Soranoha

三尺角

さんじゃくかく

泉 鏡花

一

「…………」

山やまには木樵唄きこりうた、水みづには船唄ふなうた、驛路うまやぢには馬子まごの唄うた、渠等かれらはこれを以もつて心こゝろを慰なぐさめ、勞らうを休やすめ、我おのが身みを忘わすれて屈託くつたくなく其その業げふに服ふくするので、恰あたかも時計とけいが動うごく毎ごとにセコンドが鳴なるやうなものであらう。また其それがために勢いきほひを増まし、力ちからを得うることは、戰たゝかひに鯨波ときを擧あげるに齊ひとしい、曳々えい〱!と一齊いつせいに聲こゑを合あはせるトタンに、故郷ふるさとも、妻子つまこも、死しも、時間じかんも、慾よくも、未練みれんも忘わすれるのである。

同おなじ道理だうりで、坂さかは照てる〱鈴鹿すゞかは曇くもる=といひ、袷あはせ遣やりたや足袋たび添そへて=と唱となへる場合ばあひには、いづれも疲つかれを休やすめるのである、無益むえきなものおもひを消けすのである、寧むしろ苦勞くらうを紛まぎらさうとするのである、憂うさを散さんじよう、戀こひを忘わすれよう、泣音なくねを忍しのばうとするのである。

それだから追分おひわけが何時いつでもあはれに感かんじらるゝ。つまる處ところ、卑怯ひけふな、臆病おくびやうな老人らうじんが念佛ねんぶつを唱となへるのと大差たいさはないので、語ごを換かへて言いへば、不殘のこらず、節ふしをつけた不平ふへいの獨言つぶやきである。

船頭せんどう、馬方うまかた、木樵きこり、機業場はたおりばの女工ぢよこうなど、あるが中なかに、此この木挽こびきは唄うたを謠うたはなかつた。其その木挽こびきの與吉よきちは、朝あさから晩ばんまで、同おなじことをして木きを挽ひいて居ゐる、默だまつて大鋸おほのこぎりを以もつて巨材きよざいの許もとに跪ひざまづいて、そして仰あふいで禮拜らいはいする如ごとく、上うへから挽ひきおろし、挽ひきおろす。此この度たびのは、一昨日をとゝひの朝あさから懸かゝつた仕事しごとで、ハヤ其その半なかばを挽ひいた。丈たけ四間半けんはん、小口こぐち三尺じやくまはり四角しかくな樟くすのきを眞二まつぷたつに割わらうとするので、與吉よきちは十七の小腕こうでだけれども、此この業わざには長たけて居ゐた。

目鼻立めはなだちの愛あいくるしい、罪つみの無ない丸顏まるがほ、五分刈ごぶがりに向顱卷むかうはちまき、三尺帶さんじやくおびを前まへで結むすんで、南なんの字じを大おほきく染拔そめぬいた半被はつぴを着きて居ゐる、これは此處こゝの大家たいけの仕着しきせで、挽ひいてる樟くすのきも其その持分もちぶん。

未まだ暑あついから股引もゝひきは穿はかず、跣足はだしで木屑きくづの中なかについた膝ひざ、股もゝ、胸むねのあたりは色いろが白しろい。大柄おほがらだけれども肥ふとつては居をらぬ、ならば袴はかまでも穿はかして見みたい。與吉よきちが身體からだを入いれようといふ家いへは、直すぐ間近まぢかで、一町ちやうばかり行ゆくと、袂たもとに一本ぽん暴風雨あらしで根返ねがへして横樣よこざまになつたまゝ、半なかば枯かれて、半なかば青々あを〱とした、あはれな銀杏いてふの矮樹わいじゆがある、橋はしが一個ひとつ。其その澁色しぶいろの橋はしを渡わたると、岸きしから板いたを渡わたした船ふねがある、板いたを渡わたつて、苫とまの中なかへ出入でいりをするので、此この船ふねが與吉よきちの住居すまひ。で干潮かんてうの時ときは見みるも哀あはれで、宛然さながら洪水でみづのあとの如ごとく、何時いつ棄すてた世帶道具しよたいだうぐやら、缺擂鉢かけすりばちが黒くろく沈しづむで、蓬おどろのやうな水草みづくさは波なみの隨意まに〱靡なびいて居ゐる。この水草みづくさはまた年とし久ひさしく、船ふねの底そこ、舷ふなばたに搦からみ附ついて、恰あたかも巖いはほに苔蒸こけむしたかのやう、與吉よきちの家いへをしつかりと結ゆはへて放はなしさうにもしないが、大川おほかはから汐しほがさして來くれば、岸きしに茂しげつた柳やなぎの枝えだが水みづに潛くゞり、泥どろだらけな笹さゝの葉はがぴた〱と洗あらはれて、底そこが見みえなくなり、水草みづくさの隱かくれるに從したがうて、船ふねが浮上うきあがると、堤防ていばうの遠方をちかたにすく〱立たつて白しろい煙けむりを吐はく此處彼處こゝかしこの富家ふかの煙突えんとつが低ひくくなつて、水底みづそこの其その缺擂鉢かけすりばち、塵芥ちりあくた、襤褸切ぼろぎれ、釘くぎの折をれなどは不殘のこらず形かたちを消けして、蒼あをい潮しほを滿々まん〱と湛たゝへた溜池ためいけの小波さゝなみの上うへなる家いへは、掃除さうぢをするでもなしに美うつくしい。

爾時そのときは船ふねから陸りくへ渡わたした板いたが眞直まつすぐになる。これを渡わたつて、今朝けさは殆ほとんど滿潮まんてうだつたから、與吉よきちは柳やなぎの中なかで𤏋ぱつと旭あさひがさす、黄金こがねのやうな光線くわうせんに、其その罪つみのない顏かほを照てらされて仕事しごとに出でた。

二

其それから日ひ一日にちおなじことをして働はたらいて、黄昏たそがれかゝると日ひが舂うすづき、柳やなぎの葉はが力ちからなく低たれて水みづが暗くらうなると汐しほが退ひく、船ふねが沈しづむで、板いたが斜なゝめになるのを渡わたつて家いへに歸かへるので。

留守るすには、年寄としよつた腰こしの立たたない與吉よきちの爺々ちやんが一人ひとりで寢ねて居ゐるが、老後らうごの病やまひで次第しだいに弱よわるのであるから、急きふに容體ようだいの變かはるといふ憂慮きづかひはないけれども、與吉よきちは雇やとはれ先さきで晝飯ひるめしをまかなはれては、小休こやすみの間あひだに毎日まいにち一度どづつ、見舞みまひに歸かへるのが例れいであつた。

「ぢやあ行いつて來くるぜ、父爺ちやん。」

與平よへいといふ親仁おやぢは、涅槃ねはんに入いつたやうな形かたちで、胴どうの間まに寢ねながら、佛造ほとけづくつた額ひたひを上あげて、汗あせだらけだけれども目めの涼すゞしい、息子せがれが地藏眉ぢざうまゆの、愛あいくるしい、若わかい顏かほを見みて、嬉うれしさうに頷うなづいて、

「晩ばんにや又また柳屋やなぎやの豆腐とうふにしてくんねえよ。」

「あい、」といつて苫とまを潛くゞつて這はふやうにして船ふねから出でた、與吉よきちはづツと立たつて板いたを渡わたつた。向むかうて筋違すぢつかひ、角かどから二軒目けんめに小ちひさな柳やなぎの樹きが一本ぽん、其その低ひくい枝えだのしなやかに垂たれた葉隱はがくれに、一間口けんぐち二枚まいの腰障子こししやうじがあつて、一枚まいには假名かな、一枚まいには眞名まなで豆腐とうふと書かいてある。柳やなぎの葉はの翠みどりを透すかして、障子しやうじの紙かみは新あたらしく白しろいが、秋あきが近ちかいから、破やぶれて煤すゝけたのを貼替はりかへたので、新規しんきに出來できた店みせではない。柳屋やなぎやは土地とちで老鋪しにせだけれども、手廣てびろく商あきなひをするのではなく、八九十軒けんもあらう百軒けん足たらずの此この部落ぶらくだけを花主とくいにして、今代こんだいは喜藏きざうといふ若わかい亭主ていしゆが、自分じぶんで賣うりに𢌞まはるばかりであるから、商あきなひに出でた留守るすの、晝過ひるすぎは森しんとして、柳やなぎの蔭かげに腰障子こししやうじが閉しまつて居ゐる、樹きの下した、店みせの前まへから入口いりくちへ懸かけて、地ぢの窪くぼむだ、泥濘ぬかるみを埋うめるため、一面いちめんに貝殼かひがらが敷しいてある、白しろいの、半分はんぶん黒くろいの、薄紅うすべに、赤あかいのも交まじつて堆うづたかい。

隣屋となりは此この邊へんに棟むねを並ならぶる木屋きやの大家たいけで、軒のき、廂ひさし、屋根やねの上うへまで、犇ひしと木材もくざいを積揃つみそろへた、眞中まんなかを分わけて、空高そらだかい長方形ちやうはうけいの透間すきまから凡およそ三十疊でふも敷しけようといふ店みせの片端かたはしが見みえる、其その木材もくざいの蔭かげになつて、日ひの光ひかりもあからさまには射ささず、薄暗うすぐらい、冷々ひや〱とした店前みせさきに、帳場格子ちやうばがうしを控ひかへて、年配ねんぱいの番頭ばんとうが唯たゞ一人ひとり帳合ちやうあひをしてゐる。これが角屋敷かどやしきで、折曲をれまがると灰色はひいろをした道みちが一筋ひとすぢ、電柱でんちうの著いちじるしく傾かたむいたのが、前まへと後うしろへ、別々べつ〱に頭かしらを掉ふつて奧深おくぶかう立たつて居ゐる、鋼線はりがねが又また半なかだるみをして、廂ひさしよりも低ひくい處ところを、弱々よわ〱と、斜なゝめに、さも〱衰おとろへた形かたちで、永代えいたいの方はうから長ながく續つゞいて居ゐるが、圖づに描かいて線せんを引ひくと、文明ぶんめいの程度ていどが段々だん〱此方こつちへ來くるに從したがうて、屋根越やねごしに鈍にぶることが分わかるであらう。

單たんに電柱でんちうばかりでない、鋼線はりがねばかりでなく、橋はしの袂たもとの銀杏いてふの樹きも、岸きしの柳やなぎも、豆腐屋とうふやの軒のきも、角家かどやの塀へいも、それ等らに限かぎらず、あたりに見みゆるものは、門もんの柱はしらも、石垣いしがきも、皆みな傾かたむいて居ゐる、傾かたむいて居ゐる、傾かたむいて居ゐるが盡こと〲く一樣いちやうな向むきにではなく、或あるものは南みなみの方はうへ、或あるものは北きたの方はうへ、また西にしの方はうへ、東ひがしの方はうへ、てん〲ばら〱になつて、此この風かぜのない、天そらの晴はれた、曇くもりのない、水面すゐめんのそよ〱とした、靜しづかな、穩おだやかな日中ひなかに處しよして、猶且なほかつ暴風ばうふうに揉もまれ、搖ゆらるゝ、其その瞬間しゆんかんの趣おもむきあり。ものの色いろもすべて褪あせて、其その灰色はひいろに鼠ねずみをさした濕地しつちも、草くさも、樹きも、一部落ぶらくを蔽包おほひつゝむだ夥多おびたゞしい材木ざいもくも、材木ざいもくの中なかを見みえ透すく溜池ためいけの水みづの色いろも、一切いつさい、喪服もふくを着つけたやうで、果敢はかなく哀あはれである。

三

界隈かいわいの景色けしきがそんなに沈鬱ちんうつで、濕々じめ〱として居ゐるに從したがうて、住すむ者ものもまた高聲たかごゑではものをいはない。歩行あるくにも内端うちわで、俯向うつむき勝がちで、豆腐屋とうふやも、八百屋やほやも默だまつて通とほる。風俗ふうぞくも派手はででない、女をんなの好このみも濃厚のうこうではない、髮かみの飾かざりも赤あかいものは少すくなく、皆みな心こゝろするともなく、風土ふうどの喪もに服ふくして居ゐるのであらう。

元來ぐわんらい岸きしの柳やなぎの根ねは、家々いへ〱の根太ねだよりも高たかいのであるから、破風はふの上うへで、切々きれ〲に、蛙かはづが鳴なくのも、欄干らんかんの壞くづれた、板いたのはなれ〲な、杭くひの拔ぬけた三角形さんかくけいの橋はしの上うへに蘆あしが茂しげつて、蟲むしがすだくのも、船蟲ふなむしが群むらがつて往來わうらいを驅かけまはるのも、工場こうぢやうの煙突えんとつの烟けむりが遙はるかに見みえるのも、洲崎すさきへ通かよふ車くるまの音おとがかたまつて響ひゞくのも、二日ふつかおき三日みつか置おきに思出おもひだしたやうに巡査じゆんさが入はひるのも、けたゝましく郵便脚夫いうびんきやくふが走込はしりこむのも、烏からすが鳴なくのも、皆みな何なんとなく土地とちの末路まつろを示しめす、滅亡めつばうの兆てうであるらしい。

けれども、滅ほろびるといつて、敢あへて此この部落ぶらくが無なくなるといふ意味いみではない、衰おとろへるといふ意味いみではない、人ひとと家いへとは榮さかえるので、進歩しんぽするので、繁昌はんじやうするので、やがて其その電柱でんちうは眞直まつすぐになり、鋼線はりがねは張はりを持もち、橋はしがペンキ塗ぬりになつて、黒塀くろべいが煉瓦れんぐわに換かはると、蛙かはづ、船蟲ふなむし、そんなものは、不殘のこらず石灰いしばひで殺ころされよう。即すなはち人ひとと家いへとは、榮さかえるので、恁かゝる景色けしきの俤おもかげがなくならうとする、其その末路まつろを示しめして、滅亡めつばうの兆てうを表あらはすので、詮せんずるに、蛇へびは進すゝんで衣ころもを脱ぬぎ、蝉せみは榮さかえて殼からを棄すてる、人ひとと家いへとが、皆みな他たの光榮くわうえいあり、便利べんりあり、利益りえきある方面はうめんに向むかつて脱出ぬけだした跡あとには、此この地ちのかゝる俤おもかげが、空蝉うつせみになり脱殼ぬけがらになつて了しまふのである。

敢あへて未來みらいのことはいはず、現在げんざい既すでに其その姿すがたになつて居ゐるのではないか、脱ぬけ出だした或者あるものは、鳴なき、且かつ飛とび、或者あるものは、走はしり、且かつ食くらふ、けれども衣きぬを脱ぬいで出でた蛇へびは、殘のこした殼からより、必かならずしも美うつくしいものとはいはれない。

あゝ、まぼろしのなつかしい、空蝉うつせみのかやうな風土ふうどは、却かへつてうつくしいものを産さんするのか、柳屋やなぎやに艶麗あでやかな姿すがたが見みえる。

與吉よきちは父親ちゝおやに命めいぜられて、心こゝろに留とめて出でたから、岸きしに上あがると、思おもふともなしに豆腐屋とうふやに目めを注そゝいだ。

柳屋やなぎやは淺間あさまな住居すまひ、上框あがりがまちを背後うしろにして、見通みとほしの四疊半よでふはんの片端かたはしに、隣家となりで帳合ちやうあひをする番頭ばんとうと同一おなじあたりの、柱はしらに凭もたれ、袖そでをば胸むねのあたりで引ひき合あはせて、浴衣ゆかたの袂たもとを折返をりかへして、寢床ねどこの上うへに坐すわつた膝ひざに掻卷かいまきを懸かけて居ゐる。背うしろには綿わたの厚あつい、ふつくりした、竪縞たてじまのちやん〱を着きた、鬱金木綿うこんもめんの裏うらが見みえて襟脚えりあしが雪ゆきのやう、艶氣つやけのない、赤熊しやぐまのやうな、ばさ〱した、餘あまるほどあるのを天神てんじんに結ゆつて、淺黄あさぎの角絞つのしぼりの手絡てがらを弛ゆるう大おほきくかけたが、病氣びやうきであらう、弱々よわ〱とした後姿うしろすがた。

見透みとほしの裏うらは小庭こにはもなく、すぐ隣屋となりの物置ものおきで、此處こゝにも犇々ひし〱と材木ざいもくが建重たてかさねてあるから、薄暗うすぐらい中なかに、鮮麗あざやかな其その淺黄あさぎの手絡てがらと片頬かたほの白しろいのとが、拭込ふきこむだ柱はしらに映うつつて、ト見みると露草つゆぐさが咲さいたやうで、果敢はかなくも綺麗きれいである。

與吉よきちはよくも見みず、通とほりがかりに、

「今日こんにちは、」と、聲こゑを掛かけたが、フト引戻ひきもどさるゝやうにして覗のぞいて見みた、心着こゝろづくと、自分じぶんが挨拶あいさつしたつもりの婦人をんなはこの人ひとではない。

四

「居ゐない。」と呟つぶやくが如ごとくにいつて、其そのまゝ通拔とほりぬけようとする。

ト日ひがあたつて暖あたたかさうな、明あかるい腰障子こししやうじの内うちに、前刻さつきから靜しづかに水みづを掻𢌞かきまはす氣勢けはひがして居ゐたが、ばつたりといつて、下駄げたの音おと。

「與吉よきちさん、仕事しごとにかい。」

と婀娜あだたる聲こゑ、障子しやうじを開あけて顏かほを出だした、水色みづいろの唐縮緬たうちりめんを引裂ひつさいたまゝの襷たすき、玉たまのやうな腕かひなもあらはに、蜘蛛くもの圍ゐを絞しぼつた浴衣ゆかた、帶おびは占しめず、細紐ほそひもの態なりで裾すそを端折はしよつて、布ぬのの純白じゆんぱくなのを、短みじかく脛はぎに掛かけて甲斐々々かひ〲しい。

齒はを染そめた、面長おもながの、目鼻立めはなだちはつきりとした、眉まゆは落おとさぬ、束たばね髮がみの中年増ちうどしま、喜藏きざうの女房にようばうで、お品しなといふ。

濡ぬれた手てを間近まぢかな柳やなぎの幹みきにかけて半身はんしんを出だした、お品しなは與吉よきちを見みて微笑ほゝゑむだ。

土間どまは一面いちめんの日ひあたりで、盤臺はんだい、桶をけ、布巾ふきんなど、ありつたけのもの皆みな濡ぬれたのに、薄うすく陽炎かげろふのやうなのが立籠たちこめて、豆腐とうふがどんよりとして沈しづんだ、新木あらきの大桶おほをけの水みづの色いろは、薄うすら蒼あをく、柳やなぎの影かげが映うつつて居ゐる。

「晩方ばんがた又また來くるんだ。」

お品しなは莞爾につこりしながら、

「難有ありがたう存ぞんじます、」故わざと慇懃いんぎんにいつた。

つか〱と行懸ゆきかけた與吉よきちは、これを聞きくと、あまり自分じぶんの素氣そつけなかつたのに氣きがついたか、小戻こもどりして眞顏まがほで、眼めを一ひとツ瞬しばだたいて、

「えゝ、毎度まいど難有ありがたう存ぞんじます。」と、罪つみのない口くちの利ききやうである。

「ほゝゝ、何なにをいつてるのさ。」

「何なにがよ。」

「だつてお前樣まへさんはお客樣きやくさまぢやあないかね、お客樣きやくさまなら私わたしン處ところの旦那だんなだね、ですから、あの、毎度まいど難有ありがたう存ぞんじます。」と柳やなぎに手てを縋すがつて半身はんしんを伸出のびでたまゝ、胸むねと顏かほを斜なゝめにして、與吉よきちの顏かほを差覗さしのぞく。

與吉よきちは極きまりの惡わるさうな趣おもむきで、

「お客樣きやくさまだつて、あの、私わたしは木挽こびきの小僧こぞうだもの。」

と手眞似てまねで見みせた、與吉よきちは兩手りやうてを突出つきだしてぐつと引ひいた。

「かうやつて、かう挽ひいてるんだぜ、木挽こびきの小僧こぞうだぜ。お前樣まへさんはおかみさんだらう、柳屋やなぎやのおかみさんぢやねえか、それ見みねえ、此方こつちでお辭儀じぎをしなけりやならないんだ。ねえ、」

「あれだ、」とお品しなは目めを睜みはつて、

「まあ、勿體もつたいないわねえ、私達わたしたちに何なんのお前まへさん……」といひかけて、つく〲瞻みまもりながら、お品しなはづツと立たつて、與吉よきちに向むかひ合あひ、其その襷懸たすきがけの綺麗きれいな腕かひなを、兩方りやうはう大袈裟おほげさに振ふつて見みせた。

「かうやつて威張ゐばつてお在いでよ。」

「威張ゐばらなくツたつて、何なにも、威張ゐばらなくツたつて構かまはないから、父爺ちやんが魚さかなを食くつてくれると可いいけれど、」と何なんと思おもつたか與吉よきちはうつむいて悄しをれたのである。

「何どうしたんだね、又また餘計よけいに惡わるくなつたの。」と親切しんせつにも優やさしく眉まゆを顰ひそめて聞きいた。

「餘計よけいに惡わるくなつて堪たまるもんか、此この節せつあ心持こゝろもちが快方いゝはうだつていふけれど、え、魚氣さかなつけを食くはねえぢやあ、身體からだが弱よわるつていふのに、父爺ちやんはね、腥なまぐさいものにや箸はしもつけねえで、豆腐とうふでなくつちやあならねえツていふんだ。え、おかみさん、骨ほねのある豆腐とうふは出來できまいか。」と思出おもひだしたやうに唐突だしぬけにいつた。

五

「おや、」

お品しなは與吉よきちがいふことの餘あまり突拍子とつぴやうしなのを、笑わらふよりも先まづ驚おどろいたのである。

「ねえ、親方おやかたに聞きいて見みてくんねえ、出來できさうなもんだなあ。雁がんもどきツて、ほら、種々いろんなものが入はひつた油揚あぶらあげがあらあ、銀杏ぎんなんだの、椎茸しひたけだの、あれだ、あの中なかへ、え、肴さかなを入いれて交まぜツこにするてえことあ不可いけねえのかなあ。」

「そりや、お前まへさん。まあ、可いいやね、聞きいて見みて置おきませうよ。」

「あゝ、聞きいて見みてくんねえ、眞個ほんとに肴さかなツ氣けが無なくツちやあ、臺だいなし身體からだが弱よわるツていふんだもの。」

「何故なぜ父上おとつさんは腥なまぐさをお食あがりぢやあないのだね。」

與吉よきちの眞面目まじめなのに釣込つりこまれて、笑わらふことの出來できなかつたお品しなは、到頭たうとう骨ほねのある豆腐とうふの注文ちうもんを笑わらはずに聞きき濟すました、そして眞顏まがほで尋たづねた。

「えゝ、其その何なんだつて、物ものをこそ言いはねえけれど、目めもあれば、口くちもある、それで生白なまじろい色いろをして、蒼あをいものもあるがね、煮にられて皿さらの中なかに横よこになつた姿すがたてえものは、魚々さかな〱と一口ひとくちにやあいふけれど、考かんがへて見みりやあ生身なまみをぐつ〱煮着につけたのだ、尾頭をかしらのあるものの死骸しがいだと思おもふと、氣味きみが惡わるくツて食たべられねえツて、左樣さういふんだ。

詰つまらねえことを父爺ちやんいふもんぢやあねえ、山やまン中なかの爺婆ぢゞばゞでも鹽しほしたのを食たべるツてよ。

煮にたのが、心持こゝろもちが惡わるけりや、刺身さしみにして食たべないかツていふとね、身震みぶるひをするんだぜ。刺身さしみツていやあ一寸試いつすんだめしだ、鱠なますにすりやぶつ〱切ぎりか、あの又また目口めくちのついた天窓あたまへ骨ほねが繋つながつて肉にくが絡まとひついて殘のこる圖づなんてものは、と厭いやな顏かほをするからね。あゝ、」といつて與吉よきちは頷うなづいた。これは力ちからを入いれて對手あひてに其その意いを得えさせようとしたのである。

「左樣さうなんかねえ、年紀としの故せゐもあらう、一ひとツは氣分きぶんだね、お前まへさん、そんなに厭いやがるものを無理むりに食たべさせない方はうが可いいよ、心持こゝろもちを惡わるくすりや身體からだのたしにもなんにもならないわねえ。」

「でも痩やせるやうだから心配しんぱいだもの。氣きが着つかないやうにして食たべさせりや、胸むねを惡わるくすることもなからうからなあ、いまの豆腐とうふの何なによ。ソレ、」

「骨ほねのあるがんもどきかい、ほゝゝゝほゝ、」と笑わらつた、垢拔あかぬけのした顏かほに鐵漿かねを含ふくんで美うつくしい。

片頬かたほに觸ふれた柳やなぎの葉先はさきを、お品しなは其その艶つややかに黒くろい前齒まへばで銜くはへて、扱こくやうにして引斷ひつきつた。青あをい葉はを、カチ〱と二ふたツばかり噛かむで手てに取とつて、掌てのひらに載のせて見みた。トタンに框かまちの取着とツつきの柱はしらに凭もたれた淺黄あさぎの手絡てがらが此方こつちを見向みむく、うら少わかいのと面おもてを合あはせた。

其その時ときまでは、殆ほとんど自分じぶんで何なにをするかに心着こゝろづいて居ゐないやう、無意識むいしきの間あひだにして居ゐたらしいが、フト目めを留とめて、俯向うつむいて、じつと見みて、又また梢こずゑを仰あふいで、

「與吉よきちさんのいふやうぢやあ、まあ、嘸さぞ此この葉はも痛いたむこツたらうねえ。」

と微笑ほゝゑんで見みせて、少わかいのが其その清すゞしい目めに留とめると、くるりと𢌞まはつて、空そらざまに手てを上あげた、お品しなはすつと立たつて、しなやかに柳やなぎの幹みきを叩たゝいたので、蜘蛛くもの巣すの亂みだれた薄うすい色いろの浴衣ゆかたの袂たもとは、ひらひらと動うごいた。

與吉よきちは半被はつぴの袖そでを掻合かきあはせて、立たつて見みて居ゐたが、急きふに振返ふりかへつて、

「さうだ。ぢやあ親方おやかたに聞きいて見みておくんな。可いいかい、」

「あゝ、可いいとも、」といつて向直むきなほつて、お品しなは掻潛かいくゞつて襷たすきを脱はづした。斜なゝめに袈裟けさになつて結目むすびめがすらりと下さがる。

「お邪魔じやま申まをしました。」

「あれだよ。又また、」と、莞爾につこりしていふ。

「さうだつけな、うむ、此方こつちあお客きやくだぜ。」

與吉よきちは獨ひとりで頷うなづいたが、背向うしろむきになつて、肱ひぢを張はつて、南なんの字じの印しるしが動うごく、半被はつぴの袖そでをぐツと引ひいて、手てを掉ふつて、

「おかみさん、大威張おほゐばりだ。」

「あばよ。」

六

「あい、」といひすてに、急足いそぎあしで、與吉よきちは見みる内うちに間近まぢかな澁色しぶいろの橋はしの上うへを、黒くろい半被はつぴで渡わたつた。眞中頃まんなかごろで、向岸むかうぎしから駈かけて來きた郵便脚夫いうびんきやくふと行合ゆきあつて、遣違やりちがひに一緒いつしよになつたが、分わかれて橋はしの兩端りやうはしへ、脚夫きやくふはつか〱と間近まぢかに來きて、與吉よきちは彼かの、倒たふれながらに半なかば黄きばんだ銀杏いてふの影かげに小ちひさくなつた。

七

「郵便いうびん!」

「はい、」と柳やなぎの下したで、洗髮あらひがみのお品しなは、手足てあしの眞黒まつくろな配達夫はいたつふが、突當つきあたるやうに目めの前まへに踏留ふみとまつて棒立ぼうだちになつて喚わめいたのに、驚おどろいた顏かほをした。

「更科さらしなお柳りうさん、」

「手前てまへどもでございます。」

お品しなは受取うけとつて、青あをい状袋じやうぶくろの上書うはがきをじつと見みながら、片手かたてを垂たれて前垂まへだれのさきを抓つまむで上あげつゝ、素足すあしに穿はいた黒緒くろをの下駄げたを揃そろへて立たつてたが、一寸ちよつと飜かへして、裏うらの名なを讀よむと、顏かほの色いろが動うごいて、横目よこめに框かまちをすかして、片頬かたほに笑ゑみを含ふくむで、堪たまらないといつたやうな聲こゑで、

「柳りうちやん、來きたよ!」といふが疾はやいか、横よこざまに驅かけて入いる、柳腰やなぎごし、下駄げたが脱ぬげて、足あしの裏うらが美うつくしい。

八

與吉よきちが仕事場しごとばの小屋こやに入はひると、例れいの如ごとく、直すぐ其そのまゝ材木ざいもくの前まへに跪ひざまづいて、鋸のこぎりの柄えに手てを懸かけた時とき、配達夫はいたつふは、此處こゝの前まへを横切よこぎつて、身みを斜なゝめに、波なみに搖ゆられて流ながるゝやうな足取あしどりで、走はしり去さつた。

與吉よきちは見みも遣やらず、傍目わきめも觸ふらないで挽ひきはじめる。

巨大きよだいなる此この樟くすのきを濡ぬらさないために、板屋根いたやねを葺ふいた、小屋こやの高たかさは十丈ぢやうもあらう、脚あしの着ついた臺だいに寄よせかけたのが突立つツたつて、殆ほとんど屋根裏やねうらに屆とゞくばかり。この根際ねぎはに膝ひざをついて、伸上のびあがつては挽ひき下おろし、伸上のびあがつては挽ひき下おろす、大鋸おほのこぎりの齒はは上下うへしたにあらはれて、兩手りやうてをかけた與吉よきちの姿すがたは、鋸のこぎりよりも小ちひさいかのやう。

小屋こやの中うちには單たゞこればかりでなく、兩傍りやうわきに堆うづたかく偉大ゐだいな材木ざいもくを積つんであるが、其その嵩かさは與吉よきちの丈たけより高たかいので、纔わづかに鋸屑おがくづの降積ふりつもつた上うへに、小ちひさな身體からだ一ひとツ入いれるより他ほかに餘地よちはない。で恰あたかも材木ざいもくの穴あなの底そこに跪ひざまづいてるに過すぎないのである。

背後うしろは突拔つきぬけの岸きしで、こゝにも地つちと一面いちめんな水みづが蒼あをく澄すむで、ひた〱と小波さゝなみの畝うねりが絶たえず間近まぢかう來くる。往來傍わうらいばたには又また岸きしに臨のぞむで、果はてしなく組違くみちがへた材木ざいもくが並ならべてあるが、二十三十づゝ、四よツ目形めなりに、井筒形ゐづつがたに、規律きりつ正たゞしく、一定いつていした距離きよりを置おいて、何處どこまでも續つゞいて居ゐる、四よツ目めの間あひだを、井筒ゐづつの彼方かなたを、見みえ隱かくれに、ちらほら人ひとが通とほるが、皆みな默だまつて歩行あるいて居ゐるので。

淋さみしい、森しんとした中なかに手拍子てびやうしが揃そろつて、コツ〱コツ〱と、鐵槌かなづちの音おとのするのは、この小屋こやに並ならんだ、一棟ひとむね、同一おなじ材木納屋ざいもくなやの中なかで、三個この石屋いしやが、石いしを鑿きるのである。

板圍いたがこひをして、横よこに長ながい、屋根やねの低ひくい、濕しめつた暗くらい中なかで、働はたらいて居ゐるので、三人にんの石屋いしやも齊ひとしく南屋みなみやに雇やとはれて居ゐるのだけれども、渠等かれらは與吉よきちのやうなのではない、大工だいくと一所いつしよに、南屋みなみやの普請ふしんに懸かゝつて居ゐるので、ちやうど與吉よきちの小屋こやと往來わうらいを隔へだてた眞向まむかうに、小ちひさな普請小屋ふしんごやが、眞新まあたらしい、節穴ふしあなだらけな、薄板うすいたで建たつて居ゐる、三方さんぱうが圍かこつたばかり、編あむで繋つないだ繩なはも見みえ、一杯いつぱいの日當ひあたりで、いきなり土つちの上うへへ白木しらきの卓子テエブルを一脚きやく据すゑた、其その上うへには大土瓶おほどびんが一個こ、茶呑茶碗ちやのみぢやわんが七個なゝつ八個やつ。

後うしろに置おいた腰掛臺こしかけだいの上うへに、一人ひとりは匍匐はらばひになつて、肱ひぢを張はつて長々なが〱と伸のび、一人ひとりは横よこざまに手枕てまくらして股引もゝひき穿はいた脚あしを屈かゞめて、天窓あたまをくツつけ合あつて大工だいくが寢ねそべつて居ゐる。普請小屋ふしんごやと、花崗石みかげいしの門柱もんばしらを並ならべて扉とびらが左右さいうに開ひらいて居ゐる、門もんの内うちの横手よこての格子かうしの前まへに、萌黄もえぎに塗ぬつた中なかに南みなみと白しろで拔ぬいたポンプが据すわつて、其その縁ふちに釣棹つりざをと畚ふごとがぶらりと懸かゝつて居ゐる、眞まことにもの靜しづかな、大家たいけの店前みせさきに人ひとの氣勢けはひもない。裏庭うらにはとおもふあたり、遙はるか奧おくの方かたには、葉はのやゝ枯かれかゝつた葡萄棚ぶだうだなが、影かげを倒さかしまにうつして、此處こゝもおなじ溜池ためいけで、門もんのあたりから間近まぢかな橋はしへかけて、透間すきまもなく亂杭らんぐひを打うつて、數限かずかぎりもない材木ざいもくを水みづのまゝに浸ひたしてあるが、彼處かしこへ五本ほん、此處こゝへ六本ぽん、流寄ながれよつた形かたちが判はんで印おした如ごとく、皆みな三方さんぱうから三みつツに固かたまつて、水みづを三角形さんかくけいに區切くぎつた、あたりは廣ひろく、一面いちめんに早苗田さなへだのやうである。この上うへを、時々とき〲ばら〱と雀すゞめが低ひくう。

九

其その他たに此處こゝで動うごいてるものは與吉よきちが鋸のこぎりに過すぎなかつた。

餘あまり靜しづかだから、しばらくして、又またしばらくして、樟くすのきを挽ひく毎ごとにぼろ〱と落おつる木屑きくづが判然はつきり聞きこえる。

(父親ちやんは何故なぜ魚さかなを食たべないのだらう、)とおもひながら膝ひざをついて、伸上のびあがつて、鋸のこぎりを手元てもとに引ひいた。木屑きくづは極きはめて細こまかく、極きはめて輕かるく、材木ざいもくの一處ひとところから湧わくやうになつて、肩かたにも胸むねにも膝ひざの上うへにも降ふりかゝる。トタンに向むかうざまに突出つきだして腰こしを浮うかした、鋸のこぎりの音おとにつれて、又また時雨しぐれのやうな微かすかな響ひゞきが、寂寞せきばくとした巨材きよざいの一方いつぱうから聞きこえた。

柄えを握にぎつて、挽ひきおろして、與吉よきちは呼吸いきをついた。

(左樣さうだ、魚さかなの死骸しがいだ、そして骨ほねが頭あたまに繋つながつたまゝ、皿さらの中なかに殘のこるのだ、)

と思おもひながら、絶たえず拍子ひやうしにかゝつて、伸縮のびちゞみに身體からだの調子てうしを取とつて、手てを働はたらかす、鋸のこぎりが上下じやうげして、木屑きくづがまた溢こぼれて來くる。

(何故なぜだらう、これは鋸のこぎりで挽ひく所爲せゐだ、)と考かんがへて、柳やなぎの葉はが痛いたむといつたお品しなの言ことばが胸むねに浮うかぶと、又また木屑きくづが胸むねにかゝつた。

與吉よきちは薄暗うすぐらい中なかに居ゐる、材木ざいもくと、材木ざいもくを積上つみあげた周圍しうゐは、杉すぎの香か、松まつの匂にほひに包つゝまれた穴あなの底そこで、目めを睜みはつて、跪ひざまづいて、鋸のこぎりを握にぎつて、空そらざまに仰あふいで見みた。

樟くすのきの材木ざいもくは斜なゝめに立たつて、屋根裏やねうらを漏もれてちら〱する日光につくわうに映うつつて、言いふべからざる森嚴しんげんな趣おもむきがある。この見上みあぐるばかりな、これほどの丈たけのある樹きはこの邊あたりでつひぞ見みた事ことはない、橋はしの袂たもとの銀杏いてふは固もとより、岸きしの柳やなぎは皆みな短ひくい、土手どての松まつはいふまでもない、遙はるかに見みえる其その梢こずゑは殆ほとんど水面すゐめんと並ならんで居ゐる。

然しかも猶なほこれは眞直まつすぐに眞四角ましかくに切きつたもので、およそ恁かゝる角かくの材木ざいもくを得えようといふには、杣そまが八人にん五日いつかあまりも懸かゝらねばならぬと聞きく。

那そんな大木たいぼくのあるのは蓋けだし深山しんざんであらう、幽谷いうこくでなければならぬ。殊ことにこれは飛騨山ひだやまから𢌞まはして來きたのであることを聞きいて居ゐた。

枝えだは蔓はびこつて、谷たにに亙わたり、葉はは茂しげつて峰みねを蔽おほひ、根ねはたゞ一山ひとやまを絡まとつて居ゐたらう。

其その時ときは、其その下蔭したかげは矢張やつぱりこんなに暗くらかつたが、蒼空あをぞらに日ひの照てる時ときも、と然さう思おもつて、根際ねぎはに居ゐた黒くろい半被はつぴを被きた、可愛かはいい顏かほの、小ちひさな蟻ありのやうなものが、偉大ゐだいなる材木ざいもくを仰あふいだ時ときは、手足てあしを縮ちゞめてぞつとしたが、

(父親ちやんは何どうしてるだらう、)と考かんがへついた。

鋸のこぎりは又また動うごいて、

(左樣さうだ、今頃いまごろは彌六やろく親仁おやぢがいつもの通とほり、筏いかだを流ながして來きて、あの、船ふねの傍そばを漕こいで通とほりすがりに、父上ちやんに聲こゑをかけてくれる時分じぶんだ、)

と思おもはず振向ふりむいて池いけの方はう、うしろの水みづを見返みかへつた。

溜池ためいけの眞中まんなかあたりを、頬冠ほゝかむりした、色いろのあせた半被はつぴを着きた、脊せいの低ひくい親仁おやぢが、腰こしを曲まげ、足あしを突張つツぱつて、長ながい棹さをを繰あやつつて、畫ゑの如ごとく漕こいで來くる、筏いかだは恰あたかも人ひとを乘のせて、油あぶらの上うへを辷すべるやう。

する〱と向むかうへ流ながれて、横よこざまに近ちかづいた、細ほそい黒くろい毛脛けずねを掠かすめて、蒼あをい水みづの上うへを鴎かもめが弓形ゆみなりに大おほきく鮮あざやかに飛とんだ。

十

「與太坊よたばう、父爺ちやんは何事なにごともねえよ。」と、池いけの眞中まんなかから聲こゑを懸かけて、おやぢは小屋こやの中なかを覗のぞかうともせず、爪つまさきは小波さゝなみを浴あぶるばかり沈しづむだ筏いかだを棹さをさして、此この時ときまた中空なかぞらから白しろい翼つばさを飜ひるがへして、ひら〱と落おとして來きて、水みづに姿すがたを宿やどしたと思おもふと、向むかうへ飛とんで、鴎かもめの去さつた方かたへ、すら〱と流ながして行ゆく。

これは彌六やろくといつて、與吉よきちの父翁ちゝおやが年來ねんらいの友達ともだちで、孝行かうかうな兒こが仕事しごとをしながら、病人びやうにんを案あんじて居ゐるのを知しつて居ゐるから、例れいとして毎日まいにち今時分いまじぶん通とほりがかりに其その消息せうそくを傳つたへるのである。與吉よきちは安堵あんどして又また仕事しごとにかゝつた。

(父親ちやんは何事なにごともないが、何故なぜ魚さかなを喰たべないのだらう。左樣さうだ、刺身さしみは一寸すんだめしで、鱠なますはぶつぶつ切ぎりだ、魚うをの煮にたのは、食たべると肉にくがからみついたまゝ頭あたまに繋つながつて、骨ほねが殘のこる、彼あの皿さらの中なかの死骸しがいに何どうして箸はしがつけられようといつて身震みぶるひをする、まつたくだ。そして魚さかなばかりではない、柳やなぎの葉はも食切くひきると痛いたむのだ、)と思おもひ〱、又またこの偉大ゐだいなる樟くすの殆ほとんど神聖しんせいに感かんじらるゝばかりな巨材きよざいを仰あふぐ。

高たかい屋根やねは、森閑しんかんとして日中ひなか薄暗うすぐらい中なかに、ほの〲と見みえる材木ざいもくから又またぱら〱と、ぱら〱と、其處そこともなく、鋸のこぎりの屑くづが溢こぼれて落おちるのを、思おもはず耳みゝを澄すまして聞きいた。中央ちうあうの木目もくめから渦うづまいて出でるのが、池いけの小波さゝなみのひた〱と寄よする音おとの中なかに、隣となりの納屋なやの石いしを切きる響ひゞきに交まじつて、繁しげつた葉はと葉はが擦合すれあふやうで、たとへば時雨しぐれの降ふるやうで、又また無數むすうの山蟻やまありが谷たにの中なかを歩行あるく跫音あしおとのやうである。

與吉よきちはとみかうみて、肩かたのあたり、胸むねのあたり、膝ひざの上うへ、跪ひざまづいてる足あしの間あひだに落溜おちたまつた、堆うづたかい、木屑きくづの積つもつたのを、樟くすのきの血ちでないかと思おもつてゾツとした。

今いままで其その上うへについて暖あたゝかだつた膝頭ひざがしらが冷々ひや〱とする、身體からだが濡ぬれはせぬかと疑うたがつて、彼處此處あちこち袖そで襟えりを手てで拊はたいて見みた。仕事最中しごとさいちう、こんな心持こゝろもちのしたことは始はじめてである。

與吉よきちは、一人ひとり谷たにのドン底ぞこに居ゐるやうで、心細こゝろぼそくなつたから、見透みすかす如ごとく日ひの光ひかりを仰あふいだ。薄うすい光線くわうせんが屋根板やねいたの合目あはせめから洩もれて、幽かすかに樟くすに映うつつたが、巨大きよだいなるこの材木ざいもくは唯たゞ單たんに三尺角さんじやくかくのみのものではなかつた。

與吉よきちは天日てんぴを蔽おほふ、葉はの茂しげつた五抱いつかゝへもあらうといふ幹みきに注連繩しめなはを張はつた樟くすのきの大樹だいじゆの根ねに、恰あたかも山やまの端はと思おもふ處ところに、しツきりなく降ふりかゝる翠みどりの葉はの中なかに、落おちて落おち重かさなる葉はの上うへに、あたりは眞暗まつくらな處ところに、蟲むしよりも小ちひさな身體からだで、この大木たいぼくの恰あたかも其その注連繩しめなはの下したあたりに鋸のこぎりを突つきさして居ゐるのに心着こゝろづいて、恍惚うつとりとして目めを睜みはつたが、氣きが遠とほくなるやうだから、鋸のこぎりを拔ぬかうとすると、支つかへて、堅かたく食入くひいつて、微かすかにも動うごかぬので、はツと思おもふと、谷々たに〲、峰々みね〱、一陣いちぢん轟ぐわう!と渡わたる風かぜの音おとに吃驚びつくりして、數千仞すうせんじんの谷底たにそこへ、眞倒まつさかさまに落おちたと思おもつて、小屋こやの中なかから轉ころがり出だした。

「大變たいへんだ、大變たいへんだ。」

「あれ! お聞きき、」と涙聲なみだごゑで、枕まくらも上あがらぬ寢床ねどこの上うへの露草つゆくさの、がツくりとして仰向あをむけの淋さびしい素顏すがほに紅べにを含ふくんだ、白しろい頬ほゝに、蒼あをみのさした、うつくしい、妹いもうとの、ばさ〱した天神髷てんじんまげの崩くづれたのに、淺黄あさぎの手絡てがらが解とけかゝつて、透通すきとほるやうに眞白まつしろで細ほそい頸うなじを、膝ひざの上うへに抱だいて、抱占かゝへしめながら、頬摺ほゝずりしていつた。お品しなが片手かたてにはしつかりと前刻さつきの手紙てがみを握にぎつて居ゐる。

「ねえ、ねえ、お聞ききよ、あれ、柳りうちやん――柳りうちやん――しつかりおし。お手紙てがみにも、そこらの材木ざいもくに枝葉えだはがさかえるやうなことがあつたら、夫婦ふうふに成なつて遣やるツて書かいてあるぢやあないか。

親おやの爲ためだつて、何なんだつて、一旦いつたん他ほかの人ひとに身みをお任まかせだもの、道理もつともだよ。お前まへ、お前まへ、それで氣きを落おとしたんだけれど、命いのちをかけて願ねがつたものを、お前まへ、其それまでに思おもふものを、柳りうちやん、何なんだつてお見捨みすてなさるものかね、解わかつたかい、あれ、あれをお聞ききよ。もう可いいよ。大丈夫だいぢやうぶだよ。願ねがひは叶かなつたよ。」

「大變たいへんだ、大變たいへんだ、材木ざいもくが化ばけたんだぜ、小屋こやの材木ざいもくに葉はが茂しげつた、大變たいへんだ、枝えだが出來できた。」

と普請小屋ふしんごや、材木納屋ざいもくなやの前まへで叫さけび足たらず、與吉よきちは狂氣きやうきの如ごとく大聲おほごゑで、此この家やの前まへをも呼よばはつて歩行あるいたのである。

「ね、ね、柳りうちやん――柳りうちやん――」

うつとりと、目めを開あいて、ハヤ色いろの褪あせた唇くちびるに微笑ほゝゑむで頷うなづいた。人ひとに血ちを吸すはれたあはれな者ものの、將まさに死しなんとする耳みゝに、與吉よきちは福音ふくいんを傳つたへたのである、この與吉よきちのやうなものでなければ、實際じつさいまた恁かゝる福音ふくいんは傳つたへられなかつたのであらう。

底本 / Source edition

底本:「鏡花全集 第四巻」岩波書店
1941(昭和16)年3月15日第1刷発行
1986(昭和61)年12月3日第3刷発行
※「!」の後の全角スペースの有り無しは底本通りにしました。
入力:門田裕志
校正:小林繁雄
2003年11月11日作成
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TEI
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書誌 / Bibliography
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泉 鏡花「三尺角」(旧字旧仮名)、底本『鏡花全集 第四巻』岩波書店、1941年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 004739_000050, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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