Soranoha

名文句

めいもんく

薄田 泣菫

米国のボストンにペン先の製造業者がある。数多い同業者を圧倒して、店のペン先を売り弘めようとするには、何でも広告を利用する外には良い方法が無かつた。で、一千弗の懸賞附で、ペンに関する独創的な名文句を募集する事に定めた。

懸賞附の広告が発表せられると、方々から応募原稿が山のやうに集まつて来た。整理係が汗みづくになつて、それを取り調べてゐると、なかに一通大判な用紙に、剣先で書いたかと思はれるやうな大きな文字で、

「ペンは剣よりも偉大なり。」

と認めてあるのがあつた。そして御叮嚀に附箋までして、

「一寸都合がありますから、懸賞金は電報為替でお送り下さるやうに。」

と添へ書がしてあつた。

整理係はそれを見て、一寸からかつてみたくなつた。で、早速手紙を出して、貴方の応募原稿は素晴しく立派に出来てゐるが、あの名文句が貴方の独創であるといふ証拠さへあつたら、懸賞金は直ぐにお届けしようと言つてやつた。

すると、折返して返事が来た。一体直ぐに手紙の返事を寄こす人には神信心の厚い、正直者が多いものだが、この応募者も察する所、正直者だつたに相違ない。返事にはかうあつた。

「私の送つた文句は、私が何処かで読み覚えたものか、それとも自分の頭から出たものか、はつきりとは申し上げられません、然し私は今日まで本といつては、国民読本と旧約聖書の箴言しか読んだ事がありませんから、この二つの本に無い文句なら、私の拵へたものとして差支ない筈です。重ねて申します。懸賞金を折返し電報為替で送つて下さい。」

だが、笑つてはいけない。この応募者は読本と箴言と――書物を二冊も読んでゐる。書物を二冊も読むといふ事は、日本では贅沢の沙汰だとしてある。

底本 / Source edition

底本:「日本の名随筆 別巻22 名言」作品社
1992(平成4)年12月25日第1刷発行
1998(平成10)年5月20日第5刷発行
底本の親本:「薄田泣菫全集 第三巻」創元社
1938(昭和13)年10月発行
入力:門田裕志
校正:大野 晋
2004年11月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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薄田 泣菫「名文句」(新字旧仮名)、底本『日本の名随筆 別巻22 名言』作品社、1992年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 004904_000150, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite