帝劇でドイツ映画「ブロンドの夢」というのを見た。途中から見ただけではあるし、別に大して面白い映画とも思われなかったが、その中の一場面としてこの映画の主役となる老若男女四人が彼等の共同の住家として鉄道客車の古物をどこかから買って来るという事件がある。そうして、若い娘と若い男二人がその奇抜な新宅の設備にかかっている間に、<ruby><rb>年老</rb><rt>としと</rt></ruby>った方の男一人は客車の屋根の片端に坐り込んで<ruby><rb>手風琴</rb><rt>てふうきん</rt></ruby>を鳴らしながら<ruby><rb>呑気</rb><rt>のんき</rt></ruby>そうな歌を唄う。ところがその男のよく飼い馴らしたと見える<ruby><rb>鴉</rb><rt>からす</rt></ruby>が一羽この男の右の片膝に乗って大人しくすまし込んでいる。そうして時々<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>らしく頭を動かしてあちらを向いたりこちらを向いたり、<ruby><rb>仰向</rb><rt>あおむ</rt></ruby>いたり<ruby><rb>俯向</rb><rt>うつむ</rt></ruby>いたりするのが実に可愛い見物である。しかるに、不思議なことには、これが老人の歌の拍子にうまく合うように律動的に頭を動かしているように見えるのであった。もしや錯覚かと思って注意してはみたが、どうも老人の唄の小節の最初の強いアクセントと同時に<ruby><rb>頸</rb><rt>くび</rt></ruby>を曲げる場合が著しく多い事だけは確かであるように思われた。してみると、この歌のリズムがなんらかの関係で、直接か間接か鴉の運動神経に作用しているらしく思われた。

しかし、これだけでは鴉が音の拍節を聴き分けるという証拠には勿論ならない。第一、この映画を撮影している人々が画面の<ruby><rb>此方</rb><rt>こっち</rt></ruby>に大勢いるはずである。その人々の中であるいは指揮棒でも振って老人の歌の拍子をとっているコンダクターがいるかもしれないとすると、鴉はその視覚に感ずるある運動する光像のリズムに反応しているのかもしれない。あるいはまた、誰かわざわざ鴉にそうした芸当をさせるために骨を折って何かしら鴉の注意に働きかけているのかもしれないのである。それよりも、もっと直接に、唄っている老人の膝自身が歌の拍子に従って動くために鳥の神経にそれだけの刺戟を与えているのかもしれない。尤も映画で見られるほどの運動は老人の膝に認められないが、微細な波動がないとは云われないのである。

しかし、また一方から考えると、元来多くの鳥は天性の音楽家であり、鴉でも実際かなりに色々の「歌」を唄うことが出来るばかりでなく、ロンドンの動物園にいたある大鴉などは人が寄って来ると“Who are you ?”と<ruby><rb>六</rb><rt>むつ</rt></ruby>かしい声で咎めるので観客の人気者となったという話である。そんなことから考えると、鴉がすぐ耳元で歌っている歌に合わせて頸を曲げるぐらいは何でもないことかもしれない。

とにかく、これに関してはやはり『野鳥』の読者の中に知識を求めるのが一番の<ruby><rb>捷径</rb><rt>しょうけい</rt></ruby>であろうと思われるので<ruby><rb>厚顔</rb><rt>あつかま</rt></ruby>しくも本誌の余白を<ruby><rb>汚</rb><rt>けが</rt></ruby>した次第である。（昭和十年二月『野鳥』）