## 自序

近代の抒情詩、概ね皆感覺に偏重し、イマヂズムに走り、或は理智の意匠的構成に耽つて、詩的情熱の單一な原質的表現を忘れて居る。却つてこの種の詩は、今日の批判で素朴的なものに考へられ、詩の原始形態の部に範疇づけられて居る。しかしながら思ふに、多彩の極致は單色であり、複雜の極致は素朴であり、そしてあらゆる進化した技巧の極致は、無技巧の自然的單一に歸するのである。藝術としての詩が、すべての歴史的發展の最後に於て、究極するところのイデアは、所詮ポエヂイの最も單純なる原質的實體、即ち詩的情熱の素朴純粹なる詠嘆に存するのである。（この意味に於て、著者は日本の和歌や俳句を、近代詩のイデアする未來的形態だと考へて居る。）

かうした理窟はとにかく、この詩集に收めた少數の詩は、すくなくとも著者にとつては、純粹にパツショネートな詠嘆詩であり、詩的情熱の最も純一の興奮だけを、素朴直截に表出した。換言すれば著者は、すべての藝術的意圖と藝術的野心を廢棄し、單に「心のまま」に、自然の感動に任せて書いたのである。したがつて著者は、決して自ら、この詩集の價値を世に問はうと思つて居ない。この詩集の正しい批判は、おそらく藝術品であるよりも、著者の實生活の記録であり、切實に書かれた心の日記であるのだらう。

著者の過去の生活は、北海の極地を漂ひ流れる、侘しい氷山の生活だつた。その氷山の嶋嶋から、<ruby><rb>幻像</rb><rt>まぼろし</rt></ruby>のやうなオーロラを見て、著者はあこがれ、惱み、悦び、悲しみ、且つ自ら怒りつつ、空しく潮流のままに漂泊して來た。著者は「永遠の漂泊者」であり、何所に宿るべき家郷も持たない。著者の心の上には、常に極地の侘しい曇天があり、魂を切り裂く氷島の風が鳴り叫んで居る。さうした痛ましい人生と、その實生活の日記とを、著者はすべて此等の詩篇に書いたのである。讀者よろしく、卷尾の小解と參照して讀まれたい。

因に、集中の「郷土望景詩」五篇は、中「監獄裏の林」の一篇を除く外、すべて既刊の集に發表した舊作である。此所にそれを再録したのは、詩のスタイルを同一にし、且つ内容に於ても、本書の詩篇と一脈の通ずる精神があるからである。換言すればこの詩集は、或る意味に於て「郷土望景詩」の續篇であるかも知れない。著者は東京に住んで居ながら、故郷上州の平野の空を、いつも心の上に感じ、烈しく詩情を敍べるのである。それ故にこそ、すべての詩篇は「朗吟」であり、朗吟の情感で歌はれて居る。讀者は聲に出して讀むべきであり、決して默讀すべきではない。これは「歌ふための<ruby><rb>詩</rb><rt>うた</rt></ruby>」なのである。

昭和九年二月著者

  


我が心また新しく泣かんとす

冬日暮れぬ思ひ起せや岩に牡蠣

  


## 漂泊者の歌

日は斷崖の上に登り

憂ひは陸橋の下を低く歩めり。

無限に遠き空の彼方

續ける鐵路の柵の<ruby><rb>背後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>に

一つの寂しき影は漂ふ。

ああ汝　漂泊者！

過去より來りて未來を過ぎ

久遠の郷愁を追ひ行くもの。

いかなれば蹌爾として

時計の如くに憂ひ歩むぞ。

石もて蛇を殺すごとく

一つの輪𢌞を斷絶して

意志なき寂寥を蹈み切れかし。

ああ　惡魔よりも孤獨にして

汝は氷霜の冬に耐へたるかな！

かつて何物をも信ずることなく

汝の信ずるところに憤怒を知れり。

かつて欲情の否定を知らず

汝の欲情するものを彈劾せり。

いかなればまた愁ひ疲れて

やさしく抱かれ<ruby><rb>接吻</rb><rt>きす</rt></ruby>する者の家に歸らん。

かつて何物をも汝は愛せず

何物もまたかつて汝を愛せざるべし。

ああ汝　寂寥の人

悲しき落日の坂を登りて

意志なき斷崖を<ruby><rb>漂泊</rb><rt>さまよ</rt></ruby>ひ行けど

いづこに家郷はあらざるべし。

汝の家郷は有らざるべし！

## <ruby><rb>遊園地</rb><rt>るなぱあく</rt></ruby>にて

<ruby><rb>遊園地</rb><rt>るなぱあく</rt></ruby>の午後なりき

樂隊は空に轟き

𢌞轉木馬の目まぐるしく

艶めく<ruby><rb>紅</rb><rt>べに</rt></ruby>のごむ風船

群集の上を飛び行けり。

今日の日曜を此所に來りて

われら模擬飛行機の座席に乘れど

側へに思惟するものは寂しきなり。

なになれば君が<ruby><rb>瞳孔</rb><rt>ひとみ</rt></ruby>に

やさしき憂愁をたたへ給ふか。

座席に肩を寄りそひて

<ruby><rb>接吻</rb><rt>きす</rt></ruby>するみ手を借したまへや。

見よこの飛翔する空の向うに

一つの地平は高く揚り　また傾き　低く沈み行かんとす。

暮春に迫る落日の前

われら既にこれを見たり

いかんぞ人生を展開せざらむ。

今日の果敢なき憂愁を捨て

飛べよかし！　飛べよかし！

明るき四月の外光の中

嬉嬉たる群集の中に混りて

ふたり模擬飛行機の座席に乘れど

君の<ruby><rb>圓舞曲</rb><rt>わるつ</rt></ruby>は遠くして

側へに思惟するものは寂しきなり。

## 乃木坂倶樂部

十二月また來れり。

なんぞこの冬の寒きや。

去年はアパートの五階に住み

荒漠たる洋室の中

壁に<ruby><rb>寢臺</rb><rt>べつと</rt></ruby>を寄せてさびしく眠れり。

わが思惟するものは何ぞや

すでに人生の虚妄に疲れて

今も尚家畜の如くに飢ゑたるかな。

我れは何物をも喪失せず

また一切を失ひ盡せり。

いかなれば追はるる如く

歳暮の忙がしき街を憂ひ迷ひて

晝もなほ酒場の椅子に醉はむとするぞ。

虚空を翔け行く鳥の如く

情緒もまた久しき過去に消え去るべし。

十二月また來れり

なんぞこの冬の寒きや。

訪ふものは<ruby><rb>扉</rb><rt>どあ</rt></ruby>を<ruby><rb>叩</rb><rt>の</rt></ruby>つくし

われの懶惰を見て憐れみ去れども

石炭もなく煖爐もなく

白堊の荒漠たる洋室の中

我れひとり<ruby><rb>寢臺</rb><rt>べつと</rt></ruby>に醒めて

<ruby><rb>白晝</rb><rt>ひる</rt></ruby>もなほ熊の如くに眠れるなり。

## 殺せかし！　殺せかし！

いかなればかくも氣高く

優しく　麗はしく　<ruby><rb>香</rb><rt>かぐ</rt></ruby>はしく

すべてを越えて君のみが匂ひたまふぞ。

我れは醜き<ruby><rb>獸</rb><rt>けもの</rt></ruby>にして

いかでみ情の數にも足らむ。

もとより我れは奴隷なり　家畜なり

君がみ足の下に腹這ひ　犬の如くに仕へまつらむ。

願くは我れを蹈みつけ

侮辱し

<ruby><rb>唾</rb><rt>つば</rt></ruby>を吐きかけ

また床の上に蹴り

きびしく苛責し

ああ　遂に――

わが息の根の止まる時までも。

我れはもとより家畜なり　奴隷なり

悲しき忍從に耐へむより

はや君の鞭の手をあげ殺せかし。

打ち殺せかし！　打ち殺せかし！

## 歸郷

昭和四年の冬、妻と離別し二兒を抱へて故郷に歸る

わが故郷に歸れる日

汽車は烈風の中を突き行けり。

ひとり車窓に目醒むれば

汽笛は闇に吠え叫び

<ruby><rb>火焔</rb><rt>ほのほ</rt></ruby>は平野を明るくせり。

まだ上州の山は見えずや。

夜汽車の仄暗き車燈の影に

母なき子供等は眠り泣き

ひそかに皆わが憂愁を<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>れるなり。

嗚呼また都を逃れ來て

<ruby><rb>何所</rb><rt>いづこ</rt></ruby>の家郷に行かむとするぞ。

過去は寂寥の谷に連なり

未來は絶望の岸に向へり。

<ruby><rb>砂礫</rb><rt>されき</rt></ruby>のごとき人生かな！

われ既に勇氣おとろへ

暗憺として<ruby><rb>長</rb><rt>とこし</rt></ruby>なへに生きるに倦みたり。

いかんぞ故郷に獨り歸り

さびしくまた利根川の岸に立たんや。

汽車は曠野を走り行き

自然の荒寥たる意志の彼岸に

人の<ruby><rb>憤怒</rb><rt>いきどほり</rt></ruby>を烈しくせり。

## 波宜亭

少年の日は物に感ぜしや

われは<ruby><rb>波宜</rb><rt>はぎ</rt></ruby>亭の二階によりて

かなしき情感の思ひにしづめり。

その亭の庭にも草木茂み

風ふき渡りてばうばうたれども

かのふるき待たれびとありやなしや。

いにしへの日には鉛筆もて

<ruby><rb>欄干</rb><rt>おばしま</rt></ruby>にさへ記せし名なり。

――郷土望景詩――

## 家庭

古き家の中に坐りて

互に<ruby><rb>默</rb><rt>もだ</rt></ruby>しつつ語り合へり。

仇敵に非ず

債鬼に非ず

「見よ！　われは汝の妻

死ぬるとも尚離れざるべし。」

<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>は意地惡しく　復讐に燃え　憎憎しげに刺し貫ぬく。

古き家の中に坐りて

脱るべき<ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>もあらじかし。

## 珈琲店　醉月

坂を登らんとして渇きに耐へず

蹌踉として醉月の<ruby><rb>扉</rb><rt>どあ</rt></ruby>を開けば

狼藉たる店の中より

破れしレコードは鳴り響き

場末の煤ぼけたる電氣の影に

貧しき酒瓶の列を立てたり。

ああ　この暗愁も久しいかな！

我れまさに年老いて家郷なく

妻子離散して孤獨なり

いかんぞまた漂泊の悔を知らむ。

女等群がりて卓を圍み

我れの醉態を見て憫みしが

たちまち罵りて財布を奪ひ

殘りなく<ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>を數へて盜み去れり。

## 新年

新年來り

門松は白く光れり。

道路みな霜に凍りて

冬の凜烈たる寒氣の中

地球はその週暦を新たにするか。

われは尚悔いて恨みず

百<ruby><rb>度</rb><rt>たび</rt></ruby>もまた昨日の彈劾を新たにせむ。

いかなれば虚無の時空に

新しき辨證の非有を知らんや。

わが感情は飢ゑて叫び

わが生活は荒寥たる山野に住めり。

いかんぞ暦數の囘歸を知らむ

見よ！　人生は過失なり。

今日の思惟するものを斷絶して

百<ruby><rb>度</rb><rt>たび</rt></ruby>もなほ昨日の悔恨を新たにせん。

## 晩秋

汽車は高架を走り行き

思ひは<ruby><rb>陽</rb><rt>ひ</rt></ruby>ざしの影をさまよふ。

靜かに心を顧みて

滿たさるなきに驚けり。

<ruby><rb>巷</rb><rt>ちまた</rt></ruby>に秋の夕日散り

鋪道に車馬は行き交へども

わが人生は有りや無しや。

煤煙くもる裏街の

貧しき家の窓にさへ

<ruby><rb>斑黄葵</rb><rt>むらきあふひ</rt></ruby>の花は咲きたり。

――朗吟のために――

## 品川沖觀艦式

低き灰色の空の下に

軍艦の列は横はれり。

暗憺として錨をおろし

みな重砲の城の如く

無言に沈鬱して見ゆるかな。

曇天暗く

埠頭に觀衆の群も散りたり。

しだいに暮れゆく海波の上

既に分列の任務を終へて

<ruby><rb>艦</rb><rt>ふね</rt></ruby>等みな歸港の情に渇けるなり。

冬の日沖に荒れむとして

浪は舷側に凍り泣き

錆は鐵板に食ひつけども

軍艦の列は動かんとせず

蒼茫たる海洋の上

彼等の叫び、渇き、熱意するものを強く持せり。

## 火

赤く燃える火を見たり

<ruby><rb>獸類</rb><rt>けもの</rt></ruby>の如く

汝は沈默して言はざるかな。

夕べの靜かなる都會の空に

炎は美しく燃え出づる

たちまち流れはひろがり行き

瞬時に一切を亡ぼし盡せり。

資産も、工場も、大建築も

希望も、榮譽も、富貴も、野心も

すべての一切を燒き盡せり。

火よ

いかなれば<ruby><rb>獸類</rb><rt>けもの</rt></ruby>の如く

汝は沈默して言はざるかな。

さびしき憂愁に閉されつつ

かくも靜かなる薄暮の空に

汝は熱情を思ひ盡せり。

## <ruby><rb>地下鐵道</rb><rt>さぶうえい</rt></ruby>にて

ひとり來りて<ruby><rb>地下鐵道</rb><rt>さぶうえい</rt></ruby>の

青き<ruby><rb>歩廊</rb><rt>ほうむ</rt></ruby>をさまよひつ

君待ちかねて悲しめど

君が夢には無きものを

なに<ruby><rb>幻影</rb><rt>まぼろし</rt></ruby>の後尾燈

<ruby><rb>空洞</rb><rt>うつろ</rt></ruby>に暗きトンネルの

壁に映りて消え行けり。

壁に映りて過ぎ行けり。

「なに<ruby><rb>幻影</rb><rt>まぼろし</rt></ruby>の後尾燈」「なに<ruby><rb>幻影</rb><rt>まぼろし</rt></ruby>の戀人を」に通ず。掛ケ詞。

## 小出新道

ここに道路の新開せるは

直として市街に通ずるならん。

われこの新道の交路に立てど

さびしき<ruby><rb>四方</rb><rt>よも</rt></ruby>の地平をきはめず

暗鬱なる日かな

天日家竝の軒に低くして

林の雜木まばらに伐られたり。

いかんぞ　いかんぞ思惟をかへさん

われの叛きて行かざる道に

新しき樹木みな伐られたり。

――郷土望景詩――

## 告別

汽車は出發せんと欲し

<ruby><rb>汽罐</rb><rt>かま</rt></ruby>に石炭は積まれたり。

いま遠き<ruby><rb>信號燈</rb><rt>しぐなる</rt></ruby>と鐵路の向うへ

汽車は國境を越え行かんとす。

人のいかなる愛着もて

かくも機關車の火力されたる

烈しき熱情をなだめ得んや。

驛路に見送る人人よ

悲しみの底に齒がみしつつ

告別の傷みに破る勿れ。

汽車は出發せんと欲して

すさまじく蒸氣を噴き出し

裂けたる如くに吠え叫び

汽笛を鳴らし吹き鳴らせり。

## 動物園にて

灼きつく如く寂しさ迫り

ひとり來りて園内の木立を行けば

枯葉みな地に落ち

猛獸は檻の中に憂ひ眠れり。

彼等みな忍從して

人の投げあたへる肉を食らひ

本能の蒼き<ruby><rb>瞳孔</rb><rt>ひとみ</rt></ruby>に

鐵鎖のつながれたる惱みをたへたり。

暗鬱なる日かな！

わがこの園内に來れることは

彼等の動物を見るに非ず

われは心の檻に閉ぢられたる

飢餓の苦しみを忍び怒れり。

百たびも牙を鳴らして

われの欲情するものを噛みつきつつ

さびしき復讐を戰ひしかな！

いま秋の日は暮れ行かむとし

風は人氣なき小徑に散らばひ吹けど

ああ我れは尚鳥の如く

無限の寂寥をも飛ばざるべし。

## 中學の校庭

われの中學にありたる日は

艶めく情熱になやみたり。

怒りて書物を投げすて

ひとり校庭の草に寢ころび居しが

なにものの哀傷ぞ

はるかに<ruby><rb>彼</rb><rt>か</rt></ruby>の青きを飛び去り

天日直射して　熱く帽子の<ruby><rb>庇</rb><rt>ひさし</rt></ruby>に照りぬ。

――郷土望景詩――

## 國定忠治の墓

わがこの村に來りし時

上州の蠶すでに終りて

農家みな冬の<ruby><rb>閾</rb><rt>しきみ</rt></ruby>を閉したり。

太陽は埃に暗く

<ruby><rb>悽而</rb><rt>せいじ</rt></ruby>たる竹藪の影

人生の貧しき慘苦を感ずるなり。

見よ　此處に無用の石

路傍の笹の風に吹かれて

<ruby><rb>無頼</rb><rt>ぶらい</rt></ruby>の眠りたる墓は立てり。

ああ我れ故郷に低徊して

此所に思へることは寂しきかな。

久遠に輪𢌞を斷絶するも

ああかの荒寥たる平野の中

日月我れを投げうつて去り

意志するものを亡び盡せり。

いかんぞ殘生を新たにするも

冬の蕭條たる墓石の下に

汝はその認識をも無用とせむ。

――上州國定村にて――

## 廣瀬川

廣瀬川白く流れたり

時されば皆幻想は消え行かむ。

われの<ruby><rb>生涯</rb><rt>らいふ</rt></ruby>を釣らんとして

過去の日川邊に糸をたれしが

ああかの幸福は遠きにすぎさり

<ruby><rb>小</rb><rt>ちひ</rt></ruby>さき魚は<ruby><rb>瞳</rb><rt>め</rt></ruby>にもとまらず。

――郷土望景詩――

## 虎

虎なり

曠茫として巨像の如く

百貨店上屋階の檻に眠れど

汝はもと機械に非ず

牙齒もて肉を食ひ裂くとも

いかんぞ人間の物理を知らむ。

見よ　穹窿に煤煙ながれ

工場區街の屋根屋根より

悲しき汽笛は響き渡る。

虎なり

虎なり

午後なり

<ruby><rb>廣告風船</rb><rt>ばるうむ</rt></ruby>は高く揚りて

薄暮に迫る都會の空

高層建築の上に遠く坐りて

汝は旗の如くに飢ゑたるかな。

杳として眺望すれば

街路を這ひ行く蛆蟲ども

生きたる食餌を暗鬱にせり。

虎なり

<ruby><rb>昇降機械</rb><rt>えれべえたあ</rt></ruby>の往復する

東京市中繁華の屋根に

琥珀の<ruby><rb>斑</rb><rt>まだら</rt></ruby>なる毛皮をきて

曠野の如くに寂しむもの。

虎なり！

ああすべて汝の殘像

虚空のむなしき全景たり。

――銀座松坂屋の屋上にて――

## 無用の書物

蒼白の人

路上に書物を賣れるを見たり。

<ruby><rb>肋骨</rb><rt>あばら</rt></ruby>みな瘠せ

<ruby><rb>軍鷄</rb><rt>しやも</rt></ruby>の如くに叫べるを聽く。

われはもと無用の人

これはもと無用の書物

一錢にて人に賣るべし。

冬近き日に袷をきて

非有の窮乏は酢えはてたり。

いかなれば涙を流して

かくも黄色く古びたる<ruby><rb>紙頁</rb><rt>ぺえぢ</rt></ruby>の上に

わが情熱するものを情熱しつつ

寂しき人生を語り續けん。

われの認識は空無にして

われの所有は無價値に盡きたり。

買ふものはこれを買ふべし。

路上に行人は散らばり去り

烈風は砂を卷けども

わが古き感情は叫びて止まず。

見よ！　これは無用の書物

一錢にて人に賣るべし。

## 虚無の鴉

我れはもと虚無の鴉

かの高き冬至の屋根に口を開けて

風見の如くに咆號せむ。

季節に認識ありやなしや

我れの持たざるものは一切なり。

## 我れの持たざるものは一切なり

我れの持たざるものは一切なり

いかんぞ窮乏を忍ばざらんや。

獨り橋を渡るも

灼きつく如く迫り

心みな非力の怒に狂はんとす。

ああ我れの持たざるものは一切なり

いかんぞ乞食の如く羞爾として

道路に落ちたるを乞ふべけんや。

捨てよ！　捨てよ！

汝の獲たるケチくさき名譽と希望と、

汝の獲たる汗くさき<ruby><rb>錢</rb><rt>ぜに</rt></ruby>を握つて

勢ひ猛に走り行く自動車の<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>

枯れたる街樹の幹に叩きつけよ。

ああすべて卑穢なるもの

汝の非力なる人生を抹殺せよ。

## 監獄裏の林

監獄裏の林に入れば

囀鳥高きにしば鳴けり。

いかんぞ我れの思ふこと

ひとり叛きて歩める道を

寂しき友にも告げざらんや。

河原に冬の枯草もえ

重たき石を運ぶ囚人等

みな憎さげに我れを見て過ぎ行けり。

暗鬱なる思想かな

われの破れたる服を裂きすて

<ruby><rb>獸類</rb><rt>けもの</rt></ruby>のごとくに悲しまむ。

ああ季節に遲く

上州の空の烈風に寒きは何ぞや。

まばらに殘る林の中に

看守の居て

劍<ruby><rb>柄</rb><rt>づか</rt></ruby>の低く鳴るを聽けり。

――郷土望景詩――

## 昨日にまさる戀しさの

昨日にまさる戀しさの

湧きくる如く高まるを

忍びてこらへ何時までか

惱みに生くるものならむ。

もとより君はかぐはしく

<ruby><rb>阿艶</rb><rt>あで</rt></ruby>に匂へる花なれば

わが世に一つ殘されし

生死の果の情熱の

戀さへそれと知らざらむ。

空しく君を望み見て

百たび胸を焦すより

死なば死ねかし感情の

かくも苦しき日の暮れを

鐵路の道に迷ひ來て

破れむまでに嘆くかな

破れむまでに嘆くかな。

――朗吟調小曲――

  


## 詩篇小解

漂泊者の歌（序詩）　　斷崖に沿うて、陸橋の下を歩み行く人。そは我が永遠の姿。寂しき漂泊者の影なり。卷頭に掲げて序詩となす。

歸郷　　昭和四年。妻は二兒を殘して家を去り、杳として行方を知らず。我れ獨り後に殘り、蹌踉として父の居る上州の故郷に歸る。上野發七時十分、小山行高崎𢌞り。夜汽車の暗爾たる車燈の影に、長女は疲れて眠り、次女は醒めて夢に歔欷す。聲最も悲しく、わが心すべて斷腸せり。既にして家に歸れば、父の病とみに重く、萬景悉く蕭條たり。

乃木坂倶樂部　　乃木坂倶樂部は麻布一聯隊の附近、坂を登る崖上にあり。我れ非情の妻と別れてより、二兒を家郷の母に托し、暫くこのアパートメントに寓す。連日荒妄し、懶惰最も極めたり。<ruby><rb>白晝</rb><rt>ひる</rt></ruby>はベツトに寢ねて寒さに悲しみ、夜は遲く起きて徘徊す。稀れに訪ふ人あれども應へず、<ruby><rb>扉</rb><rt>どあ</rt></ruby>に固く鍵を閉せり。我が知れる悲しき職業の女等、ひそかに我が孤窶を憫む如く、時に來りて部屋を掃除し、漸く衣類を整頓せり。一日辻潤來り、わが生活の荒蕪を見て唖然とせしが、忽ち顧みて大に笑ひ、共に酒を汲んで長嘆す。

品川沖觀艦式　　昭和四年一月、品川沖に觀艦式を見る。時薄暮に迫り、分列の式既に終りて、觀衆は皆散りたれども、灰色の悲しき軍艦等、尚錨をおろして海上にあり。彼等みな軍務を終りて、歸港の情に渇ける如し。我れ既に生活して、長く既に疲れたれども、軍務の歸すべき港を知らず。暗憺として碇泊し、心みな錆びて牡蠣に食はれたり。いかんぞ風景を見て傷心せざらん。鬱然として怒に耐へず、遠く沖に向て叫び、我が意志の烈しき渇きに苦しめり。

珈琲店　醉月　　醉月の如き珈琲店は、行くところの侘しき場末に實在すべし。我れの如き悲しき痴漢、老いて人生の家郷を知らず、醉うて巷路に徘徊するもの、何所にまた有りや無しや。坂を登らんと欲して、我が心は常に渇きに耐へざるなり。

新年　　新年來り、新年去り、地球は百度𢌞轉すれども、宇宙に新しきものあることなし。年年歳歳、我れは昨日の悔恨を繰返して、しかも自ら悔恨せず。よし人生は過失なるも、我が欲情するものは過失に非ず。いかんぞ一切を彈劾するも、昨日の悔恨を悔恨せん。新年來り、百度過失を新たにするも、我れは尚悲壯に耐へ、決して、決して、悔いざるべし。昭和七年一月一日。これを新しき日記に書す。

火　　我が心の求めるものは、常に靜かなる情緒なり。かくも優しく、美しく、靜かに、靜かに、燃えあがり、音樂の如く流れひろがり、意志の烈しき惱みを知るもの。火よ！　汝の優しき音樂もて、我れの夕べの臥床の中に、眠りの戀歌を唄へよかし。我れの求めるものは情緒なり。

國定忠治の墓　　昭和五年の冬、父の病を看護して故郷にあり。人事みな落魄して、心烈しき飢餓に耐へず。ひそかに家を脱して自轉車に乘り、烈風の砂礫を突いて國定村に至る。忠治の墓は、荒寥たる寒村の路傍にあり。一塊の土塚、暗き竹藪の影にふるへて、冬の日の天日暗く、無頼の悲しき生涯を忍ぶに耐へたり。我れ此所を低徊して、始めて更らに上州の蕭殺たる自然を知れり。路傍に倨して詩を作る。

監獄裏の林　　前橋監獄は、利根川に望む崖上にあり。赤き煉瓦の長壘、夢の如くに遠く連なり、地平に落日の影を曳きたり。中央に望樓ありて、悲しく<ruby><rb>四方</rb><rt>よも</rt></ruby>を眺望しつつ、常に囚人の監視に具ふ。<ruby><rb>背後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>に楢の林を負ひ、周圍みな平野の麥畠に圍まれたり。我れ少年の日は、常に麥笛を鳴らして此所を過ぎ、長き煉瓦の塀を𢌞りて、果なき憂愁にさびしみしが、崖を下りて河原に立てば、冬枯れの木立の中に、悲しき懲役の人人、看守に引かれて石を運び、利根川の淺き川瀬を速くせり。

戀愛詩四篇　　「遊園地にて」「殺せかし！　殺せかし！」「地下鐵道にて」「昨日にまさる戀しさの」等凡て昭和五――七年の作。今は既に破き棄てたる、日記の果敢なきエピソードなり。我れの如き極地の人、氷島の上に獨り住み居て、そもそも何の愛戀ぞや。過去は恥多く悔多し。これもまた北極の長夜に見たる、侘しき<ruby><rb>極光</rb><rt>おーろら</rt></ruby>の幻燈なるべし。

郷土望景詩（再録）　　郷土望景詩五篇、中「監獄裏の林」を除き、すべて前の詩集より再録す。「波宜亭」「小出新道」「廣瀬川」等、皆我が故郷上州前橋市にあり。我れ少年の日より、常にその河邊を逍遙し、その街路を行き、その小旗亭の庭に遊べり。蒼茫として歳月過ぎ、廣瀬川今も白く流れたれども、わが生の無爲を救ふべからず。今はた無恥の詩集を刊して、再度世の笑ひを招かんとす。稿して此所に筆を終り、いかんぞ自ら懺死せざらむ。