Soranoha

杜松の樹

ねずのき

グリム ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール、グリム ヴィルヘルム・カール

むかしむかし大昔おおむかし、今いまから二千年ねんも前まえのこと、一人ひとりの金持かねもちがあって、美うつくしい、気立きだての善いい、おかみさんを持もって居いました。この夫婦ふうふは大層たいそう仲なかが好よかったが、小児こどもがないので、どうかして一人ひとりほしいと思おもい、おかみさんは、夜よるも、昼ひるも、一心しんに、小児こどもの授さずかりますようにと祈いのっておりましたが、どうしても出来できませんでした。

さてこの夫婦ふうふの家うちの前まえの庭にわに、一本ぽんの杜松としょうがありました。或ある日ひ、冬ふゆのことでしたが、おかみさんはこの樹きの下したで、林檎りんごの皮かわを剥むいていました。剥むいてゆくうちに、指ゆびを切きったので、雪ゆきの上うえへ血ちがたれました。(*(註)杜松は檜類の喬木で、一に「ねず」又は「むろ」ともいいます)

「ああ、」と女おんなは深ふかい嘆息ためいきを吐ついて、目めの前まえの血ちを眺ながめているうちに、急きゅうに心細こころぼそくなって、こう言いった。「血ちのように赤あかく、雪ゆきのように白しろい小児こどもが、ひとりあったらねい!」

言いってしまうと、女おんなの胸むねは急きゅうに軽かるくなりました。そして確たしかに自分じぶんの願ねがいがとどいたような気きがしました。女おんなは家うちへ入はいりました。それから一月つき経たつと、雪ゆきが消きえました。二月つきすると、色々いろいろな物ものが青あおくなりました。三月つきすると、地じの中なかから花はなが咲さきました。四月つきすると、木々きぎの梢こずえが青葉あおばに包つつまれ、枝えだと枝えだが重かさなり合あって、小鳥ことりは森もりに谺こだまを起おこして、木きの上うえの花はなを散ちらすくらいに、歌うたい出だしました。五月つき経たった時ときに、おかみさんは、杜松ねずの樹きの下したへ行ゆきましたが、杜松としょうの甘あまい香気かおりを嚊かぐと、胸むねの底そこが躍おどり立たつような気きがして来きて、嬉うれしさに我われしらずそこへ膝ひざを突つきました。六月目つきめが過すぎると、杜松ねずの実みは堅かたく、肉にくづいて来きましたが、女おんなはただ静じっとして居いました。七月つきになると、女おんなは杜松ねずの実みを落おとして、しきりに食たべました。するとだんだん気きがふさいで、病気びょうきになりました。それから八月つき経たった時ときに、女おんなは夫おっとの所ところへ行いって、泣なきながら、こう言いいました。

「もしかわたしが死しんだら、あの杜松としょうの根元ねもとへ埋うめて下くださいね。」

これですっかり安心あんしんして、嬉うれしそうにしているうちに、九月つきが過すぎて、十月目つきめになって、女おんなは雪ゆきのように白しろく、血ちのように赤あかい小児こどもを生うみました。それを見みると、女おんなはあんまり喜よろこんで、とうとう死しんでしまいました。

夫おっとは女おんなを杜松としょうの根元ねもとへ埋うめました。そしてその時ときには、大変たいへんに泣なきましたが、時ときが経たつと、悲かなしみもだんだん薄うすくなりました。それから暫しばらくすると、男おとこはすっかり諦あきらめて、泣なくのをやめました。それから暫しばらくして、男おとこは別べつなおかみさんをもらいました。

二度目どめのおかみさんには、女おんなの子こが生うまれました。初はじめのおかみさんの子こは、血ちのように赤あかく、雪ゆきのように白しろい男おとこの子こでした。おかみさんは自分じぶんの娘むすめを見みると、可愛かわゆくって、可愛かわゆくって、たまらないほどでしたが、この小ちいさな男おとこの子こを見みるたんびに、いやな気持きもちになりました。どうかして夫おっとの財産ざいさんを残のこらず自分じぶんの娘むすめにやりたいものだが、それには、この男おとこの子こが邪魔じゃまになる、というような考かんがえが、始終しじゅう女おんなの心こころをはなれませんでした。それでおかみさんは、だんだん鬼おにのような心こころになって、いつもこの子こを目めの敵かたきにして、打ぶったり、敲たたいたり、家中うちじゅうを追廻おいまわしたりするので、かわいそうな小児こどもは、始終しょっちゅうびくびくして、学校がっこうから帰かえっても、家うちにはおちついていられないくらいでした。

或ある時とき、おかみさんが、二階かいの小部屋こべやへはいっていると、女おんなの子こもついて来きて、こう言いいました。

「母かあさん、林檎りんごを頂戴ちょうだい。」

「あいよ。」とおかあさんが言いって、函はこの中なかから美麗きれいな林檎りんごを出だして、女おんなの子こにやりました。その函はこには大おおきな、重おもい蓋ふたと頑固がんこな鉄てつの錠じょうが、ついていました。

「母かあさん、」と女おんなの子こが言いった。「兄にいさんにも、一つあげないこと?」

おかあさんは機嫌きげんをわるくしたが、それでも何気なにげなしに、こういいました。

「あいよ、学校がっこうから帰かえって来きたらね。」

そして男おとこの子こが帰かえって来くるのを窓まどから見みると、急きゅうに悪魔あくまが心こころの中なかへはいってでも来きたように、女おんなの子この持もっている林檎りんごをひったくって、

「兄にいさんより先さきに食たべるんじゃない。」

と言いいながら、林檎りんごを函はこの中なかへ投込なげこんで、蓋ふたをしてしまいました。

そこへ男おとこの子こが帰かえって来きて、扉との所ところまで来くると、悪魔あくまのついた継母ままははは、わざと優やさしい声こえで、

「坊ぼうや、林檎りんごをあげようか?」といって、じろりと男おとこの子この顔かおを見みました。

「母かあさん、」と男おとこの子こが言いった。「何なんて顔かおしてるの! ええ、林檎りんごを下ください。」

「じゃア、一しょにおいで!」といって、継母ままははは部屋へやへはいって、函はこの蓋ふたを持上もちあげげながら、「さア自分じぶんで一個ひとつお取とりなさい。」

こういわれて、男おとこの子こが函はこの中なかへ頭あたまを突込つっこんだ途端とたんに、ガタンと蓋ふたを落おとしたので、小児こどもの頭あたまはころりととれて、赤あかい林檎りんごの中なかへ落おちました。それを見みると、継母ままははは急きゅうに恐おそろしくなって、「どうしたら、脱のがれられるだろう?」と思おもいました。そこで継母ままははは、自分じぶんの居室いまにある箪笥たんすのところに行いって、手近てぢかの抽斗ひきだしから、白しろい手巾はんけちを出だして来きて、頭あたまを頸くびに密着くっつけた上うえを、ぐるぐると巻まいて、傷きずの分わからないようにし、そして手てへ林檎りんごを持もたせて、男おとこの子こを入口いりぐちの椅子いすの上うえへ坐すわらせておきました。

間まもなく、女おんなの子このマリちゃんが、今いまちょうど、台所だいどころで、炉ろの前まえに立たって、沸立にえたった鍋なべをかき廻まわしているお母かあさんのそばへ来きました。

「母かあさん、」とマリちゃんが言いった。「兄にいさんは扉との前まえに坐すわって、真白まっしろなお顔かおをして、林檎りんごを手てに持もっているのよ。わたしがその林檎りんごを頂戴ちょうだいと言いっても、何なんとも言いわないんですもの、わたし怖こわくなッちゃったわ!」

「もう一遍ぺん行いってごらん。」とお母かあさんが言いった。「そして返事へんじをしなかったら、横面よこッつらを張はっておやり。」

そこでマリちゃんは又また行いって、

「兄にいさん、その林檎りんごを頂戴ちょうだい。」

といいましたが、兄にいさんは何なんとも言いわないので、女おんなの子こが横面よこッつらを張はると、頭あたまがころりと落おちました。それを見みると、女おんなの子こは恐こわくなって、泣なき出だしました。そして泣なきながら、お母かあさんの所ところへ駈かけて行いって、こう言いいました。

「ねえ、母かあさん! わたし兄にいさんの頭あたまを打うって、落おッことしちまったの!」

そう言いって、女おんなの子こは泣ないて、泣ないて、いつまでもだまりませんでした。

「マリちゃん!」とお母かあさんが言いった。「お前まえ、何なんでそんなことをしたの! まア、いいから、黙だまって、誰だれにも知しれないようにしておいでなさいよ。出来できちまったことは、もう取返とりかえしがつかないんだからね。あの子こはスープにでもしちまいましょうよ。」

こういって、お母かあさんは小ちいさな男おとこの子こを持もって来きて、ばらばらに切きりはなして、お鍋なべへぶちこんで、ぐつぐつ煮にてスープをこしらえました。マリちゃんはそのそばで、泣ないて、泣ないて、泣なきとおしましたが、涙なみだはみんなお鍋なべのなかへ落おちて、その上うえ塩しおをいれなくてもいいくらいでした。お父とうさんが帰かえって来きて、食卓テーブルの前まえへ坐すわると、

「あの子こは何処どこへ行いったの?」と尋たずねました。

すると母親ははおやは、大おおきな、大おおきな、お皿さらへ黒くろいスープを盛もって、運はこんで来きました。マリちゃんはまだ悲かなしくって、頭あたまもあげずに、おいおい泣ないていました。すると父親ちちおやは、もう一度ど、

「あの子こは何処どこへ行いったの?」とききました。

「ねえ、」とお母かあさんが言いった。「あの子こは田舎いなかへ行ゆきましたの、ミュッテンの大伯父おおおじさんのとこへ、暫しばらく泊とまって来くるんですって。」

「何なにしに行いったんだい?」とお父とうさんが言いった。「おれにことわりもしないで!」

「ええ、何なんですか、大たいへん行いきたがって、わたしに、六週間しゅうかんだけ、泊とまりにやってくれッて言いいますの。先方むこうへ行いけばきっと大切だいじにされますよ。」

「ああ、」とお父とうさんが言いった。「それは本当ほんとうに困こまったね。全体ぜんたい、おれに黙だまって行いくなんてことはありやしない。」

そう言いって、食事しょくじを初はじめながら、お父とうさんはまた、

「マリちゃん、何なにを泣なくの?」とききました。「兄にいさんは今いまにきっと帰かえって来くるよ。」

それから、おかみさんの方ほうを見みて、

「おい、母かあさん、これはとても旨うまいぞ!、もっともらおう!」といったが、食たべれば食たべる程ほど、いくらでも食たべられるので、「もっとくれ! 残のこすのは惜おしい、おれが一人りでいただいちまおうよ。」といいながら、とうとう一人ひとりで、みんな食たべてしまって、骨ほねを食卓テーブルの下したへ投なげました。

するとマリちゃんは、自分じぶんの箪笥たんすへ行いって、一番ばん下したの抽斗ひきだしから、一番ばん上等じょうとうの絹きぬの手巾はんけちを出だして来きて、食卓テーブルの下したの骨ほねを、一つ残のこらず拾ひろい上あげて、手巾はんけちへ包つつみ、泣なきながら、戸外おもてへ持もって行ゆきました。マリちゃんはその骨ほねを杜松ねずの樹きの根元ねもとの草くさの中なかへ置おくと、急きゅうに胸むねが軽かるくなって、もう涙なみだが出でなくなりました。

その時とき、杜松ねずの樹きがザワザワと動うごき出だして、枝えだと枝えだが、まるで手てを拍うって喜よろこんでいるように、着ついたり、離はなれたり、しました。すると木きの中なかから、雲くもが立たちのぼり、その雲くもの真中まんなかで、ぱっと火ひが燃もえ立たったと思おもうと、火ひの中なかから、美うつくしい鳥とりが飛とび出だして、善いい声こえをして歌うたいながら、中空なかぞら高たかく舞まいのぼりました。

鳥とりが飛とんで行いってしまうと、杜松ねずの木きは又また元もとの通とおりになりましたが、手巾はんけちは骨ほねと一しょに何処どこへか消きえてしまいました。マリちゃんは、すっかり胸むねが軽かるくなって、兄にいさんがまだ生いきてでもいるような心持こころもちがして、嬉うれしくってたまらなかったので、機嫌きげんよく家うちへ入はいって、夕ゆうご飯はんを食たべました。

ところが、鳥とりは飛とんで行いって、金工かざりやの家根やねへ棲とまって、こう歌うたい出だしました。

「母かあさんが、わたしを殺ころした、

父とうさんが、わたしを食たべた、

妹いもうとのマリちゃんが、

わたしの骨ほねをのこらず拾ひろって、

手巾はんけちに包つつんで、

杜松ねずの樹きの根元ねもとへ置おいた。

キーウィット、キーウィット、何なんと、綺麗きれいな鳥とりでしょう!」

金工かざりやは仕事場しごとばへ坐すわって、黄金きんの鎖くさりを造つくっていましたが、家根やねの上うえで歌うたっている鳥とりの声こえを聞きくと、いい声こえだと思おもって、立上たちあがって見みに来きました。けれども閾しきいを跨またぐ時ときに、片方かたほうの上沓うわぐつが脱ぬげたので、片足かたあしには、上沓うわぐつを穿はき、片足かたあしは、沓下くつしただけで、前垂まえだれを掛かけ、片手かたてには、黄金きんの鎖くさり、片手かたてには、ヤットコを持もって、街まちの中なかへ跳出とびだしました。そして日光にっこうの中なかへ立たって、鳥とりを眺ながめて居いました。

「鳥とりや、」と金工かざりやが言いった。「何なんて好いい声こえで歌うたうんだ。もう一度ど、あの歌うたを歌うたって見みな。」

「いえいえ、」と鳥とりが言いった。「ただじゃア、二度どは、歌うたいません。それとも、その黄金きんの鎖くさりを下くださるなら、もう一度ど、歌うたいましょう。」

「よしきた、」と金工かざりやが言いった。「それ黄金きんの鎖くさりをやる。さア、もう一度ど、歌うたって見みな。」

それを聞きくと、鳥とりは降おりて来きて、右みぎの趾あしで黄金きんの鎖くさりを受取うけとり、金工かざりやのすぐ前まえへ棲とまって、歌うたいました。

「母かあさんが、わたしを殺ころした、

父とうさんが、わたしを食たべた、

妹いもうとのマリちゃんが、

わたしの骨ほねをのこらず拾ひろって、

手巾はんけちに包つつんで、

杜松ねずの樹きの根元ねもとへ置おいた。

キーウィット、キーウィット、何なんと、綺麗きれいな鳥とりでしょう!」

歌うたってしまうと、鳥とりは靴屋くつやの店みせへ飛とんで行ゆき、家根やねの上うえへ棲とまって、歌うたいました。

「母かあさんが、わたしを殺ころした、

父とうさんが、わたしを食たべた、

妹いもうとのマリちゃんが、

わたしの骨ほねをのこらず拾ひろって、

手巾はんけちに包つつんで、

杜松ねずの樹きの根元ねもとへ置おいた。

キーウィット、キーウィット、何なんと、綺麗きれいな鳥とりでしょう!」

靴屋くつやはこれを聞きくと、襯衣シャツのまんまで、戸外そとへ駈出かけだして、眼めの上うえへ手てを翳かざして、家根やねの上うえを眺ながめました。

「鳥とりや、」と靴屋くつやが言いった。「何なんて好いい声こえで歌うたうんだ!」

そう言いって、家うちの中なかへ声こえをかけました。

「女房にょうぼうや、ちょいと来きなよ、鳥とりが居いるから。ちょいとあの鳥とりを見みな! いい声こえでうたうから。」

それから娘むすめだの、子供こどもたちだの、職人しょくにんだの、小僧こぞうだの、女中じょちゅうだのを呼よびましたので、みんな往来おうらいへ出でて、鳥とりを眺ながめました。鳥とりは赤あかと緑みどりの羽はねをして、咽のどのまわりには、黄金きんを纒まとい、二つの眼めを星ほしのようにきらきら光ひからせておりました。それはほんとうに美事みごとなものでした。

「鳥とりや、」と靴屋くつやが言いった。「もう一度ど、あの歌うたを歌うたって見みな。」

「いえいえ、」と鳥とりが言いった。「ただじゃア、二度どは、歌うたいません。それとも何なにかくれますか。」

「女房にょうぼうや、」と靴屋くつやが言いった。「店みせへ行いって、一番ばん上うえの棚たなに、赤靴あかぐつが一足そくあるから、あれを持もって来きな。」

そこで、おかみさんは行いって、その靴くつを持もって来きました。

「さア、鳥とりや、」と靴屋くつやが言いった。「もう一度ど、あの歌うたを歌うたって見みな。」

すると鳥とりはおりて来きて、左ひだりの爪つめで靴くつを受取うけとると、又また家根やねへ飛とんで行いって、歌うたい出だしました。

「母かあさんが、わたしを殺ころした、

父とうさんが、わたしを食たべた、

妹いもうとのマリちゃんが、

わたしの骨ほねをのこらず拾ひろって、

手巾はんけちに包つつんで、

杜松ねずの樹きの根元ねもとへ置おいた。

キーウィット、キーウィット、何なんと、綺麗きれいな鳥とりでしょう!」

歌うたってしまうと、鳥とりはまた飛とんで行ゆきました。右みぎの趾あしには鎖くさりを持もち、左ひだりの爪つめに靴くつを持もって、水車小舎すいしゃごやの方ほうへ飛とんで行ゆきました。

水車すいしゃは、「カタン―コトン、カタン―コトン、カタン―コトン。」と廻まわっていました。小舎こやの中なかには、二十人にんの粉こなひき男おとこが、臼うすの目めを刻きって居いました。

「カタン―コトン、カタン―コトン、カタン―コトン」と水車すいしゃの廻まわる間あいだに、粉こなひき男おとこは、「コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ」と臼うすの目めを刻きって居いた。

鳥とりは水車小舎すいしゃごやの前まえにある菩提樹ぼだいじゅの上うえへ棲とまって、歌うたい出だしました。

「母かあさんが、わたしを殺ころした、」

と歌うたうと、一人ひとりが耳みみを立たてました。

「父とうさんが、わたしを食たべた、」

と言いうと、また二人ふたりが耳みみを立たてて、聞きき入いりました。

「妹いもうとのマリちゃんが、」

と歌うたうと、また四人にんが耳みみを立たてました。

「わたしの骨ほねをのこらず拾ひろって、

手巾はんけちに包つつんで、」

と言いった時ときには、臼うすを刻きっている者ものは、八人にんぎりになりました。

「杜松ねずの樹きの」

と歌うたうと、もう五人にんぎりになりました。

「根元ねもとへ置おいた。」

と言いうと、もう一人ひとりぎりになりました。

「キーウィット、キーウィット、何なんと、綺麗きれいな鳥とりでしょう!」

と歌うたうと、その一人ひとりも、とうとう仕事しごとを止やめました。そしてこの男おとこは、最後おしまいだけしか聞きかなかった。

「鳥とりや、」とその男おとこが言いった。「何なんて好いい声こえで歌うたうんだ! おれにも、初はじめから聞きかしてくれ。もう一遍ぺん、歌うたってくれ。」

「いやいや、」と鳥とりが言いった。「ただじゃア、二度どは、歌うたいません。それとも、その石臼いしうすを下くださるなら、もう一度ど、歌うたいましょう。」

「いかにも、」とその男おとこが言いった。「これがおれ一人ひとりの物ものだったら、お前まえにやるんだがなア。」

「いいとも、」と他ほかの者ものが言いった。「もう一遍ぺん、歌うたうなら、やってもいいよ。」

すると鳥とりは降おりて来きたので、二十人にんの粉こなひき男おとこは、総そうががかりで、「ヨイショ、ヨイショ!」と棒ぼうでもって石臼いしうすを高たかく挙あげました。鳥とりは真中まんなかの孔あなへ頭あたまを突込つきこんで、まるでカラーのように、石臼いしうすを頸くびへはめ、又また木きの上うえへ飛上とびあがって、歌うたい出だしました。

「母かあさんが、わたしを殺ころした、

父とうさんが、わたしを食たべた、

妹いもうとのマリちゃんが、

わたしの骨ほねをのこらず拾ひろって、

手巾はんけちに包つつんで、

杜松ねずの樹きの根元ねもとへ置おいた。

キーウィット、キーウィット、何なんと、綺麗きれいな鳥とりでしょう!」

歌うたってしまうと、鳥とりは羽はねを拡ひろげて、右みぎの趾あしには、鎖くさりを持もち、左ひだりの爪つめには、靴くつを持もち、頸くびのまわりには、石臼いしうすをはめて、お父とうさんの家うちの方ほうへ飛とんで行ゆきました。

居間いまの中なかでは、お父とうさんとお母かあさんとマリちゃんが、食卓テーブルの前まえに坐すわっていました。その時とき、お父とうさんはこう言いいました。

「おれは胸むねが軽かるくなったようで、大変たいへん好いい気持きもちだ!」

「否いいえ、」とお母かあさんが言いった。「わたしは胸むねがどきどきして、まるで暴風あらしでも来くる前まえのようですわ。」

けれどもマリちゃんはじっと坐すわって、泣ないていました。すると鳥とりが飛とんで来きて、家根やねの上うえへ棲とまった。

「ああ、」とお父とうさんが言いった。「おれは嬉うれしくって、仕方しかたがない。まるでこう、日ひがぱーッと射さしてでも居いるような気持きもちだ。まるで久ひさしく逢あわない友達ともだちにでも逢あう前まえのようだ。」

「否いいえ、」とお母かあさんが言いった。「わたしは胸むねが苦くるしくって、歯はがガチガチする。それで脈みゃくの中なかでは、火ひが燃もえているようですわ。」

そういって、おかみさんは衣服きものの胸むねを、ぐいぐいとひろげました。

マリちゃんは隅すみッこへ坐すわって、お皿さらを膝ひざの上うえへおいて、泣ないていたが、前まえにあるお皿さらは、涙なみだで一ぱいになるくらいでした。

その時とき、鳥とりは杜松ねずの木きへ棲とまって、歌うたい出だしました。

「母かあさんが、わたしを殺ころした、」

母親ははおやは耳みみを塞ふさぎ、眼めを隠かくして、見みたり、聞きいたり、しないようにしていたが、それでも、耳みみの中なかでは、恐おそろしい暴風あらしの音おとが響ひびき、眼めの中なかでは、まるで電光いなびかりのように、燃もえたり、光ひかったりしていました。

「父とうさんが、わたしを食たべた、」

「おお、母かあさんや、」とお父とうさんが言いった。「あすこに、綺麗きれいな鳥とりが、好いい声こえで鳴ないているよ。日ひがぽかぽかと射さして、何なにもかも、肉桂にくけいのような甘あまい香気かおりがする。」

「妹いもうとのマリちゃんが、」

と歌うたうと、マリちゃんは急きゅうに顔かおをあげて、泣なくのをやめました。お父とうさんは

「おれはそばへ行って、あの鳥とりを、ようく見みて来くる。」というと、

「あれ、およしなさいよ!」とおかみさんが言いった。「わたしはまるで家うちじゅうに火ひがついて、ぐらぐらゆすぶれてるような気きがするわ。」

けれどもお父とうさんは出でて行いって、鳥とりを眺ながめました。

「わたしの骨ほねをのこらず拾ひろって、

手巾はんけちに包つつんで、

杜松ねずの樹きの根元ねもとへ置おいた。

キーウィット、キーウィット、何なんと、綺麗きれいな鳥とりでしょう!」

こう歌うたうと、鳥とりは黄金きんの鎖くさりを、お父とうさんの頸くびのうえへ落おとしました。その鎖くさりはすっぽりと頸くびへかかって、お父とうさんによく似合にあいました。お父とうさんは家うちへ入はいって、

「ねえ! とても美うつくしい鳥とりだよ。そしてこんな奇麗きれいな、黄金きんの鎖くさりを、わたしにくれたよ。どうだい、立派りっぱじゃないか。」

といいましたが、おかみさんはもう胸むねが苦くるしくって堪たまらないので、部屋へやの中なかへぶっ倒たおれた拍子ひょうしに、帽子ぼうしが脱ぬげてしまいました。すると鳥とりがまた歌うたい出だしました。

「母かあさんが、わたしを殺ころした、」

「おお、」と母親ははおやは呻うめいた。「わたしは千丈じょうもある地じの底そこへでも入はいっていたい。あれを聞きかされちゃア、とても堪たまらない。」

「父とうさんが、わたしを食たべた、」

というと、おかみさんは、まるで死しんだように、ばったりと倒たおれました。

「妹いもうとのマリちゃんが、」

「ああ、」とマリちゃんが言いった。「わたしも行いって見みましょう。鳥とりが何なにかくれるかどうだか、出でて見みるわ!」

そう言いって、外そとへ出でました。

「わたしの骨ほねをのこらず拾ひろって、

手巾はんけちへ包つつんで、」

と言いって、鳥とりは靴くつを妹いもうとの上うえへ落おとしました。

「杜松ねずの樹きの根元ねもとへ置おいた。

キーウィット、キーウィット、何なんと、綺麗きれいな鳥とりでしょう!」

と歌うたうと、マリちゃんも忽たちまち、軽かるい、楽たのしい気分きぶんになり、赤あかい靴くつを穿はいて、踊おどりながら、家うちの中なかへ跳込とびこんで来きました。

「ああ、」とマリちゃんが言いった。「わたしは、戸外おもてへ出でるまでは、悲かなしかったが、もうすっかり胸むねが軽かるくなった! あれは気前きまえのいい鳥とりだわ、わたしに赤あかい靴くつをくれたりして。」

「いいえ、」といって、お母かあさんは跳はね起おきると、髪かみの毛けを焔ほのおのように逆立さかだてながら、「世界せかいが沈しずんで行ゆくような気きがする。気きが軽かるくなるかどうだか、あたしも出でて見みましょう。」

そう言いって、扉口とぐちを出でる拍子ひょうしに、ドシーン! と鳥とりが石臼いしうすを頭あたまの上うえへ落おとしたので、おかあさんはぺしゃんこに潰つぶれてしまいました。その音おとをきいて、お父とうさんと娘むすめが、内うちから跳出とびだして見みると、扉との前まえには、一面めんに、煙けむりと焔ほのおと火ひが立たちのぼって居いましたが、それが消きえてしまうと、その跡あとに、小ちいさな兄にいさんが立たっていました。兄にいさんはお父とうさんとマリちゃんの手てをとって、みんなそろって、喜よろこび勇いさんで、家うちへ入はいり、食卓テーブルの前まえへ坐すわって、一しょに食事しょくじをいたしました。

底本 / Source edition

底本:「グリム童話集」冨山房
1938(昭和13)年12月12日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:鈴木厚司
2005年4月1日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
/works/042317_001091/tei
プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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グリム ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール、グリム ヴィルヘルム・カール「杜松の樹」(新字新仮名)、底本『グリム童話集』冨山房、1938年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 042317_001091, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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