数年前に「ボーヤ」と名づけた白毛の雄猫が病死してから以来しばらくわが家の縁側に猫というものの姿を見ない月日が流れた。先年、犬養内閣が成立したとおなじ日に一羽のローラーカナリヤが迷い込んで来たのを捕えて飼っているうち、ある朝ちょっとの不注意で逃がしてしまった。そのおなじ日の夕方帰宅して見ると茶の間の真中に一匹の真白な小猫が坐り込んですましてお化粧をしていた。家人に聞いてみると、どこからともなく入り込んで来て、そうして、すっかりわがもの顔に家中を歩き廻っているそうである。それが不思議なことには死んだボーヤの小さい時とほとんどそっくりでただ<ruby><rb>尻尾</rb><rt>しっぽ</rt></ruby>が長くてその尻尾に<ruby><rb>雉毛</rb><rt>きじげ</rt></ruby>の紋様があるだけの相違である。どこかの飼猫の子が捨てられたか迷って来たかであるに相違ないが、とにかくそのままに居着いてしまって「白」と命名された。珍しく鷹揚な猫で、ある日犬に追われて近所の家の塀と塀との間に遁げ込んだまま、一日そこにしゃがんでいたのを、やっと捜し出して連れて来たこともあった。スマラグド色の眼と<ruby><rb>石竹</rb><rt>せきちく</rt></ruby>色の唇をもつこの雄猫の風貌にはどこかエキゾチックな趣がある。

死んだ白猫の母は宅の飼猫で白に雉毛の斑点を多分にもっていたが、ことによると前の白猫と今度の「白」とは父親がおなじであるか、ことによると「白」が「ボーヤ」の子であるかもしれないと思われた。それについて思い当るのは、一と頃ときどき宅へ忍び込んで来る猫の中に一匹のアンゴラ種らしい立派な白猫があった、それが、もしかすると「白」の父親か祖父ではないかと思われるのであった。

つい近ごろになってある新聞にいろいろなペットの話が連載されているうちに知名の某家の猫のことが出ていて、その三匹の猫の写真が掲載されていた。そのうちの一匹がどうも前述のいわゆるアンゴラに似ているように思われた。これだけでは何も問題にはならないが、しかしその某家と同姓の家が宅から二、三町のところにあるから、そこで一つの問題が成立ったのである。その問題は<ruby><rb>型式的</rb><rt>フォーマル</rt></ruby>には刑事探偵が<ruby><rb>偶</rb><rt>たま</rt></ruby>には出くわす問題とおなじようなものかと思われた。

問題を分析するとつぎのようになる。

問題。（一）宅の近所のＡ家は新聞所載のＡ家と同一か。（二）同一ならばその家の猫Ｂと、宅の庭で見かけた猫Ｃと同一か。（三）そうだとすれば宅の白猫ＤはそのＢ＝Ｃ猫の血族か。

これに対して与えられた<ruby><rb>事実与件</rb><rt>データ</rt></ruby>は（１）Ａという名前の一致。ただし近所のＡ家に西洋猫がいるかどうかは不明。（２）新聞の写真のＢ猫とＣ猫との肖似。ただし記憶だけで他に実証なし。（３）ＢＣとＤとの幾分の肖似。（４）新聞記事によると、Ｂ猫が不良で夜遊び昼遊びをして困るという飼主夫人の証言。これだけである。この（１）（２）（３）（４）いずれも当面の問題に対しては実に貧弱なデータで、これだけからなんらの確からしい結論も導き出せないことは科学者を待たずとも明白なことである。しかし、われわれの「人情」と「いわゆる常識」はこの（１）（２）（３）（４）から（一）（二）（三）を肯定しようとする強い誘惑を醸成する。

その後、出入りの魚屋の証言によって近所のＡ家にもやはり白い洋種の猫がいるという一つの新しい有力なデータを加えることは出来た。しかし、東京中で西洋猫を飼っているＡ姓の人が何人あるか不明であるから（一）の問題はやはり不明である。ただ、近所のＡ家の猫と宅の猫との血族関係に関しては幾分のプロバビリチが出来ていた訳である。

下手の探偵小説には（１）（２）（３）（４）だけから（一）（二）（三）を誘導するようなのがありはしないか。おなじような論理の錯誤から実際の刑事事件について無実の罪が成立する恐れが万一ありはしないか。そんなことを考えさせられるのであった。

近ごろ、某大官が、十年前に、六百年昔の逆賊を弁護したことがあったために、現職を辞するのやむなきに立ち至ったという事件が新聞紙上を賑わした。なるほど、十年前の甲某が今日の甲某と同一人だということについては確実な証人が無数にある。従ってこの問題と上述の「猫の場合」とは全然何の関係もない別種類の事柄である。何の関係もないことであるにもかかわらず、ふとした錯覚で何かしら関係があるような気がしたのは、たしかに自分の頭の<ruby><rb>迷誤</rb><rt>アベレーション</rt></ruby>である。それで、これも不思議な錯覚の一例として後日の参考のためについでに書添えておくこととする。

（昭和九年二月『大阪毎日新聞』）