Soranoha

重右衛門の最後

じゅうえもんのさいご

田山 花袋

一

五六人集つたある席上で、何どういふ拍子か、ふと、魯西亜ロシヤの小説家イ、エス、ツルゲネーフの作品に話が移つて、ルウヂンの末路や、バザロフの性格などに、いろ〱興味の多い批評が出た事があつたが、其時なにがしといふ男が急に席を進めて、「ツルゲネーフで思ひ出したが、僕は一度猟夫手記れふふしゆきの中にでもありさうな人物に田舎ゐなかで邂逅でつくはして、非常に心を動かした事があつた。それは本当に、我々がツルゲネーフの作品に見る魯西亜の農夫そのまゝで、自然の力と自然の姿とをあの位明かに見たことは、僕の貧しい経験には殆ほとんど絶無と言つて好い。よく観察すれば、日本にも随分アントニイ、コルソフや、ニチルトッフ、ハーノブのやうな人間はあるのだ」と言つて話し出した。

二

まアずつと初めから話さう。自分が十六の時始めて東京に遊学に来た頃の事だから、もう余程古い話だが、其頃麹町かうぢまちの中六番町に速成学館といふ小さな私立学校があつた。英学、独逸ドイツ学、数学、漢学、国学、何でも御座れの荒物屋で、重おもに陸軍士官学校、幼年学校の試験応募者の為めに必須の課目を授くるといふ、今でも好く神田、本郷辺へんの中通なかどほりに見るまことにつまらぬ学校で、自分等が知つてから二年ばかり経たつて、其学校は潰つぶれて了しまひ、跡には大審院の判事か何かが、その家を大修繕して、裕ゆたかに生活して居るのを見た。けれど其古風な門は依然たる昔の儘まゝで、自分は小倉こくらの古袴ふるばかまの短いのを着、肩を怒いからして、得々とく〱として其門に入つて行つたと思ふと、言ふに言はれぬ懐なつかしい心地がして、其時分のことが簇々むら〱と思ひ出されるのが例つねだ。で、何どうして自分が其学校に通ふ事に為なつたかと言ふと、夫それは自分が陸軍志願であつたからで自分の兄は非常な不平家の処から、規則正しい学校などに入つて、二年も三年も懸かゝつて修業するのなら誰にでも出来る、貴様は少くともそんな意気地の無い真似を為してはならぬ。何でも早く勉強して、来年にも幼年学校に入るやうにしなければ、一体男児をとこの本分が立たゝぬではないか。と言つた風に油を懸かけられたので、それで当時規則正しい、陸軍志願の学生には唯一の良校と言はれた市谷の成城学校にも入らずに、態々わざ〱速成といふ名に惚ほれて、そのつまらぬ学校の生徒と為なつたのであつた。今から思ふと、随分愚かな話ではあるが、自分はいくらか兄の東洋豪傑流の不平に感化されて居つたから、それを好い事と深く信じ、来年は必ず幼年学校に入らなければならぬと頻しきりに学問を励んで居た。

忘れもせぬ、自分の其学校に行つて、頬に痣あざのある数学の教師に代数の初歩を学び始めて、まだ幾日いくかも経へぬ頃に、新に入学して来た二人の学生があつた。一人は髪の毛の長い、色の白い、薄痘痕うすあばたのある、背の高い男で、風采は何所どことなく田舎臭ゐなかくさいところがあるが、其の柔和な眼色めつきの中うちには何所どことなく人を引付ける不思議の力が籠こもつて居て、一見して、僕は少なからず気に入つた。一人はそれとは正反対に、背の低い、色の浅黒い痩やせこけた体格で、其顔には極ごく単純な思想が顕あらはれて居るばかり、低頭勝うつむきがちなる眼には如何いかなる空想の影をも宿して居るやうには受取れなかつた。二人とも綿めんの交つた黒の毛糸の無意気ぶいきな襟巻えりまきを首に巻付けて、旧ふるい旧い流行後れの黒の中高帽を冠つて(学生で中高帽などを冠つて居るものは今でも少い)それで、傍そばで聞いては、何とも了解わからぬやうな太甚はなはだしい田舎訛ゐなかなまりで、互に何事をか声高く語り合ふので、他の学生等はいづれも腹を抱へて笑はぬものは無い。

「イット、エズ、エ、デック」

とナショナルの読本リードルの発音が何うしても満足に出来ぬので、二人はしたゝか苦しんで居たが、ある日、教師から指名されて、「ズー、ケット、ラン」と読方を初めると……、生徒は一同どつと笑つた。

漢学の素読そどくの仕方がまた非常に可笑をかしかつた、文章軌範の韓退之かんたいしの宰相さいしやうに上たてまつるの書を其時分我々は読んで居つたが、それを一種可笑をかしい、調子を附けずには何うしても読めぬので、それが始まるといつも教場を賑にぎはすの種たねとならぬ事は無かつたのである。

ある日、自分が課業を終つて、あたふたとその学校の門を出て行くと、自分より先にその田舎の二人が丸で兄弟でもあるかの様に、肩と肩とを摩合すりあはせて、頻しきりに何事をか話しながら歩いて行く。

声を懸けようと思つたけれど、黙つて自分は先へ行つて了しまつた。

次の日も二人睦むつましさうに並んで行く。

矢張声を懸けなかつた。

次の日も……

又其次の日も矢張同じやうに肩を摩り合せて、同じやうにさも睦しさうに話し合つて行くので、彼等は一体何所どこに行くのか知らん、自分等の帰る方角に帰つて行くのか知らんと思ひながら、ふと、

「君達は何処どこです」

と突然尋ねた。

急に答は為せずに丁寧に会釈ゑしやくしてから、

「私等わしらあですか、私等は四谷よつやの塩町しほちやうに居るんでがすア」

と背の高い方がおづ〱答へた。

「僕も四谷の方に行くんだ!」

と自分も言つた。其頃自分は牛込の富久町とみひさちやうに住んで居たので、其処に帰るには是非四谷の塩町は通らなければならぬ。否、四谷の大通には夜などよく散歩に出懸でかくる事がある身の、塩町附近の光景には一方ひとかたならず熟して居る。玩弄屋おもちややの隣に可愛い娘の居る砂糖屋、その向ふに松風亭といふ菓子屋、鍛冶屋かぢや、酒屋、其前に新築の立派な郵便電信局……。

二三歩歩いてから、

「塩町つて、……僕はよく知つてるが、塩町の何処です、君達の居る家は……」

「塩町の……湯屋の二階に来て居るんでさア」

「湯屋つて言へば、あの角に柳のある?」

「左様でがさア」

「それぢや僕も入つた事がある湯屋だ。彼処あすこには背の低い、にこ〱した妻君が居る筈はずだ」

「好く知つて居やすナア」

と驚いた様子。

「それぢや、いつでも僕が帰る道だから、これから一所に帰らうぢやありませんか」

「さう願へりや、はア結構だす……」

と背の低い方が答へた。

又二三歩黙つて歩いた。

「それで君達の国は一体何処です?」

「私等の国ですか、私等の国は信州でがすが……」

「信州の何処どこ?」

「信州は長野の在でがすア」

「何時いつ東京こつちに来たのです」

「去年の十二月、来たんですが、山中やまんなかから、はア出て来たもんだで、為体えていが分らないでえら困りやした」

「塩町の湯屋は親類ですか」

「親類ぢやありやしねえが、村の者で、昔村で貧乏した時分、私等の親が大層世話をした事がある男でさア。十年前に国元ア夜逃げする様にして逃げて来たゞが、今ぢやえら身代しんだいのう拵こしらへて、彼地処あすこでア、まア好い方だつて言ふたが、人の運て言ふものは解らねえものだす」

自分はこの時からこの二人に親しく為なつたので、段々話を為して見ると、言ふに言はれぬ性質の好い処があつて、背の高い方は田舎者に似合はぬ才をも有もつて居るし、又背の低い方は自分と同じく漢詩を作る事を知つて居るので、一月もその同じ道を伴立つれだつて帰る中うちには、十年も交つた親友のやうに親しくなつて、互の将来の思想も語り合へば、互の将来の目的も語り合つて、時間の都合で一所に帰られぬ時は非常に寂さびしく感ずるといふ程の交情になつて了つた。自分は四谷御門の塵埃ほこりの間を歩きながら、幾度二人に向つて、陸軍志願を勧めたであらうか。幾度二人に漢学の修養の必要を説いたであらうか。自分は其頃兄に教はつて居た白文はくぶんの八家文はつかぶんの難解の処を読み下し、又は即席に七絶ぜつを賦ふして、大いに二人を驚かした。ことに背の低い山県行三郎やまがたかうざぶらうといふのは、自分の漢詩に巧たくみであることを知つて、喜んでその自作の漢詩を示し、好くその故郷ふるさとの雪の景色を説明して自分に聞かせた。自分の若い空想に富んだ心は何どんなにその二人の故郷の雪景色なるものを想像したであらうか。二人は言ふのである。自分の故郷は長野から五里、山又山の奥で其の景色の美しさは、とても都会の人の想像などでは解りこは無ねえだアと。否、そればかりではない、背の低い山県は学問の時間の間に、その古い手帳をひろげて、其処に描かれたる拙つたない一枚の写生図を示し、これが私の家、これが杉山君の家、こゝにこんもりと茂つて居るのは村の鎮守、それから少し右に寄つて同じ木立こだちのあるのは安養寺といふ村の寺、私等の逃げて来たのは(かれ等は親の許さぬのに、青雲せいうんの志こゝろざしに堪へかねて脱走して来たのである)十二月の十三日の夜で、地上には雪が四五尺も積つて、それの堅く氷つてる上に、月が寒く美しく照り渡つて、何とも言へない光景だつた。私は杉山君と昼間約束して置いたから、鎮守の向ふに行つて待つて居ると、やがて杉山君は遣やつて来る。二人連れ立つて歩み出す。追手のかゝらぬやうに為するには何でも夜の中に長野に行つて、明日の一番の汽車に乗らなければならぬ。と言ふので、一生懸命に歩いたが、村が見えなくなつた時は流石さすがに胸が少し迫つて、親達は嘸さぞ驚く事であらう。こんな無理な事を為しないでも、打明けて頼んだなら、公然東京に出して呉れるであらうと思つた……などといふ事を自分に話した。自分はいよ〱空想を逞たくましうして、其村、その静かな山の中の村に一度は是非行つて見度いと、其頃から自分の胸はその山中の一村落に向つて波打なみうちつゝあつたので……。猶なほ詳しく聞くと、その村には尾谷川をたにがはといふ清い渓流けいりうもあるといふ。その岸には水車が幾個となく懸つて居て、春は躑躅つゝじ、夏は卯うの花、秋は薄すゝきとその風情ふぜいに富んで居ることは画にも見ぬところである相さうな。又その村の山の畠には一面雪ならぬ蕎麦そばの花が咲き揃そろつて、秋風のさびしく其上を吹き渡る具合など君でも行つたなら、何んなに立派な詩が出来るか知れぬとの事。あゝ本当にその仙境はどんな処であらうか。山と山とが重り合つて、其処に清い水が流れて、朴訥ぼくとつな人間が鋤すきを荷になつて夕日の影にてく〱と家路をさして帰つてゆく光景。それを想像すると、空想は空想に枝葉を添へて、何だか自分の眼の前には西洋の読本リーダーの中の仙女フエリーの故郷がちらついて何うも為ならぬ。

三

二人の寄寓して居る塩町の湯屋の二階、其処に間もなく自分は行くやうになつた、二階は十二畳敷二間ふたまで、階段はしごを上つたところの一間の右の一隅かたすみには、欅けやきの眩々てら〱した長火鉢が据ゑられてあつて、鉄の五徳に南部の錆さびた鉄瓶てつびんが二箇ふたつ懸かゝつて、その後にしつかりした錠前ぢやうまへの附いた総桐そうぎりの箪笥たんすがさも物々しく置かれてある。総じて室へやの一体の装飾かざりが、極ごく野暮な商人あきうどらしい好みで、その火鉢の前にはいつもでつぷりと肥つた、大きい頭の、痘痕面あばたづらの、大縞おほしまの褞袍どてらを着た五十ばかりの中老漢ちゆうおやぢが趺坐あぐらをかいて坐つて居るので、それが又自分が訪たづねると、いつも笑ひながら丁寧に会釈ゑしやくを為するのが常であつた。この主人公が即すなはち二人の山の中から出身した昔の無頼漢ぶらいかんなるもので、二十年前には村の中にも其五尺の身を置く事が出来なかつたのであるが、人間の運といふものは解らぬ者で、二十九歳の時に夜逃を為して、この東京に遣やつて来て、蕎麦屋の坦夫かつぎ、質屋の手伝、湯屋の三助とそれからそれへと辛抱して、今では兎とに角かく一軒の湯屋の主人と成り済すまして、財産の二三千も出来たといふ、まア感心すべき部類に入れても差支ない人間であつた。であるから自分の村の者と言へば、随分一肌抜いで、力にもなつて遣るので、その山の中から来た失意の人間は、多くはこれを便たよつて来て、三助から段々湯屋の主人に立身しようとして居る人間も随分あるといふ事だ。全体信濃しなののその二人の故郷といふのは、越後ゑちごの方に其境を接して居るから、出稼でかせぎといふ一種の冒険心には此上もなく富んで居るので、また現在その冒険に成功して、錦を故郷に飾つた例ためしはいくらも眼の前に転ころがつて居るから、志を故郷に得ぬものや、貧窶ひんるの境きやうに沈淪ちんりんして何どうにも彼かうにもならぬ者や、自暴自棄に陥つた者や、乃至ないしは青雲の志の烈しいものなどは、恰あたかも渓流の大海だいかいに向つて流れ出づるが如く、日夜都会に向つて身を投ずるのを躊躇ちうちよしないのであつた。あゝこの山中の民の冒険心。

で、自分は愈いよ〱その山中の二人の青年と親しくなつて、果ては殆ほとんど毎日のやうにその二階を訪問した。春はやゝ過ぎて、夕の散歩の好時節になると、自分はよく四谷の大通を散歩して、帰りには必ずその柳のある湯屋に寄つてみる。すると、二階の上から田舎の太神楽だいかぐらに合せる横笛の声がれろれろ、ひーひやらりと面白く聞えて、月がその物干台の上に水の如く照り渡つて、その背の低い山県の姿が、明かな夜の色の中に黒くくつきりと際立きはだつて見える。

「おい、山県君!」

と下から声を懸ける。

と……笛の音ねがばつたり止む。

「誰だか」

と続いて田舎訛ゐなかなまりの声。

「僕、僕、富山とみやま!」

「富山君か、上あがんなはれ」

その物干台! その月の照り渡つた物干台の上で、自分等は何んなにその美しい夜を語り合つたであらうか。今頃は私等の故郷でもあの月が三峯みつみねの上に出て、鎮守の社やしろの広場には、若い男や若い女がその光を浴びながら何の彼かのと言つて遊び戯れて居るであらう。斑尾山まだらをさんの影が黒くなつて、村の家々より漏るゝ微かな燈火ともしびの光! あゝ帰りたい、帰りたいと山県は懐郷の情に堪へないやうに幾度もいふ。自分も何んなにその静かな山中の村を想像したであらうか。

半年程立つた頃、自分は又その同じ村の青年の脱走者を二人から紹介された。顔の丸い、髪の前額ひたひを蔽おほつた二十一二の青年で、これは村でも有数の富豪の息子であるといふ事であつた。けれど自分は杉山からその新脱走者の家の経歴を聞いたばかり、別段二人ほど懇意にはならなかつた。杉山の言ふ所によると、その根本ねもと(青年の名は根本行輔かうすけと言ふので)の家柄は村では左程重きを置かれて居ないので、今でこそ村第一の富豪かねもちなどと威張つて居るが、親父の代までは人が碌々ろく〱交際も為しない程の貧しい身分で、その親父は現に村の鎮守の賽銭さいせんを盗んだ事があつて、その二十七八の頃には三之助(親父の名)は村の為めに不利な事ばかり企らんでならぬ故いつそ筵こもに巻いて千曲川ちくまがはに流して了はうではないかと故老の間に相談されたほどの悪漢であつたといふ事である。それがある時、其頃の村の俄分限にはかぶんげんの山田といふ老人に、貴様も好い年齢としをして、いつまで村の衆に厄介を懸けて居るといふ事もあるまい。もう貴様も到底たうてい村では一旗挙げる事は難しい身分だから、一つ奮発して、江戸へ行つて皆の衆を見返つて遣らうといふ気は無いか。私わしなどを見なされ、一度は随分村の衆に馬鹿にされて、口惜しい〱と思つたが、今では何うやらかういふ身になつて、人にも立てられる様になつた。三之助、貴様は本当に一つ奮発して見る気は無いか。と懇々説諭されて、鬼の眼に涙を拭き〱、餞別せんべつに貰つた金を路銀ろぎんにして、それで江戸へ出て来たが、二十年の間に、何う転んで、何う起きたか、五千といふ金を攫つかんで帰つて来て、田地を買ふ、養蚕やうさんを為る、金貸を始める、瞬またゝく間に一万の富豪しんだい! だから、村では根本の家をあまり好くは言はぬので、その賽銭箱の切取つた処には今でも根本三之助窃盗と小さく書いてあつて、金を二百円出すから、何うかそれを造り更かへて呉れろと頼んでも、村の故老は断乎だんことしてそれに応じようともせぬとの事である。その長男がまた新しい青雲を望んで、ひそかに国を脱走するといふのは……何と面白い話では無いか。

けれど自分がこの三人と交際したのは纔わづか二年に過ぎなかつた。山県は家が余り富んで居ない為め、学資が続かないで失望して帰つて了ふし、根本は家から迎ひの者が来て無理往生に連れて行つて了ふし、唯一人杉山ばかり自分と一緒に其志を固く執とつて、翌年の四月陸軍幼年学校の試験に応じたが自分は体格で不合格、杉山は亦また学科で失敗して、それからといふものは自分等の間にもいつか交通が疎うとくなり、遂つひには全く手紙の交際になつて了つた。杉山は猶なほ暫く東京に滞とゞまつて居た様子であつたが、耳にするその近状はいづれも面白からぬ事ばかりで、やれ吉原通よしはらがよひを始めたの、筆屋の娘を何うかしたの、日本授産館の山師に騙だまされて財産を半分程失なくしたのと全く自暴自棄に陥つたやうな話であつた。それから一年程経つて失敗に失敗を重ねて、茫然ぼんやり田舎に帰つて行つた相だが、間もなく徴兵の鬮くじが当つて高崎の兵営に入つたといふ噂うはさを聞いた。

四

五年は夢の如く過ぎ去つた。

其の五年目の夏のある静かな日の事であつた。自分は小山から小山の間へと縫ふやうに通じて居る路を喘あへぎ〱伝つて行くので、前には僧侶の趺坐ふざしたやうな山が藍あゐを溶とかしたやうな空に巍然ぎぜんとして聳そびえて居て、小山を開墾した畑には蕎麦そばの花がもうそろ〱その白い美しい光景を呈し始めようとして居た。空気は此上も無く澄んで、四面の山の涼しい風が何処から吹いて来るとも無く、自分の汗になつた肌を折々襲つて行くその心地好さ! これは山でなければ得られぬ賜たまものと、自分はそれを真袖まそでに受けて、思ふさま山の清い〔冫+影〕気けいきを吸つた。十年都会の塵にまみれて、些いさゝかの清い空気をだに得ることの出来なかつた自分は、長野の先の牟礼むれの停車場で下りた時、その下を流るゝ鳥居川の清渓と四辺あたりを囲む青山の姿とに、既に一方ひとかたならず心を奪はれて、世にもかゝる自然の風景もあることかと坐そゞろに心を動かしたのであるが、渓橋を渡り、山嶺さんれいをめぐり、進めば進むほど、行けば行くだけ、自然の大景は丁度ちやうど尽きざる絵巻物を広げるが如く、自分の眼前に現はれて来るので、自分は益々興を感じて、成程これでは友が誇つたのも無理ではないと心しんから思つた。

小山と小山との間に一道の渓流けいりう、それを渡り終つて、猶其前に聳えて居る小さい嶺みねを登つて行くと、段々四面あたりの眺望てうばうがひろくなつて、今迄越えて来た山と山との間の路が地図でも見るやうに分明はつきり指点せらるゝと共に、この小嶺せうれいに塞ふさがれて見得なかつた前面の風景も、俄にはかにパノラマにでも向つたやうにはつと自分の眼前に広げられた。

上州境の連山が丁度ちやうど屏風びやうぶを立廻したやうに一帯に連つらなり渡つて、それが藍あゐでも無ければ紫でも無い一種の色に彩いろどられて、ふは〱とした羊の毛のやうな白い雲が其絶巓ぜつてんからいくらも離れぬあたりに極めて美しく靡なびいて居る工合、何とも言ヘぬ。そして自分のすぐ前の山の、又その向ふの山を越えて、遙はるかに帯を曳ひいたやうな銀しろがねの色のきらめき、あれは恐らく千曲ちくまの流れで、その又向ふに続々と黒い人家の見えるのは、大方中野の町であらう。と思つて、ふと少し右に眼を移すと、千曲川の沿岸とも覚しきあたりに、絶大なる奇山の姿!

何と言ふ山か知らん……と自分は少時しばらくその好景に見惚みとれて居た。

ふと背負籠しよひかごを負つた中老漢ちゆうおやぢが向ふから上のぼつて来たので、

「あの山は?」

と指ゆびさして尋ねた。

「あれでがすか、あれははア、飯山いひやまの向ふの高社山かうしやざんと申しやすだア」

あれが高社山! よく友の口から聞いたと思ふと、其時の事が簇々むら〱と思ひ出されて今更其頃が懐なつかしい。其頃は其仙境を何時いつ尋ねて行かれるであらうか、或は一生尋ねて行く事が出来ぬかも知れぬなどと思つて居たが、五年後の今日かうして尋ねて行くとは、如何に縁の深い事であらう。

「塩山村しほやまむらへはまだ余程あるかね」

「塩山へかね」と背負籠しよひかごを傍かたはらの石の上に下して、腰を伸しながら、「塩山へは此処からまだ二里と言ひやすだ。あの向ふの大でかい山の下に小こまかい山が幾箇いくつとなく御座らつせう。その山中やまんなかだアに……」

「塩山に根本といふ家はあるかね」

と自分は更に尋ねた。

「根本………御座らしやるとも、根本ていのア、塩山では一等の丸持大尽まるもちだいじんでごわすア」と答へて、更に、「で貴郎あんたア、根本さア処とけの御客様おきやくさんかね」

「其処に行輔かうすけといふ子息むすこが有るだらう?」

「御座らつしやる」と言つて吸ひ懸けた烟草たばこの烟けむりを不細工な獅子鼻からすうと出し、「大尽どこの子息に似合ねえ堅い子息でごわすア、何でも東京へ行かしつた時にア、それでも四五百も遣つたといふ噂だが、それから堅くなつて、今ぢや村でも評判ものでごわす」

「一体汝おまへは何処だね? 塩山かね」

「いんにや、塩山ではごへん、その一つ前の村の倉沢でごわす」

「もう根本は女房かみさんを持つたらう」

「嚊かゝさまでごわすか、持ちましたとも、……えいと……あれは確か三年前で、芋子村いもこむらの大尽の娘さアだ」

「子供は?」

「まだごわしねえ、もう出来さうな者だつて此間こねえだも父様とつさまえらく心配しんぺいのう為しで御座らしやつたけ」

「それでは山県といふのも知つてるだらう」

「山県――はア学校の先生様さんだア、私等が餓児がきも先生様の御蔭にはえらくなつてるだア。好えい優しい人で、はア」

「それでは杉山は何うしてるね」

「えらく、貴郎ア、塩山の人の名前知つて御座らつしやるだア。貴郎ア、若い者等が東京に出た時懇意に為なすつて居た先生だかね……」

言懸けてじろ〱と自分の顔を見て、

「……杉山の子息……あれア、今は徴集されて戦争いくさ(日清戦争)に行つてるだ。あの山師にや、村ではもう懲々こり〲して居るだア。長野に興業館といふ東京の山師の出店でだな見ていなものを押立おつたてて、薬材くすりで染物のう御始おつぱじめるつて言つて、何も知らねえ村の者を騙だまくらかして、何でもはア五六千円も集めただア。それを皆な妾めかけを置いたり、芸妓げいしやを家に引摺込ひきずりこんだり、遊廓に毎晩のやうに行つたり、二月ばかりの中に滅茶〱にして仕舞つたゞア。……恐ろしい虚言家うそつきでナ、私等も既すんでの事欺騙だまくらかされる処でごわした」

「家は今何うしてるね」

「家でごすか、余程あれの為めに金のう打遣ぶつつかつたでがすが爺様とつさままだ確乎しつかりして御座らつしやるし、廿年前までは村一番の大尽だつたで、まだえらく落魄おちぶれねえで暮して御座るだ」

と言つたが、ふと思出した様に、

「塩山つていふ村は、昔からえらく変り者を出す所でナア、それが為めに身代しんだいを拵こしらへる者は無ねえではねいだが、困つた人間も随分出るだア」

「今でも困つた人間が居るかね」

中老漢ちゆうおやぢは岩の上に卸した背負籠を担になつて、其儘そのまゝ歩き出さうとして居たが、自分に尋ねられて、

「つい、今もそれで大騒ぎをして居るだア」

と言つた。

そして、その大騒の何を意味して居るかを語らずに、其儘急いで向ふへと下りて行つて了つた。自分は猶少時しばらく其処に立つて、六年前の友が何んな生活を為して居るであらうかといふ事、其妻は如何いかなる人で、其家は如何なる家で、その家庭は何んな具合であるかといふ事などを思ふと、種々いろ〱なる感想が自分の胸に潮うしほのやうに集つて来て、其山中の村が何だか自分と深い宿縁を有もつて居るやうな気が為して、何うも為ならぬ。

一時間後には、自分はもう其懐かしい村近く歩いて居た。成程山又山と友の言つたのも理ことわりと思はるゝばかりで、渓流はその重り合つた山の根を根気よく曲り曲つて流れて居るが、或ところには風情ある柴の組橋くみはし、或るところには竜たつの住みさうな深い青淵あをふち、或は激湍げきたん沫あわを吹いて盛夏猶なほ寒しといふ白玉はくぎよくの渓たにがは、或は白簾はくれん虹にじを掛けて全山皆動くがごとき飛瀑ひばくの響、自分は幾度足を留めて、幾度激賞の声を挙げたか知れぬ。で、その曲り曲つた渓流に添つて、涼しい水の調しらべに耳を洗ひながら、猶三十分程も進んで行くと、前面むかふが思ひも懸かけず俄にはかに開けて、小山の丘陵のごとく起伏して居る間に、黄稲くわうたうの実れる田、蕎麦の花の白き畑、欝蒼こんもりと茂れる鎮守の森、ところどころに碁石を並べたやうに、散在して居る茅茸かやぶきの人家。

手帳の画がすぐ思出された。

あゝこの静かな村! この村に向つて、自分の空想勝なる胸は何んなに烈しく波打つたであらうか。六年間、思ひに思つて、さて今のこの一瞥いちべつ。

殊に、自分は世の塵の深きに泥まみれ、久しく自然の美しさに焦こがれた身、それが今思ふさまその自然の美を占める事が出来る身となつたではないか。この静かな村には世に疲れた自分をやさしく慰めて呉れる友二人まであるではないか。

顧ると、夕日は既に低くなつて、後の山の影は速くその鎮守の森に及んで居る。壁はいよ〱深碧ふかみどりの色を加へて、野中の大杉の影はくつきりと線を引いたやうに、その午後の晴やかな空に聳そびえて居る。山県の家は何でもその大杉の陰と聞いて居たので、自分は眼を放つてじつと其方そなたを打見やつた。

静かな村!

五

と思つた途端、ふと自分の眼に入つたものがある。大杉の陰に簇々むら〱と十軒ばかりの人家が黒く連つらなつて居て、その向ふの一段高い処に小学校らしい大きな建物があるが、その広場とも覚しきあたりから、二道の白い水が、碧みどりなる大空に向つて、丁度大きな噴水器を仕掛たごとく、盛さかんに真直に迸出へいしゆつして居る。

そしてその末が美しく夕日の光にかゞやき渡つて見える。

「あれは何だね」

折から子供を背負つた十歳とをばかりの洟垂はなたらしの頑童わんぱくが傍そばに来たので、怪んで自分は尋ねた。

「あれア、喞筒ポンプだい」

と言つたが、見知らぬ自分の姿に其儘走つて行つて了つた。

成程喞筒ポンプに相違ない。けれどこの静かな山中の村にあのやうな喞筒! 火事などは何十年有らうとも思はれぬこの山中に、あのやうな喞筒の練習! 自分は何だか不思議なやうな気が為して仕方が無かつたが、これは只たゞ何の意味も無い練習に止とゞまるのであらうと解釈して、其儘其村へと入つて行つた。先まづ最初に小さい風情ふぜいある渓橋、その畔ほとりに終日動いて居る水車、婆様ばあさんの繰車いとぐるまを回しながら片手間に商売をして居る駄菓子屋、養蚕やうさんの板籠を山のごとく積み重ねた間口の広い家、娘の唄うたを歌ひながら一心に機はたを織おつて居る小屋など、一つ〱顕あらはれるのを段々先へ先へと歩いて行くと、高低定さだまらざる石の多い路の凹処くぼみには、水が丸で洪水こうずゐの退ひいた跡でもあるかのやうに満ち渡つて、家々の屋根は雨あがりの後のごとく全く湿うるほひ尽して居る。

否、そればかりではない、それから大凡およそ十間ばかり離れたところには、新しい一箇ひとつの赤塗の大きな喞筒ポンプが据すゑられてあつて、それから出て居る一箇のヅックの管くだは後の尾谷をたにの渓流に通じ、二箇ふたつの径五寸ばかりの管は大空に向つて烈しい音を立てながら、盛んに迸出へいしゆつして居るのを認めた。

其周囲まはりには村の若者が頬かぶりに尻はしよりといふ体ていで、その数大凡およそ三十人許ばかり、全く一群ひとむれに為なつて、頻しきりにそれを練習して居る様子である。喞筒ポンプの水を汲み上げるもの、ヅックの管を荷になふもの、管の尖さきを持つて頻りに度合を計つて居るもの、やれ今少し力を入れろの、やれ管が少し横に曲るの、やれ洩るの、やれ冷いのと、それは一方ひとかたならぬ大騒で、世話人らしい印半纏しるしばんてんを着た五十格好かつかうの中老漢ちゆうおやぢが頻りにそれを指図して居るにも拘かゝはらず、一同はまだ好く喞筒の遣つかひ方に慣なれぬと覚しく、管から迸出する水を思ふ所に遣らうとするには、まだ余程困難らしい有様が明かに見える。一同は今水を学校の屋根に濺そゝがうとして居るので、頻しきりに二箇の管を其方向に向けつゝあるが、一度ひとたびはそれが屋根の上を越えて、遠く向ふに落ち、一度は見当違ひに一軒先の茅葺かやぶき屋根を荒し、三度目には学校の下の雨戸へしたゝか打ち付けた。

「やあ!」

と後で喝采かつさいした。

見ると、路の傍、家の窓、屋根の上、樹きの梢こずゑなどに老若男女殆ほとんど全村の人を尽したかと思はるゝばかりの人数が、この山中に珍らしい喞筒ポンプの練習を見物する為めに驚くばかり集つて居るので、旨うまく行つたとては、喝采し、拙まづく行つたとては、喝采し、やれ管が何どうしたの、やれ誰さんがずぶ濡ぬれになつたのと頻りに批評を加へるのであつた。

余り面白いので、自分は思はず立留つてそれを見た。この多い若者の中うちに自分の友が交つて居はせぬかとも思はぬではなかつたが、さりとて別段それを気にも留めずに、只たゞ余念なく見惚みとれて居た。自分の前には川に浸つけてある方の管が蛇ののたくつたやうに蟠わだかまつて、其中を今しも水が烈しい力で通つて行くと覚しく、針のやうな隙間から、しう〱と音して烈しく余流が迸出へいしゆつして居る。で、一同はやつとの思ひで、其目的の学校の屋根に涼しい一雨を降らせたが、ふと其群の一人――古い手拭を被かぶつて縞しまの単衣ひとへを裾短かに端折つた――が何か用が出来たと見えて、急いで自分の方へ下りて来た……と……思ふと、二人は顔を見合せた。

「おや、君ぢや無いか」

と自分は言つた。

「やア富山……さん!」

と根本行輔は驚いて叫んだ。

丸きり六年逢あはぬのだが、その風貌ふうばうといひ、その態度といひ、更に昔に変らぬので、これを見ても、山中の平和が、直ぐ自分の脳に浮んだ。

渠かれは限りなき喜悦よろこびの色を其穏かな顔に呈して、頻りに自分の顔を見て居たが、不図ふと傍かたはらに立つて居る其家の家童かどうらしい十四五の少年を呼び近づけて、それに、この御客様を丁寧に家に案内せよといふ事を命じ、さて自分に向つては、

「失礼だすが、村の若い者でこんな事を遣り懸けて居ますだで……一足先に家に行つて休んで居て下され。もうすぐ済むだで、跡から直きに参じますだに」

自分は小童に導かれて、其儘そのまゝ根本行輔の家へと行つた。一方稲の穂の豊年らしく垂れてゐる田、一方甜瓜まくはうりの旨うまさうに熟して居る畠の間の細い路を爪先上りにだら〱とのぼつて行くと、丘と丘との重り合つた処の、やゝ低く凹くぼんだ一帯の地に、一棟むねの茅葺かやぶき屋根と一つの小さい白壁造の土蔵とがあつて、其後には欅けやきの十年ほど経たつた疎まばらな林、その周囲には、蕎麦そばや、胡瓜きうりや唐瓜たうなすや、玉蜀黍たうもろこしなどを植ゑた畠、猶なほ近づくと、路の傍に田舎ゐなかには何処にも見懸ける不潔な肥料溜こやしだめがあつて、それから薪まきを積み重ねた小屋、雑草の井桁ゐげたの間に満遍なく生えて居る古い井ゐど、高く夕日の影に懸つて見える桔〔「槹」の「白」に代えて「自」〕はねつるべ、猶その前に、鍬くはや鋤すきを洗ふ為めに一間四方ばかり水溜が穿うがたれてあるが、これはこの地方に特有で、この地方ではこれを田池たねけと称となへて、その深さは殆ど人の肩を没するばかり、鯉こひ、鮒ふなの魚類をも其中に養つて、時には四五尺の大きさまで育てる事もあるといふ話。周囲には萱かややら、薄すゝきやらの雑草が次第もなく生ひ茂つて水際には河骨かうほね、撫子なでしこなどが、やゝ濁つた水にあたらその美しい影をうつして、居るといふ光景であつた。山県の話に、自分が十五六の悪戯盛いたづらざかりには相棒の杉山とよくこの田池たねけの鯉を荒して、一夜に何十尾といふ数を盗んで、殆ど仕末に困つた事があつたとの事を聞いて居つたが、その所謂いはゆる田池がこんな小さな汚穢きたない者とは夢にも思つて居らなかつた。否、其友の家――村一番の大尽の家をもこんな低い小さいものとは?

ふと見ると、その田池に臨んで、白い手拭を被つた一人の女が、頻しきりに草刈鎌を磨いで居る。

「神かみさまア、旦那様だんなさアに吩咐いひつかつて、東京の御客様ア伴つれて来たゞア」

と小童は突如だしぬけに怒鳴つた。

女は驚いて顔を上げた。何処と言つて非難すべきところは無いが、色の黒い、感覚の乏しい、黒々と鉄漿おはぐろを附けた、割合に老ふけた顔で、これが友の妻とすぐ感附いた自分は、友の姿の小さく若々しいのに比べて、いかにこの妻の丈高く、体格の大きいかといふ事に思ひ及んだ。これは大方東京で余り「老いたる夫と若い妻」との一行を見馴れた故せゐであらう。

自分はその妻の手に由よつて、直ちに友の父なる人に紹介された。父なる人は折しも鋸のこぎりや、鎌や、唐瓜たうなすや、糸屑などの無茶苦茶に散ちらばつて居る縁側に後向に坐つて、頻りに野菜の種を選分えりわけて居るが、自分を見るや、兼ねて子息むすこから噂うはさに聞いて居つた身の、さも馴々しく、

「これは〱東京の先生――好よう、まア、この山中やまんなかに」

といふ調子で挨拶あいさつされた。

流石さすがは若い頃江戸に出て苦労したといふ程あつて、その人を外そらさぬ話し振、その莞爾にこ〱と満面に笑ゑみを含んだ顔色かほつきなど、一見して自分はその尋常ならざる性質を知つた。輪廓の丸い、眼の鋭い、鼻の尖とがつた顔のつくりで、体格は丸で相撲取でもあるかのやうに、でつぷりと肥つて、体重は二十貫目以上もあらうかと思はれるばかりであつた。これが当年の無頼漢ぶらいかん、当年の空想家、当年の冒険家で、一度はこの平和な村の人々に持余されて、菰こもに包んで千曲川に投込まれようとまで相談された人かと思ふと、自分は悠遠いうゑんなる人生の不可思議を胸に覚えずには居られぬので。

此時、奴僕どぼくらしい三十前後の顔の汚い男が駆けて遣つて来て、

「大旦那さア、がいに暑いんで、馬が疲れて、寝そべつて、起きねえが、はア何どう為すべい」

と叫んだ。

「また寝そべつたか、困るだなア、汝われ、余り劇ひどく虐使こきつかふでねえか」

「虐使ふどころか、此間こねえだも寝反ねそべつただから、四俵つけるところを三俵にして来ただアが」

「何処どけへ寝反つてるだ」

「孫右衛門どんの垣かきねの処の阪で、寝反つたまゝ何うしても起きねえだ。己おらあ何うかして起すべい思つて、孫右衛門さん許とこへ頼みに行つただが、少ちひせい娘あまつ子こばかりで、何うする事も為得しえねえだ」

「仕方の無ねえ奴等だ」

と罵倒ばたうしたが、傍そばに立つて居る子息むすこの妻に向つて、

「ぢや御客様にはえらい失礼だが、私わしあ馬を起しに行つて来るだあから、お前は御客様を奥に通して、行輔が帰つて来る迄まで、緩ゆつくり御休ませ申して置け」

自分に向つては、

「それぢや、先生様失礼しやす!」

自分の挨拶をも聞かず、

「一所に歩あゆべ……おい、作公、何を愚図〱してやがるんだ?」

と怒鳴りながら走つて行つた。

同時に自分は奥の一室へと案内される。奥の一室――成程此処は少しは整頓して居る。床の間には何どんな素人しろうとが見ても贋にせと解り切つた文晁ぶんてうの山水さんすゐが懸かゝつて居て、長押なげしには孰いづれ飯山あたりの零落おちぶれ士族から買つたと思はれる槍が二本、さも不遇を嘆じたやうに黒く燻くすぶつて懸つて居る。けれど都とは違つて、造作は確乎しつかりとして居るし、天井は高く造られてあるから風の流通もおのづから好く、只たゞ、馬小屋の蝿さへ此処まで押寄せて来なければ、中々居心の好い静かな室へやであるのだが……

やがて妻君は茶器を運んで来たが、おづ〱と自分の前に坐つて、そして古くなつた九谷焼の急須きふすから、三十目くらゐの茶を汲んで出した。

「田舎は静かで好いですナア」

と自分はそれとなく言ふと、

「いゝえ、静かどころでは、……此頃は、はア、えらく物騒で……」

「何うしてゞす」

と自分は怪んで尋ねた。

「此頃は、はア、えらく火事があるんで、夜もゆつくり寝ては居られないで、はア」

「何うしてゞす?」

「何うしてといふ訳わけも無ねえだすが……」

と躊躇ためらふのを、

「放火つけびなのですか」

「はア」

「誰か悪い者でもあるんですか」

「はア、悪い者があつて、どうも困り切りますだア」

暫時しばらく沈黙だんまり。

「はア」と自分は緩ぬるい茶を一杯啜すゝつてから、「それでですナア、今喞筒ポンプを稽古して居るのは?」

「貴郎あんたさアも見て御座らしやつたゞか、火事が、はア、毎晩のやうにあつて、物騒で、仕方が無ねえものだで、村で、割前で金のう集めて、漸やうやく東京から昨日喞筒が出来て来ただア」

「東京から喞筒?」

「はア、昨日出来て来たばかしで……村にやもう何十年と火事なんぞは無いだで、喞筒なんぞは有りませんだつたが、今度は、はア仕方が無ねえのでごわす。そして、今夜にも火事が打始ぶつぱじまらねえ者でも無ねえといふので、若い者が午ひるから学校へ寄り集あつて、喞筒の稽古を為して居るんでごわす。……」と少時しばし途絶えて、「でも、……大方水は撒まいたやうだで、もう直ぢき帰つて来るでごわしやう」

と言つたが、更に気を更かへて、

「まア、御疲れだせうに、緩ゆつくり横にでも成つて休まつしやれ。牟礼むれには三里には遠いだすから」

と古い黒塗の枕を出して、そして挨拶して次の室まへ下つた。

見ると、中々好い眺望てうばうである。地位が高いので、村の全景がすつかり手に取るやうに見えて、尾谷川の閃々きら〱と夕日にかゞやく激湍げきたんや、三ツ峯の牛の臥ねたやうに低く長く連つらなつて居る翠微すゐびや、猶なほ少し遠く上州境の山が深紫の色になつて連つらなり亘わたつて居る有様や、ことに、高社山かうしやざんの卓すぐれた姿が、此処から見ると、一層魁偉くわいゐの趣おもむきを呈して居るので、その雲煙の変化が少なからず、自分の心を動かしたのであつた。あゝこの平和な村! あゝこの美しい自然! と思ふとすると、今言つた妻君の言葉がゆくりなく簇々むら〱と自分の胸に思ひ出された。この平和な村に喞筒ポンプ! この美しい村に放火! 殊に何十年とそんな例ためしが無かつたといふこの村に! これは何か意味が無くてはならぬ。これは必ず不自然な事があつたに相違ないと自分は思つた。空想勝なる自分の胸は今しもこの山中にも猶絶えない人生の巴渦うづまきの烈しきを想像して転うたた一種の感に撲うたれたのであつた。

六

「放火つけびが流行はやるツて言ふが、一体何どうしたんです?」

かう言つて自分は友に訊たづねた。これは一時間程前、友はその喞筒ポンプの稽古から帰つて来て、いろ〱昔の事や、よくこんな山中やまんなかに来て呉れたといふ事や、余り突然なので吃驚びつくりしたといふ事や、六年ぶりの何や彼かやを殆ほとんど語り尽した後で、自分の前には地酒の不味まづいのながら、二三本の徳利が既に全く倒されてあつて、名物の蕎麦そばが、椀に山盛に盛られてある。妻君は、田舎ゐなか流儀の馳走振に、日光塗の盆を控へて、隙すきが有つたなら、切込まうと立構へて居るので、既に数回の太刀打たちうちに一方ひとかたならず参つて居る自分は、太いたくそれを恐れて居るのであつた。友も稍やゝ酔つた様子で、漸やうやく戸外おもての闇くらくなつて行くのを見送つて居たが、不意に、かう訊たづねられて、われに返つたといふ風で、

「本当に因つて了しまふですア、夜も碌々ろく〱寝られないのですから」

「それで、一体、犯罪者が解らんのかね?」

「それア、もう彼奴きやつと極きまつて、居るんだが……」

「何故なぜ、捕縛しないのだね?」

「それが田舎ですア‥…」と友は言葉を意味あり気に長く曳いて、「駐在所に巡査ア、一人来て居る事は居るんだすが、田舎の巡査なんていふ者は、暢気のんきな者だで、嫌疑けんぎが懸つたばかりでは、捕縛する事ア出来ん。現行犯でなければ……とかう言つて済まして居りやすだア。一体、巡査先生の方がびく〱して居るんで御座ごわすア、だもんだで、彼奴きやつア、好い気に為なつて、始めからでは、もう十五六軒もツン燃やしましたぜ」

「十五六軒!」

「この小さい村、皆な合せても百戸位しか無ねいこの小さい村に、十五六軒ですだで、村開闢かいびやく以来の珍事として、大騒を遣つて居りますだア」

「それは左様さうだらう」

少時しばらく経たつてから、

「で、一体、その悪漢わるものは何者だね、村の者かね」

「はア、村の者でさア」

「村の者で、それでそんな大胆な事を為するといふのは、其処に何か理由がある事だらうが……」

「何アに、はア御話にも何にもなりやしやせん。放蕩者どらもので、性質たちが悪くつて、五六年も前から、もう村の者ア、相手に仕なかつたんでごすから」

「まだ若いのかね」

「いや、もう四十二三‥…」

「それぢや分別盛ふんべつざかりだのに……」

と自分は深く考へた。

「御口にア、合ひますめいけど、何にもがアせんだに、せめて、蕎麦なと上つてお呉れんし」

と妻君は盆を出した。

自分はもう十分であるといふ事を述べて、そして蕎麦の椀を保護すべく後に遺つた。それでは御酒ごしゆでもと妻君は徳利を取上げたので、それをも辞義してはと、前のを飲干して一杯受けた。

「それにしても……」と自分は口を開いて、

「十何回も放火を為するのに、一度位実行して居るところを見付けさうな者ですがナア」

「それが、彼奴きやつが実行するのなら、無論見付けない事は無いだすが、彼奴の手下に娘あまつ子こが一人居やして、そいつが馬鹿に敏捷すばしつこくつて、丸で電光いなづまか何ぞのやうで、とても村の者の手には乗らねえだ」

「それは奴の本当の娘なんですか」

「否いや、今年の春頃から、嚊かゝあ代がはりに連れて来たんだといふ話で、何でも、はア、芋沢いもさはあたりの者だつて言ふ事だす。此奴が仕末におへねえ娘あまつ子こで、稚ちひさい頃から、親も兄弟もなく、野原で育つた、丸で獣けだものといくらも変らねえと云ふ話で、何でも重右衛門(嫌疑者の名)が飯綱原いひつなはらで始めて春情いゝことを教へたとか言いふんで、それからは、村へ来て、嚊の代りを勤めて居るが、これが実に手におへねえだ。重右衛門が自身手を下すのでなく、この獣のやうな娘むすめつ子こに吩附いひつけて火を放つけさせるのだから、重右衛門と言ふ事が解つて居ても、それを捕縛するといふ事は出来ず、さればと言つて、娘つ子は敏捷すばしこくつて、捕へる事は猶々なほ〱出来ず、殆ど困つて仕舞つたでがすア」

「年齢としは何歳いくつ位?」

「まだ漸やつと十七位のもんだせう」

「それが捕へる事が出来ないとは! 高が娘むすめつ子こ一人」

「知らない人はさう思ふのは無理は無いだす。高が娘あまつ子こ一人、それを捕へる事が出来ぬとは、余り馬鹿〱しくつて話にも何にも為ならない様だが、それを知つて御覧なされ、それは実に驚いたもので、今其処に居たかと思ふと、もう一里も前に行つて居るといふ有様、若い者などがよく村の中央まんなかで邂逅でつくはして、石などを投はふりつけて遣やる事が幾度いくたびもある相だすが、中々一人や二人では敵かなはない。反対あべこべに眉間みけんに石を叩たゝき付けられて、傷を負つた者は幾人いくたりもある。それで此方こつちが五人六人、十人と数が多くなると、屋根でも、樹でも、する〱と攀上よぢのぼつて、丸で猫ででもあるかのやうに、森と言はず、田と言はず、川と言はず、直ちに遁にげて身を隠して了ふ。それは実に驚くべき者ですア」

此時、ふと、

「やあ!」

と言つて庭から入つて来た者があつた。見ると、それは懐なつかしい山県行三郎君で、自分が来たといふ事を今少し前に知らせて遣つたものだから、万事を差措さしおいて急いで遣つて来たのであつた。夏の夕は既に暮れて、夕暮の海の様に晴れ渡つた大空には、星が降るやうに閃きらめいて居るが、十六日の月は稍やゝ遅く、今しも高社山かうしやざんの真黒な姿の間から、其の最初の光を放たうとして、その先鋒せんぽうとも称すべき一帯の余光を既に夜露の深い野に山に漲みなぎらして居た。四辺あたりはしんとして、しつとりとして、折々何とも形容の出来ない涼しい好い風が、がさ〱と前の玉蜀黍たうもろこしの大きな葉を動かすばかり、いつも聞えるといふ虫の声さへ今宵こよひは何どうしてか音を絶つた。でも、黙つて、静かに耳を欹そばだてると、遠くでさら〱と流れて居る尾谷川の渓流の響が、何だか他界から来るある微妙な音楽でも聞くかのやうに、極めて微かに聞えて居る。

疎まばらな鎮守の森を透とほして、閃々きら〱する燈火の影が二つ三つ見え出した頃には、月が已すでにその美しい姿を高社山の黒い偉大なる姿の上に顕あらはして居て、その流るゝやうな涼しい光は先まづ第一に三峯みつみねの絶巓いたゞきとも覚しきあたりの樹立こだちの上を掠かすめて、それから山の陰に偏かたよつて流るゝ尾谷の渓流には及ばずに直ちに丘の麓ふもとの村を照し、それから鎮守の森の一端を明かに染めて、漸やうやく自分等の前の蕎麦の畑に及んで居る。洋燈ランプをさへ点つけなければ、其光は我等の清宴の座に充みちて居るに相違ないのである。

山県が来たので、一座の話に花が咲いて、東京の話、学校の話、英語の話、詩の話、文学の話、それからそれへと更にその興は尽きようともせぬ。果ては、自分は興きように堪へかねて、常々暗誦あんしようして居る長恨歌ちやうごんかを極めて声低く吟ぎんじ始めた。

「この良夜を如何いかんですナア」

と山県はしみ〲感じたやうに言つた。

此時鎮守の森の陰あたりから、夜を戒いましめる柝木ひやうしぎの音がかち〱と聞えて、それが段々向ふヘ〱と遠とほざかつて行く。

「今夜の柝木番は誰だえ、君ぢや無かつたか」

と根本は山県に訊たづねた。

「私わしだつたけれど、……富山君が来たと謂いふから、松本君に頼んで、代つて貰つたんです。その代り今夜十時から二時間ばかり忍びの方を勤めさせられるのだ」

「僕も二時から起される訳になつて居るんだが」と言つて、急に言葉を変へて、「それから、先程さつき聞くと、昼間あの娘つ子が喞筒ポンプの稽古を見て居たと言ふが、それア、本当かね」

「本当とも……総左衛門どんの家の角の処で、莞爾にこ〱笑ひながら見てけつかるだ。余り小癪こしやくに触るつて言ふんで、何でも五六人許ばかりで、撲なぐりに懸つた風なもんだが、巧にその下を潜くゞつて狐のやうに、ひよん〱遁にげて行つて了つたさうだ。……それから重右衛門も来て見物して居たぢやないか」

「重右衛門も?」

「あの野郎、何処まで太いんだか、見物しながら、駐在所の山田に喧嘩見たやうな事を吹懸ふつかけて居たつけ。何んだ、この藤田重右衛門が駐在所の巡査なんか恐れやしねえ、何んだ村の奴等ア、喞筒ポンプなんて、騒ぎやがつて、それよりア、この重右衛門に、お酒みきでも上げた方が余程効能きゝめがあるんだ。ツて、大きな声で呶ぬかして居やがつたつけ。何でも酒を余程飲んで居た風だつた」

「誰が酒を飲ましたのか知らん」

「誰がツて……野郎、又威嚇おどし文句で、又兵衛(酒屋の主人)の許とこへ行つて、酒の五合も喰くらつて来たんだ」

「困り者だナア」

と根本は心しんから独語つぶやいた。

「それから、言ふのを忘れたが、……先程さつき此処に来る時、あの森の傍で、がさ〱音が為するから、何かと思つて、よく見ると、あの娘つ子め、何かまご〱捜して居る。此奴こいつ怪しいと思つたから、何を為してるんだ! と態わざと大でかい声を懸かけて遣つた。すると、猫のやうな眼で、ぎよろツと僕を見て、そしてがさ〱と奥の方に身を隠して了つた。丸で獣に些ちつとも違はない……それから、私は、会議所に行つて、これ〱だから注意して呉れと言つて来た」

自分は二人の会話を聞きながら、山中の平和といふ事と、人生の巴渦うづまきといふ事を取留とりとめもなく考へて居た。月は段々高くなつて、水の如き光は既に夜の空に名残なごりなく充ち渡つて、地上に置き余つた露は煌々きら〱とさも美しく閃きらめいて居る。さらぬだに寂寞せきばくたる山中の村はいよ〱しんとして了つて、虫の音と、風の声と、水の流るゝ調べの外には更に何の物音も為せぬ。

一時間程経つた。

すると、不意に、この音も無くしんとした天地を破つて、銅鑼どらを叩いたなら、かういふ厭いやな音が為するであらうと思はれる間の抜けたしかも急な鐘の乱打の響!

二人は愕然ぎよつとした。

「又遣付やつつけた!」

と忌々いま〱しさうに叫んで、根本の父は一散に駆けて行つた。

「粂くめさんの家とこだア、粂さんの家だア」

と、誰か向ふの畔あぜを走りながら、叫ぶ者がある。山県はちらと見たが、「あ、僕の家らしい!」と叫んで、そして跣足はだしの儘まゝ、慌あわてて飛出した。

根本も続いて飛出した。

見ると、月の光に黒く出て居る鎮守の森の陰から、やゝ白けた一通の烟けむりが蜃気楼しんきろうのやうに勢よく立のぼつて、其中から紅あかい火が長い舌を吐いて、家の燃える音がぱち〱と凄すさまじく聞える。山際の寺の鐘も続いて烈しく鳴り始めた。

一散に自分も駆け出した。

七

田の畔くろを越えて、丘の上を抜けて、谷川の流を横よこぎつて、前から、後から、右から、左から、其方向に向つて走り行く人の群、それが丁度大海に集るごとく、鎮守の森の陰の路へと進んで来るので、平生いつもならば人も滅多に来ない鎮守の森の裏山は全く人の影を以て填うづめられて了つた。自分は駆出す事は駆出したが、今日来たばかりで道の案内も好く知らぬ身の、余り飛出し過ぎて思ひも懸けぬ災難に逢あつては為ならぬと思つたから、其儘少し離れた、小高いところに身を寄せて、無念ながら、手を束つかねて、友の家の焼けるのをじつと見て居た。

眼前に広げられた一場の光景! 今燃えて居るのは丁度鎮守の森の東表に向つた、大きな家で、火は既にその屋やねに及んで居るけれど、まだすつかり燃え出したといふ程ではなく、半分燃え懸けた窓からは、燻くすぶつた黒い色の烟けむりがもく〱と凄すさまじく迸ほとばしり出でて、それがすつかり火に為つたならば、下の二三軒の家屋は勿論もちろん、前の白壁の土蔵も危くはありはせぬかと思はれるばかりであつた。けれど消防組はまだ一向見えぬ様子で、昼間盛んに稽古して居たその新調の喞筒ポンプも、まだ其現場に駆け付けては居らなかつた。暫時しばらくすると、燻くすぶつて居た火は恐ろしく凄じい勢でぱつと屋根の上に燃え上る……と……四辺あたりが急に真昼のやうに明くなつて、其処等に立つて居る人の影、辛からうじて運び出した二三の家具、其他いろ〱の悲惨な光景が、極めて明かに顕あらはれて見える。火は既に全屋に及んで、その火の子の高く騰あがるさまの凄じさと言つたら、無い。幸ひに風が無いので、火勢は左程さほど四方には蔓延まんえんせぬけれど、下の家の危さは、見て居ても、殆ど冷汗が出るばかりである。

「喞筒ポンプ!」

と叫ぶ声。

「おい、喞筒は何を為して居るだアーい」

と長く曳いて叫ぶ声。

けれど、本当に何うしたのか、喞筒はまだ遣つて来るやうな様子も見えぬ。屋根の焼落つる度たびに、美しく火花を散した火の子が高く上つて、やゝ風を得た火勢は、今度は今迄と違つて士蔵の方へと片靡かたなびきがして来た。土蔵の上には五六人ばかり人が上つて頻しきりに拒ふせいで居た様子だつたが、これに面喰めんくらつてか、一人〱下りて、今は一つの黒い影を止めなくなつて了つた。

「熱つくて堪らねえ」

「まご〱して居ると、焼死んで了ふア」

「何うしやがつたんだ。一体、喞筒ポンプは? 気が利きかねえ奴等でねえか」

と土蔵から下りて来た人の会話らしい声がすぐ自分の脚下あしもとに聞える。

と、思ふと、向ふの低い窪地くぼちに簇々むら〱と十五六人許ばかりの人数が顕あらはれて、其処に辛うじて運んで来たらしいのは昼間見たその新調の喞筒である。

やがて火光に向つて一道の水が烈しく迸出へいしゆつしたのを自分は認めた。

「喞筒ポンプ確しつかり頼むぞい!」

「確かり遣れ」

「喞筒!」

と彼方あつち此方こつちから声が懸る。

で、その喞筒ポンプの水の方向は或は右に、或は左に、多くは正鵠せいこくを得なかつたにも拘かゝはらず、兎とに角かく、多量の水がその方面に向つて灑そゝがれたのと、幸ひ風があまり無かつたのとで、下なる低い家屋にも、前なる高い土蔵にもその火を移す事なしに、首尾よく鎮火したのである。

それが丁度十時二十分。

疲れたから、帰つて、寝ようかとも思つたが、火事の後の空はいよ〱澄んで、山中の月の光の美しさは、此の世のものとは思はれぬばかりであるから、少し渓流の畔ほとりでも歩いて見ようと、其儘そのまゝ焼跡をくるりと廻つて、柴の垣の続いて居る細い道を静かに村の方へと出た。

村へ出て見ると、一軒として大騒を遣つて居らぬ家は無く、鎮火と聞いて孰いづれも胸を安めたやうなものの、かう毎晩の様に火事があつては、とても安閑として生活して居られぬといふそは〱した不安の情が村一体に満ち渡つて、家々の角には、婦をんなやら、老人としよりやらが、寄つて、集たかつて、いろ〱喧かしましく語り合つて居る。

「本当にかう毎晩のやうに火事があつては、緩ゆつくり寝ても居られねえだ。本当に早く何どうか為して貰はねえでは……」

「駐在所ぢや、一体いつてい何を為て居るんだか、はア、困つた事だ」

前の老人らしい声で、

「駐在所で、仕末が出来でけねえだら、長野へつゝ走つて、何うかして貰ふが好えいし、長野でも何うも出来ねえけりや、仕方が無えから、村の顔役が集たかつて、千曲川へでも投込はふりこんで了ふが好えいだ」

「本当に左様さうでも為して貰はねいぢや……」

猶なほ少し行くと、

「まご〱してると、己おらが家とこもつん燃されて了ふかも知んねえだ。本当にまア、何うしたら好い事だか」

「困つた事だ」

とさも困つたといふやうな調子。

聞流して又少し歩いた。

「重右衛門がこんな騒動さわぎを打始ぶつぱじめようとは夢にも思ひ懸けなかつたゞ。あれの幼い頃はお互たげへにまだ記憶おぼえて居るだが、そんなに悪い餓鬼がきでも無かつたゞが……」

かう言つたのは年の頃大凡およそ六十五六の皺しわくちやの老婆であつた。それに向つて立つて居るのも、これも同じく其年輩らしい老婆の姿で、今しも月の光にさも感に堪へぬといふ顔色かほつきを為したが、前の老婆の言葉を受けて、「本当でごすよ。重右衛門は、妾わしの遠い親類筋だで、それでかう言ふのではごんせぬが、何アに、あれでも旨うまくさへ育てれや、こんな悪党にや為なりや仕ないんだす。一体祖父様ぢゝさまが悪かつただす。余あんまり可愛がり過ぎたもんだで……」

「だから、子供がきを育てるのも、容易ばかには出来ねえだ」

と他の老婆は言葉を合せた。

自分は其前をも行過ぎた。

すると、路の角に居酒屋らしいものがあつて、其処には洋燈らんぷが明るく点ついて居るが、中うちには七八人の村の若者が酒を飲んで、頻しきりに大きい声を立たてて居る。

立留つて聞くと、

「重右衛門は火事の中何処に行つて居たツて?」

「奴か、奴ア、直き山県さんの下の家に行つて、火事見舞に来たとか、何とか言つて、酒の馳走になつてけつかつた。あの位図太い奴ア無いだ」

「さういふ時、思ふさま、酒喰くらはして、ぐつと遣つて仕舞へば好いんだ」

「本当にそれが一番早道だア、と我おらア、いつでも言ふんだけど、まさか、それも出来ねえと見えて、それを遣つて呉れる人が無えだ」

「忌々いめ〱しい奴だなア」

と其中の一人が叫んだ。

自分は又歩き出した。路が其処から川の方に曲つて居るので、それについて左に曲り、猶なほ半町ほど辿たどつて行くと、もう其処は尾谷川の崖がけで、石に激する水声が、今迄種々いろ〱な悪声を聞いた自分の耳に、殆ほとんど天上の音楽の如く聞える。月はもう高くなつたので、渓流の半面はその美しい光に明かに輝いて居るが、向ふに偏かたよつた半面には、また容易に其光が到着しさうにも見えぬ。自分は崖に凭よつて、そして今夜の出来事を考へた。友の言葉やら、村の評判やらから綜合そうがふして見ると、この事件の中心に為なつて居る重右衛門といふ男は確かに自暴自棄に陥つて居るに相違ないと自分は思つた。けれど何うして渠かれはその自暴自棄の暗い境に陥つたのであらうか。先程の老婆の言ふ所によれば、祖父様が悪いのだ、あまり可愛がり過ぎたから、それで彼様あんな風に為つたのだと言ふけれど、単に愛情の過度といふのみで、それで人間が、己おのれの故郷の家屋を焼くといふ程の烈しい暗黒の境きやうに陥るであらうか。殊に此村には一種の冒険の思想が満ち渡つて居て、もし単に故郷に容いれられぬといふばかりならば、根本の父のやうに、又は塩町の湯屋のやうに、憤いきどほりを発して他郷に出て、それで名誉を恢復くわいふくした例ためしは幾許いくらもある。であるのに、それを敢あへて為しようとも為せず、かうして故郷の人に反抗して居るといふのは、其処に何か理由が無くてはならぬ。その理由は先天的性質か、それとも又境遇から起つた事か。

種々に空想を逞たくましうしたが、未だ其人をさへ見た事の無い身の、完全にそれを断定することが何うして出来よう。遂つひに思切つて、そして帰宅すべく家路に就いた。路は昼間小僮せうどうに案内して貰つて知つて居るから別段甚しく迷ひもせずに、やがて緑樹の欝蒼こんもりと生ひ茂つた、月の光の満足にさし透とほらぬ、少しく小暗をぐらい阪道へとかゝつて来た。村の方ではまだ騒いで居ると見えて、折々人声は聞えるけれど、此の四辺あたりはひつそりと沈まり返つて、木この葉はの戦そよぐ音すら聞えぬ。自分は月の光の地上に織り出した樹の影を踏みながら、阪の中段に構へられてある一軒の農家の方へと只たゞ無意味に近づいて行つた。

すると、その家の垣根の前に小さな人の影があつて、低頭うつぶきになつて頻りに何か為て居るではないか。勿論家の蔭であるから、それと分明はつきりとは解らぬが、その影によつて判断すると、それは確かに大人で無いといふ事がよく解る。自分は立留つた。そして樹の蔭に身を潜めて、暫しばしその為様せんやうを見て居た。

ぱツとマッチを擦する音!

同時に

「誰だ!」

と叫んで自分は走り寄つた。けれどその影の敏捷びんせふなる、とても人間業にんげんわざとは思はれぬばかりに、走寄る自分の袖そでの下をすり抜けて、電光いなづまの如く傍の森の中に身を没かくして了つた。跡には石油を灑そゝいだ材料に火が移つて盛さかんに燃え出した。

「火事だ、火事だア」

と自分は声を限りに叫んだ。

八

藤田重右衛門と言ふのは、昔は村でも中々の家柄で祖父の代までは田の十町も所有して、小作人の七八人も遣つかつた事のある身分だといふことである。家は丁度ちやうど尾谷川に臨んだ一帯の平地にあつて、樫かしの疎まばらな並樹なみきがぐるりと其の周囲を囲んで居る奥に、一棟むねの母屋おもや、土蔵、物置と、普請ふしんも尋常よのつねよりは堅く出来て居て、村に何か事のある時には、その祖父といふ人は必ず総代か世話人に選ばれるといふ程の名望家であつた。現に根本三之助の乱暴を働いた頃にも、その村の相談役で、千曲川ちくまがはに投込はふりこんで了しまへと決議した人の一人であつたといふ。性質の穏かな、言葉数の少ない、慈愛心の深い人で、殊に学問――と謂いふ程でも無いが、御家流おいへりうの字が村にも匹敵ひつてきするものが無い程上手で、他村への交渉、飯山藩の武士への文通などは皆この人に頼んで書いて貰ふのが殆ど例になつて居たといふ事である。この人は千曲川の対岸の大俣おほまたといふ処から、妻を娶めとつたが、この妻といふ人も至極好人物で、貧乏者にはよく米を遣つたり、金銭を施したりして、年が老とつてからは、寺参りをのみ課業として、全く後生ごしやうを願ふといふ念より外に他ほかは無かつた。であるのに、僅わづか一代を隔てて、何うしてこんな不幸がその藤田一家を襲つたのであらうか。何うしてその祖父祖母の孫に今の重右衛門のやうな、乱暴無慚むざんの人間が出たのであらうか。

その優しい正しい祖父祖母の問に、仮令たとへ女でも好いから、まことの血統を帯びた子といふ者が有つたなら、決してこんな事は無かつたらうとは、村でも心ある者の常に口に言ふ所であるが、不幸にもその祖父祖母の間には一人の子供も無かつたので、藤田の系統けつとうを継つがしむる為めに、二人は他の家から養子を為なければならなかつた。今の重右衛門の父と言ふのは、芋沢のさる大尽の次男で、母は村の杉坂正五郎といふものの三女である。何方どちらも左程悪い人間と言ふではないが、否、現に今も子息むすこの事を苦にして、村の者に顔を合せるのも恥しいと山の中に隠れて出て来ぬといふやうな寧むしろ正直な人間ではあるが、さりとて、又、祖父祖母のやうな卓すぐれて美しい性質は夫婦とも露ばかりも持つて居らなかつたので、母方の伯父をぢといふ人は人殺をして斬罪ざんざいに処せられたといふ悪い歴史を持つて居るのであつた。で、この夫婦養子の間なかに間もなく出来たのが、今の重右衛門。子の無い処の孫であるから、祖父祖母の寵愛ちようあいは一方ひとかたではなく、一にも孫、二にも孫と畳にも置かぬほどにちやほやして、その寵愛する様は、他所目よそめにも可笑をかしい程であつたといふ。処が、この最愛の孫に一つ悲むべきことがある。それは生れながらにして、腸の一部が睾丸かうぐわんに下りて居る事で、何うかしてこの大睾丸おほきんたまを治なほして遣やる方法は無いかと、長野まで態々わざ〱出懸けて、いろ〱医者にも掛けて見たけれど、まだ其頃は医術も開けて居らぬ時代の事とて、一時は腸に収まつて居ても、又何かの拍子で忽地たちまち元に復して了ふので、いくら可愛想に思つても、何どう為する事も出来なかつた。

これが又一層不便ふびんを増すの料となつて、孫や孫やと、その祖父祖母の寵愛は益ます〱太甚はなはだしく、四歳よつ五歳いつゝ、六歳むつは、夢のやうに掌たなごころの中に過ぎて、段々その性質があらはれて来た。けれど、子供の時分には、只非常に意地の強いといふばかりで、別段これと言つて他の童わらべに異つたところも無かつたといふ事だが、それでも今の老人の中には、重右衛門の子供にも似ぬ、一種茫然ぼんやりしたやうな、しつかりしたやうな、要領を得ない処があるのを記憶して居て、どうもあの子は昔から変つて居ると思つたと言ふ者もある。が、概して他の童にさしたる相違が無かつたといふのが、一般の評であつた。山県の総領の兄などはその幼い頃の遊び夥伴なかまで、よく一所に蜻蛉とんぼを交つるませに行つたり、草を摘みに行つたり、山葡萄やまぶだうを採とりに行つたり為た事があるといふが、今で、一番記憶に残つて居るのは、鎮守の境内で、鬼事おにごとを為る時、重右衛門は睾丸が大いものだから、いつも十分に駆ける事が出来ず、始終中しよつちゆう鬼にばかり為なつて居たといふ事と、山茱萸やまぐみを採りに三峯に行つた時、その大睾丸を蜂に食はれて、家に帰るまで泣き続けて居たといふ事と、今一つ、よく大睾丸を材料たねにして、いろ〱渾名あざなを付けたり、悪口を言つたり為するものだから、終しまひにはそれを言ひ始めると、厭いやな顔をして、折角せつかく楽しげに遊んで居たのも直ぐ止めて帰つて了ふやうになつたといふ事位のものであるさうな。けれど其先天的不具がかれの一生の上に非常に悲劇の材料と為つたのは事実で、人間と生れて、これほど不幸福ふしあわせなものは有るまい。それから愛情の過度、これも確かにかれの今日の境遇に陥つた一つの大なる原因で、大きくなる迄、孫や、孫やとやさしい祖父にちやほやされて、一時村の遊び夥伴なかまの中に、重右衛門と名を呼ぶ者はなく、孫や、孫やで通つたなども、かれの悲劇を思ふ人の有力なる材料になるに相違ない。

月日は流るゝ如く過ぎて、早くも渠かれは十七の若者となつた。其年の春、祖母は老病で死んで了つたが、此年ほど藤田家に取つて運の悪い年は無かつたので、其初夏には、父親が今年こそはと見当を付けて、連年の養蚕やうさんの失敗を恢復くわいふくしようと、非常に手を拡ひろげて養かつた蚕が、気候の具合で、すつかり外はづれて、一時に田地の半分ほども人手に渡して了ふといふ始末。かてて加へて、妻の持病の子宮が再発して、枕も上らず臥ふせつて居ると、父親は又父親で、失敗の自棄やけを医いやさん為め、長野の遊廓にありもせぬ金を工面して、五日も六日も流連ゐつゞけして帰らぬので、年を老とつた、人の好い七十近い祖父が、独ひとりでそれを心配して、孫や孫やと頻しきりに重右衛門ばかりを力にして、何うか貴様は、親父おやぢのやうに意気地なしには為つて呉れるな、祖父ぢいさんの代の田地でんちを何うか元のやうに恢復くわいふくして呉れと、殆ど口癖のやうに言つて居た。

御存じでは御座るまいが、村には若者の遊び場所と言ふやうなものがあつて、(自分は根本行輔の口からこの物語を聞いて居るので)昼間の職業しごとを終つて夕飯を済すと、いつも其処に行つて、娘の子の話やら、喧嘩の話やら、賭博ばくちの話やら、いろ〱くだらぬ話を為て、傍かたはら物を食つたり、酒を飲んだりする処がある。今では学校が出来て、教育の大切な事が誰の頭脳あたまにも入つて来たから、さういふ下らぬ遊を為するものも少く為なつたけれど、まだ私等の頃までは、随分それが盛んで、やれ平右衛門の二番娘は容色きりやうが好いの、やれ総助の処の末の娘が段々色気が付いて来たのと下らぬ噂を為するばかりならまだ好いが、若者と若者との間にその娘に就いての鞘当さやあてが始まる、口論が始まる、喧嘩が始まる、皿が飛ぶ、徳利が破こはれるといふ大活劇を演ずることも度々で、それは随分弊へいが多かつた。殊に其遊び場所の最も悪い弊と言ふのは、その若者の群の中にも自おのづから勢力の有るものと、無いものとの区別があつて、其勢力のある者が、まだ十六七の若い青年を面白半分に悪いところに誘つて行く、これが第一の弊だと思ふ。

私なども経験があるが、散々村の遊び場所で騒ぎ散して、さてそれから其処に集つて居る若者の総すべての懐中を改めて、これなれば沢山たくさんとなると、もう大分夜が更ふけ渡つて居るにも拘かゝはらず、其処から三里もある湯田中ゆだなかの遊廓へと押懸けて行く。其一群の中には、屹度きつと今夜が始めて……といふ初陣うひぢんの者が一人は居るので、それを挑おだてたり、それを戯からかつたり、散々飜弄ひやかしながら歩いて行くのが何よりも楽みに其頃は思つて居た。そして又、村の若者の親なども、これはもう公然止むを得ざる事と黙許して居て、「家の忰せがれもはア、色気が附いて来ただで、近い中に湯田中に遣らずばなるめい、お前方めいがた附いて居て、間違の無ねいやうに遊ばして呉らつしやれ」とその兄分の若い衆に頼むものさへある。兎とに角かく、村の若い者で、湯田中に遊びに行かぬ者は一人も無く、又初めての翌朝、兄分の者に昨夜ゆうべの一伍一什いちぶしじふを無理に話させられて、顔を赤く為しないものは一人も無い。

重右衛門を始めて湯田中に連れて行つたのは、勝五郎といふ其頃有名な兄分で、今では失敗して行衛ゆくへ知れずになつて居るが、それがよく重右衛門の初陣の夜の事を得意になつて人に話した。

「重右め、不具かたはだもんだで、姫つ子が何うしても承知しねえ、二夜ばん、三夜ばん、五夜ばんほど続けて行つて、姫つ子を幾人も変へて見たが、何奴どいつも、此奴も厭だアつてぬかして言ふ事を聞かねえだ。朝になつて、あの田中の堤どての上を茫然ぼんやり帰つて来ると、重右め、いつも浮かぬ顔をして待つて居る。咋夜ゆうべは何うだつたつて……聞くと、頭ア振つて駄目だアと言ふ。それが余り幾夜も続くので、私も、はア、終つひには気の毒になつて、重右だツて、人間だア。不具に生れたのは、自分われが悪いのぢやねえ。それだのに、その不具の為めに、女を知る事が出来ねえとあつては、これア気の毒だア。一つ肌を抜いで世話をして遣らうと思つて、それから私の知つて居る女郎屋の嚊様かゝさまに行つてこれ〱だつて話して遣つただ。すると、流石さすがは商売人だで、訳なく承知して呉れて、重右め、其処に行つて泊る事に為つただ。明日の朝、何んな顔をして居るかと思つたら、奴め、莞爾にこ〱と笑つて居やがる。背中を一つ喰はせて遣ると、いひ〱〱と笑やがつたが、其笑ひ様つて言つたら、そりや形容かたちにも話にも出来ねえだ。本当に、私あ、随分人を湯田中に連れて行つたが、重右の奴ぐらゐ、手数てかずの懸かゝつたのは無え」

と高く笑つて、

「それにしても、考へると、可笑をかしくつてなんねえだよ。あの大でかい睾丸を拘へてよ、それで姫ツ子を自由に為しようつて言んだから、こいつは中々骨が折れるあ!」

と言ふのが例だ。

で、其からといふものは、重右衛門は好く湯田中に出懸けて行つたが、金を費つかふ割に余りちやほやされないので、つねに悒々おふ〱として楽しまなかつたといふ事である。

其中には段々家は失敗に失敗を重ねて、祖父が一人真面目に心配して居るけれど、さてそれを何うする事も出来ず田地は益々人手に渡つて、祖父の死んだ時(それは丁度重右衛門が二十二の時であつた)にはもう田畠でんばた合せて一町歩位しか無かつたとの話だ。ことに、その祖父の死ぬ時に一つの悲しい話がある。それは、其頃重右衛門は湯田中に深く陥はまつて居る女があつたとかで、家の衰へて行くのにも頓着せず、米を売つた代価とか、蚕かひこを売つた金とかありさへすれば、五両なり十両なりそれを残らず引攫ひつさらつて飛出して、四日、五日、その金の有らん限り、流連ゐつゞけして更に家に帰らうとも為なかつた。父親と母親とは重右街門とは始めから仲が悪いので、商売を為るとか言つて、其頃長野へ出て居つたから、家には只死に瀕した祖父一人。その祖父は曾かつて孫を此上なく寵愛ちようあいして、凡およそ祖父の孫に対する愛は、遺憾ゐかんなく尽して居つたにも拘かゝはらず、その死の床には侍はべつて居るものが一人も無いとは!

二日程前から病に罹かゝつて、老人はその腰の曲つた姿を家の外に顕あらはさなかつたが、其三日目の晩に、あまり家の中がしんとして居ると言ふので、隣の者が行つて見ると、老人としより行火あんくわに凭より懸つたまゝ、丸くなつて打伏して居る。

「爺様ぢいさん! 何うだね」

と声を懸けても、返事が無い。

「爺様!」

と再び呼んでも、猶なほ返事を為ようとも為ない。これは不思議だと怪んで、急いで傍に行つて見ると、体がぐたりとして水涕みづつぱなを出したまゝ、早既に締ことが切れて居る。驚いて、これを村の世話役に報告する、湯田中の重右衛門に使を出す、と、重右衛門は遊廓の二階で、大睾丸を抱へて大騒を遣つて居る最中だつたさうで、祖父ぢゝが死んだといふ悲むべき報知を聞いても、更に涙一つ滴こぼさうでもなく、「死んで了つたものは仕方が無え、明日帰つて、緩ゆつくり葬礼ともれひを出して遣るから、もう帰つて呉れても好い」との無情な言草には、使の者も殆ほとんど呆あきれ返つたとの事だ。

兎に角重右衛門は此頃からそろ〱評判が悪くなつたので、その祖父の孫に対する愛を知つて居る人は、他村の者までも、重右衛門の最後の必ず好くないといふ事を私語さゝやき合つたのである。

祖父が死んだので、父親母親は一先ひとまづ村へ帰つて、少時しばらく其家に住んで居た。が、この親子の間柄あひだといふものは、祖父が余り過度に愛した故せゐでもあらうが、それは驚くばかり冷ひやゝかで、何かと言つては、直ぢき親子で衝突して、撲なぐり合ひを始める。仲裁に入ると、その仲裁に入つた者まで撲り飛ばして、傷を負はせるといふ有様なので、後には誰も相手に為る者が無くなつて了つた。で、この親と子の間に少なからざる活闘が演じられたが、重右衛門は体格が大きく、馬鹿力があつて、其上意地が非常に強く、酒を飲むと、殆ど親子の見さかひも無くなつて了ふものだから、流石さすがの親達も終つひには呆れ返つてこんな子息むすこの傍には居られぬ、と一年許ばかりして、又長野へ出て行つた。

これからが重右衛門の罪悪史である。祖父は歿なくなる、親は追出す、もう誰一人その我儘わがまゝを抑とめるものが無くなつたので、初めの中は自分の家の財産を抵当に、彼方あつち此方こつちから金を工面して、猶なほその放蕩はうたうを続けて居た。けれど重右衛門とて、丸きり意識を失つた馬鹿者でも無いから、満更その自分の一生に就いて思慮を費つひやさぬ事も無いので、時にはいろ〱その将来の事を苦にして、自分の家の没落をも何うかして恢復くわいふくしたいと思つた事もあつたらしい。其証拠には、それから、大凡およそ一年ばかり経つと、丸で人間が変つたかと思はれるやうに、もうふつゝりと女郎買をやめて、小作人まかせに荒れて居た田地を耕し、人の為めに馬を曳ひいて賃金を取り、養蚕やうさんの手伝をして日当を稼ぐなど、それは村の人が一時眼を聳そばだてる程の勤勉なる労働者と為つた

其頃である。稍やゝその信用が恢復しようとした頃である。村に世話好の男があつて、重右衛門も此頃では余程身持も修をさまつて来たやうだし、あゝ勤勉に労働する処を見ると、将来にも左程希望が無いとも云へぬ。一つ相応な嫁を周旋して、一層身が堅まるやうに為して遣らうではないかといふ者があつたが、それに賛成する者も随分あつて、彼れかこれかといよ〱相応の嫁を探して遣る事と為つた。

其候補者には誰が為つたらう。

その頃、村の尽頭はづれに老婆と一緒に駄菓子の見世みせを出して、子供等を相手に、亀の子焼などを商あきなつて、辛うじて其日の生活を立てて行く女があつた。生れは何でも越後ゑちごの者だといふ事だが、其処に住んだのは、七八年前の事で、始めはその父親らしい腰の曲つた顔の燻くすぶつた汚きたならしい爺様ぢいさまも居つた相だが、それは間もなく死んで、今では母の老婆と二人暮し。村の若い者などが時々遊びに行く事があつても、不器量で、無愛想で、おまけに口が少し訥どもると来て居るから、誰も物好に手を出すものもなく、二十五歳の今日まで、男といふものは猫より外に抱いた事も無かつた。けれど其性質は悪くはない相で、子供などには中々優しくする様子であるから、何うだ、重右衛門、姿色みめよりも心と言ふ譬たとへもある、あれを貰ふ気は無いかと勧めた。

重右衛門も流石さすがに二の足を踏んだに相違ないが、余りに人から執念しふねく勧めらるゝので、それでは何うか好いやうにして下され、私等は、ハア、どうせ不具者かたはものでごすでと言つて承知して、それより一月ならざるに、重右衛門の寂さびしい家宅いへにはをり〱女の笑ふ声が聞える様になつた。

村の人はこれで重右衛門の身が堅まつたと思つて喜んだのである。けれどそれは少くとも重右衛門のやうな性格と重右衛門のやうな先天的不備なところがある人間には間違つた皮相な観察であつた。一体重右衛門といふ男は負け嫌ひの、横着の、図々しいところがあつて、そして其上に烈はげしい〱熱情を有もつて居る。で、この熱情が旨うまく用ひられると、中々大した事業をも為るし、人の眼を驚かす程の偉功をも建てる事が出来るのだけれど、惜しい事には、この男にはこれを行ふ力が欠けて居る。先天的に欠けて居る。この男には「自分は不具者かたはもの、自分は普通の人間と肩を並べることが出来ぬ不具もの」といふ考が、小児こどもの中からその頭脳に浸しみ込んで居て、何かすぐれた事でも為ようと思ふと、直ぐその悲しむべき考が脳を衝ついて上つて来る。そしてこの不具者といふ消極的思想が言ふべからざる不快の念をその熱情の唯中に、丁度氷でもあるかのやうに、極めて烈しく打込んで行く。この不快の念、これが起るほど、かれには辛つらいことはなく、又これが起るほど、かれには忌々いま〱しい事はない。何故なぜ自分は不具に生れたか、何故自分は他の人と同じ天分を受ける事が出来なかつたか。

親が憎い、己おれを不具に生み付けた親が憎い。となると、自分の全身には殆ほとんど火焔くわえんを帯びた不動尊も啻たゞならざる、憎悪ぞうを、怨恨ゑんこん、嫉妬しつとなどの徹骨の苦々しい情が、寸時もじつとして居られぬほどに簇むらがつて来て、口惜くやしくつて〱、忌々いま〱しくつて〱、出来るものならば、この天地を引裂ひつさいて、この世の中を闇にして、それで、自分も真逆様まつさかさまにその暗い深い穴の中に落ちて行つたなら、何どんなに心地が快いいだらうといふやうな浅ましい心が起る。

かういふ時には、譬たとへ一銭の銅貨を持つて居らないでも、酒を飲まなければ、何うしても腹の中の虫が承知しない。仕方が無いから、居酒屋に飛んで行つて一杯飲む、二杯飲む。あとは一升、二升。

重右衛門の為めには、女房が出来たのは余り好い事では無かつたが、もし二人の間に早く子供が生れたなら、或は重右衛門のこの腹の虫を全く医いやし得たかも知れぬ。けれど不幸にも一年の間に子をつくることが出来なかつた二人の仲は、次第に殺伐さつばつに為なり、乱暴に為り、無遠慮になつて、そして、その場句あげくには、泣声、尖声とがりごゑを出しての大立廻。それも度重なつては、犬の喧嘩と振向いて見るものなく、女房の顔には殆ど生傷なまきずが絶えぬといふやうな寧むしろ浅ましい境遇に陥つて行つた。

その結果として、折角身持が治をさまり懸けた重右衛門が再び遊廓に足を踏み入れるやうに為り、少しく手を下し始めた荒廃した田地の開墾が全く委棄ゐきせられて了つたのも、これも余儀ない次第であらう。

倘もし、この危機に処して、一家の女房たるものが、少しく怜悧れいりであつたならば、狂瀾きやうらんを既に倒るゝに翻ひるがへし、危難を未いまだ来らざるに拒ふせぐは、さして難い事では無いのである。が、天は不幸なるこの重右衛門にこの纔わづかなる恩恵めぐみをすら惜んで与へなかつたので、尋常よりも尚なほ数等愚劣なるかれの妻は、この危機に際して、あらう事か、不貞腐ふてくされにも、夫の留守を幸ひに、山に住む猟師れふしのあらくれ男と密通した。

そして、それの露顕した時、

「だつて、その位くれゐは当あたり前めへだア。お前さアばか、勝手な真似して、己うらら尤とがめられる積せきはねえだ」

とほざいた。

重右衛門は怒つたの、怒らないのツて、

「何だ、この女あま!」

と一喝して、いきなり、その髪を執とつて、引摺倒ひきずりたふし、拳こぶしの痛くなるほど、滅茶苦茶に撲なぐつた。そして半死半生になつた女房を尻目にかけて、其儘そのまま湯田中へと飛んで行つた。そして、酒……酒……酒。

で、これからと言ふものは、重右衛門は全く身を持崩して了つたので、女郎買を為するばかりではない、悪い山の猟師と墾意に為なつて、賭博ばくちを打つ、喧嘩を為る、茶屋女を買ふ、瞬またゝく間にその残つて居る田地をも悉こと〲く人手に渡して、猶なほ其上に宅地と家屋敷を抵当に、放蕩費はうたうひを借りようとして居るのだが、誰もあんな無法者に金を貸して、抵当として家屋敷を押へた処が、跡で何んな苦情を持出さぬものでもないと、恐毛おぞけ振つて相手に為せぬので、そればかりは猶其後少時しばし、かれの所有権ある不動産として残つて居た。

ある時かういふ奇談がある。

かれはその三日前ばかりから、湯田中に流連ゐつゞけして、いつもの馴染なじみを買つて居たが、さて帰らうとして、それに払ふべき金が無い。仕方が無いから、苦情やら忌味いやみやらを言はれ〱、三里の山道を妓夫ぎふを引張つて遣つて来て見ると家の道具はもう大方持出して叩き売つて仕舞つたので、これと言つて金目なものは一つも無い。妓夫は怒るし、仕末に困つて、何うしようと思つて居ると、裏の馬小屋で、主人が居ないので、三日間食はずに、腹を減へらして居つた、栗毛の三歳が、物音を聞き付けて、一声高く嘶いなゝいた。

「やア、まだ馬が居るア」

と言つて、平気でそれを曳出ひきだして、飯をも与ヘずに、妓夫に渡した。そして、彼はその馬を売つた残りの金を費つかふべく、再び湯田中へと飛び出して行つたのである。

其事が誰言ふとなく村の者に伝つて、孫(祖父の口癖に言つた)が馬を引張つて来て、又馬を引張つて行かれたとよと大評判の種となつた。

それから、三年。かれが到頭たうとう家屋敷を抵当に取られて、忌々いま〱しさの余あまりに、その家に火を放ち、露顕して長野の監獄に捕へらるゝ迄其間の行為は、多くは暗黒と罪悪とばかりで、少しも改善の面影おもかげを顕あらはさなかつたが、只たゞ一度……只一度次のやうな事があつた。

それは何でも其家屋の抵当に入つてから後の事だ相だが、ある日かれは金を借ようと思つて、上塩山かみしほやまの上尾あげを貞七の家を訪たづねた事があつた。この上尾貞七と謂いふのは、根本三之助などと同じく、一時は非常に逆境に沈淪ちんりんして、村には殆ど身を措おく事が出来ぬ程に為なつた事のある男で、それから憤いきどほりを発して、江戸へ出て、廿年の間に、何う世の荒波を泳いだか、一万円近くの資産を作つて帰つて来て、今では上塩山第一の富豪かねもちと立てられる身分である。重右衛門が訪ねると、快く面会して、その用向の程を聞き、言ふがまゝに十五円ばかりの金を貸し、さて真面目な声で、貞七が、「実はお前さんの事は、兼ねて噂うはさに聞いて知つて居つたが、生れた村といふものは、まことに狭いもので、とても其処に居ては、思ふやうな事は出来ない。私なども……覚えが有るが、村の人々に一度信用せられぬとなると、もう何んなに藻掻もがいても、とても其村では何うする事も出来なくなる。お前さんも随分村では悪い者のやうに言はれるが、何うだね、一奮発する気は無いか」

重右衛門は黙つて居る。

「私なども……それア、随分酷ひどい眼に逢あつた。親には見放される、兄弟には唾つばを吐き懸けられる、村の人にはてんから相手にされぬといふ始末で、夜逃の様にして村を出て行つたが、其時の悲しかつた事は今でも忘れない。あの倉沢の先の吹上ふきあげの水の出て居る処があるが、あそこで、石に腰を懸けて、もうこれで村に帰つて来るか何どうだかと思つた時は、情なくなつて涙が出て、いつそこゝで死んで了はうかとすら思つた程であつた。けれど……思返して、何うせ死ぬ位なら、江戸に行つて死ぬのも同じだ、死んだ積りで、量見を入れかへて、働いて見よう……とてく〱と歩き出したが、それが私の運の開け始めで、それでまア、兎とに角かく今の身分に為つた……」

「私なんざア、駄目でごす…‥」

と重右衛門は言つたが、其顔はおのづから垂れて、眼からは大きな涙がほろ〱と膝の上に落ちた。

「駄目な事があるものか。私などもお前さんの様に、其時は駄目だと思つた。けれどその駄目が今日のやうな身分になる始となつたぢやがアせんか。何でも人間は気を大きくしなければ好いけない」

答の無いのに再び言葉を続ついで、

「村の奴などは何とでも勝手に言はせて置くが好い。世の中は広いのだから、何も村に居なければならねえと言ふのでもねえ、男と生れたからにや、東京にでも出て一旗挙げて来る様で無けりや、話にも何にも為ならねえと言ふ者もんだ……」

重右衛門は殆ど情に堪へないといふ風で潮うしほの如く漲みなぎつて来る涙を辛うじて下唇を咬かみつゝ押へて居た。

「本当でごいすよ、私は決して自分に覚えの無ねえ事を言ふんぢやねえんだから、……本当に一つ奮発さつしやれ、屹度きつとそれや立身するに極つてるから」

「私は駄目でごす……」と涙の込み上げて来るのを押へて、「私ア、とても貴郎あんたの真似は出来ねえでごす。一体、もうこんな体格からだでごいすだで」

「そんな事はあるものか」と貞七は口では言つたが、成程それで十分に奮発する事も出来ないのかと思ふと、一層同情の念が加はつて、愈いよ〱慰藉ゐしやして遣らずには居られなくなつた。

「本当にそんな事は無い。世の中にはお前さんなどよりも数等利きかぬ体で、立派な事業を為た人はいくらもある。盲目めくらで学者になつた塙検校はなはけんげうと言ふ人も居るし、跛足びつこで大金持に為つた大俣おほまたの惣七といふ男もある。お前さんの体位で、そんな弱い事を言つて居ては仕方がない。本当に一つ……遣つて見さつしやる気は無えかね。私ア、東京にも随分知つてる人も居るだて、一生懸命に為る積なら、いくらも世話は為て遣るだが」

「難有ありがたい、さう仰おつしやつて下さる人は、貴郎ばかり。決して……決して」と重右衛門は言葉を涙につかへさせながら、「決して忘れない、この御厚恩は! けれど私ア、駄目でごす。体格からださへかうでなければ、今までこんなにして村にまご〱して居るんぢや御座ごアせんが……。私は駄目でごす……」

と又涙をほろ〱と落した。

これは貞七の後での話だが実際その時は気の毒に為つて、あんな弱い憐れむべき者を村では何故なぜあのやうに虐待するのであらう。元はと言へば気ばかり有つて、体が自由にならぬから、それで彼様あんな自暴自棄やけな真似を為するのであるのに……と心から同情を表へうさずには居られなかつたといふ事だ。実際、重右衛門だとて、人間だから、今のやうな乱暴を働いても、元はその位のやさしい処があつたかも知れない。けれどその体の先天的不備がその根本の悪の幾分を形造つたと共に、その性質も亦その罪悪の上に大なる影響を与へたに相違ないと、自分は友の話を聞きながら、つくづく心の中に思つた。

*     *     *

此後の重右衛門の歴史は只々たゞ〱驚くべき罪悪ばかり、抵当に取られた自分の家が残念だとて、火を放つけて、獄に投ぜられ、六年経つて出て来たが、村の人の幾らか好くなつたらうと望を属しよくして居たのにも拘かゝはらず、相変らず無頼ぶらいで、放蕩はうたうで後悔を為るどころか一層大胆に悪事を行つて、殆ど傍若無人といふ有様であつた。其翌年、賭博とばく現行犯で長野へ引かれ、一年ほどまた臭い飯を食ふ事になつたが、二度目に帰つて来た時は、もう村でも何うする事も出来ない程の悪漢わるものに成り済すまして、家も無いものだから今の堤下どてしたに乞食こじきの住むやうな小屋を造つて、其処に気の合つた悪党ばかり寄せ集め、米が無くなると、何処の家にでもお構ひなしに、一升米を貸して呉れ、二升米を貸して呉れと、平気な面つらして貰ひに行く。そして、少しでも厭な素振を見せると、それなら考があるから呉れなくても好いと威嚇おどすのが習ならひ。村方では又火でも放つけられては……と思ふから、仕方なしに、言ふまゝに呉れて遣る。すると好気いゝきに為つて、幅はゞで、大風呂敷を携たづさへて貰つて歩くといふ始末。殆ど村でも持余した。それがまだ其中は好かつたが、ある時ふと其感情を損そこねてからと言ふものは、重右衛門大童おほわらはになつて怒つて、「何だ、この重右衛門一人、村で養つて行けぬと謂いふのか。そんな吝けちくさい村だら、片端から焼払つて了へ」

と酔客の如く大声で怒鳴つて歩いた。

で、今回の放火騒動ひつけさわぎ。

九

山県の家の全焼したあくる日は、益々警戒に警戒を加へて、重右衛門の行為は勿論もちろん、その娘ツ子の一挙一動、何処どこに行つた、彼処かしこに行つたといふ事まで少しも注意を怠らなかつた。否、消防の人数を加へ、夜番の若者を増して、十五分毎には柝木ひやうしぎと忍びとが代る〲必ず廻つて歩くといふ、これならば何どんな天魔でも容易に手を下す事が出来まいと思はれる許ばかりの警戒を加へて居て、それは中々一通の警戒ではないのであつた。であるのに、その厳しい防禦線ばうぎよせんの間を何う巧たくみに潜つてか、其夜の十時少し過ぎと云ふに、何か変な臭ひがすると思ふ間もなく、ふす〱と怪しい音がするので、まだ今寝たばかりの雨戸を繰つて見ると、これはそも驚くまじき事か、火の粉こが降るやうに満面に吹き附けて、すぐ下の家屋の窓からは、黒く黄きいろい烟けむと赤い長い火の影とが……

「火事だア、火事だア」

とこの世も終りと云はぬばかりの絶望の叫喚さけびが凄すさまじく聞えた。

自分は慌あわてて、跣足はだしで庭に飛び出した。下の家とは僅わづか十間位しか離れて居らぬので、母屋おもやでは既に大騒を遣つて居る様子で、やれ水を運べの桶をけを持つて来いのと老主人が声を限りに指揮さしづする気勢けはひが分明はつきりと手に取るやうに聞える。自分もこの危急の場合に際して、何か手助になる事もと思つて、兎とに角かく母屋の方に廻つて見たが、元より不知案内の身の、何う為る事も出来ぬので、寧むしろ足手纏あしてまとひに為らぬ方が得策と、其儘そのまゝ土蔵の前の明地あきちに引返して、只々たゞ〱その成行を傍観して居た。

昨夜と均ひとしく、月は水の如く、大空に漂つて、山の影はくつきりと黒く、五六歩前の叢くさむらにはまだ虫の鳴く音が我は顔に聞えて居る。その寂しづかな村落にもく〱と黒く黄きいろい烟けむが立昇つて、ばち〱と木材の燃え出す音! 続いて、寺の鐘、半鐘の乱打、人の叫ぶ声、人の走る足音!

村はやがて鼎かなへの沸わくやうに騒ぎ出した。

十

母屋おもやの大広間で恐しく鋭い尖声とがりごゑが為たと思ふと、

「何だと……何と吐ぬかした? この藤田重右衛門に……」

と叫んだ者がある。

自分の傍に来て居た友は、

「重右衛門が来て居る! 自分で火を点つけて置いて、それで知らん顔で、手伝酒を食くらつてるとは図太いにも程がある」

と言つた。

火は幸さいはひにも根本の母屋には移らずに下の小い家屋いへ一軒で、兎に角首尾よく鎮火したので、手伝ひに来て呉れた村の人々、喞筒ポンプの水にずぶ濡ぬれになつた村の若者、それから遠くから聞き付けて見舞に来て呉れた縁者などを引留めて、村に慣例しきたりの手伝酒を振舞つて居るところであるが、その十五畳の大広間には順序次第もなく、荒くれた男がずらりと並んで、親椀で酒を蒙かぶつて居るものもあれば、茶碗でぐび〱遺つて居る者もある。さうかと思ふと、さも〱腹が空すいて仕方が無いと言はぬばかりに一生懸命に飯を茶漬にして掻込んで居るもの、胡坐あぐらを掻いて烟草たばこをすぱり〱遣つて御座るもの、自分は今少し前、一寸ちよつと其席を覗のぞいて見たが、それは〱何とも形容する事の出来ぬばかりの殺風景で、何だか鬼共の集り合つた席では無いかと疑はれるのであつた。いづれも火の母屋おもやに移らぬ事を祝しては居るが、連夜の騒動に、夜は大分眠らぬ疲労つかれと、烈しく激昂げきかうした一種の殺気とが加はつて、何どの顔を見ても、不穏な落付かぬ凄すごい色を帯びて居らぬものは、一人も無かつた。

それが、自分が覗のぞいてから、大方一時間にもなるのであるから、酒も次第にその一座に廻つたと覚しく、恐ろしく騒ぐ気勢けはひが其次の間に満ち渡つた。

「来てるのかね?」

と自分は友の言葉を聞いて、すぐ訊たづねた。

「来てるですとも……奴ア、これが楽みで、この手伝酒を飲むのが半分目的で火をつけるのですア」

暫くすると、

「何だと、この重右衛門が何うしたと……この重右衛門が……」

といふ恐ろしく尖とがつた叫声が、その次の大広間から聞える。

「先生……また酔つたナ」

と友は言つた。

次の間で争ふ声!

「何なあに、貴様が火を放つけると言つたんぢやねえ。貴様が火を放けようと、放けまいと、それにやちやんと、政府おかみといふものがある。貴様も一度は、これで政府おかみの厄介に為つた事が有るぢやねえか」

かう言つたのは錆さびのある太い声である。

「何だと、……己おれが政府おかみの厄介に為らうが為るまいが、何も奴等うぬらの知つた事つちや無ねえだ。何が……この村の奴等……(少時しばし途絶えて)この藤田重右衛門に手向ひするものは一人もあるめい。かう見えても、この藤田重右衛門は……」

と腕でも捲まくつたらしい。

「何も貴様が豪えらくねえと言ひやしねえだア、貴様のやうな豪い奴が、この村に居るから困るつて言ふんだ」

「何が困る……困るのは当り前だ。己がナ、この藤田重右衛門がナ、態々わざ〱困るやうにして遣るんだ」

非常に酔つて居るものと見える。

「酔客よつぱらひを相手にしたつて、仕方が無えから、よさつせい」

と留める声がする。

暫時しばし沈黙だんまり。

「だが、重右衛門ナア、貴様も此村で生れた人間ぢや無えか、それだアに、此様こんなに皆々みんなに爪弾つまはじきされて……悪い事べい為て居て、それで寝覚ねざめが好いだか」

と言つたのは、前のとは違つた、稍やゝ老人らしい口吻くちぶり。

「勝手に爪弾つまはじきしやアがれ、この重右衛門様はナ、奴等うぬらのやうなものに相手に為されねえでも……ねつから困らねえだア……べら棒め、根本三之助などと威張りやアがつて元ア、賽銭箱さいせんばこから一文二文盗みやがつたぢやねえだか」

「撲なぐつて了しまへ」

と傍かたはらから憤怒に堪へぬといふやうな血気の若者の叫喚さけびが聞えた。

「撲れ! 撲れ!」

「取占とつちめて了へ」

と彼方あつち此方こつちから声が懸る。

「何だ、撲なぐれ? と。こいつは面白れえだ。この重右衛門を撲るものがあるなら撲つて見ろ!」

と言ふと、ばら〱と人が撲うちに蒐かゝつた様な気勢けはひが為たので、自分は友の留めるのをも振り解ほどいて、急いで次の間の、少し戸の明いて居る処へ行つて、そつと覗いた。いづれも其方そつちにのみ気を取られて居るから、自分の其処に行つたのに誰も気の付く者は無い。自分の眼には先まづ烟けむりの籠こもつた、厭いやに蒸熱むしあつい空気を透とほして、薄暗い古風な大洋燈おほランプの下に、一場の凄すさまじい光景が幻影まぼろしの如く映つたので、中央の柱の傍に座を占めて居る一人の中老漢ちゆうおやぢに、今しも三人の若者が眼を瞋いからし、拳こぶしを固めて、勢いきほひ猛まうに打つて蒐かゝらうとして居るのを、傍の老人が頻しきりにこれを遮さへぎつて居るところであつた。この中老漢、身には殆ど断々きれ〲になつた白地の浴衣ゆかたを着、髪を蓬おどろのやうに振乱し、恐しい毛臑けずねを頓着せずに露あらはして居るが、これが則すなはち自分の始めて見た藤田重右衛門で、その眼を瞋いからした赤い顔には、まことに凄じい罪悪と自暴自棄との影が宿つて、其半生の悲惨なる歴史の跡が一々その陰険な皺しわの中に織り込まれて居るやうに思はれる。自分は平生へいぜい誰でも顔の中に其人の生涯しやうがいが顕あらはれて見えると信じて居る一人で、悲惨な歴史の織り込まれた顔を見る程心を動かす事は無いのであるが、自分はこの重右衛門の顔ほど悲惨極まる顔を見た事は無いとすぐ思つた。稍やゝ老いた顔の肉は太いたく落ちて、鋭い眼の光の中に無限の悲しい影を宿しながら、じつと今打ちに蒐かゝらうとした若者の顔を睨にらんだ形状かたちは、丸で餓うゑた獣の人に飛蒐とびかゝらうと気構へて居るのと少しも変つた所は無い。

「酔客よつぱらひを相手にしたつて仕方が無えだ! 廃よさつせい、廃さつせい!」

と老人は若者を抑へた。

「撲なぐるとは、面白おもしれいだ、この藤田重右衛門を撲れるなら、撲つて見ろ、奴等うぬらのやうな青二才とは」

と果して腕を捲まくつて、体をくるりと其方へ回した。

「管かまはんで置くと、好い気に為なるだア。此奴の為めに、村中大騒を遣つて、夜も碌々ろく〱寝られねえに、酒を食くらはせて、勝手な事を言はせて置くつて言ふ法は無ねえだ。駐在所で意気地が無くつて、何うする事も出来ねえけりや、村で成敗せいばいするより仕方が無えだ。爺とつさん退どかつせい、放さつせい」と二十一二の体の肥つた、血気の若者は、取られた袂たもとを振放つて、いきなり、重右衛門の横面よこつらを烈しく撲つた。

「此奴こいつ!」

と言つて、重右衛門は立上つたが、其儘そのまゝその若者に武者振り付いた。若者は何のと金剛力を出したが、流石さすがは若者の元気に忽地たちまち重右衛門は組伏せられ、火のごとき鉄拳てつけんは霰あられとばかりその面上頭上に落下するのであつた。

見兼ねて、老人が五六人寄つて来て、兎に角この組討は引分けられたが、重右衛門は鉄拳を食ひし身の、いつかなこの仲裁を承知せず、よろ〱と身体からだをよろめかしながら、猶なほ其相手に喰つて蒐かゝらうとするので、相手の若者は一先ひとまづ其儘次の間へと追遣られた。

「おい、人を撲なぐらせて、相手を引込ませるつて言ふ法は何所どこにあるだ。おい、こら、相手を出せ、出さねえだか」

と重右衛門は烈しく咆哮はうかうした。

今出すから、まア一先ひとまづ坐んなさいと和なだめられて、兎に角再び席に就ついたが、前の酒を一息に仰あふつて、

「おい、出さねいだか」

と又叫んだ。

相手に為するものが無いので、少時しばし頭を低たれて黙つて居たが、ふと思出したやうに、

「おい出さんか。根本三之助! 三之助は居ないか」

と云つて、更に又、

「酒だ! 酒だ! 酒を出せ」

と大声で怒鳴どなつた。

云ふが儘に、酒が運んで来られたので、今撲なぐられた憤怒いかりは殆ど全く忘れたやうに、余念なく酒を湯呑茶椀で仰あふり始めた。かうなつて、構はずに置いては、始末にいけぬと誰も知つて居るので、世話役の一人が立上つて、

「重右衛門! もう沢山たくさんだから帰らうではねえか、余り飲んでは体に毒だアで……」

と其傍に行つた。

「体に毒だと……」首をぐたりとして、「体に毒だアでと、あんでも好いだ。帰るなら奴等うぬら帰れ。この藤田重右衛門は、これから、根本三之助と」

舌ももう廻らぬ様子。

「まア、話ア話で、後で沢山云ふが好いだ。こんなに意気地なく酔つて居ながら、帰らねえとは、余り押が強過ぎるぢやねえだか」

と世話役は、其儘両手を引張つて、強しひてこの酔漢を立上らせようとした。けれど大磐石だいばんじやくの如く腰を据すゑた儘、更に体を動かさうとも為ないので、仕方がなく、傍の二三人に助勢させて、無理遣りに其席から引摺上ひきずりあげた。

「何為しやがる」

と重右衛門は引摺られながら、後の男を蹴らうと為た。が、夥おびただしく酔つて居るので、足の力に緊しまりが無く、却かへつて自分が膳や椀の上に地響して摚どうと倒れた。

「おい、確しつかりしろ」

と世話役は叫んで、倒れたまゝ愈いよ〱起きまじとする重右衛門を殆ど五人掛りにて辛くも抱上げ、猶なほぐづ〱に埋窟りくつを云ひ懸くるにも頓着せずに、Xの字にその大広間をよろめきながら、遂つひに戸外おもてへと伴つれ出した。

一室は俄にはかに水を打つたやうに静かになつた。今しも其一座の人の頭脳あたまには、云ひ合さねど、いづれも同じ念が往来して居るので、あの重右衛門、あの乱暴な重右衛門さへ居なければ、村はとこしへに平和に、財産、家屋も安全であるのに、あの重右衝門が居るばかりで、この村始まつて無いほどの今度の騒動さわぎ。

いつそ……

と誰も皆思つたと覚しく、一座の人々は皆意味有り気に眼を見合せた。

あゝこの一瞬!

自分はこの沈黙の一座の中に明かに恐るべく忌いむべく悲しむべき一種の暗潮の極めて急速に走りつゝあるのを感じたのである。

一座は再び眼を見合せた。

「それ!」

と大黒柱を後に坐つて居た世話役の一人が、急に顎あごで命令したと思ふと、大戸に近く座を占めた四五人の若者が、何事か非常なる事件でも起つたやうに、ばら〱と戸外おもてへ一散に飛び出した。

*     *     *

二十分後の光景。

自分は殆ほとんど想像するに堪へぬのである。

諸君は御存じであらう。自分が始めてこの根本家を尋ねた時、妻君が頻しきりに、鋤すき、鍬くは等を洗つて居た田池たねけ――其周囲には河骨かうほね、撫子なでしこなどが美しくその婉しをらしい影を涵ひたして居た纔わづか三尺四方に過ぎぬ田池の有つた事を。然るに其田池の前には、今一群の人が黒く影をあつめて居て、その傍には根本家と記した高張提燈たかはりぢやうちんが、月が冴々さえ〲しく満面に照り渡つて居るにも拘かゝはらず、極めて朧おぼろげに立てられてあるが、自分はそれと聞いて、驚いて、其傍に駆付かけつけて、その悲惨なる光景を見た時は、果して何んな感に撲うたれたであらうか。諸君、其三尺四方の溝どぶのやうな田池の中には、先刻さつき大酔して人に扶たすけられて戸外へ出たかの藤田重右衛門が、殆ど池の広さ一杯に、髪を乱みだし、顔を打伏うつぶして、丸で、犬でも死んだやうになつて溺おぼれて居るではないか。

「一体何うしたんです」

自分は激して訊たづねた。

「何アに、先生、えら酔殺よつぱらつたもんだで、遂つひ、陥はまり込んだだア」

と其中の一人が答へた。

「何故なぜ揚げて遣らなかつた!」

と再び自分は問うた。

誰も答へるものが無い。

けれどこれは訊ねる必要があるか。と自分は直ぐ思つたので、其儘押黙つて、そつとその憐れな死骸に見入つた。月は明らかに其田池を照して、溺れた人の髪の散乱せるあたりには、微かな漣さざなみが、きら〱と美しく其光に燦きらめいて居る。一間と離れた後の草叢くさむらには、鈴虫やら、松虫やらが、この良夜に、言ひ知らず楽しげなる好音を奏かなでてゐる。人の世にはこんな悲惨な事があるとは、夢にも知らぬらしい山の黒い影!

「あゝ、これが、この重右衛門の最後か」

と再び思つた自分の胸には、何故か形容せられぬ悲しい同情の涙が鎧よろひに立つ矢の蝟毛ゐまうの如く簇々むら〱と烈しく強く集つて来た。

で、自分は猶なほ少時しばし其池の畔ほとりを去らなかつた。

十一

「人間は完全に自然を発展すれば、必ずその最後は悲劇に終る。則すなはち自然その者は到底たうてい現世の義理人情に触着しよくちやくせずには終らぬ。さすれば自然その者は、遂にこの世に於おいて不自然と化したのか」

と自分は独語した。

「六千年来の歴史、習慣。これが第二の自然を作るに於て、非常に有力である。社会はこの歴史を有するが為めに、時によく自然を屈服し、よく自然を潤色する。けれど自然は果して六千年の歴史の前に永久とこしへに降伏し終るであらうか」

「或は謂いふかも知れぬ。これ自然の屈伏にあらず、これ自然の改良であると。けれど人間は浅薄なる智と、薄弱なる意とを以て、如何いかなるところにまで自然を改良し得たりとするか」

「神あり、理想あり、然れどもこれ皆自然より小なり。主義あり、空想あり、然れども皆自然より大ならず。何を以てかくいふと問ふ者には、自分は箇人こじんの先天的解剖をすゝめようと思ふ」

少時しばらく考へて後、

「重右衛門の最期さいごもつまりはこれに帰するのではあるまいか。かれは自分の思ふ儘まゝ、自分の欲する儘、則ち性能の命令通りに一生を渡つて来た。もしかれが、先天的に自我一方の性質を持つて生れて来ず、又先天的にその不具の体格を持つて生れて来なかつたならば、それこそ好く長い間の人生の歴史と習慣とを守り得て、放恣はうしなる自然の発展を人に示さなくつても済むだのであらうが、悲む可べし、かれはこの世に生れながら、この世の歴史習慣と相容るゝ能はざる性格と体とを有もつて居た」

「殊に、かれは自然の発展の最も多かるべき筈はずにして、しかも歴史習慣を太甚はなはだしく重んずる山中の村――この故郷を離るゝ事が出来ぬ運命を有して居た」

と思ふと、自分が東京に居て、山中の村の平和を思ひ、山中の境の自然を慕つたその愚かさが分明はつきり自分の脳に顕あらはれて来て、山は依然として太古、水は依然として不朽、それに対して、人間は僅わづか六千年の短き間にいかにその自然の面影おもかげを失ひつゝあるかをつく〲嘆ぜずには居られなかつた。

「けれど‥‥‥」

と少時しばらくして、

「けれど重右衛門に対する村人の最後の手段、これとて人間の所謂いはゆる不正、不徳、進んでは罪悪と称すべきものの中に加へられぬ心地するは、果して何故であらう。自然……これも村人の心底から露骨にあらはれた自然の発展だからではあるまいか」

此時ゆくりなく自分の眼前に、その沈黙した意味深い一座の光景が電光いなづまの如く顕あらはれて消えた。続いて夜の光景、暁の光景、ことに、それと聞いて飛んで来た娘つ子の驚愕おどろき。

「爺様とつさん、嘸さぞ無念だつたべい。この仇かたきア、己おらア、屹度きつと取つて遣るだアから」

と怪しげなる声を放つて、其死体に取附いて泣いた一場の悲劇!

其鋭い声が今も猶耳に聞える。

午後になつて、漸やうやく長野から判事、検事、などが、警察官と一緒に遺つて来て臨検したが、その溺死した田池たねけがいかにも狭く小さいので、いかに酔つたからとて、こんな所で独ひとりで溺れるといふ訳は無い。これには何か原因があるであらうと、中々事情が難かしくなつて、其時傍に居た二三人は、事に寄ると長野まで出なければならぬかも知れぬといふ有様。それにも拘らず溺死者の死体は外に怪しい箇処ところも無いので、其儘受取人として名告なのつて出たかの娘つ子に下渡さげわたされた。

半日水中に浸けてあつたので、顔は水膨みづぶくれに気味悪くふくれ、眼は凄すさまじく一所を見つめ、鼻洟はなは半なかば開いた口に垂れ込み、だらりと大いなる睾丸きんたまをぶら下げたるその容体ていたらく、自分は思はず両手に顔を掩おほつたのであつた。

「それにしても、娘あまつ子つはあの死骸を何うしたであらう。村では、あの娘つ子の手に其死骸のある中は、寺には決して葬らせぬと言つて居つたが……」

かう思つて自分は戸外おもてを見た。昨夜の月に似もやらぬ、今日は朝より曇り勝にて、今降り出すか降り出すかと危んで居たが、見ると既に雨になつて、打渡す深緑は悉こと〲く湿うるほひ、灰色の雲は低く向ひの山の半腹までかゝつて、夏の雨には似つかぬ、しよぼ〱と烟けぶるがごとき糠雨ぬかあめの侘わびしさは譬たとへやうが無い。

其処へ根本が不意に入つて来た。

検死事件で一寸手離されず、彼方此方あつちこつちへと駈走つて居たが、漸やうやく何うにかなりさうになつたので、一先ひとまづ体を休めに帰つて来たとの事であつた。

「何うだね?」

と聞くと、

「何アに、其様そんなに心配した程の事は無えでごす。警官も奴の悪党の事は知つて居るだアで、内々は道理もつともだと承知してるでごすが、其処は職掌で、さう手軽く済ませる訳にも行かぬと見えて、それで彼様あんな事を言つたんですア」

「それで死骸は何うしたね」

「重右衛門のかね。あの娘あまつ子つが引取つて行つたけれど、村では誰も構ひ手が無し、遠い親類筋のものは少しはあるが、皆な村を憚はゞかつて、世話を為しようと言ふものが無えので、娘あまつ子つ非常に困つて居たといふ事です……。けれど、今途中で聞くと、娘つ子奴、一人で、その死骸を背負しよつて、其小屋の裏山にのぼくつて、小屋の根太ねだやら、扉やらを打破ぶちこはして、火葬にしてるといふ事だが……此処から烟けむ位見えるかも知れねえ」

と言つて向ふを見渡した。

注意されて見ると、成程、三峯の下の小高い丘の深緑の上には、糠雨ぬかあめのおぼつかなき髣髴はうふつの中に、一道の薄い烟が極めて絶え〲に靡なびいて居て、それが東から吹く風に西へ西へと吹寄せられて、忽地たちまち雲に交つて了ふ。

「あれが、左様さうです」

と平気で友は教へた。

それが村で持余された重右衛門の亡骸なきがらを焼く烟かと思ふと、自分は無限の悲感に打れて、殆ど涙も零おつるばかりに同情を濺そゝがずには居られなかつた。「死はいかなる敵をも和睦わぼくさせると言ふではないか。であるのに、死んだ後までも猶なほその死骸を葬るのを拒むとは、何たる情ない心であらう。そのあはれなる自然児をして、小屋の扉を破り、小屋の根太ねだを壊して、その夫の死骸を焼く材料を作らせるとは、何たる悲しい何たる情ない事であらう」

自分の眼の前には、その獣の如き自然児が、涙を揮ふるつて、その死骸を焼いて居る光景が分明はつきり見える。下には村、かれ等二人が敵として戦つた村が横よこたはつて居るが、かの娘は果して何んな感を抱いてこの村を見下して居るであらうか。

「けれど重右衛門の身に取つては、寧むしろこの少女をとめの手――宇宙に唯一人の同情者なるこの自然児の手に親しく火葬せらるゝのが何んなに本意であるか知れぬ。否、これに増まさる導師は恐らく求めても他に在あるまい」

「村の人々、無情なる村の人々、死しても猶なほ和睦わぼくする事を敢あへてせぬ程の冷ひやゝかなる村の人々の心! この冷かなる心に向つて、重右衛門の霊は何うして和睦せられよう。さればその永久とこしへに和睦せられざる村人の寺に穏かに葬られて眠らんよりは、寧むしろそのやさしき自然の儘まゝなる少女の手に――」

暗涙が胸も狭しと集つて来た。

「自然児は到底たうていこの濁つた世には容いられぬのである。生れながらにして自然の形を完全に備へ、自然の心を完全に有せる者は禍わざはひなるかな、けれど、この自然児は人間界に生れて、果して何の音もなく、何の業わざもなく、徒いたづらに敗績はいせきして死んで了ふであらうか」

「否、否、否、――」

「敗績して死ぬ! これは自然児の悲しい運命であるかも知れぬ。けれどこの敗績は恰あたかも武士の戦場に死するが如く、無限の生命を有しては居るまいか、無限の悲壮を顕あらはしては居るまいか、この人生に無限の反省を請求しては居るまいか」

自分は深く思ひ入つた。

少時しばらくしてから、

「けれど、この自然児! このあはれむべき自然児の一生も、大いなるものの眼から見れば、皆なその必要を以て生れ、皆なその職分を有して立ち、皆なその必要と職分との為めに尽して居るのだ! 葬る人も無く、獣のやうに死んで了つても、それでも重右衛門の一生は徒爾いたづらではない!」

と心に叫んだ。

何時いつ去つたか、傍には既に友は居らぬ。

戸外の雨はいよ〱侘わびしく、雲霧は愁うれひの影の如くさびしくこの天地に充みち渡つた。丘の上の悲しい煙は、殆ど消ゆるかと思はるゝばかりに微かに、微かに靡なびいて居るが、村ではこれに対して一人も同情する者が無いと思ふと、自分は又簇々むら〱と涙を催した。

あゝその雨中の煙! 自分は何うしてこの光景を忘るゝ事が出来よう。

十二

否――

諸君、自分は其夜更に驚くべく忘るべからざる光景に接したのである。自分は自然の力、自然の意のかほどまで強く凄すさまじいものであらうとは夢にも思ひ懸けなかつた。其夜自分は早くから臥床ふしどに入つたが、放火の主犯者が死んで了つたといふ考へと、連夜眠らなかつた疲労つかれとは苦もなく自分を華胥くわしよに誘つて、自分は殆ど魂魄たましひを失ふばかりに熟睡して了つた。熟睡、熟睡、今少し自分が眼覚めずに居つたなら自分は恐らく全く黒焼に成つたであらう。自分の眼覚めた時には、既に炎々たる火が全室に満ち渡つて、黒煙が一寸先も見えぬ程に這はつて居た。自分は驚いて、慌あわてて、寝衣ねまきの儘、前の雨戸を烈しく蹴つたが、幸さいはひにも閾しきゐの溝みぞが浅い田舎家ゐなかやの戸は忽地たちまち外はづれて、自分は一簇いちぞくの黒煙と共に戸外おもてへと押し出された。

押出されて、更に驚いた。

夢では無いかと思つた。

何うです、諸君。全村が丸で火〔感嘆符三つ〕 鎮守の森の蔭に一つ。すぐ前の低いところの一隅かたすみに一つ。後に一つ。右に一つ。殆ど五六ヶ所から、凄すさまじい火の手が上つて、それが灰色の雨雲に映つて、寝惚ねぼけた眼で見ると、天も地も悉こと〲く火に包まれて了つたやうに思はれる。雨は歇やんだ代りに、風が少し出て、その黒烟こくえんとその火とが恐ろしい勢で、次第に其領分をひろめて行く。寺の鐘、半鐘、叫喚、大叫喚〔感嘆符三つ〕

自分は後の低い山に登つて、種々いろ〱なる思想に撲うたれながら一人その悲惨なる光景を眺ながめて居た。

実際自分はさま〲の経験を為たけれど、この夜の光景ほど悲壮に、この夜の光景ほど荘厳に自分の心を動かしたことは一度も無かつた。火の風に伴つれて家から家に移つて行く勢いきほひ、人のそれを防ぎ難かねて折々発する絶望の叫喚さけび、自分はあの刹邪せつなこそ確かに自然の姿に接したと思つた。

諸君! これでこの話は終結をはりである。けれど猶なほ一言、諸君に聞いて貰はなければならぬ事がある。それは、その翌日、殆ど全村を焼き尽したその灰燼くわいじんの中に半なかば焼けた少女をとめの死屍を発見した事で、少女は顔を手に当てたまゝ打伏うつぶしに為つて焼け死んで居た。かれは人に捕へられて、憎悪ぞうをの余あまり、その火の中に投ぜられたのであらうか、それとも又、独ひとり微笑ほゝゑんで身をその中に投じたのであらうか。それは恐らく誰も知るまい。

自分は其翌日万感を抱いてこの修羅しゆらの巷ちまたを去つた。

それからもう七年になる。

其村の人々には自分は今も猶交際して居るが、つい、此間も其村の冒険者の一人が脱走して自分の家を尋ねて来たから、あの後は村は平和かと聞くと、「いや、もうあんな事は有りはしねえだ。あんな事が度々たび〱有つた日には、村は立つて行かねえだ。御方便な事には、あれからはいつも豊年で、今でア、村ア、あの時分より富貴かねもちに為つただ」と言つた。そして重右衛門とその少女との墓が今は寺に建てられて、村の者がをり〱香花かうげを手向たむけるといふ事を自分に話した。

諸君、自然は竟つひに自然に帰つた!

(明治三十五年五月)

底本 / Source edition

底本:「筑摩現代文学大系 6 国木田独歩 田山花袋集」筑摩書房
1978(昭和53)年11月25日初版第1刷発行
1980(昭和55)年2月20日初版第2刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力者:kompass
校正:伊藤時也
2004年8月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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田山 花袋「重右衛門の最後」(新字旧仮名)、底本『筑摩現代文学大系 6 国木田独歩 田山花袋集』筑摩書房、1978年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 004712_000214, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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