Soranoha

異郷

いきょう

寺田 寅彦

ウェルダアの桜

大きな河かと思うような細長い湖水を小蒸気で縦に渡って行った。古い地質時代にヨーロッパの北の半分を蔽っていた氷河が退しりぞいて行って、その跡に出来た砂原の窪みに水の溜ったのがこの湖とこれに連なる沢山の湖水だそうである。水は沈鬱に濁っている。変化の少ない周囲の地形の眺めも、到るところの黒い松林の眺めもいずれも沈鬱である。哲学の生れる国の自然にふさわしいと云った人の言葉を想い出させる。

船が着いてから小さな丘に上って行った。丘の頂には旗亭きていがある。その前の平地に沢山のテエブルと椅子が並べてあって、それがほとんど空席のないほど遊山ゆさんの客でいっぱいになっている。テエブルの上には琥珀こはくのように黄色いビイルと黒耀石のように黒いビイルのはいったコップが並んで立っている。どちらを見ても異人ばかりである。それが私には分らない言葉で話している。

高い旗竿から八方に張り渡した縄にはいろいろの旗が並んで風に靡なびいている。その中に日の丸の旗のあるのが妙に目に立って見えた。

連れの日本人はその連れのドイツ女の青い上着を小脇にかかえて歩いていた。私は自分の重い外套がいとうをかかえて黙ってその後をついて行った。

丘を下りて桜の咲き乱れた畑地の中の径みちをあるいた。柔らかい砂地を踏みしめながらあるいているうちに、かつて経験した事のない不思議な心持になって来た。それは軽く船に酔ったような心持であった。そして鉛のように重いアパシイが全身を蔽うような気がした。美しい花の雲を見ていると眩暈めまいがして軽い吐気はきけをさえ催した。どんよりと吉野紙に包まれたような空の光も、浜辺のような白い砂地のかがやきも、見るもののすべての上に灰色の悲しみが水の滲みるように拡がって行った。

「あなたはどうしてそんなに悲しそうでしょう。」

連れの女はこう云って聞いた。

「何も悲しき事はありません」と答える外はなかった。実際何も悲しい事はなかった。しかしまたすべてのものが悲しかったのも事実である。それは自分が悲しいのでなくてむしろ周囲の世界の悲しみが自分のからだに滲み込んで来るように思われるのであった。

これが郷愁ハイムウエーというものだとはその時には気が付かなかった。

ハルツの旅

地理学の学生の仲間にはいって、ハルツを見に行った。霧の深い朝であった。霧が晴れかかった時に、線路の横の畑の中に一疋の駄馬がしょんぼり立っているのが見えた。その馬のからだ一面から真白な蒸気が仰山ぎょうさんに立ち昇っていた。並んで坐っていた連れの男は「コロッサアル、コロッサアル」と呟いていた。私は何となしに笑いたくなって声を出して笑った。連れの男は何遍となく「コロッサアル」を繰返しては湯気の立つ馬をまじまじ眺めていた。

ウワルプルギスナハトには思ったような凄味すごみはなかった。しかし思わない凄味がどこかにあった。お化けは居ないがヘクセンやエルフェンは居そうな気がした。ドクトル、ベエアマンはここで花崗岩の破れ目の出来方について講釈をして聞かせた。

あらかた葉をふるったぶなの森の中を霧にしめった落葉を踏みしめて歩いた。からだの弱そうなフロイラインWは重いリュクサックの紐に両手をかけて俯向うつむきがちに私の前を歩いていた。ブルガリヤから来ているチンネフ君は、いろいろ日本の事を聞きたがって私と並んで足を揃えて歩いた。聞かれてみると私は日本の事を何にも知らないのであった。……

日暮れにツウム・ワイセン・ヒルシュという宿屋についた。食後にみんなが学生の唱歌を歌った。アフリカに行っていたドクトルMはズアヘリ土人の歌というものを歌って聞かせたが、それがどれだけ本当のものに似ているかそれは誰にも分らなかった。日本の歌を聞かせろというので、仕方なしにピアノで君が代のメロディだけ弾いたら、誰かが大変悲しい感じがするではないかと云った。

チンネフ君と一つの室に寝た。室には電燈も何もなかった。蝋燭ろうそくを消したら真暗になった。ひしひしと夜寒が身に沁みた。チンネフ君はベットに這入はいってから永い間ゴソゴソ音を立てて動いていたが、それがどうしているのだか、異国人の自分にはどうしても想像が出来なかった。

翌日はレエゲンシタインの古城を見に行った。ただ一塊りの大きな岩山を切り刻んで出来たものである。何となしに鬼ヶ島を思わせた。囚虜しゅうりょを幽閉したという深い井戸のような穴があった。夜にでもなったら古い昔のドイツ戦士の幻影がこの穴から出て来て、風雨に曝さらされた廃墟の上を駆け廻りそうな気がした。城の後ろは切り立てたような懸崖で深く見おろす直下には真黒なキイファアの森が、青ずんだ空気の底に黙り込んでいた。

「国の歴史や伝説やまたお伽話とぎばなしでもその国の自然を見た後でなければやっぱり本当には分らない。」誰かの云ったこんな言葉を思い出しながら、一行について岩山を下りた。

アムステルダアム

測候所を尋ねて場末の堀河に沿って歩いて行った。子供の時分に夢に見ていた古風な風景画の景色が到るところ眼前に拡がっていた。堀河にもやっている色々の船も、渋くはなやかに汚れた帆も、船頭のだぶだぶした服も、みんなロイスデエルやホベマ時代のヴェルニイがかっていた。

測候所で案内してくれた助手のB君は剽軽ひょうきんで元気のいい男であった。「この晴雨計の使い方を知っているかね、一つ測って見給え」などと云った。別れ際に「ぜひ紹介したい人があるから今晩宅うちへ来てくれ」と云って独りで勝手に約束をきめてしまった。

約束の時刻に尋ねて行った。入口で古風な呼鈴よびりんの紐を引くと、ひとりで戸があいた。狭い階段をいくつも上っていちばん高い所にB君の質素な家庭があった。二間ふたまだけの住居らしい。食堂兼応接間のようなところへ案内された。細君は食卓に大きな笊ざるをのせて青い莢隠元さやいんげんをむしっていた。

お茶を一杯よばれてから一緒に出かけて行った。とある町の小さな薬屋の店へ這入はいった。店には頭の禿げた肥った主人が居て、B君と二言三言話すと、私の方を見て、何か云ったがそれはオランダ語で私には分らなかった。

店のすぐ次の間に案内された。そこは細長い部屋で、やはり食堂兼応接間のようなものであったが、B君のうちのが侘わびしいほど無装飾であったのと反対に、ここは何かしらゴタゴタとうるさいほど飾り立ててあった。

壁を見ると日本の錦絵が沢山貼りつけてある。いずれも明治年代に出来た俗な絵草紙である。天井の隅には拡げた日傘が吊してある。棚や煖炉だんろの上には粗製の漆器や九谷焼くたにやきなどが並べてある。中にはドイツ製の九谷まがいも交じっているようであった。

B氏は私の不審がっているのを面白そうに眺めるだけで、何の説明も与えてくれない。「まあ少し待ってくれ給え」と云っている。

奥の間からこの家の主婦が出て来た。髪が真黒で顔も西洋人にしてはかなり浅黒く、目鼻立ちもほとんど日本人のようである。少しはにかんだような様子をして握手をした。しかし何も話さないで黙ってコオヒイを入れ始めた。

B君の説明によると、この主婦の亡父は航海者であったそうである。両親がたまたま横浜に来ていた時に生れたのがこの娘であった。しかしまだ物心もつかないうちに本国に帰ってしまったので、日本の記憶と云っては夢ほどにも残っていないが、ただ生れた土地と聞くだけで日本の国土に対するゼエンズフトを懐いだいている。そしていつか一度日本人というものに会ってみたいと云っていた。それを知っているB君は、今日私を見ると、ちょうどいい獲物が掛かったと思って連れて来たのである。

B君のこの仕方は、悪意に解釈すれば私にとってあまり快くは思われない種類のものであった。しかしこの人の剽軽で学者らしく無邪気な、そしてどこか親切な態度に馴れた私はその時でも少しも悪い心持は起らなかった。そして遠い世界の果ての生れ故郷をなつかしがる人の心持も決して悪くは思えなかった。

それにしても主婦の容貌があまり日本人によく似ているから、母親もオランダ人かと念のためにB君に聞いてみたが、やはりまぎれもない生粋きっすいのオランダ人だという事であった。私は不思議な気がした。当人は人から日本人に似ていると云われるのを喜んでいるそうである。

主婦は奥の間から古ぼけた手帳のようなものを出して来た。それをあけて見ながら、何かしら単語のようなものを切れ切れに読んで聞かせた。それは「コンニチワ」「オハヨオ」などというような種類のものであったが、あまり発音が変っているから、はじめは日本語だとは気が付かないくらいであった。何だか聞きとれない言葉が出て来たので帳面を見せてもらうと‘fitots’‘stats’と書いてある。「一つ」「二つ」という数のつもりであった。私は昔の日本の蘭学者のエレキテルなどというような言葉を思い出して覚えず微笑せずにはいられなかった。それから若干の単語の正しい発音を教えてやったりしたが、しかしこれはかえって教えたり正したりしないでそのままに承認してやった方がよいのではないかとも思ってみた。永い間胸に抱いてきた罪のない夢の国の美しい夢を冷たい現実でかき乱すのは気の毒で残酷なような気もするのであった。

(大正十一年十一月『明星』)

底本 / Source edition

底本:「寺田寅彦全集 第一巻」岩波書店
1996(平成8)年12月5日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 第二巻」岩波書店
1985(昭和60)年9月5日第3刷発行
初出:「明星 第二巻第六号」
1922(大正11)年11月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※初出時の署名は「吉村冬彦」です。
入力:Nana ohbe
校正:松永正敏
2006年10月16日作成
2016年2月25日修正
青空文庫作成ファイル:
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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寺田 寅彦「異郷」(新字新仮名)、底本『寺田寅彦全集 第一巻』岩波書店、1996年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 024392_000042, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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