半生を放浪の間に送つて來た私には、折にふれてしみじみ思出される<ruby><rb>土地</rb><rt>ところ</rt></ruby>の多い中に、札幌の二週間ほど、慌しい樣な懷しい記憶を私の心に殘した土地は無い。あの大きい田舍町めいた、道幅の廣い物靜かな、木立の多い洋風<ruby><rb>擬</rb><rt>まが</rt></ruby>ひの家屋の離れ〲に列んだ――そして<ruby><rb>甚麽</rb><rt>どんな</rt></ruby>大きい建物も見涯のつかぬ大空に壓しつけられてゐる樣な石狩平原の<ruby><rb>中央</rb><rt>ただなか</rt></ruby>の都の<ruby><rb>光景</rb><rt>ありさま</rt></ruby>は、やゝもすると私の目に浮んで來て、優しい伯母かなんぞの樣に心を<ruby><rb>牽引</rb><rt>ひきつ</rt></ruby>ける。一年なり、二年なり、何時かは行つて住んで見たい樣に思ふ。

私が初めて札幌に行つたのは明治四十年の秋風の立初めた頃である。――それまで私は凾館に足を留めてゐたのだが、人も知つてゐるその年八月二十五日の晩の大火に會つて、幸ひ類燒は免れたが、出てゐた新聞社が丸燒になつて、急には立ちさうにもない。何しろ、北海道へ渡つて漸々四ヶ月、内地（と彼地ではいふ）から家族を呼寄せて<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>を持つた許りの事で、土地に深い親みは無し、私も困つて了つた。其處へ道廳に勤めてゐる友人の立見君が公用旁々見舞に來て呉れたので、早速履歴書を書いて頼んで遣り、二三度手紙や電報の往復があつて、私は札幌の××新聞に行く事に<ruby><rb>決</rb><rt>きま</rt></ruby>つた。條件は餘り宜くなかつたが、此際だから腰掛の積りで入つたがよからうと友人からも言つて來た。

私は少し許りの疊建具を<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>に讓る事にして旅費を<ruby><rb>調</rb><rt>とゝの</rt></ruby>へた。その時は、凾館を<ruby><rb>發</rb><rt>た</rt></ruby>つ汽車汽船が便毎に「燒出され」の人々を滿載してゐた頃で、其等の者が續々入込んだ爲に、札幌にも小樽にも既う一軒の貸家も無いといふ噂もあり、且は又、先方へ行つて直ぐ家を持つだけの餘裕も無しするから、家族は私の後から一先づ小樽にゐた姉の許へ引上げる事にした。

九月十何日かであつた。降り續いた火事後の雨が<ruby><rb>霽</rb><rt>あが</rt></ruby>ると、傳染病發生の噂と共に<ruby><rb>底冷</rb><rt>そこびえ</rt></ruby>のする秋風が立つて、家を失ひ、職を失つた何萬の人は、言ひ難き物の哀れを一樣に味つてゐた。市街の大半を占めてゐる燒跡には、假屋建ての鑿の音が急がしく響き合つて、まだ何處となく物の<ruby><rb>燻</rb><rt>くすぶ</rt></ruby>る<ruby><rb>臭氣</rb><rt>にほひ</rt></ruby>の殘つてゐる空氣に新らしい木の香が流れてゐた。數少ない友人に送られて、私は一人夜汽車に乘つた。

<ruby><rb>翌曉</rb><rt>あくるあさ</rt></ruby>小樽に着く迄は、腰下す席もない混雜で、私は<ruby><rb>一晩</rb><rt>ひとばん</rt></ruby>車室の隅に立ち明した。小樽で下車して、姉の家で朝飯を<ruby><rb>喫</rb><rt>したゝ</rt></ruby>め、三時間許りも<ruby><rb>假寢</rb><rt>うたゝね</rt></ruby>をしてからまた車中の人となつた。車輪を洗ふ許りに<ruby><rb>涵</rb><rt>ひた</rt></ruby>々と波の寄せてゐる<ruby><rb>神威古潭</rb><rt>かむゐこたん</rt></ruby>の海岸を過ぎると、錢凾驛に着く。汽車はそれから<ruby><rb>眞直</rb><rt>まつしぐら</rt></ruby>に石狩の平原に進んだ。

<ruby><rb>未見</rb><rt>みち</rt></ruby>の境を旅するといふ感じは、<ruby><rb>犇々</rb><rt>ひし〱</rt></ruby>と私の胸に迫つて來た。空は低く曇つてゐた。目を<ruby><rb>遮</rb><rt>さへ</rt></ruby>ぎる物もない曠野の處々には人家の屋根が見える。名も知らぬ<ruby><rb>灌木</rb><rt>くわんぼく</rt></ruby>の叢生した<ruby><rb>箇處</rb><rt>ところ</rt></ruby>がある。沼地がある――其處には蘆荻の風に騷ぐ<ruby><rb>状</rb><rt>さま</rt></ruby>が見られた。不圖、二町とは離れぬ小溝の縁の畔路を、赤毛の犬を伴れた男が行く。犬が不意に驅け出した。男は膝まづいた。その前に白い煙がパッと立つた――獵犬だ。蘆荻の中から鴫らしい鳥が二羽、横さまに飛んで行くのが見えた。其向ふには、<ruby><rb>灌木</rb><rt>くわんぼく</rt></ruby>の林の前に茫然と立つて汽車を眺めてゐる農夫があつた。

恁くして北海道の奧深く入つて行くのだ。恁くして、或者は自然と、或者は人間同志で、内地の人の知らぬ劇しい戰ひを戰つてゐる北海道の生活の、だん〱底へと入つて行くのだ――といふ感じが、その時私の心に湧いた。――その時はまだ私の心も單純であつた。既にその劇しい戰ひの中へ割込み、底から底と潜り拔けて、遂々敗けて歸つて來た私の今の心に較べると、實際その時の私は單純であつた。――

小雨が音なく降り出した來た。氣が付くと、同車の人々は手廻りの物などを片付けてゐる。小娘に帶を締直して遣つてゐる母親もあつた。既う札幌に着くのかと思つて、時計を見ると一時を五分過ぎてゐた。窓から顏を出すと、行手に方つて<ruby><rb>蓊乎</rb><rt>こんもり</rt></ruby>として木立が見え、大きい白いペンキ塗の建物も見えた。間もなく其建物の前を過ぎて、汽車は札幌驛に着いた。

乘客の大半は此處で降りた。私も小形の鞄一つを下げて<ruby><rb>乘降庭</rb><rt>プラツトホーム</rt></ruby>に立つと、二歳になる女の兒を抱いた、背の高い立見君の姿が直ぐ目についた。も一人の友人も迎へに來て呉れた。

『君の家は近いね？』

『近い？　どうして知つてるね？』

『子供を抱いて來てるぢやないか。』

改札口から廣場に出ると、私は一寸停つて見たい樣に思つた。道幅の莫迦に廣い停車場通りの、兩側のアカシアの<ruby><rb>街樾</rb><rt>なみき</rt></ruby>は、蕭條たる秋雨に遠く〱煙つてゐる。其下を往來する人の歩みは皆靜かだ。男も女もしめやかな戀を抱いて歩いてる樣に見える、蛇目の傘をさした若い女の紫の袴が、その<ruby><rb>周匝</rb><rt>あたり</rt></ruby>の風物としつくり調和してゐた。傘をさす程の雨でもなかつた。

『この<ruby><rb>逵</rb><rt>とほり</rt></ruby>は僕等がアカシヤ<ruby><rb>街</rb><rt>がい</rt></ruby>と呼ぶのだ。彼處に大きい煉瓦造りが見える。あれは五番館といふのだ。………<ruby><rb>奈何</rb><rt>どう</rt></ruby>だ、氣に入らないかね？』

『好い！　何時までも住んでゐたい――』

實際私は然う思つた。

立見君の宿は北七條の西何丁目かにあつた。古い洋風擬ひの建物の、素人下宿を營んでゐる林といふ<ruby><rb>寡婦</rb><rt>やもめ</rt></ruby>の家に室借りをしてゐた。立見君は其室を『猫箱』と呼んでゐた。臺所の後の、以前は物置だつたらしい四疊半で、屋根の傾斜なりに斜めに張られた天井は黒く、隅の方は頭が閊へて立てなかつた。其狹い室の中に机もあれば、夜具もある、行李もある。林務課の事業手といふ安腰辨の立見君は、細君と女兒と三人で<ruby><rb>其麽</rb><rt>そんな</rt></ruby>室にゐ乍ら、時々藤村調の新體詩などを作つてゐた。机の上には英吉利人の古い詩集が二三册、舊新約全書、それから、今は忘れて讀めなくなったと言ふ獨逸文の宗教史――これらは皆、何かしら立見君の一生に忘れ難い記念があるのだらう――などが載つてゐた。

私もその家に下宿する事になつた。尤も空間は無かつたから、停車場に迎へに來て呉れたも一人の方の友人――目形君――と同室する事にしたのだ。

宿の<ruby><rb>内儀</rb><rt>かみさん</rt></ruby>は既う四十位の、亡夫は道廳で<ruby><rb>可也</rb><rt>かなり</rt></ruby>な役を勤めた人といふだけに、品のある、氣の<ruby><rb>確乎</rb><rt>しつかり</rt></ruby>した、言葉に西國の訛りのある人であつた。娘が二人、妹の方はまだ十三で、背のヒョロ高い、愛嬌のない寂しい顏をしてゐる癖に、思ふ事は何でも言ふといつた樣な<ruby><rb>淡白</rb><rt>きさく</rt></ruby>な質で、時々間違つた事を喋つては<ruby><rb>衆</rb><rt>みんな</rt></ruby>に笑はれて、ケロリとしてゐる兒であつた。

姉は眞佐子と言つた。その年の春、さる外國人の建ててゐる女學校を卒業したとかで、體はまだ充分發育してゐない樣に見えた。妹とは<ruby><rb>肖</rb><rt>に</rt></ruby>ても肖つかぬ丸顏の、色の白い、何處と言つて美しい<ruby><rb>點</rb><rt>ところ</rt></ruby>はないが、少し藪睨みの氣味なのと片笑靨のあるのとに人好きのする表情があつた。女學校出とは思はれぬ樣な<ruby><rb>温雅</rb><rt>しとや</rt></ruby>かな娘で、絶え〲な聲を出して讃美歌を歌つてゐる事などがあつた。學校では大分宗教的な教育を享けたらしい。母親は、妹の方をば時々お轉婆だ〱と言つてゐたが、姉には一言も小言を言はなかつた。

その外に遠い親戚だという<ruby><rb>眇目</rb><rt>すがめ</rt></ruby>な男がゐた。警察の小使をした事があるとかで、夜分などは『現行警察法』といふ古い本を繙いてゐる事があつた。その男が内儀さんの片腕になつて家事萬端立働いてゐて、娘の眞佐子はチョイ〱手傳ふ位に過ぎなかつた。何でも母親の心にしては、末の<ruby><rb>手頼</rb><rt>たより</rt></ruby>にしてゐる娘を下宿屋の娘らしくは育てたくなかつたのであらう。素人屋によくある例で、我々も食事の時は一同茶の間に出て食卓を圍んで食ふことになつてゐたが、内儀はその時も成るべく娘には用をさせなかつた。

或朝、私が何か搜す物があつて鞄の中を調べてゐると、まだ使はない繪葉書が一枚出た。青草の中に<ruby><rb>罌粟</rb><rt>けし</rt></ruby>らしい花が澤山咲き亂れてゐる、油繪まがひの繪であつた。不圖、其處へ妹娘の民子が入つて來て、

『マア、綺麗な…………』

と言つて覗き込む。

『上げませうか？』

『<ruby><rb>可</rb><rt>よ</rt></ruby>くつて？』

手にとつて嬉しさうにして見てゐたが、

『これ、何の花？』

『<ruby><rb>罌粟</rb><rt>けし</rt></ruby>。』

『<ruby><rb>恁麽</rb><rt>こんな</rt></ruby>花、いつか姉ちやんも<ruby><rb>畫</rb><rt>か</rt></ruby>いた事あつてよ。』

すると、其日の晝飯の時だ。私は例の如く茶の間に行つて同宿の人と一緒に飯を食つてゐると、風邪の氣味だといつて學校を休んで、咽喉に眞綿を捲いてゐる民子が窓側で幅の廣い<ruby><rb>橄欖</rb><rt>オリーブ</rt></ruby>色の<ruby><rb>飾紐</rb><rt>リボン</rt></ruby>を弄つてゐる。それを見付けた母親は、

『民イちやん、貴女何ですそれ、また姉さんの飾紐を。』

『貰つたの。』とケロリとしてゐる。

『嘘ですよウ。其麽色はまだ貴女に似合ひませんもの、何で姉さんが上げるものですか？』

『<ruby><rb>眞箇</rb><rt>ほんと</rt></ruby>。ホラ、今朝島田さんから戴いた綺麗な繪葉書ね、姉ちやんが、あれを取上げて<ruby><rb>奈何</rb><rt>どう</rt></ruby>しても返さないから、代りに此を貰つたの。』

『そんなら可いけど、此間も眞佐アちやんの繪具を<ruby><rb>那麽</rb><rt>あんな</rt></ruby>にして了うたぢやありませんか』

私は列んでゐた農科大學生と話をし出した。

それから、飯を濟まして便所に行つて來ると、眞佐子は<ruby><rb>例</rb><rt>いつも</rt></ruby>の<ruby><rb>場所</rb><rt>ところ</rt></ruby>に座つて、（其處は私の室の前、玄關から續きの八疊間で、家中の人の始終通る室だが、眞佐子は外に室がないので其處の隅ッコに机や本箱を置いてゐた。）編物に倦きたといふ<ruby><rb>態</rb><rt>ふう</rt></ruby>で、片肘を机に突き、編物の針で小さい硝子の罎に插した花を突ついてゐた。豌豆の花の少し大きい樣な花であつた。

『何です、その花？』と私は何氣なく言つた。

『スヰイトピーです。』

よく聞えなかつたので聞直すと、

『あの遊蝶花とか言ふさうで御座います。』

『さうですか、これですかスヰイトピーと言ふのは。』

『お好きで<ruby><rb>被入</rb><rt>いらつしや</rt></ruby>いますか？』

『さう！可愛らしい花ですね。』

見ると、耳の根を<ruby><rb>仄</rb><rt>ほん</rt></ruby>のり紅くしてゐる。私は其儘室に入らうとすると、何時の間にか民子が來て立つてゐて、

『島田さん、もう<ruby><rb>那麽</rb><rt>あんな</rt></ruby>繪葉書無くつて？』

『ありません。その内にまた好いのを上げませう。』

『マア、お客樣に其麽事言ふと、母さんに叱られますよ。』と、姉が妹を<ruby><rb>譴</rb><rt>たしな</rt></ruby>める。

『ハハヽヽヽ。』と輕く笑つて、私は室に入つて了つた。

『だつて、折角戴いたのは姉ちやんが取上げたんだもの…………』と、民子が不平顏をして言つてる樣子。

眞佐子は、口を抑へる樣にして何か言つて慰めてゐた。

私は毎日午後一時頃から社に行つて、暗くなる頃に歸つて來る。その日は<ruby><rb>歸途</rb><rt>かへり</rt></ruby>に雨に會つて來て、食事に茶の間に行くと外の人は既う濟んで私一人<ruby><rb>限</rb><rt>きり</rt></ruby>だ。内儀は私に少し濡れた羽織を脱がせて、眞佐子に切爐の火で<ruby><rb>乾</rb><rt>ほ</rt></ruby>させ乍ら、自分は私に飯を<ruby><rb>裝</rb><rt>よそ</rt></ruby>つて呉れてゐた。火に翳した羽織からは湯氣が立つてゐる。思つたよりは濡れてゐると見えて却々乾せない。好い事にして私は三十分の餘も内儀相手にお<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しやべり</rt></ruby>をしてゐた。

その翌日、私の妻が來た。<ruby><rb>既</rb><rt>も</rt></ruby>う凾館からは引上げて小樽に來てゐるのであるが、さう何時までも姉の家に厄介になつても居られないので、それやこれやの打合せに來たのだ。私の子供は生れてやつと九ヶ月にしかならなかつたが、來ると直ぐ忘れないでゐて私に手を延べた。

が、心がけては居たのだが、<ruby><rb>空家</rb><rt>あきや</rt></ruby>、せめて二間位の空間と思つても、それすらありさうになかつた。困つて了つて宿の内儀に話をすると、

『然うですねえ。それでは恁うなすつちや如何でせう。貴方のお室は八疊ですから、お家の見付かるまで當分此處で我慢をなさる事になすつては？　さうなれば目形さんには別の室に移つて頂くことに致しますから。何で御座いませう、貴方方もお三人<ruby><rb>限</rb><rt>きり</rt></ruby>……？』

『まだ年老つた母があります。外にもあるんですが、それは今直ぐ來なくても可いんです。』

『マァ然うですか、阿母さんも御一緒に！　………それにしても立見さんの方よりは窮屈でない譯ですわねえ、當分の事ですから。』

話はそれに決つて、妻は二三日中に家財を纏めて來ることになつた。女同志は重寶なもので、妻は既う内儀と<ruby><rb>種々</rb><rt>いろ〱</rt></ruby><ruby><rb>生計向</rb><rt>くらしむき</rt></ruby>の話などをしてゐる。

眞佐子は、妻の來るとから私の子供を抱いて、のべつに頬擦りをし乍ら、家の中を歩いたり、外へ行つたりしてゐた。泣き出しさうにならなければ妻の許に伴れて來ない。

『<ruby><rb>小便</rb><rt>おしつこ</rt></ruby>しては可けませんから。』と妻が言つても、

『<ruby><rb>否</rb><rt>いゝえ</rt></ruby>、構ひませんから、も少し借して下さい。』と言つて<ruby><rb>却々</rb><rt>なか〱</rt></ruby>放さない。母親は笑つて居た。

二人限になつた時、妻は何かの序に恁麽事を言つた。

『眞佐子さんは少し藪睨みですね。穩しい方でせう。』

軈て出社の時刻になつた。玄關を出ると、其處からは見えない生垣の内側に、私の子を抱いた眞佐子が立つてゐた。私を見ると、

『あれ、<ruby><rb>父樣</rb><rt>とうちやん</rt></ruby>ですよ。父樣ですよ。』と言つて子供に教へる。

『重くありませんか、其麽に抱いてゐて？』

『否、孃ちやん、サア、お土産を買つて來て下さいツて、マア何とも仰しやらない！』

と言ひながら、耐らないと言つた<ruby><rb>態</rb><rt>ふう</rt></ruby>に頬擦りをする。赤兒を可愛がる處女には男の心を<ruby><rb>擽</rb><rt>くすぐ</rt></ruby>る樣な<ruby><rb>點</rb><rt>ところ</rt></ruby>がある。私は二三歩眞佐子に近づいたが、氣がつくと玄關にはまだ妻が立つてるので、其儘門外へ出て了つた。

歸つて來た時は、小樽へ歸る私の妻を停車場まで見送りに行つた眞佐子も、今し方歸つた許りといふところであつた。その晩は、立見君は牧師の家に出かけて行つたので、私は室にゐて手紙などを書いた。茶の間からは女達の話聲が聞える。眞佐子は私の子供の可愛かつた事を頻りに數へ立てゝてゐる、立見君の細君もそれに同じてはゐたが、何となく氣の乘らぬ聲であつた。

翌日は社に出てから初めての日曜日、休みではないが、明くる朝の新聞は四頁なので四時少し前に締切になつた。後藤君はその日缺勤した。歸つて來て寢ころんでゐると、後藤君が相變らずの要領を得ない顏をして入つて來て、

『少し相談があるから、今夜七時半に僕の下宿へ來給へ。僕は<ruby><rb>他</rb><rt>よそ</rt></ruby>を廻つてそれ迄に歸つてるから。』

と言つて出て行つた。直ぐ戻つて來て私を玄關に呼出すから、何かと思ふと、

『君、祕密な話だから、一人で來てくれ給へ。』

『好し、一體何だね？　何か事件が起つたのかね？』

『君、聲が高いよ。大に起つた事があるさ。吾黨の大事だ。』と、黄色い齒を出しかけたが、直ぐムニャ〱と口を動かして、『兎に角來給へ。成るべく僕の處へ來るのを誰にも知らせない方が好いな。』

そして右の肩を揚げ、薄い下駄を引擦る樣にして出て行つて了つた。「よく祕密にしたがる男だ！」と私は思つた。

私はその晩の事が忘られない。

夕飯が濟むと、立見君と目形君は、教會に行くと言つて、私にも同行を勸めた。私は社長の宅へ行く用があると言つて斷つた。そして約束の時間に後藤君の下宿へ行つた。

座にはＳ――新聞の二面記者だといふ男がゐた。後藤君は私を其男に紹介した。私は、その男が所謂「祕密の相談」に關係があるのか、無いのか、一寸判斷に困つた。片目の小さい、始終唇を甜め廻す癖のある、鼻の先に新聞記者がブラ下つてる樣な<ruby><rb>擧動</rb><rt>やうす</rt></ruby>や物言ひをする、<ruby><rb>可厭</rb><rt>いや</rt></ruby>な男であつた。

少し經つと、後藤君は私に、

『君は既う先に行つたのかと思つてゐた。よく誘つて呉れたね。』

これで<ruby><rb>了解</rb><rt>のみこ</rt></ruby>めたから、私も<ruby><rb>可</rb><rt>いい</rt></ruby>加減にバツを合せた。そして、

『まだ七時頃だらうね？』

『<ruby><rb>奈何</rb><rt>どう</rt></ruby>して、奈何して、既う君八時ぢやないか知ら。』

『待ち給へ。』とＳ――新聞の記者が言つて、帶の間の時計を出して見た。『七時四十分。何處かへ行くのかね？』

『あゝ、七時半までの約束だつたが――』

『然うか。それでは僕の長居が邪魔な譯だね。近頃は方々で邪魔にしやがる。處で行先は何處だ？』

『ハハヽヽ。然う一々<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>の行先に干渉しなくても可いぢやないか。』

『<ruby><rb>祕</rb><rt>かく</rt></ruby>すな！　<ruby><rb>何有</rb><rt>なあに</rt></ruby>、解つてるよ、<ruby><rb>確乎</rb><rt>ちやん</rt></ruby>と解つてるよ。高が君等の行動が解らん樣では、これで君、札幌は狹くつても新聞記者の<ruby><rb>招牌</rb><rt>かんばん</rt></ruby>は出されないからね。』

『凄じいね。ところで今夜はマアそれにして置くから、お慈悲を以て、これで御免を蒙らして頂かうぢやないか？』

『好し、好し、今歸つてやるよ。僕だつて然う<ruby><rb>沒分曉漢</rb><rt>わからずや</rt></ruby>ではないからね、先刻御承知の通り。處でと――』と、腕組をして<ruby><rb>凝乎</rb><rt>ぢつ</rt></ruby>と考へ込む態をする。

『何を考へるのだ、大先生？』

『マ、マ、一寸待つてくれ。』

『金なら持つてないぜ。』

『畜生奴！　ハハヽヽ、<ruby><rb>先</rb><rt>せん</rt></ruby>を越しやがつた。何有、好し、好し、まだ二三軒心當りがある。』

『それは結構だ。』

『<ruby><rb>冷評</rb><rt>ひやか</rt></ruby>すない。これでも△△さんでなくては夜も日も明けないツて人が待つてるんだからね。然うだ、金崎の處へ行つて三兩許り<ruby><rb>踏手繰</rb><rt>ふんだくつ</rt></ruby>てやるか。――<ruby><rb>奈何</rb><rt>どう</rt></ruby>だい、出懸けるなら一緒に出懸けないか？』

『<ruby><rb>何有</rb><rt>なあに</rt></ruby>、惡い處へは行かないから、安心して先に出て呉れ給へ。』

『莫迦に僕を邪魔にする！　が、マア<ruby><rb>免</rb><rt>ゆる</rt></ruby>して置け。その代り儲かつたら、割前を寄越さんと承知せんぞ。左樣なら。』

そして室を出しなに後を向いて、

『君等ア<ruby><rb>薄野</rb><rt>すゝきの</rt></ruby>（遊廓）に行くんぢやないのか？』と<ruby><rb>狐疑</rb><rt>うたぐり</rt></ruby>深い目付をした。

その男を送出して室に歸ると、後藤君は<ruby><rb>落膽</rb><rt>がつかり</rt></ruby>した樣な顏をして眉間に深い皺を寄せてゐた。

『<ruby><rb>遂々</rb><rt>とう〱</rt></ruby>追出してやつた、ハハヽヽ。』と笑ひ乍ら座つたが、張合の拔けた樣な笑聲であつた。そして、

『あれで君、彼奴はＳ――社中では敏腕家なんだ。』

『<ruby><rb>可厭</rb><rt>いや</rt></ruby>な奴だねえ。』

『君は案外人嫌ひをする樣だね。あれでも根は<ruby><rb>好人物</rb><rt>おひとよし</rt></ruby>で、<ruby><rb>訛</rb><rt>だま</rt></ruby>せるところがある。』

『但し君は人を訛すことの出來ない人だ。』

『然うか…………も知れないな。』と言つて、グタリと頤を襟に埋めた。そして、手で頸筋を撫でながら、

『近頃此處が痛くて困る。少し長い物を書いたり、今の樣な奴と話をしたりすると、屹度痛くなつて來る。』

『神經痛ぢやないか知ら。』

『然うだらうと思ふ。神經衰弱に罹つてから既う三年許りになるから<ruby><rb>喃</rb><rt>なあ</rt></ruby>。』

『醫者には？』

『かゝらない、外の病氣と違つて藥なんかマア利かないからね。』

『でも君、構はずに置くよりア可かないか知ら。』

『第一、醫者にかゝるなんて、僕にア其麽暇は無い。』

然う言つて首を<ruby><rb>擡</rb><rt>もた</rt></ruby>げたが、

『暇が無いんぢやない、實は金が無いんだ。ハハヽヽ。あるものは借金と不平ばかり。然うだ、頸の痛いのも近頃は借金で首が廻らなくなつたからかも知れない。』

後藤君は取つてつけた樣に寂しい高笑ひをした。そして冷え切つた茶碗を口元まで持つて行つたが、不圖氣が付いた樣に、それを机の上に置いて、

『ヤア失敬、失敬。君にはまだ茶を出さなかつた。』

『茶なんか奈何でも可いが、それより君、話ツてな何です？』

『マア、マア、男は其麽に急ぐもんぢやない。まだ八時前だもの。』

然う言つて藥鑵の葢をとつて見ると、湯はある。出がらしになつた急須の茶滓を茶碗の一つに空けて、机の下から小さい<ruby><rb>鐵葉</rb><rt>ブリキ</rt></ruby>の茶壺を取出したが、その手付がいかにも<ruby><rb>懶</rb><rt>ものぐ</rt></ruby>さ相で、私の樣な氣の早い者が見ると、もどかしくなる位<ruby><rb>緩々</rb><rt>のろ〱</rt></ruby>してゐる。

ギシ〱する茶壺の葢を取つて、中葢の取手に手を掛けると、其儘後藤君は凝乎と考へ込んで了つた。左の眉の根がピクリ、ピクリと神經的に<ruby><rb>痙攣</rb><rt>ひきつ</rt></ruby>けてゐる。

やゝやあつてから、

『君、』と言つて中葢を取つたが、その儘茶壺を机の端に載せて、

『僕等も出掛けようぢやないか！　少し寒いけれど。』

『何處へ？』

『何處へでも可い。歩きながら話すんだ。<ruby><rb>此室</rb><rt>ここ</rt></ruby>には、（と聲を落して、目で壁隣りの室を指し乍ら、）君、Ｓ――新聞の主筆の從弟といふ奴が居るんだ。恁麽處で一時間も二時間も密談してると人に怪まれるし、第一此方も氣が<ruby><rb>塞</rb><rt>つま</rt></ruby>る、歩き乍らの方が可い。』

『何をしてるね、隣の奴は？』

『其麽聲で言ふと聞えるよ。<ruby><rb>何有</rb><rt>なあに</rt></ruby>、道廳の學務課へ出てゐる小役人だがね。昔から壁に耳ありで、其麽處から計畫が破れるかも知れないから喃。』

『一體マア何の話だらう？　大層勿體をつけるぢやないか？　葢許り澤山あつて、中に<ruby><rb>甚麽</rb><rt>どんな</rt></ruby>美味い饅頭が入つてるんか、一向アテが付かない。』

『ハハヽヽ。マア出懸けようぢやないか？』

で、二人は<ruby><rb>戸外</rb><rt>そと</rt></ruby>に出た。後藤君は既う葢を取つた茶壺の事は忘れて了つた樣子であつた。私は、この煮え切らぬ顏をした三十男が、物事を恁うまで祕密にする心根に觸れて、そして、見<ruby><rb>窄</rb><rt>すぼ</rt></ruby>らしい鳥打帽を冠り、右の肩を揚げてズシリ〱と先に立つて階段を降りる姿を見下し乍ら、異樣な寒さを感じた。出かけない主義が、何も爲出かさぬ<ruby><rb>間</rb><rt>うち</rt></ruby>に、活力を消耗して了つた立見君の半生を語る如く、後藤君の常に計畫し常に祕密にしてゐるのが、矢張またその半生の戰ひの勝敗を語つてゐた。

札幌の秋の夜はしめやかであつた。其邊は<ruby><rb>既</rb><rt>も</rt></ruby>う場末で、通り少なき廣い<ruby><rb>街路</rb><rt>まち</rt></ruby>は森閑として、空には黒雲が斑らに流れ、その間から覗いてゐる十八九日許りの月影に、街路に生えた丈低い芝草に露が光り、蟲が鳴いてゐた。家々の窓の火光だけが人懷しく見えた。

『あゝ、月がある！』然う言つて私は空を見上げたが、後藤君は默つて首を低れて歩いた。痛むのだらう。吹くともない風に肌が緊つた。

その儘少し歩いて行くと、區立の大きい病院の背後に出た。月が雲間に隱れて<ruby><rb>四邊</rb><rt>あたり</rt></ruby>が<ruby><rb>陰</rb><rt>かげ</rt></ruby>つた。

『やアれ、やれやれやれ――』といふ異樣の女の叫聲が病院の構内から聞えた。

『何だらう？』と私は言つた。

『狂人さ。それ、其處にあるのが（と構内の建物の一つを指して、）精神病患者の隔離室なんだ。夜更になると僕の下宿まで<ruby><rb>那</rb><rt>あ</rt></ruby>の聲が聞える事がある。』

その狂人共が暴れてるのだらう、ドン〱と板を敲く音がする。ハチ切れた樣な甲高い笑聲がする。

『疊たゝいて<ruby><rb>此方</rb><rt>こち</rt></ruby>の<ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>――これ、此方の人、此方の人ッたら、ホホヽヽヽヽ。』

それは鋭い女の聲であつた。私は足を緩めた。

『狂人の多くなつた丈、我々の文明が進んだのだ。ハハヽヽ。』と後藤君は言出した。『君はまだ那麽聲を聞かうとするだけ若い。僕なんかは其麽暇はない。聞えても成るべく聞かぬ樣にしてる。他の事よりア此方の事だもの。』

然うしてズシリ〱と下駄を引擦り乍ら先に立つて歩く。

『實際だ。』と私も言つたが、狂人の聲が妙に心を動かした。普通の人間と狂人との距離が其時ズッと接近して來てる樣な氣がした。『後藤君も苦しいんだ！』其麽事を考へ乍ら、私は足元に眼を落して默つて歩いた。

『ところで君、<ruby><rb>徐々</rb><rt>そろ〱</rt></ruby>話を始めようぢやないか？』と後藤君は言出した。

『初めよう。僕は先刻から待つてる。』と言つたが、その實、私は既う大した話でも無い樣に思つてゐた。

『實はね、マア好い方の話なんだが、然し餘程考へなくちや決行されない點もある――』

然う言つて後藤君の話した話は次の樣なことであつた。――今度小樽に新らしい新聞が出來る。出資者はＹ――氏といふ名のある事業家で、創業資は二萬圓、維持費の三萬圓を年に一萬宛注込んで、三年後に獨立經濟にする計畫である。そして、社長には前代議士で道會に幅を利かしてゐるＳ――氏がなるといふので。

『主筆も定つてる。』と友は言葉を<ruby><rb>亞</rb><rt>つ</rt></ruby>いだ。『先にＨ――新聞にゐた山岡といふ人で、僕も二三度面識がある、その人が今編輯局編成の任を帶びて札幌に來てゐる。實は僕にも間接に話があつたので、今日行つて<ruby><rb>打突</rb><rt>ぶつつか</rt></ruby>つて見て來たのだ。』

『成程。段々面白くなつて來たぞ。』

『無論その時君の話もした。』と熱心な調子で言つた。暗い町を肩を並べて歩き乍ら、稀なる往來の人に遠慮を<ruby><rb>爲</rb><rt>し</rt></ruby>い〱<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>めた聲も時々高くなる。後藤君は暗い中で妙な手振をし乍ら、『僕の事はマア不得要領な挨拶をしたが、君の事は君さへ承知すれば直ぐ決る位に話を進めて來た。無論現在よりは條件も可ささうだ。それに君は家族が小樽に居るんだから都合が可いだらうと思ふんだ。』

『それア<ruby><rb>先</rb><rt>ま</rt></ruby>アさうだ。が、無論君も行くんだらう？』

『其處だテ。奈何も其處だテ――』

『何が？』

『主筆は十月一日に第一囘編輯會議を開く迄に顏觸れを揃へる責任を受負つたんで、大分<ruby><rb>焦心</rb><rt>あせ</rt></ruby>つてる樣だがね。』

『十月一日！　あと九日しかない。』

『然うだ。――實はね、』と言つて、後藤君は急に聲を高くした。『僕も大いに心を動かしてる。大いに動かしてゐる。』

然うして二度許り右の拳を以て空氣を切つた。

『それなら可いぢやないか？』と私も聲を高めた。『<ruby><rb>奈何</rb><rt>どう</rt></ruby>せ天下の浪人共だ。何も顧慮する處はない。』

『其處だ。君はまだ若い、僕はも少し深く考へて見たいんだ。』

『奈何考へる？』

『詰りね、單に條件が可いから行くといふだけでなくね。――それは無論第一の問題だが――多少君、我々の理想を少しでも實行するに都合が好い――と言つた樣な點を見付けたいんだ。』（未完）