１

<ruby><rb>葡萄牙</rb><rt>ポルトガル</rt></ruby>のリスボンで、僕はリンピイ・リンプと呼ぶ<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">びっこ</span>の<ruby><rb>英吉利</rb><rt>イギリス</rt></ruby>人と仲よしになった。

リンピイは海から来た男で、そしてＰＩＭＰだった――あとで解る――それはいいが、ついうっかりしてるうちに僕も<ruby><rb>捲</rb><rt>ま</rt></ruby>き込まれて、その<ruby><rb>跛足</rb><rt>リンピイ</rt></ruby>リンプの助手みたいな仕事をしなければならないことになった。これも詳しくは「後章参照」だが、早く言えば、毎晩僕が夜の<ruby><rb>埠頭</rb><rt>ふとう</rt></ruby>へ出かけて古いＩＮＫの海を眺めてるあいだに、いつからともなくこのリンピイと知り合いになったというだけなのだ。

ほるつがる――種が島と煙草と社交病を日本へ紹介した国。

日本――<ruby><rb>葡萄牙</rb><rt>ポルトガル</rt></ruby>。

東の果てと西のはずれ。

地理的には遠く、歴史的には近い。

両国共通の言語でちょっとこんな判じ物みたいな<ruby><rb>小景</rb><rt>スナップ</rt></ruby>が出来るくらいだ。

彼は <ruby><rb>Raxa</rb><rt>ラシャ</rt></ruby> の「まんと」の「ぼたん」をかけていた。彼女は「<ruby><rb>石鹸</rb><rt>さぼん</rt></ruby>」で洗ったばかりの「かなきん」の<ruby><rb>襦袢</rb><rt>じゅばん</rt></ruby>「Jibão」に、「びろうど」Veludo の着物をきていた。「びょうぶ」の前に、ふたりは「さらさ」Caraca の座ぶとんを敷いて、Carta「<ruby><rb>歌留多</rb><rt>かるた</rt></ruby>」をしながら飲んだり食べたりしていた。が、彼はあんまり「ふらすこ」のお酒を「こっぷ」で呑んだし、彼女が Pao「ぱん」と「こんぺいとう」を Tanto「たんと」食べ過ぎるので、お互いに<ruby><rb>嫌</rb><rt>いや</rt></ruby>になって離婚した。ＦＩＮＩＳ

といったように、これだって君、あの、この頃産業的に需用の多い「<ruby><rb>朝飯</rb><rt>あさめし</rt></ruby>の食卓で<ruby><rb>焼麺麭</rb><rt>トウスト</rt></ruby>・卵子・<ruby><rb>珈琲</rb><rt>コーヒー</rt></ruby>と一しょに消化してあとへ残らない程度の退屈で幸福な近代結婚生活の小説」の作例には、ちゃんとなってるじゃないか。ＢＡＨ！

で、とにかくリンピイの Who's Who へかかる。

彼の商売は三つから成り立っていた。

第一にリンピイは、マルガリイダという五十近い妻と一しょに、市の<ruby><rb>山の手</rb><rt>バイロ・アルト</rt></ruby>に独特の考案になる<ruby><rb>魔窟</rb><rt>まくつ</rt></ruby>をひらいていた。マルガリイダは、ＣＩＮＴＲＡの古城のように骨張った、そして、不平で<ruby><rb>耐</rb><rt>たま</rt></ruby>らない七面鳥みたいに絶えず何事か呪い<ruby><rb>喚</rb><rt>わめ</rt></ruby>いてる存在で、リンピイの人生全体に騒々しく君臨していたと言っていい。そのうえ彼女は恐ろしく<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">けち</span>だったし、自分の思いつき一つで<ruby><rb>家</rb><rt>ハウス</rt></ruby>が<ruby><rb>流行</rb><rt>はや</rt></ruby>ったので、しぜん稼業のことはすっかり一人で支配していて、リンピイは more or less そこの<ruby><rb>居候</rb><rt>いそうろう</rt></ruby>みたいに、<ruby><rb>波止場</rb><rt>カイス</rt></ruby>の客引きだけを専門にしていた。それも、実際マルガリイダ婆さんに言わせると、リンピイなんか居てもいなくてもいいんだけれど、商売の性質上、男の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">にらみ</span>の必要な場合もあったし、それに、リンピイは跛足のくせに素晴しく<ruby><rb>喧嘩が上手</rb><rt>ハンディ・アト・フィスト</rt></ruby>だったから、お婆さんも重宝がって、格別追い出そうともせずにただ<ruby><rb>顎</rb><rt>あご</rt></ruby>だけ預けとくがいいよと言った程度に置いてやっていたのだ。この「マルガリイダの家」の呼び物は、テレサという白熊のような<ruby><rb>仏蘭西</rb><rt>フランス</rt></ruby>女の一夜の<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>を懸賞に<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>をさせるのだった。だから、いつ行っても寄港中の船員が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">わいわい</span>してて、マルガリイダ婆さんの靴下は<ruby><rb>紙幣束</rb><rt>さつたば</rt></ruby>でふくれてた。が、このリンピイとマルガリイダは、お互いにどまでも経済的独立を厳守する夫婦関係――何と近代的な！――だった。と言うより、つまりそれは、彼女が彼に充分な儲けを<ruby><rb>別</rb><rt>わ</rt></ruby>けて<ruby><rb>与</rb><rt>や</rt></ruby>らなかったからだが、そこで当然リンピイは、妻の一使用人として以外に自分だけの内職を持っていた。ここに企業家リンピイ・リンプの非凡な着眼が窺われる。すなわち、第二に彼は、一種の「<ruby><rb>船上出張商人</rb><rt>ヴェンデドゥル・デ・アポルド</rt></ruby>」――英語で<ruby><rb>謂</rb><rt>い</rt></ruby>う―― ship\-chandler「しっぷ・ちゃん」――を開業していたのだ。

夜の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">りすぼん</span>波止場で、僕は一つの不思議を見た――。

ＡＹＥ！　<ruby><rb>闇黒</rb><rt>あんこく</rt></ruby>がＬＩＳＢＯＡの海岸通りを包むとき！

各国船員の<ruby><rb>行列</rb><rt>パレイド</rt></ruby>に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あるこほる</span>が参加し、林立するマストに汽笛がころがり、眠ってる大倉庫のあいだに男女一組ずつの影が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うろうろ</span>し、どこからともなく出現するこの深夜の雑沓・桟橋の話声・水たまりの星・悪臭・嬌笑・ＳＨＩＰ・ＡＨＯＹ！

この腐ったインクの海は、何かしら異常な事件を呑んでるに相違ない。波止場の夜気は、僕の<ruby><rb>秘有</rb><rt>チェリッシュ</rt></ruby>する<ruby><rb>荒唐無稽趣味</rb><rt>ワイルド・イマジネイション</rt></ruby>をいつも極度にまで刺激するに充分だ。それが僕の全 being を魅了してすぐに僕を「夜の岸壁」の自発的捕虜にしてしまった。もちろんそこには、何とかして変った話材に come across したいという探訪意識が多分に動いていたことも事実だが、とにかくリスボンでは、今日のつぎに明日が来るのと同じ確実さと連続性において、毎夜の<ruby><rb>波止場</rb><rt>カイス</rt></ruby>が浮浪人としての僕をその附近に発見していた。一晩として僕は夜の波止場を失望させることはなかった。

が、これには単なる探険心以上に、僕を駆り立てる理由があったのだ。

それは、こうして毎晩「夜の波止場」に張り込んでた僕へ、僕の熱心な好奇癖を燃焼させるに足る一現象が run in したからだ。

Eh? What?

きまって真夜中だった。暗いなかに人影が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ざわざわ</span>して、その黒い一団がしずかに桟橋を下りていく。桟橋の端には、物語めいた一そうの<ruby><rb>短舟</rb><rt>ボウテ</rt></ruby>が、テイジョ河口の三角浪に<ruby><rb>擽</rb><rt>くすぐ</rt></ruby>られて忍び笑いしていた。訓練ある沈黙と速度のうちに一同がそれに乗り移ると、そのままボウテは漕ぎ出して、<ruby><rb>碇泊</rb><rt>ていはく</rt></ruby>中の船影のあいだを縫って間もなく沖へ消える。そして暫らく帰ってこない。が帰って来るとその一団の人かげが、同じ沈黙と速度をもって<ruby><rb>小舟</rb><rt>ボウテ</rt></ruby>から桟橋へ上り、僕の立ってる前を順々に通り過ぎて、今度は町へ消えてしまう。夜なかに海を訪問する一隊！　ははあ！　奇談のいとぐちには持って来いだ。しかも、believe me, それがみんな女で、引率してるのはびっこの小男だった。

これが毎晩である。桟橋と沖を往復する謎の女群。熟練を示すその沈黙と速度。At last, 大ＭＹＳＴＥＲＹは僕のまえに投げられた。何のための毎夜の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とりっぷ</span>？　女漁師？　Absurd, 密輸団？　Maybe．それにしても、何と祝福すべき小説――作者ライダア・ハガアド卿――的効果とシチュエイション！

<ruby><rb>山</rb><rt>サスペンス</rt></ruby>もある。「<ruby><rb>はてな</rb><rt>バッフル</rt></ruby>！」もある。<ruby><rb>大通り</rb><rt>ポロット</rt></ruby>も<ruby><rb>小みち</rb><rt>カウンタ・プロット</rt></ruby>も充分ある。こいつにちょいと「<ruby><rb>予期しない捻り</rb><rt>アンエクスペクテド・タアン</rt></ruby>」さえ与えれば、ジョウンス博士主宰通信教授文士養成協会――名誉と財産への急飛躍！　はじめて万人に開かれた成功の大秘門！　変名で有名になって親類知己を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あっ</span>と言わせ給え！――の「必ず売れる小説を作る法」の講義録に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぴったり</span>当てはまって、どうだ君、そろそろ面白くなって来たろう。ＮＯ？

まだまだこのあとが大変なんだ。

ＹＥＳ。港だから、そら、毎日船がはいるだろう。船乗りってやつは、女を要求して――たとえばマルガリイダの家のテレサなんかを<ruby><rb>目的</rb><rt>めあ</rt></ruby>てに――やたらに上陸をいそぐものだ。が、上陸させちまっちゃあ話にならない。いたずらに老七面鳥マルガリイダを<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ほくほく</span>させるばかりで、何らわが新事業家リンピイの利得にはならないから、そこで彼らの上陸の前夜か、もしくは過半上陸しても不幸な当番だけ居残ってるところへ、暗い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いんく</span>の海を桟橋から一<ruby><rb>艘</rb><rt>そう</rt></ruby>の<ruby><rb>小舟</rb><rt>ボウテ</rt></ruby>がこいで来て横づけになる。女肉を満載したボウテ！　すると、訓練ある沈黙と速度をもって、五、六人の女隊が、アマゾン流域特産の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぽけっと</span>猿みたいに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">するする</span>と<ruby><rb>船腹</rb><rt>サイド</rt></ruby>の<ruby><rb>縄梯子</rb><rt>ジャコップ</rt></ruby>を這い上って甲板へ現れる。これが真夜中の船の女客――<ruby><rb>船上商人</rb><rt>シップ・チャン</rt></ruby>リンピイがひそかに駆り集めて来た「商品」だ。が、これも、昼間の市民としては、女中や場末の売子をしてる女達――相当若いの・かなり若いの・ほんとに若いの・少女めいたの・肥ったの・<ruby><rb>瘠</rb><rt>や</rt></ruby>せたの・丸顔の・<ruby><rb>面長</rb><rt>おもなが</rt></ruby>なの・金毛の・黒髪の――。

それらが次ぎつぎに船の手すりを<ruby><rb>跨</rb><rt>また</rt></ruby>ぎながら、細い、太い、円い、めいめい色のかわった声を発する。

<ruby><rb>今晩は</rb><rt>ボア・ノイテ</rt></ruby>！

<ruby><rb>今晩は</rb><rt>ボア・ノイテ</rt></ruby>！

<ruby><rb>今晩は</rb><rt>ボア・ノイテ</rt></ruby>！

と思うとすでに、長い海によごれ切った水夫と火夫のむれが、この呼吸する商品のまわりに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぐるり</span>素早く輪を作ってる。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">にやにや</span>と殺気立つ選択眼。その、天候と粉炭と余剰精力とで黒い層の出来てる彼らの首根っこへ、女たちの白い腕がいきなり非常な自信をもって巻きついていく。最初に視線を交換した船員と売春婦――これほど<ruby><rb>直截</rb><rt>ちょくさい</rt></ruby>な相互理解はまたとあるまい。港の挨拶はこれだけでたくさんだ。何という簡潔な「恋の<ruby><rb>過程</rb><rt>プロセス</rt></ruby>」！　何て<ruby><rb>出鱈目</rb><rt>でたらめ</rt></ruby>な壮観！　そこここの救命艇のかげ、<ruby><rb>船艙</rb><rt>ハッチ</rt></ruby>の横が彼らにとって船上の即席らんでゔうだ。そして、星くず・インクの海・町の<ruby><rb>灯</rb><rt>ひ</rt></ruby>・夜風。五、六人の女と、時として五、六十人もの海の野獣と――こうして、それらの全場面に背中を向けて忍耐ぶかく待ってるあいだに、毎晩リンピイは一たい何本の煙草を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">じゅっ</span>と水へ投げ込むことか？――ＧＯＤ・ＫＮＯＷＳ。

２

畏友リンピイ・リンプの驚嘆に値する発明的企業能力は、これだけでも充分以上に合点が往ったろうと思う。加うるに、この出張売春婦のＰＩＭＰをつかさどるかたわら、第三にそして最後に、彼はほんとの「<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しっぷ</span>・<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちゃん</span>」をも兼ねていた。ほんとの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しっぷ</span>・<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちゃん</span>てのも変だが、実はこれも、一つの準備行動として彼にとっては必要だったのだ。と言うのはつまり、いよいよ生きた商品を持ちこむに先立ち、まず斥候といった形で、無害で<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ゆうもらす</span>な海の人々の日用品――それも陸での概念とは大分違うが――を詰めた<ruby><rb>鞄</rb><rt>ケイス</rt></ruby>と、何食わぬ<ruby><rb>顔</rb><rt>フェイス</rt></ruby>とを<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぶら</span>提げて、あたらしく入港して来た船へ、検疫が済むが早いか最初の敬意を払いにゆく。こうしてその船の<ruby><rb>徳規</rb><rt>デサイプリン</rt></ruby>や乗組員の財布の大きさを<ruby><rb>白眼</rb><rt>にら</rt></ruby>んでおいて、いわゆる「<ruby><rb>岸に無障害</rb><rt>コウスト・イズ・クリア</rt></ruby>」と見ると、そこではじめて、夜中を待って本業の女肉しっぷ・ちゃん船を漕ぎ寄せる――とこういう手順だが、どうせこのほうは、まあ、小手調べのつもりだし、こっちでも幾らかの利を見たいなんてそんなリンピイでもないから、持ってく日用品なんかちっとも売れなくても困らないんだけれど、それが妙なことには飛ぶように売れて、リンピイはいつも<ruby><rb>空</rb><rt>から</rt></ruby>の鞄と、反比例に充満した<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぽけっと</span>とを<ruby><rb>伴</rb><rt>つ</rt></ruby>れて陸へ帰るのがつねだった。じゃあどうしてそうリンピイの商品に限って<ruby><rb>捌</rb><rt>さば</rt></ruby>けが早かったかというと、それは何も彼の小売的商才の致すところではなく、現在あとで僕がこの役目を受持つようになってからも、品物だけは何らの渋滞なく<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">どんどん</span>売れてった事実に徴しても判るとおりに、商品それ自体に、「これに羽が生えて売れなければベイブ・ルースは三振してカロル親王殿下がルウマニアの王位に就く」と言ったふうな、リンピイ一流の<ruby><rb>狙い</rb><rt>ヒット</rt></ruby>と<ruby><rb>仕掛</rb><rt>卜リック</rt></ruby>が潜ませてあったからだ。では、その手品の種は？――となると、これが本筋の「<ruby><rb>何か袖の奥に</rb><rt>サムシング・アップ・イン・ゼ・スリイヴ</rt></ruby>」の重要な一部なんだから、手法の教えるところに従い、僕としてはもうすこし取っておかなければならない。

じっさいリンピイは、ついこないだまで、この両方の「しっぷ・ちゃん」を一人で兼ねて来ていたんだが、比較的繊細――何と貴族的に！――な彼の体質と健康がその激労を許可しなかったし、それに、幾分財政的余裕も出来かけたので、誰か「<ruby><rb>鳩の英語</rb><rt>ピジョン・イングリシ</rt></ruby>」が話せて自分の片腕になる<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">やつ</span>があったら、はじめの日用品のしっぷ・ちゃんだけそいつに任せて船の探りを入れさせることにしてもいい――ちょうどこう考えてたリンピイの眼前へ、幸運にも僕という「夜の<ruby><rb>波止場</rb><rt>カイス</rt></ruby>の常習浮浪犯」が現れたのだ。

この、リンピイと僕――ジョウジ・タニイ――との最初の劇的面会はあとの頁に入れるつもりだが、一口には、彼が好機――僕にとって――を<ruby><rb>提出</rb><rt>オファ</rt></ruby>して、僕が即座にそれを<ruby><rb>把握</rb><rt>グラブ</rt></ruby>したほど、それほど勇敢で<ruby><rb>利口</rb><rt>スマアト</rt></ruby>だったというだけのことだ。じゃ、一たい何だってそんなことが「好機」かと言うと、これなしにはこの話も存在しなかったろうし、第一、僕としちゃあ得がたい<ruby><rb>冒険</rb><rt>アドヴェンチュア</rt></ruby>を実行したわけで、全くのところ、さんざ歩き廻った末やっと棒にぶつかったＤＯＧのよろこびが僕の感情だった。

さきへ進むまえ、忘れるといけないからちょっとここで断っておきたいのは、リンピイと彼の周囲に、僕が<ruby><rb>支那人</rb><rt>チンキー</rt></ruby>ロン・ウウとして知られていたことだ。これは何も、ことさら僕が国籍を<ruby><rb>誤魔化</rb><rt>ごまか</rt></ruby>したわけではなく、全体、はじめて口を利いたとき、リンピイが頭からお前は<ruby><rb>支那公</rb><rt>チンク</rt></ruby>だろうと決めてかかって来たので、正誤するのも面倒くさかったし、その要もあるまいと思って黙っていたら、リンピイが勝手にそう信じこんで、同時に僕も、いい気になって<ruby><rb>出放題</rb><rt>でほうだい</rt></ruby>な名乗りを上げてしまったのだ。Long Woo ――支那にそんな名があるかどうか。なくたって僕は困らない。要するにリンピイのそそっかしいのが悪いのだ。で、このとおり、支那人なるアイデアは彼が思いついたことで、僕はただ、極力否定するかわりに、無言によってごく受働的にそれを採用したに過ぎないから――。

だからリスボンの波止場では、全的にそう受け入れられていた<ruby><rb>支那公</rb><rt>チンキイ</rt></ruby>ロン・ウウの僕だった。一つの社会を下から見るのに、これはかえって好都合だったかも知れない。と同時に、ある集団生活を知るためには、どうしてもいくぶん密偵的なこころもちでそこへ這入り込んで、現実に何かの<ruby><rb>役割</rb><rt>ファンクション</rt></ruby>を持たなければ駄目だ。この意味で、リンピイ・リンプと彼の仕事は、僕の上に、じつに歓迎すべきＬＵＣＫの微笑だったと言ってよかろう。

ＹＥＳ。港だから、毎日船がはいる。その入港船のどれもへ、間もなく支那人の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しっぷちゃん</span>ロン・ウウが、商品鞄と無表情な顔を運び上げるようになった。支那人は恐ろしく無口だった。ものを言う必要がなかったのだ。いつも黙って鞄を拡げて、眠そうにハッチの端に腰かけていさえすればあとは品物自身が<ruby><rb>饒舌</rb><rt>スピイク</rt></ruby>して面白いように売れて往った。ほんとに面白いように売れていった。海の住民――それは不具的に男だけだが――また、その男だけのために<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>ばれる種々の他愛ない日用品――タオル・しゃぼん・歯みがき・<ruby><rb>小刀</rb><rt>ナイフ</rt></ruby>・靴下・その他・それぞれにリンピイの細工がほどこしてある――それから、好運のお守りＴＡＬＩＳＭＡＮの数かず――すべていずれ後説――そして、このしっぷ・ちゃんの支那人の訪問した船へは、必ずその夜中にリンピイのおんな舟が出張して、これも帰りには海のむこうのお金でふな<ruby><rb>脚</rb><rt>あし</rt></ruby>が重かった。

それがつづいて、何ごともなく日が滑って行った。

が、いつまで<ruby><rb>経</rb><rt>た</rt></ruby>っても何事もないんじゃ約束が違う気がするから、そこで物語のテンポのために手っ取り早くもうその「何事」が突発したことにして、ここへ、この<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">りすぼん</span>の水へ、問題の怪異船ガルシア・モレノ号を入港させる。

Mind you,「がるしあ・もれの」は、一見平凡な「海の通行人」<ruby><rb>よたよた貨物船</rb><rt>トランプ・フレイタア</rt></ruby>のひとつだった。

しかし、もしあの時、運命がこの船をリスボンの沖で素通りさせたら？

そうしたら、リンピイはいまだに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぽるとがる</span>りすぼん港の満足せるリンピイだったろうし、ことによると僕も、今なお<ruby><rb>支那公</rb><rt>チンキイ</rt></ruby>ロン・ウウの嗜眠病的仮人格のままでいたかも知れない。

思えば、十字路的な現出であった―― That ガルシア・モレノ、

なぜって君、一つも売れないのだ。

何がって君、僕の「しっぷ・ちゃん」がさ。だって変じゃないか。あれだけ「羽が生えて」売れてた、そしてほかの船ではやはり立派に売れてる――その売れるわけはあとでわかるが――同じ品物が、このガルシア・モレノ号でだけは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うそ</span>のようにちっとも売れないのだ。

すこしも売れない。奇体じゃないか。船乗りという船乗りが狂喜して手を出すことを、僕は経験によって知ってる。それだのに君、この船では、誰ひとり手に取って見ようとする者もない。振り向くものもない。船中<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">てんで</span>相手にしないのだ。ここをリンピイの好んで使用する表現で往くと、「がるしあ・もれの」でベイブは始めて三振し、カロルはようようルウマニアの王様になった。というところだが、売れないのは僕のほうばかりじゃなく、リンピイの「商品」なんか何度押しかけて征服しようとしても、その度にみんな綺麗に撃退されて、いつも完全な失敗におわった。お金を<ruby><rb>費</rb><rt>つか</rt></ruby>おうとしない船員、女を失望させて帰す水夫や火夫なんて、これは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とても</span>信じられないお<ruby><rb>伽話</rb><rt>とぎばなし</rt></ruby>だ。奇蹟？　不可能。道心堅固！　べらぼうな！　では何だ！　At last 僕とリンピイのまえに投げ出された一大ＭＹＳＴＥＲＹ――これを満足にまで解くところに、この物語の使命があるのだ、ＢＡＨ！

はじめて僕がガルシア・モレノ号を手がけようとして――一つの暗転。

ＳＨＩＰ・ＡＨＯＹ！

<ruby><rb>血だらけな晩め</rb><rt>デ・ブラッディ・ノウイト</rt></ruby>！　God damn it\!

船尾の<ruby><rb>綱板梯子</rb><rt>ジャコブス・ラダア</rt></ruby>に揺られてる僕の眼は、すぐ鼻っ先の大きな<ruby><rb>羅馬</rb><rt>ローマ</rt></ruby>字を綴ってた。この船にはアマゾンのにおいがする。船名、がるしあ・もれの号。船籍、ブエノス・アイレスと白ぺいんとが<ruby><rb>赤錆</rb><rt>あかさび</rt></ruby>で消えかかって、足の下の<ruby><rb>吃水線</rb><rt>きっすいせん</rt></ruby>には、南あめりかから<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">くっ</span>附いて来た紫の海草が星と一しょに動いていた。

火夫の<ruby><rb>油服</rb><rt>あぶらふく</rt></ruby>に、真黒なタオルで頭を結んだ僕だ。この、紙に革を張った<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すうつけいす</span>は「しっぷ・ちゃん」の商品を満腹して黒人の頭蓋のように重かった。片手にその鞄――手が切れそうに痛い――をぶら下げて、ほかの手で<ruby><rb>縄梯子</rb><rt>ジャコップ</rt></ruby>を掴んで<ruby><rb>攀</rb><rt>よ</rt></ruby>じ登るのだから、ビスケイ湾の貨物船みたいに<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>が傾いて、ジャコップが足に絡んで、それを<ruby><rb>蹴</rb><rt>け</rt></ruby>ほどいて一歩々々踏み上るのが<ruby><rb>骨</rb><rt>ハード</rt></ruby>だった。<ruby><rb>梯子</rb><rt>はしご</rt></ruby>と僕と鞄が、すっかり仲よく<ruby><rb>船尾</rb><rt>スタアン</rt></ruby>の<ruby><rb>凹</rb><rt>へこ</rt></ruby>みへ<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">へばり</span>ついて、ぜんたい斜めに宙乗りしていた。陸から漕いで来た僕の<ruby><rb>はしけ</rb><rt>ボウテ</rt></ruby>は<ruby><rb>梯子</rb><rt>ジャコップ</rt></ruby>の下に結び着けてある。それがテイジョ河口の三角波に<ruby><rb>擽</rb><rt>くすぐ</rt></ruby>られて忍び笑いしていた。

――God damn\!

ＬＯ！　国際的<ruby><rb>涜神</rb><rt>とくしん</rt></ruby>語がまた僕の<ruby><rb>嘴</rb><rt>くちばし</rt></ruby>を<ruby><rb>歪</rb><rt>ゆが</rt></ruby>めた。なぜって君、夜の港は一めんのインク――<ruby><rb>青・黒</rb><rt>ブルウ・ブラック</rt></ruby>――　だろう。そこに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぴちぴち</span><ruby><rb>跳</rb><rt>は</rt></ruby>ねてるのは<ruby><rb>鰯</rb><rt>いわし</rt></ruby>の散歩隊だろう。<ruby><rb>闇黒</rb><rt>くらやみ</rt></ruby>のなかの雪みたいに大きく群れてるのは恋の<ruby><rb>鴎</rb><rt>かもめ</rt></ruby>たちだろう。むこうに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちかちか</span>するのは、<ruby><rb>羅馬</rb><rt>ローマ</rt></ruby>七丘に<ruby><rb>擬</rb><rt>なぞら</rt></ruby>えて七つの高台に建ってるリスボンの灯だろう。しっぷ・あほうい！　と<ruby><rb>波止場</rb><rt>カイス</rt></ruby>のほうから声がするのは、きっとまた、急に責任と威厳を感じ出したどこかの酔っぱらい船長が女から船へ帰ろうとして<ruby><rb>艀舟</rb><rt>ランシャ</rt></ruby>を呼んでるのだろう。

Ship Ahoy\! ――そして僕はいま、うす汚ない商品鞄をさげてこのガルシア・モレノ号へ這いあがるべく努力してる最中だ。何て「<ruby><rb>血だらけ</rb><rt>ブラッディ</rt></ruby>」な！　Ｏ！　でいむ！

さっきから言うとおり、りすぼん港だった。<ruby><rb>葡萄牙</rb><rt>ポルトガル</rt></ruby>の首府 LISBON ――土地の人は、何かしら異を立てなければ気の済まない、土地の人らしい一見識をもってＬＩＳＢＯＡと書いて「リスボア」と読んでる―― anyhow, ふるい水に沿った古い開港場に、<ruby><rb>喚</rb><rt>わめ</rt></ruby>く人間と恐るべき言語と、日光と雨と売春と、疾病と夕陽の壁と水夫の唾と海の道徳とが<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ごっちゃ</span>になって歴史的市場をひらいていた。そこへ、今日の夕方、この The Garcia Moreno が大西洋を撫でて入港して来たのだ。植民地の男が植民地の物産と何十日も同居して――だから、こうして植民地の船がはいると、港いっぱいに植民地的<ruby><rb>臭気</rb><rt>エア</rt></ruby>が充満して、女達は昨夜の顔へまた紅をなすり、家々の窓へさわやかな異国の風が吹き込み、<ruby><rb>猶太人</rb><rt>ジュウ</rt></ruby>の両替屋に不思議な貨幣があふれ、船員の<ruby><rb>棄</rb><rt>す</rt></ruby>てた灰色猫を船員が拾ったり、三年前の<ruby><rb>海岸通り</rb><rt>ウォタ・フロント</rt></ruby>の赤ボイラのかげの女が、まだその同じ赤ボイラの陰に白く<ruby><rb>蹲踞</rb><rt>しゃが</rt></ruby>んで待っていたりして、あはあ！　いろいろな笑いごとに何と古めかしく派手な LISBOA \!

この週期的活気・海と陸との呼応・みなとの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ざわめき</span>によって早くからきょうガルシア・モレノの<ruby><rb>入船</rb><rt>いりふね</rt></ruby>を感づいた僕は、<ruby><rb>仲間</rb><rt>パル</rt></ruby>のリンピイから預った<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しっぷ</span>・<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちゃん</span><ruby><rb>鞄</rb><rt>ケイス</rt></ruby>をすっかり用意して、それでも、マストの先の青い星がともるまでぼんやり待っていた。それは、かねての契約どおりに、僕がひとりでリンピイの鞄を下げてその新入港の船へ乗りこみ、甲板に品物を拡げて、当番の<ruby><rb>乗組員</rb><rt>クルウ</rt></ruby>相手に商売する。リンピイはリンピイで例のほかの種類の商品を積んで、僕が呼ぶと、あとから船へ上ってこようというのだ。そこで僕は、リンピイの鞄と暗黒と一しょにがるしあ・もれの号へ漕ぎ寄せてみると、長い<ruby><rb>大西洋</rb><rt>アトランチコ</rt></ruby>を済ました船員達は、上陸番なんか無視して誰もかれも「七つの丘の灯」へ逃げてったあととみえて、<ruby><rb>船尾</rb><rt>スタアン</rt></ruby>の<ruby><rb>綱梯子</rb><rt>ジャコップ</rt></ruby>が公然の秘密のようにこんなに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぶらぶら</span>していた。ボウテをつないで、僕と鞄がその<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">じゃこぷ</span>を上り出したのだ。がっでいむ！

はろう！　せいの高い船だ。昇っても昇っても上へ届かないから、僕は、<ruby><rb>出張船商人</rb><rt>シップ・チャンドラア</rt></ruby>としての僕の到来を宣言して、now, 潮風にひとつ唄った。誰か聞きつけて出て来るだろう。

Carrrry mee

Cheerfulliee

Over de sea \!

『<ruby><rb>誰だ地獄</rb><rt>フウダ・ヘル</rt></ruby>――！』

果たして<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">らんかん</span>から植民地英語の声が覗いた。

『<ruby><rb>船上出張商人</rb><rt>ヴェンデドル・デアポルド</rt></ruby>！』

『ＥＨ？　ＷＨＡＴ？』

『<ruby><rb>支那公</rb><rt>チンキイ</rt></ruby>Long Woo。』

『Well, 俺は呪われた。その<ruby><rb>支那的</rb><rt>チンキイ</rt></ruby>ロン・ウウがまた何の用で上船しようてんだ。ＨＥＹ？』

『<ruby><rb>船商人</rb><rt>シップチャン</rt></ruby>――<ruby><rb>旦那</rb><rt>サア</rt></ruby>？』

『いよいよ俺は呪われた。何を持って来た一体？』

『ＡＹＥ！　いろんな物、sir,色んなもの。あなたを<ruby><rb>悦</rb><rt>よろこ</rt></ruby>ばすべきたくさんの品。私はたしかにあなたを、たった六<ruby><rb>片</rb><rt>ペンス</rt></ruby>で冷たく打ち倒すことも可能でしょう。ただちょっと実物さえ御覧になれば――。』

『<ruby><rb>よし</rb><rt>ライ</rt></ruby>。上って来て、見せろ。』

だから、じゃこっぷの中途から救われて、僕と鞄がガルシア・モレノに<ruby><rb>甲板</rb><rt>アポウルド</rt></ruby>した。

仮死したような大煙突が夜露の汗をかいて、その下で、<ruby><rb>船のお医者</rb><rt>シップス・ダクタア</rt></ruby>――と言うのはつまり<ruby><rb>料理番</rb><rt>クック</rt></ruby>だ――が、<ruby><rb>愛玩</rb><rt>ペット</rt></ruby>のポケット猿に星を見物させていた。<ruby><rb>洋隠猿</rb><rt>パケツ・マンキー</rt></ruby>はアマゾン流域に特産する小さな小さな猿だ。手に握ると全身すっかり隠れて苦しいもんだから騒ぐし、胸のぽけっとへ入れてやると顔だけ出してあちこち眺めてる。夜は、君の脱いだ靴の奥へ潜り込んでぐっすり眠るだろう。そのぽけっと猿が、肥った<ruby><rb>料理人</rb><rt>ダクタア</rt></ruby>の手の平から星へ向って小粒な<ruby><rb>皓歯</rb><rt>こうし</rt></ruby>を<ruby><rb>剥</rb><rt>む</rt></ruby>いていた。ほかに、僕を「<ruby><rb>一体誰だ</rb><rt>フウダ・ヘル</rt></ruby>」した無電技師は、<ruby><rb>士官</rb><rt>オフィサ</rt></ruby>らしく船尾を往ったり来たりしていた。こつ・こつ・こつ。Again, こつ・こつ・こつ。鉄板の<ruby><rb>跫音</rb><rt>あしおと</rt></ruby>と自分の重大さに彼は酔っていたのだ。しっぷ・ちゃあん！　と喜んだ料理番の大声で、<ruby><rb>下級員口</rb><rt>ギャングウェイ</rt></ruby>が四、五人の水夫や火夫を吐き出した。このＸマス近い海の夜中に、上半身裸の彼らが、赤白く光って浮かんだ。やっぱりみんな<ruby><rb>錨</rb><rt>いかり</rt></ruby>を下ろすが早いか女のところへ上陸したに相違ない。ガルシア・モレノ号は僕の前にたったこれだけの<ruby><rb>人数</rb><rt>にんず</rt></ruby>だった。が、勿論このポケット猿の連中が、総がかりで星を<ruby><rb>白眼</rb><rt>にら</rt></ruby>み、暴風雨のなかで<ruby><rb>左舷</rb><rt>ポウト</rt></ruby>・<ruby><rb>右舷</rb><rt>スタボウド</rt></ruby>と叫び交し、釜を<ruby><rb>焚</rb><rt>た</rt></ruby>き、機関を廻して来たのではないと、who could tell? 地球の色んな<ruby><rb>隅々</rb><rt>コーナアス</rt></ruby>から旧大陸の端のはし「ほるつがる・りすぼん港」へこうして次ぎつぎに<ruby><rb>触</rb><rt>タッチ</rt></ruby>していく貨物船の大商隊――ここには、あらゆる華やかさと恥と不可解がごく自然に存在し、事実、それらの堆積が<ruby><rb>鬱然</rb><rt>うつぜん</rt></ruby>し醗酵してＬＩＳＢＯＡを作ってるのだ。という証拠には、この「しっぷ・あほうい！」の物語も、前言のごとく僕じしんの<ruby><rb>経験</rb><rt>アンダゴウ</rt></ruby>したその一つに過ぎない。Eh? What?

３

そもそもの<ruby><rb>葡萄牙</rb><rt>ポルトガル</rt></ruby>入りから出直そう――。

水は、一度低いところへ下りたが最後、どうしても上へあがらないものと決定的に思われていた。<ruby><rb>羅馬</rb><rt>ローマ</rt></ruby>人がそう考えていたというのだ。だから彼らは、不必要にも山から山へべらぼうに巨大な水道の橋を築いて渡したもので、この、可愛らしい人智幼年時代のあとが、連々たる大石柱の遺蹟として車窓に天を<ruby><rb>摩</rb><rt>ま</rt></ruby>している。すると<ruby><rb>葡萄牙</rb><rt>ポルトガル</rt></ruby>だ。何という真正直なろうま人の努力！――なんかと感心してる僕の視線を、ほるとがる荒野の石塀とコルクの樹と<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ゆうかり</span>と<ruby><rb>橄欖</rb><rt>かんらん</rt></ruby>と禿山と羊飼いとその羊のむれが、瞬間に捉えて離した。石塀は崩れかけたまま<ruby><rb>重畳</rb><rt>ちょうじょう</rt></ruby>する丘の地肌を縫い、コルクの木は近代工業の一部に参与している重大さを意識して黒く気取り、ゆうかり樹は肺病を<ruby><rb>脅退</rb><rt>スケア・アウェイ</rt></ruby>するためにお化けのように葉と枝を垂らし、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かんらん</span>は<ruby><rb>葡萄牙</rb><rt>ポルトガル</rt></ruby>国民唯一の食品オリヴ油を産すべく白く威張って並び、禿山は全国を占領し、羊飼いは定住の家を持たずに年中草と羊と好天候を追って国境から国境の野原を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うろうろ</span>してるもんだから、よく殺されて<ruby><rb>有金</rb><rt>ありがね</rt></ruby>と三角帽と毛皮付き<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いんばねす</span>を奪われ、その殺したやつがまた直ぐに三角帽をかぶり<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いんばねす</span>を着て、草と好天気と羊を追って<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぶらぶら</span>してるうちにやっぱり誰かに殺され、こんどの第三人目は、やっと三角帽を戴き毛皮つき<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いんばねす</span>に手を通そうとしているところで、第四人目に楽しく殺害されて往き、この第四人目は――どうも<ruby><rb>限</rb><rt>き</rt></ruby>りがないが、つまり、その度に飼主が変るんだけれど、羊のむれは羊の群らしくそんなことに関係なく、しじゅう汽車に驚いて<ruby><rb>集</rb><rt>かた</rt></ruby>まってみたり、池に直面して<ruby><rb>凝議</rb><rt>ぎょうぎ</rt></ruby>したりなんかばっかりしてる。

ＳＡＹ！　古く粗雑に幸福な影絵の国ほるつがる。

お前は「<ruby><rb>欧羅巴</rb><rt>ヨーロッパ</rt></ruby>のＫＯＲＥＡ」だ。絢爛の<ruby><rb>色褪</rb><rt>いろあ</rt></ruby>せた<ruby><rb>絵画織物</rb><rt>テベストリー</rt></ruby>だ。Poogh \!

<ruby><rb>大地のおわるところ</rb><rt>オンデ・テルミナ・ア・テアラ</rt></ruby>

<ruby><rb>大海の始まるところ</rb><rt>オンデ・ア・コミエンサ・ウ・マアル</rt></ruby>

――若いころ香水の朝風呂へ這入って金の<ruby><rb>櫛</rb><rt>くし</rt></ruby>で奴隷に髪を<ruby><rb>梳</rb><rt>す</rt></ruby>かせた史上の美女が、いま<ruby><rb>皺</rb><rt>しわ</rt></ruby>くちゃの渋紙に<ruby><rb>白髪</rb><rt>しらが</rt></ruby>を突っかぶって僕のまえによろめいてる。Why should I not take my hat off to thee?

そうしたら「<ruby><rb>大地の終るところ</rb><rt>オンデ・テルミナ・ア・テアラ</rt></ruby><ruby><rb>大海の始まるところ</rb><rt>オンデ・ア・コミエンサ・ウ・マアル</rt></ruby>」にこの海港リスボンだった。

<ruby><rb>今日は</rb><rt>ボタアル</rt></ruby>！

その古趣と不潔と野蛮と俗臭の小首府、神様と文明に忘れられたＬＩＳＢＯＡが、こう<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おりぶ</span>油くさい<ruby><rb>嗄</rb><rt>か</rt></ruby>れ声を発して僕の入市に挨拶した。

<ruby><rb>こんちは</rb><rt>ボタアル</rt></ruby>！

<ruby><rb>こんちは</rb><rt>ボタアル</rt></ruby>！

何と感謝すべきこの放浪性！　その瞬間から僕はりすぼんとリスボンの古趣・不潔・無智・野蛮・神秘・俗悪のすべてを呼吸して、雑音と狭い<ruby><rb>曲りくねった街路</rb><rt>ワインディング・ストリイツ</rt></ruby>の迷宮へ深くふかく分け入った。そして当分出て来なかった。だから君、さっきから何度も保証したとおり、これはみんな、そのあいだにおける僕――ジョウジ・タニイ――の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">まんだりん</span>仮装舞踏曲であることが一層うなずけよう。ＢＡＨ！

年老いた両棲動物がリスボンだ。かれは海と陸に<ruby><rb>跨</rb><rt>また</rt></ruby>がって、いつも口いっぱいオゾンを<ruby><rb>呑吐</rb><rt>どんと</rt></ruby>している。その土と水の境界に、石で畳んだ<ruby><rb>波止場</rb><rt>カイス</rt></ruby>があった。「<ruby><rb>太陽の岸</rb><rt>コスタ・デ・ソル</rt></ruby>」と呼ばれる海岸線ゆき<ruby><rb>郊外電車発着所</rb><rt>カイス・デ・ソウドレ</rt></ruby>の近くに、入江を抱くように手を拡げてる広場の一方が、ゆるい石段になって<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ひたひた</span>と水に接していた。昼は、空と港が一つに煙って、へんに<ruby><rb>甘酸</rb><rt>あまず</rt></ruby>っぱい大気のなかを黄塗りの電車が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ことこと</span>揺れて通った。その警鈴は三分の一ほど東洋的に<ruby><rb>儚</rb><rt>はかな</rt></ruby>かった。濡れた<ruby><rb>赭土</rb><rt>あかつち</rt></ruby>の盛られたそばで、下水工事の人夫達が路傍に炭をおこして<ruby><rb>鰯</rb><rt>いわし</rt></ruby>を焼いていた。そのまま塩を振りかけてお弁当に食べるのだ。赤や青の原色の<ruby><rb>洋袴</rb><rt>スカート</rt></ruby>をはいた<ruby><rb>跣足</rb><rt>はだし</rt></ruby>の女たちが、何人も何人も、頭へ<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぶりき</span>張りの戸板を載せて続いていた。魚売りだ。元帥のような八字<ruby><rb>髭</rb><rt>ひげ</rt></ruby>を生やした女が多い。見つけた工夫達は黙っていなかった。

ＯＨＯＹ！

<ruby><rb>苦痛のまりあ</rb><rt>マリア・ドス・ドウレス</rt></ruby>！

その髯を俺にくんろ！

ひげの女らは、思いきり淫猥な言葉で応酬しながら、男たちの爆笑をうしろにお尻で調子を取っていく。その声が、片側の郵便局の前から、お爺さんの笑顔を振り向かせた。この老人は、その妻の、跛足で唖の女と、吹出物だらけの男の子と、ぼろぼろの一個の手提げとを全財産に終日<ruby><rb>陽</rb><rt>ひ</rt></ruby>あしを探してそこらを移り歩いては、しゃがんでるのだ。僕は、彼らと並んで何日も日向ぼっこをしたから、この一家族の生活はよく知ってる。老家長は代書人だった。きたない手さげのなかに、汚い紙と封筒と、きたないぺんとインクが驚くべき整頓さをもって這入っていた。書留用の封蝋や押印も揃っていた。ＡＨＡ！　綺麗な花文字入りの封印まで！　蝋を垂らして印をするのが金一エスクウドだった。たまに客があると、非常な自尊と<ruby><rb>不愛想</rb><rt>ぶあいそ</rt></ruby>とに口びるを曲げた老人が、ふるえる手でその大変な事業に着手した。何一つするにも恐ろしく時間がかかった。で、ときどき八字髭の女や、霜降りの木綿軍服を着た兵隊が田舎の恋人に手紙を書いてもらうくらいのもので、たいがい<ruby><rb>老爺</rb><rt>おやじ</rt></ruby>と妻と息子と手提げが、四つぽかんとして通行人の膝から下を眺めてることが多かった。子供は痴呆らしかった。なぜなら、猫を発見すると正確に石を投げる習慣だった。そして、十か十一のくせに、しじゅう地べたに寝ころんで母親の乳房とばかり遊んでた。この一家を引率して、老人は一日じゅう陽の当るところを転々していた。が、稼業だけは忘れなかった。だから彼らは、海底のような夕方の建物の影が落ちて来ても、郵便局からはあんまり遠くへ離れようとしなかった。お昼御飯にはやはり七輪の炭火に<ruby><rb>直</rb><rt>じ</rt></ruby>かに鰯と塩を抛り出して、焼きながら頬張っていた。その黄白い魚臭が冬晴れの日光に波紋して、修築中の郵便局の屋根へ、鎖で縛った<ruby><rb>瓦</rb><rt>かわら</rt></ruby>の束がするすると捲き上って行った。

向う岸はカシイアスの要塞だ。<ruby><rb>正午</rb><rt>ひる</rt></ruby>はそこにも鰯を焼く煙りがあった。蒼ぞらでは、ほるつがる国陸軍爆撃機の生意気な二列縦隊だった。その真下の沖に、鋼鉄色に化粧した木造巡洋艦が<ruby><rb>欠伸</rb><rt>あくび</rt></ruby>していた。これは領海に出没する隣国すぺいんの<ruby><rb>海老</rb><rt>えび</rt></ruby>採り漁船を追っ払うための勇敢な海軍である。洗濯物が全艦を飾って、ここにも鰯をやくけむりが大演習の煙幕のようにＭＯＭＯと<ruby><rb>罩</rb><rt>こ</rt></ruby>めわたっていた。

４

こういうりすぼんの波止場だ。

この、表面白っぽく間の抜けた底に、どこか田舎者めいた強情な狡猾さが<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぷうん</span>と<ruby><rb>香</rb><rt>にお</rt></ruby>って、決してこれだけが全部でないことを<ruby><rb>暗示</rb><rt>ヒント</rt></ruby>していた。果して夜！　You know, 闇黒は桟橋を物語化し、そして夜の波止場は紳士を排斥する。昼間の Seemingly に平和な自己満足のかわりに、そこには一変して酒精分の<ruby><rb>暴動</rb><rt>ライオト</rt></ruby>だ。<ruby><rb>平</rb><rt>たいら</rt></ruby>な地面に慣れない水夫達の上陸行列だ。海の口笛と、白い女の顔だ。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しなり</span>のいいマニラ<ruby><rb>帆綱</rb><rt>ロウプ</rt></ruby>のさきに、<ruby><rb>鉄鋲</rb><rt>ナッツ</rt></ruby>を結びつけた喧嘩用武器の<ruby><rb>大見せ場</rb><rt>デスプレイ</rt></ruby>だ。放尿する<ruby><rb>売春婦</rb><rt>プウタ</rt></ruby>と暗い街灯の眼くばせだ。船員の罵声と空地の機械屑だ。飛行する酒壜と、人に肩をぶつけて歩く海の男たちの潮流。<ruby><rb>問題</rb><rt>トラブル</rt></ruby>を求めて血走ってる彼らの眼。倉庫うらに並立する四十女の口紅。いつからともなく棄てられたまま根が生えてる赤<ruby><rb>汽缶</rb><rt>ボイラ</rt></ruby>のかげに、銀エスクウド二枚で即座に土に外套を敷く人妻。草に隠れてその張り番をする<ruby><rb>良人</rb><rt>おっと</rt></ruby>。ＳＯ！　あらゆる無恥と<ruby><rb>邪悪</rb><rt>ヴァイス</rt></ruby>と<ruby><rb>騒擾</rb><rt>そうじょう</rt></ruby>の<ruby><rb>湾</rb><rt>ガルフ</rt></ruby>――毎晩徹夜して、「黄色い貨物」のように忠実に僕はその渦紋の軸に立ちつくしたものだ。

そうすることによって、僕は完全にＬＩＳＢＯＮ港の<ruby><rb>お客</rb><rt>ゲスト</rt></ruby>になってたのだ。波止場のお客さんと言えば、いでたちも君、大概きまってよう。何世紀か前には地色の青だった、油で黒い火夫の仕事着に、靴は勿論片ちんばでなければならない。それに、<ruby><rb>桐油引</rb><rt>とうゆび</rt></ruby>きの<ruby><rb>裾長</rb><rt>すそなが</rt></ruby>外套――<ruby><rb>岬町</rb><rt>ケイプ・タオン</rt></ruby>印し――しかし君、煙草だけはどうも他のは<ruby><rb>喫</rb><rt>の</rt></ruby>めない。なんて、Perfumes de Salon, <ruby><rb>亜弗利加</rb><rt>アフリカ</rt></ruby>あるじぇりあ製のあれだ。あいつを茶色紙にこぼして、指先で巻いて端を<ruby><rb>舐</rb><rt>な</rt></ruby>めながら、桟橋の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">でこぼこ</span>石垣に腰かけた僕の視野は、蔑晩もつづいて「古いインクの展開」とその上の植民地風だった。

ＳＨＩＰ・ＡＨＯＹ！

夜も煙りを吹いて船が出はいりして、何本もの航路が縦横に光っていた。波止場のそばのテイジョの河口は、青く塗った<ruby><rb>大帆前船</rb><rt>パルコ・デ・ヴェイラ</rt></ruby>の灯で<ruby><rb>賑</rb><rt>にぎや</rt></ruby>かだった。この船は、「<ruby><rb>大西洋の真珠</rb><rt>ペルラ・ド・アトランチコ</rt></ruby>」と俗称されるアゾウレスとマデイラの南島から、材木やバナナを積んでくる。昔この国の人は、リスボアから船出して三日も往くと、<ruby><rb>暗黒の海</rb><rt>マアル・テネプロウゾ</rt></ruby>があって、船が断崖から闇黒のなかへ<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">どかん</span>と落ち込むように信じられていた。だから、こんな浪漫的な暗黒の海が商業的にすっかり明るくなって、この、全山花にうずもれた二つの無人島が発見されたのは、海洋史上比較的近代のことに属する。何と少年的な海の時代さであろう？　りすぼんはその過去性で一ぱいだ。現にこの、夜の僕の行きつけの波止場カイス・デ・テレレ・ド・パソも、バスコダガマが<ruby><rb>印度</rb><rt>インド</rt></ruby>航路への探険に出るとき祈った聖ジェロニモの寺院――いまはそこに彼の遺骸が安置してある――や、何年となく毎日国王が頂上から手をかざして、東洋からの帰船とその満載してるはずの珍奇な財宝とを待ちあぐんだというベレンの古塔に遠くない。じっさい僕が踏んでる波止場の階段も、その黄金治世の<ruby><rb>印度</rb><rt>インド</rt></ruby>の石材で出来てるのだ。僕の<ruby><rb>心の眼</rb><rt>マインズ・アイ</rt></ruby>を、光栄ある発見狂時代のリスボンの半熱帯的街景がよぎる。フェニキア人の頃から、何とたくさんの黒人と赤人と黄人の異装徒が、それぞれ何と<ruby><rb>夥</rb><rt>おびただ</rt></ruby>しい金銀・香料・海陸の物産を<ruby><rb>貢</rb><rt>みつ</rt></ruby>ぎものに捧げて、このテイジョの河口をはいって来たことだろう！　大理石の<ruby><rb>膚</rb><rt>はだ</rt></ruby>の各国女奴隷・その売買所と仲買人の<ruby><rb>椰子</rb><rt>やし</rt></ruby>の<ruby><rb>鞭</rb><rt>むち</rt></ruby>・宗教裁判と火刑広場の野次馬・海賊<ruby><rb>来</rb><rt>きたる</rt></ruby>の<ruby><rb>銅鑼</rb><rt>どら</rt></ruby>と吊橋の<ruby><rb>轆轤</rb><rt>ろくろ</rt></ruby>を捲く大男の筋肉――そして今は、不潔と無智と猥雑と、<ruby><rb>海犬</rb><rt>シイ・ドッグス</rt></ruby>の群と考古学的価値のほか何一つ近代文明への関点を<ruby><rb>有</rb><rt>も</rt></ruby>たない<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">りすぼあ</span>！

世界の隅っこに、これほど地球の進展から隔離された<ruby><rb>塵埃</rb><rt>じんあい</rt></ruby>棄て場が現存し得ようとは、たしかに<ruby><rb>何人</rb><rt>なんぴと</rt></ruby>も想像しない一驚異であろう！　その雑然たる<ruby><rb>廃頽</rb><rt>はいたい</rt></ruby>詩と、その貧窮への無神経と、その戦慄すべき alien banality と――。

ＳＨＩＰ・ＡＨＯＹ！

こうして改めてあたりを見廻しながら、その晩も僕は波止場附近に張りこんでいた。何か turn up するのを待つこころで。

真夜中だった。暗いなかに急に人影が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ざわざわ</span>して、一団の女がしずかに桟橋を下りて行った。桟橋の端には、物語めいた一艘の<ruby><rb>短舟</rb><rt>ボウテ</rt></ruby>が、テイジョ河口の三角浪に<ruby><rb>擽</rb><rt>くすぐ</rt></ruby>られて忍び笑いしていた。訓練ある静寂と速度のうちに、一同がそれに乗り移ると、そのまま<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぼうて</span>は漕ぎ出して、碇泊中の船影のあいだを縫って間もなく海へ消えた。そして暫く帰ってこなかった。が、帰って来ると、その女群が同じ沈黙と速度をもってボウテから桟橋へ上り、僕の立ってるまえを順々に通りすぎて町のほうへ消えていった。いつもの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">びっこ</span>の小男が隊長している。今夜も沖を訪問してきた女たち――大きな「？」のなかから一行のあとを見送ってる僕へ、最後に小舟をあがったその小男が接近して来た。

『がた・らい？』

<ruby><rb>上海</rb><rt>シャンハイ</rt></ruby>英語だ。紳士語では、「<ruby><rb>燐寸</rb><rt>マッチ</rt></ruby>をお持ちでしたらどうぞ」――僕が応じた。

『ＹＡ。』

<ruby><rb>そしてまっち</rb><rt>アモルフォス</rt></ruby>を突き出した。

すると<ruby><rb>跛足</rb><rt>リンピイ</rt></ruby>リンプ――これはあとから酒場で自己紹介し合って判ったのだが、男は、Limpy Limp なる<ruby><rb>呼名</rb><rt>よびな</rt></ruby>に自発的に返事して、つまりびっこだった――は、ここで一そう、ぴょこんと僕の胸へ飛びつくように現れて、それから、もう一度手を伸ばした。

『ガタ・エネ・セガレツ？　ＨＥＹ？』

今度は煙草だ。はじめはマッチ、つぎに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">たばこ</span>と逆なところに、これも後日<ruby><rb>追々</rb><rt>おいおい</rt></ruby>判然したんだが、愛すべきリンピイの狡才があった。仕方がないし、それに僕は、すこしでも長くこいつと会話して、出来ることならその「夜のおんな舟」の秘密へ一<ruby><rb>吋</rb><rt>インチ</rt></ruby>でも近づきたかったから、さっそく「<ruby><rb>客間の香気</rb><rt>パフュウム・ドュ・サロン</rt></ruby>」のふくろを提出しながら、

『取れ。但し一本。』

『<ruby><rb>勿論</rb><rt>コース</rt></ruby>！』

と<ruby><rb>燐寸</rb><rt>まっち</rt></ruby>を<ruby><rb>擦</rb><rt>こす</rt></ruby>って、そこで彼は、その火の輪のむこうから僕の顔に驚いた。

『ＨＵＭ！　いよう！　お前は毎晩ここらを<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うろ</span>ついてる<ruby><rb>支那公</rb><rt>チンキイ</rt></ruby>だな！』

『ＹＡ。ロン・ウウって名だ。』いいことにして僕が答えた。『お前はまた、いつも夜中におおぜい女を連れて海へ出るじゃないか。何しに行くんだ？』

『U\-hum \!』

リンピイはただ<ruby><rb>頷首</rb><rt>うなず</rt></ruby>いた。が、彼が、いぎりす生れの「決して帰らない<ruby><rb>迷児</rb><rt>まよいご</rt></ruby>」のひとりであることは、その語調で直ぐにわかった。とにかく、ふたりの港の客人ロン・ウウとリンピイ・リンプは、こうしてそこの、<ruby><rb>波止場</rb><rt>カイス</rt></ruby>の夜露と「<ruby><rb>客間の香気</rb><rt>パフュウム・ドュ・サロン</rt></ruby>」のなかではじめての握手を交したのだ。

ぱふ・ぱふ・ぱふ――暫らく黙ってたのち、煙草のあいだからリンピイが訊いた。

『何してる今。』

『ＭＥ？』

『ＹＥＡ。』

『なんにもしてない――煙草をふかしてる。』

ぱふ・ぱふ・ぱふ―― and then,

『どこから来た。』

『ＭＥ？』

『ＹＥＡ。』

『支那から。』

『英語は？』

『<ruby><rb>波止場</rb><rt>カイス</rt></ruby>の英語なら、ＹＥＡ。』

『ＧＯＯＤ！　どうせお前なんかどこへ行ったっておんなじなんだろう。どうだ、俺んとこへ来て<ruby><rb>手伝</rb><rt>ヘルプ</rt></ruby>しないか。』

『ＭＥ？』

『ＹＥＡ。』

『何を――？』

『しっぷ・ちゃん。<ruby><rb>船上出張商人</rb><rt>シップ・チャンドラア</rt></ruby>だ。知ってるだろう？』

ぱふ・ぱふ・ばふ――何と便利に自分から持ち上りかけた大ＭＹＳＴＥＲＹの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ふた</span>！　<ruby><rb>眼の眩む喜望</rb><rt>ダズリング・ホウプ</rt></ruby>が僕の発声機能を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">まごまご</span>させて、ちょっと口が利けない。それをリンピイは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さっさ</span>と承諾にきめて、早速踊るように歩き出した。僕はついてく。桟橋の話声・深夜の男女の雑沓・眠ってる倉庫の列・水溜りの星・悪臭・嬌笑。Eh? What?

５

窒息しそうな濃いけむりのなかに、海の<ruby><rb>陽</rb><rt>ひ</rt></ruby>やけで茶褐に着色された無数の顔が、<ruby><rb>呶鳴</rb><rt>どな</rt></ruby>って笑って呪語していた。鋼鉄の<ruby><rb>指金具</rb><rt>ナックル</rt></ruby>と<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あき</span>壜は星形の傷痕をのこす。頬へ受けた<ruby><rb>刃</rb><rt>ナイフ</rt></ruby>は、古くなると苦笑に見えるものだ。マラガ生れの<ruby><rb>水夫長</rb><rt>ボウシン</rt></ruby>、パナマ運河コロン市から来た<ruby><rb>半黒</rb><rt>はんぐろ</rt></ruby>の三等火夫、濠州ワラルウの<ruby><rb>石炭夫</rb><rt>コウル・バサア</rt></ruby>、ジブロウタの<ruby><rb>倉番</rb><rt>ストッキ</rt></ruby>、<ruby><rb>聖</rb><rt>サン</rt></ruby>ジャゴの料理人、ロッテルダムの給仕、各国人種から成る海の無産者と、大きな<ruby><rb>喧嘩師</rb><rt>ブルウザア</rt></ruby>と敏捷な<ruby><rb>ちび</rb><rt>ラント</rt></ruby>と、<ruby><rb>留索栓</rb><rt>ビレイング・ピン</rt></ruby>の打撲傷と舵手甲板の長年月と、そしてそれに、荒天の名残の遠い港の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">におい</span>、強い<ruby><rb>顎</rb><rt>あご</rt></ruby>と<ruby><rb>蕈</rb><rt>きのこ</rt></ruby>のような耳、<ruby><rb>桐油</rb><rt>とうゆ</rt></ruby>外套に赤縞のはんけち――海岸通りサン・ジュアン街の<ruby><rb>酒場</rb><rt>アベニダ</rt></ruby>は、深夜の上陸船員で一ぱいだった。

そこへ、リンピイと僕が半<ruby><rb>扉</rb><rt>ドア</rt></ruby>を押したのだ。

すると一度にこの異国語の tenor crescendo だ。どこの貨物船の乗組員にも特有な、ストックホルム産<ruby><rb>炭油</rb><rt>タアル</rt></ruby>の<ruby><rb>香</rb><rt>におい</rt></ruby>だ。それが S57 の感情的な水平線と、snappy な<ruby><rb>岬</rb><rt>ケイプ</rt></ruby>ホウンの雲行きを思わせて、この狭い<ruby><rb>酒場</rb><rt>タベルナ</rt></ruby>内部の色のついた空気を滅茶苦茶に掻き乱していた。

呵々大笑するふとった<ruby><rb>酒神</rb><rt>バッカス</rt></ruby>、習慣的に一刻も早く給料袋を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">から</span>にしなければ安心出来ない船員たちのむれ！

正面に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ずらり</span>と<ruby><rb>瓦斯</rb><rt>ガス</rt></ruby>タンクのような<ruby><rb>大樽</rb><rt>バリイル</rt></ruby>が並んでる。その金具の輪が暗い電灯に光って、工場地帯行きの朝電車みたいな混み方だ。数人の<ruby><rb>酒場男</rb><rt>タベルネイロ</rt></ruby>と<ruby><rb>酒場女</rb><rt>タベルネイラ</rt></ruby>が、この、戦時そのままの騒ぎを引き受けて、酒をつぐ・グラスを<ruby><rb>抛</rb><rt>なげ</rt></ruby>る・金をひったくる・お釣りを投げる・冗談を言い返す・悪口もかえす・喧嘩の相手もする・自分も呑む。酒はきまってる。<ruby><rb>燃える水</rb><rt>アグワルデンテ</rt></ruby>。言わば、ほるつがる焼酎。一ばい金２<ruby><rb>仙</rb><rt>セント</rt></ruby>――どいす・とすとんえす――也。

壁は、十九世紀末葉の雑誌の口絵で張り詰めてある。何という<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うら</span>悲しい明け方の夢の展覧会！　<ruby><rb>蜂</rb><rt>はち</rt></ruby>のような腰の馬上貴婦人と頬ひげの馬上紳士。乳を出して笑ってるボンネット。<ruby><rb>大帆前船</rb><rt>バアカンテン</rt></ruby>難航の図。花の代りに美人の顔が咲いてる絵――これは<ruby><rb>仏蘭西</rb><rt>フランス</rt></ruby>しゃぼんの広告――寝台の脚とそばに脱いである男女二足の靴だけを大きく出した写真――靴屋の広告――「ＯＨ！」と題したのは、女が向い風に<ruby><rb>裾</rb><rt>すそ</rt></ruby>を押さえて困却してるところ。豚とダンスしてる坊さん。<ruby><rb>錨</rb><rt>いかり</rt></ruby>をあしらった老船長の像。万国国旗一覧表。隣りはあめりか煙草 111 の広告画。

郵便棚も置いてある。この酒場へ頼んで、ここを郵便の<ruby><rb>宛所</rb><rt>アドレス</rt></ruby>にしてる各国の船乗りが大分あるとみえる。寄港のたびに立ちよって受け取る仕組なんだろう。手紙や葉書がたくさん挟んである。混雑に紛れて、僕は郵便棚へ近づいて二、三枚手に取ってみた。古いのばかりだ。<ruby><rb>手垢</rb><rt>てあか</rt></ruby>とごみで薄黒くよごれてる。が、これは一たいどうしたというのだ？――酒場の常連はきまってるはずだ。酒番の主人に顔の知れた船員ばかりで、あす出港という晩なんか、「おい、これからちょっと地中海まわりだ。今度はひと月ぐらいだろう。手紙が来たら頼むぜ。」「承知しました。気をつけて行って来なさい。よそであんまり変な<ruby><rb>酒</rb><rt>やつ</rt></ruby>を<ruby><rb>呑</rb><rt>や</rt></ruby>らねえようにね。」なんかと別れて、そして帰港するや否や、不恰好な既制服に、新しい安靴で久しぶりの固い土に足を痛めた彼らが、若いのも年寄りも、みんなどんなに期待に燃えてこの<ruby><rb>酒場</rb><rt>タベルナ</rt></ruby>の郵便棚のまえに<ruby><rb>犇</rb><rt>ひしめ</rt></ruby>くことであろう！　すると、来てる来てる！　恋人から妻から娘から老母から！　<ruby><rb>眼白押</rb><rt>めじろお</rt></ruby>しに立って、一枚々々熱心に自分への宛名を探す海獣たち――僕もこうしていまその一人を<ruby><rb>装</rb><rt>よそお</rt></ruby>ってるんだが――この時は、彼らも完全に<ruby><rb>良人</rb><rt>おっと</rt></ruby>であり、父であり、息子であるだろう！　それだのに、みんなに捜し残されて、ここにこれだけ溜ってるのはどういうわけだ？　これらの宛名の主は、船出したきり帰って来ないのか？　何と、船乗りへ届かない手紙の不気味さ！　<ruby><rb>暗い海底</rb><rt>マアル・テネブロウゾ</rt></ruby>へは転送のしようもあるまい。

が、港の酒場はすべての不可能を信じてる。じっさい、七年前に笑って地中海へ出て行ったきりのあの男、一八九三年のＸマスの晩に最後に見た彼――それらが<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ひょっこり</span>いつあらわれないとは who could tell? だからこうして、そっくり保管して待ってるんだろうが、封筒も葉書も、それから毎日、一応出入りの客の調べを受けて真っくろだ。

何といろいろな人生を黙示する、この、受取人のない酒場の郵便！　陸の声が、ここ「大地の果て」でぷっつり切れてるのだ。素早く僕は宛名に眼を通し出したが、急いでるのと、何しろどれもこれも<ruby><rb>非道</rb><rt>ひど</rt></ruby>い悪筆のうえに、おまけに<ruby><rb>得態</rb><rt>えたい</rt></ruby>の知れない外国語がおもなので、名前だけでも容易に読めない。ジョセフ何とかいう男へ、<ruby><rb>白耳義</rb><rt>ベルギー</rt></ruby>アントワアプのＫＣＮ――これだけでは差出人の性別はわからないが、「御存じより」と言ったところだからまず女とみてよかろう――から三通来ている。三つとも１９２６年で、これはわりに新しい。ほかに「サルデニア島トルトリ」と投函地名だけ判読出来たのが一本、他は書体が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">くしゃくしゃ</span>しててどうにも手に負えない。そのうちに、<ruby><rb>英吉利</rb><rt>イギリス</rt></ruby> Hull 港の絵葉書がひとつ出て来た。Mr\.Arthur W\.Cole へ宛てたもので、差出人の名は書いてないが、なくても解る間柄なんだろう。文言も、男の字で大きく Souvenir と走り書きしてあるだけだった。

入口の横に、黒板が一枚立てかけてある。下級船員専門の<ruby><rb>桂庵</rb><rt>けいあん</rt></ruby>の募集広告だ。が、ちっとも希望者がないとみえて、貼り出してあるのは、求人の部ばかりである。水夫・水夫・石炭夫。なになに号・なになに号・なになに号・高給・高給・高給・別待・特遇・履歴不要。なかに一つ「大工をもとむ」と特別大書してある。この黒板面はいつも変らないとみえる。何年にもこのとおりで、消すこともないらしい。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あき</span>を埋めて、一めんに船乗りの楽書きだ――。

リンピイの声が、僕を酒台へ呼び戻す。

けれ・うま・ぴんぎにあ！

「<ruby><rb>一ぱい飲まねえか</rb><rt>ケレ・ウマ・ピンギニア</rt></ruby>」――一杯てのは「ぴんが」なんだが、そのピンガに愛称をあたえて<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぴんぎにあ</span>――みんな仲よくこの<ruby><rb>燃える水</rb><rt>アグワルデンテ</rt></ruby>のピンギニアをあおりつけてる。

お！　いっぺえやりねえな。

けれ・うま・ぴんぎにあ！

けれ・うま・ぴんぎにあ！

ありがてえ！

おぶりがど！

おぶりがど！

おぶりがど！

<ruby><rb>節</rb><rt>ふし</rt></ruby>くれ立った指に、幾つも並べて<ruby><rb>嵌</rb><rt>は</rt></ruby>めた十八金の大指輪――これは<ruby><rb>伊達</rb><rt>だて</rt></ruby>ばかりじゃない。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">めり</span>拳を<ruby><rb>喰</rb><rt>くら</rt></ruby>わす時の実用のため――が、あちこちに毒々しく<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちら</span>ついて、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぺっ</span>と唾をして靴でこすりながら――。

えっ！　<ruby><rb>腹の虫を殺してやれ</rb><rt>パラ・マタアル・ウ・ビッショ</rt></ruby>！

誰もかれも、この呪文を合図に、威勢よく「燃える水」を流しこむのだ。そうだ！　この強いやつで腹の虫を殺せ！

えっ！　ぱら・またある・う・びっしょ！

えっ！　ぱら・またある・う・びっしょ！

とん、とんと酒台に鳴る<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">から</span>こっぷの音。

――こう明るいところへ出てみると、リンピイ・リンプは若いくせに<ruby><rb>老人</rb><rt>オウルド・マン</rt></ruby>だった。全く、ちょっと年齢のはっきりしないリンピイだった。ひどく<ruby><rb>老</rb><rt>ふ</rt></ruby>けても見えたし、そうかと思うとかなり若いようでもあったが、たぶん四十五、六らしかった。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">よれよれ</span>の茶の背広を着て、<ruby><rb>洋襟</rb><rt>カラア</rt></ruby>のかわりに首のまわりに青い絹を結んで端を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">だらり</span>と垂らしてるのが、恐らく前世紀的でもあったし、また観察によっては、領地巡視中の<ruby><rb>英吉利貴族</rb><rt>イギリスロウド</rt></ruby>といった場外れの効果がないでもなかった。じっさい、いささか「ゴルフ・乗馬・午後の茶」の<ruby><rb>筆触</rb><rt>タッチ</rt></ruby>をつけて古風に気取ってみたいのが、この潮臭い無頼漢<ruby><rb>びっこ</rb><rt>リンピイ</rt></ruby>・リンプの趣味らしかった。しかし、その不幸な歩行機関の支障と、あまぞん特産のポケット猿みたいな小さな顔と、鼻からロへかけて間歇的に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ひくひく</span>する筋肉<ruby><rb>痙攣</rb><rt>けいれん</rt></ruby>と、悪疾のため舌の絡む語調とが、可哀そうな彼の努力のすべてを裏切って、親愛なリンピイ・リンプを、やっぱりただの「りすぼん埠頭の幽霊」<ruby><rb>びっこ</rb><rt>リンピイ</rt></ruby>・リンプ以上の何ものにも買わせていなかった。つまり事実は、彼リンピイは「港の Old Man」に過ぎなかったのだ。

船で<ruby><rb>おやじ</rb><rt>オウルド・マン</rt></ruby>と言うと船長のことだ。そして、船から上って<ruby><rb>陸</rb><rt>おか</rt></ruby>で<ruby><rb>おやじさん</rb><rt>オウルド・マン</rt></ruby>といえば、それは直ちにわがリンピイのような港の売春宿の<ruby><rb>御亭主</rb><rt>オウルドマン</rt></ruby>を意味する。だから、リンピイは若いくせに<ruby><rb>老人</rb><rt>オウルド・マン</rt></ruby>だった。

ＰＩＭＰという一つの職業がある。

リンピイはそれに従事していた。

何かと言うと、これは、不思議に女性の肉だけを食べる人喰い人種のことで、妻だの娘だの情婦だのの肉を切売りして衣食している。もっとも、こんな身辺の女肉だけじゃあ需要に応じ切れないから、そこで、あらゆる方法で女を駆りあつめるんだが、この、専門の売春婦を養成して一定の契約のもとに各地へ配給する問屋制度に、昔から有名ないわゆる<ruby><rb>白奴交易路</rb><rt>ホワイト・スレイヴ・トラフィク</rt></ruby>なる秘密工業がある。と言うと、<ruby><rb>莫迦</rb><rt>ばか</rt></ruby>に十九世紀的にひびくが、この事実は、いまも国際的「<ruby><rb>底の社会</rb><rt>アンダアワウルド</rt></ruby>」の暗黒を貰いて立派に存在している。現に、国際聯盟の「世界悪」退治運動の重要項目の一つに上げられてるくらいで、パンフレットを発行したりして妨止に努めてるけれど、いくら国際聯盟あたりが躍起になって騒いだって、それは単にその暗流の実在を公表するにとどまり、何ら直接<ruby><rb>刷掃</rb><rt>さっそう</rt></ruby>の資にはなるまい。と思われるほど、<ruby><rb>欧羅巴</rb><rt>ヨーロッパ</rt></ruby>中の都会、ことに港町における売春婦の<ruby><rb>跳梁</rb><rt>ちょうりょう</rt></ruby>はおびただしいものだ。が、これも古今東西を通じて、人間の集まってるところには厳然たる一つの必要らしいからまず仕方があるまいとして、個人的動機から落ちるところへ落ちてく女はそれでいいだろうが、そもそも白奴交易なるものは、ＰＩＭＰの<ruby><rb>元締</rb><rt>もとじめ</rt></ruby>が映画的に活躍して、夜のピキャデリなんかを<ruby><rb>迂路</rb><rt>うろ</rt></ruby>ついてる<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぽっと</span>出の女や、ボア・ドュ・ブウロウニュを散策中の若奥さまや、学校帰りにそこらを歩いてる女学生などを甘言をもって誘拐し、気のついた頃は、すでに輸出向き商品として南あめりかあたりへ運送の途にあったりするんだから、これはどうも社会的におだやかでない。だいぶ赤本めいた話だけれど、知ってる人は知ってる事実である。だからこの白奴交易網に引っかかった女の多くは、新大陸の植民地でその売春婦としての教育を卒業する。それがまた<ruby><rb>市場</rb><rt>マアケット</rt></ruby>へ出て<ruby><rb>欧羅巴</rb><rt>ヨーロッパ</rt></ruby>へ逆輸入される頃には、いかに彼女らが海一〇〇〇山一〇〇〇の物凄い<ruby><rb>莫連</rb><rt>ばくれん</rt></ruby>になってるかは想像に難くあるまい。僕はこの<ruby><rb>間</rb><rt>カン</rt></ruby>の大音潮に多少 look into する機会を捉えたことがあるから――リスボンでの<ruby><rb>びっこ</rb><rt>リンピイ</rt></ruby>リンプとの交渉もその一つだが――この歴史的潜在白奴交易路に関する多くの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えぴそうど</span>を所有している、が、それらは本篇「しっぷ・あほうい！」とは些少の接続しかないから略すとして――日本でだって君、不良の相場といえば「飲む・打つ・買う」の三拍子とちゃんと<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちょん</span><ruby><rb>髷</rb><rt>まげ</rt></ruby>時代から決定してる。この酒・ばくち・女は、欧羅巴でも同じく社会悪の三頭目だが、この頃ではもう一つＤＯＰＥというのが<ruby><rb>殖</rb><rt>ふ</rt></ruby>えて来て、四つの脅威をなして文明と道徳を襲撃している。そこで坊さん・社会教育家・職業的慨世家――これはどこにでもある――がしじゅう何だかんだと<ruby><rb>喧</rb><rt>やかま</rt></ruby>しく言うんだけれど、これらの<ruby><rb>邪悪</rb><rt>イヴルス</rt></ruby>のかげには「史的に約束された一つの大きな手」が動いてるので、目下急にはどうすることも出来ない形だ。事実、すべての社会的破壊作業は国際的に共同戦線を張ってる。近くはこの<ruby><rb>白奴交易路</rb><rt>ホワイト・スレイヴ・トラフィク</rt></ruby>にしても、これは世界的に組織された well known 売春団で、リンピイ・リンプのごとき、彼じしんの自覚と無意識を問わず、その有機網の末梢神経を構成する<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ほん</span>の一細胞に過ぎなかった。

それにしても、女肉を常食とする点で、リンピイもＰＩＭＰは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぴんぷ</span>だった。

で、彼がどんな猛悪な――あるいは罪のない――「ピンプ」だったかは、その女のしっぷ・ちゃんの手腕を見ただけでもおよそ判断のつくことだが、そのうえ彼は、妻のマルガリイダ婆さんから振り当てられてる手引人としての仕事も、決して忘れてるわけではなかった。

が、どうしてリンピイが「客を引」いたのか、僕は知らない。とにかく、僕と彼のあいだに<ruby><rb>支那公</rb><rt>チンキイ</rt></ruby>ロン・ウウの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しっぷ</span>・<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちゃん</span>契約が<ruby><rb>目出度</rb><rt>めでた</rt></ruby>く成立して、二人が<ruby><rb>酒場</rb><rt>タベルナ</rt></ruby>を出たとき、おどろいたのは、六、七人の船員たちが自進的に<ruby><rb>燃焼水</rb><rt>アグワルデンテ</rt></ruby>に別れを告げて僕らといっしょに歩き出したことだ。

だから、リンピイを先に妙に黙りこくった一行が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">どんどん</span><ruby><rb>山の手</rb><rt>バイロ・アルト</rt></ruby>――高い区域――の坂を登って行った。マルガリイダの家へ。

あとが大変なんだ。Ｅh,What?

６

「マルガリイダ」の家の red hot stuff がテレサという<ruby><rb>仏蘭西</rb><rt>フランス</rt></ruby>女であることは前にも言った。テレサは、北極熊みたいな白い大きな<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>と、いつもいま水から上ったばかりのような、濡れた感じの顔とをもっていた。その、安ホテルの<ruby><rb>二人用寝台</rb><rt>ダブル・ベッド</rt></ruby>のように大々的に広漠としたところが荒っぽい船員達の好みに投じたとみえて、ばいろ・あるとのマルガリイダの家は、いつ行っても、まるであの<ruby><rb>聖</rb><rt>サン</rt></ruby>ジュアン街の酒場のように、そこには、7seas からの男たちと、その<ruby><rb>留索栓</rb><rt>ビレイング・ピン</rt></ruby>の打撲傷と、舵手甲板の長年月と、難航の名残りと遠い国々のにおいと、怒声と罵声と笑声とがたのしく満潮していた。バイロ・アルトは、りすぼんの街が<ruby><rb>羅馬</rb><rt>ローマ</rt></ruby>の真似をして七つの丘――いまは八つにふえてるが――の上に建ってるその一つで、ちょうどテイジョ河口の三角浪が大西洋の水と争う港のうずまきを眼下に見下ろしていた。夜など、しつぷ・ちゃんの僕がすこし沖へ漕ぎ出ると、この<ruby><rb>山の手</rb><rt>バイロ・アルト</rt></ruby>――「山の手」と当て字してみたところで、いわゆる山の手のもつ閑寂な住宅地気分とは極端に縁が遠いが――に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちかちか</span>する devil\-may\-care の紅灯と、河港をへだてて、むこう側の山腹、<ruby><rb>慈悲</rb><rt>ピエダアレ</rt></ruby>の村に明滅する静かな、家庭的な漁村の灯とが、高台同士で中空に一直線にむすびついて、へんに<ruby><rb>泪</rb><rt>なみだ</rt></ruby>ぐましい人生的対照をつくり出していた。こんなふうに、桟橋広場の一ぽうが胸を突く急坂になって、そこを昇り詰めた一帯がバイロ・アルトの私娼区域――と言っても、定期的に非公式の健康診断があるんだから、政府の黙許を得てる半公娼と称すべきかも知れないけれど、それがひどく不徹底なものだったし、その半公娼に伍して倍数以上の私娼が混入して<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ごっちゃ</span>になっていたので、やはり大きな意味では、そこら全体を私娼窟と呼んでよかった。じっさい一くちに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ばいろあると</span>といえば、それは直ちに「坂の上の娼家横町」を語意していた――そして、そこの白っ茶けた建物の窓から、朝夕の出船入船の景色が、まるで大型活字の書物の一頁を読むように詳細に一眼だった。つまり、リスボンの出入港は、海事局・水上警察・税関よりも先に、逐一この<ruby><rb>女魔が丘</rb><rt>バイロ・アルト</rt></ruby>の窓に知れてしまった。<ruby><rb>地獄</rb><rt>ダン・ビロ</rt></ruby>の釜に火がはいると煙突のけむりが太くなって、出帆旗は女たちも心得てる。すると、あのＮＡＪＩＭＩの男がまた<ruby><rb>闇黒の海</rb><rt>マアル・テネブロウゾ</rt></ruby>へ出てくるところだというんで、ばいろ・あるとの一つの窓で、ひとりの<ruby><rb>女</rb><rt>プウタ</rt></ruby>が、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ひょっ</span>と浮んだ彼の体臭の追憶のなかで思い出し笑いにふけっていようというものだ。船乗りはみんな恋巧者である。一度会った女に決して忘れさせはしない。だから、黒地に白の出港旗を見つめる女たちの眼には、めいめいの恋人を送るこころもちがあった。が、出帆の時は、これでまだいい。新入港の船がテイジョ河口の三角浪を<ruby><rb>蹴立</rb><rt>けた</rt></ruby>てて滑りこんで、<ruby><rb>山の手</rb><rt>バイロ・アルト</rt></ruby>の家々の窓掛けを爽やかな異国の風がなぶると、週期的活気・海と陸との呼応・みなとの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ざわめき</span>が坂の上の町一帯に充満して、彼女らはゆうべの顔へまた紅をなすり、七面鳥マルガリイダ婆さんは一そう<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がんがん</span><ruby><rb>喚</rb><rt>わめ</rt></ruby>いて家じゅうを駈けめぐり――さあ！　お部屋の用意は出来てるかい？　何でもいいから花を取り変えてお置きって言うのに！　お船の人は家庭らしい空気が好きなものだから。それから掃除！　リンピイ！　おや！　リンプ！　どうしたんだろうまああの人は――しかし、テレサにだけは急に眼立って御機嫌を取り出して――テレサや、今夜も強い好い人がわざわざ海を越えてお前んとこへ来るんだよ。テレサや、お前は一たい、<ruby><rb>帆桁</rb><rt>ほげた</rt></ruby>のような水夫さんか、手の白いボウイさんか、それとも黒輝石みたいな<ruby><rb>印度</rb><rt>インド</rt></ruby>の<ruby><rb>釜たき</rb><rt>ファイアマン</rt></ruby>さん？　どんなのが一番好きでしたっけ？　わたしの可愛いお猫さんのように、さ、お湯をつかって支度をしましょう――といった調子なので、テレサはテレサで<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すっかり</span>ふくれ返って、その巨大な北極熊みたいな全身へ万遍なくおしろいを叩きはじめる。この裸体のお化粧は、何もテレサひとりの個人的趣味ばかりではなく、「マルガリイダの家の」一 attraction として大いに事務的必要があったのだ。

テレサは、僕の知る限りにおいてすこし「<ruby><rb>二階がお留守</rb><rt>ノウバディ・アップステアス</rt></ruby>」――頭が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">からっぽ</span>――だった。さもなくて、ああのべつ幕なしに甘いもの――名物こんぺいとう・乾し<ruby><rb>無花果</rb><rt>いちぢく</rt></ruby>・<ruby><rb>水瓜</rb><rt>すいか</rt></ruby>の皮の砂糖煮・等等等――を頬ばっていられるわけがなかったし、そのため、今にも<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぱちん</span>と音がして破けそうに肥っていたが、そのうえ、恐ろしいまでにあらゆる無恥と醜行に慣れ切っていて、いかに同情をもって見ても、この女にはいささか病的に欠如しているものがあった。それでも、港々の<ruby><rb>売春婦</rb><rt>プウタ</rt></ruby>なみに彼ら社会の常識だけは心得ていて、自分では<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちゃあん</span>と<ruby><rb>仏蘭西</rb><rt>フランス</rt></ruby>生れと名乗っていた。そして、何と素晴しいふらんす語をこのふらんす女の白熊テレサが話したことよ！　「めあすい」とジョンティ・ミニョンと<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">こむさ</span>と「ねすぱ？」と！　これでも判るとおり、彼女は生え抜きの――流行雑誌の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">もでる</span>と、一九二七年度の<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>の俗歌以外には仏蘭西なんかその smell も知らない――ほるつがる人で、現に、「<ruby><rb>太陽の岸</rb><rt>コスタ・デ・ソル</rt></ruby>」サン・ペドロの村はずれで馬の爪へ鉄靴をはかせる稼業をいとなんでる父親が、二週間に一度のわりで小遣いをせびりに出市していた。が、なぜこう、売春婦という売春婦が、売春婦になると同時にふらんす女――ことに<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>から流れてきた――をもって自任し出すんだろう？　眼の黒い女・<ruby><rb>碧</rb><rt>あお</rt></ruby>い女・茶いろの女・髪の毛の黒い女・それほど黒くない女・むしろ赤ちゃけた女――要するにすべての女が、すこしでも外国めいた<ruby><rb>点地</rb><rt>タッチ</rt></ruby>があると人工的にそこを強調し、どう探しても無い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">やつ</span>は無理にも作って――自由な自国語を商売のときだけ御丁寧に不自由らしく片ことで話したりなど――どれもこれも、先天的器用さをもって<ruby><rb>仏蘭西</rb><rt>フランス</rt></ruby>うまれに化けすましてしまう。だから、ふらんす以外の土地で、売春婦というと、片っぱしから自称ふらんす女・巴里おんなにきまってる。近いためしが、この<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">りすぼあ</span>のバイロ・アルトだけでも、テレサを筆頭に、何と多くの<ruby><rb>葡萄牙</rb><rt>ポルトガル</rt></ruby>の女が、チェッコ・スロヴァキアの女が、<ruby><rb>波蘭土</rb><rt>ポーランド</rt></ruby>の女が、ぶるがりあの女が、揃いもそろって仏蘭西生れ、巴里うまれであったことよ！　この売春婦の非公式ふらんす帰化の心理には、いくぶんそこに、じぶんの行為によって自国の名誉を傷つけたくないという少しの愛国的作用も働いてることだろうし、それに、外国の女となると、べつの<ruby><rb>現象</rb><rt>スペシメン</rt></ruby>に対するように男の好奇心が沸き立つところをも、彼女らは経験によって捉えているのであろう。第一、遠い国から来てると言えば、自然そこに「告白物語・涙の半生」――これでもじぶんも元は「銀の<ruby><rb>匙</rb><rt>さじ</rt></ruby>を口」に巴里の名家に長女と生れた身の上だったが、二十歳の春に、十も年上のゆだや人が黄金と将来と結婚指輪とをもってわたしの人生へ侵入して来た。そうしてあの退屈な「<ruby><rb>炉ばたの生活</rb><rt>ファイアサイド・ライフ</rt></ruby>」が何年かつづいたのち、ちょうど例の結婚倦怠期に当って the War broke out。毎日々々隣近処の若者が戦線へ消えて、重い靴の音が、長いながい列を作って窓の下につづいていた。戦争とそのあとの、あの誰でもが<ruby><rb>嘗</rb><rt>な</rt></ruby>めた<ruby><rb>恐怖</rb><rt>パニック</rt></ruby>。<ruby><rb>良人</rb><rt>おっと</rt></ruby>の商業は犬へ行った。紙幣を焼いて暖をとった。その最中に夫アイザックの病気と死！　残されたわたしはどうして食べたらよかったろう？　そのうえ、黒はいつもわたしによく似合う。洒落た喪服姿が完全にわたしをそのころ<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>をうずめつくした「大戦未亡人」のひとりにして、戦後のゆるんだ気もちのなかで、男たちの同情と誘惑の手が一時にわたしに集まりはしなかったか？　もちろん当時わたしは、この地球上にあなたのような親切な方が自分のために存在しようとはＤＲＥＡＭにも知らなかった。And the result ? Here I am\. Just look at me now \! 　なんかと言ったような、大同小異千遍一律の身の上ばなしも出来るわけで、事実、毎夜々々の寝台で、そも何人の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぷうた</span>が、そも何人の異国の水夫に、めいめいこの「あわただしい戦時の巴里」を背景に最後は必ず「親切な<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あなた</span>にもっと早く会わなかった」ことを残念がる打明け話をうちあけたろう！　この浪漫さ！　ここは何とあっても<ruby><rb>仏蘭西</rb><rt>フランス</rt></ruby>女でなければ出ない色あいだし、おまけに、ふらんすの女とさえ言えば、妙に扱いの上手な経験家のように一般に信じられているので、そこで、みんな争って勝手に仏蘭西の国籍を主張するんだけれど、おかげで、婦人用手袋と香水と葡萄酒と売春婦だけを一手専売に輸出してるように思われてる肝心のふらんすこそ、好い<ruby><rb>面</rb><rt>つら</rt></ruby>の皮だ。もっとも、ほんとに仏蘭西製のこの種の豪の<ruby><rb>女</rb><rt>モノ</rt></ruby>が世界じゅうに散らばってることも<ruby><rb>満更</rb><rt>まんざら</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うそ</span>じゃあないんだが、その多くは、女中つきで<ruby><rb>倶楽部</rb><rt>くらぶ</rt></ruby>なんかに出没するグラン・オペラ的な連中で、このぽるとがる国リスボン市ばいろ・あるとあたりで船乗りの相手をしてる「ふらんす女・<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>っ<ruby><rb>児</rb><rt>こ</rt></ruby>」は、テレサをはじめ、このとおり十中の十までＦＡＫＥである。へんな話だが、こんなことで国際聯盟あたりが仏蘭西に嫌味を言ったりするんだから、ふらんすにとっては飛んだ迷惑だろう。だいたい仏蘭西の女、ことに<ruby><rb>巴里女</rb><rt>パリジェンヌ</rt></ruby>なんて、そんな原始的に荒っぽい冒険家じゃあないんで、たとえば巴里市内の娼婦だって、大部分はチェッコ・スロヴァキアの女・<ruby><rb>波蘭土</rb><rt>ポーランド</rt></ruby>の女・ぶるがりあの女・<ruby><rb>葡萄牙</rb><rt>ポルトガル</rt></ruby>の女なんかなんだが、それらのすべてが、この「自称ふらんす女」と同一の心理と理由から、本場の巴里では、言い合わしたようにことごとく「<ruby><rb>西班牙</rb><rt>スペイン</rt></ruby>女」と自己広告することにきめてるから、面白い。つまり巴里の売春婦で眼の黒い女・碧い女・茶色の女・髪の毛の黒い女・それほど黒くもない女・むしろ赤ちゃけた女、要するにすべての女が、すこしでも外国めいた<ruby><rb>点地</rb><rt>タッチ</rt></ruby>があると人工的にそこを強調し、どう捜しても無い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">やつ</span>は仕方がないから無理にも作って――自由な<ruby><rb>仏蘭西</rb><rt>フランス</rt></ruby>語を商用としてだけ御丁寧に不自由らしく片ことで話したりなど――どれもこれも、先天的俳優能力をもって器用にすぺいん生れに化けすましてしまう。だから仏蘭西の名誉としちゃあ、ここでまあ幾らか帳消しになる勘定かも知れない。ＢＡＨ！

ところで、問題は「ふらんす女」テレサだが――。

そのテレサが、<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>ぜんたいに<ruby><rb>白粉</rb><rt>おしろい</rt></ruby>を塗りこむ。

何のためにそんな<ruby><rb>莫迦</rb><rt>ばか</rt></ruby>なことをするかというと、「マルガリイダの家」では、船員を招いて<ruby><rb>博奕</rb><rt>ばくち</rt></ruby>をさせ――これはいつも船乗りらしい簡単な<ruby><rb>歌留多</rb><rt>かるた</rt></ruby>の勝負にきまってたが――そして単に賞品として、勝った男に一晩のテレサをあたえるという組織だったから、言わばテレサは、この場合一個の物品に過ぎない。したがって、それを目的に金を賭けるくらいだから、客のほうも前もって詳しく現物を見ておきたい。なんかと権利を主張するかも知れないし、マルガリイダ婆さんはまた、はじめに調べてもらわないと気が済まないなどと<ruby><rb>体</rb><rt>てい</rt></ruby>のいいことを口実に、じつは、ただテレサの皮膚で一そう男たちの賭博心を焚きつけるための手段にすぎないんだが、その夜の客が詰めかけてるところ、からだ中に化粧をしたテレサを真っぱだかにして、「はい、これで御座います、ＨＯ・ＨＯ・ＨＯ！」なんかと挨拶に出すのだ。恐ろしいまでにあらゆる無恥と醜行に慣れ切ってるテレサが、その白熊みたいな莫大な<ruby><rb>裸形</rb><rt>らぎょう</rt></ruby>と濡れた微笑とを運び入れて、そこで明光のもとに多勢の船員たちからどんな個人的な下検査を、平気で、ＡＹＥ！　むしろ大得意で受けることか。そして<ruby><rb>唯々諾</rb><rt>いいだく</rt></ruby>としていかなる<ruby><rb>姿態</rb><rt>ポウズ</rt></ruby>をこの半痴呆性の女がとって見せるか？　つぎにまた、それによって刺激された船乗りたちが、何と、この女を所有するためなら「<ruby><rb>血だらけな</rb><rt>ブラッディ</rt></ruby>」給料の二、三個月分ぐらい前借しても構わない旺盛さをもって、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ばくち</span>に熱中し出すか――それは電灯と、偉大な舞台監督マルガリイダと and ＧＯＤ・ＫＮＯＷＳ！

「マルガリイダの家」は、ばいろ・あるとの一ばん奥まったはずれだった。白っぽい石壁に<ruby><rb>赤瓦</rb><rt>あかがわら</rt></ruby>を置いた、そこらに多い建物のひとつで、這入ると、正面の廊下を挟んで左右に幾つも小さな部屋が並んでた。それがみんないわゆる<ruby><rb>歌留多</rb><rt>かるた</rt></ruby>場だった。どんなにお客が来ても、夜中の二時まではお酒を売って――これがまたマルガリイダの儲けだったが――釣っておいて、二時<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かっきり</span>に、例のテレサのお目見得を挙行する。それが済むと直ぐ、マルガリイダが「<ruby><rb>賭け札</rb><rt>テップ</rt></ruby>」を売り出す。これは赤・白・黒の三種に塗られた円い木片で、赤のが五十エスクウド――約五円――白は三十エスクウド――ざっと三円――一円どこの十エスクウドのは黒の<ruby><rb>札</rb><rt>テップ</rt></ruby>だった。つまり、どこの博奕場とも同じに直接現金でやり取りするんではなく、一応はじめに金をこの「<ruby><rb>賭け札</rb><rt>テップ</rt></ruby>」に<ruby><rb>更</rb><rt>か</rt></ruby>えて、これで勝負を争うのだ。そしてあとで清算してそれぞれまた現金に直すわけだが、ここでは、いくら馬鹿勝ちしたって一文にもならない。そのかわりテレサを取る。言わば、金を<ruby><rb>札</rb><rt>テップ</rt></ruby>に換えてやった額だけ、そっくりそのまま<ruby><rb>家</rb><rt>ハウス</rt></ruby>の所得なんだから、誰が勝とうが負けようが、あとは<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の上を色付きの木片が動くだけで、マルガリイダ婆さんは最初から取るものはすっかり取って大安心なのだ。ある者は五十の赤を二枚、または三十の白札で百五十エスクウド分、或いは黒だけ五枚で五十なんかと、どんなに細かく<ruby><rb>千切</rb><rt>ちぎ</rt></ruby>っても大きく<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>めても、札は買える。が、一度<ruby><rb>札</rb><rt>テップ</rt></ruby>にかえた金はすぐ婆さんのふところへ這入って、それを資本に勝ってテレサを<ruby><rb>獲</rb><rt>え</rt></ruby>ない以上、この家のそとへ持って出たって勿論どこへ行っても金にはかわらないし、お婆さんも<ruby><rb>札</rb><rt>テップ</rt></ruby>の買い戻しだけは<ruby><rb>金輪際</rb><rt>こんりんざい</rt></ruby>しなかった。すると、それにしては、五円・三円・一円なんて安過ぎて大した儲けにもならないような気がするかも知れないが、何しろこれは下級船員間のはなしだし、また、毎晩なかなか<ruby><rb>人数</rb><rt>にんず</rt></ruby>が多い――これにはリンピイの客引きもあずかって力がある――のだから、はじめ二時に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">どかん</span>と「<ruby><rb>賭け札</rb><rt>テップ</rt></ruby>」を売った金だけでも、往々にして、この社会ではそう莫迦にならない<ruby><rb>高</rb><rt>たか</rt></ruby>に上ることも珍しくない。それに、負け出してくると、博奕本来の興味と性質からいつの間にか熱くなって追っかけはじめる。だから中途で二度も三度も立って、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぽけっと</span>の底を集めたので新しい<ruby><rb>札</rb><rt>テップ</rt></ruby>を買いに来たり、なかには、飛び出してって波止場附近の酒場に友達の顔をさがしたり、船へ帰って金を工面して来たりするから、何度でもそれらに、金と交換に賭け札を渡していると、一夜の入金にしたところで、時としてなかなか大きくなる。テレサのことなんか忘れて、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ばくち</span>そのものへ<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">せっせ</span>と<ruby><rb>注</rb><rt>つ</rt></ruby>ぎ込む人間が、マルガリイダには何よりも有難いのだ。こうして船員の金はお婆さんへ移り、よそへ持って行っては価値のない<ruby><rb>木札</rb><rt>テップ</rt></ruby>だけが、男から男へ取引きされてるうちに、単純な<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かるたげいむ</span>だから興亡は転々として、やがて決勝時に近づく。五時だ。この五時になると、景気のいいものも落ち目のやつも一せいに手を<ruby><rb>停</rb><rt>や</rt></ruby>めて、各自持ち札の<ruby><rb>総計</rb><rt>トウタル</rt></ruby>をとらなければならない。赤一枚を五十エスクウドにかぞえ、白が三十、黒が十のこと<ruby><rb>札</rb><rt>テップ</rt></ruby>面のとおりだ。で、全部の部屋の全部のテエブルを通じて、Ａが七百八十二エスクウドで最高位、四百十七のＢが次点――なんてことになるんだが、どうせお金で返ってくるんではなし、女もテレサ一人なんだから、そこでその夜の勝ちっ放しＡが、テレサの待ってる二階の一室へ上ってくだけで、次点以下はいつも一さい切り捨てだった。この、負けてても勝ってても、正五時Ａ・Ｍをもって打ちきり、そのときの<ruby><rb>札数</rb><rt>スタンデング</rt></ruby>ひとつで最後のＴＡＬＫをすることには、さすが博奕に苦労してる連中だけに案外さっぱりしてて、出そうな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">もの</span>言いもあんまり出なかった。それどころか、なかには、一番勝ちの札をぱらりと床へ撒いて、次点者にテレサを譲って<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さっさ</span>と出て行ったりする見上げたＳＰＯＲＴＹも現れたりして、この「マルガリイダの家」は大いに<ruby><rb>色彩的</rb><rt>カラフル</rt></ruby>な人生の蛮地だった。もっとも、ときどき五時の決勝になって<ruby><rb>捻</rb><rt>ひね</rt></ruby>ったことを言い出す<ruby><rb>解らねえ胡桃</rb><rt>クラムズイ・ナッツ</rt></ruby>も飛びだしたけれど、そんなのは大概自治的に客のあいだで押さえつけたし、すこし騒ぎが大きくなると、マルガリイダの眼くばせ一つで、<ruby><rb>跛足</rb><rt>リンピイ</rt></ruby>リンプが大見得を切って例外なく綺麗に取っちめていた。

そして、明け方の五時から<ruby><rb>正午</rb><rt>ひる</rt></ruby>まで――十二時になるとお婆さんが二階の戸を<ruby><rb>叩打</rb><rt>ナック</rt></ruby>して男を追い出す――こうして、この<ruby><rb>空博奕</rb><rt>からばくち</rt></ruby>に勝ったやつが、白熊テレサと彼女の over voluptuousness を専有し満喫するのだ。甘い物の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">げっぷ</span>と一しょに、いつもの「ふらんす女・涙の半生」を機械的に繰り返しながら、はなし半ばに怒濤のような<ruby><rb>鼾</rb><rt>いびき</rt></ruby>をかき出す可哀そうなテレサ！　何という呪われた大健康と、悲しいまでの肉体への<ruby><rb>無関心</rb><rt>インデファレンス</rt></ruby>であろう！

垂れた<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かあてん</span>から光る海風が流れこんで、リスボンは今日も輝かしいお天気だ。

この坂の上の<ruby><rb>魔窟町</rb><rt>バイロ・アルト</rt></ruby>へ最初に訪れる「ほるつがる<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">きぬぎぬ</span>情緒」は、早朝から真下の裏街を流して歩く<ruby><rb>跣足</rb><rt>はだし</rt></ruby>の女魚売りの呼び声である。

あう！　かしゅうれ！

というのは小鯛。

サア――ルデエイニアス！

と聞えるのが<ruby><rb>鰯</rb><rt>いわし</rt></ruby>。

えいる・えいる！

むしりおううん！

は<ruby><rb>蛤</rb><rt>はまぐり</rt></ruby>の大きなの。

７

けえいんてす！

い・ぼうあす！

これは「ＨＯＴ・Ａ・ＧＯＯＤ！」で焼き栗屋の売り声だが、そこで、朝のりすぼん港の日課的大合唱は――

お！　かしゅうれ！

さるでえにあす！

えいる・えいる！

むしりおおうん！

けええいんてす！

い・ぼおうあす！

ＡＨＡ！　すると、猫・猫・猫――何てまあ古猫・仔猫・野良猫の多いＬＩＳＢＯＡ！――に、その猫の一匹のような灰色に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のろ</span>臭い一日の運転が開始されて、無自覚によごれた群集が街角に立ち話して通行の邪魔をし出し、無自覚な Rua Aurea で銀物屋が鉄の折戸を繰りはじめ、傾斜を這う電車と町なかの大昇降機に無自覚な朝陽が光り、旅行者に乞食と子供が群れて乞食よりも子供のほうがしつこく<ruby><rb>一文</rb><rt>センテヴォ</rt></ruby>をねだり、そこへ<ruby><rb>富くじ</rb><rt>ロテリア</rt></ruby>売りが札を突きつけ、軒いっぱいに<ruby><rb>布片地</rb><rt>キレジ</rt></ruby>を垂らした羅紗屋の店が何町もつづき、市場をさして豚の列が大通りを追われ、弱そうな兵卒が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">より</span>弱そうな士官に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">だらし</span>のない失敬をし、こわれたＴＡＸＩが息を切らして黄色い風を捲きおこし、この奇蹟に驚天動地して狭い往来に雑沓が崩れ立ち、それを見物して巡査はただ<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">にやにや</span>し、その巡査へ現政府反対の八百屋組合から袖の下が往き届き、犬は人を<ruby><rb>嗅</rb><rt>か</rt></ruby>ぎ、植物は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ほこり</span>を呼吸し、ＲＡＤＩＯの拡声に通行人の全部が足をとどめ、業病と貧困の男女から異臭が発散し、青絵の模様<ruby><rb>陶板</rb><rt>タイル</rt></ruby>を張った無気味きわまる住宅建築に教養のない顔が出入し、この、大陸の「<ruby><rb>東部区</rb><rt>イイストサイド</rt></ruby>」！　地球上の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">めにるもんたん</span>！　そして、ふたたび猫・猫・猫――何てまあ宿無し猫みたいな人間と、人間のような棄て猫とがじつに仲好く<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うようよ</span>してる無秩序そのものの<ruby><rb>古河</rb><rt>スワンプ</rt></ruby>ＬＩＳＢＯＡ！

だから、何も<ruby><rb>山の手</rb><rt>バイロ・アルト</rt></ruby>とは限らない。すこしの冒険心をもって、夜そこらの坂に沿う露地を縫ってみたまえ。くわえ込みの木賃宿 hotel para pernoitar の軒灯がななめによろめいて、ちょうど理髪屋みたいな、土間だけの小店が細い溝をなかに<ruby><rb>櫛比</rb><rt>しっぴ</rt></ruby>している。そして、その一つ一つの入口に、今朝<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はだし</span>で魚を呼び売りしてたような女たちが、それぞれ木綿レイスの編み物なんかしながら客を待ってるのを見かけるだろう。<ruby><rb>跣足</rb><rt>はだし</rt></ruby>と言えば、ついこの先日まで、漁師やその女房子供は、天下御免に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はだし</span>で歩道の石を踏んでたものだが、そこへ急にお達しがあって、以後<ruby><rb>跣足</rb><rt>はだし</rt></ruby>厳禁、違反者には罰金として<ruby><rb>鰯</rb><rt>いわし</rt></ruby>何十匹を科するなんてことになったので、この連中があわてて靴をはき出したまではいいものの、ところが、何しろ生れてはじめて<ruby><rb>穿</rb><rt>は</rt></ruby>く靴なのでどうも脱げでしようがない。おまけに、考えてもみたまえ！　固い動物の皮で石の上を歩くんだから耐らない。すっかり足を痛くしちまった。それで、この魚売りの女たちが、巡査を見かけ次第穿く用意に、手に靴をぶら下げて街上に立ってるところが新聞雑誌の漫画に出たり、寄席の材料に使われたり、当分賑やかなリスボアの話題だったが、こんなような型の口髭の女まで、夜はここらに出張って来て、酔いどれの水兵でも掴もうと希望してるのだ。人が通ると、レイス編みを中止して何か呪文を唱える、金十エスクウドの相場。戸口から<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ほん</span>の二、三歩むこうに敷布みたいな白い幕が引いてある。そのかげに寝台があるらしい。客がつくと幕をはぐって奥へ入れる。灯油に照し出された小さな土間だ。申しわけにちょっと幕を引くばかりで、もとよりおもての戸なんぞ開けたまんまである。こういう家が、<ruby><rb>蜘蛛</rb><rt>くも</rt></ruby>の巣のような露路うらに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">びっしり</span>密生している。ばいろ・あるとよりは、また一段下の私設市場だった。

海岸へも遠くなかった。夜の波止場では、やはり各国船員の上陸行列に<ruby><rb>酒精</rb><rt>アルコール</rt></ruby>が参加し・林立するマストに汽笛がころがり・眠る倉庫のあいだに男女一対ずつの影がうろうろし・悪罵と喧嘩用具が素早く飛び交し・ふるいＩＮＫの海をしっぷ・ちゃんロン・ウウの<ruby><rb>小舟</rb><rt>ボウテ</rt></ruby>が撫でまわり・あらゆる不可能と包蔵と神秘の湾――ＹＥＳ、港だから、毎日船がはいる。そのために来る夜もくる夜も、海岸通り<ruby><rb>聖</rb><rt>サン</rt></ruby>ジュアンの<ruby><rb>酒場</rb><rt>タベルナ</rt></ruby>と<ruby><rb>山の手</rb><rt>バイロ・アルト</rt></ruby>「マルガリイダの家」に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しこたま</span>お金が落ちて、僕はリンピイの鞄と支那人の顔を提げて新入港の船へ通い、そこへ、あとから夜中にリンピイのおんな舟が漕ぎ寄せ、僕の受け持ちの商品――それぞれにリンピイの細工が加わってる日用品・タオル・石鹸・歯磨き・ないふ・靴下の類――は、彼がじぶんでやっていた時と同じに、小売的商才の皆無な僕なんかが口を利く必要もないほど、それ自体にspeakして面白いように売れて行った。ほんとに面白いように売れていった。この、僕の「しっぷ・ちゃん」の本旨は、これに事よせてリンピイの先達をつとめ、斥候としての報告さえすればいいだけなので、持ってく日常品なんかちっとも売れなくても困らないんだけれど、それが、妙なことには、値段が高いにも係わらず、いつもどの船へ行っても、翼が生えて飛ぶように売れて、僕は必ず<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">から</span>の鞄と、反比例に充満した財布とを<ruby><rb>伴</rb><rt>つ</rt></ruby>れて陸へ帰るのがつねだった。そして、リンピイの女肉船も、かえりはきまって海のむこうの見慣れないお金で、毎夜の舟あしが重かった――。

では、どうして石炭みたいに無口な<ruby><rb>支那公</rb><rt>チンキイ</rt></ruby>の僕でさえ、とよりその僕に関係なく、リンピイのしっぷ・ちゃん商品に限ってそんなに売れたか？　それほど自力で<ruby><rb>捌</rb><rt>さば</rt></ruby>けて往った手品の種は？――何でもない。

１　マルガリイダに内証でいつ写したものか、リンピイは、品物の一つ一つに、例の白熊テレサの裸体写真や、それから、テレサと黒輝石のような<ruby><rb>印度</rb><rt>インド</rt></ruby>人の火夫との春画しゃしんやなんかを上手にひそめていた。タオルには折ったあいだへ、石鹸や歯みがきは包み紙に、<ruby><rb>小刀</rb><rt>ナイフ</rt></ruby>には<ruby><rb>柄</rb><rt>え</rt></ruby>へ飾り、靴下はなかへ落し、その他の小箱類には蓋の内側へ貼りつけたりして。

２　鶏の交尾してる小さな焼物。一種の<ruby><rb>護符</rb><rt>タリスマン</rt></ruby>的置きもの。これは<ruby><rb>巴里</rb><rt>パリー</rt></ruby>のサクレキュウルのそばでも売ってるが、じつは日本出来である。どうやら、どんどん日本から輸出されてるらしい。

３　用便中の婦人の像。小指のさきほどの大きさ。同じく「<ruby><rb>好運呼び</rb><rt>ポルト・ボンヌウル</rt></ruby>」のお守り。ブラセルの産。

４　<ruby><rb>悪魔の拳</rb><rt>フィガ・ド・デアボ</rt></ruby>。これは有名な<ruby><rb>葡萄牙</rb><rt>ポルトガル</rt></ruby>の国産品で、やはり迷信的な厄払いのひとつだ。振りこぶしの人さし指と中指のあいだから<ruby><rb>拇指</rb><rt>おやゆび</rt></ruby>のあたまを覗かせたもので、形は小さい。女中も<ruby><rb>売春婦</rb><rt>プウタ</rt></ruby>も奥様も紳士も、女は首から下げ、男は時計の鎖へつけたりしてしじゅう持ちあるいてる。そして、雨が降っても風邪を引いても犬が吠えても、何かすこしでも気に食わないことがあると、早速この象形物を突き出して「ふぃが・ど・であぼ！」とおまじないを叫び、これで確実に災厄を防いで当分の幸福を招いた気になってる。

なんかとこんなような、女気のない長い海を越えて来た船員たち、迷信好きの彼らが狂喜して手を出すにきまってるものばかり精選してあるんだから、この珍奇なＴＡＬＩＳＭＡＮだけでも、全く、これに羽が生えて売れなければ「ベイブ・ルウスは三振し・カロル親王がルウマニアの王位に就く」わけで、企業家びっこリンプの独自性はここに遺憾なく発揮されてる。

さてこの、たがいに独立し、それでいて相関聯してる三つの商売――テレサを取りまく「マルガリイダの家」と、夜中に碇泊船を訪問するリンピイの女舟と、<ruby><rb>支那公</rb><rt>チンキイ</rt></ruby>ロン・ウウとしての僕のしっぷ・ちゃんと――が、静かにつづいて、何ごともない毎日が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">りすぼん</span>に滑って行った。

が、そういつまでも何事もないんじゃあ約束が違う。そこで、おわりに近づくに従い急にスピイドを出してもう手っ取り早くＦＩＮＩＳにしちまうとして、ちょうどここんとこへ、問題の怪異船がるしあ・もれの号が入港して来たのだ。

もしあの時、風がこの船をリスボン沖で素通りさせたら？

そうしたら、第一この話はなかったにきまってるし、リンピイはいまだに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ほるつがる</span>りすぼあ港の満足せるリンピイだったろうし、ことによると僕も、いまもって<ruby><rb>支那公</rb><rt>チンキイ</rt></ruby>ロン・ウウの嗜眠病的仮存在のままでいたかも知れない。

思えば、十字路的な出現であった―― this ガルシア・モレノ！

なぜって君、一つも売れないのだ。何がって君、僕のしっぷ・ちゃんがさ。あれだけ飛行するように売れてた、そして、ほかの船ではやはり立派に売れてる――その売れる理由はすでにわかった――同じ品物が、このガルシア・モレノ号でだけは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うそ</span>のようにちっとも捌けないのだ。誰ひとり手を取って見ようとするものもない。」毎日通ってるうちに、しまいには船中<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">てんで</span>僕を相手にしないで、振り向く者もなくなった。この、売れないのは僕のほうばかりじゃなく、リンピイの「女しっぷ・ちゃん」なんか、もっと惨めで、何度押しかけてっても手ぎわよく無視されていつも徒労に帰した。これは僕とリンピイにとって全く新しい<ruby><rb>奇現象</rb><rt>センセイション</rt></ruby>である。その原因は果して<ruby><rb>那辺</rb><rt>なへん</rt></ruby>に存するか？　一つこいつを見きわめないでは！　と言うんで、僕はすこし意地にかかって毎夜根気よく出かけてったものだが、at last, 僕とリンピイのまえに投げ出された一大ＭＹＳＴＥＲＹ――公式上、物語の<ruby><rb>結末</rb><rt>エンデング</rt></ruby>は速力だけを尊重する。だから急ぐ。

最後に僕が、何とかしてこのがるしあ・もれの号を征服すべき努力と決意のもとに――もう一つ暗転。

ＳＨＩＰ・ＡＨＯＹ！

<ruby><rb>血だらけな晩め</rb><rt>デ・ブラッデイ・ノウイト</rt></ruby>！　God damn it \!

<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">じゃこっぷ</span>の中途から救われてガルシア・モレノに甲板した僕と鞄が、ＬＯ！　こうまた国際的<ruby><rb>涜神</rb><rt>とくしん</rt></ruby>語を吐き出していた。

仮死した大煙突が夜露の汗をかいて、<ruby><rb>船料理人</rb><rt>シップス・ダクタア</rt></ruby>の手のポケット猿、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">こつこつこつ</span>と鉄板を踏んでる無電技師――やっぱりみんな、上陸番なんか無視して<ruby><rb>山の手</rb><rt>バイロ・アルト</rt></ruby>の灯へ逃げてったあととみえて、例のとおり船中は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がらん</span>としていた。と思ったのが、これが大へんな僕のまちがいで、こつこつこつ・こつこつこつ、いつものように<ruby><rb>船艙</rb><rt>ハッチ</rt></ruby>の端に腰かけて、拡げた鞄と一しょに化石してる僕へ、靴音と、声が接近して来た。

『ＨＵＭ！　<ruby><rb>いよう</rb><rt>ヘロウ</rt></ruby>！　お前は毎晩ここへ来てる<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しっぷ</span>・<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちゃん</span>の<ruby><rb>支那公</rb><rt>チンキイ</rt></ruby>だな？』

<ruby><rb>事務長</rb><rt>パアサア</rt></ruby>だった。僕は黙ってうなずいた。

『どうだ、どうせお前なんかどこで何をしようと同じことだろうが、一つ船へ来て働いてみないか。』出しぬけに彼が言った。

『<ruby><rb>石炭夫</rb><rt>コウルパサア</rt></ruby>だ。高給。別待。本船か！　これから<ruby><rb>亜弗利加</rb><rt>アフリカ</rt></ruby>の西海岸を南下して濠洲廻りだ。ＷＨＡＴ・ＳＡＹ？　ＨＥＹ？』

『ＭＥ？』

『ＹＥＡ。』

そして事務長は、ここで急に慣れなれしく<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">にやにや</span>し出して、

『おい、たくさん女がいるんだよ、この船には。船員の過半は女なんだ。共有さみんな。<ruby><rb>浮かぶ後宮</rb><rt>フロウテング・ハレム</rt></ruby>！　Eh, what ?　ただね、今んところ、ひとり男が足らない。明朝早くの出帆だから、いま補欠が見つからなけりゃあ、今夜じゅうに一人「<ruby><rb>上海</rb><rt>シャンハイ</rt></ruby>」しなくちゃならないんだ。<ruby><rb>支那公</rb><rt>チンキイ</rt></ruby>、本船へ来いよ。ま、見せてやろう。』

事務長についてって覗いた<ruby><rb>乗組員部屋</rb><rt>クルウス・クオウタ</rt></ruby>には、上陸したと思った船員がすっかり納まってて、その夜のめいめいの女――なるほど船乗りらしく男装はしていたが、見たところ美少年のような、確かに異性だった――を相手に、はなはだ貨物船らしくない空気のなかで平和に談笑していた。ＢＡＨ！

半分以上は女が動かしてるガルシア・モレノ？

これじゃあリンピイの商売は勿論、僕の「しっぷ・ちゃん」だって上ったりなわけで、どんな不思議も、こうして解っちまったあとでは何ら不思議じゃない。

ただ、一刻も早くリンピイにこの発見を伝えたいと思った僕が、じゃあ、ちょっと荷物を<ruby><rb>纏</rb><rt>まと</rt></ruby>めて直ぐ引っ返して来るからと事務長に約束して、いそいでガルシア・モレノ号を逃げ出したことは、自然すぎるほど自然で、言うまでもあるまい。

<ruby><rb>波止場</rb><rt>カイス</rt></ruby>でリンピイにこの話をして、

『驚いたろう？』

と結ぶと、リンピイは何か<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">じっ</span>と考えこみながら、

『うん――。』

妙に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うっとり</span>して答えてた。そして、今夜はガルシア・モレノに「<ruby><rb>上海</rb><rt>シャンハイ</rt></ruby>」――深夜<ruby><rb>埠頭</rb><rt>ふとう</rt></ruby>の散歩者を暴力で船へ担ぎ上げて出帆と同時に下級労役に酷使すること――があるにきまってるから、あんまり遅くまでここらをうろつかないがいい――と忠告した僕のことばが、いまから思うと、絶大な啓示として彼を打ったに相違ない。なぜって君、その晩、<ruby><rb>聖</rb><rt>サン</rt></ruby>ジュアンの酒場で<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しこたま</span><ruby><rb>燃える水</rb><rt>アグワルデンテ</rt></ruby>をあおって、すっかり「腹の虫」と自分の意識を殺しちまった<ruby><rb>跛者</rb><rt>リンピイ</rt></ruby>リンプは、わざとがるしあ・もれの号の<ruby><rb>上海</rb><rt>シャンハイ</rt></ruby>隊を待って、眠る大倉庫の横町に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぶっ</span>倒れていたからだ。

リンピイは行ってしまった。ガルシア・モレノの<ruby><rb>上海</rb><rt>シャンハイ</rt></ruby>隊に自ら進んで<ruby><rb>上海</rb><rt>シャンハイ</rt></ruby>されて、無意識のうちに担ぎ上げられてリンピイは行ってしまった。

船と女と whim を追って海から海をわたり歩いてるリンピイ！

急傾斜する水平線をしばらく忘れて、内心どんなにか淋しかったリンピイ！

どこでなにをしようとどうせ同じことなリンピイ！

そこには、マルガリイダもＰＩＭＰもなかった。強い海の The Call と、視界外への慢性的な放浪心とがあるばかりだった。

海から来た彼は、その誘惑に負けて故郷へ帰ったのだ。自発的に「<ruby><rb>上海</rb><rt>シャンハイ</rt></ruby>された男」なんて、この古いインクの水にとってもはじめての実見だったろう。とにかく神様と文明のほかに、また一つリンピイが<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">りすぼあ</span>を見すてた。着のみ着のままでリンピイは行ってしまった。<ruby><rb>暗黒の海</rb><rt>マアル・テアネブロウゾ</rt></ruby>へ！

ＳＨＩＰ・ＡＨＯＹ！

海には海だけに<ruby><rb>棲</rb><rt>す</rt></ruby>む独立の一種族と、彼ら内部の法律と道徳と生活がある。この小別天地を積んだガルシア・モレノ号が、ひょいと過失的にＬＩＳＢＯＡの岸へ触れて、その拍子にわがリンピイを<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>め去ったのだ。僕には、大きな未知のほんの瞥見だけを残して――。

いま<ruby><rb>亜弗利加</rb><rt>アフリカ</rt></ruby>の西を南下しつつある The Garcia Moreno のなかで、まるで古<ruby><rb>葡萄牙</rb><rt>ポルトガル</rt></ruby>の民族詩人ルイス・カモウエンスがその海洋詩ＬＵＣＩＡＤＵＳのなかで好んで描写したような、何と<ruby><rb>途轍</rb><rt>とてつ</rt></ruby>もない<ruby><rb>女護</rb><rt>にょご</rt></ruby>が島の光景<ruby><rb>がびっこ</rb><rt>リンピイ</rt></ruby>リンプを包んでることか――ＧＯＤ・ＫＮＯＷＳ。

――あとには、マルガリイダと、テレサと、夜の<ruby><rb>短船</rb><rt>ボウテ</rt></ruby>の女達と<ruby><rb>山の手</rb><rt>バイロ・アルト</rt></ruby>の灯と、もう<ruby><rb>支那人</rb><rt>チンク</rt></ruby>でなくてもいい僕と、古猫のような<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">りすぼん</span>と、腐ったＩＮＫの海・テイジョ河口の三角浪・桟橋の<ruby><rb>私語</rb><rt>ささやき</rt></ruby>・この真夜中の男女の雑沓・眠ってる倉庫の列・水溜りの星・悪臭・嬌笑。Eh, what ?