Soranoha

化鳥

けちょう

泉 鏡花

第一

愉快おもしろいな、愉快おもしろいな、お天気てんきが悪くつて外そとへ出でて遊あそべなくつても可いゝや、笠かさを着きて蓑みのを着きて、雨あめの降ふるなかをびしよ〲濡ぬれながら、橋はしの上うへを渡わたつて行ゆくのは猪いぬしゝだ。

菅笠すげがさを目深まぶかに冠かぶつて潵しぶきに濡ぬれまいと思おもつて向風むかひかぜに俯向うつむいてるから顔かほも見みえない、着きて居ゐる蓑みのの裾すそが引摺ひきずつて長ながいから脚あしも見みえないで歩行あるいて行ゆく、背せの高たかさは五尺ごしやくばかりあらうかな、猪子いぬしゝしてママは大おほきなものよ、大方おほかた猪いぬしゝン中なかの王様わうさまが彼様あんな三角形さんかくなりの冠かんむりを被きて、市まちへ出でて来きて、而そして、私わたしの母様おつかさんの橋はしの上うへを通とほるのであらう。

トかう思おもつて見みて居ゐると愉快おもしろい、愉快おもしろい、愉快おもしろい。

寒さむい日ひの朝あさ、雨あめの降ふつてる時とき、私わたしの小ちひさな時分じぶん、何いつ日でしたつけ、窓まどから顔かほを出だして見みて居ゐました。

「母様おつかさん、愉快おもしろいものが歩行あるいて行ゆくよ。」

爾時そのとき母様おつかさんは私わたしの手袋てぶくろを拵こしらえて居ゐて下くだすつて、

「さうかい、何なにが通とほりました。」

「あのウ猪いぬしし。」

「さう。」といつて笑わらつて居ゐらしやる。

「ありや猪いぬしゝだねえ、猪いぬしゝの王様わうさまだねえ。

母様おつかさん。だつて、大おほきいんだもの、そして三角形さんかくなりの冠かんむりを被きて居ゐました。さうだけれども、王様わうさまだけれども、雨あめが降ふるからねえ、びしよぬれになつて、可哀想かあいさうだつたよ。」

母様おつかさんは顔かほをあげて、此方こつちをお向むきで、

「吹込ふきこみますから、お前まへも此方こつちへおいで、そんなにして居ゐると衣服きものが濡ぬれますよ。」

「戸とを閉しめやう、母様おつかさん、ね、こゝん処とこの。」

「いゝえ、さうしてあけて置おかないと、お客様きやくさまが通とほつても橋銭はしせんを置おいて行いつてくれません。づるい「づるい」はママからね、引籠ひつこもつて誰だれも見みて居ゐないと、そゝくさ通抜とほりぬけてしまひますもの。」

私わたしは其時分そのじぶんは何なんにも知しらないで居ゐたけれども、母様おつかさんと二人ふたりぐらしは、この橋銭はしせんで立たつて行いつたので、一人前ひとりまへ幾于宛いくらかづゝ取とつて渡わたしました。

橋はしのあつたのは、市まちを少すこし離はなれた処ところで、堤防どてに松まつの木きが並ならむで植うはつて居ゐて、橋はしの袂たもとに榎えの樹きが一本いつぽん、時雨榎しぐれえのきとかいふのであつた。

此この榎えのきの下したに箱はこのやうな、小ちひさな、番小屋ばんごやを建たてゝ、其処そこに母様おつかさんと二人ふたりで住すんで居ゐたので、橋はしは粗造そざうな、宛然まるで、間まに合あはせといつたやうな拵こしらえ方かた、杭くいの上うへへ板いたを渡わたして竹たけを欄干らんかんにしたばかりのもので、それでも五人ごにんや十人ぐらゐ一時いつときに渡わたつたからツて、少すこし揺ゆれはしやうけれど、折をれて落おつるやうな憂慮きづかひはないのであつた。

ちやうど市まちの場末ばすゑに住すむでる日傭取ひようとり、土方どかた、人足にんそく、それから、三味線さみせんを弾ひいたり、太鼓たいこを鳴ならして飴あめを売うつたりする者もの、越後獅子ゑちごじゝやら、猿廻さるまはしやら、附木つけぎを売うる者ものだの、唄うたを謡うたふものだの、元結もつとゐよりだの、早附木はやつけぎの箱はこを内職ないしよくにするものなんぞが、目貫めぬきの市まちへ出でて行ゆく往帰ゆきかへりには、是非ぜひ母様おつかさんの橋はしを通とほらなければならないので、百人と二百人づゝ朝晩あさばん賑にぎやな「賑にぎやな」はママ人通ひとどほりがある。

それからまた向むかふから渡わたつて来きてこの橋はしを越こして場末ばすゑの穢きたない町まちを通とほり過すぎると、野原のはらへ出でる。そこン処とこは梅林ばいりんで上うへの山やまが桜さくらの名所めいしよで、其その下したに桃谷もゝたにといふのがあつて、谷間たにあひの小流こながれには、菖浦あやめ、燕子花かきつばたが一杯いつぱい咲さく。頬白ほゝじろ、山雀やまがら、雲雀ひばりなどが、ばら〱になつて唄うたつて居ゐるから、綺麗きれいな着物きものを着きた問屋とひやの女むすめだの、金満家かねもちの隠居いんきよだの、瓢ひさごを腰こしへ提さげたり、花はなの枝えだをかついだりして千鳥足ちどりあしで通とほるのがある、それは春はるのことで。夏なつになると納涼すずみだといつて人ひとが出でる、秋あきは茸狩たけがりに出懸でかけて来くる、遊山ゆさんをするのが、皆みんな内うちの橋はしを通とほらねばならない。

この間あひだも誰たれかと二三人にんづれで、学校がくかうのお師匠しゝやうさんが、内うちの前まへを通とほつて、私わたしの顔かほを見みたから、丁寧ていねいにお辞義ママじぎをすると、おや、といつたきりで、橋銭はしせんを置おかないで行いつてしまつた。

「ねえ、母様おつかさん、先生せんせいもづるい「づるい」はママ人ひとなんかねえ。」

と窓まどから顔かほを引込ひつこませた。

第二

「お心易立こゝろやすだてなんでしやう、でもづるいんだよ「づるいんだよ」はママ。余程よつぽどさういはうかと思おもつたけれど、先生せんせいだといふから、また、そんなことで悪わるく取とつて、お前まへが憎にくまれでもしちやなるまいと思おもつて黙だまつて居ゐました。」

といひ〱母様おつかさんは縫ぬつて居ゐらつしやる。

お膝ひざの前まへに落おちて居ゐた、一ひとツの方はうの手袋てぶくろの格恰かくかうが出来できたのを、私わたしは手てに取とつて、掌てのひらにあてゝ見みたり、甲かふの上うへへ乗のツけて見みたり、

「母様おつかさん、先生せんせいはね、それでなくつても僕ぼくのことを可愛かあいがつちやあ下くださらないの。」

と訴うつたへるやうにいひました。

かういつた時ときに、学校がくかうで何なんだか知しらないけれど、私わたしがものをいつても、快こゝろよく返事へんじをおしでなかつたり、拗すねたやうな、けんどんなやうな、おもしろくない言ことばをおかけであるのを、いつでも情なさけないと思おもひ〱して居ゐたのを考かんがへ出だして、少すこし欝ふさいで来きて俯向うつむいた。

「何故なぜさ。」

何なに、さういふ様子やうすの見みえるのは、つひ四五日前しごにちまへからで、其前そのさきには些少ちつともこんなことはありはしなかつた。帰かへつて母様おつかさんにさういつて、何故なぜだか聞きいて見みやうと思おもつたんだ。

けれど、番小屋ばんごやへ入はいると直すぐ飛出とびだして遊あそんであるいて、帰かへると、御飯ごはんを食たべて、そしちやあ横よこになつて、母様おつかさんの気高けだかい美うつくしい、頼母たのもしい、温当おんたうな、そして少すこし痩やせておいでの、髪かみを束たばねてしつとりして居ゐらつしやる顔かほを見みて、何なにか談話はなしをしい〱、ぱつちりと眼めをあいてるつもりなのが、いつか其そのまんまで寝ねてしまつて、眼めがさめると、また直すぐ支度したくを済すまして、学校がくかうへ行ゆくんだもの。そんなこといつてる隙ひまがなかつたのが、雨あめで閉籠とぢこもつて淋さみしいので思おもひ出だした序ついでだから聞きいたので、

「何故なぜだつて、何なんなの、此間このあひだねえ、先生せんせいが修身しうしんのお談話はなしをしてね、人ひとは何なんだから、世よの中なかに一番いちばんえらいものだつて、さういつたの。母様おつかさん違ちがつてるわねえ。」

「むゝ。」

「ねツ違ちがつてるワ、母様おつかさん。」

と揉もみくちやにしたので、吃驚びつくりして、ぴつたり手てをついて畳たゝみの上うへで、手袋てぶくろをのした。横よこに皺しはが寄よつたから、引張ひつぱつて、

「だから僕ぼく、さういつたんだ、いゝえ、あの、先生せんせい、さうではないの。人ひとも、猫ねこも、犬いぬも、それから熊くまも皆みんなおんなじ動物けだものだつて。」

「何なんとおつしやつたね。」

「馬鹿ばかなことをおつしやいつて。」

「さうでしやう。それから、」

「それから、⦅だつて、犬いぬや猫ねこが、口くちを利ききますか、ものをいひますか⦆ツて、さういふの。いひます。雀すゞめだつてチツチツチツチツて、母様おつかさんと父様おとつさんと、児こどもと朋達ともだちと皆みんなで、お談話はなしをしてるじやあありませんか。僕ぼく眠ねむい時とき、うつとりしてる時ときなんぞは、耳みみン処とこに来きて、チツチツチてママ、何なにかいつて聞きかせますのツてさういふとね、⦅詰つまらない、そりや囀さへづるんです。ものをいふのぢやあなくツて、囀さへづるの、だから何なにをいふんだか分わかりますまい⦆ツて聞きいたよ。僕ぼくね、あのウだつてもね、先生せんせい、人だつて、大勢おほぜいで、皆みんなが体操場たいさうばで、てんでに何なにかいつてるのを遠とほくン処とこで聞きいて居ゐると、何なにをいつてるのか些少ちつとも分わからないで、ざあ〱ツて流ながれてる川かはの音おととおんなしで僕ぼく分わかりませんもの。それから僕ぼくの内うちの橋はしの下したを、あのウ舟ふね漕こいで行ゆくのが何なんだか唄うたつて行ゆくけれど、何なにをいふんだかやつぱり鳥とりが声こゑを大おほきくして長ながく引ひつぱつて鳴ないてるのと違ちがひませんもの。ずツと川下かはしもの方はうでほう〱ツて呼よんでるのは、あれは、あの、人ひとなんか、犬いぬなんか、分わかりませんもの。雀すゞめだつて、四十雀しじふからだつて、軒のきだの、榎えのきだのに留とまつてないで、僕ぼくと一所いつしよに坐すわつて話はなしたら皆みんな分わかるんだけれど、離はなれてるから聞きこえませんの。だつてソツとそばへ行いつて、僕ぼく、お談話はなししやうと思おもふと、皆みんな立たつていつてしまひますもの、でも、いまに大人おとなになると、遠とほくで居ゐても分わかりますツて、小ちひさい耳みゝだから、沢山たんといろんな声こゑが入はいらないのだつて、母様おつかさんが僕ぼく、あかさんであつた時分じぶんからいひました。犬いぬも猫ねこも人間にんげんもおんなじだつて。ねえ、母様おつかさん、だねえ母様おつかさん、いまに皆みんな分わかるんだね。」

第三

母様おつかさんは莞爾につこりなすつて、

「あゝ、それで何なにかい、先生せんせいが腹はらをお立たちのかい。」

そればかりではなかつた。私わたしが児心こどもごゝろにも、アレ先生せんせいが嫌いやな顔かほをしたなト斯かう思おもつて取とつたのは、まだモ少すこし種々いろんなことをいひあつてからそれから後あとの事ことで。

はじめは先生せんせいも笑わらひながら、ま、あなたが左様さう思おもつて居ゐるのなら、しばらくさうして置おきましやう。けれども人間にんげんには智恵ちゑといふものがあつて、これには他ほかの鳥とりだの、獣けだものだのといふ動物だうぶつが企くはだて及およばない、といふことを、私わたしが川岸かはぎしに住すまつて居ゐるからつて、例れいをあげておさとしであつた。

釣つりをする、網あみを打うつ、鳥とりをさす、皆みんな人ひとの智恵ちゑで、何なにも知しらない、分わからないから、つられて、刺さされて、たべられてしまふのだトかういふことだった。

そんなことは私わたし聞きかないで知しつて居ゐる、朝晩あさばん見みて居ゐるもの。

橋はしを挟さしはさんで、川かはを溯さかのぼつたり、流ながれたりして、流網ながれあみをかけて魚うをを取とるのが、川かはン中なかに手拱てあぐらかいて、ぶる〱ふるへて突立つゝたつてるうちは顔かほのある人間にんげんだけれど、そらといつて水みづに潜もぐると、逆さかさになつて、水潜みづくゞりをしい〱五分間ふんかんばかりも泳およいで居ゐる、足あしばかりが見みえる。其その足あしの恰好かくかうの悪わるさといつたらない。うつくしい、金魚きんぎよの泳およいでる尾鰭をひれの姿すがたや、ぴら〱と水銀色すゐぎんいろを輝かゞやかして刎はねてあがる鮎あゆなんぞの立派りつぱさには全然まるでくらべものになるのぢやあない。さうしてあんな、水浸みづびたしになつて、大川おほかはの中なかから足あしを出だしてる、そんな人間にんげんがありますものか。で、人間にんげんだと思おもふとをかしいけれど、川かはン中なかから足あしが生はへたのだと、さう思おもつて見みて居ゐるとおもしろくツて、ちつとも嫌いやなことはないので、つまらない観世物みせものを見みに行ゆくより、ずつとましなのだつて、母様おつかさんがさうお謂いひだから私わたしはさう思おもつて居ゐますもの。

それから、釣つりをしてますのは、ね、先生せんせい、とまた其時そのとき先生せんせいにさういひました。

あれは人間にんげんぢやあない、簟きのこなんで、御覧ごらんなさい。片手かたて懐ふところつて、ぬうと立たつて、笠かさを冠かぶつてる姿すがたといふものは、堤坊どての「堤坊どての」はママ上うへに一本占治茸しめぢが生はへたのに違ちがひません。

夕方ゆふがたになつて、ひよろ長ながい影かげがさして、薄暗うすぐらい鼠色ねづみいろの立姿たちすがたにでもなると、ます〱占治茸しめぢで、づゝと遠とほい〱処ところまで一ひとならびに、十人も三十人も、小ちひさいのだの、大おほきいのだの、短みぢかいのだの、長ながいのだの、一番いちばん橋手前はしてまへのを頭かしらにして、さかり時どきは毎日まいにち五六十本ぽんも出来できるので、また彼処此処あつちこつちに五六人づゝも一団ひとかたまりになつてるのは、千本せんぼんしめぢツて、くさ〱に生はへて居ゐる、それは小ちひさいのだ。木きだの、草くさだのだと、風かぜが吹ふくと動うごくんだけれど、茸きのこだから、あの、茸きのこだからゆつさりとしもしませぬ。これが智恵ちゑがあつて釣つりをする人間にんげんで、些少ちつとも動うごかない。其間そのあひだに魚うをは皆みんなで優いう々と泳およいでてあるいて居ゐますわ。

また智恵ちゑがあるつて口くちを利きかれないから鳥とりとくらべツこすりや、五分ごぶ五分のがある、それは鳥とりさしで。

過日いつかぢう見みたことがありました。

他所よそのおぢさんの鳥とりさしが来きて、私わたしン処とこの橋はしの詰つめで、榎えのきの下したで立留たちどまつて、六本めの枝えだのさきに可愛かあいい頬白ほゝじろが居ゐたのを、棹さをでもつてねらつたから、あら〱ツてさういつたら、叱しツ、黙だまつて、黙だまつてツて恐こはい顔かほをして私わたしを睨ねめたから、あとじさりをして、そツと見みて居ゐると、呼吸いきもしないで、じつとして、石いしのやうに黙だまつてしまつて、かう据身すゑみになつて、中空なかぞらを貫つらぬくやうに、じりツと棹さををのばして、覗ねらつてるのに、頬白ほゝじろは何なんにも知しらないで、チ、チ、チツチツてツて、おもしろさうに、何なにかいつてしやべつて居ゐました。

其それをとう〱突つゝついてさして取とると、棹さをのさきで、くる〱と舞まつて、まだ烈はげしく声こゑを出だして啼ないてるのに、智恵ちゑのあるおぢさんの鳥とりさしは、黙だまつて、鰌掴どぜうつかみにして、腰こしの袋ふくろン中なかへ捻ねぢり込こむで、それでもまだ黙だまつて、ものもいはないので、のつそりいつちまつたことがあつたんで。

第四

頬白ほゝじろは智恵ちゑのある鳥とりさしにとられたけれど、囀さへづつてましたもの。ものをいつて居ゐましたもの。おぢさんは黙だんまりで、傍そばに見みて居ゐた私わたしまでものをいふことが出来できなかつたんだもの、何なにもくらべこして、どつちがえらいとも分わかりはしないつて。

何なんでもそんなことをいつたんで、ほんとうママに私わたしさう思おもつて居ゐましたから。

でも其それを先生せんせいが怒おこつたんではなかつたらしい。

で、まだ〱いろんなことをいつて、人間にんげんが、鳥とりや獣けだものよりえらいものだとさういつておさとしであつたけれど、海うみン中なかだの、山奥やまおくだの、私わたしの知しらない、分わからない処ところのことばかり譬たとへに引ひいていふんだから、口答くちごたへは出来できなかつたけれど、ちつともなるほどと思おもはれるやうなことはなかつた。

だつて、私わたし母様おつかさんのおつしやること、虚言うそだと思おもひませんもの。私わたしの母様おつかさんがうそをいつて聞きかせますものか。

先生せんせいは同おなじ一組クラスの小児達こどもたちを三十人も四十人も一人ひとりで可愛かあいがらうとするんだし、母様おつかさんは私わたし一人可愛かあいんだから、何どうして、先生せんせいのいふことは私わたしを欺だますんでも、母様おつかさんがいつてお聞きかせのは、決けつして違ちがつたことではない、トさう思おもつてるのに、先生せんせいのは、まるで母様おつかさんのと違ちがつたこといふんだから心服しんぷくはされないぢやありませんか。

私わたしが頷うなづかないので、先生せんせいがまた、それでは、皆みんなあなたの思おもつている通とほりにして置おきましやう。けれども木きだの、草くさだのよりも、人間にんげんが立優たちまさつた、立派りつぱなものであるといふことは、いかな、あなたにでも分わかりましやう、先まづそれを基礎どだいにして、お談話はなしをしやうからつて、聞ききました。

分わからない。私わたしさうは思おもはなかつた。

「あのウ母様おつかさん、だつて、先生せんせい、先生せんせいより花はなの方ほうルビの「ほう」はママがうつくしうございますツてさう謂いつたの。僕ぼく、ほんとうに「ほんとうに」はママさう思おもつたの、お庭にはにね、ちやうど菊きくの花はなが咲さいてるのが見みえたから。」

先生せんせいは束髪そくはつに結ゆつた、色いろの黒くろい、なりの低ひくい頑丈がんじやうな、でく〱肥ふとつた婦人をんなの方かたで、私わたしがさういふと顔かほを赤あかうした。それから急きふにツヽケンドンなものいひおしだから、大方おほかた其それが腹はらをお立たちの源因げんゐんであらうと思おもふ。

「母様おつかさん、それで怒おこつたの、さうなの。」

母様おつかさんは合点々々がつてんがつてんをなすつて、

「おゝ、そんなことを坊ばうや、お前まへいひましたか。そりや御道理ごもつともだ。」

といつて笑顔ゑがほをなすつたが、これは私わたしの悪戯いたづらをして、母様おつかさんのおつしやること肯きかない時とき、ちつとも叱しからないで、恐こはい顔かほしないで、莞爾につこり笑わらつてお見みせの、其それとかはらなかつた。

さうだ。先生せんせいの怒おこつたのはそれに違ちがひない。

「だつて、虚言うそをいつちやあなりませんつて、さういつでも先生せんせいはいふ癖くせになあ、ほんとうママに僕ぼく、花はなの方はうがきれいだと思おもふもの。ね、母様おつかさん、あのお邸やしきの坊ぼつちんママの青あをだの、紫むらさきだの交まじつた、着物きものより、花はなの方はうがうつくしいつて、さういふのね。だもの、先生せんせいなんざ。」

「あれ、だつてもね、そんなこと人ひとの前まへでいふのではありません。お前まへと、母様おつかさんのほかには、こんないゝこと知しつてるものはないのだから、分わからない人ひとにそんなこといふと、怒おこられますよ。唯たゞ、ねえ、さう思おもつて、居ゐれば、可いゝのだから、いつてはなりませんよ。可いゝかい。そして先生せんせいが腹はらを立たつてお憎にくみだつて、さういふけれど、何なにそんなことがありますものか。其それは皆みんなお前まへがさう思おもふからで、あの、雀すゞめだつて餌ゑさを与やつて、拾ひろつてるのを見みて、嬉うれしさうだと思おもへば嬉うれしさうだし、頬白ほゝじろがおぢさんにさゝれた時とき悲かなしい声こゑだと思おもつて見みれば、ひい〱いつて鳴ないたやうに聞きこえたぢやないか。

それでも先生せんせいが恐こはい顔かほをしておいでなら、そんなものは見みて居ゐないで、今いまお前まへがいつた、其そのうつくしい菊きくの花はなを見みて居ゐたら可いゝでしやう。ね、そして何なにかい、学校がくかうのお庭にはに咲さいてるのかい。」

「あゝ沢山たくさん。」

「ぢやあ其その菊きくを見みやうと思おもつて学校がくかうへおいで。花はなにはね、ものをいはないから耳みゝに聞きこえないでも、其そのかはり眼めにはうつくしいよ。」

モひとつ不平ふへいなのはお天気てんきの悪わるいことで、戸外おもてにはなか〱雨あめがやみさうにもない。

第五

また顔かほを出だして窓まどから川かはを見みた。さつきは雨脚あめあしが繁しげくつて、宛然まるで、薄墨うすゞみで刷はいたやう、堤防どてだの、石垣いしがきだの、蛇籠じやかごだの、中洲なかずに草くさの生はへた処ところだのが、点々ぽつちり〱、彼方此方あちらこちらに黒くろずんで居ゐて、それで湿しめつぽくツて、暗くらかつたから見みえなかつたが、少すこし晴はれて来きたからものゝ濡ぬれたのが皆みんな見みえる。

遠とほくの方はうに堤防どての下したの石垣いしがきの中なかほどに、置物おきもののやうになつて、畏かしこまつて、猿さるが居ゐる。

この猿さるは、誰だれが持主もちぬしといふのでもない、細引ほそびきの麻繩あさなはで棒杭ばうくひに結ゆわえつけてあるので、あの、占治茸しめぢたけが、腰弁当こしべんたうの握飯にぎりめしを半分はんぶん与やつたり、坊ばつちやんだの、乳母ばあやだのが袂たもとの菓子くわしを分わけて与やつたり、赤あかい着物きものを着きて居ゐる、みいちやんの紅雀べにすゞめだの、青あをい羽織はおりを着きて居いる吉公きちこうの目白めじろだの、それからお邸やしきのかなりやの姫様ひいさまなんぞが、皆みんなで、からかいに行いつては、花はなを持もたせる、手拭てぬぐひを被かむせる、水鉄砲みづてつぽうを浴あびせるといふ、好すきな玩弄物おもちやにして、其代そのかはり何なんでもたべるものを分わけてやるので、誰たれといつて、きまつて、世話せわをする、飼主かひぬしはないのだけれど、猿さるの餓うゑることはありはしなかつた。

時々とき〲悪戯いたづらをして、其その紅雀べにすゞめの天窓あたまの毛けを挘むしつたり、かなりやを引掻ひつかいたりすることがあるので、あの猿松さるまつが居ゐては、うつかり可愛かあいらしい小鳥ことりを手放てばなしにして戸外おもてへ出だしては置おけない、誰たれか見張みはつてでも居ゐないと、危険けんのんだからつて、ちよい〱繩なはを解といて放はなして遣やつたことが幾度いくたびもあつた。

放はなすが疾はやいか、猿さるは方々はう〲を駆かけずり廻まはつて勝手放題かつてはうだいな道楽だうらくをする、夜中よなかに月つきが明あかるい時とき寺てらの門もんを叩たゝいたこともあつたさうだし、人ひとの庖厨くりやへ忍しのび込こんで、鍋なべの大おほきいのと飯櫃めしびつを大屋根おほやねへ持もつてあがつて、手掴てづかみで食たべたこともあつたさうだし、ひら〱と青あをいなかから紅あかい切きれのこぼれて居ゐる、うつくしい鳥とりの袂たもとを引張ひつぱつて、遙はるかに見みえる山やまを指ゆびさして気絶きぜつさしたこともあつたさうなり、私わたしの覚おぼえてからも一度いちど誰たれかが、繩なはを切きつてやつたことがあつた。其時そのときはこの時雨榎しぐれえのきの枝えだの両股ふたまたになつてる処ところに、仰向あをむけに寝転ねころんで居ゐて、烏からすの脛あしを捕つかまへた、それから畚ふごに入いれてある、あのしめぢ蕈たけが釣つつた、沙魚はぜをぶちまけて、散々さんざ悪巫山戯わるふざけをした揚句あげくが、橋はしの詰つめの浮世床うきよどこのおぢさんに掴つかまつて、顔ひたひの毛けを真四角まつしかくに鋏はさまれた、それで堪忍かんにんをして追放おつぱなしたんださうなのに、夜よが明あけて見みると、また平時いつもの処ところに棒杭ぼうぐひにちやんと結ゆわへてあツた。蛇籠ぢやかごルビの「ぢやかご」はママの上うへの、石垣いしがきの中なかほどで、上うへの堤防どてには柳やなぎの切株きりかぶがある処ところ。

またはじまつた、此通このとほりに猿さるをつかまへて此処こゝへ縛しばつとくのは誰だれだらう〱ツて、一ひとしきり騒さわいだのを私わたしは知しつて居ゐる。

で、此この猿さるには出処しゆつしよがある。

其それは母様おつかさんが御存ごぞんじで、私わたしにお話はなしなすツた。

八九年前まへのこと、私わたしがまだ母様おつかさんのお腹なかん中なかに小ちつさくなつて居ゐた時分じぶんなんで、正月、春のはじめのことであつた。

今いまは唯たゞ広ひろい世よの中なかに母様おつかさんと、やがて、私わたしのものといつたら、此この番小屋ばんこやと仮橋かりばしの他ほかにはないが、其その時分じぶんは此この橋はしほどのものは、邸やしきの庭にはの中なかの一ひとツの眺望ながめに過すぎないのであつたさうで、今いま市いちの人ひとが春はる、夏なつ、秋あき、冬ふゆ、遊山ゆさんに来くる、桜山さくらやまも、桃谷もゝたにも、あの梅林ばいりんも、菖蒲あやめの池いけも皆みんな父様とつちやんので、頬白ほゝじろだの、目白めじろだの、山雀やまがらだのが、この窓まどから堤防どての岸きしや、柳やなぎの下もとや、蛇籠じやかごの上うへに居ゐるのが見みえる、其その身体からだの色いろばかりが其それである、小鳥ことりではない、ほんとうママの可愛かあいらしい、うつくしいのがちやうどこんな工合ぐあひに朱塗しゆぬりの欄干らんかんのついた二階にかいの窓まどから見みえたさうで。今日けふはまだおいひでないが、かういふ雨あめの降ふつて淋さみしい時ときなぞは、其時分そのころのことをいつでもいつてお聞きかせだ。

第六

今いまではそんな楽たのしい、うつくしい、花園はなぞのがないかはり、前まへに橋銭はしせんを受取うけとる笊ざるの置おいてある、この小ちいさな窓まどから風ふうがはりな猪いぬしゝだの、奇躰きたいな簟きのこだの、不思議ふしぎな猿さるだの、まだ其他そのたに人ひとの顔かほをした鳥とりだの、獣けものだのが、いくらでも見みえるから、ちつとは思出おもひでになるトいつちやあ、アノ笑顔わらひがほをおしなので、私わたしもさう思おもつて見みる故せいか、人ひとがあるいて行ゆく時とき、片足かたあしをあげた処ところは一本脚いつぽんあしの鳥とりのやうでおもしろい、人ひとの笑わらふのを見みると獣けだものが大おほきな赤あかい口くちをあけたよと思おもつておもしろい、みいちやんがものをいふと、おや小鳥ことりが囀さへづるかトさう思おもつてをかしいのだ。で、何なんでもおもしろくツてをかしくツて吹出ふきださずには居ゐられない。

だけれど今いましがたも母様おつかさんがおいひの通とほり、こんないゝことを知しつてるのは、母様おつかさんと私わたしばかりで何どうして、みいちやんだの、吉公きちこうだの、それから学校がくかうの女をんなの先生せんせいなんぞに教をしへたつて分わかるものか。

人ひとに踏ふまれたり、蹴けられたり、後足うしろあしで砂すなをかけられたり、苛いぢめられて責さいなまれて、熱湯にえゆを飲のませられて、砂すなを浴あびせられて、鞭むちうたれて、朝あさから晩ばんまで泣通なきどほしで、咽喉のどがかれて、血ちを吐はいて、消きえてしまいさうになつてる処ところを、人ひとに高見たかみで見物けんぶつされて、おもしろがられて、笑わらはれて、慰なぐさみにされて、嬉うれしがられて、眼めが血走ちばしつて、髪かみが動うごいて、唇くちびるが破やぶれた処ところで、口惜くやしい、口惜くやしい、口惜くやしい、口惜くやしい、畜生ちくしやうめ、獣けだものめ、ト始終しじうさう思おもつて、五年ねんも八年ねんも経たたなければ、真個ほんとうに分わかることではない、覚おぼえられることではないんださうで、お亡なくんなすつた、父様おとつさんトこの母様おつかさんとが聞きいても身震みぶるひがするやうな、そうママいふ酷ひどいめに、苦くるしい、痛いたい、苦くるしい、辛つらい、惨刻ざんこくなめに逢あつて、さうしてやう〱お分わかりになつたのを、すつかり私わたしに教おしへて下くだすつたので。私わたしはたゞ母かあちやん〱てツて母様おつかさんの肩かたをつかまいたり、膝ひざにのつかつたり、針箱はりばこの引出ひきだしを交まぜかへしたり、物ものさしをまはして見みたり、縫裁おしごとの衣服きものを天窓あたまから被かぶつて見みたり、叱しかられて逃にげ出だしたりして居ゐて、それでちやんと教をしへて頂いたゞいて、其それをば覚おぼえて分わかつてから、何なんでも鳥とりだの、獣けだものだの、草くさだの、木きだの、虫むしだの、簟きのこだのに人ひとが見みえるのだからこんなおもしろい、結構けつかうなことはない。しかし私わたしにかういふいゝことを教をしへて下くだすつた母様おつかさんは、とさう思おもふ時ときは鬱ふさぎました。これはちつともおもしろくなくつて悲かなしかつた、勿体もつたいないとさう思おもつた。

だつて母様おつかさんがおろそかに聞きいてはなりません。私わたしがそれほどの思おもひをしてやう〱お前まへに教をしへらるゝやうになつたんだから、うかつに聞きいて居ゐては罰ばちがあたります。人間にんげんも鳥獣てうぢゆうも草木さうもくも、混虫類こんちゆうるゐも皆みんな形かたちこそ変かはつて居ゐてもおんなじほどのものだといふことを。

トかうおつしやるんだから。私わたしはいつも手てをついて聞ききました。

で、はじめの内うちは何どうしても人ひとが鳥とりや、獣けだものとは思おもはれないで、優やさしくされれば嬉うれしかつた、叱しかられると恐こはかつた、泣ないてると可哀想かあいさうだつた、そしていろんなことを思おもつた。其そのたびにさういつて母様おつかさんにきいて見みるト何なに、皆みんな鳥とりが囀さへづつてるんだの、犬いぬが吠ほえるんだの、あの、猿さるが歯はを剥むくんだの、木きが身みぶるいをするんだのとちつとも違ちがつたことはないツて、さうおつしやるけれど、矢張やつぱりさうばかりは思おもはれないで、いぢめられて泣ないたり、撫なでられて嬉うれしかつたりしい〱したのを、其都度そのつど母様おつかさんに教をしへられて、今いまじやあモウ何なんとも思おもつて居ゐない。

そしてまだ如彼あゝ濡ぬれては寒さむいだらう、冷つめたいだらうと、さきのやうに雨あめに濡ぬれてびしよ〱行ゆくのを見みると気きの毒どくだつたり、釣つりをして居ゐる人ひとがおもしろさうだとさう思おもつたりなんぞしたのが、此節このせつじやもう唯たゞ変へんな簟きのこだ、妙めうな猪いぬしゝの王様わうさまだと、をかしいばかりである、おもしろいばかりである、つまらないばかりである、見みツともないばかりである、馬鹿ばか々々しいばかりである、それからみいちやんのやうなのは可愛かあいらしいのである、吉公きちかうのやうなのはうつくしいのである、けれどもそれは紅雀べにすゞめがうつくしいのと、目白めじろが可愛かあいらしいのと些少ちつとも違ちがひはせぬので、うつくしい、可愛かあいらしい。うつくしい、可愛かあいらしい。

第七

また憎にくらしいのがある。腹立はらたたしいのも他ほかにあるけれども其それも一場合あるばあひに猿さるが憎にくらしかつたり、鳥とりが腹立はらだたしかつたりするのとかはりは無ないので、煎せんずれば皆みなをかしいばかり、矢張やつぱり噴飯材料ふきだすたねなんで、別べつに取留とりとめたことがありはしなかつた。

で、つまり情じやうを動うごかされて、悲かなしむ、愁うれうる、楽たのしむ、喜よろこぶなどいふことは、時ときに因より場合ばあひに於おいての母様おつかさんばかりなので。余所よそのものは何どうであらうと些少ちつとも心こころには懸かけないやうに日ひましにさうなつて来きた。しかしかういふ心こゝろになるまでには、私わたしを教をしへるために毎日まいにち、毎晩まいばん、見みる者もの、聞きくものについて、母様おつかさんがどんなに苦労くらうをなすつて、丁寧ていねいに親切しんせつに飽あかないで、熱心ねつしんに、懇ねんごろに噛かむで含ふくめるやうになすつたかも知しれはしない。だもの、何どうして学校がくかうの先生せんせいをはじめ、余所よそのものが少せう々位ぐらゐのことで、分わかるものか、誰だれだつて分わかりやしません。

処ところが、母様おつかさんと私わたしとのほか知しらないことをモ一人ひとり他ほかに知しつてるものがあるさうで、始終しゞう母様おつかさんがいつてお聞きかせの、其それは彼処あすこに置物おきもののやうに畏かしこまつて居ゐる、あの猿さる―あの猿さるの旧もとの飼主かひぬしであつた―老父ぢいさんの猿廻さるまはしだといひます。

さつき私わたしがいつた、猿さるに出処しゆつしよがあるといふのはこのことで。

まだ私わたしが母様おつかさんのお腹なかに居ゐた時分じぶんだツて、さういひましたつけ。

初卯はつうの日ひ、母様おつかさんが腰元こしもとを二人連つれて、市まちの卯辰うたつの方はうの天神様てんじんさまへお参まゐンなすつて、晩方ばんがた帰かへつて居ゐらつしやつた、ちやうど川向かはむかふの、いま猿さるの居ゐる処ところで、堤坊どての「堤坊どての」はママ上うへのあの柳やなぎの切株きりかぶに腰こしをかけて猿さるのひかへ綱づなを握にぎつたなり、俯向うつむいて、小ちひさくなつて、肩かたで呼吸いきをして居ゐたのが其その猿廻さるまはしのぢいさんであつた。

大方おほかた今いまの紅雀べにすゞめの其その姉ねえさんだの、頬白ほゝじろの其その兄にいさんだのであつたらうと思おもはれる、男をとこだの、女をんなだの七八人寄よつて、たかつて、猿さるにからかつて、きやあ〱いはせて、わあ〱笑わらつて、手てを拍うつて、喝采かつさいして、おもしろがつて、をかしがつて、散々さんざ慰なぐさむで、そら菓子くわしをやるワ、蜜柑みかんを投なげろ、餅もちをたべさすワツて、皆みんなでどつさり猿さるに御馳走ごちさうをして、暗くらくなるとどや〱いつちまつたんだ。で、ぢいさんをいたはつてやつたものは、唯たゞの一人いちにんもなかつたといひます。

あはれだとお思おもひなすつて、母様おつかさんがお銭あしを恵めぐむで、肩掛シヨールを着きせておやんなすつたら、ぢいさん涙なみだを落おとして拝をがむで喜よろこびましたつて、さうして、

⦅あゝ、奥様おくさま、私わたくしは獣けだものになりたうございます。あいら、皆みんな畜生ちくしやうで、この猿さるめが夥間なかまでござりましやう。それで、手前達てまへたちの同類どうるゐにものをくはせながら、人間一疋にんげんいつぴきの私わたくしには目めを懸かけぬのでござります⦆トさういつてあたりを睨にらむだ、恐おそらくこのぢいさんなら分わかるであらう、いや、分わかるまでもない、人ひとが獣けだものであることをいはないでも知しつて居ゐやうとさういつて母様おつかさんがお聞きかせなすつた、

うまいこと知しつてるな、ぢいさん。ぢいさんと母様おつかさんと私わたしと三人さんにんだ。其時そのときぢいさんが其そのまんまで控綱ひかへづなを其処そこン処とこの棒杭ばうぐひに縛しばりツ放ぱなしにして猿さるをうつちやつて行ゆかうとしたので、供ともの女中ぢよちうが口くちを出だして、何どうするつもりだつて聞きいた。母様おつかさんもまた傍そばからまあ捨児すてごにしては可哀想かあいさうでないかツて、お聞ききなすつたら、ぢいさんにや〱と笑わらつたさうで、

⦅はい、いえ、大丈夫だいじやうぶでござります。人間にんげんをかうやつといたら、餓うゑも凍こゞゑもしやうけれど、獣けだものでござりますから今いまに長ながい目めで御覧ごらうじまし、此奴こいつはもう決けつしてひもじい目めに逢あふことはござりませぬから⦆

トさういつてかさね〲恩おんを謝しやして分わかれて何処どこへか行いつちまひましたツて。

果はたして猿さるは餓うゑないで居ゐる。もう今いまでは余程よつぽどの年紀としであらう。すりや、猿さるのぢいさんだ。道理だうりで、功かうを経へた、ものゝ分わかつたやうな、そして生きまじめで、けろりとした、妙めうな顔かほをして居ゐるんだ。見みえる〱、雨あめの中なかにちよこなんと坐すわつて居ゐるのが手てに取とるやうに窓まどから見みえるワ。

第八

朝晩あさばん見馴みなれて珍めづらしくもない猿さるだけれど、いまこんなこと考かんがえママ出だしていろんなこと思おもつて見みると、また殊ことにものなつかしい、あのおかしな顔かほ早はやくいつて見たいなと、さう思おもつて、窓まどに手てをついてのびあがつて、づゝと肩かたまで出だすと潵しぶきがかゝつて、眼めのふちがひやりとして、冷つめたい風かぜが頬ほゝを撫なでた。

爾時そのとき仮橋かりばしががた〱いつて、川面かはづらの小糠雨こぬかあめを掬すくふやうに吹ふき乱みだすと、流ながれが黒くろくなつて颯さつと出でた。トいつしよに向岸むかふぎしから橋はしを渡わたつて来くる、洋服やうふくを着きた男をとこがある。

橋板はしいたがまた、がツたりがツたりいつて、次第しだいに近ちかづいて来くる、鼠色ねづみいろの洋服やうふくで、釦ぼたんをはづして、胸むねを開あけて、けば〱しう襟飾えりかざりを出だした、でつぷり紳士しんしで、胸むねが小ちひさくツて、下腹したつぱらの方ほうが図づぬけにはずんでふくれた、脚あしの短みぢかい、靴くつの大おほきな、帽子ばうしの高たかい、顔かほの長ながい、鼻はなの赤あかい、其それは寒さむいからだ。そして大跨おほまたに、其その逞たくましい靴くつを片足かたあしづゝ、やりちがへにあげちやあ歩行あるいて来くる、靴くつの裏うらの赤あかいのがぽつかり、ぽつかりと一ひとツづゝ此方こつちから見みえるけれど、自分じぶんじやあ、其その爪つまさきも分わかりはしまい。何なんでもあんなに腹はらのふくれた人ひとは臍へそから下した、膝ひざから上うへは見みたことがないのだとさういひます。あら! あら! 短服チツヨツキに靴くつを穿はいたものが転ころがつて来くるぜと、思おもつて、じつと見みて居ゐると、橋はしのまんなかあたりへ来きて鼻眼鏡はなめがねをはづした、潵しぶきがかゝつて曇くもつたと見みえる。

で、衣兜かくしから半拭はんかちを出だして、拭ふきにかゝつたが、蝙蝠傘かうもりがさを片手かたてに持もつて居ゐたから手てを空あけやうとして咽喉のどと肩かたのあひだへ柄えを挟はさんで、うつむいて、珠たまを拭ぬぐひかけた。

これは今いままでに幾度いくたびも私わたし見みたことのある人ひとで、何なんでも小児こどもの時ときは物見高ものみだかいから、そら、婆ばあさんが転ころんだ、花はなが咲さいた、といつて五六人人ひとだかりのすることが眼めの及およぶ処ところにあれば、必かならず立たつて見みるが何処どこに因よらずで場所ばしよは限かぎらない、すべて五十人以上いじやうの人ひとが集会しふくわいしたなかには必かならずこの紳士しんしの立交たちまじつて居ゐないといふことはなかつた。

見みる時ときにいつも傍はたの人ものを誰たれか知しらつかまへて、尻上しりあがりの、すました調子てうしで、何なにかものをいつて居ゐなかつたことは殆ほとんど無ない、それに人ひとから聞きいて居ゐたことは曾かつてないので、いつでも自分じぶんで聞きかせて居ゐる、が、聞きくものがなければ独ひとりで、むゝ、ふむ、といつたやうな、承知しようちしたやうなことを独言ひとりごとのやうでなく、聞きかせるやうにいつてる人ひとで、母様おつかさんも御存ごぞんじで、彼あれは博士はかせぶりといふのであるとおつしやつた。

けれども鰤ぶりではたしかにない、あの腹はらのふくれた様子やうすといつたら、宛然まるで、鮟鱇あんかうに肖にて居ゐるので、私わたしは蔭かげじやあ鮟鱇博士あんかうはかせとさういひますワ。此間このあひだも学校がくかうへ参観さんくわんに来きたことがある。其時そのときも今いま被かむつて居ゐる、高たかい帽子ばうしを持もつて居ゐたが、何なんだつてまたあんな度どはづれの帽子ばうしを着きたがるんだらう。

だつて、眼鏡めがねを拭ふかうとして、蝙蝠傘かうもりがさを頤をとがひで押おさへて、うつむいたと思おもふと、ほら〱、帽子ばうしが傾かたむいて、重量おもみで沈しづみ出だして、見みてるうちにすつぼり、赤あかい鼻はなの上うへへ被かぶさるんだもの。眼鏡めがねをはづした上うへで帽子ばうしがかぶさつて、眼めが見みえなくなつたんだから驚おどろいた、顔中かほぢう帽子ばうし、唯たゞ口くちばかりが、其その口くちを赤あかくあけて、あはてゝ、顔かほをふりあげて、帽子ばうしを揺ゆりあげやうとしたから蝙蝠傘かうもりがさがばツたり落おちた。落おつこちると勢いきほひよく三みつツばかりくる〱とまつた間あひだに、鮟鱇博士あんかうはかせは五いつツばかりおまはりをして、手てをのばすと、ひよいと横よこなぐれに風かぜを受うけて、斜なゝめに飛とんで、遙はるか川下かはしもの方はうへ憎にくらしく落着おちついた風ふうでゆつたりしてふわりと落おちるト忽たちまち矢やの如ごとくに流ながれ出だした。

博士はかせは片手かたてで眼鏡めがねを持もつて、片手かたてを帽子ばうしにかけたまゝ烈はげしく、急きふに、殆ほとんど数かぞへる遑ひまがないほど靴くつのうらで虚空こくうを踏ふむだ、橋はしががた〱と動うごいて鳴なつた。

「母様おつかさん、母様おつかさん、母様おつかさん」

と私わたしは足あしぶみをした。

「あい。」としづかに、おいひなすつたのが背後うしろに聞きこえる。

窓まどから見みたまゝ振向ふりむきもしないで、急込せきこんで、

「あら〱流ながれるよ。」

「鳥とりかい、獣けだものかい。」と極きはめて平気へいきでいらつしやる。

「蝙蝠かうもりなの、傘からかさなの、あら、もう見みえなくなつたい、ほら、ね、流ながれツちまひました。」

「蝙蝠かうもりですと。」

「あゝ、落おツことしたの、可哀想かあいさうに。」

と思おもはず嘆息たんそくをして呟つぶやいた。

母様おつかさんは笑ゑみを含ふくむだお声こゑでもつて、

「廉れんや、それはね、雨あめが晴はれるしらせなんだよ。」

此時このとき猿さるが動うごいた。

第九

一廻ひとまはりくるりと環わにまはつて前足まへあしをついて、棒杭ばうぐひの上うへへ乗のつて、お天気てんきを見みるのであらう、仰向あをむいて空そらを見みた。晴はれるといまに行ゆくよ。

母様おつかさんは嘘うそをおつしやらない。

博士はかせは頻しきりに指ゆびさしをして居ゐたが、口くちが利きけないらしかつた、で、一散いつさんに駆かけて、来きて黙だまつて小屋こやの前まへを通とほらうとする。

「おぢさん〱。」

と厳きびしく呼よんでやつた。追懸おひかけて、

「橋銭はしせんを置おいて去いらつしやい、おぢさん。」

とさういつた。

「何なんだ!」

一通ひとゝほりの声こゑではない、さつきから口くちが利きけないで、あのふくれた腹はらに一杯いつぱい固かたくなるほど詰つめ込こみ〱して置おいた声こゑを、紙鉄砲かみでつぱうぶつやうにはぢきだしたものらしい。

で、赤あかい鼻はなをうつむけて、額越ひたひごしに睨にらみつけた。

「何なにか」と今度こんどは応揚おうやうである「応揚おうやうである」はママ。

私わたしは返事へんじをしませんかつた。それは驚おどろいたわけではない、恐こはかつたわけではない。鮟鱇あんかうにしては少すこし顔かほがそぐはないから何なににしやう、何なにに肖にて居ゐるだらう、この赤あかい鼻はなの高たかいのに、さきの方はうが少すこし垂たれさがつて、上唇うはくちびるにおつかぶさつてる工合ぐあいといつたらない、魚うをより獣けものより寧むしろ鳥とりの嘴はしによく肖にて居ゐる、雀すゞめか、山雀やまがらか、さうでもない。それでもないト考かんがえて七面鳥しちめんちやうに思おもひあたつた時とき、なまぬるい音調おんちやうで、

「馬鹿ばかめ。」

といひすてにして沈しづんで来くる帽子ばうしをゆりあげて行ゆかうとする。

「あなた。」とおつかさんが屹きつとした声こゑでおつしやつて、お膝ひざの上うへの糸屑いとくづを細ほそい、白しろい、指ゆびのさきで二ふたツ三みツはじき落おとして、すつと出でて窓まどの処ところへお立たちなすつた。

「渡わたしをお置おきなさらんではいけません。」

「え、え、え。」

といつたがぢれつたさうに、

「僕ぼくは何なんじやが、うゝ知しらんのか。」

「誰だれです、あなたは。」と冷ひやゝかで。私わたしこんなのをきくとすつきりする、眼めのさきに見みえる気きにくわママないものに、水みづをぶつかけて、天窓あたまから洗あらつておやんなさるので、いつでもかうだ、極きはめていゝ。

鮟鱇あんかうは腹はらをぶく〱さして、肩かたをゆすつたが、衣兜かくしから名刺めいしを出だして、笊ざるのなかへまつすぐに恭うやうやしく置おいて、

「かういふものじや、これじや、僕ぼくじや。」

といつて肩書かたがきの処ところを指ゆびさした、恐おそろしくみぢかい指ゆびで、黄金きんの指輪ゆびわの太ふといのをはめて居ゐる。

手てにも取とらないで、口くちのなかに低声こゞゑにおよみなすつたのが、市内衛生会委員しないえいせいくわいゐゝん、教育談話会幹事きやういくだんわくわいかんじ、生命保険会社々員せいめいほけんくわいしや〱ゐん、一六会々長いちろくくわい〱ちやう、美術奨励会理事びじゆつしやうれいくわいりじ、大日本赤十字社社員だいにつぽんせきじふじしや〱ゐん、天野喜太郎あまのきたらう。

「この方かたですか。」

「うゝ。」といつた時ときふつくりした鼻はなのさきがふら〱して、手てで、胸むねにかけた赤十字せきじふじの徽章きしやうをはぢいたあとで、

「分わかつたかね。」

こんどはやさしい声こゑでさういつたまゝまた行ゆきさうにする。

「いけません。お払はらひでなきやアあとへお帰かへンなさい。」とおつしやつた。先生せんせい妙めうな顔かほをしてぼんやり立たつてたが少すこしむきになつて、

「えゝ、こ、細こまかいのがないんじやから。」

「おつりを差上さしあげましやう。」

おつかさんは帯おびのあひだへ手てをお入いれ遊あそばした。

第十

母様おつかさんはうそをおつしやらない、博士はかせが橋銭はしせんをおいてにげて行ゆくと、しばらくして雨あめが晴はれた。橋はしも蛇籠じやかごも皆みんな雨あめにぬれて、黒くろくなつて、あかるい日中ひなかへ出でた。榎えのきの枝えだからは時とき々はら〱と雫しづくが落おちる、中流ちうりうへ太陽ひがさして、みつめて居ゐるとまばゆいばかり。

「母様おつかさん遊あそびに行ゆかうや。」

此時このとき鋏はさみをお取とんなすつて、

「あゝ。」

「ねイ、出でかけたつて可いゝの、晴はれたんだもの。」

「可いゝけれど、廉れんや、お前まへまたあんまりお猿さるにからかつてはなりませんよ。さう、可塩梅いゝあんばいにうつくしい羽はねの生はへた姉ねえさんが何時いつでもいるんぢやあありません。また落おつこちやうもんなら。」

ちよいと見向みむいて、清すゞしい眼めで御覧ごらんなすつて莞爾につこりしてお俯向うつむきで、せつせと縫ぬつて居ゐらつしやる。

さう、さう! さうであつた。ほら、あの、いま頬ほつぺたを掻かいてむく〱濡ぬれた毛けからいきりをたてゝ日向ひなたぼつこをして居ゐる、憎にくらしいツたらない。

いまじやあもう半年はんとしも経たつたらう、暑あつさの取着とつつきの晩方頃ばんかたごろで、いつものやうに遊あそびに行いつて、人ひとが天窓あたまを撫なでゝやつたものを、業畜がふちく、悪巫山戯わるふざけをして、キツ〱と歯はを剥むいて、引掻ひつかきさうな権幕けんまくをするから、吃驚びつくりして飛退とびのかうとすると、前足まへあしでつかまへた、放はなさないから力ちからを入いれて引張ひつぱり合あつた奮はづみであつた。左ひだりの袂たもとがびり〱と裂さけてちぎれて取とれたはづみをくつて、踏占ふみしめた足あしがちやうど雨上あまあがりだつたから、堪たまりはしない、石いしの上うへを辷すべつて、ずる〱と川かはへ落おちた。わつといつた顔かほへ一波ひとなみかぶつて、呼吸いきをひいて仰向あをむけに沈しづむだから、面めんくらつて立たたうとするとまた倒たふれて眼めがくらむで、アツとまたいきをひいて、苦くるしいので手てをもがいて身躰からだを動うごかすと唯たゞどぶん〱と沈しづむで行ゆく、情なさけないと思おもつたら、内うちに母様おつかさんの坐すはつて居ゐらつしやる姿すがたが見みえたので、また勢いきおひついたけれど、やつぱりどぶむ〱と沈しづむから、何どうするのかなと落着おちついて考かんがへたやうに思おもふ。それから何なんのことだらうと考かんがえママたやうにも思おもはれる、今いまに眼めが覚さめるのであらうと思おもつたやうでもある、何なんだか茫乎ぼんやりしたが俄にわかに水みづン中なかだと思おもつて叫さけばうとすると水みづをのんだ。もう駄目だめだ。

もういかんとあきらめるトタンに胸むねが痛いたかつた、それから悠々いういうと水みづを吸すつた、するとうつとりして何なんだか分わからなくなつたと思おもふと溌ぱつと糸いとのやうな真赤まつかな光線くわうせんがさして、一巾ひとはゞあかるくなつたなかにこの身躰からだが包つゝまれたので、ほつといきをつくと、山やまの端はが遠とほく見みえて私わたしのからだは地つちを放はなれて其頂そのいたゞきより上うへの処ところに冷つめたいものに抱かゝへられて居ゐたやうで、大おほきなうつくしい眼めが、濡髪ぬれがみをかぶつて私わたしの頬ほゝん処とこへくつゝいたから、唯たゞ縋すがり着ついてじつと眼めを眠ねむつた[「眠つた」に「ママ」の注記]覚おぼえがある。夢ゆめではない。

やつぱり片袖かたそでなかつたもの、そして川かはへ落おつこちて溺おぼれさうだつたのを救すくはれたんだつて、母様おつかさんのお膝ひざに抱だかれて居ゐて、其晩そのばん聞きいたんだもの。だから夢ゆめではない。

一躰いつたい助たすけて呉くれたのは誰だれですッて、母様おつかさんに問とふた。私わたしがものを聞きいて、返事へんじに躊躇ちうちよをなすつたのは此時このときばかりで、また、それは猪いぬしゝだとか、狼おほかみだとか、狐きつねだとか、頬白ほゝじろだとか、山雀やまがらだとか、鮟鱇あんかうだとか鯖さばだとか、蛆うぢだとか、毛虫けむしだとか、草くさだとか、竹たけだとか、松茸まつたけだとか、しめぢだとかおいひでなかつたのも此時このときばかりで、そして顔かほの色いろをおかへなすつたのも此時このときばかりで、それに小ちひさな声こゑでおつしやつたのも此時このときばかりだ。

そして母様おつかさんはかうおいひであつた。

(廉れんや、それはね、大おほきな五色ごしきの翼はねがあつて天上てんじやうに遊あそんで居ゐるうつくしい姉ねえさんだよ)

第十一

(鳥とりなの、母様おつかさん)とさういつて其時そのとき私わたしが聴きいた。

此これにも母様おつかさんは少すこし口籠くちごもつておいでゝあつたが、

(鳥とりぢやないよ、翼はねの生はへた美うつくしい姉ねえさんだよ)

何どうしても分わからんかつた。うるさくいつたらしまひにやお前まへには分わからない、とさうおいひであつた、また推返おしかへして聴きいたら、やつぱり、

(翼はねの生はへたうつくしい姉ねえさんだつてば)

それで仕方しかたがないからきくのはよして、見みやうと思おもつた、其そのうつくしい翼はねのはへたもの見みたくなつて、何処どこに居ゐます〱ツて、せつツママいても知しらないと、さういつてばかりおいでゝあつたが、毎日まいにち〱あまりしつこかつたもんだから、とう〱余儀よぎなさゝうなお顔色かほつきで、

(鳥屋とりやの前まへにでもいつて見みて来くるが可いゝ)

そんならわけはない。

小屋こやを出でて二町ちやうばかり行ゆくと直すぐ坂さかがあつて、坂さかの下口おりくちに一軒いつけん鳥屋とりやがあるので、樹蔭こかげも何なんにもない、お天気てんきのいゝ時ときあかるい〱小ちひさな店みせで、町家まちやの軒のきならびにあつた。鸚鵡あうむなんざ、くるツとした露つゆのたりさうな、小ちいルビの「ちい」はママさな眼めで、あれで瞳ひとみが動うごきますね。毎日まいにち々々行いつちやあ立たつて居ゐたので、しまひにやあ見知顔みしりがほで私わたしの顔かほを見みて頷うなづくやうでしたつけ、でもそれぢやあない。

駒こまはね、丈たけの高たかい、籠かごん中なかを下したから上うへへ飛とんで、すがつて、ひよいと逆さかさに腹はらを見みせて熟柿ぢくしの落おつこちるやうにぽたりとおりて餌えをつゝいて、私わたしをばかまひつけない、ちつとも気きに懸かけてくれやうとはしないでママあつた、それでもない。皆みんな違ちがつとる。翼はねの生はへたうつくしい姉ねえさんは居ゐないのッて、一所いつしよに立たつた人ひとをつかまへちやあ、聞きいたけれど、笑わらふものやら、嘲あざけるものやら、聞きかないふりをするものやら、つまらないとけなすものやら、馬鹿ばかだといふものやら、番小屋ばんごやの媽々かゝに似にて此奴こいつも何どうかして居ゐらあ、といふものやら、皆みんな獣けだものだ。

(翼はねの生はへたうつくしい姉ねえさんは居ゐないの)ツて聞きいた時とき、莞爾につこり笑わらつて両方りやうはうから左右さいうの手てでおうやうに私わたしの天窓あたまを撫なでゝ行いつた、それは一様いちやうに緋羅紗ひらしやのづぼんを穿はいた二人ふたりの騎兵きへいで――聞きいた時とき――莞爾につこり笑わらつて、両方りやうほうから左右さいうの手てで、おうやうに私わたしの天窓あたまをなでゝ、そして手てを引ひきあつて黙だまつて坂さかをのぼつて行いつた、長靴ながぐつの音おとがぼつくりして、銀ぎんの剣けんの長ながいのがまつすぐに二ふたツならんで輝かゞやいて見みえた。そればかりで、あとは皆みな馬鹿ばかにした。

五日いつかばかり学校がくかうから帰かへつちやあ其足そのあしで鳥屋とりやの店みせへ行いつてじつと立たつて奥おくの方はうの暗くらい棚たなん中なかで、コト〱と音おとをさして居ゐる其その鳥とりまで見覚みおぼえたけれど、翼はねの生はへた姉ねえさんは居ゐないのでぼんやりして、ぼツとして、ほんとうに少すこし馬鹿ばかになつたやうな気きがしい〱、日ひが暮くれると帰かへり帰かへりした。で、とても鳥屋とりやには居ゐないものとあきらめたが、何どうしても見みたくツてならないので、また母様おつかさんにねだつて聞きいた。何処どこに居ゐるの、翼はねの生はへたうつくしい人ひとは何処どこに居ゐるのツて。何なんとおいひでも肯分きゝわけないものだから母様おつかさんが、

(それでは林はやしへでも、裏うらの田畝たんぼへでも行いつて見みておいで。何故なぜツて天上てんじように遊あそんで居ゐるんだから籠かごの中なかに居ゐないのかも知しれないよ)

それから私わたし、あの、梅林ばいりんのある処ところに参まゐりました。

あの桜山さくらやまと、桃谷もゝだにと、菖蒲あやめの池いけとある処ところで。

しかし其それは唯たゞ青葉あをばばかりで菖蒲あやめの短みじかいのがむらがつてゝ、水みづの色いろの黒くろい時分じぶん、此処こゝへも二日ふつか、三日みつか続つゞけて行ゆきましたつけ、小鳥ことりは見みつからなかつた。烏からすが沢山たんと居ゐた。あれが、かあ〱鳴ないて一ひとしきりして静しづまると其姿そのすがたの見みえなくなるのは、大方おほかた其翼そのはねで、日ひの光ひかりをかくしてしまふのでしやう、大おほきな翼はねだ、まことに大おほきい翼つばさだ、けれどもそれではない。

第十二

日ひが暮くれかゝると彼方あつちに一ひとならび、此方こつちに一ひとならび縦横じうわうになつて、梅うめの樹きが飛とび々に暗くらくなる。枝えだ々のなかの水田みづたの水みづがどむよりして淀よどむで居ゐるのに際立きはだつて真白まつしろに見みえるのは鷺さぎだつた、二羽には一処ひとところにト三羽さんば一処ひとところにト居ゐてそして一羽いちはが六尺しやくばかり空そらへ斜なゝめに足あしから糸いとのやうに水みづを引ひいて立たつてあがつたが音おとがなかつた、それでもない。

蛙かはづが一斉いつせいに鳴なきはじめる。森もりが暗くらくなつて、山やまが見みえなくなつた。

宵月よいづきの頃ころだつたのに曇くもつてたので、星ほしも見みえないで、陰々いんいんとして一面いちめんにものゝ色いろが灰はいのやうにうるんであつた、蛙かはづがしきりになく。

仰あをいで高たかい処ところに朱しゆの欄干らんかんのついた窓まどがあつて、そこが母様おつかさんのうちだつたと聞きく、仰あほいで高たかい処ところに朱しゆの欄干らんかんのついた窓まどがあつてそこから顔かほを出だす、其顔そのかほが自分じぶんの顔かほであつたんだらうにトさう思おもひながら破やぶれた垣かきの穴あなん処とこに腰こしをかけてぼんやりして居ゐた。

いつでもあの翼はねの生はへたうつくしい人ひとをたづねあぐむ、其その昼ひるのうち精神せいしんの疲労つかれないうちは可いゝんだけれど、度どが過すぎて、そんなに晩おそくなると、いつもかう滅入めいつてしまつて、何なんだか、人ひとに離はなれたやうな世間せけんに遠とほざかつたやうな気きがするので、心細こゝろぼそくもあり、裏悲うらかなしくもあり、覚束おぼつかないやうでもあり、恐おそろしいやうでもある、嫌いやな心持こゝろもちだ、嫌いやな心持こゝろもちだ。

早はやく帰かへらうとしたけれど気きが重おもくなつて其癖そのくせ神経しんけいは鋭するどくなつて、それで居ゐてひとりでにあくびが出でた。あれ!

赤あかい口くちをあいたんだなと、自分じぶんでさうおもつて、吃驚びつくりした。

ぼんやりした梅うめの枝えだが手てをのばして立たつてるやうだ。あたりを眴みまはすと真まつくらで、遠とほくの方はうで、ほう、ほうツて、呼よぶのは何なんだらう。冴さえた通とほる声こゑで野末のずゑを押おしひろげるやうに、啼なく、トントントントンと谺こだまにあたるやうな響ひゞきが遠とほくから来くるやうに聞きこえる鳥とりの声こゑは、梟ふくらうであつた。

一ひとツでない。

二ふたツも三みつツも。私わたしに何なにを談はなすのだらう、私わたしに何なにを談はなすのだらう、鳥とりがものをいふと慄然ぞつとして身みの毛けが慄立よだつた。

ほんとママうに其晩そのばんほど恐こはかつたことはない。

蛙かはづの声こゑがます〱高たかくなる、これはまた仰山ぎやうさんな、何百なんびやく、何どうして幾千いくせんと居ゐて鳴ないてるので、幾千いくせんの蛙かはづが一ひとツ一ひとツ眼めがあつて、口くちがあつて、足あしがあつて、身躰からだがあつて、水みづン中なかに居ゐて、そして声こゑを出だすのだ。一ひとツ一ひとツトわなゝいた。寒さむくなつた。風かぜが少すこし出でて樹きがゆつさり動うごいた。

蛙かはづの声こゑがます〱高たかくなる、居ゐても立たつても居ゐられなくツて、そつと動うごき出だした、身躰からだが何どうにかなつてるやうで、すつと立たち切きれないで蹲つくばつた、裾すそが足あしにくるまつて、帯おびが少すこし弛ゆるむで、胸むねがあいて、うつむいたまゝ天窓あたまがすはつた。ものがぼんやり見みえる。

見みえるのは眼めだトまたふるえママた。

ふるえママながら、そつと、大事だいじに、内証ないしやうで、手首てくびをすくめて、自分じぶんの身躰からだを見みやうと思おもつて、左右さいうへ袖そでをひらいた時ときもう思おもはずキヤツと叫さけんだ。だつて私わたしが鳥とりのやうに見みえたんですもの。何どんなに恐こはかつたらう。

此時このとき背後うしろから母様おつかさんがしつかり抱だいて下くださらなかつたら、私わたし何どうしたんだか知しれません。其それはおそくなつたから見みに来きて下くだすつたんで泣なくことさへ出来できなかつたのが、

「母様おつかさん!」といつて離はなれまいと思おもつて、しつかり、しつかり、しつかり襟えりん処とこへかぢりついて仰向あふむいてお顔かほを見みた時とき、フツト気きが着ついた。

何どうもさうらしい、翼はねの生はへたうつくしい人ひとは何どうも母様おつかさんであるらしい。もう鳥屋とりやには、行ゆくまい、わけてもこの恐こはい処ところへと、其後そののちふつゝり。

しかし何どうしても何どう見みても母様おつかさんにうつくしい五色ごしきの翼はねが生はへちやあ居ゐないから、またさうではなく、他ほかにそんな人ひとが居ゐるのかも知しれない、何どうしても判然はつきりしないで疑うたがはれる。

雨あめも晴はれたり、ちやうど石原いしはらも辷すべるだらう。母様おつかさんはあゝおつしやるけれど、故わざとあの猿さるにぶつかつて、また川かはへ落おちて見みやうか不知しら。さうすりやまた引上ひきあげて下くださるだらう。見みたいな! 翼はねの生はへたうつくしい姉ねえさん。だけれども、まあ、可いゝ、母様おつかさんが居ゐらつしやるから、母様おつかさんが居ゐらつしやつたから。(完)(「新著月刊」第一号 明治30年4月)

底本 / Source edition

底本:「短篇小説名作選」岡保生・榎本隆司 編、現代企画室
1982(昭和57)年4月15日第1刷発行
1984(昭和59)年3月15日第2刷
※文字づかい・仮名づかいの誤用・不統一、促音「っ」「ッ」の小書きの混在は底本のままとしました。
※「猪子《いぬしゝ》して[#「して」に「ママ」の注記]」は、底本では、「猪《いぬしゝ》子して[#「して」に「ママ」の注記]」となっていますが、初収録単行本「柳筥」では「猪《いぬしゝ》子にして」となっているため、上記のように改めました。
入力:土屋隆
校正:門田裕志
2003年4月10日作成
2013年2月1日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/004560_000050/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/004560_000050/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/004560_000050/

泉 鏡花「化鳥」(新字旧仮名)、底本『短篇小説名作選』現代企画室、1982年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 004560_000050, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite