Soranoha

鬼火を追う武士

おにびをおうぶし

田中 貢太郎

鶴岡つるおか城下の話であるが、某ある深更よふけに一人の武士が田圃路たんぼみちを通っていると、焔のない火玉ひのたまがふうわりと眼の前を通った。焔のない火玉は鬼火ひとだまだと云う事を聞いていた武士は、興味おもしろ半分に其の後を跟つけて往いった。

火玉は人間の歩く位の速度でふうわりふうわりと飛んでいた。武士は其の時其の火玉を斬ってみたくなった。武士は足を早めて火玉に近づいて往った。と、火玉は物に驚いたように非常な速力で飛びだした。それと見て武士もどんどんと走って追っかけた。

其のうちに火玉の前方に一軒の小さな農家が見えた。武士はそれを見て、人家があるなと思った時、火玉はいきなり其の農家の小窓の中へ飛びこんでしまった。武士は小窓の下へ往って立った。

と、其の時家の中で人声がした。

「どうしたの、お婆さん、お婆さん、そんなにうなされて、お婆さん」

すると赭しゃがれた女の声がそれに応じた。

「あァ、怖こわかった、怖かった。わしは、この煩わずらいでは、とても助からん思って、今、娘の処へ暇乞いとまごいに往って、帰っておると、お武家さんが見つけて、斬りに来たから、一所懸命になって逃げて来た。あァ、怖かった」

底本 / Source edition

底本:「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年12月20日第1刷発行
底本の親本:「新怪談集 物語篇」改造社
1938(昭和13)年
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年8月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
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書誌 / Bibliography
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田中 貢太郎「鬼火を追う武士」(新字新仮名)、底本『怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集』春陽文庫、春陽堂書店、1999年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 042269_000154, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite