Soranoha

十万石

じゅうまんごく

泉 鏡花、泉 鏡太郎

上

こゝに信州しんしうの六文錢ろくもんせんは世々よゝ英勇えいゆうの家いへなること人ひとの能よく識しる處ところなり。はじめ武田家たけだけに旗下きかとして武名ぶめい遠近ゑんきんに轟とゞろきしが、勝頼かつより滅亡めつばうの後のち年としを經へて徳川氏とくがはしに歸順きじゆんしつ。松代まつしろ十萬石じふまんごくを世襲せしふして、松まつの間ま詰づめの歴々れき〱たり。

寶暦はうれきの頃ころ當城たうじやうの主あるじ眞田伊豆守幸豐公さなだいづのかみゆきとよぎみ、齡よはひわづかに十五ながら、才さい敏びんに、徳とく高たかく、聰明そうめい敏達びんたつの聞きこえ高たかかりける。

晝ひるは終日ひねもす兵術へいじゆつを修しうし、夜よるは燈下とうかに先哲せんてつを師しとして、治亂ちらん興廢こうはいの理りを講かうずるなど、頗すこぶる古いにしへの賢主けんしゆの風ふうあり。

忠實まめやかに事つかへたる何某なにがしとかやいへりし近侍きんじの武士ぶし、君きみを思おもふことの切せつなるより、御身おんみの健康けんかうを憂慮きづかひて、一時あるとき御前ごぜんに罷出まかりいで、「君きみ學問がくもんの道みちに寢食しんしよくを忘わすれ給たまふは、至極しごく結構けつこうの儀ぎにて、とやかく申上まをしあげむ言ことばもなく候さふらへども又また御心遣おんこゝろやりの術すべも候さふらはでは、餘あまりに御氣おきの詰つまりて千金せんきんの御身おんみにさはりとも相成あひならむ。折節をりふしは何なにをがな御慰おんなぐさみに遊あそばされむこと願ねがはしく候さふらふ」と申上まをしあげたり。

幼君えうくん御機嫌ごきげん美うるはしく、「よくぞ心附こゝろづけたる。予よも豫かねてより思おもはぬにはあらねど、別べつに然しかるべき戲たはむれもなくてやみぬ。汝なんぢ何なんなりとも思附おもひつきあらば申まをして見みよ。」と打解うちとけて申まをさるゝ。「さればにて候さふらふ、別段べつだん是これと申まをして君きみに勸すゝめ奉たてまつるほどのものも候さふらはねど不圖ふと思附おもひつきたるは飼鳥かひどりに候さふらふ、彼あれを遊あそばして御覽候ごらんさふらへ」といふ。幼君えうくん、「飼鳥かひどりはよきものか」と問とはせ給たまへば、「いかにも御慰おんなぐさみになり申まをすべし。第一だいいちお眼覺めざめの爲ために宜よろしからむ。いかにと申まをせば彼等かれら早朝まだきに時ときを定さだめて、ちよ〱と囀出さへづりいだすを機しほに御寢室ごしんしつを出いでさせ給たまはむには自然しぜん御眠氣おねむけもあらせられず、御心地おんこゝち宜よろしかるべし」といふ。幼君えうくん思召おぼしめしに協かなひけん、「然しからば試こゝろみに飼かふべきなり。萬事ばんじは汝なんぢに任まかすあひだ良よきに計はからひ得えさせよ」とのたまひぬ。

畏かしこまりて何某なにがしより、鳥籠とりかごの高たかさ七尺しちしやく、長ながさ二尺にしやく、幅はゞ六尺ろくしやくに造つくりて、溜塗ためぬりになし、金具かなぐを据すゑ、立派りつぱに仕上しあぐるやう作事奉行さくじぶぎやうに申渡まをしわたせば、奉行ぶぎやう其旨そのむね承うけたまはりて、早速さつそく城下じやうかより細工人さいくにんの上手じやうずなるを召出めしいだし、君御用きみごようの品しななれば費用ひようは構かまはず急いそぎ造つくりて參まゐらすべしと命めいじてより七日なのかを經へて出來しゆつたいしけるを、御居室おんゐまの縁えんに舁据かきすゑたるが、善美ぜんびを盡つくして、眼めを驚おどろかすばかりなりけり。

幼君えうくんこれを御覽ごらうじて、嬉うれしげに見みえたまへば、彼かの勸すゝめたる何某なにがし面目めんぼくを施ほどこして、件くだんの籠かごを左瞻右瞻とみかうみ、「よくこそしたれ」と賞美しやうびして、御喜悦おんよろこびを申上まをしあぐる。幼君えうくん其時そのとき「これにてよきか」と彼かの者ものに尋たづねたまへり。「天晴あつぱれ此上このうへも無なく候さふらふ」と只管ひたすらに賞ほめ稱たゝへつ。幼君えうくんかさねて、「いかに汝なんじの心こゝろに協かなへるか、」とのたまひける。「おほせまでも候さふらはず、江戸表えどおもてにて將軍しやうぐん御手飼おてがひの鳥籠とりかごたりとも此上このうへに何なんとか仕つかまつらむ、日本一につぽんいちにて候さふらふ。」と餘念よねんも無なき體ていなり。

「汝なんぢの心こゝろに可よしと思おもはば予よも其それにて可よし、」と幼君えうくんも滿足まんぞくして見みえ給たまへば、「然しからば國中こくちうの鳥屋とりやに申附まをしつけあらゆる小鳥ことりを才覺さいかくいたして早はや御慰おなぐさみに備そなへ奉たてまつらむ、」と勇立いさみたてば、「否いや、追おつてのことにせむ、先まづ其そのまゝに差置さしおけ、」とて急いそがせたまふ氣色けしき無なし。何某なにがしは不審氣いぶかしげに跪坐ついゐたるに、幼君えうくん、「予よは汝なんぢが氣きに入いりたり。汝なんぢが可よしと思おもふことならば予よは何なににても可よし、些ちと變かはりたる望のぞみなるが、汝なんぢ思附おもひつきの獻立こんだてを仕立したてて一膳いちぜん予よに試こゝろみしめよ」といかにも變かはりたる御望おんのぞみ。彼者かのもの迷惑めいわくして、「つひに獻立こんだてを仕つかまつりたる覺おぼえござなく、其道そのみちは聊いさゝかも心得候こゝろえさふらはねば、不調法ぶてうはふに候さふらふ、此儀このぎは何卒なにとぞ餘人よじんに御申下おんまをしくださるべし」と困こうじたる状さまなりけり。

幼君えうくん、「否いや、予よは汝なんぢが氣きに入いりたれば、餘人よじんにては氣きに入いらず、獻立こんだては如何樣いかやうにても可よし、凡およそ汝なんぢが心こゝろにて此これならば可よしと思おもはば其それにて可よきなり、自みづから旨うましと存ぞんずるものを予よに構かまはず仕つかまつれ」とまた他事たじも無なくおほすれば、不得止やむをえず「畏かしこまり候さふらふ」と御請申おうけまをして退出まかんでける。

さて御料理番おれうりばんに折入をりいつて、とやせむかくやせむと評議ひやうぎの上うへ、一通いツつうの獻立こんだてを書附かきつけにして差上さしあげたり。幼君えうくんたゞちに御披見ごひけんありて、「こは一段いちだんの思附おもひつき、面白おもしろき取合とりあはせなり。如何いかに汝なんぢが心こゝろにもこれにて可よしと思おもへるか」と御尋おたづねに、はツと平伏へいふくして、「私わたくし不調法ぶてうはふにていたし方かたござなく、其それが精一杯せいいつぱいに候さふらふ」と額ひたひに汗あせして聞きこえ上あぐる。幼君えうくん莞爾につこと打笑うちゑみ給たまひて、「可よし、汝なんぢが心こゝろにさへ可よしと思おもはば滿足まんぞくせり。此通このとほりの獻立こんだて二人前ににんまへ、明日みやうにちの晝食ちうじきに拵こしらふるやう、料理番れうりばんに申置まをしおくべし、何なにかと心遣こゝろづかひいたさせたり、休息きうそくせよ」とて下さげられたりける。

さて其翌日そのよくじつ「日ひの昨さくの御獻立ごこんだて出來上できあがり候さふらふ、早はやめさせ給たまふべきか」と御膳部方ごぜんぶかたより伺うかゞへば、しばしとありて、彼かの何某なにがしを御前ごぜんに召めさせられ、「近ちかきうちに鳥とりを納いれむと思おもふなり。先まづ鳥籠とりかごの戸とを開あけて見みせよ」とある。

縁側えんがはに行ゆきて戸とを開ひらき、「いざ御覽ごらん遊あそばさるべし」と手てを支つかふ。「一寸ちよいと其中そのなかに入はひつて見みよ」と口輕くちがるに申まをされければ、彼かの男をとこハツといひて何心なにごころなく籠かごに入はひる。幼君えうくんこれを見給みたまひて、「さても好よき恰好かつかうかな」と手てを拍うちてのたまへば「なるほど宜よろしく候さふらふ」と籠かごの中なかにて答こたへたり。

幼君えうくん「心地こゝちよくば其それに居ゐて煙草たばこなと吸すうて見みせよ。それ〱」と、坊主ばうずをして煙草盆たばこぼんを遣つかはしたまふに、彼かの男をとこ少すこしく狼狽うろたへ、「こはそも、其それに置おかせたまへ」と慌あわただしく出いでむとすれば、「いや〱其處そこにて煙草たばこを吸すひ心こゝろ長閑のどかに談はなせよかし」と人弱ひとよわらせの御慰おなぐさみ、賢かしこくは見みえたまへど未いまだ御幼年ごえうねんにましましけり。

籠かごの中なかなる何某なにがしは出いづるにも出いでられず、命おほせに背そむかば御咎おとがめあらむと、まじ〱として煙草たばこを吸すへば、幼君えうくん左右さいうを顧かへりみ給たまひ、「今いまこそ豫かねて申置まをしおきたる二人前ににんまへの料理れうり持もて參まゐれ」と命めいぜらる。既すでに獻立こんだてして待まちたれば直たゞちに膳部ぜんぶを御前ごぜんに捧さゝげつ。「いま一膳いちぜんはいかゞ仕つかまつらむ」と伺うかゞへば、幼君えうくん「さればなり其その膳ぜんは籠かごの中なかに遣つかはせ」との御意ぎよい、役人やくにん訝いぶかしきことかなと御顏おんかほを瞻みまもりて猶豫ためらへり。

幼君えうくんは眞顏まがほにて、「苦くるしからず、早はや遣つかはせ」と促うながし給たまふ。さては仔細しさいのあることぞと籠中かごのなかの人ひとに齎もたらせたり。彼男かのをとこ太いたく困こうじ、身みの置處おきどころ無なき状さまにて、冷汗ひやあせ掻かきてぞ畏かしこまりたる。

爾時そのとき幼君えうくんおほせには、「汝なんぢが獻立こんだてせし料理れうりなれば、嘸さぞ甘うまからむ、予よも此處こゝにて試こゝろむべし」とて御箸おんはしを取とらせ給たまへば、恐おそる〱「御料理おんれうり下くださる段だん、冥加みやうが身みに餘あまり候さふらへども、此中このなかにて給たまはる儀ぎは、平ひらに御免ごめん下くだされたし」と侘わびしげに申上まをしあぐれば、幼君えうくん、「何なにも慰なぐさみなり、辭退じたいせず、其中そのなかにて相伴しやうばんせよ」と斷たつての仰おほせ。

慰なぐさみにとのたまふにぞ、苦くるしき御伽おんとぎを勤つとむると思おもひつも、石いしを噛かみ、砂すなを嘗なむる心地こゝちして、珍菜ちんさい佳肴かかうも味あぢはひ無なく、やう〱に伴食しやうばんすれば、幼君えうくん太いたく興きようじ給たまひ、「何なんなりとも氣きに協かなひたるを、飽あくまで食しよくすべし」と強附しひつけ〱、御菓子おんくわし、濃茶こいちや、薄茶うすちや、などを籠中かごのなか所ところ狹せまきまで給たまはりつ。とかくして食事しよくじ終をはれば、續つゞきてはじまる四方山よもやまの御物語おんものがたり。

一時餘いつときあまり經たちぬれども出いでよとはのたまはず、はた出いだし給たまふべき樣子やうすもなし。彼者かのもの堪兼たまりかねて、「最早もはや御出おだし下くださるべし、御慈悲ごじひに候さふらふ」と乞こひ奉たてまつる。

幼君えうくんきつとならせ給たまひて、「決けつして出いづることあひならず一生いつしやう其中そのなかにて暮くらすべし」と面おもてを正たゞしてのたまふ氣色けしき、戲たはむれとも思おもはれねば、何某なにがし餘あまりのことに言ことばも出いでず、顏かほの色いろさへ蒼あをざめたり。

幼君えうくん「さて何なんにても食しよくを好このむべし、いふがまゝに與あたふべきぞ、退屈たいくつならば其中そのなかにて謠うたひも舞まひも勝手かつてたるべし。たゞ兩便りやうべんの用ようを達たす外ほかは外そとに出いづることを許ゆるさず」と言棄いひすてて座ざを立たち給たまひぬ。

御側おそばの面々めん〱鳥籠とりかごをぐるりと取卷とりまき、「御難澁ごなんじふのほど察さつし入いる、さて〱御氣おきの毒どくのいたり」と慰なぐさむるもあり、また、「これも御奉公ごほうこうなれば怠懈おこたり無なく御勤おつとめあるべし、上かみの御慰おんなぐさみにならるゝばかり、別べつに煩雜わづらはしき御用ごようのあるにあらず、食しよくは御好次第おこのみしだい寢ねるも起おきるも御心おこゝろまかせ、さりとは羨うらやましき御境遇ごきやうぐうに候さふらふ」と戲言ざれごとを謂いひて笑わらふもあり、甚はなはだしきに到いたりては、「いかに方々かた〲、御前ごぜんへ申まをし、何某殿なにがしどのの御内室ごないしつをも一所いつしよに此中このなかへ入いれ申まをさむか、雌雄つがひならでは風情ふぜいなく候さふらふ」などと散々さん〲。

籠中かごのなかの人ひと聲こゑを震ふるはし、「お人ひとの惡わるい、斯かゝる難儀なんぎを興きようがりてなぶり給たまふは何事なにごとぞ。君きみの御心おんこゝろはいかならむ、實まことに心細こゝろぼそくなり候さふらふ」と年效としがひもなく涙なみだを流ながす、御傍おそばの面々めん〱も笑止せうしに思おもひ、「いや、さまでに憂慮きづかひあるな、君きみ御戲おたはむれに候さふらはむ、我等われらおとりなし申まをすべし」といふ。「頼入候たのみいりさふらふ」と手てを合あはさぬばかりになむ。

それより一同いちどう種々いろ〱申まをして渠かれを御前ごぜんにわびたりければ、幼君えうくんふたゝび御出座ごしゆつざありて、籠中かごのなかの人ひとに向むかはせられ、「其方そのはうさほどまでに苦くるしきか」とあれば、「いかにも堪難たへがたく候さふらふ、飼鳥かひどりをお勸すゝめ申まをせしは私わたくし一世いつせいの過失あやまち、御宥免ごいうめんありたし」と只管ひたすらにわび奉たてまつりぬ。「然しからば出いでよ。敢あへて汝なんぢを苦くるしめて慰なぐさみにせむ所存しよぞんはあらず」と許ゆるし給たまふに、且かつ喜よろこび、且かつ恐おそれ、籠かごよりはふはふの體ていにてにじり出いでたり。「近ちかう來こい、申聞まをしきかすことあり、皆みなの者ものもこれへ參まゐれ」と御聲懸おこゑがかりに、御次おつぎに控ひかへし面々めん〱も殘のこらず左右さいうに相詰あひつむる。

伊豆守幸豐君いづのかみゆきとよぎみ、御手おんてを膝ひざに置おき給たまひ、頭かうべも得上えあげで平伏へいふくせる彼かの何某なにがしをきつと見みて、「よくものを考かんがへ見みよ、汝なんぢが常つねに住すまへる處ところ、知しらず、六疊ろくでふか、八疊はちでふか、廣ひろさも十疊じふでふに過すぎざるべし。其それに較くらべて見みる時ときは、鳥籠とりかごの中なかは狹せまけれども、二疊にでふばかりあるらむを、汝なんぢ一人ひとりの寢起ねおきにはよも堪難たへがたきことあるまじ。其上そのうへ仕事しごとをさするにあらず、日夜にちや氣きまゝに遊あそばせて、食物しよくもつは望次第のぞみしだい、海うみのもの、山やまのもの、乞こふにまかせて與あたへむに、悲かなしむ理由いはれは無なきはずなり。然しかるに二時ふたときと忍しのぶを得えず、涙なみだを流ながして窮きうを訴うつたへ、只管ひたすら籠かごを出いでむとわぶ、汝なんぢすら其通そのとほりぞ。況まして鳥類てうるゐは廣大無邊くわうだいむへんの天地てんちを家いへとし、山やまを翔かけり、海うみを横よこぎり、自在じざいに虚空こくうを往來わうらいして、心こゝろのまゝに食しよくを啄はみ、赴おもむく處ところの塒ねぐらに宿やどる。さるを捕とらへて籠かごに封ふうじて出いださずば、其その窮屈きうくつはいかならむ。また人工じんこうの巧たくみなるも、造化ざうくわの美びには如しくべからず、自然しぜんの佳味かみは人ひと造つくらじ、されば、鳥籠とりかごに美びを盡つくし、心こゝろを盡つくして餌ゑを飼かふとも、いかで鳥類てうるゐの心こゝろに叶かなふべき。

今いましも汝なんぢが試こゝろみつる、苦痛くつうを以もつて推すゐして可かなり。渠等かれらとても人ひとの心こゝろと何なにか分わかちのあるべきぞ。他たを苦くるしめて慰なぐさまむは心こゝろある者もののすべきことかは、いかに合點がてんのゆきたるか」と御年紀おんとし十五の若君わかぎみが御戒おんいましめの理ことわりに、一統いつとう感歎かんたんの額ひたひを下さげ、高たかき咳しはぶきする者もの無なく、さしもの廣室ひろまも蕭條せうでうたり。まして飼鳥かひどりを勸すゝめし男をとこは、君きみの御前ごぜん、人ひとの思おもはく、消きえも入いりたき心地こゝちせり。

幼君えうくん面おもてを和やはらげ給たまひ、「斯かう謂いはば汝なんぢは太いたく面皮めんぴを缺かかむが、忠義ちうぎのほどは我われ知しれり。平生へいぜいよく事つかへくれ、惡あしきこととて更さらに無なし、此度このたび鳥とりを勸すゝめしも、予よを思おもうての眞心まごころなるを、何なにとてあだに思おもふべき。實じつは嬉うれしく思おもひしぞよ。さりながら飼鳥かひどりは良よき遊戲あそびにあらざるを、汝なんぢは心附こゝろづかざりけむ、世よに飼鳥かひどりを好このむ者もの、皆みな其その不仁ふじんなるを知しらざるなるべし、はじめよりしりぞけて用もちゐざらむは然さることながら、さしては折角せつかくの志こゝろざしを無むにして汝なんぢの忠心まごころ露あらはれず、第一だいいち予よがたしなみにならぬなり。人ひとの心こゝろの變かはり易やすき、今いましかく賢さかしらぶりて、飼鳥かひどりの非ひを謂いひつれど、明日みやうにちを知しらず重かさねて勸すゝむる者ものある時ときは、我われまた小鳥ことりを養やしなふ心こゝろになるまじきものにあらず、こゝを思おもひしゆゑにこそ罪つみ無なき汝なんぢを苦くるしめたり、されば今日けふのことを知しれる者もの、誰たれか同一ひとしき遊戲あそびを勸すゝめむ。よし勸すゝむるものあればとて、予よが心こゝろ汝なんぢに恥はぢなば、得えて飼かふことをせまじきなり。固もとより些細ささいのことながら萬事ばんじは推おして斯かくの如ごとけむ、向後かうご我身わがみの愼つゝしみのため、此上このうへも無なき記念きねんとして、彼かの鳥籠とりかごは床とこに据すゑ、見みて慰なぐさみとなすべきぞ。斯かゝる風聞ふうぶん聞きこえなば、一家中いつかちうは謂いふに及およばず、領分内りやうぶんないの百姓ひやくしやうまで皆みな汝なんぢに鑑かんがみて、飼鳥かひどりの遊戲あそび自然しぜん止やむべし。さすれば無用むようの費つひえを節せつせむ、汝なんぢ一人いちにんの奉公ほうこうにて萬人ばんにんのためになりたるは、多おほく得難えがたき忠義ちうぎぞかし、罪つみ無なき汝なんぢを辱はづかしめつ、嘸さぞ心外しんぐわいに思おもひつらむが、予よを見棄みすてずば堪忍かんにんして、また此後このごを頼たのむぞよ」懇ねんごろにのたまひつも、目録もくろくに添そへて金子きんす十兩じふりやう、其賞そのしやうとして給たまひければ、一度いちどは怨うらめしとも口惜くやしとも思おもへりしが、今いまは只たゞ涙なみだにくれて、あはれ此君このきみのためならば、こゝにて死しなむと難有ありがたがる。一座いちざの老職らうしよく顏かほ見合みあはせ、年紀とし恥はづかしく思おもひしとぞ。

此君このきみにして此臣このしんあり、十萬石じふまんごくの政治せいぢを掌たなそこに握にぎりて富國強兵ふこくきやうへいの基もとを開ひらきし、恩田杢おんだもくは、幸豐公ゆきとよぎみの活眼くわつがんにて、擢出ぬきんでられし人ひとにぞありける。

下

眞田家さなだけの領地りやうち信州しんしう川中島かはなかじまは、列國れつこくに稀まれなる損場そんばにて、年々とし〲の損毛そんまう大方おほかたならざるに、歴世れきせい武ぶを好このむ家柄いへがらとて、殖産しよくさんの道みち發達はつたつせず、貯藏ちよざうの如何いかんを顧かへりみざりしかば、當時たうじの不如意ふによい謂いはむ方かた無なかりし。

既すでに去さる寛保年中くわんぽねんちう、一時いちじの窮きうを救すくはむため、老職らうしよくの輩はいが才覺さいかくにて、徳川氏とくがはしより金子きんす一萬兩いちまんりやう借用しやくようありしほどなれば、幼君えうくん御心おんこゝろを惱なやませ給たまひ、何なんとか家政かせいを改革かいかくして國くにの柱はしらを建直たてなほさむ、あはれ良匠りやうしやうがなあれかしと、あまたある臣下等しんかどもに絶たえず御眼おんめを注そゝがれける。

一夜いちや幼君えうくん燈火とうくわの下もとに典籍てんせきを繙ひもときて、寂寞せきばくとしておはしたる、御耳おんみゝを驚おどろかして、「君きみ、密ひそかに申上まをしあぐべきことの候さふらふ」と御前ごぜんに伺候しかうせしは、君きみの腹心ふくしんの何某なにがしなり。幼君えうくんすなはち褥しとね間近まぢかく近ちかづけ給たまひて、「豫かねて申附まをしつけたる儀ぎはいかゞ計はからひしや」「吉報きつぱうを齎もたらし候さふらふ」幼君えうくん嬉うれしげなる御氣色おけしきにて、「そは何なによりなり、早はやく語かたり聞きかせ」「さん候さふらふ、某それがし仰おほせを承うけたまはり、多日たじつ病やまひと稱しようして引籠ひきこもり、人知ひとしれず諸家しよかに立入たちいり、内端うちわの樣子やうすを伺うかゞひ見みるに、御勝手ごかつて空むなしく御手許おてもと不如意ふによいなるにもかゝはらず、御家中ごかちうの面々めん〱、分わけて老職らうしよくの方々かた〲はいづれも存外ぞんぐわい有福いうふくにて、榮燿ええうに暮くらすやに相見あひみえ候さふらふ、さるにても下男げなん下女げぢよどもの主人しゆじんを惡あしざまに申まをし、蔭言かげごとを申まをさぬ家いへとては更さらになく、また親子おやこ夫婦ふうふ相親あひしたしみ、上下しやうか和睦わぼくして家内かないに波風なみかぜなく、平和へいわに目出度めでたきところは稀まれに候さふらふ、總そうじて主人しゆじんが内うちにある時ときと、外そとに出いでし後のちと、家内かないの有樣ありさまは、大抵たいてい天地てんちの違ちがひあるが家並いへなみに候さふらふなり。然しかるに御老職ごらうしよく末席ばつせきなる恩田杢殿方おんだもくどのかたは一家内いつかない能よく治をさまり、妻女さいぢよは貞ていに、子息しそくは孝かうに、奴婢ぬひの輩ともがら皆みな忠ちうに、陶然たうぜんとして無事ぶじなること恰あたかも元日ぐわんじつの如ごとく暮くらされ候さふらふ。されば外見よそみには大分限だいぶげんの如ごとくなれど、其實そのじつ清貧せいひんなることを某それがし觀察仕くわんさつつかまつりぬ。此人このひとこそ其身そのみ治をさまりて能よく家いへの治をさまれるにこそ候さふらはめ、必かならず治績ちせきを擧あげ得うべくと存ぞんじ候さふらふ」と説とくこと一番いちばん。

幼君えうくん手てを拍うちて、「可よし、汝なんぢが觀みる處ところ予よが心こゝろに合かなへり、予よも豫かねて杢もくをこそと思おもひけれ、今いま汝なんぢが説とく所ところによりて、愈々いよ〱渠かれが人材じんざいを確たしかめたり、用もちゐて國くにの柱はしらとせむか、時機じき未いまだ到いたらず、人ひとには祕ひせよ」とぞのたまひける。

斯かくて幸豐君ゆきとよぎみは杢もくを擧あげて、一國いつこくの老職らうしよくとなさむと思おもはれけるが、もとより亂世らんせいにあらざれば、取立とりたててこれぞといふ功てがらは渠かれに無なきものを、みだりに重おもく用もちゐむは、偏頗へんぱあるやうにて後暗うしろめたく、はた杢もくを信しんずる者もの少すくなければ、其その命令めいれいも行おこなはれじ、好よき機をりもがなあれかしと時機じきの到いたるを待給まちたまひぬ。

寶暦五年はうれきごねん春はる三月さんぐわつ、伊豆守いづのかみ江戸えどに參覲さんきんありて、多日しばらく在府ざいふなされし折をりから、御親類ごしんるゐ一同いちどう參會さんくわいの事ことありき、幼君えうくん其座そのざにて、「列座れつざの方々かた〲、いづれも豫かねて御存ごぞんじの如ごとく、某それがし勝手かつて不如意ふによいにて、既すでに先年せんねん公義こうぎより多分たぶんの拜借はいしやくいたしたれど、なか〱其それにて取續とりつゞかず、此際このさい家政かせいを改革かいかくして勝手かつてを整とゝのへ申まをさでは、一家いつかも終つひに危あやふく候さふらふ。因よりて倩々つく〲案あんずるに、國許くにもとに候さふらふ恩田杢おんだもくと申者まをすもの、老職らうしよく末席ばつせきにて年少ねんせうなれど、きつと器量きりやうある者ものにつき、國家こくかの政道せいだうを擧あげて任まかせ申まをさむと存ぞんずるが、某それがしも渠かれも若年じやくねんなれば譜代ふだいの重役ぢうやくをはじめ家中かちうの者ものども、決けつして心服しんぷく仕つかまつらじ、しかする時ときは杢もくが命令めいれい行おこなはれで、背そむく者ものの出いで來きたらむには、却かへつて國家こくかの亂らんとならむこと、憂慮きづかはしく候さふらふ。就ついては近頃ちかごろ御無心ごむしんながら、各位かくゐ御列席ごれつせきにて杢もくに大權たいけんを御任おまかせ下くだされたし、さすれば、各位かくゐの御威徳ごゐとくに重おもきを置おきて、是非ぜひを謂いふものあるまじければ、何卒なにとぞ左樣さやう御計おはからひ下くだされたく候さふらふ」と陳のべられしに、一門方いちもんがた幼君えうくんの明智めいちに感かんじて、少時しばらくはたゞ顏かほを見合みあはされしが、やがて御挨拶ごあいさつに、「御不如意ごふによいの儀ぎはいづれも御同樣ごどうやうに候さふらふが、別べつして豆州づしう(幸豐ゆきとよをいふ)には御先代ごせんだいより將軍家しやうぐんけにまでも知しれたる御勝手ごかつて、御難儀ごなんぎの段だん察さつし入いる處ところなり。然しかるに御家來ごけらいに天晴あつぱれ器量人きりやうじん候さふらふとな、祝着しふぢやく申まをす。さて其者そのものを取立とりたつるに就つきて、御懸念ごけねんのほども至極致しごくいたせり。手前等てまへらより役儀やくぎ申付まをしつけ候さふらふこと、お易やすき御用ごように候さふらふ、先まづ何なにはしかれ其その杢もくとやらむ御呼寄およびよせあひなるべし」「早速さつそくの御承引ごしよういん難有候ありがたくさふらふ」と其日そのひは館やかたに歸かへらせ給たまふ。其それより御國許おくにもとへ飛脚ひきやくを飛とばして、御用ごようの儀ぎこれあり、諸役人しよやくにんども月番つきばんの者もの一名宛いちめいづゝ殘止のこりとゞまり、其他そのたは恩田杢おんだもく同道どうだうにて急々きふ〱出府しゆつぷ仕つかまつるべし、と命めいじ給たまひければ、こはそも如何いかなる大事だいじの出來できつらむと、取とるものも取とり敢あへず、夜よに日ひについで出府しゆつぷしたり。

いづれも心こゝろも心こゝろならねば、長途ちやうとの勞らうを休やすむる閑ひまなく、急いそぎ樣子やうすを伺うかゞひ奉たてまつるに何事なにごともおほせ出いだされず、ゆる〱休息きうそくいたせとあるに、皆々みな〱不審ふしんに堪たへざりけり。中二日なかふつか置おきて一同いちどうを召出めしいださる。依よつて御前ごぜんに伺候しかうすれば、其座そのざに御親類ごしんるゐ揃そろはせられ威儀ゐぎ堂々だう〱として居流ゐながれ給たまふ。一同いちどうこれはと恐おそれ謹つゝしみけるに、良やゝありて幸豐公ゆきとよぎみ、御顏おんかほを斜なゝめに見返みかへり給たまひ、「杢もく、杢もく」と召めし給たまへば、遙はるか末座まつざの方かたにて、阿あと應いらへつ、白面はくめんの若武士わかざむらひ、少すこしく列れつよりずり出いでたり。

其時そのとき、就中なかんづく御歳寄おとしよりの君きみつと褥しとねを進すゝめ給たまひ、「御用ごようの趣おもむき餘よの儀ぎにあらず、其方達そのはうたちも豫かねて存ぞんずる如ごとく豆州づしう御勝手許おかつてもと不如意ふによいにつき、此度このたび御改革ごかいかく相成あひなる奉行ぶぎやうの儀ぎ、我等われら相談さうだんの上うへにて、杢もく汝なんぢに申付まをしつくるぞ、辭退じたいはかまへて無用むようなり」と嚴おごそかに申渡まをしわたさるれば、並居なみゐる老職らうしよく、諸役人しよやくにん、耳みゝを欹そばだて眼めを睜みはれり。

老公らうこう重かさねて、「これより後のちは汝等なんぢら一同いちどう杢もくに從したがひ渠かれが言げんに背そむくこと勿なかれ、此儀このぎしかと心得こゝろえよ」と思おもひも寄よらぬ命めいなれば、いづれも心中しんちうには不平ふへいながら、異議いぎを稱となふる次第しだいにあらねば、止やむことを得えずお請うけせり。

前刻ぜんこくより無言むごんにて平伏へいふくしたる恩田杢おんだもくは此時このときはじめて頭かうべを擡もたげ、「ものの數かずならぬ某それがしに然さる大役たいやくを命おほせつけ下くだされ候さふらふこと、一世いつせいの面目めんぼくに候さふらへども、暗愚斗筲あんぐとせうの某それがし、得えて何事なにごとをか仕出しいだし候さふらふべき、直々ぢき〱御訴訟ごそしようは恐おそれ入いり候さふらふが、此儀このぎは平ひらに御免ごめん下くださるべく候さふらふ」と辭退じたいすれば、老公らうこう、「謙讓けんじやうもものにぞよる、君きみより命めいぜられたる重荷おもにをば、辭じして荷になはじとするは忠ちうにあらず、豆州づしうが御勝手ごかつて不如意ふによいなるは、一朝一夕いつてういつせきのことにはあらじを、よしや目覺めざましき改革かいかくは出來できずとも、誰たれも汝なんぢの過失あやまちとは謂いはじ、唯たゞ誠まことをだに守まもらば可かなり。とにもかくにも試こゝろみよ」と寛裕くわんゆうなる御言おんことばの傍そばよりまた幸豐公ゆきとよぎみ、「杢もく、辭退じたいすな〱、俄にはかに富とみは造つくらずとも、汝なんぢが心こゝろにて可よしと思おもふやうにさへいたせば可よし」と觀みるところを固かたく信しんじて人ひとを疑うたがひ給たまはぬは、君きみが賢明けんめいなる所以ゆゑんなるべし。

此こゝに於おいて杢もくは最早もはや辭じするに言ことば無なく、「さまでにおほせ下くだされ候さふらへば、きつと畏かしこまり候さふらふ、某それがしが不肖ふせうなる、何なにを以もつて御言おことばに報むくい奉たてまつらむ、たゞ一命いちめいを捧さゝぐることをこそ天地てんちに誓ちかひ候さふらへ」と思おもひ切きつてお請申うけまをせば、列座れつざの方々かた〲滿足々々まんぞく〱とのたまふ聲こゑずらりと行渡ゆきわたる。但たゞし老職らうしよく諸役人しよやくにんは不滿足ふまんぞくの色いろ面おもてに露あらはれたり。

杢もく逸早いちはやくこれを悟さとりて、きつと思案しあんし、上かみに向むかひて手てを支つかへ、「某それがし重おもき御役目おやくめを蒙かうむり候さふらふ上うへは一命いちめいを賭かけ物ものにして何なににても心こゝろのまゝにいたしたく候さふらふ。さるからに御老職ごらうしよく、諸役人しよやくにんいづれも方がた某それがしが言ことばに背そむかざるやう御約束おやくそくありたく候さふらふ」と憚はゞかる處ところも無なく申上まをしあぐれば、御年役おんとしやく聞きこし召めし、「道理もつともの言條いひでうなり」とてすなはち一同いちどうに誓文せいもんを徴ちようせらる。

老職らうしよくの輩やからは謂いふも更さらなり、諸役人等しよやくにんらも、愈いよ〱出いでて、愈いよ〱不平ふへいなれども、聰明そうめいなる幼君えうくんをはじめ、御一門ごいちもんの歴々方れき〱がた、殘のこらず御同意ごどういと謂いひ、殊ことに此席このせきに於おいて何なにといふべき言ことばも出いでず、私わたくしども儀ぎ、何事なにごとに因よらず改革奉行かいかくぶぎやうの命令めいれいに背そむき候さふらふまじく、いづれも杢殿もくどの手足てあしとなりて、相働あひはたらき、忠勤ちうきんを勵はげみ可申候まをすべくさふらふと、澁々しぶ〱血判けつぱんして差上さしあぐれば、御年役おんとしやく一應いちおう御覽ごらんの上うへ、幸豐公ゆきとよぎみに參まゐらせ給たまへば、讀過どくくわ一番いちばん、頷うなづき給たまひ、卷返まきかへして高たかく右手めてに捧さゝげられ、左手ゆんでを伸のべて「杢もく、」「は」と申まをして御間近おんまぢかに進出すゝみいづれば、件くだんの誓文せいもんをたまはりつ。幼君えうくん快活くわいくわつなる御聲おんこゑにて、「予よが十萬石じふまんごく勝手かつてにいたせ。」

明治三十年十月

底本 / Source edition

底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
※表題は底本では、「十萬石《じふまんごく》」とルビがついています。
入力:門田裕志
校正:川山隆
2011年8月6日作成
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TEI
/works/004588_000050/tei
プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/004588_000050/

泉 鏡花、泉 鏡太郎「十万石」(旧字旧仮名)、底本『鏡花全集 巻二十七』岩波書店、1942年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 004588_000050, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite