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        <title type="main" xml:lang="ja">成長が生んだ私の恋愛破綻</title>
        <title type="reading" xml:lang="ja-Hira">せいちょうがうんだわたしのれんあいはたん</title>
        <author><persName xml:lang="ja"><surname>伊藤</surname><forename>野枝</forename><idno type="aozora-person-id">000416</idno></persName><persName xml:lang="ja-Hira"><surname>いとう</surname><forename>のえ</forename></persName><persName xml:lang="ja-Latn"><surname>Ito</surname><forename>Noe</forename></persName></author>
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        <bibl><title>日本の名随筆47　惑</title><publisher>作品社</publisher><date>1986（昭和61）年9月25日</date><note type="input-edition">1991（平成3）年4月25日第8刷</note></bibl>
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      <refsDecl xml:id="source-spans"><p>A note of type source-span has an xml:id of the form source-START-END, giving the extent in UTF-8 bytes of the decoded primary text identified in sourceDesc. <ptr target="https://w3id.org/soranoha/ns/tei"/></p></refsDecl>
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      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-355-594">自分の信ずる事の出来る唯一のものは、やはり自分自身より他にはありません。自分以外の本当に唯一な人と思う人さえ本当にはいっしょに融け合う事はむずかしいのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-594-860">自分の本当の心持――それもなかなか他人には充分に話せるものではありません。どれほど上手に話しても、どれほど多くの言葉を費しても、話すほど損をしたような気持になる事があります。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-860-1540">私の過去の生活――私はそれを他人に話そうとは思いません。私は過去のある時代に、かなりよく自分の生活を人に話しました。それも本当に理解のある親しいと信じた人に。けれども、私が大事な場合に立ったときに、私の話した事だけは理解もし、信じもしてくれましたが、私が話せないそして切ない事にはちっとも真実にふれてはくれませんでした。そして私が話さない事から理解はやぶれてアベコベに反感に代りました。私は他人の理解というもののアテにならぬ事をつくづくさとりました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-1540-2067">その友達は、私に話す事を求めました。しかしそのときには彼女はもう私にかなりな反感を持っていました。他人から注がれた心持に動かされていました。理解の勝れた友達は、私が委細の心持や事情を書けば理解をしてくれる事は私も信じてはいましたが、しかし私はもう話す勇気はありませんでした。そしてそのとき以来、私は自分の事を他人に話すのは止めにしようと思いました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-2067-2366">私はここに私の過去の事を話そうとは思いません。相変わらず私は自分がこの上侮辱される事は辛抱が出来ないのですから。それで、ただ私が過去の破れた結婚生活から受けた教訓だけをお話ししようと考えています。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-2366-2983">私の最初の自ら進んでした結婚は破れました。それは私にはずいぶん苦い経験です。しかし、この破滅が何から来たかと考えるとき、私はいつも自分に感謝しています。それはただ、私自身の正しい成長の故だといえるからです。そしてこの結婚について自らを責めなければならぬ点は、私があんまり早く結婚生活にはいったからだという事のみです。結婚生活に対する適確な何の考慮をする事も出来ないような若い時に結婚をしたという過失のみです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-2983-3135">事実、私は結婚をするまでは、あるいはしてからでも、どの方面からいってもまだ本当の子供だったのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-3135-3350">私の恋の火は燃えました。けれども自ら求めて得た火で燃えたのではありませんでした。それはただ行きあたりばったりに出会った火が燃えついたのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-3350-3685">結婚をするにも、恋をするにも、何を考えねばならないのか、そんな事はまるで知りませんでした。私は夢のように何の苦もなく、考えもなく、好きだと思い、尊敬した男をいっしょになったのです。そして私は男の気に入るように動きました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-3685-3909">でも、私は、それでも強いられて、いやな結婚をする人達から見れば、自分達がどんなに正しい結婚をし、またどんなに幸福だかという事を誇りにしていました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-3909-4500">私のいい加減な選択でも、私はいい男にぶつかったのです。私は勉強をする事も覚え、読んだり考えたり書いたりする事も覚えました。物を観ることも覚えました。私は今日自分で多少なり物が書けたり、物を観たり、考えたりする事が出来るのは男のおかげだと思っています。Ｔ――その男を私はそう呼びます――は立派な頭の持主です。もう久しい間知っているほどの人から大分いろいろな批難があります。しかし、私は彼がどんな</seg><hi rend="bouten 傍点 right" source="#source-4500-4554"><seg source="#source-4500-4515">ろくでなし</seg></hi><seg source="#source-4554-4760">な真似をして歩いているとしても、ちょっとそこらにころがっている利口ぶった男共よりどれほど立派な考えを持っているかしれないと信じています。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-4760-5197">彼と結婚をするまではまるで無知な子供であった私は足掛け五年の間に彼に導かれ、教育されて、どうにか育ってきたのです。どうにか人間らしく物を考える事が出来るようになってきたのです。もちろん、彼にばかり教育されてきたのではなく、周囲の影響も充分大きな教育をしてくれたのも見のがす事は出来ません。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-5197-5403">しかし、私にそのよき周囲を持たせたのもやはり彼なのです。彼は私をつとめて外に出して私が自分の生長の糧を得る機会を多くしてくれたのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-5403-5752">が、私がようやく一人前の人間として彼に相対しはじめた時、二人がまるで違った人間だという事がはっきりしてきたのです。そしてこの性格のはげしい相違が、二人のお互の理解をもってしてもふせぎ切れないような日がだんだんに迫ってきたのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-5752-6162">Ｔはかなり深い憂鬱な処をもっていました。そしてまた都会人らしいエゴイスティックな傾向を持っていました。この二つの大きな濃い彼の影を、私は最初少しも知りませんでした。私にはまったく見えなかったのです。そしてこの二つは私との結婚後少ししてからだんだんに広がりはじめたのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-6162-6431">ちょうどその時分文壇思想界は個人主義思想の最も高調されている時分でした。彼のエゴイスティックな傾向は、極端な個人主義の理屈といっしょになってだんだんに深味にはいってきたのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-6431-6958">私もやはりその思想に育てられたのです。私の属していた青鞜社の人々の思想もそれでした。私共の主張は個人の自由を要求する事でした。しかもこの主張に関しての実際の大きな運動を起こすには各々の個人がもっと完成されなければならないというのでした。私共は実際にいくらかの対社会的な運動をしながらもなおかつ、それよりも各自の自己完成を一義としていたくらいでした。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)">当時青鞜社同人の名前はかなりよく世間の人に知られていました。そして女という物珍らしさから、よく他の新聞や雑誌に名前を出すことがありました。機関誌の「青鞜」ではない、他の雑誌にちょいちょい名前が出るようになった頃から、私は何となく皮肉な成行きを気にするようになりました。　</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-7368-7892">本当にまだ無力な幼稚な自分の名があまりに世間的に知られる事が恐いのと同時に、なぜ充分に認められてもいいＴが認められないのかという事が、始終私を苦しめました。そして、そのＴの名前に対するチョイチョイした軽侮が私にはだんだん悲しいような腹立たしいような気持になってきたのです。続いてまた、彼が少しも自ら何の努力もしない事がはがゆくなってきたのでした。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-7892-8317">しかし、Ｔの気持はもうこの時にいい加減こじれていたのです。彼はただ極端なエゴイスティックな自分の心持の中にだけ自分の生活を見出していたのです。どんな事実も、彼に対他的な激情を起こさす事はむずかしいのでした。それに私の気がついた時には、もう彼はそこから動こうとはしなかったのでした。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-8317-8481">私は、かなり長い間、彼のこの感情にならされたのでした。私は一種のあきらめで彼の生活にくっついていたのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-8481-9269">たまに、何かの事から、彼を非難する事はあっても、理屈を持ってこられると私はもう何にもいい得ないのでした。そうしてとにかくかなり長い間私は辛抱して、彼を見ていたのです。私ばかりではなく、彼の母も、兄妹も。そして母や兄妹は今も同じで彼を見ているにちがいありません。彼と別れた私はもう何にも、気にはかからなくてもいいのです。けれど、私は、私の子供の父親として、折々彼の生活に私の心持が引っかかるのをどうする事も出来ません。私もまた彼と直接には無関係でありながら、なおまた、ますます調子のちがった彼の生活を気にする事があるのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-9269-9970">私は彼の妙な引っこみ思案に対して遠慮は少しもしませんでした。私は彼の才能を信じていましたから。彼は実力を持っていると信じていましたから。文壇にその頃幅をきかせている若い人達にくらべてもけっして劣る処はないと信じていましたから。私は少しも遠慮をする必要はなかったのです。しかし、何といっても、彼が文壇的に少しも野心を持たないのなら別ですが、相応に乗り出したい気もし、自分を信じてもいながら、妙にひっこんでいるのに対して、私の心持は少しずつ批評的になってきたのでした。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-9970-10074">その間にも私の前にはいろんな困難が次から次へと押しよせてきました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-10074-11111">私共の生活の第一番の困難は、貧乏という事でした。Ｔは私を救うために失職しました。家にはその時から収入が途絶えたのです。そして私はその貧乏の中にとび込んだのです。私の親達も貧乏でしたがそれでも私は自分で直接に貧乏のつらさというものを少しも知りませんでした。もっとも、その時以来ずいぶん貧乏をしてきましたが、貧乏だけならちっともつらい事ではないと今もまだ思っているくらいですが。しかしとにかく初めての貧乏にずいぶんつらい思いをしたのは本当です。私は彼の母や妹たちがどうかしてそんなにいやな目に会わないようにしたいと思いました。けれども、私自身が何か働けるのならですが何にも出来ないのです。ではといって、彼はもう外に出て他人の下で働くのは真っ平だというのですからそれもすすめる訳にはゆきません。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)">貧乏がだんだんひどくなってきますと、珍らしいくらいにあきらめのいい年寄りもたまには愚痴も小言もいいます。そしてそれに身を切られるほどに辛いのは私だけなんです。彼はそれは呑気でした。明日たべるものがないといっても、「仕方がない」と手を束ねている事が出来るのです。こんな貧乏の中にいてはそういう人がいちばん割がいいのです。</p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-11593-12009">あとから考えれば、ずいぶんいろんな事もありますが、どんなに利己的な態度をされても、その頃まで私が彼の態度に対して批評的になれなかったのは事実でした。私はどんな場合にも彼から独立し得なかったのです。彼に指導され教えられてきて出来た頭はどうしても彼に隷属して離れなかったのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-12009-12461">いろいろな困難が一つ一つ自分の身にこたえ、考えが一つ一つ自分だけの考えになってきたのは、子供を生んでからでした。子供が出来てからようやく私は一人前になったのです。私は子供がどんなに可愛かったかしれません。そして子供の母親として観、子供の母親として考えるすべての事は以前とはだんだんちがってきました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-12461-13135">彼の頑固なまでの利己的態度をはっきり見得るようになったのはその子供に対する態度からでした。私は子供が少しずつ育ってくるにつれて、彼にはとうてい頼れないと思ったのでした。自分がどんなに無力であるかを考えると私は心細くてたまりませんでした。しかし子供を持った三十を越した男が、今もまだ、自分が何をしていいか分らないといって手をこまねいているのを見ると情なくもなりましたが、どうかして自分がしっかりしなくてはならないのだという心持に鞭韃されるのでした。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-13135-13680">私のこの心持が強くなってくると同時にＴの心持はますます隠遁的になってくるのでした。彼は家の中の、私と母との間のちょっとした感情のこじれやその他のチョッとした事にも、自分が口を出すことを厭がるようにまでなったのです。それでも、私はまだ、彼と別れようなどと思ったことはなかったのでした。また、彼の利己主義に絶望してはいませんでした。私もまたそれに同感していました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-13680-14195">けれども、私の日常生活においては、彼との距離はだんだん遠くなってきました。私は子供を抱えていると、世間に対してはだんだん積極的な心持になってくるのでした。そしてこの私共が相反した道に進むのと同じに、母のＴに対する不満もだんだんにひどくなってき、それが私にも及ぶようになってきたのです。私共一家の者の心持はみんなそれぞれに別になってきました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-14195-14818">Ｔの心持がますます隠遁的になり、母の気持が露骨になるにつれて、私は時々、ひとりの生活を夢想するようになりました。私はその時分から、自分の結婚を悔やむような心持になりかかっていたのでした。そしてこの心持はＴがたよりないと思うほどつのってくるのでした。どうかすると、私は家の中に満ちている不快からいっぺんに解放されるためにはどうかしてひとりになろうというつきつめた心持から子供を背負って出て見た事もあったくらいです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-14818-15306">しかし、私をこうした心持に導くのもいつも子供でしたが、この心持を抑えるのも不思議にまた子供だったのです。それと、もう一つはＴのあの深いメランコリアです。私は彼がその深い憂鬱に捉えられた時の顔は思い出すだけでも憎しみを感ずるほど、苦悩を刻み出します。私は私の去った暗い家の中にその顔を想像する恐ろしさに堪え得られないのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-15306-15757">けれども私は幾度決心したかしれませんでした。一度独りの生活を思いますと、事につけ折にふれてその夢想が浮かんでくるのでした。そしてまた、その考えを助けるような事柄ばかりが非常によく見えるようになってきたのでした。そして事実について考えるとき、私の頭はもうＴのそれからはまったく独立していたのでした。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-15757-16305">何事につけても不如意な私の生活は、思うように勉強をすることももちろん出来ませんでした。私は自分が独立するにしても、やはりどうかして、自分の筆をたよりにするよりしかたがなかったのです。が、それも私には自分の無力を思うと恐ろしかったのです。そしてそれにつけてもどうかして私は必要な勉強だけはしてゆきたいと思いました。そして読書はどんな忙しい中にでも止めませんでした。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-16305-16832">私が独立しようと思い立った時分から、私のすべての事に対する考えはよほど積極的になってきました。戦わねばならぬ、という事がいつも私の気を引き立てました。そして、この私の積極的な気持から、私の対社会的な考えが一変したのです。そしてこの考えは、ある時Ｔの主我的な考えとかなり激しくぶっつかり合いました。私はそこにますますＴとの相違をはっきり見たのでした。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-16832-17785">例えば、ある注意すべき事件が持ち上がりました。それは現在の社会の欠陥なり不徳なりを充分露骨に現わしているとします。私はそれに対してすぐに心からの憤りを感じます。そしてたとえ自分の力がどれほど微弱なものであるとしても、その不法に対してブツかって行きたいという衝動を感じます。どうしても怒らずにはいられないのです。しかしＴはちがいます。彼はそんな事が在るは当然の事として、それが自分の力でどうなるのだ、といって平気で見のがす事が出来るのです。自分が馬鹿な目に会わないようにすることだ。こういいます。可哀そうな目に会う奴は、それだけの力しか持たないからだ。自分を保てないからだ、といいます。弱い奴が強い奴に負けるのはあたり前だといいます。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-17785-18039">私はＴを充分理解し肯定しながらも自分の考えをそこに持ってゆくことは出来ませんでした。やがて私の考えは、だんだんにＴと自分との差異の点にばかりこだわるようになりました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-18039-18536">こうして私の心持が進んでいるうちにも私はまた第二の子供を生むようになりました。しかし、私共の生活はちっとも幸福ではありませんでした。二人目の子供が生まれてからは私共には面白くない日の方が多かったのです。私は子供の世話、家の中のすべての仕事、それにたべる心配から、自分の勉強、仕事とおっかけられるように忙しい生活をしていたのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-18536-19231">そうしていながらも、私の心にだんだんに食い込んでくる考えは、Ｔが何のたよりにもならない事と、今自身の生活を変えなければもう一生重荷を背負って苦しまなければならぬという事でした。二人目の子供が生まれてからは私の家は私には一日一日に重さを増していく重荷でした。私が自分の境遇を悲しむときには、Ｔも間違いなく私の重荷でした。子供は、私には重荷であっても自分の背負わねばならぬ重荷とあきらめていました。しかしその他のいっさいのものはみんな私には日増しに重くなりました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-19231-19530">私は時々自分の年を考えてみます。二人目の子供を生んだ時、私は廿一だったのです。まだほんとうの勉強ざかりの年なんです。私は情なくなりました。何という馬鹿な目に会ったもんだろう、としみじみ思いました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-19530-19739">出よう、家をはなれよう、とどれほど思ったかしれません。けれども家の中の事はみんな私の手をまつことばかりで、いつにもぬけようはありません。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-19739-20269">でも、私はとうとう決心したのです。そしてずいぶんひたむきにもなれるくせに気の弱い私は、母に一時だけ子供をつれて田舎にひとりで行かして貰いたいと切り出したのです。そしてＴには自分の生活をもっと正しくするために少し考えたいから、とにかくしばらく別れてみたいといったのでした。そして双方から承諾を受けたのです。そして私はその準備をするために働いていました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-20269-20700">私達はいつでも、嫌になったら離婚をする事を原則としてくらしていました。けれども、それは周囲のいろんな係累に妨げられて、容易に実行の出来る事ではないのでした。それでも、私はとうとうそこまで漕ぎつけてきました。ずいぶん長い間を考えて考え抜いたあげくにようようそこまでの決心が出来たのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-20700-22112">もちろん、子供の事にも私はかなり苦しめられてきたのでした。私共の離婚が子供にどんな不幸を持ってくるか、という事もずいぶん真剣になって考えてみました。しかし、私はもし私がこれ以上辛抱してこの境遇にいれば、もっと時が重なってくるとＴと憎み合いにらみ合って暮らさなければならない日がくるかもしれないという事を考えずにはいられませんでした。世間にはずいぶんそんな夫婦がたくさんありますから。けれどもこんな両親がどうして子供の幸福の対象になりましょう。子供等はかえってそんな事には敏感で悲しい場合が多いと私は思います。そしてまた、よく子供のためにいいとか悪いとかいいますが、何が果たして幸福であり何が不幸になるか、容易に他から差し出てきめる事は出来ないと思います。私は子供を見棄てたというのでずいぶん非難されました。しかし、私はそんな事を非難する人は本当にどれほど母親が子供を愛するかを充分に考え得ない人だと思います。私には、たとえどれほどの気強さを持っても打ち克つことの出来ない愛に苦しめられている母親をその上まだ鞭打つなどという事は出来ません。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-22112-23218">どんなに子供には気の毒な事でも可愛想な事であっても、私はＴとは離婚しなければならなかったのです。私の別れなければならない理由は明白であり正しいものであると信じる事が出来る以上は、私は正しく行動します。子供は事理をわきまえる事が出来るようになれば理解してくれるに違いないのです。私達が親子であることを妨げられない以上は、私達は必ず話し合い理解し合うことが出来るのです。私はそれを信じています。しかしまたよし理解しなかったとしても、してくれないとしても、それまでです。私は私の生活をよりよくしてきた事に充分満足する事が出来ますから。それに子供は子供で自分の生活を持っています。もしも子供から恨まれる事があっても、私は自分が子供の犠牲になって一生を無意味に送って子供の過重な荷厄介になって持てあまされるよりははるかにいい事だと思っています。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-23218-23403">Ｔと私との最後は、私が自分で計画したように自然にはゆきませんでした。幸か不幸かちょうどそのとき私はＯにぶつかったのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-23403-23807">私はもしＯの愛をすぐに受け入れるような事があれば、Ｔとの間にせっかく自然にはこびかけた相談がこんぐらがるばかりでなく、世間からはきっとＯの愛を得たがためにＴを捨てたといわれるだろう。という事が私にはたまらなくいやでした。が私のＯに対する気持はかなり卒直なものでした。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-23807-24232">私は永い間Ｏに会いもせず何の返事もしないでいました。私の対世間的な見栄と、その見栄に打ち克とうとする他の卒直な気持との争いでありました。私はやはり自分のこれからの勉強や仕事のためには今は何にもかかわらないがいいのだと思いました。そして私はＴとも別れＯをも拒絶しようと決心しました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-24232-24483">Ｏは私のこの心持をかく見破っていました。私は決心してＯに拒絶しに行きました。が結果は反対でした。私はいっさいの話の混交も世間の批判もだまって受けようと決心しました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-24483-25475">こうして私はＴと別れました。私がＴと別れるまでの私のすべての心持も事情もよく知っている友達は私をしきりに励ましました。彼女は極力、私が独立することをすすめました。私の結婚が最初から過っていたことをしきりにいっていました。そして親切な私の後援者になってやろうとしていたのでした。けれども彼女は、私がＴと別れると同時にＯと結んだ事に不服でした。彼女は私がＯの魅力にくらんで、彼女を裏切ったと考えたのです。無考えな結婚生活に手を焼いていながら再びその愚を繰り返すのだ、と彼女はいいました。もっと冷静に考えねばならないと彼女はいいました。そして彼女は、私が前からＯとそうなるべきはずのを自分に隠していたのだというふうにもとりました。しかしそのどれでもなかったのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-25475-26091">私はずいぶん考えました。もう私も何をするにも考えずには出来なかったのです。満一ヶ月の間は、私はただその事ばかりを考えたのです。事実私はその考えの中で、Ｏによって私の生活が、ある力を与えられ、生き甲斐のあるものになるであろうという事によく気がついたのです。今まではばらばらだった私の生活に対する憧憬が形をもってきました。ただ一つＯから私を妨げるのは世間の批難一つでした。私はその批難を受ける事を決心しました。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-26091-26477">私が最初の結婚から得たものは、充分に考える事の出来ないような若さで結婚した事に対する悔いです。一方からいえば、そうしなくてはならないようなふうな位置におかれた事も一つの原因になってはいましょうが、それよりも何にも考える事が出来なかったのが一大過失でした。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-26477-27252">それでも、私はまだ男に教育され激励されて、とにかく、自分の生活の根本的な間違いまで気づき、それによって、もっと生活を正しくすすめる事も出来たのです。それは立派な収穫でした。しかしこれがもしいい加減な男だったとしたら、――私はきっと下らない一生をおしまいにしたかもしれなかったのです。私は私のかつて友達だった人々の間に、惜しい一生を男に隷属して自分だけの生活をとり返すことが出来ずに暮らしている人をたくさん知っています。そして、私はたとえ自分がどれほどの悪名を被せられようとも正しく生きてきた事をよろこんでいます。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-27252-27638">よく、結婚して、性格の相違からとか、趣味の違いからとか、周囲の事情のためとかその他いろんな理由で結婚生活が面白くないという愚痴を聞きます。しかしそんな事も要するに、結婚前の考えが足りないのです。そんな事は当然結婚前に知っていなければならないはずなのです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-27638-28287">けれども、今迄の若い娘達はたいてい若い男に会って、それほど冷静に人間を観るなどという教育はされていません。そしてまた、よほど、利口な人達でも、少しでも好意を持ち出したら、二人の間に不利益な、または不快な、と思われる事柄にはなるべく触れまいとします。これが普通の傾向なのです。一方からいえば無理もない感情ですが、この感情をぬけ得ない間は要するに青年男女の交際というものも実際に結婚の準備としては大した効果はあるまいと私は思います。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-28287-29300">私はＴと別れる時、人間の各自持っている差異が恐い程よくわかりました。ちょっとした気質の差異でさえも、どんな大きな破綻を持ってくるかと考えました時には本当に心細くなりました。けれども一方には、みんなそれぞれのパアトナアを持って生活しているのです。そして第二の、現在の生活から私の学んだものは、たとえ結婚した男と女との間にしてもお互いの生活に立ち入らない事がいちばん必要だという事です。他の人々よりは愛し合うからといってお互いの生活に立ち入り勝手という法はありません。私共は深く理解し合うと同時に、その自由はあくまで尊重しなければなりません。all or nothing という事は一時よくいわれていましたが、これは最も利己的な考え方です。それは人間に無理に重荷を背負わせ、また苦しめるものです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-29300-29659">私共は、いつも私共自身でなければなりません。久しい因習は男が女を所有するというような事を平気にしています。女もまたこの頃の新しい思想に育てられた人々でさえも、自分の気に入った男でさえあれば、よろこんで所有されます。これは恥ずべき事です。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-29659-29988">婦人の自覚という言葉もずいぶんいい古されました。婦人運動の初期にあってはこの自覚という言葉は、ただ結婚の際に親権に反抗する事にのみ用いられたといっても過言ではないような事実を示しました。そして今もやはりその続きです。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-29988-30497">しかし、今一番婦人にとって必要な事は、もっと意志を強くする事です。男に対してもっと理知的になる事です。私は今の日本の婦人達にいちばん必要なものは理知だと思います。日本ばかりではない、全世界の女たちにとってもそれは必要以上の必要ですが、ことに日本の若い婦人達のセンティメンタリズムは、いつまでたっても、女達自身を幸福にする事は出来ません。</seg></p>
      <p style="text-indent: 1em" rend="first-line-indent(1)"><seg source="#source-30497-30935">どんな一身上の過失も、自分の意志次第で立派な試錬になります。過失はただ、恥じたり悲しんだりするのみすべきではありません。私共はむしろそんな無用な事は止めにして、その過失に対してもっと立派な研究的態度をとる事が必要です。そしてその時に私共はそこから無限の力強い教訓を受ける事が出来るでしょう。</seg></p>
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        <note type="source-attribution" source="#source-30943-31205"><seg type="source-line">底本：「日本の名随筆47　惑」作品社</seg><lb/><seg type="source-line" style="padding-inline-start: 3em">1986（昭和61）年9月25日第1刷発行</seg><lb/><seg type="source-line" style="padding-inline-start: 3em">1991（平成3）年4月25日第8刷発行</seg><lb/><seg type="source-line">底本の親本：「伊藤野枝全集　上巻」学芸書林</seg><lb/><seg type="source-line" style="padding-inline-start: 3em">1970（昭和45）年発行</seg></note>
        <note type="transcriber-note" source="#source-31205-31529"><seg type="source-line">入力：渡邉つよし</seg><lb/><seg type="source-line">校正：門田裕志</seg><lb/><seg type="source-line">2002年11月12日作成</seg><lb/><seg type="source-line">青空文庫作成ファイル：</seg><lb/><seg type="source-line">このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫（http://www.aozora.gr.jp/）で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。</seg></note>
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