Soranoha

兄と弟

あにとおとうと

宮本 百合子

魯迅伝から

小田嶽夫氏の「魯迅伝」を少しずつ読んでいる。いろいろと面白い。兄である魯迅と弟である周作人との間にある悲劇は、決して一朝一夕のものではないことを感じた。

魯迅は十三の年、可愛がってくれていた祖父が獄舎につながれるようなことになってから極度に落魄して、弟作人と一緒に母方の伯父の家にあずけられた。魯迅は「そこの家の虐遇に堪えかねて間もなく作人をそこに残して自分だけ杭州の生家へ帰った」そして、病父のためにえらい辛酸を経験した。

作人はその間に、魯迅と一緒にあずけられた家から祖父の妾の家へ移って、勉学のかたわら獄舎の祖父の面会に行ったり、「親戚の少女と淡い、だが終生忘られない初恋を楽しんだりしていた。」

魯迅と作人との少年時代の思い出は、このように異った二つの色調をもっている。そのちがいは、後年の社会に対する態度にも及んでいることが肯ける。二つの性格が、この二人の作家にそれだけ違う境遇をもたらしたのだった。このちがいは中国で歴史の波が大きく動くにつれてこの二人の生涯を変化させた。遂にこの兄と弟とを中国の歴史と世界の文学史のなかで、決して同一の席に据えて語ることのなくなったまでに。

袁世凱

一九一二年時代の孫文と袁世凱のいきさつについて語られているところも非常に興味ふかい。その時代の俤がよくわかる。ゴーリキイが書いている思い出の中に、ロシアに博覧会があったとき袁世凱が来て、いかにも支那大官らしい歩きつきで場内を見物してまわったときの情景がいきいきと描かれている。その時袁世凱がしきりにそこに陳列されていた一つの宝石をほめ、そのほめかたは、その宝石を進呈しようと云わせるまでつづくようだったということも。軍閥の巨頭袁を、立憲共和の新しい中華民国の大総統に推さざるを得なかったことが、最大の過誤であったという意味のことを孫文が述べているそうだ。中国だけにある悲劇だろうか。日本の一九四五年八月十五日以後に、東久邇の内閣があった、あり得たということは、日本歴史の上でだけの問題ではない。世界の民主主義発達史のなかの特異な一頁である。

底本 / Source edition

底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
1953(昭和28)年1月発行
初出:不詳
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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書誌 / Bibliography
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宮本 百合子「兄と弟」(新字新仮名)、底本『宮本百合子全集 第十七巻』新日本出版社、1981年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 004023_000311, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite