Soranoha

対州厳原港にて

たいしゅういずはらこうににて

長塚 節

對州へ渡るには博多から夜出て朝着く。博多へ渡るにもさうである。汽船は荷物を主にして居るのだから客少くして我々はみじめである。何處へ行つても朝鮮といふことをいふ。釜山なども對州の人が眞先に行つてそれから壹州の人間が行つて開いた相だ。北の方へ行つて見ると面白相だが船は不便だし陸路は險惡だし病人には迚も駄目だ。丈夫の人がゆつくり歩いて居るのには屹度いゝ處である。漁で持つて居る國だから百姓は下手らしい。昨日竹敷から歸りに馬車で一緒になつた百姓が肥料こえをすると稻が駄目になるから只作るのみだといふ。技手がついてゝさうなんだから驚く。伊勢蝦を自慢でフライにしてくれたが始めて見た。よく獲れる相だ。然し野菜は氣のきいたのは博多から來るさうだ。對馬の唄に曰く

對州名物鳶に烏又も名物屋根の石

然し鳶も烏も殆ど目に觸れず。昨日竹敷まで行つて見たが途中の民家は皆瓦葺で石を載せたといふのは少かつた。

女の馬乘脊中せなに籠三巾の前掛カス卷横ぐはへ

在から嚴原の港へ薪まきなど賣りに來る女が歸りに馬上で辨當代りに横かぢりに噛るのがカス卷で、それは菓子の名である。馬は皆小さい。さうして島の産で無ければ蹄を痛めて用をなさぬ相だ。

朝干して居た烏賊いかが竹敷から歸りに見ると餘程鯣するめの臭ひになつてゐた。對州も一寸覗いただけでもう壹州へ渡るのだ、仕方が無い。今日は雨である。(六月廿六日)

(明治四十五年七月二日、國民新聞 所載)

底本 / Source edition

底本:「長塚節全集 第二巻」春陽堂書店
1977(昭和52)年1月31日発行
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2000年5月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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長塚 節「対州厳原港にて」(旧字旧仮名)、底本『長塚節全集 第二巻』春陽堂書店、1977年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 004608_000118, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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