<ruby><rb>上田豊吉</rb><rt>うえだとよきち</rt></ruby>がその<ruby><rb>故郷</rb><rt>ふるさと</rt></ruby>を出たのは今よりおおよそ二十年ばかり前のことであった。

その時かれは二十二歳であったが、郷党みな彼が<ruby><rb>前途</rb><rt>ゆくすえ</rt></ruby>の成功を<ruby><rb>卜</rb><rt>ぼく</rt></ruby>してその<ruby><rb>門出</rb><rt>かどで</rt></ruby>を祝した。

『大いなる事業』ちょう言葉の宮の<ruby><rb>壮麗</rb><rt>うるわ</rt></ruby>しき<ruby><rb>台</rb><rt>うてな</rt></ruby>を<ruby><rb>金色</rb><rt>こんじき</rt></ruby>の霧の<ruby><rb>裡</rb><rt>うち</rt></ruby>に描いて、かれはその古き城下を立ち<ruby><rb>出</rb><rt>い</rt></ruby>で、大阪京都をも見ないで直ちに東京へ乗り込んだ。

故郷の<ruby><rb>朋友</rb><rt>ほうゆう</rt></ruby><ruby><rb>親籍</rb><rt>しんせき</rt></ruby><ruby><rb>兄弟</rb><rt>けいてい</rt></ruby>、みなその安着の<ruby><rb>報</rb><rt>しらせ</rt></ruby>を得て祝し、さらにかれが成功を語り合った。

しかるに、ただ<ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby>、『杉の<ruby><rb>杜</rb><rt>もり</rt></ruby>のひげ』とあだ名せられて本名は<ruby><rb>並木善兵衛</rb><rt>なみきぜんべえ</rt></ruby>という老人のみが次のごとくに言った。

『豊吉が何をしでかすものぞ、五年十年のうちにはきっと<ruby><rb>蒼</rb><rt>あお</rt></ruby>くなって帰って来るから見ていろ。』

『なぜ？』その席にいた豊吉の友が問うた。

老人は例の雪のような<ruby><rb>髭髯</rb><rt>ひげ</rt></ruby>をひねくりながらさみしそうに悲しそうに、意地のわるそうに笑ったばかりで何とも答えなかった。

そこで少しばかりこの老人の事を話して置くが、「杉の<ruby><rb>杜</rb><rt>もり</rt></ruby>のひげ」と言われてその名が通っているだけ、岩――のものでそのころこの奇体な老人を知らぬ者はないほどであった。

<ruby><rb>髭髯</rb><rt>ひげ</rt></ruby>が雪のように白いところからそのあだ名を得たとはいうものの小さなきたならしい老人で、そのころ七十いくつとかでもすこぶる強壮な<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">こつ</span>こつした<ruby><rb>体格</rb><rt>からだ</rt></ruby>であった。

この老人がその小さな丸い目を杉の<ruby><rb>杜</rb><rt>もり</rt></ruby>の薄暗い陰でビカビカ<ruby><rb>輝</rb><rt>ひか</rt></ruby>らせて、黙って立っているのを見るとだれも薄気味の悪い<ruby><rb>老翁</rb><rt>じいさん</rt></ruby>だと思う、それが<ruby><rb>老翁</rb><rt>じいさん</rt></ruby>ばかりでなく「杉の杜」というのが、岩――の士族屋敷ではこの「ひげ」の生まれない前のもっと前からすでに気味の悪いところになっているので幾百年かたって今はその<ruby><rb>根方</rb><rt>ねがた</rt></ruby>の<ruby><rb>周囲</rb><rt>まわり</rt></ruby><ruby><rb>五抱</rb><rt>いつかか</rt></ruby>えもある一本の杉が並木善兵衛の屋敷の<ruby><rb>隅</rb><rt>すみ</rt></ruby>に<ruby><rb>聳</rb><rt>つ</rt></ruby>ッ立ッていてそこがさびしい<ruby><rb>四辻</rb><rt>よつつじ</rt></ruby>になっている。

善兵衛は若い時分から口の悪い男で、少し<ruby><rb>変物</rb><rt>へんぶつ</rt></ruby>で右左を間違えて言う仲間の一人であったが、年を取るとよけいに口が悪くなった。

『<ruby><rb>彼奴</rb><rt>きゃつ</rt></ruby>は遠からず死ぬわい』など人の身の上に不吉きわまる予言を試みて平気でいる、それがまた奇妙にあたる。むずかしく言えば一種霊活な批評眼を備えていた人、ありていに言えば<ruby><rb>天稟</rb><rt>てんりん</rt></ruby>の直覚力が鋭利である上に、郷党が不思議がればいよいよ自分もよけいに人の気質、人の運命などに注意して見るようになり、それがおもしろくなり、自慢になり、ついに熟練になったのである。彼は決して<ruby><rb>卜者</rb><rt>うらない</rt></ruby>ではなかった。

そこで豊吉はこの「ひげ」と別に<ruby><rb>交際</rb><rt>ゆきき</rt></ruby>もしないくせに「ひげ」は豊吉の上にあんな予言をした。

そしてそれが二十年ぶりにあたった。あたったといえばそれだけであるが、それに三つの意味が含まれている。

『豊吉が何をしでかすものぞ、』これがその一、

『五年十年のうちには、』これがその二、

『きっと帰って来る、』これがその三。

薄気味の悪い「ひげ」が<ruby><rb>黄鼠</rb><rt>いたち</rt></ruby>のような目を<ruby><rb>輝</rb><rt>ひか</rt></ruby>らせて杉の杜の陰からにらんだところを今少し詳しく言えば、

豊吉は善人である、また才もある、しかし<ruby><rb>根</rb><rt>こん</rt></ruby>がない、いや根も随分あるが、どこかに影の薄いような気味があって、そのすることが物の急所にあたらない。また力いっぱいに打ち込んだ棒の音が鈍く反響するというようなところがある。

豊吉は善人である、情に厚い、しかし<ruby><rb>胆</rb><rt>きも</rt></ruby>が小さい、と言うよりもむしろ、気が小さいので磯<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぎんちゃく</span>と同質である。

そこで彼は失敗やら成功やら、二十年の間に東京を中心としておもに東北地方を舞台に色んな事をやって見たが、ついに失敗に終わったと言うよりもむしろ、もはや精根の泉を<ruby><rb>涸</rb><rt>か</rt></ruby>らしてしまった。

そして故郷へ帰って来た。漂って来たのではない、実に帰って来たのである。彼はいかなる時にもその故郷を忘れ得なかった。いかにかれは零落するとも、都の巷に<ruby><rb>白馬</rb><rt>どぶろく</rt></ruby>を命として<ruby><rb>埃芥</rb><rt>あくた</rt></ruby>のように<ruby><rb>沈澱</rb><rt>ちんでん</rt></ruby>してしまう人ではなかった。

しかし「ひげ」の「五年十年」はあたらなかった、二十年ぶりに豊吉は帰って来た、しかも「ひげ」の「五年十年」には意味があるので、実にあたったのである。すなわち豊吉はたちまち失敗してたちまち逃げて帰って来るような男ではない、やれるだけはやって見る<ruby><rb>質</rb><rt>たち</rt></ruby>であった。

さて「杉の<ruby><rb>杜</rb><rt>もり</rt></ruby>のひげ」の予言はことごとくあたった。しかしさすがの「ひげ」も取り逃がした予言が一つある、ただ幾百年の間、人間の運命をながめていた「杉の杜」のみは<ruby><rb>予</rb><rt>あらかじ</rt></ruby>め知っていたに違いない。

夏の末、秋の初めの九月なかば日曜の午後一時ごろ、「杉の杜」の四辻にぼんやり立っている者がある。

年のころは四十ばかり、<ruby><rb>胡麻白頭</rb><rt>ごましろあたま</rt></ruby>の色の黒い<ruby><rb>頬</rb><rt>ほお</rt></ruby>のこけた<ruby><rb>面長</rb><rt>おもなが</rt></ruby>な男である。

汗じみて色の変わった<ruby><rb>縮布</rb><rt>ちぢみ</rt></ruby>の洋服を着て<ruby><rb>脚絆</rb><rt>きゃはん</rt></ruby>の<ruby><rb>紺</rb><rt>こん</rt></ruby>もあせ<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらじ</rt></ruby>もぼろぼろしている。都からの<ruby><rb>落人</rb><rt>おちびと</rt></ruby>でなければこんな<ruby><rb>風</rb><rt>ふう</rt></ruby>をしてはいない。すなわち上田豊吉である。

二十年ぶりの故郷の様子は随分変わっていた。日本全国、どこの城下も町は新しく変わり、士族小路は古く変わるのが例であるが岩――もその通りで、町の方は新しい建物もでき、きらびやかな店もできて<ruby><rb>万</rb><rt>よろず</rt></ruby>、何となく今の世のさまにともなっているが、士族屋敷の方はその反対で、いたるところ、古い都の<ruby><rb>断礎</rb><rt>だんそ</rt></ruby>のような者があって一種言うべからざる沈静の気がすみずみまで行き渡っている。

豊吉はしばらく杉の杜の陰で休んでいたが、気の弱いかれは、かくまでに<ruby><rb>零落</rb><rt>おちぶ</rt></ruby>れてその<ruby><rb>懐</rb><rt>なつ</rt></ruby>かしい故郷に帰って来ても、なお大声をあげて自分の帰って来たのを言いふらすことができない、大手を振って自分の生まれた土地を歩くことができない、直ちに兄の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>、すなわち自分の生まれた家に行くことができない。

かれは恐る恐るそこらをぶらつき初めた。<ruby><rb>夢路</rb><rt>ゆめじ</rt></ruby>を歩む<ruby><rb>心地</rb><rt>ここち</rt></ruby>で古い記憶の<ruby><rb>端々</rb><rt>はしばし</rt></ruby>をたどりはじめた。なるほど、様子が変わった。

しかしやはり、変わらない。二十年<ruby><rb>前</rb><rt>まえ</rt></ruby>の壁の穴が少し太くなったばかりである、豊吉が棒の先でいたずらに<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けたところの。

ただ豊吉の目には以前より<ruby><rb>路幅</rb><rt>みちはば</rt></ruby>が狭くなったように思われ、<ruby><rb>樹</rb><rt>き</rt></ruby>が多くなったように見え、昔よりよほどさびしくなったように思われた。<ruby><rb>蝉</rb><rt>せみ</rt></ruby>がその単調な眠そうな声で鳴いている、<ruby><rb>寂</rb><rt>しん</rt></ruby>とした日の光がじりじりと照りつけて、今しもこの古い士族屋敷は眠ったように静かである。

杉の<ruby><rb>生垣</rb><rt>いけがき</rt></ruby>をめぐると突き当たりの<ruby><rb>煉塀</rb><rt>ねりべい</rt></ruby>の上に<ruby><rb>百日紅</rb><rt>ひゃくじつこう</rt></ruby>が<ruby><rb>碧</rb><rt>みどり</rt></ruby>の空に映じていて、壁はほとんど<ruby><rb>蔦</rb><rt>つた</rt></ruby>で埋もれている。その横に門がある。<ruby><rb>樫</rb><rt>かし</rt></ruby>、梅、<ruby><rb>橙</rb><rt>だいだい</rt></ruby>などの庭木の門の上に黒い影を落としていて、門の内には<ruby><rb>棕櫚</rb><rt>しゅろ</rt></ruby>の二、三本、その扇めいた太い葉が風にあおられながらぴかぴかと<ruby><rb>輝</rb><rt>ひか</rt></ruby>っている。

豊吉はうなずいて門札を見ると、板の色も文字の墨も同じように古びて「片山四郎」と書いてある。これは豊吉の<ruby><rb>竹馬</rb><rt>ちくば</rt></ruby>の友である。

『<ruby><rb>達者</rb><rt>たっしゃ</rt></ruby>でいるらしい、』かれは思った、『たぶん子供もできていることだろう。』

かれはそっと内をのぞいた。<ruby><rb>桑園</rb><rt>くわばたけ</rt></ruby>の方から<ruby><rb>家鶏</rb><rt>にわとり</rt></ruby>が六、七羽、一羽の雄に導かれてのそのそと門の方へやって来るところであった。

たちまち<ruby><rb>車井</rb><rt>くるまい</rt></ruby>の音が高く響いたと思うと、『お安、<ruby><rb>金盥</rb><rt>かなだらい</rt></ruby>を持って来てくれろ』という声はこの家の<ruby><rb>主人</rb><rt>あるじ</rt></ruby>らしい。豊吉は物に襲われたように<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>をきょろきょろと見まわして、急いで<ruby><rb>煉塀</rb><rt>ねりべい</rt></ruby>の<ruby><rb>角</rb><rt>かど</rt></ruby>を曲がった。<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>には人らしき者の影も見えない。

『四郎だ四郎だ、』豊吉はぼんやり立って目を細くして何を見るともなくその狭い<ruby><rb>樹</rb><rt>き</rt></ruby>の影の多い路の遠くをながめた。路の遠くには<ruby><rb>陽炎</rb><rt>かげろう</rt></ruby>がうらうらとたっている。

一匹の犬が豊吉の立っているすぐそばの、<ruby><rb>寒竹</rb><rt>かんちく</rt></ruby>の生垣の間から突然現われて豊吉を見て<ruby><rb>胡散</rb><rt>うさん</rt></ruby>そうに耳を立てたが、たちまち垣の内で口笛が一声二声高く響くや犬はまた駆け込んでしまった。豊吉は夢のさめたようにちょっと目をみはって、さびしい微笑を目元に浮かべた。

すると、一人の十二、三の<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>が<ruby><rb>釣竿</rb><rt>つりざお</rt></ruby>を持って、小陰から出て来て豊吉には気が付かぬらしく、こなたを見向きもしないで軍歌らしいものを小声で<ruby><rb>唱</rb><rt>うた</rt></ruby>いながらむこうへ行く、その<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>を前の犬が地をかぎかぎお<ruby><rb>伴</rb><rt>とも</rt></ruby>をしてゆく。

豊吉はわれ知らずその<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>について、じっと<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>の後ろ影を見ながらゆく、その距離は数十歩である、実は三十年の歳月であった。豊吉は昔のわれを目の前にありありと見た。

<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>と犬との影が突然消えたと思うと、その曲がり角のすぐ上の<ruby><rb>古木</rb><rt>こぼく</rt></ruby>、昔のままのその枝ぶり、<ruby><rb>蝉</rb><rt>せみ</rt></ruby>の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とまり</span>どころまでが昔そのままなる――豊吉は『なるほど、今の<ruby><rb>児</rb><rt>こ</rt></ruby>はあそこへ行くのだな』とうれしそうに笑ッて梅の<ruby><rb>樹</rb><rt>き</rt></ruby>を見上げて、そして角を曲がった。

<ruby><rb>川柳</rb><rt>かわやなぎ</rt></ruby>の陰になった一<ruby><rb>間</rb><rt>けん</rt></ruby>幅ぐらいの小川の<ruby><rb>辺</rb><rt>ほとり</rt></ruby>に三、四人の<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>が集まっている、豊吉はニヤニヤ笑って急いでそこに<ruby><rb>往</rb><rt>い</rt></ruby>った。

大川の支流のこの小川のここは昔からの<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>の釣り場である。豊吉は柳の陰に腰掛けて久しぶりにその影を昔の流れに映した。小川の流れはここに来て急に幅広くなって、深くなって静かになって暗くなっている。

柳の間をもれる日の光が<ruby><rb>金色</rb><rt>こんじき</rt></ruby>の線を水の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>に射て、澄み渡った<ruby><rb>水底</rb><rt>みなぞこ</rt></ruby>の<ruby><rb>小砂利</rb><rt>じゃり</rt></ruby>が銀のように<ruby><rb>碧玉</rb><rt>たま</rt></ruby>のように沈んでいる。

<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>はかしこここの柳の株に陣取って釣っていたが、今来た<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>の方を振り向いて一人の十二、三の<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>が

『<ruby><rb>檜山</rb><rt>ひやま</rt></ruby>！　これを見ろ！』と言って腹の真っ赤な<ruby><rb>山鰷</rb><rt>やまばえ</rt></ruby>の尺にも近いのを差し上げて見せた。そして自慢そうに、うれしそうに笑った。

『上田、自慢するなッ』と一人の<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>が叫んだ。

豊吉はつッと立ち上がって、上田と呼ばれた<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>の方を向いて<ruby><rb>眉</rb><rt>まゆ</rt></ruby>に<ruby><rb>皺</rb><rt>しわ</rt></ruby>を寄せて目を細くしてまぶしそうに<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>の顔を見た。そしてそのそばに<ruby><rb>往</rb><rt>い</rt></ruby>った。

『どれ、今のをお見せなさい、』と豊吉は<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>の顔を見ながら言ッた。

<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>はいぶかしそうに豊吉を見て、<ruby><rb>不精無精</rb><rt>ふしょうぶしょう</rt></ruby>に<ruby><rb>籠</rb><rt>かご</rt></ruby>の口を豊吉の前に差し向けた。

『なるほど、なるほど。』豊吉はちょっと<ruby><rb>籠</rb><rt>かご</rt></ruby>の中を見たばかりで、<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>の顔をじっと見ながら『なるほど、なるほど』といって小首を傾けた。

<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>は『大きいだろう！』と鋭く言い放ってひったくるように籠を取って、水の中に突き込んだ。そして水の底をじっと見て、もう<ruby><rb>傍</rb><rt>かたわ</rt></ruby>らに人あるを忘れたようである。

豊吉はあきれてしまった。『どうしても<ruby><rb>阿兄</rb><rt>あにき</rt></ruby>の子だ、<ruby><rb>面相</rb><rt>おもざし</rt></ruby>のよく似ているばかりか、今の声は<ruby><rb>阿兄</rb><rt>あにき</rt></ruby>にそっくりだ』となおも<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>の横顔を見ていたが、<ruby><rb>画</rb><rt>え</rt></ruby>だ、まるで画であった！　この<ruby><rb>二人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>のさまは。

川柳は日の光にその長い青葉をきらめかして、風のそよぐごとに黒い影と入り乱れている。その冷ややかな陰の<ruby><rb>水際</rb><rt>みぎわ</rt></ruby>に一人の丸く<ruby><rb>肥</rb><rt>ふと</rt></ruby>ッた<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>が釣りを<ruby><rb>垂</rb><rt>た</rt></ruby>れて深い清い<ruby><rb>淵</rb><rt>ふち</rt></ruby>の水面を余念なく見ている、その<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>を少し<ruby><rb>隔</rb><rt>はな</rt></ruby>れて柳の株に腰かけて、一人の旅人、零落と疲労をその<ruby><rb>衣服</rb><rt>きもの</rt></ruby>と<ruby><rb>容貌</rb><rt>かお</rt></ruby>に示し、夢みるごときまなざしをして<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>をながめている。小川の<ruby><rb>水上</rb><rt>みなかみ</rt></ruby>の柳の上を遠く<ruby><rb>城山</rb><rt>じょうざん</rt></ruby>の<ruby><rb>石垣</rb><rt>いしがき</rt></ruby>のくずれたのが見える。秋の初めで、空気は十分に澄んでいる、日の光は十分に鮮やかである。画だ！　意味の深い画である。

豊吉の目は涙にあふれて来た。<ruby><rb>瞬</rb><rt>またた</rt></ruby>きをしてのみ込んだ時、かれは思わはずその涙をはふり落とした。そして何ともいえない<ruby><rb>懐</rb><rt>ゆか</rt></ruby>しさを感じて、『ここだ、おれの生まれたのはここだ、おれの死ぬのもここだ、ああうれしいうれしい、安心した』という心持ちが心の底からわいて来て、何となく、今までの長い間の辛苦<ruby><rb>艱難</rb><rt>かんなん</rt></ruby>が皮のむけたように自分を離れた心地がした。

『お前のおとっさんの名はなんていうかね』と豊吉は親しげに<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>に近づいた。

<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>は目を丸くして豊吉を見た。豊吉はなおも親しげに、

『<ruby><rb>貫一</rb><rt>かんいち</rt></ruby>というだろう？』

<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>は驚いて豊吉の顔をじっと見つめた。豊吉は少し笑いを含んで、

『貫一さんは<ruby><rb>丈夫</rb><rt>たっしゃ</rt></ruby>かね。』

『<ruby><rb>達者</rb><rt>たっしゃ</rt></ruby>だ。』

『それで安心しました、ああそれで安心しました。お前は豊吉という叔父さんのことをおとっさんから聞いたことがあろう。』

<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>はびっくりして立ちあがった。

『お前の名は？』

『<ruby><rb>源造</rb><rt>げんぞう</rt></ruby>。』

『源造、おれはお前の叔父さんだ、豊吉だ。』

<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>は顔色を変えて<ruby><rb>竿</rb><rt>さお</rt></ruby>を投げ捨てた。そして何も言わず、士族屋敷の方へといっさんに駆けていった。

ほかの<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>らも驚いて、豊吉を怪しそうに見て、急に糸を巻くやら<ruby><rb>籠</rb><rt>かご</rt></ruby>を上げるやら、こそこそと逃げていってしまった。

豊吉はあきれ返って、ぼんやり立って、<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>らの駆けて行く後ろ影を見送った。

『上田の豊さんが帰ったそうだ』と彼を記憶しうわさしていた人々はみんなびっくりした。

豊吉<ruby><rb>二十</rb><rt>はたち</rt></ruby>のころの知人みな四十五十の<ruby><rb>中老</rb><rt>ちゅうろう</rt></ruby>になって、子供もあれば、中には孫もある、その人々が続々と見舞にくる、ことに女の人、昔美しかった<ruby><rb>乙女</rb><rt>おとめ</rt></ruby>の今はお<ruby><rb>婆</rb><rt>ばあ</rt></ruby>さんの連中が、また続々と見舞に来る。

人々は驚いた、豊吉のあまりに老いぼれたのに。人々は祝った、その無事であッたを。人々は気の毒に思った、何事もなし得ないで<ruby><rb>零落</rb><rt>おちぶ</rt></ruby>れて帰ったのを。そして笑った、そして泣いた、そして言葉を尽くして慰めた。

ああ<ruby><rb>故郷</rb><rt>ふるさと</rt></ruby>！　豊吉は二十年の間、一日も忘れたことはなかった、一時の成功にも一時の失敗にも。そして今、全然失敗して帰ッて来た、しかしかくまでに人々がわれに優しいこととは思わなかった。

彼は驚いた、兄をはじめ人々のあまりに優しいのに。そして泣いた、ただ何とはなしにうれしく悲しくって。そして<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がっかり</span>して急に年を取ッた。そして希望なき零落の海から、希望なき安心の島にと漂着した。

かれの兄はこの不幸なる漂流者を心を尽くして介抱した。その子供らはこの人のよい叔父にすっかり、<ruby><rb>懐</rb><rt>なつ</rt></ruby>いてしまった。兄貫一の子は三人あって、お花というが十五歳で、その次が<ruby><rb>前</rb><rt>さき</rt></ruby>の源造、末が<ruby><rb>勇</rb><rt>いさむ</rt></ruby>という<ruby><rb>七歳</rb><rt>ななつ</rt></ruby>のかあいい<ruby><rb>児</rb><rt>こ</rt></ruby>である。

お花は叔父を慰め、源造は叔父さんと遊び、勇は叔父さんにあまえた。豊吉はお花が<ruby><rb>土蔵</rb><rt>くら</rt></ruby>の前の石段に腰掛けて<ruby><rb>唱</rb><rt>うた</rt></ruby>う唱歌をききながら<ruby><rb>茶室</rb><rt>はなれ</rt></ruby>の窓に<ruby><rb>倚</rb><rt>よ</rt></ruby>りかかって居眠り、源造に誘われて釣りに出かけて居眠りながら釣り、勇の馬になッて、のそのそと座敷をはいまわり、馬の<ruby><rb>嘶</rb><rt>な</rt></ruby>き声を<ruby><rb>所望</rb><rt>しょもう</rt></ruby>されて、牛の鳴くまねと間違えて勇に<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>られ、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>じゅうを笑わせた。

かかる<ruby><rb>際</rb><rt>ひま</rt></ruby>にお花と源造に漢書の<ruby><rb>素読</rb><rt>そどく</rt></ruby>、数学英語の初歩などを授けたが<ruby><rb>源因</rb><rt>もと</rt></ruby>となり、ともかく、遊んでばかりいてはかえってよくない、<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>を集めて<ruby><rb>私塾</rb><rt>しじゅく</rt></ruby>のようなものでも開いたら、自分のためにも<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>のためにもなるだろうとの説が人々の間に起こって、兄も無論賛成してこの事を豊吉に勧めてみた。

豊吉は同意した。そして心ひそかに<ruby><rb>歓</rb><rt>よろこ</rt></ruby>んだ、その<ruby><rb>理由</rb><rt>わけ</rt></ruby>は、かれ初めより無事に日を送ることをよろこばなかった、のみならずついに何事をもなさず何をしでかすることなく一生<ruby><rb>空</rb><rt>むな</rt></ruby>しく<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>の厄介で終わるということは彼にとって多少の苦痛であった。

希望なき安心の遅鈍なる生活もいつしか一月ばかり<ruby><rb>経</rb><rt>た</rt></ruby>って、豊吉はお花の唱歌を聞きながら、居眠ってばかりいない、秋の夕空晴れて星の光も<ruby><rb>鮮</rb><rt>あざ</rt></ruby>やかなる時、お花に伴われてかの小川の<ruby><rb>辺</rb><rt>ほとり</rt></ruby>など散歩し、お花が声低く<ruby><rb>節</rb><rt>ふし</rt></ruby>哀れに唱うを聞けばその沈みはてし心かすかに躍りて、その昔、失敗しながらも<ruby><rb>煩悶</rb><rt>はんもん</rt></ruby>しながらもある仕事を企ててそれに力を尽くした日の方が、今の安息無事よりも願わしいように感じた。

かれは思った、<ruby><rb>他郷</rb><rt>よそ</rt></ruby>に出て失敗したのはあながちかれの罪ばかりでない、実にまた他郷の人の<ruby><rb>薄情</rb><rt>つれな</rt></ruby>きにもよるのである、さればもしこのような親切な故郷の人々の間にいて、事を企てなば、必ず多少の成功はあるべく、以前のような<ruby><rb>形</rb><rt>かた</rt></ruby>なしの失敗はあるまいと。

かれは自分を知らなかった。自分の影がどんなに薄いかを知らなかった。そして喜んで私塾設立の儀を承諾した、さなきだにかれは自分で何らの仕事をか企てんとしていて言い出しにくく思っていたところであるから。

「杉の<ruby><rb>杜</rb><rt>もり</rt></ruby>の<ruby><rb>髯</rb><rt>ひげ</rt></ruby>」の予言のあたったのはここまでである。さてこの以後が「髯」の予言しのこした豊吉の運命である。

月のよくさえた夜の十時ごろであった。大川が急に折れて<ruby><rb>城山</rb><rt>じょうざん</rt></ruby>の<ruby><rb>麓</rb><rt>ふもと</rt></ruby>をめぐる、その<ruby><rb>崖</rb><rt>がけ</rt></ruby>の上を豊吉<ruby><rb>独</rb><rt>ひと</rt></ruby>り、おのが影を追いながら小さな<ruby><rb>藪路</rb><rt>やぶみち</rt></ruby>をのぼりて行く。

藪の<ruby><rb>小路</rb><rt>こみち</rt></ruby>を出ると墓地がある。古墳累々と崖の小高いところに並んで、月の光を受けて白く見える。豊吉は墓の間を縫いながら行くと、一段高いところにまた数十の墓が並んでいる、その中のごく小さな墓――小松の根にある――の前に豊吉は立ち止まった。

この墓が七年前に死んだ「並木善兵衛之墓」である、「杉の杜の髯」の安眠所である。

この日、兄の貫一その他の人々は私塾設立の着手に取りかかり、片山という<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の道場を借りて教場にあてる事にした。この道場というは四<ruby><rb>間</rb><rt>けん</rt></ruby>と五間の<ruby><rb>板間</rb><rt>いたのま</rt></ruby>で、その以前豊吉も小学校から帰り路、この家の<ruby><rb>少年</rb><rt>こども</rt></ruby>を餓鬼大将として<ruby><rb>荒</rb><rt>あば</rt></ruby>れ回ったところである。さらに維新前はお<ruby><rb>面</rb><rt>めん</rt></ruby>お<ruby><rb>籠手</rb><rt>こて</rt></ruby>の<ruby><rb>真</rb><rt>まこと</rt></ruby>の道場であった。

人々は非常に奔走して、二十人の生徒に用いられるだけの机と腰掛けとを集めた、あるいは役場の物置より、あるいは小学校の倉の<ruby><rb>隅</rb><rt>すみ</rt></ruby>より、半ば<ruby><rb>壊</rb><rt>こわ</rt></ruby>れて用に立ちそうにないものをそれぞれ繕ってともかく、間に合わした。

明日は開校式を行なうはずで、豊吉自らも色んな準備をして、演説の草稿まで作った。岩――の士族屋敷もこの日はそのために多少の談話と<ruby><rb>笑声</rb><rt>しょうせい</rt></ruby>とを増し、<ruby><rb>日常</rb><rt>ひごろ</rt></ruby>さびしい杉の<ruby><rb>杜</rb><rt>もり</rt></ruby>付近までが何となく<ruby><rb>平時</rb><rt>ふだん</rt></ruby>と<ruby><rb>異</rb><rt>ちが</rt></ruby>っていた。

お花は叔父のために『君が代』を唱うことに定まり、源造は叔父さんが先生になるというので学校に行ってもこの二、三<ruby><rb>日</rb><rt>ち</rt></ruby>は鼻が高い。勇は何で皆が騒ぐのか少しも知らない。

そこでその<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>、豊吉は片山の道場へ明日の準備の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しのこり</span>をかたづけにいって、帰路、突然方向を変えて大川の<ruby><rb>辺</rb><rt>ほとり</rt></ruby>へ出たのであった。「髯」の墓に豊吉は腰をかけて月を仰いだ。「髯」は今の豊吉を知らない、豊吉は昔の「髯」の予言を知らない。

豊吉は大川の流れを見<ruby><rb>下</rb><rt>お</rt></ruby>ろしてわが<ruby><rb>故郷</rb><rt>ふるさと</rt></ruby>の景色をしばし見とれていた、しばらくしてほっと<ruby><rb>嘆息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>をした、さもさも<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がっかり</span>したらしく。

実にそうである、豊吉の精根は枯れていたのである。かれは今、<ruby><rb>堪</rb><rt>た</rt></ruby>ゆべからざる疲労を感じた。私塾の設立！　かれはこの言葉のうち、何らの弾力あるものを感じなくなった。

<ruby><rb>山河月色</rb><rt>さんかげっしょく</rt></ruby>、昔のままである。昔の知人の<ruby><rb>幾人</rb><rt>いくたり</rt></ruby>かはこの墓地に眠っている。豊吉はこの時つくづくわが生涯の流れももはや限りなき<ruby><rb>大海</rb><rt>だいかい</rt></ruby>近く流れ来たのを感じた。われとわが<ruby><rb>亡友</rb><rt>なきとも</rt></ruby>との間、半透明の<ruby><rb>膜一重</rb><rt>まくひとえ</rt></ruby>なるを感じた。

そうでない、ただかれは疲れはてた。一杯の水を求めるほどの気もなくなった。

豊吉は静かに立ち上がって河の岸に下りた。そして水の<ruby><rb>潯</rb><rt>ほとり</rt></ruby>をとぼとぼとたどって<ruby><rb>河下</rb><rt>かわしも</rt></ruby>の方へと歩いた。

月はさえにさえている。<ruby><rb>城山</rb><rt>じょうざん</rt></ruby>は真っ黒な影を河に映している。<ruby><rb>澱</rb><rt>よど</rt></ruby>んで流るる<ruby><rb>辺</rb><rt>あた</rt></ruby>りは鏡のごとく、瀬をなして流るるところは月光砕けてぎらぎら<ruby><rb>輝</rb><rt>ひか</rt></ruby>っている。豊吉は夢心地になってしきりに流れを下った。

<ruby><rb>河舟</rb><rt>かわぶね</rt></ruby>の小さなのが岸に<ruby><rb>繋</rb><rt>つな</rt></ruby>いであった。豊吉はこれに飛び乗るや、<ruby><rb>纜</rb><rt>ともづな</rt></ruby>を解いて、<ruby><rb>棹</rb><rt>みざお</rt></ruby>を立てた。昔の河遊びの<ruby><rb>手練</rb><rt>しゅれん</rt></ruby>がまだのこっていて、船はするすると<ruby><rb>河心</rb><rt>かしん</rt></ruby>に出た。

遠く河すそをながむれば、月の色の<ruby><rb>隈</rb><rt>くま</rt></ruby>なきにつれて、河霧夢のごとく淡く水面に浮かんでいる。豊吉はこれを望んで<ruby><rb>棹</rb><rt>みざお</rt></ruby>を振るった。船いよいよ下れば河霧次第に遠ざかって行く。流れの末は間もなく海である。

豊吉はついに再び岩――に帰って来なかった。もっとも悲しんだものはお花と源造であった。

（明治三十一年八月作）