Soranoha

白甜瓜

しろまくわうり

長塚 節

石の卷を出て大きな街道を行くと暫くして松林へかゝる。海邊であるが松は孰れもすく〱と立つて然かも鬱蒼と掩ひかぶさつて居る。街道は恰も此の松林を穿つて通じてあるやうである。暑い日光をうけた白い砂利が松と相映射して居る。此の日は朝から無理な歩きやうをした爲か足がだん〱に痛み出して居たので松の木蔭の草村へ〔「蓙」の左側の「人」が「口」〕を敷いて休んだ。兩掛の荷物を卸すと身體が急に輕くなつて何となくぼんやりした。脚袢でぴつちりと締めた足がだるくなつた。荷物を枕にして横になる。いゝ心持である。ふと見ると松林の外から一人の女が荷車を曳いて來た。女は荷車の梶棒を高くあげて荷車へ載た箱から何かごろ〱と轉がし出した。それは白甜瓜であつた。女はすぐに松林の外へ行つて又白甜瓜を曳いて來て、無造作にごろ〱と轉がし出す。松林の外には瓜畑があるものと見える。女は散らばつた瓜を一所に聚めて積んで居る。横になつた儘見て居ると周圍の青草が耳よりも上になるので積んだ白甜瓜が其疎らな草の間から見える。石の卷からの途中は瓜畑の非常に多い所でそこにもこゝにも藁小屋が立つて居た。其畑がみんな、白甜瓜であつた。其同じ瓜でも、亂れた藁の上を偃うて半ば枯れた葉の間に轉がつてぢり〱と日光に照りつけられて居るのは見るから暑さうであるが此の松蔭の草の中に積まれたのは極めて凉しい感じである。一つ剥むいて見たいと思つたが途中で既にしたゝか食べたので腹がいくらか苦しくなつて居る。それでも只見捨てゝ去るのが惜しいやうな氣がしたので、女に二本ばかり無心して手拭の兩端へ括つて此も肩へ投げ掛けた。暫く休息したので足が大變輕くなつた。松林が竭きる所になると渡波わたのはの人家が見えて疎らな松の間から赤いフラフの勢よく空に飜つて居るのが目につく。渡波は海水浴場である。然し遠くから赤いフラフを見るのとは違つて只漁村の大きなものに過ぎないのである。高平公使が居るので浴客がめつきり殖ゑたというて居る土地である。それは公使の顏が見たさに人々が聚るのだといふ。此が十分に此地方を説明して居る。此渡波から八厘で渡す狹い渡しへかゝる。其時丁度麁朶を滿載した船が白帆を張つて狹い渡し一杯になり相にして、海からはひつて來た。渡しを越すとそこは牡鹿半島の地である。街道も渡波で竭きてこれからは僅に小徑を辿つて行く。汀について小山の裾を廻つて坂になる。又脚が痛み出したので小さな丘の上で休んだ。入江が一眸のうちに聚る。此が萬石の浦である。入江は硝子の乳器のやうな形に先へ開いて居る。入口に近い所に幾つかの中洲がある。中洲のめぐりには薪が山の如くに積んであつて煙が幾筋となく立ち昇つて居る。秋の日は其煙の中に傾きつゝ見える。中洲は鹽田である。方言ヂンバであるが此邊の人は鼻へかけてそれをヅンバと云つて居る。それでさつきの船は此の鹽田へ薪を運んで來たのだといふことがわかつた。入江は低い山々を以て圍まれて居る。遙かに水を隔て對岸に青く聳えて居るのが牧山でそれから峰が左右へ長く連つて居る。牧山の下にはこんもりとした森があつて其森は幽かな三四の民家と共に水に浸つたやうに見えて居る。そこに白帆が一つぢつとして止まつて居る。近くを見ると自分の居る足もとには汀について茂つた草村に野菊のやうな星月夜の花が一杯に白くさき亂れて居る。汀つゞきには二坪三坪位な青田が形ばかりに作つてある。其青田の畦には星月夜の花の草村が茂つて居る。余は手拭で括つた白甜瓜を解いて刄物がないから膝がしらへ打ちつけて割つた。對岸を見ると白帆が一つ殖ゑて居た。そこに泊つて居た船が何時の間にか帆綱を引いたものと見える。其うちに後の白帆が先になつて汀傳ひに二つ動きはじめたやうである。白帆の影は長く水に引いてこちらの岸近くまで屆かうとして瀲漪さゞなみに碎かれて居る。余は瓜の甘い汁を啜りながら白帆を見る。汁は口のうちで十分に啜つて種を足もとの草村へ吐き出した。種は散亂して田の中に落ちた。瓜の皮は水へ投げた。皮は水に落ちて白く小さく沈んだ。一體に幽邃な平和な此の水は山の姿と相俟つてどうしても、山上の湖水である。鹽田のある所を見ると濃厚な鹽分を含有して居るのであらうが汀に近く星月夜の草村が茂つて居たり僅ながら青田が作つてあつたりするところはどうしても淡水の湖としか見えぬ。遙かの白帆は極めてゆるい速度を以ていくらかづゝ入江の口の方へ動きつゝある。然し白帆は帆の力で動くのでなくて入江の一方が僅かに傾きかけたので水が平均を保たうとしてこけて行く。其水に隨つて動いて行くのだと思ふ程ゆるい速度である。こちらの岸のひた〱水には瓜の白い皮がそつちにもこつちにも散らばつた。さうして余が手の白甜瓜は盡きた。余は荷物を肩にして立ちあがる。又對岸を見ると白帆は横を向いたものか二つとも白糸のやうに細くなつて居た。

(明治四十一年三月一日發行、アカネ 第壹卷第貳號所載)

底本 / Source edition

底本:「長塚節全集 第二巻」春陽堂書店
1977(昭和52)年1月31日発行
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2000年5月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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長塚 節「白甜瓜」(旧字旧仮名)、底本『長塚節全集 第二巻』春陽堂書店、1977年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 004521_000118, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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