Soranoha

霜柱

しもばしら

宮本 百合子

冬の日の静けさは何となく一種異った感じを人に与える。

黄色な日差しがわびしげに四辺にただようて、骨ばかりになった、木の影は、黒い線の様になって羽目にうつって居る。

風もない。木の葉が「かさ」とも「こそ」とも云わない中に、私の下駄の下にくずれて行く霜柱の音ばかりがさむげに響いて居る。

どんよりとした空に、白い昼の月が懸って灰色の雲の一重奥には、白い粉雪が一様にたまって居るのじゃああるまいかと思われる様な様子をして居る。

今年の秋は、いつになく菊をあつめたので、その霜枯れてみっともない姿が垣根にそうてズラリとならんで居る。

茶色の根の囲りに土の中から、浅いみどりの芽がチョンビリのぞいて居るのが、いかにもたのもしく又いじらしく見える。

木が多いので、春から夏にかけての庭は、おっとりして森の一部を切り開いて住んで居る様でいいけれ共、それだけ冬が来ると淋しい庭になる。

萩などは、老人の髪の様に細く茶っぽくちぢんで、こんぐらかって、くちゃくちゃになって居るし、葉をあらいざらいはらい落して間のぬけた大きな体をのそっとたって居る青桐の下の笹まで、黄色い毛糸のかたまりを、ころがした様になって居る。

何となし、すきまだらけの景色の中に、運動場つきの小屋の中で菜をたべて居るレグホンの真白い体と、火の様な「とさか」が抜け出して美くしい。

鳥をねらって来る野良猫が、足をどろだらけにして、尾をすぼめてノソノソといやな眼をして通って行く。

あんまり、貧乏くさい様子で、追う気もしない。

ころびそうな足元で庭を一順廻ると、温室のくもりガラスを透して、きんかんの黄色な実が、ぼんやりと花の様に見えて居る。

青くて買って来た実も、知らないうちに熟したものと見える。

七つ八つの頃、きんかんが何よりすきで、祖母と浅草に行くときには、きっと糸で編んだ袋に入ったきんかんを買ってもらった事を思い出す。

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第三十巻」新日本出版社
1986(昭和61)年3月20日初版発行
※底本解題の著者、大森寿恵子が、1914(大正3)年から15(大正4)年にかけての、冬季の執筆と推定する習作です。
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2008年2月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「霜柱」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第三十巻』新日本出版社、1986年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 016018_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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