Soranoha

水害雑録

すいがいざつろく

伊藤 左千夫

一

臆病者といふのは、勇氣の無い奴に限るものと思つて居つたのは誤りであつた。人間は無事を希ふの念の強よければ、其の強いだけそれだけ臆病になるものである。人間は誰とて無事を希ふの念の無いものは無い筈であるが、身に多くの係累者を持つた者、殊に手足まとひの幼少者などある身には、更に痛切に無事を願ふの念が強いのである。

一朝禍を蹈むの塲合にあたつて、係累の多い者程、慘害は其慘の甚しいものがあるからであらう。

天災地變の禍害と云ふも、之れが單に財産居住を失ふに止まるか、若くは其身一身を處決して濟むものであるならば、其悲慘は必ずしも慘の極なるものでは無い。一身係累を顧みるの念が少ないならば、早く禍の免れ難きを覺悟したとき、自おのづから振作するの勇氣は、以て笑ひつゝ天災地變に臨むことが出來ると思ふものゝ、絶つに絶たれない係累が多くて見ると、どう考へても事に對する處決は單純を許さない。思慮分別の意識からさうなるのでは無く、自然的な極めて力強い餘儀ないやうな感情に壓せられて勇氣の振ひ作おこる餘地が無いのである。

宵から降出した大雨は、夜よ一夜ひとよを降通ふりとほした。豪雨がううだ……そのすさまじき豪雨の音、さうして有所あらゆる方面はうめんに落ち激たぎつ水の音、只管ひたすら事なかれと祈る人の心を、有る限りの音聲を以て脅すかの如く、豪雨は夜を徹して鳴り通した。

少しも眠れなかつた如く思はれたけれど、一睡の夢の間にも、豪雨の音聲におびえて居たのだから、固より夢ゆめか現うつゝかの差別は判らないのである。外そとは明るくなつて夜は明けて來たけれど、雨は夜の明けたに何の關係も無い如く降り續いて居る。夜を降り通した雨は、又晝を降通すべき氣勢である。

さんざん耳から脅された人は、夜が明けてからは更に目からも脅さる。庭一面に漲り込んだ水上に水煙を立てゝ、雨は篠を突いてるのである。庭の飛石は一箇も見えてるのが無いくらゐの水だ。いま五六寸で床に達する高さである。

もう疊を上げた方がよいでせう、と妻や大きい子供等は騷ぐ。牛舍へも水が入りましたと若衆も訴へて來た。

最も臆病に、最も内心に恐れて居つた自分も、側から騷がれると、妙に反撥心が起る。殊更に落ちついてる風をして、何程増して來た處で溜り水だから高が知れてる。そんなにあわてゝ騷ぐに及ばないと一喝した。さうして其一喝した自分の聲にさへ、實際は恐怖心が搖ゆらいだのであつた。雨は益〻降る。一時間に四分五分しぶごぶ位づゝ水は高まつて來る。

強烈な平和の希望者は、それでも、今にも雨が靜かになればと思ふ心から、雨聲の高低に注意を拂ふことを、秒時もゆるがせにしては居ない。

不安――恐怖――其の堪へ難い懊惱の苦みを、此の際幾分か紛らかさうには、體躯を運動する外はない。自分は横川天神川の増水如何を見て來ようと我知らず身を起した。出掛けしなに妻や子供達にも、いざと云ふ時の準備を命じた。それも準備の必要を考へたよりは、彼等に手仕事を授けて、徒らに懊惱することを輕めようと思つた方が多かつた。

干潮の刻限である爲か、河の水は未だ意外に低かつた。水口からは水が隨分盛に落ちて居る。茲で雨さへ歇むなら、心配は無いがなアと、思はず嘆息せざるを得なかつた。

水の溜つてる面積は五六町内ちやうないに跨つてる程廣いのに、排水の落口といふのは僅に三ヶ所、それが又、皆落口が小さくて、溝は七まがり八まがりと迂曲して居る。水の落ちるのは、干潮の間僅かの時間であるから、雨の強い時には、降つた水の半分も落ちきらぬ内に、上げ汐の刻限になつて終ふ。上げ潮で河水が多少水口から突上つきあげる處へ更に雨が強ければ、立ちしか間に此一區劃内に湛へて終ふ。自分は水の心配をする度に、此處の工事をやつた人の、馬鹿々々しきまで實務に不忠實な事を呆れるのである。

大洪水は別として、排水の裝置が實際に適して居るならば、一日や二日の雨の爲に、此町中まちなかへ水を湛ふる樣な事は無いのである。人事僅に至らぬ處あるが爲に、幾百千の人が、一通とほりならぬ苦みをすることを思ふと、斯の如き實務的の仕事に、只形許かたばかりの仕事をして平氣な人の不信切を嘆息せぬ譯にゆかないのである。

自分は三ヶ所の水口を檢して家に歸つた。水は三ヶ所へ落ちて居るに係らず、吾庭の水層は少し増して居つた。河の水はどうですかと、家の者から口々に問はるゝにつけても、茲で雨さへ小降りになるなら心配は無いのだがなアと、思はず又嘆息を繰返すのであつた。

一時間に五分ぶ位づゝ増してるから、これで見ると床ゆかへつくにはまだ十時間ある譯だ。何時でも疊を上げられる用意さへして置けば、住居の方は差當り心配はないとしても、もう捨てゝ置けないのは牛舍だ。尿板の後方へは水がついてるから、牛は一頭も殘らず起つてる。さうして其後足には皆一寸許りづゝ水がついてる。豪雨は牛舍の屋根に鳴音烈しく、一寸した會話が聞取れない。愈〻平和の希望は絶えさうになつた。

人が、自殺した人の苦痛を想像して見るにしても、大抵は自殺其のものゝ悲劇をのみ強く感ずるのであろう。併し自殺者其人の身になつたならば、我と我を殺す其實劇よりは、自殺を覺悟するに至る以前の懊惱が、遙かに自殺其のものよりも苦いので無からうか。自殺の凶器が、目前に横たはつた時は、最早身を殺す恐怖のふるへも靜まつて居るので無からうか。

豪雨の聲は、自分に自殺を強ひてる聲であるのだ。自分は猶自殺の覺悟も定め得ないので、藻掻きに藻掻いて居るのである。

死ぬと極つた病人でも、死ぬまでに猶幾日かの間があるとすれば、其間に處する道を考へねばならぬ。況や一縷の望を掛けて居るものならば、猶更其覺悟の中に用意が無ければならぬ。

何程恐怖絶望の念に懊惱しても、最後の覺悟は必ず相當の時機を待たねばならぬ。

豪雨は今日一日と降りとほして更に今夜も降りとほすものか、或は此の日暮頃ひくれころにでも歇むものか、若くは今にも歇むものか、一切判らないが、其降止む時刻に依て恐水者の運命は決するのである。いづれにしても明日の事は判らない。判らぬ事には覺悟のしやうもなく策の立て樣も無い。厭でも宙につられて不安状態に居らねばならぬ。

乍併牛の後足に水がついてる。眼前の事實は、最早何を考へてる餘地を與へない。自分はそれに促されて、明日の事は明日になつてからとして、兎も角も今夜一夜を凌ぐ畫策を定めた。

自分は猛雨を冒して材木屋に走つた。同業者の幾人が同じ目的を以て多くの材料を求め走つたと聞いて、自分は更に恐怖心を高めた。

五寸角の土臺數十丁一寸厚の松板幾十枚は時を移さず、牛舍に運ばれた。勿論大工を呼ぶ暇は無い。三人の男共を指揮して、數時間豪雨の音も忘れるまで活動した結果、牛舍には床上更に五寸の假床を造り得た。かくて二十頭の牛は水上五寸の架床上に爭うて安臥するのであつた。燃材の始末、飼料品の片づけ、爲すべき仕事は無際限にあつた。

人間に對する用意は、まづ疊を上げて、襖障子諸財一切の始末を、先年大水の標準に依て、處理し終つた。並なみの席よりは尺餘床を高くして置いた一室と離屋の茶室の一間とに、家族十人の者は二分して寢に就く事になつた。幼ないもの共は茶室へ寢るのを非常に悦んだ。さうして間もなく無心に眠つて終つた。二人の姉共と彼等の母とは、此の氣味惡い雨の夜に別れ〱に寢るのは心細いと云うて、雨を冒し水を渡つて、茶室へやつて來た。

それでも、是れだけの事で濟んでくれゝば有難いが、明日はどうなる事か……取片づけに掛つてから幾度も幾度も云ひ合うた事を又も繰返すのであつた。跡に殘つた子供達に呼び立てられて、母娘おやこは淋しい影を夜の雨に沒して去つた。

遂に其夜も豪雨は降りとほした。實に二夜と一日、三十六時間の豪雨は如何なる結果を來すべきか。翌日は晃々と日が照つた。水は少しづゝ増して居るけれど、牛の足へも未だ水はつかなかつた。避難の二席にも未だ五六寸の餘裕はあつた。新聞紙は諸方面の水害と今後の警戒すべきを特報したけれど、天氣になつたといふ事が、非常に我等を氣強く思はせる。よし河の水が増して來た處で、どうにか凌ぎのつかぬ事は無からうなどゝ考へつゝ、懊惱の頭も大いに輕くなつた。

平和に渇した頭は、到底安ずべからざる處にも、強ひて安居せんとするものである。

二

大雨が晴れてから二日目の午後五時頃であつた。世間は恐怖の色調をおびた騷ぎを以て滿たされた。平生聞ゆるところの都會的音響は殆ど耳に入らないで、浮かとして居れば聞取ることの出來ない、物の底深くに、力強い騷ぎを聞く樣な、人を不安に引入れねば止まない樣な、深酷な騷ぎがそこら一帶の空氣を振蕩して起つた。

天神川も溢れ、竪川も溢れ、横川も溢れ出したのである。平和は根柢から破れて、戰鬪は開始したのだ。最早恐怖も遲疑も無い。進むべき所に進む外、何を顧みる餘地も無くなつた。家族には近い知人の二階屋に避難すべきを命じ置き、自分は若い者三人を叱して乳牛の避難にかゝつた。豫て此所と見定めて置いた、高架鐵道の線路に添うた高地に向つて牛を引き出す手筈である。水深は猶ほ腰に達しない位であるから、敢て困難といふほどではない。

自分は先づ黒白斑の牛と赤牛との二頭を牽出す。彼等無心の毛族も何等か感ずる處あると見え、殘る牛も出る牛も一齊に聲を限りと叫び出した。其の騷々しさは又自おのづから牽手の心を興奮させる。自分は二頭の牝牛を引いて門を出た。腹部まで水に浸されて引出された乳牛は、どうされると思ふのか、右往左往と狂ひ廻る。固より溝も道路も判らぬのである。忽ち一頭は溝に落ちて益〻狂ひ出す。一頭はひた走りに先に進む。自分は二頭の手繩を採つて、殆ど制馭の道を失つた。さうして自分も乳牛に引かるゝ勢に驅られて溝へはまつた。水を全身に浴みて終つた。若い者共も二頭三頭と次々引出して來る。

人畜を擧げて避難する場合に臨んでも、猶濡るゝを恐れて居つた卑怯者も、一度溝にはまつて全身水に漬つては戰士が傷ついて血を見たにも等しいものか、茲に始めて精神の興奮絶頂に達し、猛然たる勇氣は四肢の節々に振動した。二頭の乳牛を兩腕の下に引据ゑ、奔流を蹴破つて目的地に進んだ。斯の如く二回三回數時間の後全く乳牛の避難を終へ、翌日一日分の飼料をも用意し得た。

水層は愈高く、四ツ目より太平町に至る拾五間幅の道路は、深さ五尺に近く、濁流奔放舟を以て渡るも困難を感ずる位である。高架線の上に立つて、逃げ捨てた我が家を見れば、水上に屋根許りを見得るのであつた。

水を恐れて雨に懊惱した時は、未だ直接に水に觸れなかつたのだ。それで水が恐ろしかつたのだ。濁水を冒して乳牛を引出し、身も其濁水に沒入しては最早水との爭鬪である。奮鬪は目的を遂げて、牛は思ふまゝに避難し得た。第一戰に勝利を得た心地である。

洪水の襲撃を受けて、失ふところの大なるを悵恨するよりは、一方のかこみを打破つた奮鬪の勇氣に快味を覺ゆる時期である。化膿せる腫物を切解した後の痛快は、稍自分の今に近い。打撃は固より深酷であるが、きび〱と問題を解決して、總ての懊惱を一掃した快味である。我家の水上僅に屋根許り現はれ居る状を見て、聊も痛恨の念の湧かないのは、其快味が暫く我れを支配して居るからであるまいか。

日は暮れんとして空は又雨模樣である。四方に聞ゆる水の音は、今の自分には最早壯快に聞えて來た。自分は四方を眺めながら、何とはなしに天神川の鐵橋を渡つたのである。

うづ高に水を盛り上げてる天神川は、盛に濁水を兩岸に奔溢さして居る。薄暗く曇つた夕暮の底に、濁水の溢れ落つる白泡が、夢かのやうにぼんやり見渡される。恐ろしいやうな、面白いやうな、云ふに云はれない一種の強い刺撃に打たれた。

遠く龜戸方面を見渡して見ると、黒い水が漫々として大湖の如くである。四方に浮いてる家棟は多くは軒以上を水に沒して居る。成程洪水ぢやなと嗟嘆せざるを得なかつた。

龜戸には同業者が多い。未だ避難し得ない牛も多いと見え、そちこちに牛の叫び聲がして居る。暗い水の上を傳つて、長く尻聲を引く。聞く耳のせゐか溜らなく厭な聲だ。稀に散在して見える三つ四つの燈火が、殆ど水にひツついて、水平線の上に浮いてるかの如く、淋い光を漏して居る。

何か人聲が遠くに聞えるよと耳を立てゝ聞くと、助け舟は無いかア………助け舟は無いかア………と叫ぶのである。それも三回許りで聲は止んだ。水量が盛んで人間の騷ぎも壓せられてるものか、割合に世間は靜かだ。未だ宵の口と思ふのに、水の音と牛の鳴く聲の外には、餘り人の騷ぎも聞こえない。寥々として寒さうな水が漲つて居る。助け舟を呼んだ人は助けられたか否かも判らぬ。鐵橋を引返してくると、牛の聲は幽になつた。壯快な水の音が殆ど夜を支配して鳴つてる。自分は眼前の問題にとらはれて我知らず時間を費した。來て見れば乳牛の近くに若者達も居ず、我が乳牛は多くは安臥して食み返しをやつて居つた。

何事をするも明日の事、今夜は是でと思ひながら、主なき家の有樣も一見したく、自分は再び猛然水に投じた。道路よりも少く低い我家の門内に入ると足が地につかない。自分は泳ぐ氣味にして臺所の軒へ進み寄つた。

幸に家族の者が逃げる時に消し忘れたものらしく、洋燈ランプが點して釣り下げてあつた。天井高く釣下げた洋燈の尻に殆ど水がついて居つた。床の上に昇つて水は乳まであつた。醤油樽、炭俵、下駄箱、上げ板、薪、雜多な木屑等有ると有るものが浮いて居る。どろりとした汚ない惡水が、身動きもせず、ひし〱と家一ぱいに這入つて居る。自分は猶一渡り奧の方まで一見しようと、洋燈に手を掛けたら、どうかした拍子に火は消えて終つた。跡は闇々黒々、身を動せば雜多な浮流物が體に觸れる許りである。それでも自分は手探ぐり足探ぐりに奧まで進み入つた。浮いてる物は胸にあたる顏にさはる。疊が浮いてる箪笥が浮いてる、夜具類も浮いてる。それ〱の用意も想像以外の水で悉く無駄に歸したのである。

自分は此全滅的荒廢の跡を見て何等悔恨の念も無く不思議と平然たるものであつた。自分の家といふ感じがなく自分の物といふ感じも無い。寧ろ自然の暴力が、如何にもきび〱と殘酷に、物を破り人を苦しめた事を痛快に感じた。やがて自分は路傍の人と別れる樣に、其荒廢の跡を見捨てゝ去つた。水を恐れて連夜眠れなかつた自分と、今の平氣な自分と、何の爲に然るかを考へもしなかつた。

家族の逃げて行つた二階は七疊許の一室であつた。其家の人々の外に他よりも四五人逃げて來て居つた。七疊の室に二十餘人、其間に幼いもの三人許りを寢せて終へば、他の人々は只膝と膝を突合せて坐し居るのである。

罪に觸れた者が捕縛を恐れて逃げ隱れしてる内は、一刻も精神の休まる時が無く、夜も安くは眠られないが、愈〻捕へられて獄中の人となつて終へば、氣も安く心も暢びて、愉快に熟睡されると聞くが、自分の今夜の状態はそれに等しいのであるか、將來の事は未だ考へる餘裕も無い、煩悶苦惱決せんとして決し得なかつた問題が解決して終つた自分は、此數日來に無い、心安い熟睡を遂げた。頭を曲げ手足を縮め海老の如き状態に困臥しながら、猶氣安く心地爽かに眠り得た。數日來の苦惱は跡形も無く消え去つた。爲に體内新たな活動力を得た如くに思はれたのである。

實際の状況はと見れば、僅に人畜の生命を保ち得たのに過ぎないのであるが、敵の襲撃が飽くまで深酷を極めて居るから、自分の反抗心も極度に奮興せぬ譯にゆかないのであらう、何處までも奮鬪せねばならぬ決心が自然的に強固となつて、大災害を哀嘆してる暇がない爲であらう、人間も無事だ牛も無事だよしと云つた樣な、爽快な氣分で朝まで熟睡した。

家うちの雞とりが鳴く、家うちの雞とりが鳴く、といふ子供の聲が耳に入つて眼を覺した。起つて窓外を見れば、濁水を一ぱいに湛へた、我家の周圍の一廓に、ほの〲と夜は明けて居つた。忘れられて取殘された雞は、主なき水漬屋に、常に變らぬ長閑な聲を長く引いて時を告ぐるのであつた。

三

一時の急を免れた避難は、人も家畜も一夜の宿りが漸くの事であつた。自分は知人某氏を兩國に訪うて第二の避難を謀つた。侠氣と同情に富める某氏は全力を盡して奔走して呉れた。家族は悉く自分の二階へ引取つてくれ、牛は回向院の庭に置くことを諾された。天候情なく此の日又雨となつた。舟で高架鐵道の土堤へ漕ぎつけ、高架線の橋上を兩國に出ようといふのである。我に等しき避難者は、男女老幼、雨具も無きが多く、陸續として、約二十町の間を引きゝりなしに渡り行くのである。十八を頭に赤子の守兒を合して九人の子供を引連れた一族も其内の一群むれであつた。大人は勿論大きい子供等はそれ〱持物がある。五ツになるのと七ツになる幼きものどもが、我儘も云はず、泣きもせず、覺束ない素足を運びつゝ泣くやうな雨の中を兎も角も長い〱高架の橋を渡つたあはれさ、兩親の目には忘れる事の出來ない印象を殘した。

もう家族に心配はいらない、これから牛と云ふ事で其の手配にかゝつた。人數が少くて數回に牽くことは容易でない。二十頭の乳牛を二回に牽くとすれば、十人の人を要するのである。雨の降るのに然かも大水の中を牽くのであるから、無造作には人を得られない。某氏の盡力に依り漸く午後の三時頃に至つて人を頼み得た。

成るべく水の淺い道筋を選ばねばならぬ。それで自分は、天神川の附近から、高架線の上を本所停車場に出て、横川に添ふて竪川の河岸通を西へ兩國に至るべく順序を定めて出發した。雨も止んで來た。此間の日の暮れない内に牽いて終はねばならない。人々は勢込んで乳牛の所在地へ集つた。

用意は出來た。此上は鐵道員の許諾を得、少しの間線路を通行さして貰はねばならぬ。自分は驛員の集合してる所に至つて、かねて避難して居る乳牛を引上げるに就いて茲より本所停車場までの線路の通行を許してくれと乞ふた。驛員等は何か話合ふて居たらしく、自分の切願に一顧をくれるものも無く、挨拶もせぬ。

如何でせうか、物の十分間もかゝるまいと思ひますから是非お許しを願いたいですが、それに此直ぐ下は水が深くて到底牛を牽く事が出來ませんから、と自分は詞を盡して哀願した。

そんな事は出來ない、一體あんな所へ牛を置いちやいかんぢやないか。

それですから、是れから牽くのですが。

それですからつて、あんな所へ牛を置いて屆けても來ないのは不都合ぢやないか。

無情冷酷………然かも横柄な驛員の態度である。精神奮興してる自分は癪に障つて堪らなくなつた。

君達は一體何所の國の役人か、此の洪水が目に入らないのか。多くの同胞が大水害に泣いてるのを何と見てるか。

殆ど口の先まで出たけれど、僅にこらへて更に哀願した。結局避難者を乘せる爲に列車が來るから、それが歸つてからでなくてはいけないと云ふことであつた。それならさうと早く云つてくれゝばよいのだ。さうして何時頃來るかと云へば、それは判らぬといふ。其實判つて居るのである。配下の一員は親切に一時間と經ない内に來るからと注意してくれた。

彼是空しく時間を送つた爲に、日の暮れない内に二回牽く積であつたのが、一回牽出さない内に暮れかゝつて終つた。

馴れない人達には、荒れないやうな牛を見計らつて引かせることにして、自分は先頭に大きい赤白斑の牝牛を引出した。十人の人が引續いて後から來るといふ樣な事にはゆかない。自分は續く人の無いに係らず、眞直ぐに停車場へ降りる。全く日は暮れて僅に水面の白いのが見える許りである。鐵橋の下は意外に深く、殆ど胸につく深さで、奔流しぶきを飛ばし、少の間流に溯つて進めば、牛はあはて狂ふて先に出やうとする、自分は胸きりの水中容易に進めないから、しぶきを全身に浴びつゝ水に咽せて顏を正面に向けて進むことは出來ない。漸く埒外に出れば、それからは流に從つて行くのであるが、先の日に石や土俵を積んで防禦した、其石や土俵が道中に散亂してあるから、水中に牛も躓く人も躓く。

我が財産が牛であつても、此困難は容易なものでないにと思ふと、臨時に頼まれて然かも馴れない人達の事が氣にかゝるのである。自分は暫く牛を控へて後から來る人達の樣子を窺ふた。それで同情を持つて來てくれた人達であるから、案じた程でなく、續いて來る樣子に自分も安心して先頭を務めた。半數十頭を回向院の庭へ揃えた時は恰も九時であつた。負傷した人も出來た。一回に恐れて逃げた人も出來た。今一回は實に難事となつた。某氏の激勵至らざるなく、それで漸く缺員の補充も出來た。二回目には自分は最後に廻つた。悉く人々を先に出しやつて一渡り後を見廻すと、八升入の牛乳鑵が二つバケツが三箇殘つてある。これは明日に入用の品である。若い者の取落したのか、下の帶一筋あつたを幸に、それにて牛乳鑵を背負ひ、三箇のバケツを左手にかゝへ右手に牛の鼻綱を取つて殿した。自分より一歩先に行く男は始めて牛を牽くといふ男であつたから、幾度か牛を手離して終ふ。其度に自分は、其牛を捕へやりつゝ擁護の任を兼ね、土を洗ひ去られて、石川と云つた竪川の河岸を練り歩いて來た。もう是で終了すると思へば心にも餘裕が出來る。

道々考へるともなく、自分の今日の奮鬪は我ながら意想外であつたと思ふにつけ、深夜十二時敢て見る人も無いが、我が此の容態はどうだ。腐つた下の帶に乳鑵二箇を負ひ三箇のバケツを片手に捧げ片手に牛を牽いてる、臍も脛も出づるがまゝに隱しもせず、奮鬪と云へば名は美しいけれど、此醜態は何のざまぞ。

自分は何の爲にこんな事をするのか、こんな事までせねば生きて居られないのか、果なき人世に露の如き命を貪つて、こんな醜態をも厭はない情なさ、何といふ卑き心であらう。

前の牛も我が引く牛も今は落ちついて靜に歩む。二つ目より西には水も無いのである。手に足に氣くばりが無くなつて、考は先から先へ進む。

超世的詩人を以て深く自ら任じ、常に萬葉集を講じて、日本民族の思想感情に於ける、正しき傳統を解得し繼承し、依て以て現時の文明に聊か貢献する處あらんと期する身が、此醜態は情ない。假令人に見らるゝの憂がないにせよ、餘儀なき事の勢に迫つたにせよ、餘りに蠻性の露出である。こんな事が奮鬪であるならば、奮鬪の價は卑いと云はねばならぬ。併し心を卑くするのと、體を卑くするのと、いづれが卑いかと云はば、心を卑くするの最も卑むべきは云ふまでも無いことである。さう思ふて見れば我が今夜の醜態は、只體を卑くしたのみで、心を卑くしたとは云へないのであらうか。併し、

心を卑くしないにせよ、體を卑くした其事の恥づべきは少しも減ずる譯ではないのだ。

先着の伴牛は頻りに友を呼んで鳴いて居る。我が引いてゐる牛もそれに應じて一聲高く鳴いた。自分は夢から覺めた心地になつて、覺えず手に持つた鼻綱を引詰めた。

四

水は一日に一寸か二寸しか減じない。五六日經つても七寸とは減じて居ない。水に漬つた一切の物未だに手の著け樣がない。其後も幾度か雨が降つた。乳牛は露天に立つて雨たゝきにされて居る。同業者の消息も漸く判つて來た。龜戸の某は十六頭殺した。太平町の某は十四頭を、大島町の某は犢十頭を殺した、我一家の事に就いても種々の方面から考へて慘害の感じは深くなる許りである。

疲勞の度が過ぐれば却て熟睡を得られない。夜中幾度も目を覺す。僅な睡眠の中にも必ず夢を見る。夢は悉く雨の音水の騷である。最も懊惱に堪へないのは、實際雨が降つて音の聞ゆる夜である。我が財産の主腦である處の乳牛が、雨に濡れて露天に立つて居るのは考へるに堪へない苦みである。何とも譬へ樣のない情なさである。自分が雨中を奔走するのは敢て苦痛とも思はないが、牛が雨を浴みつゝ泥中に立つて居るのを見ては、言語に云へない切なさを感ずるのである。

若い衆は代り〱病氣をする。水中の物も何時まで捨てゝは置けず、自分の爲すべき事は無際限である。自分は日々朝鞋をはいて立ち夜まで脱ぐ遑がない。避難五日目に漸く牛の爲に雨掩が出來た。

眼前の迫害が無くなつて、前途を考ふることが多くなつた。貳拾頭が分泌した乳量は半減した上に更に減ぜんとして居る。一度減じた量は決して元に恢復せぬのが常である。乳量が恢復せないで姙孕の期を失へば、乳牛も乳牛の價格を保てないのである。損害の程度が稍〻考量されて來ると、天災に反抗し奮鬪したのも極めて意義の少ない行動であつたと嘆ぜざるを得なくなる。

生活の革命………八人の兒女を兩肩に負ふてる自分が生活の革命を考ふる事となつては、胸中先づ悲慘の氣に閉塞されて終ふ。

殘餘の財を取纏めて、一家の生命を筆硯に托さうかと考へて見た。汝は安心して其の決行が出來るかと問ふて見る。自分の心は即時に安心が出來ぬと答へた。愈〻餘儀ない場合に迫つて、さうするより外に道が無かつたならばどうするかと念を押して見た。自分の前途の慘憺たる有樣を想見するより外に何等の答を爲し得ない。

一人の若い衆は起きられないと云ふ。一人は遊びに出て歸つて來ないと云ふ。自分は蹶起して乳搾に手をかさねばならぬ。天氣がよければ家内等は、運び來つた濡れものゝ仕末に眼の廻る程忙しい。

一家浮沈の問題たる前途の考も措き難い目前の仕事に逐はれては其儘になる。見舞の手紙見舞の人、一々應答するのも一仕事である。水の家にも一日に數回見廻ることもある。夜は疲勞して坐に堪へなくなる。朝起きては、身の内の各部に疼痛倦怠を覺え、其の業に堪へ難き思ひがするものゝ、常よりも快美に進む食事を取りつゝ一度鞋を蹈みしめて起つならば、自分の四肢は凜として振動するのである。

肉體に勇氣が滿ちてくれば、前途を考へる悲觀の感念も何時しか屏息して、愉快に奮鬪が出來るのは妙である。八人の兒女があるといふ痛切な感念が、常に肉體を奮興せしめ、其苦痛を忘れしめるのか。

或は鎌倉武士以來の關東武士の蠻性が、今猶自分の骨髓に遺傳して然るものか。

破壞後の生活は、總ての事が混亂して居る。思慮も考察も混亂して居る。精神の一張一緩も固より混亂を免れない。

自分は一日大道を濶歩しつゝ、突然として思ひ浮んだ。自分の反抗的奮鬪の精力が、これだけ強堅であるならば、一切迷ふことはいらない。三人の若い者を一人減じ自分が二人だけの勞働をすれば、何の苦勞も心配もいらぬ事だ。今まで文藝などに遊んで居つた身で、これが果して出來るかと自問した。自分の心は無造作に出來ると明答した。文藝を三四年間放擲して終ふのは、聊かの狐疑も要せぬ。

肉體を安んじて精神を困めるのがよいか、肉體を困めて精神を安ずるのがよいか。かう考へて來て自分は愉快で溜らなくなつた。我知らず問題は解決したと獨語した。

五

水が減ずるに從つて、跡の始末もついて行く。運び殘した財物も少くないから、夜を守る考も起つた。物置の天井に一坪に足らぬ場所を發見して茲に蒲團を展べ、自分はそこに横たはつて見た。これならば夜を茲に寢られぬ事もないと思つたが、茲へ眠つて終へば少しも夜の守りにはならないと氣づいたから、夜は泊らぬことにしたけれど、水中の働きに疲れた體を横たへて休息するには都合がよかつた。

人は境遇に支配されるものであると云ふことだが、自分は僅に一身を入るゝに足る狹い所へ横臥して、不圖夢の樣な事を考へた。

其昔相許した二人が、一夜殊に情の高ぶるを覺えて殆ど眠られなかつた時、彼は嘆じて云ふ。かういふ風に互に心持よく圓滿に樂しいといふ事は、今後今一度と云つても出來ないかも知れない、いつそ二人が今夜眠つたまゝ死んで終つたら、是に上越す幸福はないであらう。

眞にそれに相違ない。此のまゝ苦もなく死ぬことが出來れば滿足であるけれど、神樣が我々にさう云ふ幸福を許してくれないかも知れない、と自分もしんから嘆息したのであつた。

當時は只一場の痴話として夢の如き記憶に殘つたのであるけれど、二十年後の今日それを極めて眞面目に思ひ出したのは如何なる譯か。

考へて見ると果して其夜の如き感情を繰返した事は無かつた。年一年と苦勞が多く、子供は續々と出來てくる。年中齷齪として歳月の廻るに支配されて居る外に何等の能事も無い。次々と來る小災害のふせぎ、人を弔ひ己を悲む消極的營みは年として絶ゆることは無い。水害又水害。さうして遂に今度の大水害にかうして苦鬪して居る。

二人が相擁して死を語つた以後二十年、實に何の意義も無いではないか。苦しむのが人生であるとは、どんな哲學宗教にも云ふては無からう。然かも實際の人生は苦んでるのが常であるとは如何なる譯か。

五十に近い身で、少年少女一夕の痴談を眞面目に回顧して居る今の境遇で、是をどう考へたらば、茲に幸福の光を發見することが出來るであらうか。此の自分の境遇には何所にも幸福の光が無いとすれば、一少女の痴談は大哲學であると云はねばならぬ。人間は苦むだけ苦まねば死ぬ事も出來ないのかと思ふのは考へて見るのも厭だ。

手傳てつだいの人々がいつのまにか來て下に働いて居つた。屋根裏から顏を出して先生と呼ぶのは、水害以來毎日手傳に來てくれる友人であつた。

明治43年11月『ホトヽギス』

署名   左千夫

底本 / Source edition

底本:「左千夫全集 第三巻」岩波書店
1977(昭和52)年2月10日発行
初出:「ホトヽギス 第十四巻第二号」
1910(明治43)年11月1日発行
※「塲」と「場」の混用は、底本どおりです。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:米田進
校正:松永正敏
ファイル作成:
2002年4月1日公開
2011年1月9日修正
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書誌 / Bibliography
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伊藤 左千夫「水害雑録」(旧字旧仮名)、底本『左千夫全集 第三巻』岩波書店、1977年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 004396_000058, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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