Soranoha

小説に用ふる天然

しょうせつにもちうるてんねん

泉 鏡花

小説を作る上では――如何しても天然を用ゐぬ譯には行かないやうですね。譬へば惚れ合つた男女二人が話をしながら横町を通る時でも、晴天の時と、雨天の時とは、話の調子が餘程違ひますからね。天然と言つても、海とか、山とかに限つたことはありません。室内でも、障子とか、襖とか、言ふものは、天然の部に這入つてもよからうと思ひます。だから其の室内の事を書く時でも、天然を見逃がす事は出來ません。また夜更けに話すのと、白晝に話すのとは、自おのづから人の氣分も違ふ譯ですから、勢ひ周圍にある天然を外よそにする譯に行かないでせう。假に場所を東京市内に選んで、神田とすれば、又其處に特有の天然があります。何方かと言へば、私の作などの中には、景色を見てから、人物を考へ出した場合が多い。『三尺角』や、『葛飾砂子』などは深川の景色を見て、自然に人物を思ひ浮べたのです。然し天然を主にして、作意を害するやうな事は面白くありません。程よく用ゐたいものです。

明治四十二年一月

底本 / Source edition

底本:「鏡花全集 第二十八巻」岩波書店
1942(昭和17)年11月30日第1刷発行
1976(昭和51)年2月2日第2刷発行
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:高柳典子
校正:門田裕志
2003年8月1日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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書誌 / Bibliography
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泉 鏡花「小説に用ふる天然」(旧字旧仮名)、底本『鏡花全集 第二十八巻』岩波書店、1942年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 033226_000050, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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