Soranoha

窓からの風景(六月――)

まどからのふうけい(ろくがつ――)

宮本 百合子

晴

○しっかりした面白味のある幹に密生して いかにも勁そうな細かい銀杏の若葉。

○その窓からはいろいろな色と形との新緑の梢が見わたせた。

その奥で普請がやられている

金づちの音や木をひく音は朝から夕方まで響いた。屋根をくまれたりする新しい木の色は新緑と照り合って互にすがすがしさを増す眺望である。

○遠くの空にはあっちに一つ、こっちに一本クレーンがある。

千駄木小学校と郵便局の立つの

林町にクレーン‼

〔欄外に〕

○八つ手、

○食べたいような柔かい柿の木の若葉

○房々とした楓、

或楓の赤い実

○高い青空をはいて靡いている(東北の風に)さいかちの古い飾羽根のような梢。

五月二十日 雨もよいの湿っぽい午後 五時前

曇天の下に目の前の新緑はぼさぼさと見えた。

大工の働いている新築の工事場で 全体の光景がいつもより手近に見え しめりをふくんで/しめっぽく[#「しめりをふくんで」と「しめっぽく」は2列に並ぶ] 新しい木の匂い、おがくず、かんなくずの匂が漂って来た。

○濃い新緑の間からトタン板が水っぽく光った。

〔欄外に〕

遠いクレーンの頂上に一枚むしろだかズックの袋だかがとりつけられ、更に遠い空には薄あかい光をふくんだ灰色の雲の大きいかたまりがある、

○どういうわけか そこの雨戸の一番下の棧のところに特別ひどく泥がたまっていた。

そこを念を入れてふいた。

○そこの手すりは北向なので冬じゅうひどい風や雪にいためつけられていた。何年もそういう風なまま放っておかれた。そこを○子は拭き その上につやふきんをかけ そして 腰をおろして 変っていく隣家の庭の様子を見下すのであった。

雨の日の正午

となりの工事場が全くひっそりして。

雀の声、チュ チュ 雨はやんでいる

正午のサイレンがなったと思うと

珍しく どこかで寺の鐘の音が二つした

すると 大観音の方で 一つ……もう一つ。

不思議な音の錯綜

毎日 鐘はついていたのかしら?

曇天の新緑の幾重にも深い

色の変化ある繁みを眺めていると細かい雨が

空から降って来るより先

その繁みの間から霧のように

ふいて来そうに感じられた。

それ程 空気は重くて

しめっぽかった。

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
初出:同上
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2004年2月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「窓からの風景(六月――)」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十八巻』新日本出版社、1981年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 004217_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite