<ruby><rb>木魚</rb><rt>もくぎょ</rt></ruby>の顔の<ruby><rb>老爺</rb><rt>おじい</rt></ruby>さんが、あの額の上に<ruby><rb>丁字髷</rb><rt>ちょんまげ</rt></ruby>をのせて、短い体に黒ちりめんの羽織を着て、大小をさしていた姿も<ruby><rb>滑稽</rb><rt>こっけい</rt></ruby>であったろうが、そういうまた<ruby><rb>老妻</rb><rt>おばあ</rt></ruby>さんも美事な<ruby><rb>出来栄</rb><rt>できばえ</rt></ruby>の<ruby><rb>人物</rb><rt>ひと</rt></ruby>だった。顔は浜口首相より広く大きな面積をもち、<ruby><rb>身丈</rb><rt>みのたけ</rt></ruby>も偉大だった。

うどの大木という<ruby><rb>譬</rb><rt>たとえ</rt></ruby>はあるが、若いころは知らず、この<ruby><rb>女</rb><rt>ひと</rt></ruby>はとても味のある、ずば抜けた<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ばかげ</span>さを持った無類の好人物だった。

湯川<ruby><rb>氏</rb><rt>うじ</rt></ruby>が硫黄にこりだして、<ruby><rb>山谷</rb><rt>さんや</rt></ruby>を宿とし、幾年か帰らなくなってから、<ruby><rb>老妻</rb><rt>おばあ</rt></ruby>さんはハタと生活にさしせまった。江戸人は<ruby><rb>瓦解</rb><rt>がかい</rt></ruby>と一口にいうが、その折<ruby><rb>悲惨</rb><rt>みじめ</rt></ruby>だったのは、重に士族とそれに属した有閑階級で、町人――商人や職人はさほどの打撃はなかった。<ruby><rb>扶持</rb><rt>ふち</rt></ruby>に離れた士族は目なし鳥だった。<ruby><rb>狡</rb><rt>こす</rt></ruby>いものには<ruby><rb>賺</rb><rt>だま</rt></ruby>され、家禄放還金の公債も<ruby><rb>捲</rb><rt>ま</rt></ruby>きあげられ、家財を売り<ruby><rb>食</rb><rt>ぐい</rt></ruby>したり、娘を売ったり、<ruby><rb>鎗</rb><rt>やり</rt></ruby>一筋の主が白昼大道に<ruby><rb>筵</rb><rt>むしろ</rt></ruby>を敷いて、その鎗や刀を売ってその日の<ruby><rb>糧</rb><rt>かて</rt></ruby>にかえた。

木魚のおじいさんの奥方も、考えたはてに、<ruby><rb>戸板</rb><rt>といた</rt></ruby>をもってきて、その上でおせんべを焼いて売りだした。一文のお客にも、

「まあまあ<ruby><rb>私</rb><rt>あたくし</rt></ruby>のをお求め下さいますのですか。それは誠に有難いことでございます。」

という調子で、丁寧に手をついてお礼をいうのと、<ruby><rb>深切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>な焼きかたなので一人では手が廻りきれないほど売れだした。

あまり<ruby><rb>皺</rb><rt>しわ</rt></ruby>のない、大きな顔に不似合なほど<ruby><rb>謙遜</rb><rt>けんそん</rt></ruby>した、<ruby><rb>黒子</rb><rt>ほくろ</rt></ruby>のような眼で焼き方を吟味し、ものものしい<ruby><rb>襷</rb><rt>たすき</rt></ruby>がけの、戸板の上の、道ばたのおせんべやの、無愛想なのも<ruby><rb>愛嬌</rb><rt>あいきょう</rt></ruby>になったのかも知れない。すると、おなじ<ruby><rb>難渋</rb><rt>なんじゅう</rt></ruby>をしていた姉娘が一日手伝いに来て見ていて、翌日からすぐ隣りあって、おなじ戸板の店を出した。もうその時は、はじめの縁に、遠州で仲人になった旗本――藤木<ruby><rb>前</rb><rt>さき</rt></ruby>の<ruby><rb>朝散</rb><rt>ちょうさん</rt></ruby>の<ruby><rb>太夫</rb><rt>だいぶ</rt></ruby>の子か孫かが婿で、その若い二人組だった。お客がくると、湯川氏の奥方がお<ruby><rb>辞儀</rb><rt>じぎ</rt></ruby>をしているうちに、

「いらっしゃい、こちらが焼けていますよ。」

といったふうに<ruby><rb>浚</rb><rt>さら</rt></ruby>ってゆく。客は売れるから焼手をふやしたおなじ店だと思っている。<ruby><rb>老奥方</rb><rt>おばあさん</rt></ruby>のお辞儀は段々ふえて、売れ高はグングン減ってゆくが、そんな事に<ruby><rb>頓着</rb><rt>とんじゃく</rt></ruby>のない<ruby><rb>老媼</rb><rt>おばあさん</rt></ruby>は<ruby><rb>隣店</rb><rt>となり</rt></ruby>の売行きを感嘆して眺め、ホクホクしていう。

「お前さん方、もっと此方へお出なすったらよい。どうも<ruby><rb>私</rb><rt>あたくし</rt></ruby>の店がお邪魔なようだ。」

全くお邪魔だといわれたかどうか、とにかく元祖戸板せんべいの店は取りかたづけられた。

<ruby><rb>真面目</rb><rt>まじめ</rt></ruby>な<ruby><rb>会話</rb><rt>はなし</rt></ruby>をしている時に、子供心にも、<ruby><rb>狐</rb><rt>きつね</rt></ruby>につままれたのではないかと、ふと、<ruby><rb>老媼</rb><rt>おばあ</rt></ruby>さんを<ruby><rb>呆</rb><rt>あき</rt></ruby>れて見詰めることがあった。

「<ruby><rb>祖父</rb><rt>おじい</rt></ruby>さんも<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>帰りますことかねえ。」

そこまでがほんとの話で、<ruby><rb>突然</rb><rt>いきなり</rt></ruby>、まつは<ruby><rb>愁</rb><rt>つら</rt></ruby>いとみな<ruby><rb>仰</rb><rt>おし</rt></ruby>ゃんすけれどもなア――とケロケロと<ruby><rb>唄</rb><rt>うた</rt></ruby>いだすのだった。そして小首を<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げて、

「あれはたしか、<ruby><rb>長唄</rb><rt>ながうた</rt></ruby>の<ruby><rb>汐</rb><rt>しお</rt></ruby>くみでしたっけかねえ。あの踊りはいいねえ、――<ruby><rb>相逢傘</rb><rt>あいあいがさ</rt></ruby>の末かけて……」

と唄いながら無器用な大きな手を振りだす。<ruby><rb>私</rb><rt>あたし</rt></ruby>が<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びっくり</rt></ruby>していると、その手でひとつ、招き猫のような格好をしておいて、鼻の下へもっていって<ruby><rb>差恥</rb><rt>はにか</rt></ruby>んだように首を縮めて笑う。

<ruby><rb>布子</rb><rt>ぬのこ</rt></ruby>の下の<ruby><rb>襦袢</rb><rt>じゅばん</rt></ruby>から、ポチリと色<ruby><rb>褪</rb><rt>さ</rt></ruby>めた赤いものが見えるので、引っぱりだして見ると、黒ちりめんに<ruby><rb>牡丹</rb><rt>ぼたん</rt></ruby>の模様の古いのだった。<ruby><rb>綴</rb><rt>は</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>綴</rb><rt>は</rt></ruby>ぎで、大きな二寸もある紋があった。

おばあさんの父親<ruby><rb>安芸守</rb><rt>あきのかみ</rt></ruby>は、白河で切腹したとき、上野の法親王にはお<ruby><rb>咎</rb><rt>とが</rt></ruby>めのないようにと建白書のようなものを書いたのだときいていたが、おばあさんに正すと、遠い昔の物語りでも聞くように目を細めて、そうですよそうですよというきりだった。

「戦争なんて、もうもういやなこと、いやなこと、真っ平さね。」

プツリと言いきって、<ruby><rb>狐</rb><rt>きつね</rt></ruby>つきのようにだまり込んでいる。背を丸く首を<ruby><rb>傾</rb><rt>かし</rt></ruby>げた姿を見るとどんなに世の荒波がこの善人を<ruby><rb>顛動</rb><rt>てんどう</rt></ruby>させ、こうも<ruby><rb>呆</rb><rt>ぼ</rt></ruby>けさせたかと痛ましかった。

私はこの<ruby><rb>老女</rb><rt>ひと</rt></ruby>の<ruby><rb>生母</rb><rt>ははおや</rt></ruby>をたった一度見た覚えがある。<ruby><rb>谷中</rb><rt>やなか</rt></ruby><ruby><rb>御隠殿</rb><rt>ごいんでん</rt></ruby>の<ruby><rb>棗</rb><rt>なつめ</rt></ruby>の木のある家で、<ruby><rb>蓮池</rb><rt>はすいけ</rt></ruby>のある庭にむかった<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>で、お<ruby><rb>比丘尼</rb><rt>びくに</rt></ruby>だった。

老年になってからこの夫妻は一緒に暮す日が多くなった。

ある日<ruby><rb>空巣</rb><rt>あきす</rt></ruby>ねらいがはいった。おばあさんはキョトンとした眼で見ていたが、立っていって<ruby><rb>座布団</rb><rt>ざぶとん</rt></ruby>を出した。<ruby><rb>盗棒</rb><rt>どろぼう</rt></ruby>はびっくりして、落つかないお<ruby><rb>尻</rb><rt>しり</rt></ruby>を布団の上にのせたが、お茶を出されてモジモジした。

「あいにく留守にしたあとで、<ruby><rb>私</rb><rt>あたくし</rt></ruby>では何のお役にもたちませんで――どうぞ、ごゆるりとなさって下さいまし。」

<ruby><rb>盗人</rb><rt>どろぼう</rt></ruby>は飛上って次の間へゆき、グルリと見廻して出て来た。

おばあさんはいよいよ真面目で、

「ただいまお菓子をとって参りますから、ちょっとどうぞお待ちを――」

盗人は<ruby><rb>狼狽</rb><rt>あわ</rt></ruby>てた。外へ出られてはたまらない――彼の方が<ruby><rb>一目散</rb><rt>いちもくさん</rt></ruby>に飛出すと、おばあさんが後から、

「もしもし<ruby><rb>貴下</rb><rt>あなた</rt></ruby>、おわすれものですよ、なんておそそうな――」

そう言って着せてやったのは、毛皮のついた<ruby><rb>外套</rb><rt>がいとう</rt></ruby>だった。

湯川氏が帰るとこの老妻は、盗人を笑った。

「なんてまあ、<ruby><rb>狼狽</rb><rt>あわて</rt></ruby>たお客さんなのか。ねえおじいさん。」

「その人は何の用で、<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>から来た？」

「それを<ruby><rb>私</rb><rt>あたくし</rt></ruby>が知りますものかね。<ruby><rb>老父</rb><rt>おじい</rt></ruby>さんが御存じじゃありませんか。」

「<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>がなんで知るものかね。」

「へえ？　それは不思議だ。<ruby><rb>私</rb><rt>あたくし</rt></ruby>はまた、<ruby><rb>貴夫</rb><rt>あなた</rt></ruby>のお客さまだから、あなたが御存じだと思いましたよ。」

老人は壁を見ていった。

「<ruby><rb>私</rb><rt>わし</rt></ruby>の<ruby><rb>外套</rb><rt>がいとう</rt></ruby>がないよ。」

「おやまあ嫌だ、あなたが着てお<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>になったのに――おじいさん<ruby><rb>老耄</rb><rt>ろうもう</rt></ruby>なさった。」

「ばか言え、わしは着てゆかない。」

ふと老父さんは、老妻が丁寧にお辞儀をしている頭のさきを、<ruby><rb>盗人</rb><rt>どろぼう</rt></ruby>が、自分の外套をきて出てゆくのを思いうかべた。そして<ruby><rb>淋</rb><rt>さび</rt></ruby>しい顔をして、<ruby><rb>私</rb><rt>あたし</rt></ruby>のところへいつけに来た。

誰かが、不用だといっていたインバネスが、<ruby><rb>身長</rb><rt>たけ</rt></ruby>の<ruby><rb>短</rb><rt>ひく</rt></ruby>いおじいさんの、丁度よい外套になりはしたが――

私の父は晩年を<ruby><rb>佃島</rb><rt>つくだじま</rt></ruby>の、<ruby><rb>相生橋畔</rb><rt>あいおいばしのほとり</rt></ruby>に小松を多く植えて<ruby><rb>隠遁</rb><rt>いんとん</rt></ruby>した。湯川氏夫妻もおなじ<ruby><rb>構内</rb><rt>かまえうち</rt></ruby>に引取られた。七十代の<ruby><rb>婿</rb><rt>むこ</rt></ruby>と八十代の<ruby><rb>舅</rb><rt>しゅうと</rt></ruby>とは、共に<ruby><rb>矍鑠</rb><rt>かくしゃく</rt></ruby>として潮風に<ruby><rb>禿頭</rb><rt>はげあたま</rt></ruby>を黒く染め、朝は早くから夜は<ruby><rb>手許</rb><rt>てもと</rt></ruby>の暗くなるまで庭仕事を励んだ。二人ともに、何が――と。

一人が<ruby><rb>嶮</rb><rt>けわ</rt></ruby>しい<ruby><rb>山谿</rb><rt>やまあい</rt></ruby>を<ruby><rb>駈</rb><rt>かけ</rt></ruby>る呼吸で松の木に登り、桜の幹にまたがって<ruby><rb>安房</rb><rt>あわ</rt></ruby><ruby><rb>上総</rb><rt>かずさ</rt></ruby>を眺めると、片っぽは<ruby><rb>北辰</rb><rt>ほくしん</rt></ruby>一刀流の構えで、木の根っ子をヤッと割るのである。寒中など<ruby><rb>水鼻汁</rb><rt>みずっぱな</rt></ruby>をたらしながら、井戸水で、月の光りで<ruby><rb>鎌</rb><rt>かま</rt></ruby>を<ruby><rb>磨</rb><rt>と</rt></ruby>いでいたり、丸太石をころがしていたりする。<ruby><rb>日和</rb><rt>ひより</rt></ruby>のよいころ芝を苅るときは、向うの方と、此方のほうで向いあいながら、

「いや、手前一向に武芸の方は不得手でげしてな。」

「いや、剣法でもなんでもあのコツだ。どうして、霧にかくれるというが、あなたの<ruby><rb>豁谷</rb><rt>たに</rt></ruby>を渡るあれだ、あの𠺒吸といったら、実際たいしたものだ。」

「いやどうも、そう<ruby><rb>仰</rb><rt>おっ</rt></ruby>しゃられては汗顔のいたりだ。」

――だが、私が松の木の上にいる父を、<ruby><rb>老人</rb><rt>としより</rt></ruby>の<ruby><rb>冷水</rb><rt>ひやみず</rt></ruby>だとよびにゆくと、小さな声で、

「じいさんはやめたか？」

と<ruby><rb>訊</rb><rt>き</rt></ruby>く、湯川老人の方へゆくと、

「や、もう、お父さんの若いこと若いこと、感服のいたりだ。」

と腰をのばす。この、<ruby><rb>老</rb><rt>おい</rt></ruby>たる婿と、<ruby><rb>舅</rb><rt>しゅうと</rt></ruby>と<ruby><rb>姑</rb><rt>しゅうとめ</rt></ruby>が、どうした事か、毎日の、どんな<ruby><rb>些少</rb><rt>ささい</rt></ruby>な交渉でもみんな私のところへ、一々もってくるのだった。三人の老人が、年寄らしいイゴで三すくみのかたちで、不平も<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びも感謝も、みんな私のところへもってくる。

「婆さんが腰をぬかして――なんともうす<ruby><rb>腑甲斐</rb><rt>ふがい</rt></ruby>ない<ruby><rb>女</rb><rt>やつ</rt></ruby>か。」

湯川老人がそう言ってゆくと、<ruby><rb>入代</rb><rt>いれかわ</rt></ruby>りに父が来て告げる。

「<ruby><rb>祖母</rb><rt>ばあ</rt></ruby>さんが<ruby><rb>築山</rb><rt>つきやま</rt></ruby>に座って、<ruby><rb>祖父</rb><rt>じい</rt></ruby>さんに小言をいわれている。早く行ってやれ。」

おばあさんは私の顔を見ると言った。

「あたくしはね、あたくしのお墓を見てびっくりいたしましたのですよ。私は生きてるのか、死んでるのか分りませんでね。」

やっと分った。<ruby><rb>苳</rb><rt>ふき</rt></ruby>を<ruby><rb>摘</rb><rt>つ</rt></ruby>みに来たおばあさんは、<ruby><rb>寒竹</rb><rt>かんちく</rt></ruby>の<ruby><rb>籔</rb><rt>やぶ</rt></ruby>の中に、小犬を埋めたしるしの石を見て<ruby><rb>呆然</rb><rt>ぼうぜん</rt></ruby>としてしまったのだった。

またある日、湯川老人が私の前に言いわけなさそうに立った。

「ばあさんを、ちと、悪くしてしまいましてな。」

小さな眼をパチパチと伏せた。あとから離れの住居へいってみると、身寄りの男たちが二、三人いた。彼らは具合わるくモズモズした。

おばあさんの体が<ruby><rb>生体</rb><rt>しょうたい</rt></ruby>なくグニャグニャになったというのだ。レウマチで関節の自由がよくなかったので、台湾からよい薬を持って来たから飲ましたのだといった。それならば暗い顔をする訳はないがと思うと、<ruby><rb>効</rb><rt>き</rt></ruby>きすぎたのだとまた言った。それは湯川氏の婿の一人の士族で、官吏をやめて日清戦争に台湾に従軍し、そのまま居ついてしまった土佐弁の、日本人ばなれのした人だった。

「<ruby><rb>台湾</rb><rt>あち</rt></ruby>では、チトチトやってもよく効くのを、おばアさん<ruby><rb>一時</rb><rt>いっとき</rt></ruby>に飲んだでナア、いや、別に、悪いもんでも、叱られるよな薬でもないが、チト強いでナア。虎の血と、蛇と――もひとつ……」

猛獣の血と蛇の何かと、もひとつのものを乾し固めて粉にしたのを持って来て、分量はとにかく、八十上の老女に飲ませようとしたガムシャラな勇気におどろいてしまった。

肝心なおばあさんはモガモガこんなことを言った。

「とろけてしまうなんて、まるで<ruby><rb>惚</rb><rt>ほ</rt></ruby>れたようで意気ですこと。おやっちゃん、あたくしゃ<ruby><rb>葡萄酒</rb><rt>ぶどうしゅ</rt></ruby>でのみましたよ。」

なにしろ死んだら<ruby><rb>牛肉</rb><rt>ぎゅう</rt></ruby>のおさしみを仏壇へあげてくれという人だったから、私は驚きもしなかった。

一年ばかりたった夏の朝、私の寝ている茶座敷の丸窓を、コツコツ<ruby><rb>叩</rb><rt>たた</rt></ruby>くものがある。戸を一枚ひくと、老人が、

「ばあさんがどうも変で――」

そう言ったなり、<ruby><rb>竹箒</rb><rt>たかぼうき</rt></ruby>をひいて、さっさと<ruby><rb>木</rb><rt>こ</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>にかくれて<ruby><rb>去</rb><rt>い</rt></ruby>ってしまった。

<ruby><rb>暁闇</rb><rt>ぎょうあん</rt></ruby>が<ruby><rb>萩</rb><rt>はぎ</rt></ruby>のしずれに漂っていた。小蝶が<ruby><rb>幾羽</rb><rt>いくつ</rt></ruby>もつばさを畳んで眠っていた。<ruby><rb>離家</rb><rt>はなれ</rt></ruby>の明けてある戸をはいってゆくと、薄暗い<ruby><rb>青蚊帳</rb><rt>あおがや</rt></ruby>の中に、大きな顔がすっかりゆるんでいた。

も一足早ければ、何か秀逸な遺言を残したであろうに――<ruby><rb>枕許</rb><rt>まくらもと</rt></ruby>に、まだよく色つかぬ柿が、枝のまま<ruby><rb>籠</rb><rt>かご</rt></ruby>に入れてあった。おじいさんの心づくしであったろう。

<ruby><rb>老妻</rb><rt>おばあさん</rt></ruby>が<ruby><rb>歿</rb><rt>な</rt></ruby>くなると、<ruby><rb>老爺</rb><rt>おじい</rt></ruby>さんの<ruby><rb>諦</rb><rt>あきら</rt></ruby>めていた硫黄熱がまた燃てきた。次の間にはもう寝ているもののない、広々した住居に独りでポツネンと机にむかって、精密な珠算と細字とが、庭仕事の<ruby><rb>相間</rb><rt>あいま</rt></ruby>に初まり、やがて庭仕事の方が相間にされるようになった。<ruby><rb>薄</rb><rt>すすき</rt></ruby>の穂が飛んで、<ruby><rb>室内</rb><rt>へやのなか</rt></ruby>の老爺さんの肩に赤トンボがとまろうと、桜が散り込んで<ruby><rb>小禽</rb><rt>ことり</rt></ruby>が障子につきあたって飛廻っても、老爺さんには東京なのか山の中なのか、室内なのか<ruby><rb>外</rb><rt>おもて</rt></ruby>なのか、ムツリとして無愛想になってしまった。

だが、もうさびしい諦めはもっていたと見えて、山へ行くとは言いださなかった。たった一度そうした望みを<ruby><rb>洩</rb><rt>もら</rt></ruby>したおり、私は出してやりたかった。山で死ぬのが彼にはいいと思ったが、彼の親類は困ると言った。それから急に<ruby><rb>年齢</rb><rt>とし</rt></ruby>の衰えが来た。<ruby><rb>離家</rb><rt>はなれ</rt></ruby>の垣根の隅でポッチリずつの硫黄を製煉し、研究している姿が<ruby><rb>蟇</rb><rt>ひきがえる</rt></ruby>のように悲しかった。

私ひとりを<ruby><rb>便</rb><rt>たよ</rt></ruby>りにでもしているように、私がものを書いている窓に来て一言二言ずついった。野球のミットのような<ruby><rb>掌</rb><rt>てのひら</rt></ruby>を広げると、土佐絵に盛りあげた菜の花の黄か――黄色い蝶をつかんできたのかと思うほど鮮かな色があった。

彼の試練からとれた硫黄だった。

「これをひとつ、お見せくださらんか。」

老爺さんの頭には、その時、時の知名の成功者たちの名がうかんでいたに相違なかった。

「実業家や学者にもお近づきがあるでしょうから。」

鮮かな黄色は、私の黒ぬりの机の上にこぼれた。老爺さんは<ruby><rb>懐</rb><rt>ふところ</rt></ruby>から部厚な書きものを出した。

硫黄採煉明細書と版に彫ったように正しく<ruby><rb>表書</rb><rt>おもてがき</rt></ruby>がしてある。

「硫黄は<ruby><rb>釜</rb><rt>かま</rt></ruby>が痛むものでしてな。」

と老爺さんはやっと発明した製煉釜のことを手真似で話した。私は老爺さんの心根を思って、駄目と知りながら<ruby><rb>知己</rb><rt>ちき</rt></ruby>の鉱山所長にその明細書を見せたら、その人は首を振っていった。

「惜しいことにみんな外国で発明しられてしまっている。機械はもっと簡便に出来る。だが九十の老爺さんが、よく実地から<ruby><rb>此処</rb><rt>ここ</rt></ruby>まで考えたものだ。」

私は九十の老爺さんが以下だけを使って、パスしなかった事はきかさなかった。彼は<ruby><rb>恐悦</rb><rt>きょうえつ</rt></ruby>の至りだと言った。

明治四十三年の九月に佃島に<ruby><rb>津波</rb><rt>つなみ</rt></ruby>が来た。京橋の築地<ruby><rb>河岸</rb><rt>がし</rt></ruby>一体にまでその水は押上げたほどで、<ruby><rb>洲崎</rb><rt>すざき</rt></ruby>や月島は被害が<ruby><rb>甚</rb><rt>ひど</rt></ruby>かった。庭の眺めになるほどの距離にある相生橋から越中島の商船学校前には、避難して来ていた<ruby><rb>和船</rb><rt>おおぶね</rt></ruby>が<ruby><rb>幾艘</rb><rt>いくそう</rt></ruby>も道路に座ってしまったほどで、帝都には珍らしい津波だった。<ruby><rb>私</rb><rt>あたし</rt></ruby>の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>は老人たちの丹精の小松が成長して、しっかり根をかためていたせいか<ruby><rb>防波堤</rb><rt>どて</rt></ruby>は崩れなかった。<ruby><rb>海水</rb><rt>みず</rt></ruby>が高いと案じ油断はしていなかったが、うとうと眠った夜中にチョロチョロと耳近く水の音をきいた。<ruby><rb>戸外</rb><rt>そと</rt></ruby>の<ruby><rb>暴風雨</rb><rt>あらし</rt></ruby>にはまぎれぬ音なのですぐに目が覚めた。潮入りの池は島中でたったひとつだから、これは池があふれたな、近所に気の毒だとその瞬間に思ったが、よく目を覚すとそれどころではなかった。何もかもが浮出して器物が活動している。ボンヤリしているのは人間だけだった。

電燈は<ruby><rb>断</rb><rt>たた</rt></ruby>れた。<ruby><rb>幸</rb><rt>さいわい</rt></ruby>に満月の夜ごろだから、月はなくても空は真暗というほどではない。

離家から、二階にいた中学生の弟が裸で、胸まで水に浸って、探険用の<ruby><rb>燈火</rb><rt>あかり</rt></ruby>をつけてやってきた。二匹の犬がザブザブ泳いで後について来た。

「老爺さんをともかく二階へあげておくれ。」

というと弟が答えた。

「とても駄目だよ、おやっちゃんでも言わなければ動きゃしない。なんてったって、戸棚の前に座って、硫黄をいじくってる。」

「でも水で大変だろう。」

「うん、床が高いけれど、座ってる胸のところへ来ている。」

「硫黄をみんな二階へあげてあげるといっておくれ。」

「こっちへ連れて来たいが、<ruby><rb>老人</rb><rt>としより</rt></ruby>だから流されるだろう、とても<ruby><rb>甚</rb><rt>ひど</rt></ruby>いや、僕でもあぶない。」

私は<ruby><rb>突嗟</rb><rt>とっさ</rt></ruby>に富士登山の<ruby><rb>杖</rb><rt>つえ</rt></ruby>が浮いてるのをとって、窓の外の弟にわたした。

水が引いたあと、ヘドロを<ruby><rb>掻</rb><rt>か</rt></ruby>くのと、<ruby><rb>濡</rb><rt>ぬ</rt></ruby>れた<ruby><rb>衣物</rb><rt>きもの</rt></ruby>や書籍が洗いきれずに腐って、夜になると川へ流して捨てた。壁は上までシケが<ruby><rb>浸上</rb><rt>しみあが</rt></ruby>っていった。額などは水につかりもしないのにパクパクして、何もかもが病気になった状態だった。私は二人の老人の健康を気づかった。

離れの二階が一番乾いていたのと通風がよいので、みんなが<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>に集って暮すと、二人の老人はまた互に強がりはじめた。しかし、二人ともどこか悪くしている様子が見えた。私は七十代の父の方に説いた。

「どうも老爺さんが悪いらしいが、医者をよぶというとかからないから、お父さんが風邪をひいたことにして――」

「よし。」

老父は至極簡単で、もの事を逆にいえば<ruby><rb>唯々諾々</rb><rt>いいだくだく</rt></ruby>なのである。

「なにしろ湯川老人は<ruby><rb>年齢</rb><rt>とし</rt></ruby>だからな、医者に見せなければいけない。」

そして、その湯川老人はいった。

「ようごす、お父さんは頑固だからどうも強がっていけない。僕が医者にかかるというと、自分のためだとは知らずに、湯川もまいったなと言われるだろう。だが、なんぞ知らん、長谷川<ruby><rb>氏</rb><rt>うじ</rt></ruby>のために呼んだ医者だ。」

カラカラと笑ってつけたした。

「幸と硫黄はなんともなかった。<ruby><rb>書物</rb><rt>かきもの</rt></ruby>をすこしやられたが、それはまた書けば書けるから、どうか御安心ください。」

だが、死期はせまっていたのだった。<ruby><rb>保</rb><rt>も</rt></ruby>てるだけもった体は、ポクリと倒れるまで余命を保っていただけだつた。医者は言った。何ともないが死ぬだろうと、しかも十日はどうかと――

葬式にも間に合わないだろうがと、台湾から出て来た例の虎と蛇薬の婿は、蚊にさされながらブツブツ言った。

「こんな事なら、わしゃ言うとかにゃならぬことや、仕ておかにゃならんことが沢山沢山あったに――おじいさん、どこまで<ruby><rb>他人</rb><rt>ひと</rt></ruby>を困らせる人か、わしゃもう、若いころからこの人のためには、ほん、サンザンな目に逢うとるわ。」

医者も驚いた。こんな事はないがと――そのくせ死期は来ているのだが。

「おじいさん<ruby><rb>癌</rb><rt>がん</rt></ruby>があったのだね、驚いたなあ、<ruby><rb>何時</rb><rt>いつ</rt></ruby>ころからなんだ。」

医者にもわからないものが、誰にも分りようはなかった。強い、しどい、<ruby><rb>刺戟</rb><rt>しげき</rt></ruby>のある臭気を、香を<ruby><rb>焚</rb><rt>た</rt></ruby>き、鼻の穴へ香水をつけた綿を<ruby><rb>挿</rb><rt>さし</rt></ruby>て私が世話をすると、その時だけ意識が<ruby><rb>分明</rb><rt>はっきり</rt></ruby>して、他の者には近よらせなかった。そしてお世辞がよかった。

何に<ruby><rb>拘</rb><rt>こだ</rt></ruby>わっているのか――と私は考えた。

「おじいさん、お酒がほしい？」

ニコリとしたような表情だ、私は薬指のさきに、薄めた清酒をつけて<ruby><rb>嘗</rb><rt>な</rt></ruby>めさせるとおちょぼ口をした。

「ほう、観音様だな。」

傍から首を出した妹を見てお世辞をつぎたした。

「イヨウ、綺麗になりやがあったな、弁天様だぞ。」

酒をもひとつというように口をあけた。そして露を吸うように、垂らされる<ruby><rb>雫</rb><rt>しずく</rt></ruby>が舌のさきに<ruby><rb>辷</rb><rt>すべ</rt></ruby>ると、

――富士の、白さけ……

と<ruby><rb>幽</rb><rt>かすか</rt></ruby>な幽な声で転がすように<ruby><rb>唄</rb><rt>うた</rt></ruby>った。<ruby><rb>正</rb><rt>まさ</rt></ruby>しく生ているおりなら、<ruby><rb>笑</rb><rt>え</rt></ruby>みくずれるほどに笑ったのであろう。唇をパクリとした。

でも臨終ではない。ああ結構な、いい往生ですいい往生ですと寄って来たものはポカンとして当惑した顔をした。

私の心は暗かった。長い一生、一念を封じこめた<ruby><rb>硫黄山</rb><rt>やま</rt></ruby>に心を残しているのではあるまいかと。

「老爺さん、<ruby><rb>硫黄鉱山</rb><rt>やま</rt></ruby>が売れましたよ。」

「ほ。」

パッと、死んだ<ruby><rb>瞳</rb><rt>ひとみ</rt></ruby>に瞬間<ruby><rb>灯</rb><rt>ひ</rt></ruby>がともった。手を差出した。そこらにあった重いものを<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>んだ手を私は老爺さんの手に触れさせた。

「有難い――みんなにやってくれ。」

私はほほえましくお<ruby><rb>伽噺</rb><rt>とぎばなし</rt></ruby>のように言った。

「老爺さんの<ruby><rb>黄金</rb><rt>きん</rt></ruby>の像を建ててあげましょう。」

「ほ。」

満足な<ruby><rb>瞑目</rb><rt>めいもく</rt></ruby>だった。

厳粛にしゃちこばった人たちの方がすぐに悪口した。欲ばっていると――

私にはそう思えなかった。

初秋の風に竹がサラサラ鳴る暁、<ruby><rb>柩</rb><rt>ひつぎ</rt></ruby>は出てゆくのだった。戒名は硫黄<ruby><rb>居士</rb><rt>こじ</rt></ruby>と私がつけたが、親類の望みで二字に離してくれというので、硫石黄竹居士になった。私は臨終に嘘をついたのを、今でもちっとも悪いと思っていない。私はみんなが、さまではというのに反対して、黄竹居士湯川老人の柩の中へ、標本になっていた硫黄の、ありったけの種類をすこしずつ入れてやった。これほどの供養はないと思っている。