Soranoha

選評

せんぴょう

宮本 百合子

予選をとおった十八篇の原稿が回されてきた。そのなかでは「電池」(富田ミツ)が一番すぐれている。落付きをもった筆で、いきいきと今日の学童の生活雰囲気、その間におこる小事件が描かれ、歪んだ苦しい社会相もそのかげに映しだされている。はじめ学校全体から理科用電池を盗んだと思われたうすのろの伍助の姿、やがてほんとは松井という少年がそれをとったという事実がはっきりして伍助への同情が学校にひろがって来る過程もリアリスティックにとらえられている。全体が自然に、わざとらしいところのない真情でかかれていてよいと思った。

「青空」(種村千秋)は手馴れたかきかたで、大人の常識と少年の心情のくいちがいのモメントをとらえ、先生を慕い信頼する少年の感情を描いている、しかし全体を抒情性でばかり貫いていて、特に終りの河原の場面は安易な映画の情景のように通俗的におちいっている、冒頭の、少年を理解しない先生との紛糾も事柄の内容をはっきり描き出していないために読者を納得させられない。少年もの風の“甘さ”と“なれ”が作品を失敗させている。

「出発」(神山賢)「北方のともしび」「一月卅一日の夜」「筍」これらはそれぞれの角度から日本の教育者がとじこめられて来た過去の非人間な事情と、現在の苦しい経済事情に生きるなかにもひとしお苦痛な先生というものの特殊な立場を語っている。「出発」は教員養成所の老猾な旧師を中心に、若い人々の真摯な探求心を殺し、卑屈な人生の出発をよぎなくされた青年の苦悩を真面目にとりあげている。

けれども、文学の作品とすると、もうすこし主人公の、よりよく生きたいと希う人間らしい心もちそのものの中からすらりと書かれる方がよいと思った。たとえば教員養成所というところが共産主義という言葉ばかりで脅えている。その醜さは描かれているが、作者はそういう思想上の一つの言葉を、そのまま主人公の善意のしるしのように作品の中で扱っている。これでは観念的である、共産主義という言葉を一つもしらないでもよりよく生きたいと願っているのはすべての人の心であること、主人公のその本心にじっくり心をおいて生活のなかでめぐりあってゆく経験として教員養成所のことも描くべきであった。

「北方のともしび」(今泉運平)は、日本の野蛮な治安維持法が、リアリズム綴方、生活教育という今日では常識としてたれ一人疑わない方法を主張したような教員まで投獄した時代の記録であり、検事の調べぶりや、出獄してゆく仲間のあとにとりのこされたときの気持など、相当実感をもって描かれている。しかし、これもやっぱり文学として、誰の心にも訴える力を欠いている。主人公である先生の理屈の上でもっともな面だけを描いているし、終りも突然のヒロイズムで結ばれていて、読者にはこまかい心のいきさつがのみこめない。無邪気によい教育をする先生でありたいと思う心からの動きを投獄というおどかしでねじ伏せたところが過去の治安維持法の非人道的ないわれである。

おとなしい従順な「出発」に描かれているような教師の踏み出しをした人々さえ、その繩にとらえたところが、権力の野ばんであった。観念の上でのヒロイズムで決して解決しなかった力であったからこそあれだけ私たちは苦しめられた。こういう題材でヒロイズムは作品の人間らしさを奪う役にしか立たない。

〔一九四八年一月〕

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第三十巻」新日本出版社
1986(昭和61)年3月20日初版発行
初出:「週刊教育新聞」日本教職員組合
1948(昭和23)年1月1日号
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2007年11月30日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「選評」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第三十巻』新日本出版社、1986年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 015984_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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