Soranoha

木蔭の椽

こかげのえん

宮本 百合子

今朝は、家じゅうが目醒しで起きた。Yが京都へ特急で立つのだ。ゆうべ、N氏のところを訪ね、十一時すぎに帰ってから風呂に入った。よく眠り、目醒しが鳴った始めの方を聞きとれなかったらしい。はっと気がついたら、茶の間で盛にオテテコテンテン、と陽気にオールゴールが鳴って居るのでびっくりした。家の目醒しは、引越し祝にN氏から贈られたもので、普通の目醒し時計のようにジジジジとただやかましくなるのではない。時間になると粤調、茉莉花という支那音楽の節をオールゴールで奏す仕掛けになって居る。それが、オテテコテンテン、オテテコテンテン、テンテンテンテーン、テコテンというように聞えるのだ。あわてて茶の間に出て見たら、きっちり片づいた卓子の上に一つころりとのって居る夏蜜柑に溢れるように澄んだ朝日がさして居た。

Y出かけてから、私は改めて一寝入りした。十時半頃起きた。今月は雨が多く、鬱陶しく壁の湿っぽいような日が続いたが、今日はまがうかたない六月の天気だ。爽やかで、初夏らしく暑い。暑く、外光の燦らかなのが心持よい。十七の女中と、閑静な昼食をたべた。――今頃、Yはどの辺だろう。汽車の中は今日のような天気では蒸すだろう。Yは神経質故、昨夜よく眠れなかった由……

「Yさん、きっと眠がって居らっしゃるよ今頃――」

読みかけて居た本など、いきなりバタリと伏せ

「眠い! 迚も眠い!」

と、駄々っ子のように急に眠たがるYの様子を思い浮べ、笑い乍ら云ったのだが、女中には気持通ぜず。彼女は、飯茶碗を胸に高く持って坐ったなり子供らしくツクン、ツクンするようにして意味なく頬笑んだ。

「お前、京都へ行ったことある?」

「いいえ、ありません」

不図彼女が箸を持って居る袖口に目が行った。私は変な、不快を覚えた。単衣の下に見えて居るレースが、私共の肌襦袢について居るのとそっくりに見える。訝しく、襟元を見ると、あたりまえに襟をつけず、深くくって細い白羽二重の縁ヘリがとってある。私共はいつもそういうのを着て居る。肌について居るものだから、いきなり、それお前の? ともきけず――人数が減り、家じゅうの空気がひどく透明で澄んで居るので、これは私の心持を曇らせた。こればかりでなく、今朝机に向ったら、硯屏の前に小さい紙くずが一つのって居た。我々が常用する丸善のアテナという封筒の屑であった。Yの立ったばかりのところだから、何となく愛を感じ、私はその書きそこないを手にとりあげた。ひろげて見たら、彼女らしくない弱々しい字で府下世田ヶ谷と書いてある。其那にペンがひどくなって居たかと思ったが、直ぐ別な直覚が起った。私共は、昨夜、一晩じゅう留守であった。とめが書いた字だ。

然し、このことは、私に却って鼻柱に皺のよるような苦笑を与えた。とめにアテナは大層ハイカラーに見えたのだろう。それで、一寸椅子にかけ、花の飾ってある机に向い、アテナを使って友達に手紙でも書いて見たかったのであろう。私にも、このような気持には覚えがある、十二三の頃、父が事ム所のタイプライター用紙を一箱だけ家に持って来たことがある。頁の右肩に英語で肩書や住所などの印刷された、純白で透し模様のあるパリパリした薄い紙はどんなに私を誘惑しただろう。どうか使って見たい。一度、あの紙で手紙を書いて見たい。私は、到頭その紙をそろりと引出し、一大事のような亢奮を覚え乍ら、それで手紙を書き、友達に出した。その友達が、お手紙有難うと云ったぎりで、あのエクサイティングな紙については一言も言及してくれないのが、非常に物足りなかった。何もわからない人なのだという、軽い侮さえ抱いた。とめのもそれに似たような気持――年のゆかない娘の仕業らしく、まるめた書そこないをつい忘れて置きっぱなしに仕たところに好意が持てた。着るものなどそうはゆかず、私が言葉に出してとがめ、赤い顔をさせなければ、うまく胡魔化したつもりで横着をきめるのかと思うと、友禅メリンスの中幅帯をちんまりお太鼓にして居る小娘の心が悲しく厭わしくなった。

食卓を離れ、椽側の籐椅子に腰かけ、青葉の庭を眺めた。八つ手、檜葉、樫、午下りの日光と微風に輝き揺れて居る一隅の垣根ごしに、鶯の声がした。飼われて居る鶯らしい。三月の初め、私が徹夜した黎明であった。重く寒い暗藍色の東空に、低く紅の横雲の現れたのが、下枝だけ影絵のように細かく黒くちらつかせる檜葉の葉ごしに眺められた。閉め切った硝子戸の中はまだ夜だ。壮重な夜あけを凝っと見て居ると、何処かで一声高らかに鶯が囀った。ホーと朗らかに引っぱり、ホケキョと短く濃やかに畳みこむ。其一声の鶯は、東雲のクラシカルな藍と茜の色どりと相俟って、計らずも心のおどるような日本の暁の風趣を私の胸に送りこんだ。同時に、私は初めてほんとの鶯を聴いたような新鮮な歓びを感じた。――和歌や俳句の夥しい駄作で、こうも陳腐化されなかった太古の。――

今、若葉照りの彼方から聞えて来るその声は、私に、八月頃深い山路で耳にする藪鶯の響を思い出させた。板谷峠の奥に、大きい谿川が流れて居る。飛沫をあげて水の流れ下る巖角に裾をまくった父が悠々此方を向いて跼んで居る。風で、彼方の崖の樹が戦ぐ。その時、川瀬の音を縫い乍ら、静かに聞えた藪鶯のホーホケキョ。――午後が、ひどくひっそりと永く感じられた。

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
初出:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日初版発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2007年7月24日作成
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「木蔭の椽」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十八巻』新日本出版社、1981年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 004203_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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