早く云え、云わなければ、拷問ごうもんにかけるぞ」

許宣は周将仕家の典庫の盗賊にせられていた。

「私の着ている衣服も、持っている扇子も、皆家内がくれたもので、決して盗んだものではありません」

府尹ふいんは怒って叱しかった。

「詐いつわりを云うな、そのほうがいくら詐っても、その衣服と扇子が確な証拠だ、それでも家内がくれたと云うなら、家内を伴れてくる、どこにおる」

「家内は吉利橋の王主人の家におります」

「よし、そうか」

府尹は捕卒に許宣を引き立てさせて王主人の家へ往かした。家にいた王主人は、許宣が捕卒に引き立てられて入って来たのを見てびっくりした。

「どうしたと云うのです」

「あの女にひどい目に逢わされたのです、今、家におりましょうか」

許宣は声を顫ふるわして怒った。

「奥様は、あなたの帰りがおそいと云って、婢じょちゅうさんと二人で、承天寺の方へ探しに往ったのですよ」

捕卒は白娘子の代りに王主人を縛って許宣といっしょに府庁へ伴れて往った。堂の上には府尹が捕卒の帰るのを待っていた。府尹は白娘子を捕えて来た後で裁判をくだすことにした。府尹の傍には周将仕が来てその将来なりゆきを見ていた。

そこへ周将仕の家の者がやって来た。それは盗まれたと思っていた金銀珠玉衣服の類が庫の空箱の中から出て来たと云う知らせであった。周将仕はあわただしく家へ帰って往ったが、家の者が云ったように盗まれたと思っていた物は皆あった。ただ扇子と墜児たまがなかったが、そんな品物は同じ品物が多いので、そればかりでは許宣を盗賊とすることができなかった。周将仕は再び府庁に往ってそのことを云ったので、許宣は許されることになったが、許宣を置く地方が悪いということになって、鎮江ちんこうの方へ配はいを改められた。

そこで許宣は鎮江へ送られることになったところへ、折好く杭州から邵大尉の命で李幕事が蘇州へやって来た。李幕事は王主人の家へ往って許宣が配を改められたことを聞くと、鎮江の親類へ手簡を書いてそれを許宣に渡した。鎮江の親類とは針子橋しんしきょうの下もとに薬舗くすりやを開いている李克用りこくようと云う人の許もとであった。

許宣は護送人といっしょに鎮江へ往って、李克用の家へ寄った。李克用は親類の手簡を見て護送人に飯を喫くわし、それからいっしょに府庁へ往って、それぞれ金を使って手続をすまし、許宣を家へ伴れて来た。

許宣は李克用の家へおちつくことができた。心がおちついて来ると共に彼は恐ろしい妖婦に纏まつわられている己じぶんの不幸をつくづく悲しんだ。そして口惜くやしくもなった。李克用は許宣が杭州で薬舗やくほの主管ばんとうをしていたことを知ったので、仕事をさしてみると、することがしっかりしていてあぶなかしいと思うことがなかった。そこで主管にして使うことにしたが、他の店員に妬ねたまれてもいけないと思ったので、許宣に金をやって店の者を河の流れに臨んだ酒髟しゅしへ呼ばした。

やがて酒を飲み飯を喫って、皆が帰って往ったので、許宣は後で勘定をすまして一人になって酒髟を出たが、苦しくない位の酔があって非常に好い気もちであった。彼は黄昏ゆうぐれの涼しい風に酒にほてった頬を吹かれて家いえの簷のきの下を歩いていた。

一軒の楼屋にかいやがあってその時窓を開けたが、その拍子に何か物が落ちて来て、それが許宣の頭に当った。許宣はむっとしたので叱りつけた。

「この痴者ばかもの、気を注つけろ」

楼屋の窓には女の顔があった。女は眼を落してじっと許宣の顔を見たが、何か云って引込んだ。許宣は不思議に思ってその窓の方を見ていると、もうその女が門口からあたふたと出て来た。それは白娘子はくじょうしであった。

「この妖婦、また来て俺を苦しめようとするのか、今度はもう承知しない、つかまえて引きわたすからそう思え」

白娘子は眼で笑っていた。

「まあそんなにおっしゃらないで、私の云うことを聞いてくださいよ、二度もあなたをまきぞえにしてすみませんが、あの衣服と扇子は、私の前せんの夫の持っていたものですよ、決して怪しいものじゃありません、だから疑いが晴れたじゃありませんか」

「それじゃ、俺が王主人の所へ帰った時に、何故なぜいなかったのだ」

「それは、あなたの帰りが遅いものですから、婢と二人で、あなたを探しに往ったところで、あの騒ぎでしょう、私は恐ろしくなったから、船で婢の母の兄弟のいる、この家へ来ていたのです」

許宣の白娘子に対する怒は解けた。許宣は白娘子に随いてその家へ往ってそこに一泊したが、それからまた元のとおりの夫婦となった。

そのうちに李克用の誕生日が来た。許宣夫婦も進物を持って李家へ祝いに往った。李克用は筵席えんせきを按排あんばいして親友や知人を招いていた。

この李克用は一個の好色漢であった。彼は白娘子を一眼見てから忽たちまちその本性を現わした。白娘子が東厠べんじょへ往ったことを知ると、そっと席をはずして後からつけて往った。そして、花のような女のその中にいることを想像してその内へ入った。内には桶おけの胴のような大きな白い蛇がとぐろを捲まいていた。その蛇は両眼は灯盞かわらけのように大きくて金光きんこうを放って輝いていた。李克用はびっくりして逃げ出したが逃げる拍子に躓つまずいて倒れてしまった。

李克用の家に養われている娘が李克用の倒れて気絶しているのを見つけた。家の内は大騒ぎになって皆が集まって来た。そして薬を飲ましなどしているとやっと気が注いた。家の者がどうしたかと云って訊くと、彼は連日の疲れで体を痛めたためだと云った。

李克用の気もちが好くなったので、宴席も元のとおりになったが、やがてその席も終って客は帰って往った。白娘子はいつの間にか家へ帰っていたが、許宣に話したいことがあるのかそっと舗みせへやって来た。

「今晩は、みょうに気もちがわるいから、来たのですよ」

「今晩は御馳走ごちそうになって宜い気もちじゃないか」

「宜い気もちじゃありませんよ、あなたは、ここの旦那を老実な方だと云いましたが、どうしてそうじゃありませんよ、私が東厠べんじょへ往ってると、後からつけて来て手籠てごめにしようとしたのです、ほんとに厭いやな方ですよ」

「しかし、べつにどうせられたと云うでもなかろう、まあ宜いじゃないか、早く帰ってお休みよ」

「でも、私はあの旦那が恐いわ、これからさき、またどんなことをせられるか判らないのですもの、それよりか、私が二三十両持ってますから、ここを出て、碼頭はとばのあたりで小さな薬舗を開こうじゃありませんか」

許宣も人の家の主管ばんとうをして身を縛られるよりも、自由に己じぶんで舗みせを持ちたかった。彼は白娘子の詞ことばに動かされた。

「そうだな、小さな舗が持てるなら、そりゃその方が宜いが」

「では持とうじゃありませんか」

「そうだね、持っても宜いな、じゃ、暇をくれるかくれないか、明日旦那に願ってみよう」

許宣は翌日李克用に相談した。李克用は己の弱点があるうえに奇怪な目に逢っているので、許宣の云うことに反対しなかった。そこで許宣は白娘子と二人で碼頭の傍へ手ごろの家を借りて薬舗をはじめた。許宣ははじめて一家の主人となっておちつくことができた。

七月の七日になった。その日は英烈竜王りゅうおうの生日えんにちであった。許宣は金山寺きんざんじへ焼香に往きたいと思って再三白娘子に同行を勧めたが白娘子は往かなかった。

「あなた一人で往っていらっしゃい、しかし、方丈ほうじょうへだけは往ってはいけないですよ、あすこには坊主が説経してますから、きっと布施を執られますよ、宜いですか、きっと方丈へ往ってはいけないですよ」

許宣は独りで往くことにして、舟を雇い、上流約一里の所にある金山寺の島山しまやまへ往った。揚子江の赤濁あかにごりのした流れを上下して金山寺へ往来する参詣人の舟が水鳥の群れたように浮んでいた。京口瓜州一水けいこうかしゅういっすいの間、前岸ぜんがん瓜州の楊柳ようりゅうは青々として見えた。

許宣は金山寺へあがって竜王堂へ往き、そこで焼香をすまして、あちらこちらを歩いているうちに、多くの参詣人が和尚の説経を聞いているところへ往った。許宣はここが白娘子の往ってはいけないと云った方丈だと思った。彼は急いで方丈の中を出て往った。許宣の引返そうとする顔を説経していた和尚がちらと見た。

「あの眼に妖気がある、あれを呼べ」

侍者の一人が呼びに往ったが、許宣はもう山をおりかけていたので聞えなかった。すると和尚はいきなり禅杖ぜんじょうを持ってたちあがるなり、許宣を追っかけて往った。

山の麓ふもとでは大風が起って波が出たので、参詣人は舟に乗ることができずに困っていた。山をおりた許宣もその人びとに交って岸に立って風の静まるのを待っていた。と、一艘いっそうの小舟がその風の中を平気で乗切って来て陸おかへ着けかけた。許宣は神業のような舟だと思って、ふいと見ると、その中に白娘子と小婢じょちゅうの二人が顔を見せていた。その白娘子と許宣の眼が合った。

「あなた、早くお乗りなさい、風が吹きだしたから、あなたをお迎いに来たのです」

舟は同時に陸へ着いた。許宣は喜んで水際へおりた。許宣の後には許宣を追っかけて来た和尚がいた。

「この孽畜ちくしょうここへ来やがって何をしようと云うのだ」

和尚は舟の中を見て怒鳴りながら禅杖を揮ふりあげた。と、白娘子と小婢はそのまま水の中へもんどり打って飛び込んでしまった。許宣はびっくりして眼を睜みはった。そうして許宣は夢が覚めたようになった。

「あの和尚さんは、なんと云う和尚さんでしょう」

許宣は気が注いて傍の人に訊いた。

「あれが、法海禅師ほうかいぜんし様だ、活仏いきぼとけだ」

和尚の侍者が許宣を呼びに来た。許宣は伴れられて和尚の前へ往った。

「お前さんは、あの女達とどこであわしゃった」

許宣はそこではじめからのことを話した。和尚はそれを聞いて云った。

「宿縁だ、しかし、お前さんの慾念よくねんが深いからだ、だが、災難はもうすぎたらしい、これから杭州に帰って、修身立命の人にならなくてはいけない、もし再びこんなことがあったら、湖南こなんの浄慈寺じょうじじに来てわしを尋ねるが宜い、今、わしが偈げを云って置くから、覚えているが宜い、本もとこれ妖蛇ようじゃ婦人に変ず、西湖せいこ岸上がんじょう婦身ふみを売る、汝なんじ慾よく重きに因よって他計たけいに遭あう、難なん有れば湖南こなん老僧を見よ、宜いかね、この偈を忘れないように」

許宣は法海禅師に別れて、身顫みぶるいしながら帰り、針子橋の李克用の家へ往った。李克用は許宣から白娘子の話を聞いて、はじめて誕生日の夜に見た妖蛇の話をした。そこで許宣は碼頭はとばの家を畳んで、再び李克用の家へ移ったが、十日と経たないうちに朝廷から恩赦の命がくだって、十悪大罪を除く他の者はみな赦ゆるされた。許宣もそれと同時に赦されたが、法海禅師の詞もあるから急いで杭州へ帰って往った。

李幕事夫婦は許宣の帰って来るのを待っていた。李幕事は許宣の挨拶が終るのを待って云った。

「お前も今度は豪えらい目に逢った。私はお前が蘇州へ往く時も、蘇州から鎮江へ往く時も、できるだけのことはしてやったが、それでも苦しかったのだろう、それと云うのもお前が一人でぶらぶらしてるからだ、早く家内をもらって身を固めるが宜い、そうすれば怪しい者だって寄りつかない」

許宣はそれよりもじっとおちつきたかった。

「私は、もう懲り懲りしましたから、家内はもらいません」

許宣のその詞が終るか終らないかに人声がして、そこへ入って来た者があった。それは許宣の姐が白娘子と小婢を伴れて来たところであった。

「あなたは家内があるくせに、そんな嘘を云うものじゃありません、私はあなたの家内じゃありませんか」

許宣はがたがた顫いだした。そして、声を顫わし顫わし云った。

「姐さん、そいつは妖精です、そいつの云うことを聞いてはいけないです」

白娘子は許宣の傍へ往った。

「あなたは、私と夫婦でありながら、人の云うことを聞いて私を嫌うとは、ひどいじゃありませんか、でも、私はあなたの家内ですから、他へはまいりません」

白娘子は泣きだした。許宣は急いで起って李幕事の袖を曳いて外へ出た。

「あれが白蛇の精です。どうしたら宜いのでしょう」

許宣は未いまだ口にしなかった鎮江に於おける怪異を話して聞かした。

「ほんとうに蛇なら、宜い人がある、白馬廟はくばびょうの前に、蛇捉へびとりの戴たいと云う先生がいる、この人に頼もうじゃないか」

李幕事は前さきに立って許宣を伴れて白馬廟の前へ往った。戴先生は折好く家の前に立っていた。

「お二方とも何か私に御用ですか」

李幕事はいそがしそうに云った。

「私の家におおきな白蛇しろへびが来て、災わざわいをしようとしております、どうか捉とってください」

李幕事はそう云って腰から一両の銀かねを出して、戴先生の掌てに載せた。

「今これだけさしあげておきます、もし捉ってくだすったら、後でまたべつにお礼をいたします」

戴先生は喜んで銀を収めた。

「では、すぐ後から準備したくをしてあがります、お二方は一足おさきへ」

李幕事と許宣はすぐ帰った。戴先生は間もなく後からやって来たが、手には雄黄いおうを入れた瓶びんと薬水やくすいを入れた瓶を持っていた。

「どこに白蛇がおります」

李幕事は白娘子のいる室へやを教えた。戴先生は教えられたとおりその室へ往ったが、室の扉は締っていた。戴先生は何かぶつぶつ云いながらその扉を開けようとしていると、扉は内から開いた。戴先生は内へ入って往った。内には桶おけの胴のような白い蠎蛇うわばみがいて、それが燃盞かわらけのような両眼を光らし、炎のような舌を出して、戴先生を一呑ひとのみにしようとするように口を持って来た。戴先生は手にした瓶の落ちるのも知らずに逃げだした。

李幕事と許宣は戴先生の結果を見に来たところであった。戴先生は二人に往きあたりそうになって気が注いた。李幕事が云った。

「先生、捉れたでしょうか」

戴先生は呼吸いきをはずましていた。

「蛇なら捉れるが、あれは妖怪です、私はすんでのことに命を奪とられるところでした。あの銀はお返しします」

こう云って戴先生は逃げるように出て往った。李幕事と許宣は顔を見合わして困っていた。

「あなた、ここへいらしてください」

室の中から白娘子の声がした。許宣は体がぶるぶると顫えた。しかし、往かずにいてはどんなことをするかも判らないと思ったので、恐る恐る入って往った。中には白娘子が平生いつもと同じような姿で小婢と二人で坐っていた。

「あなたはほんとに薄情な方ですわ、あんな蛇捉の男なんか伴れて来て、あなたがそんなにわたしをいじめるなら、私にも考えがありますよ、この杭州一城の人達の命にかかわりますよ」

許宣は恐ろしくてじっとして聞いてはいられなかった。彼はそのまま外へ出たが、足を止めるのが恐ろしいので足の向くままに歩いた。彼は清波門せいはもんの外へ往っていた。彼はそこへ往ってから気が注いて、これからどうしたものだろうかと考えた。しかし、それからどうしていいか、どう云う手段を採っていいかと云う考えはちょっと浮ばなかった。と、金山寺の法海禅師の云った偈の句が浮んで来た。それと同時に再び孽畜ちくしょうに纏まとわれたなら、湖南の浄慈寺にわしを尋ねて来いと云った法海禅師の詞ことばが浮んで来た。彼はそれに力を得て浄慈寺の方へ往った。

浄慈寺には監寺かんじの僧がいた。許宣は監寺に法海禅師のことを訊いた。

「法海禅師にお眼にかかりたいのですが」

「法海禅師は、一度もこの寺へいらしたことはないです」

許宣は力を落して帰った。そして長橋ちょうきょうの下まで来た。許宣はこれからどうしていいか判らなかった。彼は湖水の水に眼を注つけた。俺が一人死んでしまえば、何人たれにも迷惑をかけないですむと思いだした。彼の眼の前には暗い淋さびしい世界があった。彼はいきなり欄干に足をかけて飛びこもうとした。と、後から声をかける者があった。

「堂々たる男子が、何故なにゆえ生を軽んじる、事情があるなら商量しょうだんにあずかろうじゃないか」

そこには法海禅師が背に衣鉢えはちを負い手に禅杖を提げて立っていた。許宣はその傍へ飛んで往った。

「どうか私の一命を救うてくださいまし」

「では、また彼かの孽畜ちくしょうが纏わって来たとみえるな、どこにおる」

「姐の夫の李幕事の家に来ております」

「よし、では、この鉢盂はちをあげるから、これを知らさずに持っていって、いきなりその女の頭へかぶせて、力一ぱいに押しつけるが宜い、どんなことがあっても、手をゆるめてはならない、わしは、今、後あとから往く」

許宣は禅師から鉢盂をもらって李幕事の家へ帰った。李幕事の家の一室では、白娘子が何か云って罵ののしっていた。許宣はしおしおとした容ふうをしてその室へ往った。白娘子は許宣を見るとしとやかな女になって、許宣に何か云いかけようとした。隙すきを見て許宣は袖の中に隠していた鉢盂を出して、不意に女の頭に冠かぶせて力まかせに押しつけた。女は叫んでそれを除のけようとしたが、除けられなかった。女の形はだんだんに小さくなっていった。そして、許宣がなおも力を入れて押しつけていると、女の形はとうとう無くなって鉢盂ばかりとなった。

「苦しい、苦しい、どうか今まで夫婦となっていたよしみに、すこし除けてください、私は死にそうだ」

鉢盂の中からそうした声が聞えて来た。と、その時李幕事が来て云った。

「和尚さんが、怪しい者を捉りに来たと云って見えたよ」

「それは法海禅師です、早くお通ししてください」

李幕事は急いで出て往ったが、やがて法海禅師を伴れて入って来た。

「妖蛇ようじゃはこの下に伏せてあります」

禅師はそこで口の中で唱えていたが、それが終ると鉢盂を開けた。七八寸ぐらいある傀儡にんぎょうのようなものがぐったりとなっていた。禅師はその傀儡に向って云った。

「その方は、何故なにゆえに人に纏まつわるのじゃ」

「私は風雨のときに、西湖に来た蠎蛇うわばみです、青魚せいぎょといっしょになっておりましたところで、許宣を見て心が動いたので、こんなことになりました、それでも、曾かつて物の命を傷そこのうたことがございませんから、どうか許してください」

「淫罪いんざいがもっとも大きいからいけない、それでも千年間修練するなら命は助かる、とにかく本もとの形を現すが宜い」

と、傀儡にんぎょうは白い蛇となって、その傍に青い魚の姿も見えて来た。

禅師はその蛇と魚を鉢盂はちに入れて、それに褊衫けさを被きせて封をし、それを雷峰寺らいほうじの前へ持って往って埋うずめ、その上に一つの塔をこしらえさして、白蛇と青魚を世に出られないようにした。禅師はそれに四句の偈を留とどめた。

雷峰塔倒れ、西湖水乾かれ、江潮起たたず、白蛇世に出いず

許宣は法海禅師の弟子となって雷峰塔の下におり、その塔を七層の大塔にしたが、後のち、業を積んで病やまいがないのに坐化ざげしてしまった。朋輩ほうばいの僧達は龕がんを買こうてその骨を焼き、骨塔を雷峰の下に造ったのであった。

底本 / Source edition

底本:「怪奇・伝奇時代小説選集14 累物語 他10篇」春陽文庫、春陽堂書店
2000(平成12)年11月20日第1刷発行
底本の親本:「怪談全集 歴史篇」改造社
1928(昭和3)年発行
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2006年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/042319_000154/

田中 貢太郎「蛇性の婬──雷峰怪蹟」(新字新仮名)、底本『怪奇・伝奇時代小説選集14 累物語 他十篇』春陽文庫、春陽堂書店、2000年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 042319_000154, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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