Soranoha

餌

えさ

宮本 百合子

硝子戸もない廊下では、朝夕の風がひどく身にしみるようになった。二間半と、鍵の手に曲って一間の縁側は東南に面して居るのだが、午後になると、手洗鉢を中心とした三尺ばかりの処にしか、暖い日光は耀らない。三時前から、ひえびえとした冷たさが、滑らかな板の面を流れる。夏じゅう、六番つがいほどの小鳥を入れた籠は、その曲った方の板敷に置かれて居た。夫の書斎から差すほのかな灯かげの闇で、夜おそく、かさかさと巣の中で身じろぐ音などが聞える。

ところが四五日前、一羽の紅雀が急に死んで仕舞った。朝まで元気で羽並さえ何ともなかったのに、暮方水を代えてやろうとして見ると、思いもかけない雄の鮮やかな紅葉色の小さい体が、淋しく止木の下に落ちて居たのである。

艷やかな羽毛の紅色は褪せず、嘴さえルビーを刻んだようなので、内部の故障とは思い難い。丁度前の晩が霜でも下りそうに冷えたので、きっとその寒さに当たったのだろうと、夫は云う。

彼は、他のものまで凍えさせては大変だと云う風で、一も二もなく火の気のある室内に籠を引入れた。籠は彼の手造りである。無骨な、それでも優しい暢やかな円天井を持った籠の中で、小鳥等は崩れる薔薇の響をきき乍ら、暖かい夢を結ぶようになった。

顔を洗いに行こうとして、何時ものように籠傍を通ると、今朝はどうしたのか、ひどく粟が乱雑になって居るのに心付いた。籠の中に散って居るばかりか、一尺も間のある床の間まで、黄色い穀粒は飛んで居る。其にも無頓着で、彼等は、清らかな朝日を浴びて、枝から枝へと遊んで居る。いずれ行儀のわるい「じゅうしまつ」が、例の通り体ごと餌壺に入って、ちっ、ちっと、首を振り振り撒きちらしたのだろう。私はそのまま忘れて仕舞った。

やがて昼近くなり、まつが食事のことで物を尋ねに来た。そのきっかけに私は机の前を立って、縁側に出た。直射する光線を嫌う私の机は、北向の小部屋の隅にある。何処となく薄ら時雨れた日、流石に自分もぬくぬくとした日向のにおいが恋しく感じられたのである。来年の花の用意に、怠りなく小さい芽を育てて居る蘭の鉢などを眺めながら、何心なく柱に倚って居ると、頻りに鳥籠が騒々しい。

障子が一枚無人の裡に開け放されて居たのを思い出し、或は猫でもかかったのではないかと心付いた。私は立って行って、上から細かい網目の中を覗いた。そして、意外にも、餌壺に一粒の粟さえないのを発見した。

いつも、さくさくとした細やかな実が、八分目以上も盛られたのばかりを見馴れた自分の眼に、六寸程の直径を持った瀬戸物の白い底が、異様に冷たく空虚に見えた。微かなショックに似たものをさえ、私は胸の辺に覚えた。

今朝目を牽いた床の間の粟の理由も自ら明かになった。餌壺は、恐らく昨晩のうち、僅かの選屑と、なかみを割って食べた殼ばかりになって居たのだろう。二時迄机に向って居なければならなかった私共に、其を知る余裕はなかった。

気の毒な小鳥等は、日の出とともに眼を醒し、兎に角嘴に割れるほどの実は食べつくし、猶漁って羽叩くので、軽い粟の殼は、頼りなくぱっと飛んで床の間に落ちたのであったろう。

始めて私が見た時から、彼等はきっと、いつ餌壺が満されるのかと、情けなく眺め、囀って居たに違いない。不意に赤い小鳥の屍を見た時より、私は相すまない心持に打たれた。

私は急いで粟の箱をさがした。そして、落し戸をあげ、餌壺を出して、塵を吹き吹き、二つの掌から粟を満した。次手に水も代えた。余程空腹であったのだろう。手を入れた時、さっと上の止り木に舞い上った鳥等は一枝、一枝と降り、私の指先がまだ皆は籠から出ないうちに、もう群れ集って食べ始めた。ツーともチチとも云わない。まことに飢えたものの真剣さを、小さい頭、柔かい背に遺憾なく顕わして、せっせと、只管ひたすらに粟の実を割るのである。

微かながら絶間のないピチ、ピチ、と云う音をきき乍ら、私は、寂しい、憂わしい心持に襲われた。小鳥を飼う等と云う長閑のどかそうなことが、案外不自然な、一方のみの専横を許して居るのではなかろうか。

此等の愛らしい無邪気な鳥どもが、若し私達が餌を忘れれば飢えて死ななければならない運命に置かれて居ると知るのは、いい心持でなかった。

飼われて居ない野の小鳥は、自然の威圧にも会うだろうが、誰かに餌を忘られて、為に命を終らなければならないと云う憐れさは持って居ない。

私は眼をあげて、隣家の屋根の斜面に、ころころとふくれて日向ぼっこをして居る六七羽の雀の姿を見た。或ものは、何もあろうと思われない瓦の上を、地味な嘴でつついて居る。

暫く眺めて後、私は、箱に手を入れて一掴みの粟を、勢よく、庭先に撒いた。人間より遙かに敏い瞳と、本能を持った彼等が、幾何、一面の苔の間に落ちたとは云え、自分等の好む、餌の馳走を心付かぬことはあるまい。

真先に屋根から降りる先達は、どの雀がつとめるだろう。

庭へついと、遠い遠い彼方の空の高みから、一羽の小鳥が飛んで来た。すっと、軽捷な線を描いて、傍の檜葉の梢に止った。一枝群を離れて冲って居る緑の頂上に鷹を小型にしたような力強い頭から嘴にかけての輪廓を、日にそむいて居る為、真黒く切嵌めた影絵のように見せて居る。囀ろうともせず、こせついた羽づくろいをしようともせず、立木の中の最も高い頂に四辺を眺めて居る小鳥の姿は、一種気稟あるもののように見えた。じっと動かない焦点が出来た為、私の瞳は、始めて動くともなく動いて行く白雲の流れにとまった。雄々しい小禽と一房の梢を前景として、初冬の雲が静かに蒼空の面を掠め、溶け合い、消え去って行く。――私はひとりでに、北方の山並を思い起した。今頃は、どの耕野をも満して居るだろう冬枯れの風の音と、透明そのもののような空気の厳かさを想った。底冷えこそするが、此庭に、そのすがすがしさが十分の一でもあるだろうか。

――間近に迫った人家の屋根や雨に打れ風に曝された羽目を見、自分の立って居る型ばかりの縁先に眼を移し、その間あわい、僅か十坪に足りない地面に、延び上るようにして生えて居る数本の樹木を見守った時、私は云いようのない窮屈さを感じた。

自然を追い込み、追い込みして、やっと息だけはつける隙間で、私共の生活は営まれて居るのではないだろうか。都会では、処々に庭と云う名目の下に切り遺された大自然の一部が、辛うじて、大地から湧く生命の泉を守って居る。私は、衝動的に、晴々と拘りない地平線を飽くほど眺めたい渇望を感じた。大らかな天蓋のように私共の頭上に懸って居べき青空は、まるで本来の光彩を失って、木や瓦の間に、断片的な四角や長方形に画られて居る。息吹は吹きとおさない。此処からは、何処にも私の懐しい自然全景を見出すことは出来ない。視覚の束縛のみではない。心がつき当る。東を向いても、西を向いても。豊かに律を感じて拡がろうとする魂が、彼方此方で遮られて、哀れな戸惑いをする。ああ、野原、野原。私の慾しいものは、宝石よりも館マンションよりも、唯一ふき、そよそよと新鮮に、瑞々しく、曠野の果から吹いて来る朝の軽風である。

図らぬ時に、私の田園への郷愁が募った。いつか、檜葉の梢の鳥は去って、庭の踏石の傍に、一羽の雀が降りて居る。先刻、私が屋根に認めた一群のものらしい。チョン、チョンチョンと一束いっそくにとび、しきりに粟を拾って居る。私は仄かな悦びを覚えた。けれども、その様子を見守って居るうちに、私はそぞろ物哀れを覚えて来た。

此処に、今、彼を害そうとする意志を持ったものは、恐らく塵一つありはしないだろう。勿論、当然恐ろしかるべき猫や犬は影さえない。脅しの影を投げるだろう石燈籠も、大木も、人も居ない。私は遠く縁に引込んで、息をするほの身じろぎもすまいとして居る。其に拘らず、雀は、何と云う用心のしようだろう。何と云う小心なことだろう。

チョンと跳び、ついと一粒の粟を拾う間に、彼は非常なすばしこさで、ちらりと左右に眼を配る。右を見、左を見、体はひきそばめて、咄嗟に翔び立つ心構えを怠らない。可愛く、子供らしく、浮立って首を動かすのではない。何か痛ましい、東洋の不純な都会風の陰翳が、くっきり小さい体躯に写し出されて居るのである。

私は、その雀が、何かに怯えて、一散に屋根へ戻った後、猶二掴三掴の粟を庭に撒いた。明日まだ靄のある暁のうち、彼等の仲間は、安心して此処におり、彼那におじけず、幾粒かの餌を拾うことが出来るだろう。

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
1953(昭和28)年1月発行
初出:同上
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2004年2月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「餌」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十八巻』新日本出版社、1981年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 004172_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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